++第八話 使い魔の決闘②++
花京院は今、ギーシュと向き合っていた。
二人の距離はおよそ十歩ほどだ。花京院のスタンドの射程距離には十分入っている。
いつでもスタンドを動かせるよう構えながら、花京院は首を巡らせた。
二人の周りには、いつのまにか観客たちが集まっていた。
平民とメイジが戦う。
そのトップニュースはあっという間に学校中に知れ渡った。
噂を聞きつけた生徒たちは一目見ようと広場に集まった。
普段は薄暗く、人気のないヴェストリの広場が、今日だけは大勢の人で溢れ返っている。
あまりの人の多さに少々呆れながら花京院はギーシュを見た。
決闘を前に、緊張しているかと思ったが、ギーシュは気楽そのものだった。
先ほどから観客たちに手を振ったり、女の子には笑みを投げかけたり、なにかと観客たちにアピールしている。
「諸君! 決闘だ!」
ギーシュがバラを掲げ、声を張り上げた。
たちまち人垣がどよめき、歓声が巻き起こる。
ギーシュはもう一度観客たちに手を振り、花京院に視線を向けた。
二人は広場の真ん中に立ち、にらみ合う。
「とりあえず、逃げずに来たことは、ほめてやろうじゃないか」
「逃げる必要がないからな」
「お互い準備は出来てるようだ。そろそろ始めようか」
ギーシュはそう宣言した。
始まると同時に、花京院はスタンドを出して構える。
彼のスタンド、『法皇の緑(ハイエロファントグリーン)』には近距離パワー型のようなパワーやスピードはないし、特別な能力もあまりない。
しかし、それだけが強さではないことを花京院は知っている。
花京院と対峙するギーシュは余裕たっぷりの笑みを浮かべていた。
キザな仕草でバラを花京院に向ける。
「僕はギーシュ・ド・グラモン。栄えあるグラモン家の四男だ。たとえ相手が平民であろうと、手加減はしない」
ギーシュはバラの花を振った。
花びらが一枚、宙を舞う。
ひらひらと花びらは揺れ、次の瞬間、戦士の人形になった。
甲冑を着た女戦士の人形だ。大きさは普通の人間と同じぐらいだが、甲冑から覗く肌の色は甲冑と同色で、固い金属でできているらしい。
がしゃん、と人形が一歩前へ踏み出した。
「僕はメイジだ。だから魔法で戦う。……おっと、言い忘れていたな。僕の二つ名は『青銅』。青銅のギーシュだ。したがって、青銅のゴーレム『ワルキューレ』がお相手するよ」
ギーシュがバラを振ると、女戦士の形をしたゴーレムが突進してきた。吸血鬼ほどの速さではないが、プロのランナーぐらいの速度はある。
花京院のスタンドは近距離を得意としない。近寄られるのは得策ではなかった。
スタンドを操作し、ゴーレムに向けて両手を構える。
「エメラルドスプラッシュ!」
スタンドの両手からエメラルドの何かが放たれる。一見体液にも見えるそれは破壊のエネルギーの像だ。触れれば砕き、貫くことができる。
エメラルドスプラッシュは真っ直ぐにゴーレムに当たり、吹っ飛ばした。
上半身を仰け反らせながら後ろに吹っ飛んだゴーレムを見て、ギーシュの顔が強張った。
「き、君は今何をした。僕のゴーレムに何をしたんだ?」
「答える必要はない……と言いたいところだが、少しだけ教えよう。僕はある力を持っている。君のゴーレムと同じだ。ただ、誰にも見えないし、触ることもできないがな」
「……」
ギーシュは無言で花京院を睨みつけている。本当か嘘か図りかねているようだ。
軽く肩をすくめるようにして、花京院は言った。
「別に信じなくていい。……ただ、これは決闘だからな」
そう、これは決闘なのだ。ただの勝負ではなく、決闘。
卑怯な手段を使って、相手を倒すことが“勝利”ではない。
正々堂々、相手を打ち砕く。それが“決闘での勝利”なのだ。
だから花京院はスタンドでいきなり攻撃しなかったし、スタンドのことを教えた。
わざわざ相手に魔法を使わせるチャンスを与えたのもそのためだ。
……これは彼女の誇りをかけた決闘だ。
だからこそ、負けるわけにはいかない。
絶対に、勝たねばならない。
ゼロと侮辱された彼女のためにも。
「……不思議な力か。信じがたいが、本当のことなんだろう」
少々驚いた様子で、ギーシュは呟いた。
そして、バラを振り、新たに六体のゴーレムを作り出す。
「ならば、僕も全力で相手をしよう」
再度、ギーシュがバラを振ると、たちまちゴーレムは花京院に向かって襲い掛かってきた。
合計七体のゴーレムが、花京院めがけて向かってくる。
花京院はそれを視界に納めると、狙いをつけた。
「エメラルドスプラッシュ!」
スタンドの手から無数のエメラルドが飛び出す。
それらはギーシュのゴーレムに当たり、相手を後方へと弾き飛ばした。
「この程度の攻撃で、倒せるとでも思っているのか?」
「戯言は勝負が終わってから言いたまえ」
地面に倒れたゴーレムたちは起き上がり、また花京院に向かって突進する。
魔法で動いているせいか、痛みや恐怖はないようだ。その動きにはなんの迷いも怯えも感じられない。
とは言っても、動きが見えている以上、その攻撃は意味がない。
花京院はまたエメラルドスプラッシュを放った。
後続のゴーレムと派手にもつれ合いながらゴーレムは後方へと転がる。
何度も、何度も、ひたすらそれを繰り返す。
意味のない、無駄なことをなぜ続けるのか。
花京院にはそれが疑問だった。
しかも、ギーシュは笑みを浮かべていて、何かたくらんでいるようだ。
「お前が何を考えているのかは知らないが、こんな攻撃を続けるつもりなら……」
その時、花京院は気付いた。
自分とゴーレムの距離。それがいつの間にか、狭まっている。
十歩ほどの間があったはずが、今は三歩ほどの距離まで近くなっていた。
……まずい!
花京院は距離を開けようと足に力を入れたが、動かなかった。
愕然と足元に視線を落とす。
足元の地面が盛り上がり、足首を固定するように固まっていた。それもただの土じゃないらしく、蹴ったぐらいではびくともしない。
物音が聞こえ、顔を上げると、目の前にゴーレムがいた。
危険だと感じる余裕さえなかった。
次の瞬間にはゴーレムの拳が身体にめり込んでいたからだ。
「ごふっ!」
身体の奥底に響くその衝撃に、一瞬意識が遠のく。
かろうじて意識だけは保ったが、痛みが消えるはずもない。
身体を折り、花京院は地面に膝をついた。
「なんだ。もう終わりかい?」
「……いや、まだだ」
今度はゴーレムの蹴りが飛んできた。
脇腹に当たり、その衝撃で息が止まりそうになる。
地面をごろごろと転がりながら花京院は体勢を立て直そうとするが、すぐ側には別なゴーレムが立っている。
「降参するかい?」
「するつもりはない」
ギーシュの問いに、花京院は首を振った。
すると、ゴーレムの足が花京院を蹴り上げた。
束の間、宙に浮き、地面へと叩きつけられる。
「がっ……!」
肺の中の空気が外に出される。
横向きに倒れたまま、花京院は荒い呼吸を繰り返した。
「まだやるつもりかい?」
「当たり前だろう」
ゴーレムはゆっくりと足を上げた。
踏み下ろすのだと気付いた瞬間、花京院は右腕を構えていた。
落とされた足とそれを受け止める腕。
ごきり、と鈍い音がした。
痛みはあったが、どこか曖昧なものになっていた。
……腕が折れたな
冷静に、花京院はそう思った。
落ち着く暇もなく、ゴーレムの攻撃は続けられる。
一つ一つがプロボクサーの一撃のように重く、速い。
避けることはおろか、受け止めることすらできない。
何度も何度もゴーレムの攻撃を喰らい、そのたび花京院は吹っ飛ばされる。
ギーシュは花京院の側まで来て、見下ろした。
「いい加減、諦めたらどうだい?」
「……そうだな。その角度がいい」
花京院は口元に笑みをにじませる。
ぼろぼろになっても笑みを浮かべる花京院を見て、ギーシュは怪訝な顔になった。
「頭でもやられたのかい? なんの角度……」
その時だった。
この勝敗は明らかに見えるこの状況の中、花京院だけは見えていた。
勝利でもなく、敗北でもなく、ただ今だけを見ていた。
スタンドがギーシュの口の中へと入っていく、この瞬間を。
狙っていたのは……この時だった。
To be continued→
花京院は今、ギーシュと向き合っていた。
二人の距離はおよそ十歩ほどだ。花京院のスタンドの射程距離には十分入っている。
いつでもスタンドを動かせるよう構えながら、花京院は首を巡らせた。
二人の周りには、いつのまにか観客たちが集まっていた。
平民とメイジが戦う。
そのトップニュースはあっという間に学校中に知れ渡った。
噂を聞きつけた生徒たちは一目見ようと広場に集まった。
普段は薄暗く、人気のないヴェストリの広場が、今日だけは大勢の人で溢れ返っている。
あまりの人の多さに少々呆れながら花京院はギーシュを見た。
決闘を前に、緊張しているかと思ったが、ギーシュは気楽そのものだった。
先ほどから観客たちに手を振ったり、女の子には笑みを投げかけたり、なにかと観客たちにアピールしている。
「諸君! 決闘だ!」
ギーシュがバラを掲げ、声を張り上げた。
たちまち人垣がどよめき、歓声が巻き起こる。
ギーシュはもう一度観客たちに手を振り、花京院に視線を向けた。
二人は広場の真ん中に立ち、にらみ合う。
「とりあえず、逃げずに来たことは、ほめてやろうじゃないか」
「逃げる必要がないからな」
「お互い準備は出来てるようだ。そろそろ始めようか」
ギーシュはそう宣言した。
始まると同時に、花京院はスタンドを出して構える。
彼のスタンド、『法皇の緑(ハイエロファントグリーン)』には近距離パワー型のようなパワーやスピードはないし、特別な能力もあまりない。
しかし、それだけが強さではないことを花京院は知っている。
花京院と対峙するギーシュは余裕たっぷりの笑みを浮かべていた。
キザな仕草でバラを花京院に向ける。
「僕はギーシュ・ド・グラモン。栄えあるグラモン家の四男だ。たとえ相手が平民であろうと、手加減はしない」
ギーシュはバラの花を振った。
花びらが一枚、宙を舞う。
ひらひらと花びらは揺れ、次の瞬間、戦士の人形になった。
甲冑を着た女戦士の人形だ。大きさは普通の人間と同じぐらいだが、甲冑から覗く肌の色は甲冑と同色で、固い金属でできているらしい。
がしゃん、と人形が一歩前へ踏み出した。
「僕はメイジだ。だから魔法で戦う。……おっと、言い忘れていたな。僕の二つ名は『青銅』。青銅のギーシュだ。したがって、青銅のゴーレム『ワルキューレ』がお相手するよ」
ギーシュがバラを振ると、女戦士の形をしたゴーレムが突進してきた。吸血鬼ほどの速さではないが、プロのランナーぐらいの速度はある。
花京院のスタンドは近距離を得意としない。近寄られるのは得策ではなかった。
スタンドを操作し、ゴーレムに向けて両手を構える。
「エメラルドスプラッシュ!」
スタンドの両手からエメラルドの何かが放たれる。一見体液にも見えるそれは破壊のエネルギーの像だ。触れれば砕き、貫くことができる。
エメラルドスプラッシュは真っ直ぐにゴーレムに当たり、吹っ飛ばした。
上半身を仰け反らせながら後ろに吹っ飛んだゴーレムを見て、ギーシュの顔が強張った。
「き、君は今何をした。僕のゴーレムに何をしたんだ?」
「答える必要はない……と言いたいところだが、少しだけ教えよう。僕はある力を持っている。君のゴーレムと同じだ。ただ、誰にも見えないし、触ることもできないがな」
「……」
ギーシュは無言で花京院を睨みつけている。本当か嘘か図りかねているようだ。
軽く肩をすくめるようにして、花京院は言った。
「別に信じなくていい。……ただ、これは決闘だからな」
そう、これは決闘なのだ。ただの勝負ではなく、決闘。
卑怯な手段を使って、相手を倒すことが“勝利”ではない。
正々堂々、相手を打ち砕く。それが“決闘での勝利”なのだ。
だから花京院はスタンドでいきなり攻撃しなかったし、スタンドのことを教えた。
わざわざ相手に魔法を使わせるチャンスを与えたのもそのためだ。
……これは彼女の誇りをかけた決闘だ。
だからこそ、負けるわけにはいかない。
絶対に、勝たねばならない。
ゼロと侮辱された彼女のためにも。
「……不思議な力か。信じがたいが、本当のことなんだろう」
少々驚いた様子で、ギーシュは呟いた。
そして、バラを振り、新たに六体のゴーレムを作り出す。
「ならば、僕も全力で相手をしよう」
再度、ギーシュがバラを振ると、たちまちゴーレムは花京院に向かって襲い掛かってきた。
合計七体のゴーレムが、花京院めがけて向かってくる。
花京院はそれを視界に納めると、狙いをつけた。
「エメラルドスプラッシュ!」
スタンドの手から無数のエメラルドが飛び出す。
それらはギーシュのゴーレムに当たり、相手を後方へと弾き飛ばした。
「この程度の攻撃で、倒せるとでも思っているのか?」
「戯言は勝負が終わってから言いたまえ」
地面に倒れたゴーレムたちは起き上がり、また花京院に向かって突進する。
魔法で動いているせいか、痛みや恐怖はないようだ。その動きにはなんの迷いも怯えも感じられない。
とは言っても、動きが見えている以上、その攻撃は意味がない。
花京院はまたエメラルドスプラッシュを放った。
後続のゴーレムと派手にもつれ合いながらゴーレムは後方へと転がる。
何度も、何度も、ひたすらそれを繰り返す。
意味のない、無駄なことをなぜ続けるのか。
花京院にはそれが疑問だった。
しかも、ギーシュは笑みを浮かべていて、何かたくらんでいるようだ。
「お前が何を考えているのかは知らないが、こんな攻撃を続けるつもりなら……」
その時、花京院は気付いた。
自分とゴーレムの距離。それがいつの間にか、狭まっている。
十歩ほどの間があったはずが、今は三歩ほどの距離まで近くなっていた。
……まずい!
花京院は距離を開けようと足に力を入れたが、動かなかった。
愕然と足元に視線を落とす。
足元の地面が盛り上がり、足首を固定するように固まっていた。それもただの土じゃないらしく、蹴ったぐらいではびくともしない。
物音が聞こえ、顔を上げると、目の前にゴーレムがいた。
危険だと感じる余裕さえなかった。
次の瞬間にはゴーレムの拳が身体にめり込んでいたからだ。
「ごふっ!」
身体の奥底に響くその衝撃に、一瞬意識が遠のく。
かろうじて意識だけは保ったが、痛みが消えるはずもない。
身体を折り、花京院は地面に膝をついた。
「なんだ。もう終わりかい?」
「……いや、まだだ」
今度はゴーレムの蹴りが飛んできた。
脇腹に当たり、その衝撃で息が止まりそうになる。
地面をごろごろと転がりながら花京院は体勢を立て直そうとするが、すぐ側には別なゴーレムが立っている。
「降参するかい?」
「するつもりはない」
ギーシュの問いに、花京院は首を振った。
すると、ゴーレムの足が花京院を蹴り上げた。
束の間、宙に浮き、地面へと叩きつけられる。
「がっ……!」
肺の中の空気が外に出される。
横向きに倒れたまま、花京院は荒い呼吸を繰り返した。
「まだやるつもりかい?」
「当たり前だろう」
ゴーレムはゆっくりと足を上げた。
踏み下ろすのだと気付いた瞬間、花京院は右腕を構えていた。
落とされた足とそれを受け止める腕。
ごきり、と鈍い音がした。
痛みはあったが、どこか曖昧なものになっていた。
……腕が折れたな
冷静に、花京院はそう思った。
落ち着く暇もなく、ゴーレムの攻撃は続けられる。
一つ一つがプロボクサーの一撃のように重く、速い。
避けることはおろか、受け止めることすらできない。
何度も何度もゴーレムの攻撃を喰らい、そのたび花京院は吹っ飛ばされる。
ギーシュは花京院の側まで来て、見下ろした。
「いい加減、諦めたらどうだい?」
「……そうだな。その角度がいい」
花京院は口元に笑みをにじませる。
ぼろぼろになっても笑みを浮かべる花京院を見て、ギーシュは怪訝な顔になった。
「頭でもやられたのかい? なんの角度……」
その時だった。
この勝敗は明らかに見えるこの状況の中、花京院だけは見えていた。
勝利でもなく、敗北でもなく、ただ今だけを見ていた。
スタンドがギーシュの口の中へと入っていく、この瞬間を。
狙っていたのは……この時だった。
To be continued→