ゼロの奇妙な使い魔 まとめ

6 行儀の悪い口 後編

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「上から来るぞ!気をつけろ!!」
「え?」
 突然の声に、ギーシュとモンモランシーが同時に上を向く。
 クヴァーシルが留まっていた場所に、ぽっかりと黒い陰が浮いている。白い梟がそれから逃れるように寺院の中を飛び回り、部屋の隅へと羽ばたいて行った。
 オーク鬼が、まだいたのだ。
 石材の崩れる音に合わせて、オーク鬼が寺院の中に飛び降りてくる。位置は、ちょうど祭壇の上。ギーシュと、モンモランシーと、気絶しているマリコルヌの三人の頭上だった。
「モンモランシー!」
 咄嗟に、ギーシュがモンモランシーの手を取り走る。
 その直後、オーク鬼が祭壇の後ろに地響きを立てて降り立ち、着地とほぼ同時に棍棒を振り下ろした。
 地響きのような振動と共に祭壇が破壊され、砕けた石と舞い上がった埃の中にマリコルヌの姿が消える。オーク鬼の両足は、ギーシュとモンモランシーが居た場所から僅かに逸れてワルキューレを二体踏み潰していた。
 声に反応して逃げなければ、ギーシュもモンモランシーも、オーク鬼に踏み潰されていたことだろう。マリコルヌも狙われていたようだが、ワルキューレの一体がマリコルヌを埃の中から引っ張り出してみると、怪我らしい怪我をしている様子はなかった。祭壇がマリコルヌの盾となったようだ。
「ワルキューレ!」
 オーク鬼に踏み潰されて二体が脱落した残る五体の青銅の戦乙女が、ギーシュの掛け声と杖の動きに合わせて自身と同じ金属の槍を構えた。
「突撃!!」
 石畳と青銅の足がぶつかり、高い音を立てる。
 祭壇の向こうに仁王立ちするオーク鬼にワルキューレが殺到し、手に持った槍を醜く太ったオーク鬼の腹に突き立て、さらに抉るように手首を返す。
 甲高い悲鳴が、オーク鬼の口から飛び出した。
「よし、いける……!ってあれ?」
 ワルキューレの攻撃で倒れるかと思われたオーク鬼が、人間の胴ほどもある腕を振り上げて棍棒を一薙ぎすると、槍を突き刺していたワルキューレが残らずばらばらに砕け散った。
 オーク鬼の分厚い脂肪と筋肉を貫くには、決定的に力が足りていなかったらしい。
「ゴメン、キュルケ。後は頼んだ」
「だと思ったわよ」
 精神力を使い果たしたギーシュに変わって、再詠唱を終えていたキュルケが炎の塊をオーク鬼に向けて放つ。
 結果は、先ほど撃退したオーク鬼と同じだ。一度は避けようとしたようだが、腹に刺さったままの槍が動きを阻害した挙句、キュルケの操作で目標を追尾する炎の塊から逃れるには至らなかった。
 黒く焼け焦げて、何故か食欲をそそる臭いを放つオーク鬼から視線を外したギーシュが、寺院の玄関に顔を向けた。
「さっきの声は、サイトだったのかい?いや、助かったよ」
「屋根に上ってるヤツを見つけたからな。他にも一匹いたから手が出せなかったけど、無事で良かった」
 遠回りをしていた才人の方もオーク鬼と遭遇したようだ。全滅したと思わせて、まだ生き残りがいるというのは、オーク鬼が持つ自然で生き抜く一種の能力なのかもしれない。
 ハルケギニアではオーク鬼ほどの捕食者ですら食物連鎖のピラミッドの頂点に立てないのだから、不思議なものである。
「早く脱出しようぜ。まだ生き残ってるやつが居るかもしれない」
「そうね。魔法も、そう連発出来るわけじゃないし」
 ゴキブリじゃないんだから、一匹見たらどこかに三十匹は隠れている、というわけではないだろう。しかし、生き残りが三匹も居た以上、油断は出来ない。
 シルフィードを呼ぶようにとキュルケがタバサを急かす傍ら、ギーシュとモンモランシーは気絶したままのマリコルヌの頬を叩いて目を覚まさせる。
 なんだかんだでマリコルヌが一番危険な目に遭っているのだが、今のところ、たんこぶ一つで済んでいる。もしかしたら、ここにいるメンバーで一番の強運は彼なのかもしれない。
 生まれ持った体型などの不幸に目を瞑れば、の話だが。
「ほら、起きないかマリコルヌ。帰るぞ」
「……やっぱり、連れて来ないほうが良かったのかしら?」
 一向に起きる様子のないマリコルヌに、モンモランシーが連れて来た事を今更ながらに後悔し始めた。
「足引っ張ってばかりだからな。気持ちは分かるぜ、モンモン」
「だーかーらっ!モンモンって呼ぶな!」
 近付いてきた才人の言に一々突っ掛かるモンモランシーだが、表情は特に怒っているようには見えない。宝探しの旅路で顔をつき合わせているせいか、最近日課になってきているやり取りなのである。
 才人は呼び方を変えようとはせず、モンモランシーも半ば諦め気味ではあるものの、噛み付くことを止められないでいる。
 そんなどうでもいい小競り合いをしている間に、マリコルヌの目が開き始めた。
 うーん、と唸り声を上げて、口の中をモゴモゴと動かしている。寝惚けているのか、視線が安定していない。
「起きたかね?なら、さっさと行こう。シルフィードの翼の音が聞こえてきている」
「ほら、急げ急げ。何時また怪物が来るかわかんねえんだから」
 目を覚ましてばかりのマリコルヌをギーシュと才人がせっつくも、マリコルヌの動きは酷く鈍い。口の中を動かすのは止まらないし、目もどこを向いているのか良く分からなかった。
「……ん?んんん?ひょっろまっへ」
 頭を打っておかしくなった、というわけではないようだ。ギーシュや才人の言葉にはきちんと聞こえているものの、すぐに動けない理由があるらしい。
 急がせようとする才人たちを手で制したマリコルヌは、口の中に指を突っ込むと、中から涎に塗れた赤い石を取り出した。口の中をしきりに動かしていたのはmそれが原因だったようだ。
 流線型の透明度のない真紅の石は、中央に十字の紋が薄く浮かび上がっている。滑らかな表面を見る限り、人工的に削りだされたものだろう。しかし、宝石というには、どこか煌びやかさが足りていないようにも思えた。
「なによ、それ?どこでそんなものを……」
「知らないよ。目が覚めたら、口の中に入ってたんだ」
 涎をハンカチで拭い、そっと天井から差し込む柔らかい光に照らしてみると、キラキラと十字が光っているように見える。
 まったくの不透明、というわけでもないようだ。
「あんたの持ち物、ってわけでもないわよね」
「ギーシュじゃないんだから、装飾品を持ち歩く趣味はないよ」
 唾液に塗れていたため、モンモランシーは直接触ろうとはしないが、それでも鈍い光沢を放つ赤い石に興味を引かれているのは誰の目にも明らかだった。
 宝石なら、装飾品に縁の深いキュルケが一番目が利くだろう。そう思って、玄関の向こうでシルフィードの背に乗ろうとしていたキュルケをギーシュが呼び寄せると、キュルケは疲れた顔でノロノロとやって来てマリコルヌの前で立ち止まった。
「どうしたのよ。なにか見つけたの?」
 ひょいとマリコルヌの手から赤い石を取り上げ、太陽に透かして見る。
 ルビーよりももっと純粋な赤色を称えた石は、太陽の光の中で薄く輝く。表面の光沢に似合わない薄暗い印象は、透明度の問題ではないようにも思えた。なにか、別の要因で暗く見えているのだろう。
 少なくとも、キュルケの記憶には無い宝石だ。
「始めてみる石ね。とっても赤い……、あ、もしかして!」
 表情を明るく変化させて、石を持ったまま唐突に早足に動き出す。
 まだ出発しないのかと玄関の向こうで様子を見ているタバサや、突然なにを思い出したのかとギーシュたちが見守る中で、キュルケは寺院の奥にある今は砕けて原型を留めていない祭壇の瓦礫を崩し始めた。
 石と埃の積もった山を穴を掘るようにして掻き分けた先で、キュルケの指先に石とは別種の感触が伝わる。唐突に湧き出た推測でしかなかったものが、そこにあったのだ。
「やっぱり……!」
 なにがやっぱりなのかと、ギーシュたちが祭壇の残骸に集まる。
「見つけたわ!見つけた!!」
 年齢に相応しい少女の顔でキュルケが瓦礫の中から取り出したのは、小さな木の箱だ。というより、残骸と言った方が正しいだろう。
 木片にしか見えないそれは、数本の釘と取っ手らしきものがぶら下がり、避けた布が引っかかっている。その形状に見覚えのあった才人が、視線を外して記憶にあるものを見つけた。
「チェストの引き出しか!」
 宝の地図が指し示す、祭壇に隠されたチェスト。本来、何かを入れるための引き出しは、必ずしも一つとは限らない。
 本当の宝は、祭壇の“中”に埋め込まれて隠されていたのだ。
「炎の黄金で出来た首飾りとはよく言ったものだわ。首飾りの素材が炎の黄金じゃなくて、嵌め込まれた宝石のほうが炎の黄金ってことなのね」
 炎の黄金とは、赤い宝石の色と価値を言い換えたものなのだろう。首飾りというには首にかけるための鎖や台座が足りていないが、何年も前に発見されたチェストの中身がそれだったのかもしれない。
 とにかく、今確かに言える事は、宝の地図は本物だったということだけであった。
 キュルケの手にある赤い石と話の内容に、一時息をするのを忘れてしまったかのように動きを止めた才人たちは、脳に血を巡らせて、やっと自分達が宝を手に入れたことを自覚して、歓声を上げた。
「お手柄よ、マリコルヌ!あんたがオーク鬼に追いかけられた挙句、祭壇で頭ぶつけて気絶していなかったら、見つからなかった宝だわ!連れて来て良かった!!」
 大当たりの宝を手にしたことで、モンモランシーのテンションが一気に向上し、嬉しさのあまりマリコルヌに抱きついてしまう。
 幾度もの無駄足を経た上での収穫だ。苦労に比例して喜びも一入なのだろう。マリコルヌの口から出てきた宝石であるために宝を手にしたという実感の無かったギーシュと才人も、段々と顔に笑みが浮かんで笑い声を上げる。
 喜んでいいのか悪いのか。微妙な経緯による手柄に半笑いのマリコルヌだったが、モンモランシーの柔肌の感触が直に伝わってきたことで、脳味噌が幸せに染まり、考える事を止めた。
「祭壇の中に隠すほど、誰にも渡したくない宝石か。いったいどれほどの値が付くのかしら」
 自身も知らない不思議な石の価値を考えて、顔の筋肉をだらしなく緩ませたキュルケが高笑いを始める。
 ギーシュも、才人も、モンモランシーも、同じように腹の底から笑い声を上げていた。
「ねえお姉さま。あの人たち、なにがそんなに楽しいのかしら?」
 寂れた寺院に満ちた明るい笑い声と狂喜乱舞する少年少女たちを見て、シルフィードが主人に尋ねると、タバサは馴染みの本を開いて冷たく言い放つ。
「知らない」
 一人だけ置いてきぼりにされた気分で、ちょっと寂しいタバサであった。

「みなさーん、食事の用意が出来ましたよー」
 焚き火にかけられた大鍋の中身を少量小皿にとって味見をしたシエスタが、ニコリと笑って呼びかけた。
 トリステイン中央から伸びる川の傍に作られた焚き火と、それを囲うように張られた三つのテント。それに、少し離れた場所に建てられた土と木で出来た掘っ立て小屋。それが、才人たちが宝探しの拠点としているキャンプであった。
 日の落ちた暗闇の中から、わらわらと手持ち無沙汰の男子組が焚き火の周りに集まり、シエスタから鍋の具をたっぷりと盛られた皿を受け取る。使われている材料は、山菜や川魚、野うさぎといった、自然で取れるものばかりだ。
「はい、マリコルヌさん。お手柄だそうですから、お肉を一杯入れておきましたよ」
「うおっ!うおうぅおおおうっ!!」
 山盛りの具の半分が肉で占められた皿を渡されて、マリコルヌが変な呻き声を上げた。
 肉が一杯で嬉しいということもあるのだが、女の子から笑いかけられて食事を渡されるというのが初めての経験で、酷く興奮しているのだ。
 学院で働くメイドに給仕を受けるのは日常だが、仕事だと割り切られているせいか、無表情の子が多かったりする。そういう意味では、マリコルヌは女の子から自発的に何かをしてもらうのは初めてと言えるのかもしれない。
「本人が意図して活躍したわけじゃないけどな」
「それも事実だけど、まあ、いいじゃないか。彼は結構頑張ったと思うよ、僕は」
 切り株の上に腰を下ろし、スプーンで皿の中身を掬った才人の呟きに、ギーシュが苦笑してマリコルヌのフォローに回った。
 森の中では才人の足を引っ張り、村ではオーク鬼を寺院に引き込み、戦いでは一切を気絶して過ごすという、見事なまでの役立たずっぷりを発揮したマリコルヌだが、その結果として炎の黄金が手に入ったのだから、責めても仕方がない。
 まあいいや、と気のなさそうに返事をして、才人はスプーンを口に入れた。
 じゅわりと口の中に甘味が広がる。
 肉の脂と魚から出た出汁が、一緒に煮られた山菜でしつこさが消され、程よい味に纏まっているのだ。山菜自体も上手く灰汁抜きがされているのか、苦味がまるでない。幾らでも食べられそうな、素朴で馴染みやすい味であった。
「お。おお!美味いな、これ!」
「そ、そうですか?ありがとうございます、サイトさん」
 ぽっと頬を赤くして、シエスタが照れくさそうに礼を言う。
 道中の料理当番だけのために付いて来ただけあって、シエスタの料理の腕はなかなかのものだった。森や川で手に入る材料だけでしっかりと美味いものが作れるのだから、田舎育ちというものは馬鹿に出来ない。
 ギーシュとマリコルヌも才人と同じ感想なのか、一言美味いと声に出すと、皿の中身を飲み込む勢いでかきこみ始める。
「おかわり!」
「こっちもおかわり!」
「僕も!」
 足場の悪い場所を必死に歩き、戦いまで行った体は疲れに疲れている。それがなによりの調味料となって、才人たちの食欲を刺激していた。
「あの……、沢山召し上がられるのは良いのですけど、お風呂に入られている方々の分も残しておいてくださいね?」
 出された皿に具を注ぎ足して、大鍋の中を覗き込んだシエスタが困ったように表情を崩す。
 鍋の大きさは、学院の厨房でも使われるような大人数に対応した特注品だ。学院では、そんな鍋を五つも六つも並べて、百人を近い生徒達に料理を行き渡らせている。十人前以上あるのだから、すぐになくなるというわけではない。が、一杯を数秒で食べられては、空になってしまうのないかと不安になるのも無理からぬことだった。
「そういえば、キュルケたちが遅いな。長風呂出来るほど良い作りしてないぞ、アレ」
 才人の視線の先、100メイルも離れた川辺に、天井近くにある小さな小窓から湯気を立たせている小屋がある。基礎は粘土を焼いたものを使い、中は適当な木材を組んで見た目を誤魔化した、テキトーな作りの浴場だ。主に、女性メンバー、特にモンモランシーの注文で作られた場所である。
 水捌けはいいのだが、隙間風が酷く、体を温めるには中に用意した湯船に浸からなければならない。しかし、湯船の大きさは二人入るのが精一杯で、今入っているはずのキュルケとタバサとモンモランシーでは、一人余る計算だった。
 誰が身を凍えさせているのか?キュルケか?タバサか?モンモランシーか?そもそも、なんで三人で一度に入ろうとするのか。一人だけ入れないことは、風呂場を作っている現場を見ているのだから分かっているはずなのに。
 そんなことを才人が思っていると、皿を再び空にしたギーシュが思い出したように口を開いた。
「ああ、そういえば、中をちょっと改装したよ。湯船で足を広げられなかったからね」
「なんだそれ?聞いてねえぞ、俺」
 入浴は男子側が先に済ませている。残り湯を男に使われることを、モンモランシーが嫌ったからだ。男の中で比較的汚れの少ない才人が先に入り、次にマリコルヌが、そして、ギーシュが最後に入っている。結局、マリコルヌの汚れが酷くてギーシュの入浴前に一度湯の張り替えが行われ、更に女性陣の入浴前にも湯を張り替えているのだから、残り湯の心配などに意味はなかったのだが。
 ギーシュは、マリコルヌが風呂から上がった後に無断で風呂場を改造したのであった。
「予想以上に水が汚れていたからね、湯を入れ替えるついでさ。気になるのなら、後でもう一度入るなりすればいいじゃないか。ああ、もちろん、順番としてはミス・シエスタが先だが」
 そう言って、ギーシュはシエスタをちらりと見た。 
 食事の準備をしなければならないために後回しになっているが、食材調達の過程で付いたであろう汚れがそこかしこに見られる。シエスタの方も、決して楽ではなかった事が窺えた。
 そのシエスタが、自分の服や体の汚れを確認して、両手の指先をもじもじとすり合わせながら頬を赤くした。
「そ、それなら……、サイトさん、一緒に入りませんか?」
「ぶふぉっ!?」
 才人の口から鍋の具である単色のキノコが飛び出した。
「な、ななな、なにをっ!?」
「ほら、どうせもう一度入るのなら、一緒に入ったほうが時間もとりませんし、お湯も節約できますし、それに……」
 きゅっとシエスタの体が捩れ、赤く染まった頬を隠すように両手が顔を覆った。
「暖かいですよ?」
 指の隙間から、シエスタが上目遣いで恥ずかしそうに才人を見上げていた。
 暖かい、という言葉の中に含まれた沢山の意味が、才人の脳内をお祭り騒ぎで駆け巡る。
 狭い場所に二人、暖めあう?人肌で?一緒の湯船に浸かって?向かい合いで?それとも、背中合わせで?まさか、後ろから抱くように?
 トリステイン魔法学院の中庭で、マルトーから貰った大鍋を用いた即席風呂。そこで行われたシエスタとのやり取りを思い出して、才人の鼻の奥が熱くなってくる。
 肌理細やかな肌、肉付きのいい肢体、桜色に染まった顔の嫌がっていない様子。
 血の巡りが良くなったことで血管が膨張し、どこかの息子さんが反応を示した。息子さんと言っても子供ではない。毛も生えた立派な大人だ。自分の役目を良く理解している、働き者なのだ。
 服の上からでも分かる男の子のテントに視線を落として、シエスタが更に頬を赤くする。しかし、一切目を逸らさないあたり、実に積極的な少女であった。
「許さないよ」
「え?」
 突然、才人とシエスタの背後から小さな声が響く。
 振り返ると、そこに幽鬼のように立つマリコルヌの姿があった。
「絶っっっっっっっっっっっっ…………対に!そんなことは許さなあぁぁぁああい!!」
 マリコルヌが、才人とシエスタの間に作られた桃色空間に反応して暴走を始めたのだ。
「い、いい、一緒に入浴だと!?お、おおおおお、女の子と、入浴!?ば、馬鹿な!そんな都市伝説、信じられるものかッ!あまつさえ、肌と肌を合わせてイチャイチャするだと?ふ、ふふふふふ……、ないよ、ありえないよ。そんなこと、始祖ブリミルが許さないよ。いや、たとえブリミルが許しても、僕が許さないね!!」
 ギラギラと目を輝かせ、空っぽの皿を放り出したマリコルヌが、ゆっくりと才人に近付いていく。背中からは、どす黒い瘴気のようなものが立ち上っていた。
 身も凍るような殺気に中てられて、才人とシエスタの体が固まり、目しか動かすことが出来なくなる。
 才人が助けを求めようとギーシュの姿を探すと、焚き火の向こうで背中を向けて食事を続けている姿があった。マリコルヌの暴走には気付いているはずなのに、まるで関係ないといった様子だ。たぶん、近くでバカップルのような雰囲気を作ったのが原因だろう。
「オイコラ、平民ドモ、ヨク聞ケ」
 何故か片言になったマリコルヌの底冷えする声に、ゴクリと才人とシエスタの喉が鳴った。
「乳繰リ合ウナ、トハ言ワネエ。オレモ乳繰リ合イテエカラナ。ダガ、物事ニハ例外トイウモノガアル。ワカルカ、ド低脳ノテメーラニ?」
 マリコルヌの問いかけに、才人とシエスタは顔を見合わせて首を振る。
 その行動が癇に障ったのか、マリコルヌのこめかみに青筋がくっきりと浮かび上がった。
「イチイチ顔ヲ見合ワセルンジャネエ、コノヤロウ!バカニシテンノカ!ソウナンダナ!クソガッ!オレニ彼女ガ居ナイカラッテ!コノド畜生ガッ!!オレガ女ノ子ト乳繰リ合エナイ間ハイチャイチャスルンジャネエ!!目ヲ合ワセルノモ禁止ダ!ワカッタカ!?コノクズガ!!」
 目を血走らせて攻め立てるマリコルヌに、才人もシエスタもただ頷くしかない。だが、それでもマリコルヌは止まる様子を見せなかった。
「イイカ、クズ共!テメーラガソウシテ青春ヲ謳歌デキルノハ、陰デ泣イテイル戦士タチノ亡骸アッテモノナンダ!恋ニ破レ、愛ヲ奪ワレ、時ニハ機会サエ与エラレナイ、モテナイ戦士タチノ上ニ、テメーラトイウクズガ生キテ行ケル土台ガ作ラレテイルンダ!感謝シロ!頭ヲ地面ニ擦リ付ケテ、祝福スルンダ!!モテナイ男達ノ魂ヲ天国ヘミチビ……ぐふぅ」
 両腕を広げ、天を仰いだマリコルヌが聖書を読み上げるように高らかに語る姿が、途中で崩れ落ちた。
「なにやってるのよ、こいつ」
「不明」
「いつものことでしょ」
 マリコルヌを沈黙させたのは、タバサの振り下ろした大きな杖であった。
 風呂上りで体から湯気を立ち上らせたモンモランシーとキュルケが、柔らかい布で髪を拭きながら歩いてくる。長い入浴を終えたようだ。
 普段着としていた学院の制服は汚れて使えないため、三人とも個人用の普段着である。タバサのそれはシンプルで制服とあまり変わらないが、モンモランシーとキュルケは貴族らしく豪奢な作りが所々に見え隠れするワンピースだ。趣味の差なのか、モンモランシーの方は飾り気が多く、逆にキュルケは余分なものを削って体型を強調するような作りになっていた。
「あら、美味しそうなものが出来てるじゃない」
 髪を洗ったためか、いつものドリルヘアーが解けて強い癖だけが残った髪を垂らしたモンモランシーが、火にかけられた鍋の中を見て目を輝かせた。その視界に、昏倒したマリコルヌの姿は入っていない。
「わたしの故郷の料理で、ヨシェナベっていうんです。今お皿に盛りますから、少し待って頂けますか」
 同じようにマリコルヌを意識の外に追いやったシエスタが皿を持って鍋に向かう。
 焚き火の回りにタバサやキュルケも移動し、それぞれ適当に椅子になりそうなものを尻に敷いて腰を降ろした。ギーシュも、何時の間にか体の向きを変えている。
 どこへ行っていたのか、フレイムやヴェルダンデ、それにシルフィードやクヴァーシルまで集まって、宝探しのメンバーが揃う。いや、一匹だけ川の中に居たモンモランシーの使い魔の小さなカエルが遅れてモンモランシーの肩に飛び乗って、やっと全員だ。
 キュルケやタバサにもヨシェナベを盛った皿を配り終えたところで、やっとシエスタも自分の分を取り分け、才人の隣に腰を下ろす。そこで、おもむろにキュルケが立ち上がった。
「食べながらでいいから、みんな、聞いてくれる?」
 気絶中のマリコルヌ以外の視線が、キュルケに集まった。
「あたしたちは今、宝探しの成果として二つの収穫を得たわ」
 そう言って、キュルケは各人の荷物を纏めたテントに小走りで移動して何かを持ってくる。
 石で出来た不気味な仮面と、昼に手に入れた炎の黄金だ。
 全員に見えるように掲げられたそれらの価値は未だ不明で、大金になるかもしれないし、タダのガラクタということもないわけではない。
 しかし、キュルケは確信を持って、これらが高値で売れると宣言した。
「五日間の授業を欠席するのに見合った、いいえ、それ以上のものを見つけることが出来たとあたしは思う。ここで一つ、確認しておきたいことがあるの」
 集まった全員の顔を流し見て、キュルケは言葉を続けた。
「宝の地図は、まだ残っているわ。つまり、続けようと思えば宝探しは続けられる。そこでみんなに聞きたいの。このまま宝探しを続けるか、学院に戻るかを」
 獲得したものに満足するも良し、欲張って今以上を求めるのも良し。そんな選択を迫るキュルケに、ギーシュが一番に反応した。
「僕は、学院に戻るのを推奨するよ。みんな疲れているし、長期の欠席が先生方に問題視されたら堪らないからね」
 一度起こした決闘騒ぎで、ギーシュは学院側に目を付けられている。前回は大したお咎めもなく終わったが、次はどうなるか分からない。欲張るのは自殺行為だろう。
 もう十分だ。というのがギーシュの意見だった。
 続いて才人が口を開いた。
「俺は、出来れば続けたい。ルイズにああ言っちまった以上、大人しく帰るのは負けた気がしてムカつくし。ほとぼり冷ますっていうと、なんか違うけど、あいつが目を回すようなものを持って帰らないと、どうもなぁ」
 至極個人的な事情であることは才人にも自覚はあるのだろうが、それでも帰る気になれないのが実情らしい。喧嘩の影響が、今も緒を引いているのだった。
「サイトさんが続けるなら、わたしも……、ってわたしの意見は聞いてないですよね……」
「そんなことはないわ。シエスタも、立派に宝探しのメンバーなんだから。タバサはどうするの?」
 平民ということを気にして声が小さくなるシエスタにフォローを入れて、キュルケの目が物凄い勢いで鍋の中身を食べつくしているタバサに向けられた。
「どっちでもいい」
「じゃあ、保留扱いね。あ、全部食べないでよ。あたしもおかわりしたいんだから」
「……善処する」
 皿に山盛り乗せて、タバサがキュルケから視線を逸らす。
 食べ尽くす気満々のようである。
 呆れて溜め息を吐いたキュルケは、まだ意見を聞いていないモンモランシーに意識を向ける。
 今のところ、続行が二票、帰還が一票だ。モンモランシーが続行と言えば、キュルケの意見がどうなろうと多数決で宝探しは続けることになる。
 マリコルヌは、最初から数に入っていなかった。
「そこそこの収入になったし、帰ろうって言い出したのはわたしだし、ここは帰るって言うのが正しいんだろうけど……」
 言葉を止めて、モンモランシーの視線がキュルケの持つ炎の黄金に留まる。
 瞳が、金の臭いに鋭く光った。
「でも、続けるわ!!絶対にないと思ってた宝が二つも手に入ったんだから、ツキが回ってきてる証拠よ!今を逃したら、一生後悔すると思うわ!」
 ぐっと拳を握って豪語するモンモランシーの脳内は、金銭欲という放射性物質に完全に汚染されていた。
「決定ね。宝探しは続行ってことで」
「それならそれで付き合うがね、次の目標は決まっているのかい?」
 大人しく先生方に叱られることを受け入れて、ギーシュがキュルケに問いかける。
 宝探しは、基本的に学院に近い場所から進められていた。その規則性に従えば、次はラ・ロシェール近くになるだろう。
 そんなギーシュの予測に、キュルケはニヤリと不適に笑っていつの間にか用意していた宝の地図をギーシュに放った。
「次の狙いは、ここから南西。ジュール・ド・モット伯爵の旧館よ!」
 腰に手を当てての言葉に、ギーシュの顎がカクリと落ちた。
「と、盗賊の真似事でもする気かね!!?」
「いやねえ、何年も前に使われなくなった屋敷よ。家財道具も全部引き上げられた後なんだから、家捜しても叱られやしないわよ。それに、あたしたちがやってきたことって、広い意味では全部火事場泥棒か家捜しなんだから、今更気にしても……、ねえ?」
「……君ってヤツは」
 悪びれた様子のまったくないキュルケの言葉に、ギーシュは呆れに呆れて痛くなった頭を左右に振る。
 最初から、目的はモット伯の家捜しだったのではないか?なんて思うと、これまでの宝探しという行動が全て、協力者から逃げ道を奪うための布石だったのではないかと勘ぐってしまう。
 こうなるなら、最初に宝の地図を確認したときにもっと良く見ておくべきだった。そんな後悔がギーシュを襲う。だが、なんにせよ、もう逃げられないことに変わりはない。腹を括るしか、選択肢は残されていなかった。
「わかったよ。他のみんなも、それでいいのかい?」
 苦笑いを浮かべて、才人とシエスタが頷き、欲望に脳内を染めたモンモランシーは当然というように薄い胸を張った。
「タバサは……?って、ああ!鍋が空っぽじゃないか!?」
「え?ちょ、ちょっと!言ったじゃない、全部食べないでって!」
「わたしもまだ一杯目なのに……、あんたちょっと食べ過ぎよ!」
 大鍋の最後の中身である少量の汁を皿に取ったタバサを見つけてギーシュが叫び、キュルケとモンモランシーも悲鳴のような声を上げた。
 ドキリと心臓を鳴らして体を跳ね上げたタバサが、食事を奪われたギーシュたちと自分の皿を交互に見た後、少しの逡巡を経て、皿の中身を口の中に流し込んだ。
「あ、あああああああっ!!?」
 悲痛な叫びが辺りに響き渡る。
 ごくりと喉を鳴らしたタバサは、ぷはっ、と呑気に息を吐くと、改めてギーシュたちに普段の無表情な顔を向けて、その小さな唇を開いた。
「これは不幸な事故」
 故意犯である。炎の黄金を手に入れたとき、現場で一緒に盛り上がれなかったタバサの、ささやかな復讐であった。
 獣のような雄叫びがギーシュたちの口から飛び出して、気絶していたマリコルヌが飛び起きる。
 手負いならぬ、空腹の獣は恐ろしい。スクウェアクラスであるタバサが手も足も出ずに組み伏せられ、一瞬で締め上げられた。食い物の恨みは力の差を埋めるのだ。
 そんなもみくちゃにされるタバサを視界に入れて、マリコルヌは様子を見ていた才人に問いかけた。
「何があったのさ?」
「大したことじゃねえから、気にすんな」
 マリコルヌの頭上に、疑問符が浮かぶ。
 結局その日、シエスタが料理を作り直すまでの間、タバサは石ばかりの川辺で正座を強要された挙句、キュルケたちに長々と説教をされたのであった。

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