ゼロの奇妙な使い魔 まとめ

ゼロいぬっ!-87

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匿名ユーザー

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空を切りながらモット伯に迫る不可視の刃。
風の系統の最大の利点は視覚では捉えられない事。
相手が気付かぬ間に首を落とすなど珍しい話ではない。
そしてワルドの放ったエア・カッターも寸分の狂いもなく彼の首を切断するはずだった。
しかしモット伯はまるで見えているかのようにそれを横へと飛んで避ける。
ほんの一瞬だがワルドに動揺が走った。
確かに相手の魔法を感じ取るのは不可能ではない。
だが、それは鍛錬を積んだメイジに限られる。
ただのまぐれだと判断し今度はエア・ハンマーを撃ち放つ。
胴体を貫く一撃、それもモット伯は寸前で躱して見せた。
モット伯は立て続けにワルドの攻撃を凌いでいた。
いくらなんでも偶然で片付けられる事ではない。
隠してある口元を読まれるはずも無い。
ましてや聞き取るなど人間の聴覚では不可能だ。
困惑するワルドの背後で音も立てず細長い水柱が立ち上る。
それは鞭のようにうねりながら彼を背後から急襲する。
だが、それは振り向きもせぬワルドの杖に呆気なく両断された。
魔法の気配を察知できる彼には奇襲など意味を成さない。

「まだだ!」

モット伯の言葉に応じ、飛び散った水飛沫が集い塊となる。
水の球は瞬時にして凍結して氷の刃と化して再度ワルド子爵を襲う。
だが、それも杖の一振りで跡形もなく打ち砕かれた。
両者の一進一退の攻防にキュルケを初めとする兵士達が固唾を呑んだ。
何よりもモット伯があのワルド子爵と対等に渡り合っているという事実が、
彼女等を何も考えられなくするほど驚愕させていた。


“分かってはいたが、ここまで実力差があると逆に笑えてくるな”

結構自信があった魔法が容易く打ち砕かれたショックを自虐の笑みでごまかす。
どうせ通用しないと分かっているが、それでも警戒させるぐらいはできる。
大きな魔法は使わず、小出しに仕掛けて徹底的に邪魔するとしよう。
そう考えながら彼が水面に映るワルド子爵に視線を落とす。

言うまでもなくモット伯に魔法を感知できる能力はない。
それでも彼が風の系統魔法を避けたのは偶然ではない。
彼はちゃんと見ていたのだ、風が生み出す水面を波立たせる波紋を。
これだけの大量の水を張り巡らせたのもその為だ。
そしてワルド子爵の足を奪い、接近戦を避ける為でもある。
先程の奇襲もそれを気付かせない囮。
あくまで武器として用いる振りを見せただけだ。
もしかしたらワルド子爵が有り得ないぐらい油断していて一発で勝負決まらないかなーと、
そんな妄想と願望が入り混じった淡い期待があったのも確かだったが。


再び向かい合う両者。ワルドの眼から僅かだが驕りが薄れていた。
しかし、僅かとはいえモット伯にとっては生死を分けるほど大きな差である。
ワルド子爵が詠唱を始めたその瞬間、モット伯は力強く叫んだ。

「今だ! やれい!」

まるで部下に指示を飛ばすような口調。
咄嗟にモット伯の視線の先をワルドは追った。
そこには銃を持ったトリステイン王国の兵達がいた。
しかし彼等は何を言われたのか判らずに呆然と立ち尽くす。
直後、背後から迫ってくる魔法の気配にワルドは杖を横薙ぎに払った。
パラパラと舞い落ちる氷の結晶。その向こう側でモット伯が嘲笑を浮かべる。

「いかんなワルド子爵。決闘の最中に余所見など、とても褒められた作法ではないぞ」
「貴様ァ!!」

激昂するワルド子爵が杖を振りかざす。
放たれたウインド・ブレイクが流水を弾き飛ばしながら迫る。
それをありったけの水で編み上げた壁で受け止めてモット伯は再び叫んだ。

「光の杖を運び出せ! 森の中に埋めて隠すのだ!」

衝撃と消耗で意識が飛びそうになる中、彼は指示を飛ばした。
最初にかけた言葉はただのフェイントではない。
決闘に意識が集中している部下達に指示がある事を意識させるもの。
そして挑発したワルド子爵の意識を全て自分に向けさせる。

モット伯には元より真面目に決闘する気はない。
“光の杖”さえ隠してしまえば後はこっちのもの。
ここに用がなくなった以上“彼”を倒しに向かうしか手はなくなる。
とはいえ、その際に憂さ晴らしで皆殺しにされる可能性もなくはないが、
そこら辺はワルド子爵の冷静な判断に期待するしかない。

鉄柱じみた“光の杖”がモット伯の指示を受けた兵士達の手で運び出されていく。
それを目にしたワルドが彼等へと杖を向け直した瞬間、彼の周囲を幾つもの水柱が覆う。
襲い来る水の鞭を切り払う彼にモット伯は告げる。

「余所見はいかんと言ったぞワルド子爵!」

遠ざかって居兵士達の背中からワルドはモット伯へと視線を移す。
苛立たしげだった眼は今は憤怒に染まり殺意だけで死に至りそうだ。
息を切らせながらモット伯はそれを弱々しく見返す。
たった一度、ワルドの魔法を防いだだけだというのに、
それだけで彼の精神力は底を見せ始めていた。


侮っていたのはワルド子爵だけではない、モット伯も彼の実力を過小評価していた。
並のメイジでは束になって掛かろうとも倒せない怪物、それが今自分が相手している人物なのだ。
魔法も使えて後2回。それを使い切ればもう何も打つ手はなくなる。
兵士達を嗾けて襲わせようともワルド子爵相手では何の意味も成さない。
精神力の消耗は図れるかもしれないが崩れた戦線では容易くアルビオン軍に蹂躙される。
戦い続けていたミス・ツェルプストーも満足に戦えまい。
まだ森に運ぶまで十分な時間は稼げていない。
ここで倒れては“光の杖”はワルドに奪取される。

息を整えながら杖を力強く握り締める。
逃げの手は全て尽きた。ならば一か八かの賭けに出るしかあるまい。
ワルド子爵の裏をかく奇襲、それを以って彼を撃退する。
自分で思い描いた無謀な策に顔を顰めながら彼は杖を握り直す。

両者が杖を構えて互いに詠唱へと入った。
意識が途切れかけているモット伯と“閃光”の二つ名を持つワルド子爵。
どちらが先に魔法を完成させるかなど火を見るより明らかだった。
自分達の真上に落ちる影にも、その後に続く轟音にも揺らがず、
ワルド子爵はエア・カッターをモット伯へと向けようとした。

刹那。彼の視界は白に染まった。
続いて耳を劈く圧力の塊のような爆発音。
その衝撃に大地は震撼し大気は悲鳴を上げた。
彼等は知り得なかったが、それは『マリー・ガラント』号の断末魔、
ギーシュ達がフーケに勝利した瞬間の出来事だった。
視覚と聴覚から入ってきた情報が激しくワルドの脳を揺さぶる。
崩れ落ちそうになる膝を支えて焼きついた視界で前を見やる。
朦朧とするワルドの視線の先には、未だに詠唱を続けるモット伯の姿があった。

それはモット伯の精神力が尽きかけていたが故の奇跡だった。
ギーシュ達に背を向けていた彼は直に閃光を眼にしていなかった。
そして混濁する意識は感覚を鈍らせ、致命的なダメージを回避していた。
咄嗟に杖を振るい詠唱するワルド子爵の足元でモット伯の魔法は発動した。
足元を流れる水が氷結し、彼のブーツを貫く刃へと変貌する。

「ぐっ……!」

見れば、彼の足は完全に凍り付いていた。
ワルド子爵の口から苦悶が漏れる。
苦痛に歪んだ表情を目にしたモット伯が駆ける。
詠唱を口にしながら再び杖を構えて敵へと向かう。
足を止めた彼と決着をつけるべくモット伯は最後の勝負に打って出た。


ワルドの心臓めがけて突き出される杖。
しかし、それは虚しく空を切るだけで終わった。
彼が杖を向けた瞬間、ワルドの姿はそこにはなかった。
正しく閃光と呼ぶに相応しい動きで彼は杖を避けていた。
逆に深々とモット伯の胴体を貫くワルドの杖。

「貴様程度の魔法が通用すると本気で思っていたのか」

耳元で囁くように杖を押し込みながらワルドは言った。
彼の足を覆っていた氷が剥がれ落ちていく。
そこから現れたブーツには穴一つ付いていない。
モット伯が魔法を完成させる直前、彼も魔法を発動していた。
それは彼の二つ名“閃光”の由縁である高速の詠唱が可能とする業。
生み出した旋風の守りは彼の足を保護し靴だけを凍らせた。
あたかも氷の刃で足をやられたように見せる為に。
そして逃げ回るモット伯を誘い込む為に。

ぱくぱくと苦しげに口を開閉させるモット伯。
そこにワルド子爵は耳を近づけた。
ウェールズの時と同様、彼の悔しがる声を聞く為に。

「まさか。そこまで自分を買いかぶったりはせんよ」

しかし返ってきた答えはワルドの予想を裏切るものだった。
杖を握るワルドの腕をモット伯の両手が押さえ込む。
引き抜こうとした杖は何かに絡め取られるように微動だにしない。

ワルドの脳裏に蘇る一瞬の攻防。
あの時、モット伯の杖には何も帯びていなかった。
ならば彼が詠唱していたのは何の魔法だったのか。
その疑惑が目の前の事態と結びつきワルドは眼前の顔を睨んだ。

「ここまでやるとは思わなかったかワルド子爵。
だが、それをするからこその奇襲だろう」

モット伯が唱えたのは敵を傷つける魔法ではない。
治療に用いる、筋肉を収縮させる水の系統魔法。
それを彼は自分の身体に使い、刺さった杖を締め上げていた。
当然、魔法を唱え始めたのは身体を貫かれるより前。
最初からワルド子爵に斬られるつもりで彼は踏み込んでいたのだ。
挑発に乗ってくる性格と高い自尊心。
そこからモット伯はワルドの器を測っていた。
懐に飛び込めば必ず自分の手で仕留めようとしてくる。
そう確信して彼は杖の前に身体を晒した。

口元を伝って血が一滴流れ落ちる。
杖の刺さった箇所からは赤黒い染みが広がる。
手放したモット伯の杖は水底に沈んでいた。


「杖を落としてしまったか。私も貴族の端くれ、謹んで負けを認めよう」

もはやワルドの耳にモット伯の言葉は届かない。
ただひたすらに腕を引き剥がそうと足掻く。
だが見て取れるほどに衰弱している表情と裏腹に、
モット伯の腕に込められた力は増していく。

「だが私の仇は彼女が取ってくれるそうだ」

モット伯の言葉に初めてワルドは反応を示した。
恐る恐る振り返った先にはタクトのような杖の先端。
それを向ける褐色の肌の少女が冷酷な眼差しで彼を見ていた。
冷たい瞳に宿るのは友の心身を傷つけられた炎の如き怒り。

「あ…」

悲鳴だったのか、怒号だったのか、それとも懇願か。
ワルドの声は言葉となる前に放たれた炎に包まれて消えた。
炎上するワルドの身体を見つめながらモット伯は彼に告げる。

「そういえば王宮の勅使として伝えねばならん事があったな」

抑揚のない声で事務的に彼はただ一言。

「ワルド子爵、貴公はクビだ。二度とその面を見せるな」

そんな言葉を口にした。


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