ゼロの奇妙な使い魔 まとめ

味も見ておく使い魔 第八章-01

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 夜半、ロマリアの大聖堂では大きな異変が静かに起こっていた。
 聖エイジス三十二世の体がぐらりと揺れる。その体にできた傷の痛みというよりも、彼の身に起こった事実に対する衝撃が大きい。そもそも教皇自身に傷など無かった。
 教皇の着る法衣の胸に、正面から男の腕が触れられているだけである。だが、それでも教皇の心臓はまさにいまその働きを止めようとしていた。
「あなたがまさか、この私を裏切るなんてね……」
「裏切るだと? 私は、最初から本心でお前につかえたつもりはない」
 教皇の瞳孔が弛緩したまま、ピクリとも動かなくなっていった。
 彼を殺した張本人、かつて自身をジュリオ・チェザーレと名乗った男はいう。
「この波紋、もはや人に大して使うまいと思っていたが……私が絶頂時の力を維持できるのであれば話は別だ」
「なぜそこまで……」
「お前の知ったことではない」
 教皇の瞳孔から光が完全に失われる。

 前もって、あの男と約束した場所に集ったジュリオは、自分の握り拳を確かめるように、握り締めた。
「思ったより生の充実を感じないな……」
 彼の胸に去来した心境はいったい何か。それは誰にもわからない。
 ようやく彼が現れた。
「うまくやってくれたようですね。これが報酬の『セト神のDISC』です。これがあれば、あなたは永遠に若い姿のままでいられる」
「うむ。確かに受け取った」
 男は音もなく去っていく。
「ジョセフよ、ジョナサンよ。俺は永遠の絶頂を、永遠の若さを手に入れた。だが、俺の心は充実してはいない。この世界では、お前たちのような人間に会わなかったせいか」
そうして、かつて『ストレイツォ』と呼ばれた男もまた、人知れず闇の彼方へと消え去って行ったのだった……

 時の教皇、聖エイジス三十二世が暗殺された、との報はハルケギニア中を瞬く間に駆け巡った。無論、トリステイン魔法学院も例外ではない。
「その教皇とやらはそんなに影響力があったのか?」
 以前、教会の告解室を良心の呵責なしに無断撮影した岸辺露伴にとって、宗教の禁忌ほど己の実感としてわからぬものはない。
「ええ、暗殺した犯人はハルケギニアじゅうの人間を仇敵に回したといっても言いすぎではないわ」
 ルイズの言うとおり、少なくとも学生の間では、暗殺犯許すまじ、との怒りの声で学院中が充満している。
 また、教皇の死の報と同時に、とあるうわさが飛び交っていた。
 それは、犯人はガリア王ジョゼフの手のもの、というものである。
「タバサ親子に続いて、教皇までとは……ガリア王はどこまでやるつもりだ?」
 ブチャラティの言うことももっともだ。タバサがこれに続く。
「あの王は、ガリアがどうなろうとも、彼の知ったことじゃない。それがあの王の本質」

 今、ガリアは内戦下にある。
 かつてシャルル派であった勢力が、ジョゼフを国家の敵とみなし、叛旗を翻したのだ。というか、その勢力からの密使がひっきりなしにタバサの元にやってきていた。
 タバサ、もといシャルロット姫にガリア女王になってほしい、とのことであった。
「タバサはその頼み、引き受けるつもりなのか?」露伴が聞く。
「いまさら国王の位などには興味はない」
「でも、ガリアの王軍が相打つのは見ていられないんでしょう?」キュルケが言う。
 彼女の言うとおり、タバサは一人でガリアからの使者に結論を伝えようとしていた。諾、の方向で。それに気づき、嫌がる彼女を無理やり露伴たちの下につれてきたのがキュルケである。
「どうして国王の位に興味がないのに引き受けようなんて思ったの?」
 ルイズの質問にタバサは、悪びれたようにつぶやいた。
「ガリアの国内では、シャルル派以外にも現国王に反感を持つものが少なくない」
 だから、自分が女王の宣言をすれば、現在国王についているものの中からも離反するものが出てくるに違いない。と。
「なるほど、君が王の位を名乗り、皆が自発的にシャルル派と合流するようにしむければ、内戦も速く終わる……か」
「でも、それはシャルル派が勝つ、という前提のもとだろう。現時点において、内戦はどちらが勝つかわからない。いや、むしろシャルル派が若干劣勢に立っている」露伴がそう分析して見せた。
「そうなんだが、この機はジョゼフを打倒する絶好のチャンスでもある」ブチャラティは言った。

 ジョゼフはガリア王である。普段ならば、護衛が常時付きっ切りで警護しており、彼をブチャラティたちのような、少数の郎党で打倒するのは不可能に近い。だが、内戦下の今ならば護衛は少ないかもしれない。そのあたりはブチャラティの言うとおりである。
「うん。それは同時に、以前アルビオンを襲ったジョゼフの使い魔、ドッピオとの決着をつける、ということも意味している」
「ブチャラティの、因縁のケリをつけるわけね」キュルケが言う。
 そのとおりであった。ジョゼフとタバサの決着は、ブチャラティとドッピオとの因縁の決着でもあるのだ。
「で、どうするの? どっちみち私たちはガリア王に指名手配されているのよ」
「ああ、そのことなんだが。状況を整理したい」
 現在、タバサをも含めたルイズたちは、ガリア国内で犯罪人扱いされている。ジョゼフの意に反して、タバサの親子をトリステインに奪還したためであるが、それによって指名手配をされてしまったのであった。
 幸い、アーハンブラからの帰り道では、タバサの竜が使えたためにリュティスからの指名手配が届くよりも先に、ガリアとの国境を越えることができた。
「だが、今ガリアで戦争が始まった。反乱軍は僕たちのことなんかそもそも捕まえないし、国王の側も戦争どころで気にしないだろう」
「だから、シャルル側に渡りをつけて、ガリアにこっそりと入国してしまえばよい」
「その後は――?」
「出たとこ勝負、だな」

 ガリアの首都、リュティスには戦災の被害は及んではいなかった。
 少なくとも王宮から見下ろすジョゼフの視点では、現時点において、難民の類は発生していないように見えた。
「この内戦、突発的に発生した割には出来がよすぎるな」
「今のところ王軍と互角に戦っていますしね」
 ジョゼフの、若干嘲りを含んだ台詞にドッピオが平然と答える。
「裏を引いたのはシャルロットか? いや、違うな」
「では、誰です?」
「教皇暗殺犯の、うわさを流した人物だ。お前がヴィンダールヴに接触をしたのを知っている人物。イザベラあたりか? いずれにせよこの余の側近に裏切り者がいることは確かだ」
「探し出して始末しますか?」
「それはおいおい考える。それよりもだ。あの子が攻めてくるぞ。我々としても極上に歓待の準備をしてやろうではないか」
「わかりました、王様」
 ドッピオはそういって立ち去った。残るジョゼフは笑いながら独り言を続ける。
「シャルル。いよいよお前の娘が攻め立ててくるぞ。怒りか、哀しみか。どんな表情で向かってくるのだろうな! 俺にはどんな感情をくれるのだろうか。楽しみだ。実に楽しみだ。今からゾクゾクするぞ」
 国王の笑いは続く。

 とぅるるるる……
 とぅるる……
「はい、僕です。ボス」
「良くごまかしおおせた、ドッピオ」
「でも、何であんなことさせたんですか?」
「それはだな……この気に乗じてシャルロット達をジョゼフにぶつけるためだ……」
「何でまた?」
「……ジョゼフに対する当て球だ。つぶれればそれでよし。つぶれないでも、やつがどこまでやれるのか、十二分に試してやれるからだ」

「御武運を」
 と、シャルル派のカステルモールと名乗る騎士に、そういわれて分かれたのは半日も前のことか。タバサたちは夜明けの光の中、ようやくリュティスの町に到着した。シャルル派とは別の、単独での行動である。霧に朝の光が反射して、微妙に視界が悪い。
「この街は静かね」
 ルイズの言うとおり、リュティスの朝に人影は見られなかった。結果から言えば、一行は、グラン・トロワの城まで、誰にも会うことなく進出することができた。
 だが、おかしい。あまりにも平穏すぎる。
「城の警備の兵すらいないとはどういうことだ?」
「わからない、でも気をつけるべき」
「言われなくとも!」ルイズが意気込む。
「ああ、よそ見したりしている暇はないぞ」
「露伴。それは取材鞄ごとスケッチブックを持ち込んでいる男のセリフじゃないな」

 タバサたちは慎重に城の中に入った。
 その広さがトリスタニア中に知れ渡っている、グラントロワの大広間に達しても、ガリアは衛兵の影すら見せない。
 ルイズたち自身の、呼吸音を意識させるほどの不気味な沈黙は、果てしなくルイズたちを困惑させ、いつもよりも十二分にあたりを警戒しなければならなかった。
 平時であれば、奥面の、中庭に通じる窓から歌いゆく小鳥たちを愛でる事もできたであろうが、今のルイズたちにそのような余裕はない。それに、なぜだか、一羽の小鳥のさえずりも聞こえなかった。沈黙。
 と、そのとき。柱の物陰からナイフを持ったメイドが姿を現したのをルイズは目撃した。無言で一行に切りかかってくる。
「危ないッ!」
 集団が二つに割れた。
 不自然な体勢のまま切りかかるメイドは、終始無言のまま。そして、さらにメイドの後ろには、埋め尽くさんばかりに兵士や衛士が武器を手にひしめいていた。
「露伴、ブチャラティ。これはアルビオンのときと同じよ!」ルイズが気づき、叫ぶ。
 いつの間にか城の中は霧で覆われていた。さては、イザベラか!
「ひとまず逃げるぞ!」
「ええ、でもそれは敵本体へ近づくため!」
 頷いたルイズとタバサ、キュルケは西へ。露伴とブチャラティは東へ。
 それぞれ、別の廊下へと足を踏み出し、走り出した。
 襲い掛かってきたメイド達は、一瞬誰をターゲットにするか決めかねた様子だった。
 その一瞬の隙を利用して、みなそれぞれ距離を広げる。そして、メイドの視線の中には、誰の姿も消えてなくなっていた。
「……」

 東に逃げたブチャラティと露伴は、息をつく暇もなかった。
 ほとんどの追っ手が、彼ら二人のほうを追いかけていたからである。
「く、これでは体力を消耗する一方だ」
 露伴が叫ぶ。ヒットアンドアウェイの要領で、要所要所で反撃をし、敵の頭数を減らしてはいたが、何しろ数が多すぎる。このままでは二人の走る体力のほうが先になくなりそうであった。
「露伴! アレを利用するぞ!」
 ブチャラティが指差した先には、石造りの登り階段がある。
 二人はそれをいち早く上り、そして、ブチャラティはジッパーで今上ったばかりの階段を完全に崩した。
「これで、あの亡霊じみた連中の心配をしなくてすむ」
 だが、退路も絶たれてしまった格好でもある。二人は慎重に歩み始めた。

「どうやら逃げ切った見たいね」
 西の館の、二階に逃げたキュルケは辺りを見回した。だが、充満した霧で視界はひどく悪い。
 窓からところどころ日光がさしているが、あまり明るくはない。
「ルイズ、タバサ。近くにいる?」
「私はここにいるわ」ルイズの声がする。すぐ近くのようだ。
 が、タバサの姿が見えない。
「タバサ。どこ?」
 答えるものはいない。だが、代わりに人の影が見えた。その影は杖を振り、霧の一部を凍らせているように見える。
「ああよかった、タバサ――」そう話しかけるキュルケの腹に、
「くぅっ?!」氷柱が突き刺さっていた。
 キュルケは痛みのため、思わずうずくまってしまう。
「キュルケ!」
「ガーゴイルと同じ、水使いだから安心したってわけかい?」
 その声の主はイザベラ。
「あなた、この国の王女ね。ジョゼフはどこよ!」
 気丈に言うキュルケ。だが、痛みは容赦なく彼女を襲う。
「さあねえ。この近くにはいないんじゃないかい?」

「大変、キュルケ!」
 あわててキュルケを見やるルイズであったが、もはや手遅れ。キュルケの腹にできた傷が綺麗な円形に広がり、そこに大量の霧が吸い込まれていく。
「ルイズ。この私のスタンド能力を忘れたのかい」
「なにこれ!」キュルケが叫ぶ。
「霧を操るスタンドだよ。これからあんたを私が操るのさ。人形見たくね」
 イザベラがさっと腕を振ると、キュルケは座り込んだ体勢で跳躍した。
「キャッ――」
「早く解除しないと――」
 ルイズはディスペルの魔法を唱え始めたが、
「甘いさッ」
 イザベラがルイズの杖を奪う。
「このイザベラ様が同じ手に何度も引っかかると思わないでもらいたいね」
 ルイズの杖は、イザベラの手の元に。イザベラはルイズの杖と自分の杖を重ねるように持ち、杖の先端を意地悪くルイズたちの方向へ向け直した。
「これで、ルイズ。虚無の使い手とやら。あんたは何も打つ手がなくなった」
 ルイズの額に一筋の汗が流れ落ちる。ぎゅっと握り締めたこぶしはぶるぶると震えた。
「チェックメイト、さ」
「違うわ。たかが魔法が使えなくなっただけじゃない!」
 ルイズはしかし、ここで格闘の体勢を整えた。右足を半歩前に出し。こぶしは垂直にイザベラの元に向ける。素人考えの、だが、ルイズが今までのブチャラティや露伴をみて彼女なりに編み出した構えであった。
 これにはイザベラも文字通りぎょっとした。メイジが、よりにもよってメイジ相手に、魔法もなしに格闘で決闘するなんて聞いたこともない。まるでやけくそになった平民である。
「何を強がりをいってんだい。ここにはあんたの強力な使い魔もいないんだよ」
「私はあいつらを召喚するまで無力だった! 魔法も何も使えなくて、仲間も誰もいなかった。でも、今は違う! 頼もしい仲間がいる。それに、私だってもう使い魔に頼りきりじゃあないわ! 私だって仲間とともに冒険してきた! 他人を操ってばかりで、自分自身の身を危険に晒さないあんたとは違うのよッ!」 
 ギリッ。 イザベラの歯茎に力が入る。
「そうかい、気に入らないねえ。その生意気がいつまで持つか、試してやろうじゃないか」
 イザベラがそう言うが早いか、キュルケがルイズに向かって杖を振った。詠唱も無理やりさせられている。
「ファイアー……ボール」
 周りの霧を包み込んで、直径二メイルの火球が出来上がる。
 速度も一級品のそれは、ルイズに向かって飛んできた。
「くっ……」
 ぎりぎりのタイミングで、反復横とびの要領でよけるルイズ。だが、直撃は避けられても、周りの熱でルイズの白い肌が焼かれた。髪の毛も幾分か焼かれたようで、いやな臭いが周囲にまとわりつく。以前のルイズならば嫌悪感のあまり棒立ちしていただろう。だが、今の彼女の精神は、それでもなお自分自身に動き続けることを強要していた。
「ウル……カーノ……」
 次々とルイズの姿に向かって大小の火炎球が高速で投げつけられる。
 ――落ち着くのよ、私。パニックになっちゃ駄目。
 ルイズは心の中でそう言い聞かせながら、自分に向かってくる火の玉を一つ一つ、確認するように、最小の横移動で避けていった。
 ――冷静に。タイミングを待つのよッ!
 ルイズが一歩一歩横に移動するタイミングで、さまざまな大きさの火球がルイズの回りをまとわりつくように、彼女の装飾品を焦がし、高速で後方へと駆け抜けていった。
 ルイズの自慢のロングヘアが、破らないように毎日清潔に洗濯していた絹の服が、なくさないようにこっそりと自分の名前を刺繍していた魔法学院のマントが、ちい姉さまにかわいいとほめてもらえたお気に入りの黒い靴が、ところどころあっという間に黒ずんでゆく。熱で徐々に体力も失われていく。
「小賢しいねッ! ならば、これでどうだいッ」
 イザベラがいらだったように言うが早いか、キュルケ今までより二回り程大きな火球を作り出し、大きく杖を振りかぶって、ルイズに向かって振り下ろした。
 ――スキありッ!!!
「今よッ――」
 なんと、この場面で、ルイズはキュルケに向かって突進した。今の彼女の持つ最大の力を振り絞って。
 今までの横移動に比べての、急な縦移動。キュルケの動作も、急な制動の変化についていけない。ルイズの右耳のそばを巨大な火球が高速ですり抜ける。枝毛を作らぬよう、気をつけて手入れをしていた長いピンクブロンドの髪が一際焦げ臭い香りを放った。

 だが。
「甘いって言ってんだろ?」
「また、体が勝手に――」
 キュルケは不自然な体勢ながらも、ルイズの突進を上回る速度で上に跳躍する。
 さらに続けて、
「フレイム・ボール!」
 得意の、望まぬ呪文を口にさせられたのだった。
「きゃあッ!」
 ほぼ真上から、直下に降り注ぐ業火の魔法に、ルイズはよけるまもなく直撃する。火炎が渦巻く中、ルイズは思わず倒れこんでしまった。体中火傷だらけだ。体力も消耗した。動くことも辛い。

「いい加減に降参しなッ!」イザベラはうんざりした様子でそう叫んだ。
「断るわ! キュルケの魔法は火。だから、あんたのお得意の、霧スタンドとの併用はできないってわけよ! それに、本気のキュルケならともかく、あんたが操っている今のキュルケなんて、私の魔法を使うまでもなく、いなして見せるわ!」
 イザベラの眉間から血の気が消えた。
「あんたも私を馬鹿にしてッ!」
 イザベラの表情の変化を無視するルイズ。
「こうなったら根性合戦よ。私が倒れるのが早いか、キュルケから杖を奪うのが早いか、勝負よ!」
 そういいつつも、ルイズの体はこげたにおいが包まれ始めていた。本人は気がついていなかったが、黒煙を発する左足が、大きく痙攣を始めている。
 イザベラの見るところ、もはや普通の人間には立つ体力はないのでは、とおもわせる程、ルイズの火傷は進行していた。
「降参すれば許してやるよ。私とガーゴイルとの仲は、あんたは関係ないだろう?」
「イザベラ。あなた、自分が人間的に成長したなって自覚、したことある?」
「急に何の話だい」
「私はあるわ。自分を対等に扱ってくれる仲間がいる……そんな、大切な仲間を決して見捨てたりしないって決意、使い魔を召喚するまではそんな考えはこれっぽっちもなかった……でもね、今の私にはある。そんな気持ちがね!」
「くだらないことをごちゃごちゃと!」
「くだらない? タバサを見下したいとか考える、あんたのその見栄のほうが最もくだらないわ!」

「見栄だと? あんたに、ガーゴイルと比べられる私のつらさがわかるものか!」
 イザベラは思わず反論した。内心では流せばいいとわかっていながら。
「わかるわ。私もずっとエレオノール姉さまやカリン母さまと比べられてきたから」
 ルイズはここに来て、なんとイザベラに微笑んだ。
 イザベラはたまらないほどの恥かしさと屈辱感にさいなまされる。
 その結果、イザベラがとっさに出せた言葉が、
「くだらないお話はここまでさ。もういい。さっさと死にな!」
 その瞬間、まとわりついてきた霧がさっと二手に分かれた。
 そこにすさまじいまでの冷気が入り込んでくる。
「させない」
 声の主はタバサであった。
「ようやく本命の登場ってわけかい。ガーゴイル」
「ルイズ、下がって」
 イザベラを見据えたまま、タバサが言う。

「五分で片をつける」
「私もなめられたもんだね。こいつの手数もあるのを忘れたのかい?」
 キュルケの腕が、不自然に縦に振られる。
 炎の塊がタバサに襲い掛かったが、瞬間、氷の壁に包まれて熱気は霧散した。
「私の友達を弄んだな」
「あんたに友達? ハッ、人形のあんたには友達なんて似合わないさ。それ以上に、私たち王族には友達なんて必要ない。誰も彼も私たちを利用しようとするからね」
 タバサは慈悲の目でイザベラを見すえる。
「憐れな人……」
「そんな目で私を見るなぁ!」
 イザベラの杖が振られる。
 タバサに水の柱が向かっていったが、これも凍らされ、進路をつぶされた。
「まだまだッ!」
 キュルケが炎の壁を作る。そこにイザベラが風を送り、タバサの周囲に炎の旋風を形作った。
「タバサッ――」ルイズが悲鳴を上げる。ルイズとタバサの間に炎の壁ができている。
「どうッ? この炎の壁は突破できないでしょう!」
 イザベラは、にやっと笑い、杖を振る。
 炎の渦はタバサを中心点とし、徐々に火球の大きさを濃縮していった。
 タバサは氷の風を送るが、キュルケが炎の源を送り続けているために、炎を消すことができない。
「なら、私がッ!」
 ルイズが傍らにいるキュルケに抱きついた。
 キュルケは相変わらず炎を出し続けているので、ルイズの肉体が焼かれる。
「熱い……でも、離さないッ!」
 ルイズは焼け付く空気の中、渾身の力でキュルケから杖をもぎ取った。
「な、馬鹿なッ! ここまでの火傷で動けるだって?」
 イザベラの顔が驚愕にゆがむ。
 ルイズが身を挺してキュルケの魔法を防いだおかげで、炎の旋風は消え去っていた。
 一瞬の隙を突いて、タバサがイザベラのもとへつめより、イザベラののど元に自分の杖を突きつける。
「これで、終わり」

 イザベラは全身を脱力させながらも、なおも王者らしく見せようとしたのか、震える声で気丈にも、
「そうかい、なら、さっさと殺しな!」そう叫び倒した。
「最初にキュルケを元に戻して」
「……」
 一瞬の沈黙の後、あたりに立ち込めた霧が霧散した。
「キュルケ!」ルイズはキュルケの元に走りよる。どうやら命に別状はないらしい。
「これで、よし」
 タバサはそういい、イザベラを攻撃することなく、自分の杖を納めた。
「あんた、バカじゃないのかい? なぜ私を始末しない?」
「同じ」
「……は?」
「あなたも、私と同じ」
「私が、ガーゴイルと同じ……?」

「そう。友達がいなくて、誰も信用できなくて……本当の孤独の中にいる」
「ハン、馬鹿いってんじゃないわよ」
「口ではそういっても、心では叫んでいる。寂しいよ……って――」
「……」
「あら、タバサ。私達という友達がいながら、ずいぶんな言い草じゃあないの」
 二人の下に、ルイズに肩を支えられたキュルケがやってくる。
「今のはあなたたちと会う前の話」
「何か話が見えないけど、私達でよければ友達になってあげるわよ。イザベラ」
 ルイズの提案に、イザベラは顔を真っ赤にして怒る。
「だ、誰が、あんたたちなんかと――」

 その一瞬の間に、イザベラの顔に、奇妙な面がかぶせられた。
 それをかぶせた犯人は、いつの間にか出現していたビダーシャルである。
「エルフ?」キュルケが驚く。彼女は、エルフがいるなんて聞いていない。
「それはガリア王からの罰だ。イザベラ王女。ガリアの内戦を扇動したのはお前だな」
 淡々と告げるエルフに、タバサが襲い掛かる。
「無駄だ」
 雪風は、エルフの反射の魔法によっていとも容易に防がれた。
「くっ……!」
「おああッ!」
 急にイザベラがもがき苦しむ。
「どうしたの?」
 駆け寄るルイズに向かって、イザベラは勢い良く押し倒した。
「かハッ」
 ルイズは背に強い衝撃を感じた。吐血する。

「なんだい、これは。不気味にすがすがしい気分だよ……」
「そこのエルフッ! イザベラに何をしたの?」
「この石仮面をかぶせ、血を与えて作動させたのだ。それで吸血鬼になる」
 ビダーシャルは興味なさげに言う。
「吸血鬼?」
「そう、これは処刑だ。イザベラ姫。私もこんな野蛮なことはしたくないのだが、あのジョゼフの趣味だ。仕方がない」
「なんだい……妙に血がすいたくなってきた……あぁ、内臓も食べたい」
 さらに、イザベラの肉体から煙が出始めてきていた。
「これで吸血鬼になったものは、日光で蒸発死するらしい。この部屋程度の薄明かりでも、生存は不可能なようだな」
 部屋は暗がりであったが、ところどころ弱い明かりが差し込んでいる。
 だが、イザベラは自分自身の、その傷の痛みに気がついていないようだ。
 そのような中、ビダーシャルが宣言する。
「イザベラ姫よ。王への最後の奉仕だ。見事この者らを討ち取ってみせよ」
 その言葉は果たしてイザベラにとどいたのか?
 もはや彼女に自意識はないようであった。
 イザベラはタバサに襲い掛かる。
 タバサはとっさにイザベラの足を凍らせて、止めようとしたが。
 イザベラは氷付けになった、自分の脛から下を力ずくで引きちぎり、その勢いでなおもタバサに攻め寄せてくる。

「GYAOOOOOOOOOO!!!」
 石仮面をかぶらされたままのイザベラは、真直線にタバサに襲い掛かる。
 彼女の、かつて脛であった部分からは、体の部位が体液と一緒になり、霧状となって霧散し始めていた。
「クッ――」
 イザベラがタバサに襲い掛からんとしたまさにそのとき。
「やめてッ!」
 イザベラに背後から抱きつくものがいた。
 キュルケである。
 彼女は腹部からの出血をものともせずに、吸血鬼の強大な腕力に対抗していた。
「AAAAAAAAAA!!!」
 ぶんぶんと腕を振り回すイザベラ。
 それを抑えようとするキュルケ。
 イザベラの一挙動ごとに、キュルケの肉体が、骨が、関節が、ミシミシと悲鳴をあげる。キュルケはそれでも暴れまわるイザベラを押さえ込み続けた。
 しかし、ついに、イザベラの腕力がキュルケのそれを圧倒的に上回る時が来る。
 キュルケは石壁にたたきつけられた。
 イザベラは、倒れたキュルケに近づき、彼女の腹から出ている血をなめた。その瞬間、彼女は勢いよく床に倒れこんだのだった。
「あれ? わ、私はいったい……」
「よかった。正気に戻ったのね」キュルケはそこまでいい、意識を失った。
「あんた、何でここまで……」

「まだわからないの、イザベラ」ルイズは叫んだ。
「何だって?」
「キュルケはあんたに友達になってあげるって言った。だから、友達であるあんたを救おうとしたんじゃないの!」
「だって、私たちは出会ったばかりじゃないの……」
「友達に長いも短いもないのよ!」
 その言葉に、イザベラははっとしたようであった。

「そこまでだ」
 ビダーシャルが言う。
「いや、まったく予想外だった。吸血鬼と化したイザベラ姫が君たちを皆殺しにするとばかりに思っていたので、私自身は戦いの用意はしていなかった」
 タバサが杖を構える。
「とはいえ、このままお前たちを見過ごすわけには行かないようだ」
 ルイズも拾ったばかりの自分の杖を構える。
「タバサ、勝算はあるの?」
「正直、全く無い」

「今度は我が相手だ――」
 ビダーシャルは先住魔法を使い始めた。
 彼の周囲の石床が円状にせりあがってゆく。と、そのような彼の元に、イザベラが這いよってきていた。
 もはや彼女の足は蒸発してしまっている。
「私は死ぬのかい、エルフ?」
「ああ、イザベラ姫」
「あんた、ガーゴイルを殺すつもりかい?」
「その通りだ」
「なら、私が死ぬ前に、ガーゴイルを殺してくれないか。私の目の前で」
「ふむ……悪い趣味だな。さすがはジョゼフ王の娘というところか。だが、せめてもの情けだ。良いだろう」
 ビダーシャルはそういうと、タバサの方向に向き直り、
「せめて苦しまずに逝くがいい」
 彼の周囲に競りあがった石の床がいっせいにタバサの方角に向かって槍状に変形していった。
 絶体絶命である。
 と、そのとき。
「隙ありだよ!」
 イザベラがビダーシャルに組み付いた。片手に石仮面を持って。
「何をする!」
 ビダーシャルにかぶせられ、イザベラの血で作動する白い石仮面。
「いまだよ、ガーゴイル!」
 とっさの出来事に我を忘れたタバサはしかし、一瞬で自我を取り戻し、魔法を唱えた。
 周りの水蒸気を氷の鏡にし、部屋中の明かりをビダーシャルの元へ集める。
「ごああああああっ!」
 強烈な日光の収束は、確実に、そこにいた耳長のエルフを一瞬で蒸発させる。
 エルフは塵になった。

 イザベラは足を完全に失って、どう、と床に倒れた。
 タバサを方ひざを突き、彼女を抱き上げる。
「どうして……」
「直前に、私に情けをかけたあんたがそういうのかい……」
 タバサはイザベラの行った行動が理解できないでいた。
 今まで、イザベラがタバサにした数々の仕打ち。数々の嘲笑。
 それを考えるならば。イザベラがタバサを救うなど、とても予測できなかった。
「だって……」
「フフフ、あたしこそ、正真正銘の、正当なガリア国の王女だよ……なめないでもらいたいね……」
「……」
「ほんとうはね……あたし、おまえがうらやましかったのさ……人形でしかないくせに、みんなに褒められて……あたしなんか、おやじにだって一度もほめられたことなんてないのに……」
 イザベラの肉体の蒸発は今も続いている。
「……で、も。あんたもさびしかったんだねえ……」
 イザベラはとっさに笑いかけた。蒸発のラインは、彼女の腹部の線まで達している。
「こいつを……もっていきな……」
 懐から取り出したのは、一枚のDISC。
「あんたの父親……シャルルの魔法のDISCだ。親父は、これを、使って、水の麻薬を……」
「もういい。もういいから」
「そいつを使う姿を……この私に見せておくれ……私では、使いこなせなかったDISCを……」
 タバサは頭にDISCを差し込んだ。瞬間、タバサの体内に懐かしい魔力の回路が流れ込んでくる。
「痛みが、急になくなったわ……ガーゴイル、ひょっとして……治療の魔法をかけてくれたのかい?」
 そんなことはない!
「あんたは優しい人ね、エレーヌ……」
 イザベラは、完全に蒸発した。タバサの腕の中で。

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