そうして『はじまり』はやり直された。
広場に数いた生徒たちの姿はなく、桃みがかった髪の少女を中心に、
褐色の肌の少女と青い髪の少女、そして眼鏡をかけた教師が見守るように立つのみ。
あの日よりも温かな風が木の葉を運んで吹き抜けていく。
広場に数いた生徒たちの姿はなく、桃みがかった髪の少女を中心に、
褐色の肌の少女と青い髪の少女、そして眼鏡をかけた教師が見守るように立つのみ。
あの日よりも温かな風が木の葉を運んで吹き抜けていく。
彼女の前には火が焚かれ、それがパチパチと音を立てる。
ソリが黒く焦げて焼け落ち、彼女の日記と研究資料もただの灰へと変わる。
記録も思い出も等しく炎の中へと消え去っていく。
穏やかな風が灰を舞い上げて彼方へと運び去る。
ソリが黒く焦げて焼け落ち、彼女の日記と研究資料もただの灰へと変わる。
記録も思い出も等しく炎の中へと消え去っていく。
穏やかな風が灰を舞い上げて彼方へと運び去る。
「本当にもう大丈夫なの?」
心配そうに訊ねるキュルケにルイズは小さく頷いた。
答える彼女の瞳からは意志の力が感じ取れた。
余計な心配だったと安堵の溜息を漏らすキュルケの横で、
タバサは黙って事の成り行きを見守る。
彼女は知っている、人は大切な者を失う事で強くなるのだと。
悲しみを乗り越えた時、人はそれを糧にして成長する。
同類だからこそ分かる。彼女は完全に過去を払拭したわけではない。
今も燻るような炎が彼女の胸の内を焼いているのだろう。
だから見届けようと思う。それが彼女の運命に関わった自分の務めだと思うから。
心配そうに訊ねるキュルケにルイズは小さく頷いた。
答える彼女の瞳からは意志の力が感じ取れた。
余計な心配だったと安堵の溜息を漏らすキュルケの横で、
タバサは黙って事の成り行きを見守る。
彼女は知っている、人は大切な者を失う事で強くなるのだと。
悲しみを乗り越えた時、人はそれを糧にして成長する。
同類だからこそ分かる。彼女は完全に過去を払拭したわけではない。
今も燻るような炎が彼女の胸の内を焼いているのだろう。
だから見届けようと思う。それが彼女の運命に関わった自分の務めだと思うから。
「では、よろしいですね。ミス・ヴァリエール」
「はい。ミスタ・コルベール」
「はい。ミスタ・コルベール」
教師の指示を受けて、彼女は杖を天高く掲げた。
空をキャンバスに絵を描くように杖の先端を振るう。
かの時をなぞる様に紡がれる詠唱。
しかし、その仔細は微妙に異なっていた。
空をキャンバスに絵を描くように杖の先端を振るう。
かの時をなぞる様に紡がれる詠唱。
しかし、その仔細は微妙に異なっていた。
「宇宙の果てのどこかにいる私と運命を共にする者よ!」
従者としてではなく、共に肩を並べて苦難な道程を歩もう。
悲しい時は慰め、辛い時は肩を貸し、互いの背を預けて戦おう。
悲しい時は慰め、辛い時は肩を貸し、互いの背を預けて戦おう。
「誇り高き魂と、曇る事なき意志を、そして絶望に屈さぬ勇気を継ぐ使い魔よ!」
名前も残す事さえ許されなかった彼のルーンを、その想いと共に受け取って欲しい。
彼が遺したものを明日へと、そして未来へと伝えて欲しい。
それがいつの日か、誰かの希望として伝わっていくように。
彼が遺したものを明日へと、そして未来へと伝えて欲しい。
それがいつの日か、誰かの希望として伝わっていくように。
「私は心より求めうったえるわ!」
そこまで告げてルイズの動きが止まった。
ここから先の言葉を紡ぐのを躊躇ったのだ。
言えば、それは彼との決別を意味する事になる。
前の使い魔との契約が終わり、新しい使い魔が呼び出される。
それは彼が死んだ時点でも決まっていた事だ。
だけど、彼女はその一歩が踏み出せずにいた。
ここから先の言葉を紡ぐのを躊躇ったのだ。
言えば、それは彼との決別を意味する事になる。
前の使い魔との契約が終わり、新しい使い魔が呼び出される。
それは彼が死んだ時点でも決まっていた事だ。
だけど、彼女はその一歩が踏み出せずにいた。
まるで夢のような日々だった。
あの日、彼を召喚した時からずっと。
守ってあげると誓ったのも。
街でデルフと出会って、首輪を買ってあげたのも。
フーケのゴーレムを退治したのも。
モット伯との騒動だって。
姫様に頼まれてアルビオンに行った事も。
私が虚無の担い手だなんてことも。
そして、タルブでの戦いも。
ずっと、ずっと、夢だったんじゃないかって、そう思った。
あの日、彼を召喚した時からずっと。
守ってあげると誓ったのも。
街でデルフと出会って、首輪を買ってあげたのも。
フーケのゴーレムを退治したのも。
モット伯との騒動だって。
姫様に頼まれてアルビオンに行った事も。
私が虚無の担い手だなんてことも。
そして、タルブでの戦いも。
ずっと、ずっと、夢だったんじゃないかって、そう思った。
本当の私はうたた寝の中にあって、明日の召喚が上手くいくかどうか、
ベッドの上で不安そうにしてるんじゃないかって。
ベッドの上で不安そうにしてるんじゃないかって。
誰かが夢だと言ってくれれば気が休まったかもしれない。
もし、そうなら彼もどこかで生きていてくれる、
私の存在も知らずに、楽しげに野原を駆け回っているだろう。
夢から醒めて、私は新しい一日を過ごせばいい。
もし、そうなら彼もどこかで生きていてくれる、
私の存在も知らずに、楽しげに野原を駆け回っているだろう。
夢から醒めて、私は新しい一日を過ごせばいい。
でも、夢じゃない。夢で終わらせたくはない。
あの日々が幻なんかじゃない、かけがえのない宝だったから。
だから幕を引こう。他ならぬ私自身の手で。
あの日々が幻なんかじゃない、かけがえのない宝だったから。
だから幕を引こう。他ならぬ私自身の手で。
「我が導きに答えなさい!」
それは出会いと別れの言葉。
一つの物語は終わり、そして少女は少年と出会った。
彼女の使い魔、『ゼロの使い魔』に―――。
一つの物語は終わり、そして少女は少年と出会った。
彼女の使い魔、『ゼロの使い魔』に―――。
「デルフ」
「何だ相棒?」
「俺は前の奴の事なんて、これっぽちも知らねえけど」
「何だ相棒?」
「俺は前の奴の事なんて、これっぽちも知らねえけど」
全てを聞き終えた才人は扉に背を預けながら、ずるずると腰を下ろした。
気力を使い果たしたかのように座り込んで呟く。
あまりにも違いすぎる。才人には彼のような力も覚悟もない。
背負った物があまりに大きすぎる、その現実に立ち上がる気力さえ失われていた。
何故、自分なのか、それを問いかけようにも神にまで声は届かない。
愚痴を零すように才人は続ける。
気力を使い果たしたかのように座り込んで呟く。
あまりにも違いすぎる。才人には彼のような力も覚悟もない。
背負った物があまりに大きすぎる、その現実に立ち上がる気力さえ失われていた。
何故、自分なのか、それを問いかけようにも神にまで声は届かない。
愚痴を零すように才人は続ける。
「……とんだ大馬鹿野郎だ。何にも報われねえじゃねえか。
何にも遺せなかった、そいつの一生に意味なんてあったのかよ」
「意味はあったさ。それもとびきりデカイやつがな」
何にも遺せなかった、そいつの一生に意味なんてあったのかよ」
「意味はあったさ。それもとびきりデカイやつがな」
デルフの意外な返答に、俯いた顔を起こす。
それに、まるで当然のようにデルフは告げた。
それに、まるで当然のようにデルフは告げた。
「相棒は、嬢ちゃんは命に代えても守り通した。
だから生きている。だからお前さんとも出会えた。
それ以外に何の意味が必要だって言うんだ、この大馬鹿野郎」
だから生きている。だからお前さんとも出会えた。
それ以外に何の意味が必要だって言うんだ、この大馬鹿野郎」
デルフの叱咤が部屋に強く響き渡る。
二人の巡り会いは運命だったのかもしれない。
だけど、それに繋がる未来を勝ち取ったのは彼だった。
今があるのは惰性なんかじゃない。
過去という時間を瞬間として生きて戦った者がいたから。
ここにあるのは誰かに守られてきたものなのだ。
処分しろと命じられた首輪を彼女が隠し通したように。
二人の巡り会いは運命だったのかもしれない。
だけど、それに繋がる未来を勝ち取ったのは彼だった。
今があるのは惰性なんかじゃない。
過去という時間を瞬間として生きて戦った者がいたから。
ここにあるのは誰かに守られてきたものなのだ。
処分しろと命じられた首輪を彼女が隠し通したように。
「やっと分かったような気がするぜ、相棒。
なんで今頃になって、その首輪が出てきたのかな」
なんで今頃になって、その首輪が出てきたのかな」
視線を落とした先には擦り切れ褪せた首輪。
その感触を確かめながらデルフの言葉に耳を傾ける。
その感触を確かめながらデルフの言葉に耳を傾ける。
「それはバトンだ。前の相棒から今の相棒へ受け渡されたバトンだ」
寿命のないデルフは多くの生命を生まれ死んでいくのを見つめてきた。
彼の目を通して見た人の一生はゴールの見えない競争のようだと思った。
あっという間に駆け抜けていく者、ゆっくりと一歩ずつ踏み締めていく者、
倒れても立ち上がり、足を止めても再び歩き出し、自分の歩んだ道を振り返る。
善も悪もなく一人一人が、ただあるかどうかも判らないゴールへと向かう。
それは長命の種族から見れば儚く、また愚かしい行為に映るかもしれない。
しかし、デルフはそれを羨ましくも思う。
そう思うからこそ剣として彼らの人生に関わるのだ。
デルフは一度だけ前の相棒に生まれを聞いた事がある。
ここに来るまでの彼は生きていなかった。
生きる意味も知らずに、ただ心臓と脳が動いているだけの実験材料。
きっと嬉しかったに違いない。自分の人生が得られた歓喜に沸いたのだろう。
誰よりも早く走り続けてゴールを駆け抜けてしまった。
それできっと満足だった。
ただ、一人残されるルイズの事を不安に思ったんだろう。
だから袖を引っ張って相棒を連れてきた。
共に支えあいながら彼女と一緒に歩んでくれる奴を。
彼の目を通して見た人の一生はゴールの見えない競争のようだと思った。
あっという間に駆け抜けていく者、ゆっくりと一歩ずつ踏み締めていく者、
倒れても立ち上がり、足を止めても再び歩き出し、自分の歩んだ道を振り返る。
善も悪もなく一人一人が、ただあるかどうかも判らないゴールへと向かう。
それは長命の種族から見れば儚く、また愚かしい行為に映るかもしれない。
しかし、デルフはそれを羨ましくも思う。
そう思うからこそ剣として彼らの人生に関わるのだ。
デルフは一度だけ前の相棒に生まれを聞いた事がある。
ここに来るまでの彼は生きていなかった。
生きる意味も知らずに、ただ心臓と脳が動いているだけの実験材料。
きっと嬉しかったに違いない。自分の人生が得られた歓喜に沸いたのだろう。
誰よりも早く走り続けてゴールを駆け抜けてしまった。
それできっと満足だった。
ただ、一人残されるルイズの事を不安に思ったんだろう。
だから袖を引っ張って相棒を連れてきた。
共に支えあいながら彼女と一緒に歩んでくれる奴を。
「お前さんに未来を託したい、そんな気持ちの表れなのかも知れねえな」
「……買いかぶりすぎだ。俺はそんな御大層な奴じゃない」
「……買いかぶりすぎだ。俺はそんな御大層な奴じゃない」
デルフの言葉に才人は謙遜ではなく本心で答えた。
彼の覚悟も勇気も力も引き継げるほど自分は強くないと。
だけど、と付け加えて首輪を力強く握り締めた。
彼の覚悟も勇気も力も引き継げるほど自分は強くないと。
だけど、と付け加えて首輪を力強く握り締めた。
「俺は絶対にルイズを一人にしない、それだけは誓える」
「ああ、きっとそれが聞きたかったんだよ、アイツはな」
「ああ、きっとそれが聞きたかったんだよ、アイツはな」
この宣誓は前の相棒に届いただろうか。
いや、聞こえているはずだ。
だから安心してくれ。お前が選んだ奴に間違いはなかった。
そして俺も全てをかけてでも相棒を守る。
それがお前を死なせちまった、俺のせめてもの償いだ。
いや、聞こえているはずだ。
だから安心してくれ。お前が選んだ奴に間違いはなかった。
そして俺も全てをかけてでも相棒を守る。
それがお前を死なせちまった、俺のせめてもの償いだ。
「いつまで掃除してるのよ! 早くしないとラ・ロシェール行きの馬車が出ちゃうわよ!」
ばんと景気よく開け放たれ、主人である少女が飛び込んでくる。
見渡せば掃除は途中で放棄され、デルフとお喋りしている使い魔一匹。
凄まじい剣幕で捲くし立てる彼女の言葉を背中で受け止めながら、
才人はそっと首輪をポケットにしまった。
しばらく、ここには戻っては来れない。
これからルイズと共にアルビオンに、戦場に赴くのだ。
だから一緒に戦場に連れて行こうと思った。
背中に蹴りを受けながら、平賀才人は雑巾の入ったバケツを手に立ち上がる。
見渡せば掃除は途中で放棄され、デルフとお喋りしている使い魔一匹。
凄まじい剣幕で捲くし立てる彼女の言葉を背中で受け止めながら、
才人はそっと首輪をポケットにしまった。
しばらく、ここには戻っては来れない。
これからルイズと共にアルビオンに、戦場に赴くのだ。
だから一緒に戦場に連れて行こうと思った。
背中に蹴りを受けながら、平賀才人は雑巾の入ったバケツを手に立ち上がる。
「すぐに終わらせるから待ってろ」
「え? う、うん」
「え? う、うん」
文句の1つも言わずに作業に戻る才人にルイズは違和感を覚えた。
もしかして、どこか頭を強く打ちつけてしまったのかとさえ思った。
手際よく掃除を始めた才人の背中を遠い景色のように見つめながら、
ふとルイズは思いついたように彼に訊ねた。
もしかして、どこか頭を強く打ちつけてしまったのかとさえ思った。
手際よく掃除を始めた才人の背中を遠い景色のように見つめながら、
ふとルイズは思いついたように彼に訊ねた。
「……ねえ、アンタ、ひょっとして背伸びた?」