ゼロの奇妙な使い魔 まとめ

ゼロいぬっ!-93

最終更新:

匿名ユーザー

- view
だれでも歓迎! 編集
焼け落ちていく希望からクロムウェルはそれに視線を移した。
現実感を喪失した虚ろな眼が亡国の竜騎士の姿を映す。
百倍近い戦力を以って蟻のように踏み殺した連中、その生き残り。
それが今、杖を伸ばせば届く距離にいるという事実が彼には許容できなかった。
まるで幽霊でも見上げるかのようにクロムウェルは呆然と立ち尽くす。
風を帯びて振り下ろされる隊長の杖。
その刹那、二人の間に一騎の竜騎士が飛び込む。

「皇帝陛下! 早く船内へ!」

風の刃を受け止めながら神聖アルビオン共和国の竜騎士が叫ぶ。
ようやく正気に立ち返ったクロムウェルが慌てて踵を返す。
その背中に舌打ちしながら竜騎士隊隊長が己が騎竜を突撃させる。
だが、共和国の竜騎士も身体を張り侵攻を阻止する。
ぶつかり合う竜の巨体。互いの息がかかりそうな距離で両者は叫んだ。

「退けえェェェェーー!」
「退かぬ! たとえ主が誰であろうと命を捨てて守るのが騎士の務め!」

杖と杖が火花を散らしながら舞い踊る。
剣戟の間にも共和国の竜騎士たちはクロムウェルの艦に集結していく。
ここまで辿り着いたのも混乱を突く奇襲だからこそだ。
一度竜騎士隊が集えば、その囲いを突破してクロムウェルを討つなど到底叶わなくなる。
時間が惜しい。しかし彼には目の前の竜騎士たちを相手取る事しか出来ない。
目の前で零れ落ちていく砂時計のように失われていく時間。
それは怨敵を討つ最期の機会と同義。彼は歯噛みしながら焦燥に身を焦がす。
その彼を背後から討たんと一騎の竜騎士が迫る。

瞬間、その竜騎士は自分の杖ごと利き腕を失った。
咄嗟に背後へと振り返った彼の眼に飛び込んだのは巨大な猛禽の爪。
兜と共に押し潰された頭蓋から鮮血が飛び散る。
共和国の竜騎士たちが仲間の断末魔に振り返った。

その彼等を鷲の鋭い眼光が捉え、甲高い雄叫びが鼓膜を揺さぶる。
一蹴した相手とはいえ、その幻獣が持つ威容には些かの翳りも感じられない。
グリフォンを駆る彼等の一人が杖を掲げて高らかに声を上げた。

「グリフォン隊、我に続け!」

副長の掛け声に呼応するように、魔法衛士隊が雄叫びを上げながら一斉に突撃する。
数十にも満たない数の声が押し寄せる津波の如く響き渡る。
不意の襲撃に崩れた前線をグリフォン隊の戦列が裂いていく。
彼の横を通り過ぎていく部下達を眺めながら副長は口を開いた。

「これ以上、アルビオンの連中に好きに飛び回られたのでは我々の面目が立たん。
ここは我等が引き受けた。貴殿は船内に逃げ隠れた大ネズミの退治を」

そんな事を真顔で言い放つ副長の顔を見上げる。
竜騎士に手痛い被害を被ったというのに、その眼差しに恐怖はない。
それも当然か。彼等もまた自分達と同じ王直属の部隊なのだ。
ならば倒すべき相手を前にして奮え立たぬ筈がない。

「感謝する。アンリエッタ姫殿下の忠実なる杖よ」
「武運を祈る。ウェールズ陛下の誇り高き杖よ」

互いの拳をぶつけ、二人はそれぞれの敵へと向かった。


捨て身の猛攻に戸惑った竜騎士隊が平静を取り戻して反撃に転じる。
数においては敵を圧倒し、あまつさえ緒戦で容易く打ち破った相手だ。
すぐにでも壊滅させられるだろうと彼等は考えていた。
しかし、それが大きな誤りだと気付いたのは何時だったのだろうか。

竜が得意とするのはグリフォン隊を負かした高速での一撃離脱戦法。
だがクロムウェルの乗る艦を守る為、彼等はその場に留まらざるを得ない。
速度を落とした火竜ではグリフォンの追撃からは逃れられない。
条件が同じであれば勝敗を決するのはメイジの実力。
であればトリステインの精鋭である魔法衛士隊に敵う者などいるはずもない。
グリフォンの小回りを生かし、縦横無尽に艦の周りを飛び回り魔法を放つ。
本来の実力を十全に発揮する魔法衛士隊の前に、次々と火竜が落とされていく。

その光景を前に竜騎士たちは思い知らされた。
これは戦争だ、一方的に自分達が殺すのではなく殺し殺される戦いなのだ、と。


竜騎士隊を支援すべき艦隊も余裕はなかった。
止めを刺す予定のメンヌヴィルはいつまでも手を下そうとはせず、
また丘に陣取ったトリステインの砲台が艦隊に向けて砲撃を繰り返す。
そのような戦況の中、グリフォン隊に向ける砲門などありはしない。

肉は削げ骨は砕け、“バオー”は見るも無残なものに変わり果てていた。
“何故こんな身体で空を飛んでいられるのか”その姿を目にした者なら誰もが口にしただろう。
バオーは気付いていた、自分に脅威が向けられている間は誰も傷付かない事に。
もしここで倒れれば次はグリフォン隊か、それとも地上の砲台か。
どちらか……いや、間違いなく両方とも一人残らず殲滅させられる。
だからこそ耐えた。この鉄の雨が誰にも届かぬように己の身を傘へと変えた。

その時、バオーの触覚が消えようとしている彼の命の臭いを感知した。
一瞬の迷いだった。この場を離れて彼を助けに行こうとする想いと、
彼が大切にしている者たちを守ろうとする想いがバオーの中でせめぎあう。
それが、その迷いが防げるはずだった砲弾を見逃す隙を生み出してしまったのだ。

砲口から爆風と共に押し出された鉄の塊が空気を押し退けながら迫る。
バオーの頭部に命中した巨大な鉄球は頭蓋を撃ち砕き、空に血飛沫を撒き散らす。
不動だった蒼い巨体がぐらりと崩れ落ちる。
空に融けるように沈む怪物の姿に艦隊中から割れんばかりの大歓声が上がる。
それを耳にしながらバオーは穴だらけの翼を広げた。
ぎしりと音を立てて骨が歪むが、それでも落下速度は一向に落ちない。
轟音と凄まじい砂埃を上げてバオーが地面と衝突する。
立ち込める砂煙で艦上からは、その姿を窺う事は出来ない。
だが、この高さから落ちれば竜とて原型を留めないだろう。


「怪物はやったぞ! 砲口を次の敵に向けろ!」

上官の指示を受けて艦の砲撃手たちが各々の標的へと狙いを定める。
しかし、その中の一人は明後日の方角に砲口を向けていた。
よく見れば、向けたその先には少女が一人、杖を掲げて立っている。
桃みがかったブロンドの髪と大きめのシャツを靡かせながら、
艦隊へと杖を向けたまま、目を閉じて一心不乱に詠唱を続ける。
それを目にした上官が呆れるように溜息をつくと若い砲撃手を叱り飛ばす。

「メイジの一人や二人、放っておけ! どうせ何も出来はせん!」

ルイズから離れていく砲口を見てフレイムは彼等の心理を悟った。
当然の判断だ。地上にいるメイジが戦艦を相手に何が出来るものか。
スクエアクラスの魔法を用いたとしても艦を撃沈させるなど至難の業。
ましてや幼い少女が艦隊に傷を付けるなど考えられまい。
―――だが、お前らは唯一の勝機を失った。

もしも勝利を得たいと願いのならば、あらゆる手段を尽くして少女を殺すべきだった。
砲弾を雨霰と降らせ、竜騎士も地上の兵も持てる全て駆り出して止めなければならなかった。
侮るなよ、人間。そこにいるのはただのメイジじゃあない。
数万の軍勢と空を埋め尽くす艦隊を有するお前らが恐れた使い魔、その主だ。
悔しいが、爪も牙も吐き出す炎もお前たちには届かない。
だが、彼女なら。我が主が宿敵と認め、我が友が主と仰いだ彼女なら。

さあ見せてみろ、ルイズ・ド・ラ・ヴァリエール!
その力と決意を! 真に彼の主人であると胸を張って言えるならば!


「姫殿下! お下がりを、ここは危険です!」

砲声に掻き消されながらもマザリーニがアンリエッタに告げる。
至近距離からの艦砲射撃。その脅威は先の砲撃の比ではない。
絶え間なく撃ち込まれた砲弾は防ぐ事さえ許さない。
気休めに拵えた盛り土が一瞬にして弾け飛ぶ。
これでは仮に直撃を避けたとしても死は免れない。
マザリーニの言葉に従い、その場を離れようとした瞬間だった。

彼女の視線の先に一人の少女が立っていた。
背を向けていても分かる。
そこにいるのは自分の無二の親友。
耳を劈く轟音の中、彼女の声が凛と響く。
すぐ傍らに命中した砲弾が地面を吹き飛ばす。
そして飛び散った小石が彼女の頬を掠めた。
なのに何事もないかのように彼女は平然と詠唱を続ける。

「姫様!」

ルイズの背を見つめたまま呆然とするアンリエッタ。
彼女の手をマザリーニが引いて無理にでも連れて行こうとする。
しかしアンリエッタは彼の手を振り払った。
それでもマザリーニは諦めず彼女に食い下がる。
恐らくは親友であるミス・ヴァリエールを置いていけないのだろう。
だが、何よりも優先されるのはその御身。
王の血筋が絶えれば国を纏める者はおらず、
貴族達の手によりトリステイン王国が分断されるかもしれない。
王は決して倒れてはならない、これは責務なのだ。

「……私はここに残ります」
「姫!」

咎めようとしたマザリーニの手が止まった。
アンリエッタの目には不安や同情といったものは感じられない。
ただ真っ直ぐに、ミス・ヴァリエールと同様、前だけを見据えている。

「私には何もありません。ルイズのように強い使い魔も持たず、
貴方のように優れた政治手腕があるわけでもない、
ましてや私より優れたメイジなど掃いて捨てるほどいるでしょう。
皆の言う通り、無力な私はただのお飾りなのかもしれません」

だけどルイズはそれでも立ち向かった。
使い魔を失っても、なお一人で戦おうとしている。
ルイズは私の為に戦うと誓った、その彼女を置いて逃げ去る臆病者に誰が付き従うというのか。

「ですがお飾りであろうと役割は果たさなければなりません。
彼等が命懸けで忠誠を果たすのなら、それを見届ける事こそ我が使命」

下らない主の為に死んだなどという未練は残させない。
己の命を捨ててまで守る価値があったと最期まで信じさせたい。
それが『お飾り』である自分に出来る唯一の役割なのだから。


ふと耳に響くルイズの声で目を覚ました。
言葉ではない、優しくて温かな旋律が風に乗って流れる。
知っている、これは歌だ。どこかでルイズが歌っているのだろうか。
歌声が届く度、そこに込められた彼女の想いが去来する。
一緒に過ごしたかけがえのない時間。
それをどれほど大事に思ってくれているのか、
まるで手に触れているかのように感じ取れる。

気付けば、自分は空を見上げていた。
とっくに光を失ったはずの目が鮮やかな青を捉える。
“ああ、そうか。ルイズの目を通して見ているんだ”
消えかけたルーンが燃え尽きる前の蝋燭のように輝きを放つ。
ルイズと自分を繋ぐ不思議な力、それがこの光景を見せてくれている。
残された時間は思ったよりも少ないのかもしれない。
だけど、もう少しだけ待って欲しいんだ。
彼女が自分の足で歩き始めるのを見守りたいから。


詠唱が終わる。虚無の中にあったルイズの精神が現実へと引き戻される。
完成した魔法は威力は彼女の想像を絶するほど強力なものだった。
一度放てば全てを飲み込み、虚無へと帰すだろう。
殺すのか、殺さぬのか。彼女の前に突き付けられる2つの選択肢。

噛み締めた唇から血が滴り落ちる。
どうして、どうして憎まずにいられるだろうか。
ただ平穏に暮らしたかった彼等を戦争に駆り立て、
彼も、ウェールズも、多くの人たちを傷つけ殺した。
奴等に対する然るべき報いがあるとするなら唯一つだ。

ルイズの杖が明確な意思の下に振り下ろされる。
そして虚無の力、『エクスプロージョン』は発動した。
あたかも太陽が生まれたかのような眩い光が世界を包む。
空を埋め尽くす大艦隊は次々とその光に飲まれて消えた。
突如として出現した光を誰もが仰ぎ、そして言葉を失った。

「……これで良かったんだよね?」

ぺたりと力を失ったルイズがその場に座り込む。
見上げた先にあるのは沈みゆくアルビオンの大艦隊。
そこから次々と乗員達が脱出していくのが見える。
杖を振り下ろす直前、彼の鳴き声が聞こえた気がした。
だからこそルイズは思い止まる事が出来た。
復讐なんて彼は決して望まないし、そして私にもそんな事をさせたくない。
放たれた虚無の力は誰も傷付けることなく戦いだけを終わらせた。


それを彼はルイズの眼で見ていた。
“ありがとう。おかげで最期まで見届けられた”
消えていくルーンに感謝しながら彼は安堵の吐息を洩らした。

彼女は勝った。敵にじゃない、もっと大きな力に。
自分がバオーの力を得た時のように、立ちはだかった試練に。
大丈夫だ。ルイズはもう自分の運命なんかに負けはしない。
だから、もう一人でも歩いていける。

ああ、でもそれは少し寂しいかな。
できれば彼女の傍には誰かがいて欲しい。
もし、彼女が迷ったり、悩んだり、悲しがっている時に、
一緒に彼女と共に答えを探してくれる誰かが。

うん。ルイズならきっと見つけられる。
いつかは分からないけど、自分の代わりじゃない……もっと大切な誰かを。


戻る         目次         進む

タグ:

+ タグ編集
  • タグ:

このサイトはreCAPTCHAによって保護されており、Googleの プライバシーポリシー利用規約 が適用されます。

記事メニュー
目安箱バナー