ゼロの奇妙な使い魔 まとめ

ゼロいぬっ!-94

最終更新:

匿名ユーザー

- view
だれでも歓迎! 編集

「覚えておけ……我々は負けたわけではない」

ごぶりと血を吐き出しながらアルビオン共和国の兵士は言った。
その胸に突き立てた杖を引き抜いて竜騎士隊隊長は男の言葉に耳を傾ける。
既にクロムウェルの姿はなく、彼を足止めしようとした兵の屍だけが足元に転がっている。
密閉された船内を吹き抜ける風が彼の髪を揺らす。
見上げれば風竜に切り裂かれた爪痕から青空が覗いている。
恐らくクロムウェルはここから逃げ出したのだろう。
船体が上げる悲鳴は次第に大きくなっていく。
踵を返す隊長に、男は尚も叫び続ける。

「虚無の力を持つクロムウェル様がおられる限り、我々に死は訪れん!
幾度倒れようとも死の淵より蘇り必ずや貴様等を打ち倒す!
この戦いは貴様等が倒れるまで終わらんのだよ!」

哄笑を上げていた男の声が途絶える。
醜悪な笑みを顔に貼り付けたまま彼は命を終えていた。
それを一瞥すると隊長は自分の騎竜の下へと駆ける。

「終わるさ。終わらせるって約束したからな。
俺がクロムウェルを討てばそれで全て終わる」

自重で崩壊していく船内を走り抜けながら呟く。
口にするのは息絶えた男への答えであり自分の決意。
アルビオンにはまだ数万の軍勢がいる。
艦隊を倒そうとも、ここでの勝利など一時的なものに過ぎない。
もしクロムウェルが逃げ延びれば間違いなくアルビオンが戦場となる。
ウェールズ陛下、それに自分と同胞たちが愛した国も民も焼かれるだろう。
もう一度ニューカッスルの惨劇を繰り返すなど耐えられない。
あの兵士が思っているように、命は失われて戻るような簡単なものじゃない。
失われたものは決して戻らない。掛け替えのないものだからこそ輝いて見えるのだ。
今ある命を守る、彼等に出来る事はただそれだけだった。


「か、艦隊が……」

グリフォン隊と切り結んでいた竜騎士が背後へと振り返る。
そこに広がるのは風石を失い次々と沈んでいくアルビオン艦隊の姿。
その多くは自重を支えきれず、地上に辿り着く前に無残にも崩壊していく。
最強と謳われた大艦隊が瞬く間に壊滅する光景を彼等は目の当たりにしていた。

「こ……これは一体!?」
「分からんのか? 貴殿らは負けたのだ」

狼狽する竜騎士たちに諭すかのようにグリフォン隊副隊長は告げた。
その一言に、まるで小石を投げられた水面のように動揺が広がる。
事実を認めたくない声や自分達の健在を示す声で騒然となる中、副隊長はさらに言葉を重ねる。

「艦隊は全滅、貴殿らの帰る場所はなくなった。
これでは指示を下す司令官とて無事では済むまい。
そして頼みの綱のクロムウェルも行方知れずと来ている。
……これを敗北と言わずに何という?」

感情的になりかけている彼等を理論で問い詰める。
恐らくクロムウェルは彼等を見捨てて逃げ出したのだろうが、それを教える必要はない。
怒りに油を注ぐような真似も絶望の淵に叩き落す真似もしたくはない。
高々と杖を掲げて副長はグリフォン隊に命令を下す。

「鬨の声を上げろ! この戦、我々トリステイン王国の勝利だ!」

それに応じ、次々とグリフォン隊隊員達も杖を掲げて雄叫びを上げる。
割れんばかりに響き渡る彼等の声を竜騎士たちは呆然と聞いていた。
つい、と掲げた杖を竜騎士達に向けて副長は言い放った。

「さあ、選ぶがいいアルビオンの竜騎士達よ!
力の限り戦ったという誇りを胸に杖を収めるか、
それとも残敵として掃討されるのを望むか、返答は如何に?」


高台から老士官は戦場を見渡していた。
彼の見下ろす先には凄惨な光景が続いている。
空を埋め尽くした大艦隊は今や残骸となって大地を覆い尽くす。
時折、貯蔵した火薬に引火して巨大な爆発が巻き起こる。
それを耳にしながら老士官は呟いた。

「ここまでだな。投降しよう」
「そんな! 我が軍は未だ健在!
艦隊の支援がなくともこのまま押し切れます!」

彼の言葉を否定し、年若い少年兵が力強く言い返す。
数でいうのならばアルビオン軍はトリステイン軍を上回っている。
しかし、無敵と自負していた艦隊を目の前で失ったアルビオン軍の戦意は衰える一方。
それに対してトリステイン側の勢いは増していくばかり。
兵の間で“始祖の御加護だ”と口々に叫びが上がる。

残存兵力を掻き集めても勝ち目は薄い。
いや、たとえ勝てたとしても疲弊し切った戦力で何が出来るのか。
戦場を屍の山で埋め尽くし、次に死ぬ権利を勝ち得て何の意味があるのだろう。

「栄光あるアルビオンの貴族ならば最期まで戦うべきです!
敵に投降するなど恥ずべき行い! 命よりも名誉を惜しめと僕は教わりました!」

老士官が少年の目を真っ向から見据える。
彼の視線はただひたすらに真っ直ぐだった。
自分の信じる道を疑うことなく突き進もうとする意思が感じられた。
かつての自分もこうだったのだろうかと過去に思い馳せる。

「では、君に名誉ある任務を与えよう」
「はっ! 伝令でも護衛でも何なりと!」
「私はこれからトリステイン軍に降る。
そこまでの護衛と私が虐待を受けないか監視するのが君の任務だ。
とても重要な役割だ、心して努めるように」

彼の肩を叩きながら最後の命令を伝える、“死ぬな”と。
唖然としていた少年兵だったが、ようやく言葉の意味を理解して反論する。

「ま、待ってください! そんな命令には従えません!」
「とはいえ命令違反をすれば、それこそ恥知らずの反逆者になるのだが?」
「くっ……」

言葉を返す事も出来ずに俯く少年兵から視線を外す。
そして自分の補佐を務めてくれた副官へと目を向けた。
何を言うべきか迷った末に老士官は口を開く
罵倒される事さえ覚悟して彼は謝罪を口にした。

「すまなかったな。無能な上官の負け戦に付き合せてしまった」
「ええ。これだけの戦力差で負けるなんて考えもしませんでしたよ」

しかし返ってきたのは何の悪意も感じられない軽口。
頭が固いと思っていた副官の思わぬ一面に肩を竦める。
その直後、副官は姿勢を正して彼に敬礼を取った。

「ですが、もしこの戦に勝っていたとしても、あの少年や私の命は無かったかもしれない。
短い間でしたが、貴方と共に戦えたのは私の誇りです」

それに老士官は無言で敬礼を返す。
私も同じだよ、などと言う必要はなかった。
交わす言葉がなかろうとも伝わるものもある。

私にも彼にも戦いを継続する意思は残されていない。
無理もない。あれを目にして戦おうという意志は湧き上がらないだろう。
太陽にも似た眩い光は、誰一人傷付けることなく戦艦から戦う力だけを奪った。
それが始祖の御業によるものか、人の手によるものかは分からない。
ただ、それを成した者の意思は明確に理解できた。
“これ以上、誰にも傷付いて欲しくない”
敵も味方もなく、この戦場で戦う者全てにそう伝えてきたのだ。

「さあ、胸を張って降ろうではないか!
我々は全力を尽くして戦い、そして敗れたのだから」


墜落していく艦隊から次々と兵士達が脱出していく。
その中にあってただ一人、甲板の上で避難を拒む者がいた。
何人もの部下が彼を抑えようと熊のような巨体にしがみ付く。
だが、それを意にも介さず引き剥がしながらメンヌヴィルは叫んだ。

「ええい、離せ! 奴が、奴がそこにいるのだ!」
「やめてください隊長! ここは大人しく退きましょうぜ!」
「そうですぜ! 捕まっちまったら復讐も何もあったもんじゃねえ!」

必死に止めようとする部下の声など届きはしない。
足元に広がる広大な森の一点に彼は全てを集中させていた。
赤外線センサーにも似た彼の視界に映る人影。
忘れようとも決して忘れられない宿敵の姿。
戦場を駆け回り、長年追い続けてきた相手が手の届く場所にいる。
あるかどうかも判らない次の機会など待っていられない。
戦の勝敗なぞどうでもいい。アルビオンもトリステインも関係ない。
余人には理解できぬこの感情をどうして止める事が出来るだろうか。

「コルベール! 俺は此処にいるぞ!
俺を見ろ!俺の声を聞け!そして俺と戦え!」

船体の軋む音を掻き消すように獣の咆哮が響く。
両国の戦争が終わろうとメンヌヴィルの戦いは終わらない。
コルベールを殺すか、あるいは彼に殺されるまで。


む、と視界に飛び込んできた陽光を手の平で遮る。
まだ寝ぼけているのか、頭の中がハッキリとしない。
そろそろスイッチを切り替えないといけないだろう。
ロングビルか、フーケか、それともマチルダか、
状況に応じて変えるべき名前と役柄を思い浮かべる。

ゆっくりと目を慣らしながら彼女は周囲を窺う。
だけど、そこは見覚えのない場所だった。
学院でもなく孤児院でも宿屋でもない。
そもそも自分が寝ているのはベッドではなく地面。
辺りには瑞々しい草木がイヤになるほど生い茂っている。
(……野宿するほど生活には困ってなかったはずだけど)
そんな事を考えながら身体を起こす。
直後、寝起きに悪い顔が目前に飛び込んできた。

「目を覚ましたかね」
「うきゃああああーー!」
「しっ! 静かに!」

クロムウェルの手がフーケの口を押さえる。
ふと周囲に意識を配れば、あちこちに人の気配が感じ取れる。
それも穏やかではない空気を纏った者達の。
(ああ、そういえば戦争なんかに首突っ込んだんだっけ)
ようやく脳裏へと戻ってくる様々な記憶。
その最後は火薬を満載した船の自爆で途切れていた。


「……って何で生きてるんだろ、あたし」
「余の虚無の力で治癒したのだ。
かろうじて命は取り留めていたが、あのままでは死んでいただろう」

なるほど、とフーケはクロムウェルの返答に頷く。
爆発の瞬間、ゴーレムを盾にしながら自分の身体を地中に沈めた。
以前、酒場か何処かで爆風は上と横にしか広がらないと聞いていたからだ。
それで即死だけはどうにか免れたのだろう。
ボロボロになった自分のロ-ブを見下ろして、
そこから想像された自分の惨状に思わず身震いする。

「礼を言っておくよ。おかげで丸焼きにならずに済んだからね」
「なに、取るに足りないことだ。
それよりも、ここから脱出するのに君の力を借りたい」
「……そいつはちょっと難しいね」

敗残兵を探しているのか、辺りには物々しい気配で満ちている。
避難する村人に紛れようにも面の割れていないフーケならともかく、
クロムウェルは敵の総大将だ。一目でバレてしまうだろう。
かといってゴーレムを暴れさせるのも得策ではない。
乱戦だったら有効な手だが、戦闘が終わった今では軍隊を相手に出来るとは思えない。
もって数分。その後は駆けつけてきた連中に囲まれて捕縛されるだろう。
しかし、その返答を予期していたかのようにクロムウェルは笑った。

「心配は要らん。あれを見たまえ」

クロムウェルが指し示した方向を見やると一人の少女がいた。
犬の亡骸を前にして、何事か叫びながら泣き続けていた。
桃みがかったブロンドの髪をした、見覚えのある少女だった。
胸が締め付けられた。理由なんてありはしないはずなのに。
しかし悲痛な叫びも届かぬとばかりにクロムウェルは語り続ける。

「今でこそただの犬の姿だが、あれこそトリステインの生物兵器。
余の艦隊をいとも容易く沈めた忌まわしい敵だが、死ねば誰であろうと余の友となる」

手に嵌めた指輪を撫でながらクロムウェルは恍惚とした表情を浮かべた。
恐らくは彼を従えて敵を殲滅する姿を思い描いているのだろう。
嘆く少女と笑う司教。二人を見比べながら彼女は取るべき道を選んだ。
呟いたのは錬金の詠唱、土塊が形ある物として生まれ変わる。

「君がゴーレムで注意を惹きつけ、その隙に余が……」

ざくん、という鈍い音で彼の演説は遮られた。
クロムウェルが視線を落とせば、そこには深々と突き刺さるナイフ。
それを手にしていたのは味方だと信じていたフーケだった。
何かを口にしようとしても言葉にならず、ぱくぱくと口が動くのみ。
やれやれ、といった面持ちでフーケは彼に告げた。
「もう諦めな。アンタは負けたんだよ……いや、見捨てられたって方が正確か。
ともかく、これ以上は無駄な犠牲者を増やすだけさ。潔く舞台から降りな」

クロムウェルは自分が道化であると気付いてさえいない道化だった。
そんな奴の妄言に踊らされて戦争に関わるなんて冗談じゃない。
もう、こいつの側にいても得する事は何一つない。
さっさとこいつの口を封じて本業に戻ってしまおうというのが半分。
もう半分は頭では理解できない感情に突き動かされての行動だった。
クロムウェルが自分の指に手を這わせた瞬間、彼は驚愕に目を見開いた。
彼が心の拠り所とする“力”が指から失われていたのだ。

「探し物はこれかい? これがアンタの“虚無”のタネだろ」

探していた指輪はフーケの手の中にあった。
何故、と擦れた声でクロムウェルは訊ねた。
複数の意味を含ませたそれにフーケは笑みを浮かべて答える。

「人間ってのは一番大切な物ほど自分の目の届く所に置きたがるものさ。
特にアンタは何かとこの指輪を触って確かめていたからね、丸分かりさ」

指先で摘まんだ指輪を目の前に持っていき凝視する。
特に嵌め込まれた石を重点的に観察し、確信と共に彼女は言い放った。

「それに、あたしはこの指輪の事を知ってたからね」
「…………!?」
「もっとも、死人を操るなんて使い方試した事もなかったから知らなかったけどね」

たとえ知っていたとしてもあの子は使わない。
生命の尊さを誰よりも知っているからこそ弄ぶ真似はしない。
彼女は自分のできる限りで助かる命を助けようとするだろう。

「こいつは退職金代わりに貰っていくよ」

弾いた指輪を空中でキャッチして彼女はその場を後にする。
最後の寄る辺を失うまいと必死にクロムウェルは彼女の後を追った。
だが、刺された傷は深く、枝や葉を道連れに彼はその場に無様に倒れ込んだ。
何とか身体を起こそうとする彼の頭上に影が差した。

フーケが戻ってきたのか、それとも部下が迎えに来たのか。
期待と共に見上げた彼の眼に飛び込んできたのは、ただの平民の姿だった。
手には農具を持ち、憎悪に満ちた視線で自分を見ろしている。
それはこの戦争に援軍として参加したアルビオンの民衆だった。
彼等にとってクロムウェルは自分の大事な者たちを奪った憎い仇であった。
クロムウェルを取り囲むようにして民衆達が歩み寄る。

「や……やめてく……」

最後まで言い終える事さえ出来ず、彼の言葉は悲鳴に変わった。
蟻が死んだ虫に群がるように次々と農具をその身体に突き立てる。
愛しい娘の名前、共に笑いあった友人の名前、かけがえのない恋人の名前、
失った者たちの名を口々に叫びながら彼等はクロムウェルを解体した。

それが皇帝を僭称し、生命を弄んだ男の哀れな末路だった。


戻る         目次         進む

タグ:

+ タグ編集
  • タグ:

このサイトはreCAPTCHAによって保護されており、Googleの プライバシーポリシー利用規約 が適用されます。

記事メニュー
目安箱バナー