ゼロの奇妙な使い魔 まとめ

ゼロいぬっ!-82

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匿名ユーザー

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「さて、準備はいいな」

風竜に跨りワルドは周囲を見渡した。
彼を取り巻くように集う竜騎士隊。
ワルドの姿を捉える彼等の眼には感情らしき物は感じられない。
内にあるのはワルドへの畏怖のみ。それが彼等を突き動かす。
満足したかのようにワルドは笑みを浮かべて腰に差した杖を抜いた。

「我々の目標はただ一つ。他には目もくれるな、それが何であろうともだ」

杖の先端が地上の一点を指し示す。
ここからでは豆粒のようにしか見えない標的。
それはアンリエッタ姫のいるトリステイン本陣ではなかった。
だが、それに何の反応も見せず彼等は指示された地点へと飛び立った。
遅れるように続くワルドの背を眺めながらフーケは呟いた。

「怪物にならなきゃ倒せない……そうまでして勝つ意味はあるのかい?」


トリステイン本陣より離れた丘の上。
そこに陣取ったバオーは群がる敵兵に苦戦を強いられていた。
敵は命を捨てて彼へと攻撃を仕掛けてきている。
それほどまでの覚悟を持った相手を殺さずに倒す。
到底出来る事ではない。だが、やるのだ。
無数に積み重ねた屍の上で泣く自分の姿をルイズには見せたくない。
壊されぬように“光の杖”を庇いつつ、彼は敵と刃を交える。

振り下ろした剣が蒼い刃に重なる。
倍以上の厚みはあろうかという大剣は、
糸を引くような容易さで薄刃に両断された。
武器を失っても尚、兵士は眼前の怪物に掴みかかる。
その腕を躱しながら懐へとバオーは潜り込んで衝突する。
鈍い音を立てて変形する兵士の鎧。
衝撃が内臓にまで届いたのか、その口元から血が零れ落ちる。
だが、それでも兵士はバオーの身体を掴む。
そして血液を吐き出しながら男は力の限り叫んだ。

「貴様は…生きていてはならんのだ!」

男の瞳にはアルビオンを蹂躙するであろう怪物の姿が映っていた。
祖国、家族、友人、様々な想いを背負った男がバオーの首を締め上げる。
しかし、それも一瞬。バオーは首を男ごと振り回して投げ飛ばす。
力ずくで引き剥がされた男が敵の集団の中を転がり巻き込んでいく。
それでも怯む事なく敵兵は我先にとバオーに押し寄せる。
その後方で足が竦む新兵を老士官が叱咤する。

「退がるな! あれは倒さねばならぬ敵、そして我々は……軍人だ!」

息巻くアルビオン軍とは裏腹にトリステイン軍の足取りは重い。
否。彼等の動きは完全に止まっていた。
……目の前で暴風のように荒れ狂う蒼い獣の姿によって。

牙が鉄柱じみた槍を噛み砕き、前足の一振りで数人の兵士が弾き飛ばされる。
取り囲もうとした鉄砲隊が火矢と化した体毛に蹴散らされる。
檻の如く迫り来る幾多もの剣が横薙ぎに一閃されて断たれる。

トリステイン王国の為に命を惜しむつもりはない。
だが、正体さえ分からない怪物の為に戦う気力は沸きあがらない。
アルビオン兵は敵とはいえ同じ人間なのだ。
それを藁でも払うかのように蹂躙する怪物に彼等は躊躇った。
未だにバオーが誰も死なせていない事実に気付けば変わったかもしれない。
ギーシュやニコラの怒声も彼等を動かすには至らない。

この広い戦場の中、彼が仲間と呼べるのは一握りの人間だけだった。

「どいて! お願い邪魔しないで!」

ルイズが叫び声を上げながら人垣を押し退ける。
立ち止まった兵達の合間を縫うようにルイズは彼の下へと向かっていた。
彼のルーンを伝わって感じる孤独、それが彼女の心を苛む。
今すぐに伝えたい、私はここにいると。
たとえ世界が敵に回ったとしても私達はずっと傍にいる。
だから悲しまなくていい。誰からも理解されずに苦しまなくていい。
一緒にいてあげる。一人では背負い切れない力と責任だって二人なら、きっと。

「嬢ちゃん、上だ!」

デルフの警告がルイズの鼓膜に響く。
声に反応して上を向いた彼女の眼に竜騎士隊の姿が映った。
気付いた周囲の兵達が蜘蛛の子を散らすように逃げ惑う。
それに続くようにルイズも逃げ出そうとした。
だが振り返った先には逃げ場を塞ぐように飛来する火竜。
その瞬間、彼女は気付いた。
この竜騎士達の目的はバオーでも、集結した兵団でもなく―――。

「逃げろ! こいつらの狙いは嬢ちゃんだ!」

デルフの叫びは幾つもに折り重なった羽ばたきに紛れて聞こえなくなった。
竜の翼が生み出す突風に負けじとルイズは足を踏ん張る。
乱れた前髪が視界にかかって邪魔する中で、彼女はハッキリと彼の姿を捉えた。
自身を見つめて歪な笑みを浮かべるワルドの姿を。


近くに駆け寄るルイズと、彼女を包囲する竜騎士達。
その存在を触角とルーンで感じ取ったバオーは即座に行動に移した。
乱戦の中で“光の杖”を上空へと構え直す。
バオーの体を駆け巡る生体電流が咥えたコードから“光の杖”へと伝わる。
その瞬間、“光の杖”は本来の力を取り戻して起動する。
落雷に匹敵する莫大な電気エネルギーは光に変換されて放たれる。
高出力レーザーより放たれた光が火竜の翼だけを切り落とす。
高速で移動する竜が落ちれば無事では済まない。
だが、光が放たれるよりも早く彼等は竜より飛び降りた。
加速がついたまま、それを弱めようともせず地面へと吸い込まれていく。
咄嗟にレーザーで竜騎士達の手足を切り飛ばすも間に合わない。
衝突寸前でレビテーションを唱えた数人の騎士がルイズの近くへと降り立つ。
「ひっ……!」

トリステイン兵が悲鳴を漏らした。
その騎士の一人は完全に腕を失っているにも関わらず、平然とその場に立っていた。
まるで何かに操られる人形のように感情を失った眼がルイズへと向けられる。
直後、赤い血飛沫が周囲に飛び散った。
悲鳴を漏らしたトリステイン兵の喉が二つに裂かれる。
ルイズの傍に残った二名を除き、他の竜騎士達は手当たり次第にトリステイン兵を殺し始めた。
いかに数が多くともメイジを相手に統制も取れぬ状態では抵抗出来るはずもない。
駆けつけようとしたギーシュ達が逃げ惑う兵士達に阻まれる。
恐らくはそれが狙いなのだろう。
ただ足止めをするためだけに人の命を奪い取る。
ルイズが彼等に感じた感情は恐怖ではなく嫌悪だった。

「久しぶりだねルイズ」

あの時をなぞるようにワルドは彼女に言った。
だが、そこにいたのは実家の庭で会った青年でも、
ラ・ロシェールの森で再会した若き衛士でもなかった。
それは彼女が見た事もない、おぞましい存在だった。

自分を蔑むように見つめるルイズの視線。
しかしワルドは、もはや何も感じない。
憐憫を向けられた時に感じた揺らぎはない。
真っ向から自分を見据える少女。
その手には輝く“水のルビー”と“始祖の祈祷書”があった。
ワルドが一歩近寄る度に、ルイズが一歩下がる。
それが彼女が出来る最大限の抵抗かとワルドは笑った。
確かに彼女にはワルドと戦う力がなかった。
だが、それも少し前の話。
今の彼女にはワルドなど歯牙にもかけぬ力、“虚無”がある。

「……ワルド。それが貴方の本性なの?」
「さあな、僕にも分からんよ。そんな些細な事はどうでもいい」

この時、ワルドは気付けなかった。
彼女の問い掛けの意味に気を取られている間に、
ルイズの指先が抱えた祈祷書のページを捲っていた事を。
そのページには虚無の初歩の初歩の初歩、
『エクスプロージョン』の呪文が記されている事を。


彼は咥えた“光の杖”を近くにいたトリステイン兵士へと放った。
突然受け渡されて呆然とする兵士には構う事なく、
彼は続け様に“メルティッディン・パルム”を地面に放った。
溶解液が浸透した足場が瞬時にして泥と化す。
未知の攻撃にアルビオン兵達の間で混乱が生じた。
その機を逃さず、彼は兵士達の上を駆けた。
彼等の背を、頭を蹴り進みながらルイズへと直走る。
その彼の目の前で、ルイズは祈祷書を大きく広げて杖を掲げた。

「エオ―――」
「止めろ嬢ちゃん!」

虚無の詠唱を口にするルイズをデルフが制止する。
だが、どちらも手遅れだった。
彼女の鳩尾に深々と靴の爪先が突き刺さる。
一歩踏み出して放たれたワルドの前蹴りは呆気ないほどに容易く決まった。

「がはっ…」

詠唱の代わりに漏れるのは苦悶と唾液。
足を引き抜かれた瞬間、彼女は立ち上がる事さえ出来ずに膝をついた。
その彼女にワルドは警戒する様子も無く近寄って髪を掴んだ。

「今のは聞いた事もない詠唱だったが……まさか“虚無”か?」
「……………」

髪を掴んで引きずり起こしワルドは訊ねる。
だがルイズは答えようとはしない。
痛みを堪えながらワルドの顔を睨みつけた。
落とした祈祷書に眼を向ければ、ただの白紙。
しかし、ただのハッタリではない。
ほんの一瞬だったがワルドは確かな恐怖を感じたのだ。
彼女の沈黙を了承と受け取り、ワルドは続けた。

「だが迂闊だったな。“虚無”といえども詠唱できねば無意味だ」
「っ……!」

デルフが悔しげにワルドの言葉を聞き続ける。
そうだ。その為の使い魔であり“ガンダールヴ”だ。
だが、嬢ちゃんは相棒を想って引き離してしまった。
その事がここに来て裏目に出るなんて…。
過去を悔いても結果が変わる訳ではない。
それでもデルフは、もし自分が止めていればと思わずにはいられなかった。

直後、デルフリンガーの柄に手が伸びた。
掴んだのは細く白い指先。
痛みに震える手は握力を失い、カタカタと鍔を鳴らすだけ。
しかしルイズの眼は翳りを見せずワルドの姿を射抜く。

彼女の姿を無言でワルドは見つめる。
手足を震わせ、口からは荒い吐息で苦悶。
満足に剣を取る事もできずにふらつく足取り。
そこからは貴族らしい潔さも気品も感じ取れない。
それでも尚、彼女は勝てぬ相手に牙を剥こうとする。
かつての婚約者の醜態に思わず目を覆いたくなる。

拳を握り締め、ワルドは手の甲でルイズの左頬を打ちつけた。
ひどく鈍い音がした。ルイズの体が崩れ落ちる。
だが髪を掴んだ手が倒れる事を許さない
力任せに引き上げて彼女の顔を拝見する。
殴られたルイズの顔は赤く腫れ上がり、
口の中を切ったのか、唇から血が滴り落ちていた。

「……不愉快だ」
「ええ。私もよ」

それでもワルドは溜飲は下がらない。
何故ならルイズは今も恐れる事なくワルドを睨み続けているのだ。
ギチリと先程よりも固くワルドの拳が作られる。
ルイズは目を背けずに真っ向から向かい合う。

その刹那、ワルドは弾けるように背後に振り返った。
そこに立っていた騎士が杖ごと胴体を切断される。
切断面から噴水のように噴き上げる血液。

「ウオォォォームッ!」

蒼い獣が咆哮を上げてワルドへと迫る。
憤怒か憎悪か、激しい感情がその身を包む。
鍛え上げられた竜騎士を一太刀で屠る怪物。
だが、ワルドはその威容に歓喜さえも覚えた。

これだ。これこそが僕が倒すべき敵。
全てを賭けて挑む価値のある存在なのだ。

振り下ろされるセイバー・フェノメノン。
しかし、それはワルドの直前で止まった。
刃の先にあったのは盾にされたルイズの身体。

動きを止めたバオーの前足を風竜の牙が捕らえる。
ミシリという鈍い音と共に刃と装甲に亀裂が走った。
引き裂かれた傷口から溢れ出すバオーの血液。
バオーに喰らいついたまま風竜は宙を舞った。
その背にはワルドと服を掴まれたルイズを乗せて、
瞬く間に地上から遠く離れ去っていく。

片腕を封じられたバオーに容赦なく迫るワルドの杖。
それをもう一方のセイバー・フェノメノンで防ぐ。
だが貫かれた腕からは絶えず出血が続き、
枯れ枝が折れたような、骨が噛み砕かれる音が響いた。

その凄惨な光景を目にしてルイズは覚悟を決めた。

私の所為だ。今、アイツがやられているのは私の所為だ。
アイツ一人ならワルドにだって勝てるのに。
足手まといになんてならない。
―――私だって戦えるんだ。

「ワルド!」

突然、名を呼ばれ振り返らずも視線だけをルイズに向ける。
彼女の眼は真っ直ぐに自分を捉え、その手は彼女の服に掛かっていた。
掴んでいるブラウスのボタンが既に幾つも外されている。
その意図に気付いた瞬間、彼女は止められる前に行動に移した。

「お別れよ」

掴まれたブラウスからルイズが袖を抜く。
直後、彼女の身体は宙へと投げ出された。
ブラウスだけを残して彼女は地上へと吸い込まれていく。
桃みがかった長い髪が風に靡いた。

彼が気付いた時には、主である少女の姿は視界から消えていた……。


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