ゼロの奇妙な使い魔 まとめ

ゼロいぬっ!-98前編

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匿名ユーザー

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……邪悪な竜はイーヴァルディに問いかけます。
“小さき者よ、おまえは何故に恐れぬ?
いかなる騎士も我が咆哮に慄き、尾の一振りで杖も捨てて逃げ去っていくというのに”
“怖くないわけがない。今だって剣を握る手は震えている。
だけど恐怖に負けて何も出来なくなるのはもっと怖い。
目の前で大切な人が奪われても、ただ震えている事しか出来ないなんて――”
怯えを拭い去り、イーヴァルディは真正面から竜と向かい合って答えました。
“そんなの死んだ方がマシだ!”
“ならば死ぬがいい! 己を知らぬ小さき者よ!”
竜の口より吐き出された吐息によって周囲は炎に包まれました。
洞窟の岩盤は瞬く間に溶け、赤い川のような溶岩と化して流れ落ちたのです。
いくらイーヴァルディが強いと言っても、このような炎を浴びては助かるはずもありません。
竜が勝利を確信した次の瞬間、その顎の下で何かが光を放ちました。
そこにあったのは左手から光を放ちながら槍を向けるイーヴァルディの姿。
炎を吐いた時、彼は咄嗟に竜の懐へと飛び込んだのです。
渾身の力を込めた一突きは竜の顎を穿ち、そのまま頭を串刺しにしました。

断末魔をあげて倒れた竜は呪いを込めて彼に言いました。
“我は鋭き爪と牙、そして巨大な体と何物も寄せ付けぬ頑丈な鱗を持って生まれた。
それ故に恐れられ、疎まれ、厭まれ、無力な小さき者どもに迫害されてきたのだ。
次は貴様の番だ、小さき者よ。その力故にいずれはおまえも我と同じ道を辿る”
“そんな事にはならない。僕には自信がある”
“愚かな……。小さき者どもは弱く脆い。我に生贄を差し出して命乞いまでした。
そんな連中が貴様を裏切らぬとどうして信じられる?”
怒鳴るように唸り声を上げる竜に、イーヴァルディは言いました。

“たとえ裏切られても僕は裏切らない。
皆に嫌われたとしても、絶対に彼等を嫌いになったりしない。
だから何があっても僕はおまえのようにはならない”

“……………………”
イーヴァルディの答えに竜は何も言い返せませんでした。

“小さき者、いや人間よ。おまえの名は何だ?”
“イーヴァルディ”
“……そうか。偉大なるイーヴァルディよ、おまえの名をこの洞窟に刻もう。
永い時が流れ、誰もがおまえを忘れたとしても、その名と志を思い出せるように”

死ぬ間際、竜は残された力を振り絞って壁を爪で引っ掻きます。
そして名前を書き終えた時、既に竜は息絶えていました。
イーヴァルディは死んだ竜の眼を閉じると、
洞窟の奥で捕まっている少女を助けに洞窟の奥へと向かいました。

「さて今日はここまでです。この続きはまた来た時にしましょう」
ぱたんと絵本を閉じて朗読を中断すると、さっきまで上がっていた歓声がブーイングに変わる。
“ええー、どうして?”とか“最後までやれよな”とか“嫁き遅れのけち眼鏡”とか、
実に可愛げのある無垢な子供たちの言葉に、思わず引きつった笑顔が浮かんじゃいます。
いっぺんしばき倒した方が彼等の……ひいてはトリステイン王国の未来の為な気がしますね。
親を見て子は育つと言いますから連帯責任で親も同罪です。
私だからいいようなものの、他の貴族なら打ち首にされてても文句は言えませんからね。
これだけの心の広さを持ちながら、どうして私の胸は平らなのでしょうか?
始祖と神への信仰心が足りないのでしょうか?
ああ……。でも、見返りを求めて祈りを捧げるのは不敬ですし、実にもどかしい。
きっと栄養が足りないのだと割り切り、秘書の一人も養えないダメ主人に心中で悪態を尽く。

「こら! 生意気を言うんじゃない! せっかく足を運んでくださったのに」
よほど娯楽に飢えていたのか、それとも畑を焼かれて仕事を失ったのか、
村の子供たちと同様に朗読を聴きに来ていた、子供たちの父親と思しき屈強な男性が子供たちを叱る。
押し黙って謝る子から一目散に逃げ出す子など反応は様々だが、非難の声は一瞬にして掻き消された。
私の気持ちを代弁してくれた彼への感謝と、悪ガキどもへのスカッと爽やかな笑いが込み上げる。
「それに、あの人だって好きで嫁き遅れている訳じゃないんだ!
そういう本人にもどうしようもない問題を論うのは人として最低だぞ!」
「…………………」
嫁ぎ遅れなんて言葉、一体どこで覚えやがったのかと思ったら。
そうですか、貴方が主犯ですか。後でちょっと顔を貸していただきましょう。
やっぱり中央はともかく、地方の教育は相当遅れていますね。
今はこうして巡回しての朗読会で精一杯ですが、
いずれはちゃんとした教育機関を設けてみっちりと叩き込んだ方がいいでしょう。
特に目上の者への礼儀を……徹底的に。

さよーならーと元気良く手を振る子供たちに手を振り返す。
公民館代わりに使われている村長の家からそれぞれの家へと帰って行くようだ。
(……さてと私はどうしましょう?)
見上げれば陽は傾き、空は朱に染まっていた。
今から帰るとなると夜通し馬を走らせなければならない。
正直、戦争が終わったばかりで治安が悪いタルブでそんな真似はしたくない。
女性の一人旅なんて襲ってくださいと言っているようなものだ。
いくら杖があったって寝込みを襲われたらたまったものじゃありませんから。

「あの、宜しければウチにお泊りになられては?」
そう言って声をかけてくれたのは先程の男性。
別に宿代を請求するとかそういうのではなく心からの善意のようだ。
大したもてなしは期待できないが、それでも宿泊費が浮くのはありがたい。
最近は色々あって財布の中身がピンチなのです。
よろしい。その殊勝な心がけに免じて特別に減刑しましょう。
本来ならば針串刺しの刑に処す所を再起不能程度に。

「申し出は嬉しいのですが、よろしいのでしょうか?」
「ええ。狭い所ですが食事だけは絶品ですよ。
タルブには美味しいワインと“ヨシェナヴェ”という郷土料理もありまして」
ほう。それは実に素晴らしい。是非、ご相伴に与りたいものですね。
私、実は読書の他にもグルメにも目がない性質でして。
今度纏まった休暇と給料が入った暁にはトリステイン食べ歩きツアーを敢行し、
“トリステイン王国グルメ紀行”として大々的に出版しようかと目論んでいる程です。
それがヒットしたら次はガリア王国ですね、今から楽しみです。
気分が良いので恩赦にしてあげましょう。でも次はありませんよ?

「明日朝一番にハンスが息子と城下町まで行商に行きますので、その馬車に同乗させてもらえば」
「そうですね。城下町なら駅もありますし十分です」
近々、戦勝パレードも開かれると聞いてますので見学していくのも悪くないでしょう。
もっとも今回は歴史上類を見ないほどの大勝利だっただけに観衆で大騒ぎになるのは目に見えてます。
ですので揉みくちゃにされた挙句、女王陛下の馬車の車輪しか見えませんでしたとか、
そんな悲惨な結末しか想像できないので大人しく帰る道を選択します。
平民のようなタフさも高級貴族のような権力も無いのが我が身の悲しさというべきでしょうか。
その虚しさはヨシェナヴェでお腹を満たす事で紛らわせるとしましょうか。

翌朝、満腹感による心地よい眠りから後ろ髪を引かれる思いで起き、
快くハンスさんの馬車に乗せてもらって、さっそく出発しようとした直後。
「これ、お願いします」
手紙を携えた男の子が突然私の前に現れた。
“私ってば罪作りな女ですね”と恋文か何かと勘違いして慌てたものの、
よく見ると宛先はトリステイン魔法学院で相手はシエスタという女性。
どうやらメイドとして奉公している姉への手紙を頼みたいらしい。
タルブのような辺境、それも戦争があったばかりで混乱している所では、
せいぜい郵便配達が来るのは数ヶ月に2、3回程度。
なるべく早く届けたいのなら首都近郊で出した方が確実と考えたのでしょう。
「分かりました。引き受けましょう」
私の返答に、花が咲いたように少年が笑顔を綻ばせる。
大した手間ではありませんし、報酬はその顔だけで十分過ぎます。

カラカラと乾いた音を立てて車輪が回る。
遠ざかっていくタルブの村と手を振る村人達。
未だに焼き払われた畑や森には戦いの爪痕が残されている。
しかし、彼等はこうして日々の生活に戻ろうとしている。
その一方で平原に横たわり朽ちていくだけの戦艦の残骸。
果たして、本当に強かったのはどちらだったのか?
その答えが出る頃には、また一面に広がるブドウ畑が見られるでしょう。


「良かった……。皆、元気でやっているんだ」
かさりと郷里から届いた手紙をポケットにしまい、シエスタは自分の仕事に戻った。
それでも畑は大損害で仕送りを増やさないといけないのに、
ここで職務怠慢でクビになりましたじゃあタルブには帰れない。
せっかくマルトーさん共々、戻ってきたミスタ・コルベールに許してもらえたんですから。
―――でも、私はやっぱり悲しいです。
ミス・ヴァリエールが戻っても、ミスタ・コルベールが戻ってきても、
結局“彼”が戻ってくる事はありませんでした。
二度と戻ってこないんじゃないかって出て行く前から薄々気付いていました。
なのに洗濯に行く時、ついブラシを持って行っちゃうんです、もう使う相手は居ないのに。
マルトーさんもまだ慣れていないのか、いつもより多く作りすぎてしまうそうです。
特にミス・ヴァリエールはまだ立ち直る事さえ出来ずにいます。
そして、ここにももう一人……。

シエスタが注文されたケーキをテーブルまで運ぶ。
そこにはティーカップに口を付けるキュルケと、
その向かい側で陰鬱とした表情を浮かべるギーシュがいた。
彼の手元には一口も手を付けられずに放置されて冷めた紅茶。
キュルケがケーキを食べ終わってもギーシュは微動だにしない。
生気の抜けきったような彼にキュルケはびしりとフォークを突き付ける。
「アンタねえ、いつまで落ち込んでるつもりなの!?
そんなんじゃ折角の美味しい食事も台無しじゃないの!」
「……悪いけど放っておいてくれないか」
あの日以来、ギーシュは自分の進むべき道を見失っていた。
“彼”が死んだのはギーシュにとっても悲しい出来事だった。
だが、それだけならば彼は立ち直っていただろう。
たとえ死んだとしてもトリステインと主を守ったその名誉は永久に残される。
貴族にとっては名誉は何よりも重たく価値のあるものだ。
そして願わくば自分もそうありたいと思っている。
だからこそ期待を裏切られた彼の失意は一方ならぬものだった。

“ミス・ヴァリエールの使い魔の存在に関する全ての証拠を隠滅せよ”
語る事も許されずに彼の存在は歴史上から抹消された。
その決定が下された時、ギーシュは作りかけだった“彼”の銅像を打ち壊した。
泣きながら何度も何度も拳を叩き付けた、言葉にもならない嗚咽を洩らして。
信じていた物は何だったのか? そもそも信じるに足るものだったのだろうか?
あの戦いは? 自分が生き延びた事に意味はあったのだろうか?
今なら判る。何故ワルド子爵がこの国を裏切らねばならなかったのかが。

「……僕に何が出来るって言うんだ」
ギーシュはこの戦で多大な戦果を上げ、戦勝パレードにも参加するはずだった。
だが彼は断った。そんなささやかな抵抗が彼に出来る精一杯だった。
彼一人いなくなっても支障はない。ギーシュの兄も父親も参加しているのだから尚更だ。
不貞腐れる彼の襟を掴んでキュルケは叫んだ。
「『出来るか』じゃなくて『する』のよ!
ルイズはきっと立ち直るわ! そんな時に私達が落ち込んでてどうするのよ!」
「いつもみたいに気障な笑みを浮かべなさいよ!
あの子を笑って迎えられなくて何が友達よ!
戦場で銃や杖を振り回すだけが勇気じゃないでしょう!?」
言い終えたキュルケの口から荒い吐息が漏れる。
俯いた彼女の眦には微かに何かが光っていた。
彼女だって悔しくないはずがない。
屈辱に耐え、激情を抑え、彼女は必死に何かと戦っていた。
ギーシュは悟った。自分はずっと逃げていたのだろう。
立ち向かうべきものから目を逸らし抗う事さえ止めていた。
彼の眼に力が宿るのを見届けてキュルケは囁く。
「それでも立ち直れないなら……手を貸してあげるわよ?」
色気を帯びた唇を舐め取り、妖艶な笑みを浮かべるキュルケ。
掴んだ襟を更に引き寄せ、そして自らも顔を近付ける。
「手伝うって……どうやって……」
「野暮な事は聞かないの」
彼女の潤んだ瞳に狼狽する自身の顔が映り込むのが分かる。
批判も抵抗も蕩けた頭では何も思い浮かばない。
ただ、戦場で鷲掴みにした彼女の感触だけが鮮明に蘇る。
このまま流れに身を任せようとギーシュは眼を閉じた。
だが結局その瞬間は訪れる事はなかった。

いつまで経っても何もないことに不審を感じたギーシュが目を開く。
目の前には先程とは打って変わって蒼褪めた表情を浮かべるキュルケ。
「そ、それじゃお邪魔しちゃ悪いから、また今度ねギーシュ」
まるで尻尾を巻いて退散するようにテーブルから離れる彼女を呆然と見送る。
なんだろう?新手の放置プレイの一種だろうか?と思案に暮れた直後、
急激に周囲の温度が低下したような、そんな悪寒を感じ取って恐る恐る振り返った。
そこに居たのは見覚えのある一人の少女。
金色の巻き髪と細い両肩が怒りに震えていた。
モンモ……、と彼女の名を呼ぼうとするのと、
氷塊によってテーブルが砕け散るのは全くの同時だった。
「落ち込んでいると思って慰めに来たら……あんな女にまで!」
「誤解だよモンモランシー。僕は君以外の女性なんて……」
「お黙り!」
反論しようとしたギーシュの口を水の塊が塞ぐ。
さながら球状の水槽に頭を突っ込んだような形となり、
吐き出した空気が泡となって彼の頭上へと昇っていく。
上がるべき水面など何処にもないし、手で振り払おうにも水面をバシャバシャと跳ねるだけ。
無駄な足掻きは余計に酸素を消耗させ、瞬く間にギーシュは窒息状態に追い込んだ。
「戦場に行ったって聞いて私がどれだけ心配したか……」
指を折り重ねて祈るような仕草でモンモランシーは心情を吐露した。
食事にも手が付けられないほど彼女はギーシュの身を案じていた。
これはその八つ当たり。だからギーシュは甘んじて受け入れるべきだと彼女は考えていた。
ちゃんと聞いているのか、ちらりと視線を向けた先には顔を紫に変色させたギーシュの姿。
白目を剥いた形相は正しく溺死体そのもの。

「ギ……ギーシュ!」
さすがにやりすぎたと反省しつつ即座に魔法を解除する。
慌てて駆け寄ろうとした彼女の横を見知らぬ女性が追い抜いていく。
そして、そのままギーシュを抱きとめると彼の顔をハンカチで拭った。
「ああ、ギーシュ! 貴方の手紙受け取ったわ!
軍の人が来て届けてくれたの! やっぱり私の事を愛してくれたのね!」
「ちょっと誰よ貴女! ギーシュから……」
「ギーシュ様から離れなさいよ!」
一応とはいえ自分の彼氏を膝枕する女性にモンモランシーが抗議しようとした瞬間、
今度は別の女性がその女を突き飛ばしてギーシュを奪い取る。
目の前で繰り広げられる展開にモンモランシーは唖然と立ち尽くす。
朦朧とする意識の中、ギーシュは彼女達の顔を見やる。
浮気ではないが何度か一緒に食事をした仲だった。
しかし、彼女達に手紙を出した記憶はない。
必死に思い起こそうとするギーシュの脳裏に閃く“軍の人”という言葉。
ああ、そうだ。間違いない、僕が出立前に書いた遺書だ。
あの時は半ば自棄になって思いつく限りに愛の言葉を綴りまくったんだ。
どうせ死んでしまえば責任を追及される心配はないし、
生きて帰ったならその遺書は廃棄される運命だった。
それが何の手違いか、彼女たちに届けられてしまったのだろう。

ギーシュの視界の端に浮かぶのは、幽鬼の如きモンモランシーの姿。
彼女を愛するが故に手紙を書けなかったなどという言い訳は成立しない。
ゆらりと身体を揺らしながら掲げられる杖に電流のように力が迸る。
普段のドット・スペルに嫉妬心を乗せてライン級!
さらに浮気相手が2人なので倍のトライアングル・スペル!
「ギーシュさまーー!」
あ、スクエア・クラスに到達したね、今。
手を振りながら走り寄ってくる別の少女を眺めながら、
ギーシュは自分の死期を“これでもか!これでもか!”というぐらいに悟った。
その刹那。ギーシュ・ド・グラモンに正当なる権利の下、一人の少女から神罰が下された。

「ヴェルダンデ。頼みがあるんだ」
半死半生の姿を晒す主人に寄り添いながらヴェルダンデは何度も頷く。
徹底的な仕置きの後、集まった女性陣は彼に愛想を尽かせて立ち去ってしまった。
この場にいるのは、彼の使い魔であるヴェルダンデのみ。
再起不能なまでに身体も心も打ち砕かれた主の為ならば何でもしようと固く誓う。
無念の涙を零しながらギーシュは彼には実行できない命令を告げた。
「……いっそ僕をこの場に埋めてくれないか」
「喜んで!」
困惑するヴェルダンデの背後で、スコップを手にマリコルヌは嬉しそうに応じた。


ざくざくと地面を掘り返して土遊びする生徒達をオスマンは窓から見下ろしていた。
ほんの少し前まで休校騒ぎがあったとは思えない、なんとも微笑ましい光景だ。
もっとも一歩間違えれば学院どころか世界が終わりを迎えていたかもしれないが。
オスマンは振り返り、事態の収拾に尽力した教師を労う。
「ご苦労じゃったのう、ミスタ・コルベール」
「……いえ、私は何も。全ては彼女達と“彼”のおかげです」
「謙遜の必要はあるまいて。偏在とはいえ、あのワルド子爵を倒し、
『光の杖』を敵の手に渡らぬようにしたのじゃからのう。
あんな物は無い方がいい。過ぎた力は欲と争いを生むだけじゃ」
「はっ……」
オスマンの配慮にコルベールは深く頭を下げた。
本来ならば理由があったとはいえ宝物庫の品を紛失するなど許されない事だ。
厳罰を下そうとする宮廷に対し、オスマンは一歩下がらずにこう答えた。
『貴公らは、かの使い魔に対するあらゆる証拠を隠滅せよと言われたはずだ!
“光の杖”とてその1つ! ならば彼を罪に問えば、それこそ証拠が残るのではないか!?』
老齢に達しているとはいえ眼光は鋭く、凄まじい彼の剣幕にたじろぐ様に彼等は去っていった。

「あの、ミス・ヴァリエールですが……」
「うむ。彼女には特別に休みを与えた。
“彼”との思い出多き学院よりも実家でゆっくりと心を整理すべきと思ったのでな」
心配していた彼女の事を聞かされてコルベールは安堵の溜息を漏らす。
生徒想いの実に彼らしい態度に、オスマンは思わず笑みを零した。
そして髭に手をやりながら得意げにオスマンは続ける。
「なあに、過去は誰にでも乗り越えられるものじゃよ。
そして、その先にある未来を掴む力となる。のう、ミスタ・コルベール?」
「は……はあ」
それが彼女だけではなく自分に向けられた言葉だと悟り、コルベールは言葉を濁した。
火の魔法を戦いに使ったとはいえ倒したのは人ではなく偏在のみ。
まだ彼の中では戦いに踏み切れない部分が存在していた。
「まあ、まだ時間がかかりそうじゃがのう」
ルイズとコルベール、その両者に向けてオスマンは告げる。
それでも、この老賢者は彼等が立ち直ると信じていた。
“虚無”と“ガンダールヴ”そしてアルビオンとの大戦争の予兆。
時代は大きな転換点を迎え、多くの人間をその奔流に飲み込もうとしている。
これから彼等には幾度となく後悔し、苦悩し、決断を迫られる時が来るだろう。
だからこそ彼等には強くなってもらいたいと切に願う。
運命は人の努力を嘲笑うほど残酷なものではないのだから。

「それとミスタ・コルベール」
「はい、なんでしょうか?」
部屋を出て行こうとするコルベールをちょいちょいと呼び止める。
不思議な顔をして足を止めた彼に、にやりと性質の悪い顔を浮かべて告げる。
「一人で秘密を抱えるのは良くないと教えたはずじゃが?」
「っ…………!」
「おお、そういえば一人ではなかったな」
次第に蒼白になっていくコルベールの表情を嬉々として見上げる。
まるでイタズラが成功した子供みたいにはしゃぐ老人に、
表情を凍りつかせたままコルベールは問いかけた。
「……オールド・オスマン。貴方はどこまでご存知なのですか?」
「さてのう。ワシは全知全能の始祖でも神でもない、ただの老いぼれじゃ。
しかし、それでも間違いなく言えるのは……」
立てかけてあった杖を手に取り振るう。
直後、開け放たれた窓から心地よい爽やかな風が室内に吹き込んでくる。
さながら生命の息吹というべきか、それを身体に沁み込ませながら。

「世界はそんなに捨てたものではない、といった所かの」
楽しげに皺を寄せてオールド・オスマンは笑った。


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