ゼロの奇妙な使い魔 まとめ

ゼロと奇妙な隠者-18

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匿名ユーザー

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 ゴーレムとの彼我距離は、およそ50メイルと言ったところか。フーケはあの夜闇の木立の中ををこれだけの短時間で離れ、しかもゴーレムの作成をやってのけたということである。
 林の木々さえも土塊に錬金しながら立ち上がる巨体は、人間の本能そのものに恐怖を押し付ける代物だった。
「……間近で見るとデカいわね……いやぁん、こんな大きいの壊れちゃう、とか言っておくべきかしら」
「冗談が言えるなら、まだマシと言ったところかの」
「ちょっとコイツをブッタ斬るにゃオーラ力が必要かもしれんぜ相棒よ」
 30メイルの巨大ゴーレムを前にして軽口を叩けるキュルケ、ジョセフ、デルフリンガー。
「………………」
 自分の二十倍のゴーレムを前にしても、特に表情を変えずに杖を構えるタバサ。
 だが、ルイズは。
 呆然と、ゴーレムを見上げているだけだった。


          ゼロと奇妙な隠者  『Zero+IX』


 ゴーレムは地響きを響かせながら、ゆっくりと、しかし着実に接近してくる。
 ジョセフは手も足も出ずに完敗はした。が、その両眼に恐れは微塵とてない。
「出ちまったモンはしょうがないッ! とどのつまり再生するよりも早くブッちめりゃダウンすると考えていいんじゃなッ!?」
「おおまかに言えばそう」

 ゴーレムとの対峙法をおおまかに叫んだジョセフに、タバサは必要最低限の返事で答え、指笛でシルフィードに合図を投げた。
「わしらは地上で何とかする! お嬢ちゃんらは空から何とかしてくれぃッ!」
「了解」
「オーケーダーリン!」
 ジョセフの言葉に、タバサとキュルケはフライを唱えてシルフィードと合流しに行く。
「さあて……こっからじゃのう。なかなか骨の折れる相手じゃわい」
「いいのかい相棒。ロケットランチャーブッかませば、あんなゴーレムなんてイチコロだぜ」
 今から起こる戦いを前に、デルフリンガーはさも楽しげな声で問いかける。
「そりゃあコイツを使えば目の前のデカブツなんぞ一発じゃわい。でもな、それじゃ困るんじゃ。軽くブッちめたとしても、フーケめが新しくゴーレムを召喚してきたらそれでしまいじゃからな。切り札が一枚増えただけ、なんじゃよ」
(それに。それじゃ意味がない)
 それは心の中だけで呟くが、デルフリンガーには聞こえていた。
「ハッ、ちげえねえや! なかなか苦労性だな、ジョセフ・ジョースターよォ!」
「最近はこういう役どころばっかじゃ」
 くく、と笑ってから、後ろで立ち尽くしているルイズに視線をやる。
「いいかルイズ。今からわしらであやつをブッちめる。安心せい、勝つ手段は考えてきた」
 ジョセフの言葉も、しかし今のルイズには届いていなかった。
「おい、どうしたルイズ?」
 ルイズの奇妙な様子に訝しげな眼を向けるが、彼女は魂が抜けたようにゴーレムを見上げているだけだった。

(私は――何をしてたんだろう)
 そうだ。一体今まで何をしていたのか。
(もう少しで、勝ててたんじゃないの。――ジョセフと、キュルケは)
 そうだ。確かに二人はフーケを追い詰めていた。チェックメイトまであと一手だった。
(なのに。――私が。横槍を入れたから)
 あそこで自分が動く必要が何処にあったのか。……無かった。
(私はただ見ているだけでよかったのに。そしたら、二人のどっちかがフーケを捕まえて……めでたしめでたしで、終わってたはずなのに)
 だが、終わらなかった。自分が、終わらせなかった。私が、嫉妬なんかしたから。
(何をしようとしていたの。三人が積み上げてきたものに、私がいなかったから。だから、無理矢理入り込もうとして……何もかも、台無しにしただけじゃない)
 その結果どうなったか。
 フーケは体勢を整えて、切り札の巨大ゴーレムを錬金してしまった。
 振り出しに戻る、どころの話じゃない。フーケが盤面をひっくり返す手伝いをしただけ。
(そうよ。何を勘違いしてたんだろう。私は『ゼロ』のルイズじゃないの。
 ジョセフが使い魔になって。何でも出来る強い使い魔がいるからって、何を勘違いしてたんだろう。
 私は……私自身は……何も出来ない、『ゼロ』じゃないの!
 たまたまジョセフを引き当てただけの、『ゼロ』のルイズなのよ!?)
 心の中から消えそうになっていた事実が、再び自分の目の前に現れて。全身から力が抜け落ちそうになる。だが、それは、貴族としての矜持が、許さなかった。
「……私、は……」
「おい、どうしたルイズ! しゃんとせんか!」

 ジョセフの手が肩をつかんで揺さぶり、ルイズは深い泥沼のような思考から現実に引き戻された。
「……っ、ジョセフ……!」
「敵さんが目の前に来とるんじゃぞ! ぼうっとしててどうするッ!」
 ジョセフの一喝で、ゴーレムが随分と近付いてきているのに気付く。
「………………。ごめん、なさい……」
 俯いた顔には前髪が垂れかかり、どのような表情でその言葉を呟いたのか。ジョセフには、判別が出来なかった。
「私がっ……私が、役立たずだから……『ゼロ』だから……っ、こんな、ことにっ……!」
 引き絞るような声は、すぐに嗚咽混じりの声に変貌していく。
「そんなモン結果論じゃ! お前が悪いワケじゃないッ!」
 接近してくるゴーレムと交戦するつもりだったが、ジョセフはルイズを右腕に抱き、タバサ達が向かった方へと一目散に駆け出した。
「だってッ! 私がいなかったらもうフーケ捕まってた! 私……いつもそうよッ! いつだって大切な人の足、引っ張ってっ……!」
「言わんでいい!」
 ルイズが力の限りジョセフにしがみ付いているせいで、ジョセフも思った通りの動きが出来ず、ただひたすらにゴーレムから逃げる事しかできていなかった。
「私が『ゼロ』だから! 家族もみんな、陰口叩かれてっ……! 頑張っても頑張ってもダメだった! 初めて成功した魔法で、ジョセフを呼んだのにッ……私のせいで、私のせいで……!」
 腹の底から搾り出す慟哭は、ジョセフの心に深く届いてしまう。
 次に何を言うかを察する。それはジョセフにとって、あまりにも、容易かった。
「それ以上言うなッ!! それ以上言ったらシタ入れてキスするぞッッッ!!!」


「私なんか! 私なんか――ッッッ」
 ルイズの言葉は、続けられなかった。


 発してはいけない言葉を飲み込むように。ジョセフの口唇が、ルイズの花弁の様な口唇に重ねられていた。
「んっ!? ん、んーーーーっ!! んんっ……ん、んぅ……」
 有り得ない事態に必死にジョセフを押して殴って払い退けようとしたルイズだったが、見る見るうちに少女の手から力は抜けていき、数秒後にはしがみ付くようにジョセフのシャツをつかんでいた。
 そして、ジョセフの唇がルイズの唇から離れた時。互いの唇に繋がれた銀の糸が、ふつりと切れた。
「言うたじゃろが。それ以上言ったらシタ入れてキスするぞ、と」
 加速度的に、夢の世界から現実に戻ってくるルイズ。ほのかにピンクに染まっていた頬は、見る見るうちに怒りの赤に変わっていった。
「――――――っっっっっっ、あ、あんたッ……あんたッて……!」
「抗議は後で聞くッ!! しっかり捕まっておれッ!!」
 怒りに震えて唇をわなわなと慄かせるルイズを、そのまま背に負い。ハーミットパープルで落ちないように固定する。
 ゴーレムは既に間近に迫っており、これ以上逃げ続けていれば逆に危ないと判断した。
 ジョセフにとって、ルイズを正気に戻すという行為は、眼前のゴーレムを叩きのめすより、遥かに重要な意味合いを持っていた。
 そしてその行動は、強引ながらも成功と言って差し支えなかった。

 勢い良く振り上げられ、振り下ろされる拳を俊敏な動きで回避し、逆にデルフリンガーで巨大な腕を一刀の下に切り落とす。しかし魔力で繋ぎとめられた土塊は、一旦地面に落ちはするものの、すぐさま逆回しで浮き上がって腕に再構成される。
「いいぜ相棒! 『使い手』のお前にゃあんなウドの大木の攻撃なんか当たるはずがねェッ!!」
 デルフリンガーが歓喜の嬌声を上げる中、ジョセフは「ボールの縫い目が見えるったァこういうコトなんじゃのォ!」と、愉快げな声を隠さずに答えた。
 だがルイズは、懸命に茨から逃れようともがいていた。
「下ろしてッ! 私はッ……私は、おぶられたまま戦いを見守るような不名誉な事は出来ないのよ! だって私は貴族なんだもの! 貴族は……っ、魔法が使えるから貴族なんじゃない! 敵に背中を見せない者……それが、『貴族』なの!!
 お願いジョセフ……私から貴族である誇りを奪わないで! 私も、戦うのッ!!」
 もがくルイズを背中で感じながらも、ハーミットパープルは僅かな緩みさえ見せない。
 シルフィードに乗ったタバサとキュルケが上空から支援攻撃とばかりに、風の魔法や炎の魔法をゴーレムに直撃させるが、それらの攻撃もやはり致命傷を与えるには至らない。
 だが。タバサも、キュルケも、ジョセフも、デルフリンガーも。
 まるで終わりが無い繰り返しのような行為を、徒労だとは考えていなかった。
 街道も林も、吹き荒れる人外の力により、数十分前の光景とは一変していく一方。
 地図さえ書き換える猛威の中、ジョセフの叫びが、戦場に轟く。
「わしは何度も敵に背を向けた! じゃが一度たりとて戦いそのものを放棄した事は無いッ! 勝つためならば背だって向けるしイカサマだってやってのけるッ!
 ルイズッ! わしにとっての貴族とはッ! 『正義』の輝きの中にあるという『黄金の精神』を持つ者だと考えておるッ!!」

 当たれば間違いなく命を奪うだろうゴーレムの豪腕。いつの間にか、それらは恐怖の対象に成り得ていないことを、ルイズは感じていた。
 何故か。
 それはきっと、ジョセフの背中にいるからだ、と。それは当然の事である様に、思えた。
「ルイズにとっての貴族、わしにとっての貴族! それが違うのは当たり前じゃッ!」
 ルイズは、茨から逃げ出そうともがくことをやめ。ただ、ジョセフの背に縋り付いていた。ルイズも、心の何処かで理解していた。目の前の戦いよりも、今、もっと大切な出来事を経なければならないのだ、と。 
「じゃがルイズ! 敵に背を向けない者こそが貴族だと言う、その決意と誇りッ……わしは確かに、お前の中に『黄金の精神』を見出したッ!!」
 たった一人の少女に向けて叫ばれる、言葉。そんなものを斟酌することもなく、無感情にゴーレムの腕は振り下ろされ続ける。
 たった二人の虫けらを殺すために振り下ろされる土塊の腕は、しかし、たった一振りの剣の斬撃で切り払われ。一人の男の言葉を止める事など、叶う筈さえなかった。
 何故なら、ジョセフ・ジョースターの目には、たった一人の少女だけが映っていた。
 そして、デルフリンガーの深い一撃がゴーレムの両脚を薙ぎ払い。バランスを崩したゴーレムが、ぐらっ……と、重力に引かれて地面に倒れる。
 凄まじい地響きと土煙の中、茨が緩んだのを感じたルイズは、続いて、ジョセフの右腕に抱き寄せられるのを感じた。
 ジョセフは、真正面からルイズを見つめ。ただ一人の少女の為だけの言葉を、叫んだ。



「世界中がお前を認めなくとも! このジョセフ・ジョースターが認めるッ! ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールは紛れもない『貴族』じゃッ!!」


 地響きの余韻が、周囲に響く中。彼の言葉を確かに受け止めた少女の目には、既に涙も、迷いも、躊躇いすら、なかった。
 そこにあるのは、力強い意思の輝き。鳶色の瞳に輝くのは、紛う事なき黄金の輝き!
「例えアンタが認めなくてもッ……」
 ゴーレムは、すぐさま足を再生させて立ち上がろうとしている。だが、今のルイズはそれを一顧だにしない。
 そんな事より、やらなければならない事がある。言わなければならない、答えがある!
 ルイズは、自らの左腕を力強くジョセフの背に回し、叫んだ!
「このルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールは、『貴族』!!」
 二人の貴族が、互いの腕の中、見つめ合う。
 その視線をあえて言葉にするとすれば――『信頼』という言葉が最も相応しかった。
「そしてルイズ! 改めてもう一度言う! わしは土塊のフーケに勝つ手段を既に考えてきておる! そしてその手段には、お前の力が絶対に必要じゃッ!!」
「いいわッ……!」
 キッ、と見上げた空には、二つの月を背に、悠然と空を舞う風竜と。その背で、二人を見守る友人の姿。
「前に言ったわね、ジョセフ。今は『ゼロ』でも構わない。いずれ『私達』が強くなると」
「ああ、確かに言った」
「キュルケもタバサもデルフリンガーもシルフィードも。皆で、強くなるのよ」
 地面を歪ませ、ゴーレムは立ち上がる。
 ジョセフは、剣を構え。ルイズは、杖を構え。

空が、白み始めた。


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