ゼロの奇妙な使い魔 まとめ

ゼロの兄貴-53

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匿名ユーザー

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とは言ったものの……マジにどーしたもんか。

吼えるミノタウロスを見たが、この勝負、かなり分が悪いのは間違いなさそうだ。
考えられるほぼ全ての攻撃パターンを予測しながら殴り合いをしなければならない。
さらに、こちらの攻撃はダメージにならず、向こうの攻撃のほとんどは防御ができない上、即死攻撃ときたもんだ。
とんだハンデ戦だが、一度やると言った以上はやらねばならない。

……やっぱ、昔と比べると甘くなったな。

この手の事に関して後先考えないのは何時もの事だが、それはあくまで自分一人での話だ。
ペッシもペッシで気が弱いだけで、スタンド自体は強力だったから、直接的な戦闘面まで面倒見なくてよかったが
今のところ、スタンドのように飛び抜けた特徴の無いメイジと組むという事は、スタンド使いとしては実のところ結構やりにくかったりするのだ。

もちろん、汎用性はメイジの方がダントツで高いので、援護役としてなら打って付けだが
逆にメイジを主体にして、こちらが援護役に徹するとなると甚だ厄介だ。
特にグレイトフル・デッドのような能力特化型で汎用性もクソもない、能力の幅の狭いスタンドなら余計に向かない。
使い方が難しいという意味ではパープルヘイズと良い勝負だ。

ともあれ、五分だ。
それを過ぎれば、タバサがミノタウロスを倒せなくても老化で始末する事ができる。
だが、その五分が長い。
普段ならなんでもないような僅かな時間だが、得てして死が隣り合わせの状況ではその五分が数倍にも長く感じてしまうものである。
たかが五分。されど五分。その間、ミノタウロスを引き付けながら一発も貰わずに切り抜ける。
報酬も出ないのだから、負傷などもっての外だ。
もっとも、負傷で済めばおつりがくる方だろうが。

「なるように……なりやがれ!ド畜生がッ!!」
後の事なんざ、考えるだけ無駄だ。
半ばヤケクソ気味にプロシュートが叫ぶと全力で、ミノタウロスの鼻っ面をブン殴った。

殴ったと同時に、スタンドを介してその感触が手に伝わってきた。
相変わらずの、生物を殴ったような感触じゃあなかったが、そのまま拳を振り抜く。
殴られた勢いで、涎を撒き散らしながらミノタウロスの顔が横を向いたが目が合った。

殴られながらも、いやに光る血のような赤い目だけは、こちらを凝視している。
瞬間、冷たい物が背中を伝った。

――ヤベェ、避けねぇと殺られる。

ミノタウロスの顔がゆっくりと正面へと戻ったが、頭では分かっているのに、時間でも止まったかのように身体の動きがやたらと遅い。

――なにやってやがる。動け。

棒切れでも持ち上げるかのように、緩やかに大斧が上へと上がっていっても、身体が動くまでに妙に時間が掛かる気がする。

――動けっつってんだろうが。

持ち上げられた大斧と、赤い月とが重なった。

――もう見慣れた色だが、今日は血の色みたいに染まってやがる、クソったれが。

「ゴフ、ヴオオオオオオオォォォォムッ」
月と重なっていた大斧が消えると、それと同時に、雪が溶けるかのように身体が動くようになった。

どうやら、ボクサーとかが相手のパンチが超スローモーションで見えたりするようなやつだったらしい。
アドレナリンやなにやらが分泌されて 一瞬が何秒にも感じられるというあれだ。
なら、斧がどこに行ったか?決まってる、そんな事考えるまでもない。

バックステップで飛び下がると同時に、大斧の刃先が額を掠めた。
地面に大斧がめり込むと同時に、額が裂け、そこから派手に血が噴き出る。

「――ッ!クソがッ!掠っただけでこれかよ!」
それでも、声に出すより身体が先に反応してくれてなによりだ。
あと少しでも退くのが遅れていれば、真っ二つか、中途半端に頭を割られていた。
生憎と、どこぞの吸血鬼みたいに、縦に真っ二つに掻っ捌かれても平気で、『ンン~?』とか言いながらズレを直したりするような特技は持ち合わせていない。

額に手をやったが、血は止まりそうになかった。
傷自体は大した事はないが、額からの流血は結構流す量が多い。
目に血が入ったりで視界が奪われるというのが最悪なパターンだ。

「にしても、マジで殴ったのにダメージ無しか……。人間なら首の骨がヘシ折れてるとこなんだがよ」
死ぬとまでは思っていなかったが、ダメージを受けた素振りも見せず反撃してこられたのは、スタンド使いとしての自信が失せそうだ。
血で塗れた手を一度払ったが、鉄臭い嫌な臭いがプンプンする。
血の中にメタリカでもいりゃあ、まだ使い道はあるんだがな。と、思わないでもないが、こればかりは無い物強請りなので考えるだけ無駄だろう。

ミノタウロスの注意は完全にタバサからプロシュートに切り替わったものの、面倒なのはこれからだ。
滅多にない貴重な体験させてもらったが、そうそう何度も体験したいものでもない。
プロシュートの記憶にあるうちでも、似たような経験はブチャラティ諸共列車の外に放り出された時と、リゾットがマジでキレた時だ。
普段、キレないやつが一度火が付くと手が付けられなくなる良い見本だろうか。
ギアッチョなんかより遥かに性質が悪かった事は今でもはっきりと覚えている。

原因まではよく知らないが、ギアッチョとメローネがカミソリと針の山に沈み、黄色い血液を流してブッ倒れていた。
傍に立つリゾットの目を見た時も、さっきみたいな状態に陥った。
ただでさえ黒いリゾットの眼が、いつもよりドス黒くギラギラと光っていたのは、後にも先にもあの時だけだ。
後で、鉄分を戻してもらいなんとか病院送りにはならずに済んだものの
あのギアッチョとメローネが借りてきた猫のように大人しくなっていた程だ。……一月と持たなかったが。


とにかく、あの目が拙い。
殺意丸出しのギラついた目だけは、プロシュートですら慣れるものではなかった。
そもそも仕事は暗殺なのだから、そんな物は邪魔なだけだ。
何時も言っていたが、ブッ殺すと心の中で思ったなら、その時にはもうスデに相手を殺っちまって終わっている。
殺しをあくまで仕事の手段として割り切るか、殺し自体が目的になってるかの違い。対比するなら暗殺者とトチ狂った殺人鬼というところか。
もっとも、傍目から見ればどちらも似たようなものだろうが。

この場合、プロシュートは前者で、ミノタウロスは後者になる。
獣相手に殺人鬼というのも妙な話だが、あの赤く染まった目を見てからやたら違和感を感じ、変な具合だ。
強いて言うなら狂気とでもいうのか。薬キメて頭のネジが二、三本ブッ飛んだジャンキーのやつとよく似ている。
違和感を気にしている余裕は無いのだが、歯の隙間に挟まったトマトの皮みたいに妙に引っかかっていた。

ちらりとタバサを見たが、少し首を横に振られた。
「ちッ……まだか。五分持たねーぞ、こいつは」
なにせ、今ので三十秒足らずというところだ。
さっさと、ミノタウロスをぶち殺してくれればもっと早く済むのだが、それはあまり期待できそうにはない。

さて、次はどう出るか。
プロシュートが地面から大斧を引き抜くミノタウロスを注意深く観察したが、大斧を引く抜くとミノタウロスがそれを地面に捨てた。
大きな音を立てて大斧が地面に落ちたが、大斧を捨てた理由を察したプロシュートの顔が歪んだ。
「ッ!この……ド畜生がァァァァアア!」
半ば、から完全にやけくそ気味に叫ぶと、ミノタウロスから一気に離れる。
次の瞬間には、ミノタウロスが叫びながら拳を固めて突っ込んできた。

今まで大斧だったからこそ、大振りで避けるのも難しくはなかったが、得物を捨て素手で向かってきたという事はそれも難しくなった。
ミノタウロスが拳を繰り出し、それが空を切る度に風がプロシュートを襲う。
風自体はそう大した事はないが、風が届く程のパンチだ。マトモに食らえばミンチより酷い結果が待っているに決まっている。

今ほど、グレイトフル・デッドに脚が無いのを恨めしく思った日はない。
一般的な近距離人型スタンドならスタンドの脚力を生かして跳ぶ事も可能だが、グレイトフル・デッドにあるのは、うねうねと動く触手だけだ。
移動に関してのスピードは本体に付いてくる程度、つまりは人間並みなので、猛然と突っ込んでくるミノタウロスとどっちが早いかなど答えるまでも無い。
それでもグレイトフル・デッドでラッシュを辛うじて凌いではいるから、あるだけマシというところだろうが
早々に限界に達したのか、反らしながら凌いでいたスタンドの腕が弾かれプロシュートへと一気に突っ込んできた。

「生身でスタンドを弾きやがっただと!?バケモンがッ!」
もう分かりきっていた事だが、それでも生身でスタンドを弾くなどスタンド使いの常識では考えられない。
焦りながら後ろも見ずに下がっていたせいか背中に硬い物が当たり、それ以上後ろに下がれなくなった。
「このクソヤバイ時に……!」
多少開けている場所とはいえ、森の中である。そんな場所をろくに見もしないで動いているのだから、木にぶつかるのは当然の事だ。
注意不足と言えばそれまでだが、この状況下でそんなもん気にしてられる方がどうかしている。

動きが止まったプロシュートを逃がすまいと、ミノタウロスが涎を垂らしながら殴りかかろうとしてきている。
舌打ちをしながらプロシュートが側転するかのように横に跳んだが、それと同時に爆発でも起こったかのような音が鳴った。
ミノタウロスの拳と、木の幹がぶつかった音だ。
メリメリと音を立てながら殴られた箇所から折れていったが、
それなりの太さの木を、HBの鉛筆をボキリとヘシ折るかのように軽く折った事には、さすがのプロシュートも舌を巻かざるを得なかった。

もっとも、今はただ驚いているわけにはいかない。
避けたはいいものの、転がるように飛んだせいで今の体勢が非常に悪いのだ。
咄嗟という事もあってかスタンドも出してはおらず、なんとか地面と熱いキスをする事なく前転着地をするので精一杯だった。

当然、それをミノタウロスが見逃すはずがない。
ごふ、ごふ、と白い息を吐くと、転がっているサッカーボールでも蹴り上げるかのように突っ込んできた。
狙いなぞろくに付けていないだろうが、あのデカブツの蹴りをマトモに食らったら良くて再起不能、悪ければ死ぬ。
だが、下手に避ければ余計に状況が悪くなる。ここは突っ切るしかない。
「ぶぅぅぅるぁぁぁぁぁああ!」
ミノタウロスの蹴りが完全に振り抜かれるより先に、プロシュートがあえて前へと突っ込んだ。
並みの近距離人型スタンド使いなら、当たる瞬間後ろにでも飛ぶのだろうが、移動はあくまで本体依存。
精密動作に関してもEなのでそこまで器用な芸当ができるわけじゃない。
なら、蹴りが振り抜かれるより先に突っ込んで、完全に威力が出し切られる前に食らった方がいくらかマシだと賭けたのだが
どうやら、規格外な相手には規格外な出来事ばかり起こるらしく、ガードした腕に当たった瞬間、鈍い音がするとプロシュートの体が勢いよく飛んでいった。

衝撃で意識がぶっ飛びそうになったが、サッカーボールよろしく蹴り飛ばされた事でそれは耐えられたものの
今更ながらミノタウロスを少し甘く見ていた事を盛大に呪った。

老化使えばすぐなんだが……使わなけりゃあこのザマかよ!

並大抵の相手なら、老化抜きでもどうにかなると思っていたが、見通しが甘かったらしい。
「っぅ……がぁ!……っはッ!…はッ!……パワー馬鹿が……!スタンド使いじゃなけりゃあ死んでたぞ、今のは!」
右腕を押さえながらなんとか立ち上がったが、間違いなくバキバキにヘシ折れている。
スタンドでガードして、その上から一本持っていかれた。
おまけに、喉の奥から熱いものが込み上げてくればなにかと思い、口の外へと出してみれば酒と胃液混じりの血だった。
生身で受けていれば、腕どころか内臓破裂コースで致命傷を受けていた可能性が高い。

「腕、大丈夫?」
後ろからタバサの声が聞こえてきたが、そこまで一気にふっ飛ばされた。
そういえば、吹っ飛ばされてる途中に勢いが弱まって地面への激突のダメージも無かったから、レビーテーションあたり使ったのかもしれない。
「クソ……!マリオやってる気分だ。キノコ食って増えるわけでもねーのによ」
ミスれば一発で死ぬ。状況は似ているが、こっちは残機1でコンテニュー不可能である。
スターよこせ、スター。とか髭面のおっさんにたかりたくなってきたが、そんなくだらない事を考えられるあたり、まだ余裕はあるようだった。

「オレの事より、お前はどうなんだよ。腕もこうだし、悪いがそろそろリミット近いぜ」
時間的な限界ではなく、腕の負傷と予想以上にミノタウロスの力が上だった事も加えて、プロシュートとて能力抜きでは抑え切れそうにない。
「突破口は見つけた。……でも、成功するかどうかは、やってみないと分からない」
「そんだけ分かりゃあ上出来だ。それに、ミスるかもってんで何もしねーマンモーニだったか?オメーは。ここまでやられたんだからな、後始末ぐらいオレがしてやる」
タバサが失敗すれば、腕の礼も含めて全開の老化を叩き込むだけの事だ。
いいからやれ、と言われタバサも腹が決まったのか、小さく頷き了承の意を見せる。
「出来れば、少しの間動きを止めておいて欲しい」
メイジでもない人間にミノタウロスの動きを止めろなどとは随分と無茶な要求だが、止めるだけならやり様はある。
「二度目はねーぞ、一発で決めろ」
もうミノタウロスがこっちに向かって突っ込んできている。
同じ手は通用しない。足止めも攻撃も文字どおり一発で決めねばならなかった。


魔法を詠唱される事を察知してか、向かう先がタバサになっている。
素手で怪我したメイジでもない人間など相手するまでもないという事だろうが、人間でも獣でも手負いというのが一番厄介だ。
プロシュートがミノタウロスの前に躍り出ると、ミノタウロスと接触する前に隠し持っていたナイフで折れている右手の動脈を深く切った。
「ハッ!どうだ、この血の目潰しはッ!」
勢いよく吹き出た血がミノタウロスの目にかかると、目を押さえて暴れだし動きが止まった。
どうせ使い物にならないのだから、今更動脈の一本や二本切ったところで大して悪化はしない。
このまま、『勝ったッ!死ねぃッ!』とでも言おうものなら、逆にやられそうだが後はタバサの仕事だ。
目を押さえ、暴れていたミノタウロスがどうにか血を拭い目を開けてみると、目の前には氷の矢が形成されている。
その光景は、どことなくジェントリー・ウィープスを彷彿とさせるものがあったが、違うのは防御に使うか攻撃に使うかというとこだろう。
音も立てずに飛んだ氷の矢がミノタウロスの目に突き刺さると、何か潰れるような嫌な音が聞こえた。
いくらミノタウロスの皮膚が硬くても、目だけは硬いはずはない。
そして、その目の後ろにあるのは脳。眼底をウィンディアイシクルでぶち破り、一気に脳をシェイクする。
動き回るミノタウロスの目という小さな場所に寸分違わず命中させるのは少し難しく、一瞬動きを止める必要があった。

「ブヴルゥ……オ…オオオオオオオムッ!!」
咆哮。血に染まった氷の矢をミノタウロスが引き抜こうとしている。
首を飛ばしても動くと言われているだけの事はある。
それでも半分頭ブチ抜いてるのならまぁ及第点というところか。あれで死なないのなら、大したものだ。
「さっさとくたばんなッ!ダメ押しに、もいっぱぁぁぁぁぁぁぁぁつッ!」
残っている左腕で、引き抜こうとしている氷の矢を杭を打ち込むかのように殴りつけると、少しめり込むと同時に砕けた。
「ぶご……オバァァ……」
ミノタウロスの残った目から赤い光が消えると、呻く様な声を出しながら倒れていった。

ようやく動かなくなったミノタウロスを見て一先ず息を吐いたが、得た物より払った物の方が大きい。
腕一本と引き換えに得た物はタバサの経験と三エキューに満たない報酬。
ヘシ折れた腕を見て思わず溜息を吐いた。そのぐらい出したって誰も文句は言わないはずだ。
「今のは悪くねぇが、こういうのとは最初から戦らねぇか他のやつに任せとけ。ったく…相性が悪いやつと戦っても何の得にもなりゃしねぇ」
「善処する」
「どんだけ分かってんだかよ」
相変わらずの調子で返してきたタバサを見て、こいつひょっとして狙ってやってねーか?とか浮かんだが、たぶん考えすぎだろう。
それに、こうなったのは誰のせいでもなく、自分の責任である。
能力を使わずとも足止めぐらいならどうにかなると甘く見ていた。
その結果がこれだ。
まさか伝説上のバケモノとやりあうハメになるとはほんの数時間前までは思いもしていなかったし、生身でスタンド以上のパワーを持つなどとは頭の中にすらなかった。
つくづくブッ飛んだ世界だと改めてそう思う。この先もこんなのが出てくると思えば今のうちにこういうのに出会えてよかったかもしれない。
ここは、タバサの経験も踏まえて、自身も良い経験を得たという事で納得しておく事にした。

「にしても、この腕どうすっか…」
腕の状態はかなり悪い。数箇所から折れていて普通なら病院送りコースである事は容易に理解できる。
もちろん、魔法で治せばすぐだろうが、少なくともこの辺りでは治療できないだろうし、最悪リュティスまで戻る事も考えねばならなかった。


「……心配しなくても…いい。わ、わたしが治…そう」
突然どこからか聞こえてきた声に、誰だ?と疑問符が浮かんだが、考えるより先に体が動いた。
「この…ッ!まだくたばってねぇのかッ!」
また動き出したミノタウロスを見て、すぐさまスタンドを出した。
ここまでくるとプラナリア並みの生命力だといっそ賞賛したいぐらいの気になれるが、ただ感心しているわけにもいかない。
直触りで確実に仕留める。念には念を入れて千年分ぐらいは叩き込むつもりだったが、それをやる前にさっきの声がまた聞こえてきた。
「イル・ウォータル……」
特に魔法には興味無かったが、一通りの呪文の詠唱はプロシュートも覚えている。
詠唱の種類さえ分かればどんな攻撃がくるか事前に察知できるのだから、多少面倒だがやっておいて損は無い。
それで現在進行形で聞こえてくる魔法は水系統の治癒の魔法だった。

わざわざ秘薬も使わず精神力削ってまでそんな魔法を使おうとしてるのは誰かという事になるのだが
どうも、この声は聞いたような事がある気がする。
それもごく最近……というより聞いたばかりという具合だ。
さっきまで暴れていたミノタウロスが大人しいというのも妙だった。
いつの間にか大斧を拾っているのだが、手負いの獣といったら普通の時より暴れまわるというのが相場である。
その不自然さもあってか、すぐに直を叩き込まないでいたものの、詠唱とミノタウロスの口の動きが合致している事に気付いた。

「おい……こっちの牛も韻竜ってやつみたいに話せんのか?」
言葉尻に、そこまで常識外れじゃねーよな、という意味を含ませてタバサに聞いた。
タバサもこいういうのは見たことないようで、知らない、と小さく呟くと首を横に振っている。
プロシュートが知る限りでは、一番物知りっぽいタバサが知らないのなら、本来ミノタウロスは喋らないものなのだろうという事にした。
だが、現実にミノタウロスの口から呪文の詠唱が聞こえてきている。
どういう事か分からず、少しの間思考回路がフリーズしていたが、呪文の詠唱が終わりミノタウロスが近付いてくると流石に我を取り戻して身構えた。

「ああ……少しの間…ごふ!…動かないでくれ。すぐ終わる」
咳き込むような声をミノタウロスが出すと、手に持った大斧をプロシュートの腕に向ける。
これが刃先だったら、ド畜生がッ!とでも言われながら直を叩き込まれるところだったが、幸いにして大斧の頭の方だったのでそういう事態にはならずに済んだ。

それから少しすると、腕の中の方で骨が繋がっていく感覚が理解できる。
正直言うと気色悪い。それでも治るのであれば遠慮なく受け取っておくとしても、問題なのはこのミノタウロスの正体だった。

人の言葉を話し、おまけに魔法まで使う。秘薬無しでここまでの治癒の魔法を使えるという事はトライアングルかスクウェアか。
となると、こいつは新種か突然変異の類である事は明白。生け捕りにでもして売り飛ばせば金になる。そういえば、アカデミーとかで実験とかしてたな。

一瞬本気で始末するのを止めて、生け捕りにしようかとも考えた。
今のミノタウロスを見るプロシュートの目は、きっとあの人攫いたちと同じような目をしているに違いない。

「この姿を見て不思議…に思うだろうが……時間も残り少ない…ようだし簡潔に、は、話そう。わたしは、元は……いや、今もだが、貴族だ」
「ほー、牛にも貴族が居んのか、そりゃあ驚きだ」
ものスゴク適当に返したが、ぶっちゃけ、この牛の正体なぞ知った事ではない。
さっきまで、文字どおり獣のように暴れ回っていたくせに、今はその気配すら微塵に感じられない。

どちらにしろ、サッパリ分からん。
いっその事、始末して喋らなかった事にしちまおう。

そんな物騒な考えが頭の中で鎌首をもたげた。
さっきまであれだけ好き放題やらかしていたのだから、始末しても問題ないな、と行動に移すためにスタンドを出す。
腕は治ったものの、あれだけやられて、ハイ、そうですかと黙って話を聞くようなタマではないのである。

それでも、辛うじて思いとどまったのは、直を叩き込む前にタバサが言った言葉だった。
「……禁術。恐らくあなたの系統は水」
それを聞いて、ミノタウロスの口元が少しだけ曲がった。
たぶん、笑ったのだろうが、一般的に笑うことのできる動物は人間だけだと(あくまでも地球基準で)言われているだけあって、少々分かり辛い。
「そうだ…十年前、村を襲っていたミノタウロスを倒した当時のわたしは、不治の病に侵されていた……その時、この身体を見たわたしは人間を止める決意をしたよ…」
妙な仮面を被った男が、俺は人間を止めるぞ!ジョジョォーーーッ!とか叫んだような気がしたが、気のせいだ。
「禁忌とされる脳移植を、わたし自身の手…で行ったのだ」
随分とブッ飛んだ告白だが、タバサはともかくプロシュートはもうスデにろくに聞いちゃいなかった。
脳移植とか、普段絶対にありえない事をやったと聞いて、拒否反応云々とかに関しては、もう考えるだけ無駄だと考えるのを止めただけだったが。

「それで、さっきまでのありゃあなんだ。能書き垂れるのはいいが、答えによっちゃあ消すぞ」
兎にも角にも、こいつが元人間であるという事は理解できた。
そこで重要なのはこいつが始末すべき対象か、そうでないかだ。

「……三年程前からかな。それまでわたしは、この身体の事を心底素晴らしいものだと思っていた。
  この身体を得てから、体力、生命力はおろか、精神力も強くなり、スクウェアクラスにまで成長した」
どうりで秘薬も無しに腕が治るわけだと、その点に付いては納得できたものの、まだ答えになってはいない。
「で、それがどうした」
長ったらしい前置きはいいから、結論を先に言えと促すと、咳き込みながらミノタウロスが答えた。
「だが……違った。わたしの人としての心は強くは無かった。だんだん、自分の精神がミノタウロスに近づいていくのが分か…ったよ。
  耐え難い頭痛がわたしを、お、襲う…と、意識が途切れ、気付いた時には、足元に子供の骨が散らばっていた……」
「ああ、あれは誘拐じゃなくて、オメーが食ってたのか」
酒場で聞いた子供の誘拐の犯人は、このミノタウロスだったらしい。
ついでに原因が分かって、そっちの件も一件落着というところだが
子供を食べたという事に特に何の感情も表さなかった事に、ミノタウロスが逆に驚いていた。
「驚かないの…か?」
「オメーなんぞより、ろくでもねぇ連中なんざ五万といるし、オレもその中の一人だ。これでいいか?」
生きるために食ったのなら、それはそれで仕方ない。例え自我を失っていてもだ。
仕事で巻き込んだやつなぞ数え切れるものではない。大人子供老人性別の区別無く巻き込んできた。
そんな仕事をしていたからこそ、このミノタウロスがやった事に関して特に感情を表す必要は無かった。
例えあったとしても、やっちまったもんは仕方ねぇな、ぐらいなものだろうが。

「奇妙なものだな。お前のような人間は初めて見る……、ごふ!ごほっ!……ああ、頼みと言ってはなんだが、決闘を、貴族同士の決闘をしてくれないか?」
貴族同士という事は、決闘を申し込んだ相手はタバサという事になる。
この期に及んで決闘とはどういうつもりか真意を測りかねたが、その理由は尋ねる前にミノタウロス自身の口から
「頭痛が起きるようになって…から、自分で死ぬことも考えた。しかし、己で自分の命を絶つ勇気がわたしには無かった。
  おかしなものだな……十年前、不治の病に侵されていた時は、ミノタウロスと戦って死ぬ事にこれっぽっちの恐怖も感じなかったというのに……
 この傷は、君が付けたものだろう?それ程の腕があるなら、さぞかし名のある貴族と見た。獣ではなく……わたしが…わたしでいられるうちに戦ってもらいたい…」
自分勝手と言えば自分勝手な申し出だが、あくまで申し込まれたのはタバサだ。受けるかどうかは本人次第で、やると言えば止める理由も特に無い。
今ならさっきと違って、少なくとも一発でミンチみたいになりはしないという事で、どうするかタバサに聞いた。
「どうする、やんのか?」
小さくタバサが頷くと、杖を構える。
それを見ると、ミノタウロスも大斧を杖のようにし、タバサの真正面に対峙した。
「礼を言…うぞ、少女よ。わたしの名は……ラスカル。名を聞かせても…らおう」
名を聞かれ、少し目をつぶると、タバサが小さく己の本名を呟いた。
「……シャルロット」
「よい…名だな……。いざ勝…負だ」

巻き込まれては洒落にならんと、プロシュートは少し離れて決闘の様子を眺めていた。
トライアングルのタバサと、妙ななりとはいっても、スクウェアクラスのラスカル。
魔法勝負ならどうなるかと見物とシケ込んでいたが、いつまでたっても互いの杖から魔法が放たれる事はなかった。
面白くもないので、石でも投げ込んでやろうかと思った時、不意にタバサが杖を下げてこちらに歩いてくるのが見えた。

「選手交代には早ぇんじゃあねーのか?」
あくまで、タバサが受けた決闘である。一度受けたのなら一度ぐらいやり合えと言おうとした。
「もう終わった」
どこか、ぼんやりとした声でタバサが終わったと言った。
一度も魔法が出てないのに終わったと言われてもどういう事か分かるはずはない。
だが、タバサに説明を求める前に、プロシュートにも終わったという、その言葉の意味が理解できた。

ラスカルの残った片目からは光が完全に失われ、口や鼻からは血を流し微動だにしていない。
「こ、こいつ……立ったまま……死んでやがる…!」
目に刺さった氷の矢を押し込んだ、あの一発。やはりあれが致命傷だったのかと確信した。
恐るべきは、脳を貫かれても生きていたという事だ。
もしかしたら、その時点でスデに死んでいたのかもしれない。賞賛すべきはラスカルの貴族としての執念と言うべきか。

ともあれ、これで任務完了。
そう思うと急に疲れが押し寄せてきた。
なにしろ今日の日程は相当な強行軍である。
早朝は学院でメンヌヴィルを相手にし、そこからガリアまで一気に移動。おまけに人攫いとミノタウロスを相手にした。
休んだのは酒場で飯を食った時ぐらいで、酒も入っているのでさっさと寝たい。
ここから村に向けて三十分歩くとなると気が重くなって仕方ない。
それでも、こんな所で寝るわけにもいかず仕方ねぇとする事にしたが、青い頭がゆらゆらと揺れると、すとん、と擬音がしそうな程に下に下がって動かなくなった。

「おい、どーした」
特に攻撃を食らったわけでもないから、怪我ではないと思いつつタバサに近寄る。
そうすると、動かなくなった訳がプロシュートにも分かった。
「こいつ……寝てやがる」
酒こそ飲んでいないが、タバサとてプロシュートとほぼ同じ日程をこなしたうえ、魔法も使っている。
精神力と言うか、この場合は体力的に限界に達したらしい。

今ならば、やれやれだぜ、と言っても何の不思議も無かった。
こっちも頭から血を流し、さっきまでは腕もヘシ折れていたというのに、手間ばかりかせさせてくれる。
それでも置いていくわけにもいかず、大きくため息を吐くと、プロシュートがタバサを背負った。
シルフィードとタバサは似てないと思っていたが、撤回せねばなるまい。
無頓着というか、こういう所は世界が二、三巡した感じで似ている。

村に戻る前に、立ったまま息絶えたラスカルと目が合った。
杖代わりの大斧を貴族のように構えたまま遠くを見ている。

脳を移植して、精神がミノタウロスに近付いていく様など、プロシュートに理解できるはずもない。
それでも、自己の崩壊というものがどれだけヤバいものかというぐらいは知っている。
麻薬の打ち過ぎで廃人になった人間なぞ見れたものではない。
死ぬ間際でも、己を取り戻せたのだから、ラスカルは運が良かった方だ。
「ハタ迷惑なヤローだったが……良かったな。くたばる前に貴族に戻れてよ」
動かなくなったラスカルにそれだけ言うと、プロシュートが村へと戻っていった。

←To Be Continued

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