時はギーシュを億泰がフルボッコにする数分前……
「フン、ご飯抜きは当然の報いよ」
そう言って自分だけお昼に手をつける。
うん、今日も美味しい。
部屋で着替えた後で少~~~し昼寝をしてしまったから、他の皆より遅い昼食だった。
周りは大体デザートに入っているので少し気恥ずかしい。
「掃除はもう終わったの?ルイズ?
少しばかり遅い昼食みたいだけどねー?」
ああ、もうこのキュルケときたらからかう事ばかり。
得意げな顔をして胸を揺らしている。こんなキュルケと家がライバルの自分が憎い。
「あら?そういえば使い魔はどうしたの?
まさか一人で掃除させて自分は寝てたとかじゃないわよね?」
正解にすぎる。トリステインはどうなってしまうのか。
「~~~!
その通りよ!文句ある!?」
「まあいいけどね。
貴方の使い魔があそこでケーキ配ってても」
「え!?」
キュルケに言われて辺りを見てみると、確かに間抜け面が見つかった。
隣のメイドとそれなりに仲良さそうにケーキを配っている。
(な、ななななによアイツは!
なんで勝手にメイドと仲良くしてんのよ!
いえ、平常心、平常心よルイズ。
使い魔が言うこと聞かないでメイドに餌付けされた位でなんだっていうの。
後でご飯を抜いて……ってもう一週間抜いたんだったァー!)
そんなこんなで悩んでいるルイズをキュルケが可愛い物を見る目でこっそり鑑賞しだした頃、
ふと勘違いのギーシュの辺りでモンモランシーと知らない少女の怒鳴る声、それからガラスの割れる音が聞こえた。
見ると、ツープラトンを食らっているようだ。
「あちゃー、ギーシュってば手酷くやられたわねー」
「……自業自得じゃない」
あれ?いつの間にかアホのオクヤスが厨房に戻って出てきて……
と時がすっ飛んでいることにルイズが気づくのと同時に、メイドが土下座をしていた。
ボーッとそれを見ていると、今度はオクヤスがギーシュとなにやら言い合いを始めて……
気づいた時にはもう億泰がギーシュをフルボッコにしていた。
白目を剥いて鼻血と舌をダランと垂らしたギーシュの襟首を掴んで殴っている。
暫くすると手を離されてギーシュが床に沈みこむ。
さっき取り巻いてた友人達が引っ張ってく様子を見て、
マリコルヌと一緒におねんねするのね、とルイズは思った。
「って何をやってるのアンタはーーー!?」
メイドに手を差し出して立たせていた億泰へと詰め寄ることにした。
「お、オクヤスさん!?
逃げてください!貴族を殴っちゃうなんて!
殺されちゃいますよ!?」
「そ、そうよ!
アンタ何考えてやってんのよ!
今度は魔法使ってくるわよアイツは!」
「いや、別になんも考えてなんてねーけどさ」
それを聞いてルイズとシエスタはサッと顔を青くし、周囲の生徒は皆ずっこけた。
「考えなしでギーシュをボコボコに!?平民が!?」
「いや、別にギーシュはどうでも良かったけどアホかアイツは!」
「へへ、あの平民が何日生き残れるか賭けようぜ!
俺は一日目でだ!毎食のはしばみ草のサラダを賭けるぜ!」
「Bad!もっとまともな物を賭けるんだ!
僕は三日で……この十枚を賭けよう!」
「Good!」
「ああ、どこに行ってたんだアンジェロ岩!
心配したよ急に居なくなってるもんだから!」
アギ……
「~~~~!
出かけるわよ!用意しなさい!
メイド、アンタは馬の支度!」
喧騒をよそにルイズがシエスタと億泰を食堂から引っ張り出して命令する。
「え、あの、ミス・ヴァリエール?
午後の授業は言ったいどうするんですか?」
「サボるわよ……
町にいくの。少なくともギーシュが起きあがる前までに剣を買うわ。
丸腰よりは幾らかマシだもの」
「剣~~~?
オメーが使うってのか~~?」
「アンタのよ!」
そして三時間後
「腰がいてェェ~~!」
「情けないわね、馬にも乗った事ないなんて。
それより気持ち悪いからその歩き方なんとかならないの?
相当人の目を引いてるじゃないの」
トリステインの城下町へと辿り着いた二人の様子は対照的だった。
映画のセットのような街中をひょこひょこと内股で歩く学生服の億泰。
それを気持ち悪い物を見る目で見ているルイズ。
そして億泰の(主にケツを)見ているイイ男数人。
「というか、アンタ感謝の気持ちが足りてないでしょ。
生存確率上げてあげようと思ってわざわざ町まで遠出したのに……」
「だからよォー、いらねーっつったじゃねーか」
「メイジの魔法って物を分かってないわね。
そんなんじゃ本当に死ぬわよ?さっきの逆の構図で」
馬の上でも何度も交わした問答だったが、
改めて言っても無駄だったので億泰は諦める事にした。
「それより、預けた財布は大丈夫?
大通りなんだからスリ多いのよ?」
財布は下僕が持つ物だと言われ馬から降りるなり財布を預けられたのだ。
ずっしりとした感触に顔がどうしても綻ぶ。
「大丈夫だってーの。
こんな小さな通りでよぉ~~スられっかって」
「小さいって……この町一番の大通りよ?ここ」
そう言いながらもルイズは更に狭い路地裏へと入っていく。
汚物やらゴミやらが道端に放置されていて、
入ってきた二人に気づいた猫が子犬を咥えて走り去っていった。
「うわ、見るからにヤバそーですって感じだなァー」
「だからあんま来たくないの。
ほら、さっさと用事を済ませるわよ」
そう言ってルイズは路地裏を進んでいき、やがて一軒の店へと入っていった。
億泰が看板を見ると、剣の形をした銅の看板がかかっている。
どうやら武器の店らしいな、と思いながら億泰はルイズに続いて店内へと入った。
店の中は昼間だというのに薄暗く、所狭しと並べられた武器防具がランプに照らしだされていた。
奥には五十絡みの親父がたるんだ顔してパイプをふかしている。
「レストラン・トラザr
じゃねーや、こんな所へ何の用だい?おじょうちゃ……」
くわえたパイプを離し、ドスの利いた声で言いかけた所でルイズの服装に気づいたらしい。
胸元の五芒星に目をやると、途端に態度を変える。
「旦那。貴族の旦那!
うちはまっとうな商売をしてまさあ、お上の目にさわるような事はこれっぽっちも!
もう『ゼロ』でさあ!」
「客よ」
『ゼロ』に反応してムカつきながらも、ルイズはそう言って物色しだす。
やがて、自分では剣の良し悪しなんて分からない事を理解して億泰に尋ねる。
命が懸かってる分本人に尋ねた方が分がいいだろうと考えたのだ。
「ほら、どんなのが欲しいの?」
「ってもよォ~俺帰宅部だったしそんなん分からねーって」
「アンタ自分の命懸かってるのがわかんないの!?」
そう言い合う二人を見ると、店主はいそいそと奥へ引っ込んでいく。
そして、倉庫に入る前に振り向いてニヤニヤと笑いながら小声で呟いた。
「ド素人どもめ、鴨葱ってやつか。
せいぜい高く売って儲からせてもらおうかね」
やがて店主は奥から1.5メイルはあろうかという立派な剣を油布で拭きながら持ってきた。
両手で扱える程の柄の長さに、ところどころ宝石が散りばめられている。
「なるほど、確かに昨今は貴族の方々の間で下僕に流行ってますからね。
そこの兄ちゃんはガタイもいいし、コイツでもきっと扱いきれますな。
どうです?コイツはこの店一番の業物ですぜ」
その輝きにルイズも億泰も魅入られたのか、覗き込んだ。
やがて、ルイズが聞き出す。
こいつでいいやと思ったのだろう。見栄っ張りのルイズらしい所である。
「おいくら?」
「へい、何せこいつはかの高名な錬金魔術師シュペー卿が鍛えた一品でしてね、
ちょいと値が張りますぜ?」
「私は貴族よ?ほら、もったいぶらないで言いなさい」
「エキュー金貨で二千、新金貨では三千になりますな」
その値段を聞いた途端、ルイズがあんぐりと口を開く。
億泰はサッパリこちらの金銭感覚が分からないのでポケーっとしていた。
「ドンくらいの価値なわけ?これ」
「森つきの庭と立派な邸宅が買えるくらいよ」
「……ハァ?何言ってんだてめー!
俺達からボろうってでも言うのかコラー!」
「お、おい、勘弁してくださいよ兄ちゃん。
うちの品物にケチつけるってのかい?
青銅だって真っ二つだし、青銅や青銅や青銅のゴーレムが殴った程度じゃ折れない代物なんですぜ?」
弁解と追求の争いが始まろうとしたその時、乱雑に積まれた剣の山の中から声がした。
低い男の声だ。
「おいおめえ!ケチつけるんなら証明でもすりゃーいいじゃねえか!
鉄を切るだとか剣がダメになるだとかの前に腕が壊れるだろうがな!
むしろ棒っきれでも振ってんのがお似合いだぜ猿野郎が!」
「ん、んだとてめー!」
いきなりの悪口にムカっ腹が立った。
しかもいつもと違うバリエーションだったためにより一層だ。
しかし、声がしても姿が見えない。
「デル公てめえ!商売の邪魔する気か!
せっかく良い値でだま……っと、売れそうだってのに!」
「黙ってろいオヤジ!
ほらほら、帰んな貴族の娘っ子!」
「失礼ね!」
怒鳴るルイズをよそに、億泰は声の方へと近づいていく。
そして、剣の山の中から一本の剣を引き抜く。
「まさか、おめーがしゃべってんの?」
「そうだぜこのボケナス!」
それは薄手の長剣だった。
しかし、錆がところどころに浮いてとてもじゃないが使えそうとは言えない。
「ほォー!剣がしゃべんのか!おもしれーな」
「それって、インテリジェンスソード?」
ルイズが当惑した声を出してその剣を見た。
「そうでさあ若奥様。意思を持つ魔剣インテリジェンスソードでさ。
どこの物好きが始めたのか、剣をしゃべらせるようにした奴なんですが……
いかんせんこいつは性格は悪い、口は悪い、喧嘩早いととにかく嫌な野郎でして。
おいデル公!失礼はそこまでにしときな!それ以上すると川底に沈めるからな!」
「そん時は魚に話して岸まで運んでもらうから構わねえぜクソオヤジ!」
「なんだとこの野郎!孤独だよ~!って喚いてもゆ、許さないからな!」
歩き出す主人を億泰が手で制す。
その表情は新しいおもちゃを手に入れた子供、
あるいは康一が由花子に初めて呼び出されたシーンを見た億泰のようだ。
「おもしれーじゃねーか。
俺よォ~、このデル公でいーぜ?」
「え?い、嫌よそんなの。
『ぜ~~~~ったいに負けんのだあ!』とか叫びそうじゃないの」
「俺様はデルフリンガー様だ!デル公じゃねえ!
さっさと放せ三下!……?」
ルイズと一緒になって抗議しだしたデルフリンガーだったが、ふと押し黙った。
そして、暫くたってから再び話しはじめる。
「おでれーた。てめ『使い手』じゃねえか。
ああ。あんなナマクラよりは損はさせないから俺を買え」
「ん、だから買うっつんじゃねーかよォ」
そう億泰が言うとすぐにまた押し黙る。
「チッ……
まあ、ソイツなら厄介払いで百で結構でさあ。
どうしやすか?相場なら数百は頂きやすし、そいつ鞘に入れとけば黙りやすんで」
ウッとルイズは息がつまる。
財布には数百も無い。せいぜい二百が良い所だったのだ。
だから、それを気取られないように精一杯虚勢を張って言う。
「仕方ないわね……こいつでいいから買ってあげるわ」
「ヘイ、毎度あり!」
そうして、デルフリンガーを抱えて二人は出て行った。
途端に武器屋には静寂が戻ってくる。
「フン、今日はもう店じまいにするかね。
五月蝿いのがいなくなってせいせいしたしなあ」
酒瓶を取り出しながら親父は独り言を漏らす。
「ま、これで儲け話を零さないで済むんならマシってもんよ。
なあ?そう思うだろおめーら。
……チッ、今日はやけに酒が塩辛いな」
親父の呟きは、ガランとした店の中に消えていった。
「フン、ご飯抜きは当然の報いよ」
そう言って自分だけお昼に手をつける。
うん、今日も美味しい。
部屋で着替えた後で少~~~し昼寝をしてしまったから、他の皆より遅い昼食だった。
周りは大体デザートに入っているので少し気恥ずかしい。
「掃除はもう終わったの?ルイズ?
少しばかり遅い昼食みたいだけどねー?」
ああ、もうこのキュルケときたらからかう事ばかり。
得意げな顔をして胸を揺らしている。こんなキュルケと家がライバルの自分が憎い。
「あら?そういえば使い魔はどうしたの?
まさか一人で掃除させて自分は寝てたとかじゃないわよね?」
正解にすぎる。トリステインはどうなってしまうのか。
「~~~!
その通りよ!文句ある!?」
「まあいいけどね。
貴方の使い魔があそこでケーキ配ってても」
「え!?」
キュルケに言われて辺りを見てみると、確かに間抜け面が見つかった。
隣のメイドとそれなりに仲良さそうにケーキを配っている。
(な、ななななによアイツは!
なんで勝手にメイドと仲良くしてんのよ!
いえ、平常心、平常心よルイズ。
使い魔が言うこと聞かないでメイドに餌付けされた位でなんだっていうの。
後でご飯を抜いて……ってもう一週間抜いたんだったァー!)
そんなこんなで悩んでいるルイズをキュルケが可愛い物を見る目でこっそり鑑賞しだした頃、
ふと勘違いのギーシュの辺りでモンモランシーと知らない少女の怒鳴る声、それからガラスの割れる音が聞こえた。
見ると、ツープラトンを食らっているようだ。
「あちゃー、ギーシュってば手酷くやられたわねー」
「……自業自得じゃない」
あれ?いつの間にかアホのオクヤスが厨房に戻って出てきて……
と時がすっ飛んでいることにルイズが気づくのと同時に、メイドが土下座をしていた。
ボーッとそれを見ていると、今度はオクヤスがギーシュとなにやら言い合いを始めて……
気づいた時にはもう億泰がギーシュをフルボッコにしていた。
白目を剥いて鼻血と舌をダランと垂らしたギーシュの襟首を掴んで殴っている。
暫くすると手を離されてギーシュが床に沈みこむ。
さっき取り巻いてた友人達が引っ張ってく様子を見て、
マリコルヌと一緒におねんねするのね、とルイズは思った。
「って何をやってるのアンタはーーー!?」
メイドに手を差し出して立たせていた億泰へと詰め寄ることにした。
「お、オクヤスさん!?
逃げてください!貴族を殴っちゃうなんて!
殺されちゃいますよ!?」
「そ、そうよ!
アンタ何考えてやってんのよ!
今度は魔法使ってくるわよアイツは!」
「いや、別になんも考えてなんてねーけどさ」
それを聞いてルイズとシエスタはサッと顔を青くし、周囲の生徒は皆ずっこけた。
「考えなしでギーシュをボコボコに!?平民が!?」
「いや、別にギーシュはどうでも良かったけどアホかアイツは!」
「へへ、あの平民が何日生き残れるか賭けようぜ!
俺は一日目でだ!毎食のはしばみ草のサラダを賭けるぜ!」
「Bad!もっとまともな物を賭けるんだ!
僕は三日で……この十枚を賭けよう!」
「Good!」
「ああ、どこに行ってたんだアンジェロ岩!
心配したよ急に居なくなってるもんだから!」
アギ……
「~~~~!
出かけるわよ!用意しなさい!
メイド、アンタは馬の支度!」
喧騒をよそにルイズがシエスタと億泰を食堂から引っ張り出して命令する。
「え、あの、ミス・ヴァリエール?
午後の授業は言ったいどうするんですか?」
「サボるわよ……
町にいくの。少なくともギーシュが起きあがる前までに剣を買うわ。
丸腰よりは幾らかマシだもの」
「剣~~~?
オメーが使うってのか~~?」
「アンタのよ!」
そして三時間後
「腰がいてェェ~~!」
「情けないわね、馬にも乗った事ないなんて。
それより気持ち悪いからその歩き方なんとかならないの?
相当人の目を引いてるじゃないの」
トリステインの城下町へと辿り着いた二人の様子は対照的だった。
映画のセットのような街中をひょこひょこと内股で歩く学生服の億泰。
それを気持ち悪い物を見る目で見ているルイズ。
そして億泰の(主にケツを)見ているイイ男数人。
「というか、アンタ感謝の気持ちが足りてないでしょ。
生存確率上げてあげようと思ってわざわざ町まで遠出したのに……」
「だからよォー、いらねーっつったじゃねーか」
「メイジの魔法って物を分かってないわね。
そんなんじゃ本当に死ぬわよ?さっきの逆の構図で」
馬の上でも何度も交わした問答だったが、
改めて言っても無駄だったので億泰は諦める事にした。
「それより、預けた財布は大丈夫?
大通りなんだからスリ多いのよ?」
財布は下僕が持つ物だと言われ馬から降りるなり財布を預けられたのだ。
ずっしりとした感触に顔がどうしても綻ぶ。
「大丈夫だってーの。
こんな小さな通りでよぉ~~スられっかって」
「小さいって……この町一番の大通りよ?ここ」
そう言いながらもルイズは更に狭い路地裏へと入っていく。
汚物やらゴミやらが道端に放置されていて、
入ってきた二人に気づいた猫が子犬を咥えて走り去っていった。
「うわ、見るからにヤバそーですって感じだなァー」
「だからあんま来たくないの。
ほら、さっさと用事を済ませるわよ」
そう言ってルイズは路地裏を進んでいき、やがて一軒の店へと入っていった。
億泰が看板を見ると、剣の形をした銅の看板がかかっている。
どうやら武器の店らしいな、と思いながら億泰はルイズに続いて店内へと入った。
店の中は昼間だというのに薄暗く、所狭しと並べられた武器防具がランプに照らしだされていた。
奥には五十絡みの親父がたるんだ顔してパイプをふかしている。
「レストラン・トラザr
じゃねーや、こんな所へ何の用だい?おじょうちゃ……」
くわえたパイプを離し、ドスの利いた声で言いかけた所でルイズの服装に気づいたらしい。
胸元の五芒星に目をやると、途端に態度を変える。
「旦那。貴族の旦那!
うちはまっとうな商売をしてまさあ、お上の目にさわるような事はこれっぽっちも!
もう『ゼロ』でさあ!」
「客よ」
『ゼロ』に反応してムカつきながらも、ルイズはそう言って物色しだす。
やがて、自分では剣の良し悪しなんて分からない事を理解して億泰に尋ねる。
命が懸かってる分本人に尋ねた方が分がいいだろうと考えたのだ。
「ほら、どんなのが欲しいの?」
「ってもよォ~俺帰宅部だったしそんなん分からねーって」
「アンタ自分の命懸かってるのがわかんないの!?」
そう言い合う二人を見ると、店主はいそいそと奥へ引っ込んでいく。
そして、倉庫に入る前に振り向いてニヤニヤと笑いながら小声で呟いた。
「ド素人どもめ、鴨葱ってやつか。
せいぜい高く売って儲からせてもらおうかね」
やがて店主は奥から1.5メイルはあろうかという立派な剣を油布で拭きながら持ってきた。
両手で扱える程の柄の長さに、ところどころ宝石が散りばめられている。
「なるほど、確かに昨今は貴族の方々の間で下僕に流行ってますからね。
そこの兄ちゃんはガタイもいいし、コイツでもきっと扱いきれますな。
どうです?コイツはこの店一番の業物ですぜ」
その輝きにルイズも億泰も魅入られたのか、覗き込んだ。
やがて、ルイズが聞き出す。
こいつでいいやと思ったのだろう。見栄っ張りのルイズらしい所である。
「おいくら?」
「へい、何せこいつはかの高名な錬金魔術師シュペー卿が鍛えた一品でしてね、
ちょいと値が張りますぜ?」
「私は貴族よ?ほら、もったいぶらないで言いなさい」
「エキュー金貨で二千、新金貨では三千になりますな」
その値段を聞いた途端、ルイズがあんぐりと口を開く。
億泰はサッパリこちらの金銭感覚が分からないのでポケーっとしていた。
「ドンくらいの価値なわけ?これ」
「森つきの庭と立派な邸宅が買えるくらいよ」
「……ハァ?何言ってんだてめー!
俺達からボろうってでも言うのかコラー!」
「お、おい、勘弁してくださいよ兄ちゃん。
うちの品物にケチつけるってのかい?
青銅だって真っ二つだし、青銅や青銅や青銅のゴーレムが殴った程度じゃ折れない代物なんですぜ?」
弁解と追求の争いが始まろうとしたその時、乱雑に積まれた剣の山の中から声がした。
低い男の声だ。
「おいおめえ!ケチつけるんなら証明でもすりゃーいいじゃねえか!
鉄を切るだとか剣がダメになるだとかの前に腕が壊れるだろうがな!
むしろ棒っきれでも振ってんのがお似合いだぜ猿野郎が!」
「ん、んだとてめー!」
いきなりの悪口にムカっ腹が立った。
しかもいつもと違うバリエーションだったためにより一層だ。
しかし、声がしても姿が見えない。
「デル公てめえ!商売の邪魔する気か!
せっかく良い値でだま……っと、売れそうだってのに!」
「黙ってろいオヤジ!
ほらほら、帰んな貴族の娘っ子!」
「失礼ね!」
怒鳴るルイズをよそに、億泰は声の方へと近づいていく。
そして、剣の山の中から一本の剣を引き抜く。
「まさか、おめーがしゃべってんの?」
「そうだぜこのボケナス!」
それは薄手の長剣だった。
しかし、錆がところどころに浮いてとてもじゃないが使えそうとは言えない。
「ほォー!剣がしゃべんのか!おもしれーな」
「それって、インテリジェンスソード?」
ルイズが当惑した声を出してその剣を見た。
「そうでさあ若奥様。意思を持つ魔剣インテリジェンスソードでさ。
どこの物好きが始めたのか、剣をしゃべらせるようにした奴なんですが……
いかんせんこいつは性格は悪い、口は悪い、喧嘩早いととにかく嫌な野郎でして。
おいデル公!失礼はそこまでにしときな!それ以上すると川底に沈めるからな!」
「そん時は魚に話して岸まで運んでもらうから構わねえぜクソオヤジ!」
「なんだとこの野郎!孤独だよ~!って喚いてもゆ、許さないからな!」
歩き出す主人を億泰が手で制す。
その表情は新しいおもちゃを手に入れた子供、
あるいは康一が由花子に初めて呼び出されたシーンを見た億泰のようだ。
「おもしれーじゃねーか。
俺よォ~、このデル公でいーぜ?」
「え?い、嫌よそんなの。
『ぜ~~~~ったいに負けんのだあ!』とか叫びそうじゃないの」
「俺様はデルフリンガー様だ!デル公じゃねえ!
さっさと放せ三下!……?」
ルイズと一緒になって抗議しだしたデルフリンガーだったが、ふと押し黙った。
そして、暫くたってから再び話しはじめる。
「おでれーた。てめ『使い手』じゃねえか。
ああ。あんなナマクラよりは損はさせないから俺を買え」
「ん、だから買うっつんじゃねーかよォ」
そう億泰が言うとすぐにまた押し黙る。
「チッ……
まあ、ソイツなら厄介払いで百で結構でさあ。
どうしやすか?相場なら数百は頂きやすし、そいつ鞘に入れとけば黙りやすんで」
ウッとルイズは息がつまる。
財布には数百も無い。せいぜい二百が良い所だったのだ。
だから、それを気取られないように精一杯虚勢を張って言う。
「仕方ないわね……こいつでいいから買ってあげるわ」
「ヘイ、毎度あり!」
そうして、デルフリンガーを抱えて二人は出て行った。
途端に武器屋には静寂が戻ってくる。
「フン、今日はもう店じまいにするかね。
五月蝿いのがいなくなってせいせいしたしなあ」
酒瓶を取り出しながら親父は独り言を漏らす。
「ま、これで儲け話を零さないで済むんならマシってもんよ。
なあ?そう思うだろおめーら。
……チッ、今日はやけに酒が塩辛いな」
親父の呟きは、ガランとした店の中に消えていった。