ゼロの奇妙な使い魔 まとめ

ゼロいぬっ!-81

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匿名ユーザー

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大きな窓から取り込まれた陽光が、端が見えないぐらい長い廊下を照らし出す。
優雅な佇まいと荘厳さを併せ持った空間を一人の女性が闊歩する。
吊り上がった目は常よりも鋭さを増し、響く靴音は召使達を威嚇するようにも聞こえる。
通りがかった使用人達も端に退いて、震え上がりながら恭しく頭を下げるのみ。
この屋敷において実質的に二番目の地位にいる女性、エレオノールを見送りながら係わり合いを避ける。
触らぬ神に祟りなしと彼等は骨身に染みて理解しているのだ。

「どういうつもりよ! あの子にちびルイズの手紙を見せるなんて!」

そして彼女は目的の使用人を見つけると襟首を掴んで壁に叩きつけた。
その使用人は主に彼女の妹カトレアの世話を任されている男だった。
先日、屋敷に届いたルイズの手紙にはこれから戦場に向かうと書かれていたのだ。
アルビオンとトリステインの命運を賭ける一戦に、生きて帰れる保証は何処にも無い。
呼び戻そうとも時既に遅し。戦端は開かれてしまったのだ。
父親であるヴァリエール伯爵はショックで寝込んでしまい、
母カリーヌは『好きにやらせなさい』と彼女の放置を決め込んだ。
溺愛していた妹がそのような状況に置かれていると知れば、
ただでさえ体調の良くないカトレアにどれほど悪影響を与えるだろうか。
妹に知られぬように手紙を処分しようとした時、彼女は手紙が持ち出されていた事を知った。
そして、それを行なったのがカトレア付きの従者だという事も。

「わ、私はカトレア様に頼まれただけで…」
「手紙が届いたなんて口を滑らせなければ済んだ話でしょう!?」
「久方ぶりに届いたルイズ様からのお手紙ならば喜んでいただけると思い…」

彼とて悪意があってした訳ではない。
屋敷から離れる事も出来ず、まるで昔話に出てくる古城に囚われた姫の如く、
退屈な日々を過ごす彼女に、少しでも明るい話題や珍しい話を用意しようとしただけ。
ただ後先の事を考えられずに事態を悪化させてしまったのだ。
歯噛みをしながらエレオノールは彼をキッと睨みつけた。
憎悪さえも感じさせる冷たい視線で彼女は言い放った。

「覚悟しておきなさい。もし、あの子に何かあったら解雇だけじゃ済まされない。
いえ、殺すだけでも飽き足らない。生まれてきた事さえも後悔させるわ」

顔面蒼白となった召使を突き飛ばし、彼女はドアをノックする。
向こう側から聞こえてくるのは「どうぞ」という普段と変わらぬ明るい声。
無理をして取り繕っているのだろうかと思案しながら彼女は扉を開けた。

「いらっしゃい、姉様」

いつもと変わらぬ笑顔でカトレアはベッドの上にいた。
その手元には広げられたルイズの手紙。
彼女の周囲を取り囲むペット達がエレオノールの気配に怯え、
カトレアの背後に隠れるように逃げ込む。

「……………」

何を言うべきか分からずにエレオノールは立ち尽くした。
ベッドに座る妹は普段と同じ……いや、それ以上に明るく見えた。
何故そんなに平然としていられるのか訊ねようとした矢先。

「ルイズに新しい友達が出来たんですって」

その先手を打つようにカトレアは話しかけた。
突然振られた話題に戸惑いながら眉根を顰めるエレオノールに構わず、
カトレアはまるで自分の事のように楽しげに続けた。

「学院でも友達が出来たって書いてあったわ」
「……カトレア」
「あの子なら大丈夫よ姉様。いつまでも子供のままじゃないわ。
きっと友達がルイズを守ってくれる。私はそう信じている」

深刻そうな表情を浮かべるエレオノールを抱き留めながらカトレアは囁いた。
温かな感覚に包まれて安心したのか、堰を切ったようにエレオノールは泣き崩れた。
気丈に振舞っていた彼女だがルイズの事をどれほど心配していたのだろうか。
もしかしたら二度と会えないかもしれないという恐怖に苛まれていた。
そして支えるべき相手である妹に慰められ、彼女はようやく素顔を見せて泣いたのだ。

綺麗なブロンドの髪を撫でながらカトレアは手紙に目を落とす。
学院から手紙が届くのは初めてではない。
だけど、その内容は自分が大丈夫である事を告げるのみ。
学院での生活や交友関係に一行たりとも触れていなかった。
だが、それだけで彼女が孤立している事を証明していた。
魔法も使えずに親元から離れての学院生活。
その彼女の心境を思う度にカトレアの心は締め付けられた。
だけど、この手紙は違う。
そこには楽しい学園での生活や友人の事に冒険譚、
今のルイズの姿が生き生きと書かれていた。
手紙に込められた想いから彼女の成長が手に取るように分かる。
自分が知っているルイズは甘えん坊だった。
だけど照れくさくて恥ずかしくて、それを誤魔化してしまう子。
一人で何でも出来るって無理をして周囲の人を困らせてしまった。
だけど彼女は守られる事を、そして守る事を知った。
それはとても大きな成長。他人に迷惑を掛けないというのは優しさと同義じゃない。
ルイズにとっては自分と他者を隔離する心の壁だった。
その壁を打ち砕いてくれた小さな友達への感謝の想いを胸に彼女は呟く。

「ルイズ。きっと私に紹介してね、貴方の大切なお友達を」

その頃、カトレアの温もりに満ちた胸の中で、
“何故この豊かさの一割でも分け与えられなかったのだろう”と、
ヴァリエール家の屋敷を見上げる平民の大半がそう思うように、
エレオノールは妹の胸を鷲掴みにしながら始祖を呪っていた。


「艦長ッ! 光が! 艦隊を!」
「落ち着け! 何が起きている!?」

慌てて艦橋に飛び込んだ伝令に艦長が冷静に問い質す。
息を切らせながら途切れ途切れとなった言葉を伝令は紡ぐ。
地上より放たれた光が軍艦をまるでケーキのように切断していく、
目にした光景をありのままに伝えられた艦長が顔を顰める。

「そんな馬鹿な事が……」

その次の句は継げなかった。
艦橋に立つ二人の間を光の柱が突き抜ける。
それは徐々に横へと移動し船体に致命的な断裂を生み出す。
目の前で何が起きたのかも理解出来ぬまま艦は二つに裂ける。


「一体どうなっている!?」
「アタシにだって分かるもんか! もう“光の杖”は使えなくなっている筈さ!」
「ならばアレをどう説明するつもりだ!?」

ワルドが指差した先には天地を貫く光の柱。
グリフォン隊にいたワルドは“光の杖”の存在を知っていた。
そしてフーケから“光の杖”が使えなくなった事も聞かされていた。
だが現に“光の杖”はあの夜と変わらぬ輝きを放ち続けている。
その真相を聞きだす為に彼はフーケのいる後方の艦を訪れたのだ。
「確かにあのオンボロが言ってたんだよ。
“あれは風石を失った船と同じで、何の意味もない代物だ”って」

だがフーケにだって分かる訳がない。
あの状況でデルフが嘘をついたと思えない。
困惑するばかりのフーケを余所にワルドは思案に耽っていた。
何気ない彼女の一言がワルドの脳裏に焼きつく。

(いや……あるいは有り得るか)

「本当に大丈夫なのかワルド子爵!」

クロムウェルが狼狽した様子で彼に話し掛ける。
そこには、かつての威厳溢れる態度など残されてはいない。
皇帝の地位とそれを守るアルビオン艦隊が無ければ彼は無力な鼠に等しい。
それを分かっていながらワルドは彼を落ち着かせようと笑みを浮かべる。

「心配要りません。ですが少し彼女の力が必要なようです」

いずれ、その全てを奪う為に。
その時まで、この矮小な男を利用せんが為に。


成す術もなく撃沈されていく艦隊を見据えながらボーウッドは毒づいた。
戦略も戦術もあったものではない。全てが一匹の獣に覆される。
敗北さえも覚悟した身だが、こんな敗北などあってはならない。
もし、あの武器が存在し続ければ戦局を大きく変貌する。
艦隊も城壁も大軍さえも無意味と化すだろう。
そうなれば各国の軍事バランスは崩壊し、
世界を巻き込んだ大戦争へと発展するかもしれない。

だが今の状況では手も足も出せない。
撤退するべきか悩む彼の眼前を光の刃が通り抜ける。
真横に併走していた艦へと向けられた光。
だが、それは船体を貫く事さえ出来ずに止まっていた。
よく見れば、その光は雲を通過して届いていた。

瞬間。ボーウッドに閃きが走った。
如何なる原理かは知らないが、あれは光なのだと。
ならば陽光を遮る雲の中を抜ければ弱まるのも必然。
咄嗟に伝令へと指示を飛ばす。

「全艦に告げる! 直ちに雲の上へと移動せよ!
その間、火系統と水系統のメイジで水蒸気の壁を作れ!」

内容の意図も理解できずに首を傾げる伝令に、
ボーウッドは怒鳴りつけながら連絡を急がせる。
すぐさま彼の命令通りに動いた艦隊の姿が濃厚な霧の中に消える。
そしてボーウッドの思惑通り、地上からの光は船体に届かなくなった。
だが、これは一時的な措置に過ぎない。
いつまでも雲が形を保っていられるとは限らないし、
メイジの作り出した水蒸気も同様だ。
ならば成すべき事は唯一つ。
彼は再び伝令を呼んで地上軍への命令を伝える。


一方的に蹴散らされていくアルビオン艦隊の姿。
歓喜の声を上げる兵達の中にあってマザリーニは重苦しく呟いた。

「……艦が沈まなくなりましたな」
「ええ。ですが向こうも容易には手を出せないでしょう」

彼に同意するようにアンリエッタは答えた。
まさか学院で保管されている筈の“光の杖”。
それがこの戦場で使われるなどと誰が予想できただろう。
しかし、その優位性も今や失われつつある様子。
それでも艦砲射撃が止んだのは僥倖と見るべきか。

「となれば敵の狙いは唯一つ」
「分かっています」

自身の杖を手にアンリエッタは立ち上がった。
周囲の視線が集まるのを感じながら彼女は下知を告げる。


「何としてでもあの怪物を――打ち倒すのだ!」
「何としてでも彼を―――守り抜くのです!」

告げられた命令は同時でありながら対称的に、
両軍の兵士達が“バオー”を中心に動き始めた。


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