ゼロの奇妙な使い魔 まとめ

ゼロのスネイク-4

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4話



朝食を終えたルイズは教室に入った。
ホワイトスネイクはそれに続く。
もちろん今朝のように首から下をぼかしているとルイズが怖がって怒るので、ちゃんと全身を発動させている。

イメージとしては高校や中学校のそれとは違い、むしろ大学の講義室に近いその教室には、
多くの生徒が既に着席し、各々の使い魔を侍らせている。
その種類は実に多種多様。
キュルケの連れているサラマンダーや窓の外から教室を覗いている蛇のように、
地球では考えられないようなサイズの生き物もいれば、
フクロウ、カラスなどの鳥や猫など、地球でも馴染みの深いものもいる。
そして地球には間違いなく存在しない、目玉だけの生き物やタコ人魚、六本脚のトカゲなどもいる。
まるで動物園だ。場所が場所ならただ並べとくだけでも金を取れるだろう、とホワイトスネイクは思った。

教室にいた生徒達はルイズが入ってきたのを見ると、一斉にそちらに振り向いた。
そして好奇の目で、その後ろにいるホワイトスネイクをじろじろ見る。
ホワイトスネイクを召喚したのが他の生徒だったならここまで注目されることも無かっただろう。
だが現実に召喚したのは、「ゼロ」と呼ばれるルイズである。
生徒達は、一体この亜人がどんな使い魔なのか、何ができるのか、としきりに考えていた。
服装が朝食のときから何故かボロボロだったことも、彼らの気を引いた。

そんな時、一人の生徒――名をペリッソンといったが――があることを思いついた。
分からないなら、それを知っている者に聞けばいいじゃないか、と。
幸いなことに部屋がルイズの部屋の隣にあるキュルケが、自分のすぐそばにいる。
キュルケは恐らく朝にあの亜人を連れたルイズに会っているだろうから、何か聞けるはずだ、と考えたのだ。
……もっとも、キュルケが彼の位置に近いのは、キュルケの色香に、
彼がカタツムリに群がるマイマイカブリみたいに引き寄せられただけなのだが。
そして、キュルケに声をかける。
そのこと自体は地雷ではなかった。
だが、彼が何の気なしに言ったある単語が、掛け値ナシにドデカイ地雷だった。

「なあ、キュルケ。君は『ゼロ』の隣のへy……」

自分が「ゼロ」と呼ばれたことを聞き逃さなかったルイズは、その声の方をじろりと睨む。
だがそれよりもさらに速く――それにルイズの意思が介在していたわけではないが――ホワイトスネイクが動いた。

流れるような動作で二の腕から円盤状の物体――DISCを抜き取る。
それをペリッソンの額に目掛けッ、全力で、投擲したッ!!

ドシュウゥッ!

DISCは空気を切り裂いてペリッソンの額に突き刺さるッ!
そしてッ!

「命令スル」

ドグシャァッ!

「頭ヲ机ニ叩キツケテ気絶シロ」

全てはホワイトスネイクの言葉、いや命令通りになった!
ペリッソンは声をかけるためにキュルケの方に伸ばしていた体を止め、急に背筋をぴーんと伸ばすと、
机の端をガッチリ掴んで、頭を思いっきり机に叩きつけたのだッ!
そして不幸な(自業自得でもあるが)彼は、その一撃であっけなく脳震盪を起こし、昏倒して動かなくなった。

突然の出来事に目をむく生徒達。
事件現場のすぐ近くにいたキュルケなどは、驚きの余り声も出せずにペリッソンとホワイトスネイクのほうを交互に見ている。
ルイズもまたホワイトスネイクの一瞬の早業に驚愕し、目を見開いてホワイトスネイクを見つめている
だがそんな様子には目もくれないといった調子で、ホワイトスネイクが口を開いた。

「口ハ災イノ元。人ヲ怒ラセルヨウナ事ヲ口ニスルモンジャアナイナ」

無論たった今昏倒させたペリッソンにだけではなく、教室にいる全員への警告である。
既に一人ぶちのめしてしまったので警告になっていないのはご愛嬌。
そしてホワイトスネイクは、今度は自分を驚きの目で見ている主人――ルイズに向き直ると、

「コレガ私ノ能力ノ一ツ、『命令』ダ。
 私ノ命令ハ脳ヘノ直接的ナ命令。
 ドンナ命令デアロウト、私ノ命令ハ必ズ遂行サレル。……命令ヲ受ケタ者ニヨッテ」

ごく当たり前のように、ルイズにそう説明した。

普通ならこういう場合……怯え、こんな危険な使い魔、と危険視するだろう。
だがこの使い魔がぶちのめしたのは、ルイズを「ゼロ」と呼んだ者。
ルイズはこの行動に、危険さではなく、逆に「忠誠」を見出したッ!
そしてこの使い魔のことを……召喚してから初めてこのホワイトスネイクのことを……
「なんてステキな使い魔なの……」と思った。
ちなみに、何故この時ホワイトスネイクがルイズを「ゼロ」と呼ぶことがルイズへの侮辱であることを知っていたのか、
そこまでは全く頭が回らなかった。
色々とゴキゲンになりすぎて、そこまで考えてる余裕が無かったのだ。

さて、生徒が一人犠牲になり、ついでにルイズがゴキゲンになって席についたところで教師が入ってきた。
中年の、やさしそうな雰囲気を持った女性である。
その教師は教室を見回すと、目を細めて、

「皆さん、春の使い魔召還は大成功のようですね。
 このシュヴルーズ、みなさんの使い魔を見るのを毎年、楽しみにしているのですよ」

昏倒したペリッソンは人形みたいに机の下に倒れているので、シュヴルーズはそれには気づかない。
加えてシュヴルーズ自身が少しばかり空気が読めない気質なので、
教室の生徒達がほんのちょっぴり青い顔をしてるのにも気づかなかった。
そして教師――シュヴルーズの目がある一点で止まる。
多くの生徒の中で唯一亜人を召喚したルイズと、その使い魔ホワイトスネイクのところで。

「おやおや、また変わった使い魔を召喚したようですね、ミス・ヴァリエール」

少しばかりとぼけた台詞だったが、ここで笑う者は一人もいない。
むしろ下手な反応をすればペリッソンの二の舞になるんじゃないかとビクビクしていたので笑うどころではない。

「ええ、ミセス・シュヴルーズ。でも、それほど悪い使い魔ではありませんのよ?」
「そうですか。それは実に結構です」

余裕のある口ぶりで切り返すルイズ。
それにシュヴルーズも和やかに答える。
その余裕が他の生徒達には恐ろしく感じられた。

「他の皆さんも、静かにできていてとても立派ですわね。
 授業を受ける態度とは、まったくこうあるべきものですわ」

先ほども言ったとおり、 シュヴルーズは少しばかり空気が読めないのだ。

「では、授業を始めますよ」

シュブルーズがこほん、と咳払いして杖を振るう。
すると机の上に石ころがいくつか転がった。
授業が始まる。

(中々分カリ易イ説明ヲスル教師ダ)

授業を聞きながら、ホワイトスネイクはそんな事を思った。
シュヴルーズの授業は以下の通りである。

魔法には火、風、水、土の4つの系統と、
今は失われた(使えるヤツがいないということだろうか? とホワイトスネイクは思った)虚無を合わせて、
全部で5つの系統があるということ。
そしてシュブルーズが言うには、土の系統は5つの系統の中で最も重要らしい。
その理由として、土の属性が重要な金属を作り出し、加工することが出来ることとか、
大きな石を切り出して建物を建てることが出来るということ、
それに土の系統が農作物の収穫にも関わっているということを挙げた

ホワイトスネイクにとってはどれもこれも初めて聞くことばかりなので、熱心にシュブルーズの説明に耳を傾けていた。
スタンドのデザインに耳は無いけど。
でも説明が丁寧な分、他の事を考える余裕も出てくる。

(ダガ手間ヲ考エナイナラ貴金属ヲ手ニ入レルコトモ、加工スルコトモ可能ダ。
 建物ヲ建テルコトモ、農作物ノ収穫率ノ向上モ同様ニ。
 『暮らしを楽にする』トイウ観点デハ、火ヲ楽ニ起コセルデアロウ火ノ系統ノヨウニ、他ノ系統モ重要ダロウ。
 スタンドト同様、各系統ニ優劣ノ関係ハ無イト考エルベキダロウナ)

そうこうしているうちに、シュヴルーズが机の上の石ころに向かって、
小ぶりな杖を振り上げた。
そして短く何かを呟くと、石ころが輝き始める。
数秒後、光が収まると、ただの石ころは光を反射してキラキラ輝く金属に変わっていた。

「ゴゴ、ゴールドですか? ミセス・シュヴルーズ!」

キュルケが身を乗り出して言う。
シュヴルーズはやさしく微笑んで、

「違います。ただの真鍮です。ゴールドを錬金できるのは『スクウェア』クラスのメイジだけです。
 私はただの……」

と、ここでもったいぶった咳払いをして、

「トライアングルですから……」

と言った。

(『トライアングル』? ソレニサッキハ『スクウェアクラス』トカ言ッテタナ。
 メイジトシテノレベルヲ表スモノナノカ?)

初めて聞く二つの単語にホワイトスネイクは頭を捻る。

(『トライアングル』……地球デハ『三角形』ノ意味。ソシテ『スクウェア』ハ『四角形』ノ意味。
 『3』ト『4』……カ。一体ドレクライ違ウンダ?
 アノ教師ハ『スクウェアならゴールドを錬金出来る』トカ言ッテイタガ……ヨク分カランナ)
「ねえ」

そんな事を考えていると、ルイズから声がかかった。

「ドウシタ、マスター? 授業中ハ授業ニ集中シタ方ガ良クナイカ?」

ルイズにだけ聞き取れる程度の声でホワイトスネイクが答える。

「授業、そんなに面白いの?」
「私ニトッテハ真新シイ事バカリダカラナ」
「ふーん……」
「マスターニハ退屈ナ授業ナノカ?」
「そうよ。知ってることばかりだもの」
「予習シタノカ?」
「自分で調べたのよ。魔法が……いや、なんでもないわ。
 とにかく知識だけはたくさんあった方がいいと思ったの」

ルイズの意外な一面に感心するホワイトスネイク。
そこで、

「マスターニ後デ聞キタイコトガアル」
「何よ? 今でいいわよ」
「授業ハ『素振リ』ダケデモイイカラ真面目ニ聞クベキダ」

神学校時代のプッチ神父の学友の言である。
もっともプッチ神父は、その学友とはウェザーの記憶を奪った日以来会うことは無かったが。
はたして、その学友の言は正しかった。

「ミス・ヴァリエール!」
「は、はい!」
「今は授業中ですよ。
 使い魔とお喋りするのは後になさい」
「すいません……」
「お喋りするヒマがあるなら、あなたにやってもらいましょう」
「へ? な、何をですか?」

このルイズ、授業を全く聞いていなかったようだ。

「ここにある石ころを、あなたの望む金属に変えるのです。
 さあ、やってごらんなさい」

そう言われたものの、ルイズは行こうとしない。
何やら困っているような、戸惑っているような、そんな様子だ。
そして、周囲の生徒達もざわつき始める。
ホワイトスネイクはその理由が大方分かっていたが、あえてこの場でルイズにそれを言うことは無かった。
逆に、何故ルイズがそんなに戸惑うのか分からない、と言ったような態度を取っている。
彼なりの気遣いである。

少しした後、ルイズは意を決したように立ち上がり、

「やります」

とだけ言った。
それを聞いた教室の生徒全員が、一斉にさっと青ざめる。
だがさっきホワイトスネイクがやらかした時よりも度合いが激しい。
しかし……声を上げる気にはならない。
下手なことを言えばルイズの亜人――ホワイトスネイクが襲い掛かってくる恐れがある。
しかし……そのうちの一人であったキュルケが、ある種の勇気を持って声を上げた。

「ミセス・シュヴルーズ! ルイズに魔法を使わせるのは……その……危険、です」



じろり、とホワイトスネイクがキュルケのほうを見る。
まるでカエルを睨む蛇のように。
だが攻撃はしてこない。
まだラインインのようだ、とキュルケは胸をなでおろした。
いや、ひょっとしたらラインオンかもしれない。
そして内心に、何が「大したことは出来ない」だ。
十分に恐ろしいじゃないの、と毒づいた。
だがキュルケの決死の抗議は――

「あら、どうしてですか? ミス・ツェルプストー」

シュヴルーズには理解されなかった。
キュルケはこの勘の鈍い教師に腹を立てると同時に、
これ以上のことを自分が言わなければならない事を嘆いた。
そして当たり障りの無い言葉を必死で探して、

「ミセス・シュヴルーズはルイズを教えるのは初めてですよね?」

と聞いた。
我ながら上手く言ったものだ、とキュルケは胸をなでおろしたが――

「ええ、でもミス・ヴァリエールが努力家ということは聞いています。
 さあ、ミス・ヴァリエール。気にしないでやってごらんなさい。
 失敗を恐れていては何も出来ませんよ?」

ダメだ。
「ルイズが失敗する」ことまでは察してくれたようだが、
ルイズが魔法を使うことの危険性はさらにその先にある。
それがこの教師には分かっていない。

「ルイズ、やめて」

キュルケが顔を青くして懇願する。
しかし教壇の方へ向かうルイズが振り向くことは無かった。

「あら、使い魔さんはついてこなくてもいいのですよ?」

ルイズの後ろに空中を滑るように移動しながら着いていくホワイトスネイクにシュヴルーズが声をかける。
ルイズも足を止めて振り向く。

「ソウカ」

ホワイトスネイクはその指摘に短く答えると、フッと姿を消した。
今朝やったのと同じ「解除」である。

ルイズは朝に一度見ているからそうでもなかったが、
目の前でそれをはじめて見たシュヴルーズは勿論、教室中の生徒が驚いた。

「あ、あの……ミス・ヴァリエール? あなたの使い魔さんは……」
「大丈夫です。わたしもちょっとびっくりするけど……呼べば出てくると思います」

ホントかよ、と教室中の生徒全員が思った。
そして、いっそもう二度と出てこないでくれ、とまた全員が全員、同じように思った。

「そ、そうですか……。ではミス・ヴァリエール、やってごらんなさい。
 錬金したい金属を強く心に思い浮かべるのです」

ルイズはこくりと頷いて杖を振り上げる。
そして呪文を唱えて、杖を振り下ろすと――

ドッグオォォォン!

爆発したッ!
爆風をモロに受けたシュヴルーズは吹っ飛ばされて黒板に叩きつけられる。
そして教室にいた生徒達も、やはり同様に被害を受けた。
悲鳴が教室中に巻き起こる。
生徒達の使い魔は爆発に驚いて暴れ始め、そのうち共食い(厳密には共食いではないが)が始まりかけた。

そして爆発を起こした張本人であるルイズはというと……

「……大丈夫カ? マスター」

いつの間にかルイズの目の前に現れたホワイトスネイクによって爆風から庇われたので無傷だった。

「あ、えと、その……ありがと、ホワイトスネイク」

自分を守ってくれた使い魔の背中に礼を言うルイズ。

「気ニスル事ハナイ」

そういって振り向いたホワイトスネイクのコスチュームは、やはりボロボロになっていた。
いや、朝に一度爆発を食らったので、さらに1段階酷くなってはいるが。
そしてその姿を見て、ルイズはとても情けない気分になった。
使い魔の前で失敗した挙句に庇われたのだ。
その事実が、ルイズの高いプライドを傷つけないはずは無かった。

結局、ルイズは爆発を聞きつけてやってきた教師に、罰として教室の掃除を命じられた。
その際に魔法をつかってはいけない、とも言われたが、魔法を使えないルイズには関係ないことである。
ルイズは床に散らばったり、机や椅子にめり込んだりしている破片を集め、
ホワイトスネイクは壊れた窓ガラスや机をせっせと運び出している。

ルイズが片づけに参加するのは、傷ついたプライドがこれ以上傷つくのがイヤだったからだ。
失敗して教室をメチャメチャにしたのは自分。
爆風を食らわなかったのは使い魔のおかげ。
なのに、片付けは使い魔任せ……では、ルイズのプライドがこれ以上に無く傷つく。
別に片付けの光景を誰かが見ているわけではない。
ルイズが自分で、自分がそうすることが許せなかっただけである。
そのときだ。

「マスター」

ホワイトスネイクから声がかかった。
思わずルイズはビクッと体を震わせる。
自分が失敗したことを咎めるのだろうか、と思ったからだ。
ルイズは来るべきホワイトスネイクの言葉に身構えるが……

「教壇ノ前マデ来テクレルトアリガタイ」

来たのは、よく分からない注文だった。

「な……何でよ?」

聞き返すルイズ。

「私ハマスターカラ20メートル以上離レルコトガ出来ナイ」

ますますよく分からない返事である。

「へ? ど、どういうこと? それに『メートル』って何よ?」
「長サノ単位ダ。長サハ……1メートルガ大体コノグライダ」

ホワイトスネイクはそういって作業を中断し、手で大体の1メートルを作る。
だが、

「それ、1メイルよ?」
「メイル?」
「ええ。1メイルが今あんたが示したぐらいの大きさ。
 ついでに言うと、それの100分の1が1サント、それの400倍が1リーグ」
「覚エテオク」
「あんたって、相当辺鄙な場所から来たのね」
「国ガ変ワレバ法モ変ワル、トイウヤツダ。
 別ニド田舎暮ラシダッタワケジャアナイ」
「ふーん、まあいいわ。そういうことにしといてあげる。ってそうじゃないわ!
 何であんた、わたしから20メイルより遠くに行けないのよ!?」
「ソレガ私ノ性質ダカラダ。
 物体ヲ通リ抜ケルノモ、先程言ッタ3ツノ能力モ、ソレガ私ノ性質ダカラ可能ナノダ」
「……要するに、よく分かんないけど使える特技、ってこと?」
「ソンナモノダ。分カッタラ早クコチラヘ」

ルイズは納得がいかない様子だったが、ひとまず言われたとおりに教壇のほうへ向かった。
そして、ルイズはまた気が重くなった。
そんなことよりも、ルイズにはもっと言ってほしいことがあるのだ。
正確には、言ってもらわなければならないことが。
気遣って言わないようにしてくれているのならそれはそれで嬉しいけれど、
そんなのでは、使い魔の主人としてあまりにも情けなさ過ぎる。
ルイズは少し間をおいた後、そのことを言おうとするが――

「マスターガ何ラカノ要因デ魔法ヲ使エナイコトハ、昨日ノ夜ノ段階デアル程度予想デキテイタ」

意外な言葉が来た。

「え………?」
「ソウ思ッタ理由ハ二つ。
 一ツハマスターガ私ヲ昨日召喚シタ時、他ノ生徒ガ魔法デ浮カンデイルノニ対シテマスターダケガ自分ノ足デ歩イテイタ事。
 他ノ生徒ガ当タリ前ノヨウニシテイルコトヲシナカッタ事デ、私ハソノ事ニ多少ノ疑イヲ持ッタ。
 ソシテモウ一ツハ、マスターガ私ニ洗濯ヲ頼ンダコトダ。
 コノ建物ニ貴族全員分の洗濯物を処理デキルダケノ使用人ガイルヨウニハ思エナカッタシ、
 ソウデナイニシテモ、貴族ガ自分デ道具ヲ使ッテ洗濯スルコトガ考エヅライコトハ、マスターノ態度カラ予想デキタ」
「じ、じゃあ……昨日からずっと、わたしが魔法を使えないって知ってたのに……」

ルイズの顔がカァっと赤くなる。
それじゃあまるで自分が道化みたいじゃない。
魔法が使えないのに、さも貴族らしく高慢に振舞って。
それを……ホワイトスネイクは文句一つ言わずに見ていたというの?
そんなのって……。

「マスター」

だが、そこでホワイトスネイクがルイズの思考を遮る。

「私ガ以前イタ場所ニハ魔法ヲ使エル者ナド一人モイナカッタ。
 ダカラマスターニ出来ルノガ爆発ガ起コス事ダケデモ、私ニトッテハ十分過ギル程……」
「うるさいわね! あんたに何が分かるのよ!
 魔法が使えないって事が、
 わたしにとってどれだけの苦痛だったのか、あんたに分かるの?
 いいえ、絶対に分からないわ!
 そうやって分かったような顔をして、わたしに安っぽい同情をかけないで!」

ホワイトスネイクの慰めもむなしく、ルイズは癇癪を起こした。
しかしルイズにとっては仕方のないことだった。
幼い頃から魔法が使えず、二人の優秀な姉と比較され続け、
魔法学校に入ってからはいつもいつもバカにされつづけた。
そんなこれまでの過去があったからこそ、簡単に受け入れられてしまったことが逆に悔しかったのだ。
おまえが口で簡単に言えるほどのものじゃないんだ、と。
そうルイズはいいたかったのだ。
でも、言えなかった。
あまりにも自分が情けなくて、その情けなささえも受け入れられてしまうことが悔しくて、言えなかった。

そんなルイズに対し、しばらく黙っていたホワイトスネイクは――

「フム……ソウダナ。少シ失礼」

そう言って掃除の作業を中断すると、突然氷の上を滑るように飛行してルイズの前まで来る。

「ひゃっ! な、何よ!」
「コノ世界ニ魔法ガアルト知ッタ時カラ、確カメタカッタ事ガアル」

そう言うと、

ドシュッ! 

ホワイトスネイクはルイズの額を両断するかのような勢いで、手刀を振るった。

「ひゃあっ!」

突然の暴挙にルイズは思わず目をつむって叫ぶ。
…しかし、

「…あ、あれ? なんとも…ない?」

痛みらしい痛みが何も無いことに気づくと、ルイズは恐る恐る目をあける。
すると――

「な、ななななな何これ! わたしの頭から何が出てきてるの?」

ルイズの額から、一枚のDISCが飛び出ていた。

ルイズが色々と喚いているが、ホワイトスネイクはガン無視する。
そしてルイズの額から出てきたDISCを抜き取り、その表面に目を通す。
そこに現れていた文字は、「ゼロ・オブ・ドットスペル」。
早い話、「ゼロのドットスペル」ということだ。
今ホワイトスネイクが抜き出したのはルイズ自身の魔法の才能。
正確にはホワイトスネイク自身、スタンドや感覚と同様に抜き出せる自身が無かったので、こうしてルイズで試したのだ。
試したのだが……

(DISCニマデ『ゼロ』ト書カレテイルノデハ救イガ無サスギルナ。ドウシタモノカ……)

そして考えた結果、

「マスター、『ドット』トハ何ダ? 
 授業デ言ッテイタ『トライアングル』トカ『スクウェア』ニ関係アルノカ?」

あえてDISCに「ゼロ」と表記されていたことには触れないことにした。
もちろん、ルイズからはその表記が見えないようにする。

「ドットっていうのは、魔法を一種類しか使えないメイジのこと。
 ドットの上がライン。ラインは系統を一個足せるの。
 系統を足せば足すほど、魔法は強力になるわ」
「ナルホド。デハ『トライアングル』は2ツ、『スクウェア』ハ3ツ足シテイル分、ヨリ強力ナ魔法ヲ扱エルノカ」
「そういうことよ。……って話をそらさないでよ! あんた今、あたしに何をしたの!?」
「君ノ『魔法の才能』ヲ抜キ出シタ。
 魔法ガ果タシテ他ノ感覚ナドト『才能』トシテ抜キ出セルモノナノカ、確証ガ無カッタノデナ」
「才能を抜き出す? あんた、何言ってるの?」
「分カラナケレバ…ソウダナ。モウ一度、サッキノ錬金ヲヤッテミルトイイ」
「…さっきと何も変わらないと思うけど」

そう言いながらルイズは杖を抜き、ルーンを唱え始める。
そして手ごろな場所にあった木の破片目掛け、杖を振り下ろす。
だが――

「…あれ? 爆発……しないの?」

さっきとは違い、何も起きなかった。

「当然ダ。今ノマスターハ魔法ノ才能ヲ失ッテイルノダカラナ」
「魔法の才能って…もしかしてさっきの!」
「ソウダ。先ホドマスターカラ抜キ取ッタDISCガ、マスターノ魔法ノ才能ダ」
「ちょっとあんた、何してんのよ! これじゃただの平民と同じじゃない! 返して!」
「返シタトコロデ、使エルノハ爆発ダケダゾ?」
「……っ!」

図星であった。
ホワイトスネイクが手にする才能が自分に戻ってきたところで、
結局できるのは失敗魔法の爆発だけ。
自分が「ゼロ」であることに何も変わりは無い。

「…そ、それでもよ! それでも、それさえなかったら、本当に何も無くなっちゃうじゃない!」

そんなルイズの苦渋に満ちた訴えに対し、

「……マスターハ存外ニ察シガ悪イナ」

ホワイトスネイクはあくまで冷淡に、さらに別のベクトルの意味を加えて答えた。

「マスターカラ今ノヨウニ魔法ノ才能ヲ抜キ取レルトイウ事ハ…他ノ者カラモ魔法ノ才能ヲ抜キ取レルトイウ事ダ」
「……あんた、まさか!」
「ヨウヤク理解シタナ」

ホワイトスネイクは口の端に笑みを浮かべると、話を一気に結論に持っていく。

「ツマリ君ハ他ノ誰カカラ魔法ノ才能ヲ奪イ取ル事ガデキルノダ」

「…ち、ちょっとあんた、自分が何言ってるか分かってるの!?」
「当然だ」
「じゃあ何でそんな事!」
「私カラスレバ、何故マスターガソレヲ拒ムノカガ理解デキナイナ。
 私ガ言ッテイルノハ、魔法ヲ使エナイマスターヲ救済スルタメノ方策ダゾ?」
「そんなやり方で魔法なんか使えるようになりたくないわ!
 私だって分かるわよ。魔法の才能をあんたに取られたら、その人はもう魔法を使えなくなるって事ぐらい!」
「ダガ魔法ヲ使エナクナルノハ君ヲ『ゼロ』ト呼ンデ侮辱スル者ダ」
「それは! そう、だけど……」
「昨日ノ広場…今朝会ッタ赤毛ノ女…朝食ノ席…ソシテ授業前ノ教室…。
 私ガ見テキタ限リデハ、ソレラノ場所デマスターヲ見下サナイ者ハ一人モイナカッタ。
 君ヲ『ゼロ』ト呼ンデ蔑ム事ヲ当タリ前ニシテイル奴等バカリダッタ。
 ナノニ、ドウシテ拒ム理由ガアル? 何故躊躇ウ?」

ルイズはホワイトスネイクの言葉を唇を噛み締めて聞いていた。
ホワイトスネイクの言っていることに間違いはなかった。
昨日今日召喚されたばかりの使い魔でも、自分が周囲にどう思われているのかは分かっていたのだ。
そしてその上で、自分が「ゼロ」の汚名から抜け出す道を作った。

でも…そうだとしても……

「わたしは…やらないわ」

ルイズには、その道を選ぶことはできなかった。

ホワイトスネイクは、すぐさま問いを投げかけるような事はしなかった。
ルイズが言葉を続けるのを待っていたのだ。

「わたしね…姉が二人いるの。
 ふたりともすごく立派なメイジで、皆から才能を認められてたわ。
 それで、わたしは二番目の姉さまの、カトレア姉さまが…ちい姉さまが大好きだったの。
 一番上のエレオノール姉さまは、厳しくって怖いから嫌いだったけど」

「それでね…ちい姉さまは体が弱いの。
 だから、いつもお部屋の中にいたわ。
 だけどね、ちい姉さまはいつも私を励まして、応援しててくれたの。
 いつもいつも失敗ばっかりで、使用人からもダメな子だって思われてるようなわたしを、
 ちい姉さまはいつも励ましてくれたのよ。
 だからね……わたし、魔法が使えるようになったら一番にちい姉さまに見せてあげたいの」

「……あんたが言うやり方なら、わたしはすぐに魔法を使えるようになる。
 でも…でもね。それは他の人の魔法で、わたしの魔法じゃない。
 ちい姉さまが見守っててくれた、いつも泣いてたわたしの魔法じゃないの。
 だから、そんなやり方で魔法を使えるようになっても、ちい姉さまは喜んでくれないわ。
 それどころか、悲しい顔をするかもしれない。
 だから…だから、『それ』はやらないわ」

ルイズの長い独白を聞き終えたホワイトスネイクは、静かに口を開いた。

「例エ魔法ガ使エナクトモ、例エ『ゼロ』ト蔑マレヨウトモ…ソレデ構ワナイノダナ?」

ルイズは、ホワイトスネイクの言葉に、黙って頷く。

「ソウカ。ダガ…モウ一ツ、理由ガアルンジャアナイノカ?」
「え?」
「マスターガ私ノ提案ヲ退ケタ理由…マスターガ先程言ッタモノトハ別ニモウ一ツ、アルヨウニ思エルノダ」

ルイズは、ホワイトスネイクの洞察力に背筋が冷える思いがした。

確かにその通りだった。
優しかった姉の思いを裏切りたくない。
それは確かに、ルイズの中で大きな理由の一つであった。
だがもう一つ……確かにもう一つ、理由はあった。

「貴族らしくない…と、思うの」

「貴族はね、背を向けないものなのよ。逃げちゃいけないものなの。
 貴族には領地があって、領民があって、皆を支えてるものなの。
 だから逃げちゃいけない。どんなことに対しても、自分の才能に対してでも、絶対に」

ホワイトスネイクは黙って聞いていた。
そして、

「理解シタ」

そう一言呟くと、手に持っていたルイズの魔法の才能――『ゼロ』のDISCを、ルイズの額に差した。
DISCは静かな音を立てて、ルイズの中に戻っていった。

「人間ハ…時ニ『納得』ヲ必要トスルモノダ。
 『納得』ノ無イ道ニ対シテハ、ソコカラ一歩モ先ヘ進メナイ。
 ソレハ人間ガ自分ノ精神ニ強イ芯ヲ必要トスルカラダ」

「マスターガ先ヘ進ムノニ対シテ…私ノ提案ガ妨ゲニナルトイウナラ、ソレハ無イ方ガヨイニ違イナイカラナ」

ホワイトスネイクはそう締めくくると、音もなく姿を消した。

それを見て、ルイズはさっきの自分の決心を自問し始めた。
自分は本当に心からそう思っているのか?
本当に、あの「魔法の才能を奪う力」に未練は無いのか?

いや……きっと、ある。
それどころか、喉から手が出そうなくらいに、魔法の才能を欲しがってる。
あんな奴らが、自分をいつもゼロ、ゼロと呼んでバカにする奴らが魔法を使えて、何で自分が使えないのか。
勉強なら誰よりもした。
魔法が使えるようになるためにどんな努力だってした。
なのに…なのに、自分は魔法を使えない。
こんなの、あんまりだ。
ろくすっぽ努力もしない貴族のボンボンに魔法が使えて、自分にはできないなんて……。

でも、とルイズの中で何かが囁く。
さっき自分がホワイトスネイクに言ったとおり、そんなやり方、ちい姉さまは絶対に喜んでくれない。
ホワイトスネイクの提案は、今までの自分の努力を全部フイにしてしまうものだからだ。
ちい姉さまが応援してくれたのは、そんな提案を呑む自分じゃないはずだ。
それに自分の根っこの方でも、ホワイトスネイクの提案を拒んでる。

でも魔法は使えるようになりたい。
でも、ホワイトスネイクの提案を受け入れたくは無い。
でも。
でも。
でも。
でも…………。

「ルイズ」
「ひゃあっ!! な、何よ!」
「考エ事カ?」
「何でもないわよ! っていうかあんた、さっき消えたんじゃないの!?」

突然現れて自分を驚かせたホワイトスネイクに抗議するルイズ。

「言イ忘レテイタコトガアッタノデ出テキタノダ」
「何よ?」
「昨日ノ洗濯ダガナ……イヤ、ヤッパリヨソウ。詮無キ事ダシナ」
「洗濯? ……ちょっと待ちなさいホワイトスネイク」

何か言いかけて消えようとしたホワイトスネイクをルイズが引き止める。

「あんた、わたしから20メイルしか離れられないんでしょ?
 わたしの部屋から井戸までは軽く20メイル以上あるのに…一体、どうやったの?」
「洗濯ガデキル者ニヤッテモラッタダケダ」
「誰よ?」
「マスターノ部屋ノ向カイ側ニ寝泊リシテルダロウ」
「わたしの部屋の向かい側……って、それってキュルケじゃない!」

ルイズはホワイトスネイクの大胆さに呆れた。
よりによってキュルケに自分の服を洗濯させていたとは……呆れて物も言えなかった。

でも、少し気分が晴れたような、そんな気持ちにはなれた。
キュルケが自分の下着を洗濯するという、シュールすぎる光景が、
さっきまでの悩みをどこかに吹っ飛ばしてしまったみたいだ。

「まったく、あんたったら……次はダメよ。
 今度からメイドに頼むから、いいわね?」
「了解シタ」

それだけ言って、ホワイトスネイクはまた消えた。

それを見届けて、ルイズは一人、教室から出る。
その足取りからは、重さは感じられなかった。



人は「恥」のために死ぬ。
「あの時ああすればよかった」とか、そう思うたびに人は弱っていき、やがて死んでいく……。
フー・ファイターズに出し抜かれたプッチ神父が、自分に言い聞かせた言葉。
スタンドとしてルイズの中に戻ったホワイトスネイクは、それを思い出していた。

ホワイトスネイクには、人間の「恥」という感情が理解できない。
それは、目的の達成のためにはあらゆる手段を講じてしかるべき、という思考がホワイトスネイクにはあるからだ。
目的のためには手段を選ばず。
ある意味動物的とも言える思考であるが故に人間はそれを拒みがちだが、
人間ですらないホワイトスネイクには、それを躊躇する理由などどこにも無い。

そして、恐らくルイズは「恥」のために――人間の言うところの「誇り」のために死ぬだろう。
ルイズは自分が貴族たるために、ホワイトスネイクの提案を呑む事はできない、と言った。
つまり「誇り」のために目的へと至る道――魔法が使えるようになることを拒んだのだ。

それは、ホワイトスネイクからすれば、全く馬鹿馬鹿しいことだった。
そして理解しがたいことでもあった。
何故人間は「恥」を恐れるのか?
何故人間は「誇り」を尊ぶのか?
かつての思想家はこれを説明するために「性善説」だの「良心の呼び声」の存在だのを主張したが、
いずれもホワイトスネイクにとっての答えとはなりえなかった。

だが、いずれ答えは出るだろう。
「誇り」と共に歩もうとするルイズのスタンドとして自分がある限りは、いずれ。



To Be Continued...

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