ゼロの奇妙な使い魔 まとめ

ティータイムは幽霊屋敷で-08

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匿名ユーザー

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「それじゃあ品評会での健闘を期待してるわ」

“平民に出来る芸などない”言葉の裏に嫌みを含めてキュルケは立ち去る。
現にルイズは半ばまで諦めている。
だがキュルケの背中にイザベラは不敵な笑みを浮かべていた。
彼女たちはエンポリオの“スタンド”について何も聞かされていない。
ただの平民と侮る彼女を心中で嘲笑うイザベラにエンポリオが声をかけた。

「やっぱり隠し通すの?」
「当たり前じゃないか。前にも言っただろう」

“スタンド”の存在を決して他人に明かさない。
それは幽霊の部屋を出る前に話し合って決めた事だった。
こんな異質な力を持った使い魔は後にも先にもエンポリオ一人だ。
その能力を解明する為に解剖や実験台にされる恐れがあった。

「……でも」

何の能力もない子供を使い魔としてお披露目に出せば、
召喚に成功したとしてもイザベラの面目は間違いなく潰れる。
それも一国ではなくトリステイン、アルビオン、ガリアの三国でだ。
なのに彼女は自分の名誉よりエンポリオを優先した。
不器用かもしれないけど、彼女はその内に確かな優しさを持っている。

「それに、もったいないじゃないか」
「はい?」
「せっかく誰にも知られていない能力なんだ。
いくらだって悪戯に使えるのに、わざわざ他人に教えてやるものか」
「……………」
「まあ勘付かれたり遊びに飽きてきたら教えてやってもいいかな。
それまでは、たっぷりとこの力で遊ばせてもらうよ」

楽しげな想像をして下品な笑みを浮かべるイザベラから視線を外し、
エンポリオは大きく天を仰いで天井を眺めた。
“神様、僕そんなに悪いコトしましたか?”
人が出会う事が運命なら、よっぽどトラブル好きな引力を持っているに違いない。
真上を向いた瞳の中に溜まった涙が零れ落ちそうになっていた。


落胆するエンポリオを引き摺り、イザベラは部屋の前まで戻るとそこで足を止めた。
彼女の部屋の前に置かれた見慣れぬケース。
形も大きさもヴァイオリンのような楽器を収める物に近い。
小柄であれば人一人ぐらい隠れられるかもしれない。
首を傾げる彼女に、荷物を運んできたらしい黒髪のメイドが手紙を渡した。
宛先と送り主だけが書かれた簡単な書簡に目を通す。
そして、そこに書かれた名前を見てイザベラは溜息をついた。

「今度は何を贈ってきたんだい? うちの父上は」

せめて何を、どんな目的で贈ってきたかぐらい書け。
胸中でそう愚痴りながら彼女はケースに手をかけようとして止めた。
万が一、厄介な代物だった場合を考慮して彼女は最善の策を導き出す。

「そこのメイドと幽霊! こいつを開けて中身を確かめな!」

突然、声をかけられて呆然とするシエスタとエンポリオ。
“さっさとしないか!”というイザベラの激昂にびくびくしながら、
二人は部屋の前に置かれたケースへと近づく。
既に“スキルニル”の話を聞かされたエンポリオはもちろん、
自分たちと距離を取って様子を窺うイザベラの姿に、
シエスタは泣きそうになるぐらい目前の物に脅えていた。
エンポリオはもうさっき泣いたので涙は流さなかった。

意を決して二人はケースの取っ手らしき部分に手をかけた。
ここで逃げれば片方が犠牲になる。
シエスタは自分の弟ぐらいの年頃の子供がひどい目に合うのは耐えられないし、
エンポリオも困っている女の子を放って逃げるなんて出来ない。
それに、ここで逃げても間違いなく彼の主はエンポリオを捕まえ、
もっとひどい目に合わせるだろうと確信していた。

せえの、という小さな掛け声が響き二人は同時に力を込めた。
軽快な音と共に、ケースの開け口が左右両側に広がる。
次の瞬間、二人の口から漏れたのは悲鳴ではなく感嘆の声だった。

「何があったんだ?」

危険はないと判断したイザベラが二人を押しのけてケースの前に出る。
そこにあったのは青を基調としたフリルのついたドレスだった。
ならケースはドレスが型崩れしない為の携帯用のクロ-ゼットか。
シャルロットの持っているドレスに似ているが、その細部は異なっている。
彼女のドレスが透明感を持った空の蒼だとするなら、
イザベラの前に置かれたドレスは海の青を連想させる。
人を惹き寄せる明るさよりも王族の威厳を感じさせる深い色彩。
彼女の左右で息を呑む音が聞こえる。
物の良し悪しが分からない平民たちでも理解できるみたいだ。
これはそこらの貴族が有り金叩いた所で手が届くような代物ではないと。
それこそ王族しか身に纏えない本物のドレスだ。

恐る恐るイザベラはドレスのフリルに手を伸ばした。
壊れ物に触れるかの如く、優しく撫でるように指を伝わせる。
羽のような手触りと滑らかな質感が指先に返ってくる。

不意に、涙が零れ落ちそうになった。
ずっと前から欲しいと思いながらも諦めてきたもの、
それが今、彼女の目の前にあった。

宮殿では目には見えない、明記されないルールが無数にある。
その中でも立場の差は絶対的なものだった。
いくらオルレアン王やシャルロット姫がその温和な人柄で、
立場の違いに拘らないとしても王宮はそうはいかない。
シャルロット姫と同等、あるいはそれ以上のドレスを纏ってはならない。
それがイザベラに課せられた枷だった。
身分が下の者が上の者よりも華やかでは示しがつかない。
そんな馬鹿げた決まりは遥か以前から今日まで守られていた。

一体どれだけ羨望と嫉妬の入り混じった瞳で、
シャルロットのドレス姿を見上げただろう。
互いの服を交換して入れ替わる遊びなんて今は出来ない。
まだ、どちらが姫になるかは分からなかったのは遥かな過去。
父上にねだる事さえ諦め、忘れ去ろうとした想い。

「……そっか。ここはガリアじゃないんだったね」

二人には分からない言葉を呟いてドレスの裾を握った。
多分、その表情は崩れていた。
下僕の前で示しがつかないと思ったけど止まらなかった。
どんな風に笑っているのかは分からないけれど、きっと情けない姿に見えただろう。

目を閉じて彼女は青空の下に思いを馳せる。
そこには空の色よりも深いドレスを纏った自分の姿。
シャルロットや他の王族が集まる中で、わたしは―――。

「ああ!?」

突然、素っ頓狂な声を上げたイザベラに二人がびくりと背筋を震わせる。
見る間に蒼白に変わっていく彼女の顔を前に、エンポリオは話しかけた。

「ど、どうしたの? おねえちゃん」
「……マズイ。それで何も出来ないなんて晒し者じゃないか!」

体裁だけは整えて“わたしの使い魔は平民なので何も出来ません”なんて、
たとえ口が裂けたって言えるはずがない。
かといって“スタンド”を明かしてしまうのは、あまりにも勿体無い。
いっそドレスを諦めるか? ダメだ、それだけは出来ない。
この機会を逃せば、次のチャンスなんてあるのかさえ分からない。
それまでの間に退学にならないとも限らない。

「こうなったら幽霊を扱えるのを隠して、
何でも小さくして持ち運べる能力として……くそ、調べられたら一発でバレるか」

当人を置き去りにして、彼女は苛立たしげに思考を巡らせる。
しばらくブツブツと独り言を呟いていたイザベラがエンポリオに向き直る。
その眼には力が篭り、口元に浮かんだ笑みが自信を覗かせる。
そして彼女はエンポリオに言った。

「今すぐ何か芸を身につけな。火を吐く程度でいいから」
「む……無理だよ」

“何が無理だ! 初めから諦めてちゃ何も上手くいかないだろ!”
“そんなのどう考えたって出来るわけがない!”
“スタンドだって似たようなものだろ! 文句言う口を有効に使え!”
そんな無茶苦茶な要求を突きつけるイザベラと、
困惑するエンポリオを余所にシエスタがドレスに魅入り、
別の部屋ではルイズが投げたボールを、
サイトが口でキャッチする練習をさせられていた頃。

アルビオンから訪れた使節団はトリステイン王立魔法学院の間近まで来ていた。
長い列の中央には意匠が施された馬車、その隣には中年の騎士、彼の背後にはマチルダ。
騎士が馬車の扉を軽く叩いた。それは拍子を変えて数度繰り返される。
事前に取り決めていた合図の音に、車内の人物の長く鋭い耳が微かに震えた。
それは人ではなくエルフという種族が持つ肉体的な特徴。
声の代わりに内側から扉を軽く叩く音が響いた。同様に拍子を変えて数度。
それを確認して騎士は前へと向き直った。
そこには楽しく同僚と談笑する若い兵士の姿があった。
彼は咎めるような事はせず、ポツリと呟いた。

「これでいい。これでいいのだ」

まるで自分に言い聞かせるように彼は繰り返す。
彼の後ろに付いていたマチルダはその言葉を聞きながら顔を曇らせていた。


その長い列を馬上から一組の男女が見ていた。
気取られぬように森の木々に身を隠して遠くから窺う。
列が過ぎ去ったのを見届けて目深くフードを被った女性が
前方で手綱を握る騎士に声をかける。

「追いかけてください。決して見つからないように」
「了解しました。特務士官殿」

それに頷いてアルビオンの竜騎士ヘンリー・スタッフォードは馬を歩ませた。
砂埃を巻き上げず、されど見失わないように細心の注意を払って、
彼等の馬はその場を去っていった。


蹄鉄の跡だけが残された森の中。
過ぎ去っていく行列と馬上の二人を誰かが見ていた。
息を殺し、気配を断ち、薄暗い森の中で白い瞳だけが蠢く。
森の中から覗く目が遠く離れた馬車へと向けられる。

その瞳は悲しげで、虚ろで、しかし確かな殺意に満ちていた。


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