ゼロの奇妙な使い魔 まとめ

ゼロの茨 4本目

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匿名ユーザー

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…朝目覚めて最初に目にするもの、それは枕、布団、ベッドの天蓋部屋の壁だったはずだ。
しかし最近はそれに一つ余計なモノが追加された、それは男子生徒が欲して止まないツェルプストーの寝顔だった。

「はあああああ~……」
「朝からため息なんてついてたら、幸せが逃げちゃうわよ」
ベッドから下りて服を着替え始めた私に、ネグリジェ姿のキュルケがしなだれかかる。
私はひょいと横に移動してそれを避けると、ハーミット・パープルでぐるぐる巻きにして廊下に放り出した。
「ああんもう、乱暴なんだから」
と言ってこちらを見るキュルケの瞳はどこか楽しそうに、そして愉しそうに潤んでいる。
私は開いたままの扉に手を伸ばし、はぁ~~~と長い長いため息をつきながら扉を閉じた。

    *

着替えを終えたルイズが寮塔の階段を下りていく、塔の出口に差し掛かったところで、同級生の一人がこちらを見て驚いた顔をしていた。
ルイズの姿を見て、逃げるように本塔へと向かっていく生徒はそれだけではない、同級生の女子生徒のほとんどが、ルイズを見て逃げ出していく。
「まあ、ヴァリエールよ!孕まされるわ!」
誰かのそんな呟きが聞こえてきたので、ルイズはムキになって言い返した。
「誰が孕ますってのよ誰がぁ!」

顔を怒りに赤く染め、肩で息をするルイズの姿は、ある人は怒りに燃えていると判断し、ある者はキュルケに次ぐ獲物を探す獣の目だと評した。
「フーッ、フーッ!もう!なんで私ばっかりこんな目に遭うのよー!」

そんな叫びが朝の魔法学院に轟いた頃、気だるそうに起きてきたキュルケがタバサと挨拶を交わしていた。
「はぁい、タバサ、おはよ」
「……」
タバサと呼ばれた少女は、頷くだけであったが、それで十分な意思疎通が叶っていた。
キュルケはタバサの肩に軽くタッチすると二人並んで本塔の食堂へと向かっていった。

    *

「あらルイズったら今日も特等席じゃない」
「………」

ルイズは不機嫌そうな表情を誤魔化すことなくキュルケを見た。
キュルケはそれに動じず、ルイズの隣の席に座ると、給仕に「料理をここに」と告げた。
朝食時、キュルケに特等席と揶揄されるルイズの席は、特に決まった場所ではない、周囲に誰も座らないから特等席と言われるだけだ。
キュルケにマッサージ(とルイズは言い張っている)をしたあの日から、キュルケはルイズにつきまとい、ついにはボーイフレンドを全員振ってしまった。
そのせいでルイズはキュルケを手籠めにしたとか、お姉様とかヘタレ責めとか言われるようになってしまった。

何度それは誤解だ、事故だと弁解しても、特定の男になびかないキュルケを落としたという事実はことのほか強い印象を植え付けたらしく、最近では放課後に人気のない食堂に呼び出され女子生徒から告白されそうにもなった。

ふとルイズが顔を上げると、向かい側の席に青い髪の少女が座った。
確かキュルケの友達で、名はタバサ。火のトライアングルであるキュルケとは対照的な、水と風のトライアングル、学院生徒の中でもかなり実力がある…らしい。

「…教えて」
「え?」

タバサは普段無口で、本ばかりを読んでいる。
喋る所など見たことのないルイズは、目の前の少女が珍しく口を開いた事実に驚いて、間抜けな声を上げてしまった。
「キュルケに…何をしたの?」
「えーと…」

純粋な疑問だった。ツェルプストー家とヴァリエール家は国境を挟んで隣同士、おかげで戦争が起こると両家はかならず激突している。
何百年にもわたる因縁を持った二家が仲良くなることなど、とても考えられないかったし、問題になりそうなキュルケの男遊びを、どんな形であれ止めてくれたことに感謝していた。

しかしタバサは普段から口数が少なく、口べたである。
彼女の身体に染みついた口調は、事務的な受け答えか、戦いで鍛えられた威圧的なしゃべり方のどちらかに限られていた。
「……何をしたの?」
「あのー、事故というか、その…」

威圧的なタバサの言葉と、困り顔のルイズを見た周囲は
「痴話喧嘩だ」とか「ルイズとタバサが女を取り合ってる」
などとささやき始めた。
キュルケは嬉しそうに、胸の前で腕を交差させて自分の身体を抱きしめ、うふふと笑みを浮かべる。

そろそろ二つ名が『ゼロ』から『工口』に突入しそうな勢いであった。

    *

魔法学院の夜は早い、夜更かしする者はそれなりに周囲に気を配って夜更かしをするので、魔法学院の夜は比較的早く訪れる。
この日は、学院の外に一人の少女が出歩いていた。

「えーい!」
まるで空を飛ぶような跳躍を見せ、魔法学院の外壁を飛び越えたルイズは、ハーミット・パープルを壁面にめり込ませて勢いを殺し、ヴェストリの広場に着地した。
「ふーっ、凄いわ、凄いわ」
ルイズが両拳を握りしめて、自分の身体の変化を喜ぶと、背中に背負われたデルフリンガーから話しかけられた。
『どうだい、それが『使い手』の力よ。でもあんまり使いすぎるなよ、その分早く疲れちまう』
「うん。解ってるわよ」

ルイズは短く答えると、デルフリンガーに伸ばしていたハーミット・パープルを消した。
すると、羽のように軽かったからだが重く感じられ、足にも疲労感が襲いかかってきたが、高揚感がそれを打ち消してくれた。
ルイズは早馬と同じかそれ以上の早さで外周を駆け抜け、外壁を飛び越えたのだ。
ルイズの夢は『自力で空を飛ぶ』ことだった。それはメイジの持つ夢ではなく平民が抱く夢だと言われてきた。
デルフリンガーにハーミット・パープルを巻き付けることで得られる不可思議な力で、塀を跳び越えただけなのだが、形は違えども『自力で空を飛ぶ』メイジに一歩近づけた気がした。
「でも、やっぱり普通の魔法も使いたいな」
『そりゃー贅沢ってもんだぜ、何でもかんでもすぐに使えると思ったら大間違いさ』
「なによ、私だって……私だって頑張ってるんだから」

頬を膨らませてデルフに言い返すと、ルイズは懐から杖を取り出した。
そして左手からハーミット・パープルを出現させてデルフリンガーの柄に巻き付ける。
「もう一回、今日は魔法の練習もするわよ」
『あいよー』
ルイズの左手に浮かんだルーンが輝くと、ルイズは地面を蹴って、塀の上に飛び乗った。
「はあ…」
『どうした?』
「ううん、なんでもない」
塀の上から見る、月明かりの草原は、寮塔の窓から見た景色と違いはない。
マンティコアの背に乗って、もっと高いところから地面を見下ろしたこともある、けれども自分で空を飛び、草原を見下ろすことなど今までに一度も無かった。
満面の笑みを浮かべ、ルイズは右手に持った杖を高く掲げる。
「なんでもないわ!じゃあ行くわよ。”イル・フル・デラ・ソル・ウインデ”!」

高揚感と共にフライの呪文を詠唱し、杖を持つ手に力を込めたルイズの期待は、真後ろからの爆発音で裏切られた。

どぉぉん、という音が鳴り響いたのは魔法学院本塔の中央部分であった、そのあたりには宝物庫があり、特に強固に作られている。
「……やっちゃった」
『……やっちまったな』

外壁の上で呆然としていたルイズは、月明かりに照らされた本塔の壁を見て仰天した、影ができているのだ、本塔の壁に模様などありはしない。
つまりそれは、亀裂のような形をした影ではなく、亀裂そのものであった。

「どっ、どうしよう?」
『どうしようって…言い逃れできねーだろ、こんな派手にやっちゃ』
「でもっ、でも……(……)……え?」
不意に、ルイズの脳裏に言葉が浮かんだ。それは根本的な解決にはならないが、今のルイズに洗濯できる唯一の行動でもあった。
『嬢ちゃん?』
急に黙ったルイズを心配してか、デルフリンガーが声をかける。
「デルフ、いい案があるわ。ヴァリエール家に伝わる伝統的な方法…それは!」
『それは?』
「逃げるのよーーーーーーーーーっ!」

るいずは にげだした! 


    *


「って何であたしが逃げるなんて真似しなきゃいけないのよ!貴族は背中を見せちゃいけないのよ!」
数分前まで、学院から離れようと一目散に草原を駆け抜ていたルイズは、自分の行いに後悔しつつ魔法学院へと戻っていった。
早馬よりも速く逃げたルイズは、これまた早馬よりも速く戻ってきたのだ。
「ああもうどうしよう弁償かなお母様に怒られるかな…」
走りながら、絶望的な未来を想像するという、器用な真似をしているルイズは、魔法学院の壁を乗り越えた巨大なゴーレムの姿に気が付かなかった。
『前!嬢ちゃん!前!前!』
「え? うきゃあああああー!?」

ずしん!という振動が足に伝わる。
ルイズの目前に、高さ30メイルはあろうかという巨大ゴーレムの足が踏み降ろされた。
急には止まれないのか、そのまま足に体当たりしそうなルイズは、あられもない叫び声を上げながら、その場でジャンプした。


「きゃあ!きゃああ!」
『ちゃんと前見ろって!』
ゴーレムの腰あたりに足をつけたルイズは、独りでに動き出したハーミット・パープルによってゴーレムの肩にまで持ち上げられてしった。
ルイズは咄嗟に、この場から距離を取るつもりでゴーレムの肩を蹴り、更に高く跳躍した。
右手から伸びるハーミット・パープルがデルフリンガーを抜き、ゴーレムの肩を豪快に切り裂いた、それによってゴーレムの片腕がズドンと音を立てて地面に落ちる。
「ひゃあああああああああああぁぁぁぁ!!?」

しかし当の本人は何が起こったのか解らない、地面に落ちると思いこんで、叫び声を上げたまま何かにぶら下がっていた。
「きゃあああああ…あぁぁぁ…あれ?」
『嬢ちゃん、上、上』
「上?」

ルイズの身体は宙に浮いていた、もしかして『レビテーション』か『フライ』が咄嗟に発動したのかも!と思ったが、魔法を使った覚えはないのでその可能性は低い。
デルフリンガーの言うとおり上を見ると、そこには風竜に乗ったタバサとキュルケがいた。
「ルイズったらやるじゃない!見てたわよ、今の一撃」
「きゅ、きゅるけ?どうして?」
「ルイズがまた爆発を起こしたと思って外を見たら、ゴーレムが宝物庫を殴りつけてたのが見えたの。驚いて外に出たら、丁度タバサも出てくるところだったから、シルフィードに乗せて貰ったの」
「そうなの…」

ルイズが宙に浮いているのは、キュルケのレビテーションのおかげらしく、ルイズはそのままゆっくりとシルフィードの背に引き上げられていった。

「…土くれのフーケ」
タバサの呟きに、ルイズが驚く。
「あれが?今のが土くれのフーケ?」
「たぶん」
三人が空からゴーレムを見ると、ゴーレムは既に土くれに戻っていた。
宝物庫を見ると、そこにはルイズが開けた穴ではなく、土くれのフーケによって拡張された穴が空いていた。
「魔法学院から堂々と盗むなんて、大胆不敵ね。それともトリステインがだらしないのかしら」
「宝物庫は鋼鉄の壁に、スクウェアの固定化が施されてる。魔法だけで穴を開けたならフーケはスクウェアかもしれない」
「………そ、そうね。フーケはスクウェアかもしれないわね!大胆不敵な希代の大盗賊よ!」
ルイズは穴を開けたのが自分だと気付かれぬためにも、必死でタバサの言葉を肯定した。
しばらくしてから教師陣が様子を見に来ると、ルイズ達は目撃者として事情を聞かれ、翌朝早くオールド・オスマンの元に集められることになった。

     *

昨晩、秘宝の『破壊の杖』が、土くれのフーケによって盗まれた、魔法学院は針の巣を突っついたような大騒ぎになり、事態の把握に努めようとした。
だが大なゴーレムが壁を破壊するという、大胆極まりない犯行のため、皆壁に空いた穴を見てあんぐりと口を開けていた。
宝物庫の壁には『破壊の杖、確かに領収いたしました。土くれのフーケ』と刻まれており、事態の把握はいつの間にか責任のなすりつけあいになっていた。
当直の教師であるミセス・シュヴルーズが門の詰め所におらず、自室で眠っていたせいだと糾弾された。
しかし、オールド・オスマンが『まともに当直をした教師が何人いるか』と問いただしたところ、皆恥ずかしそうに黙ってしまった。
結局の所皆、さぼりに身に覚えがあるらしい。


「それで目撃したというのは誰かね」
「この三名です」
オールド・オスマンが呟くと、コルベールがキュルケ、ルイズ、タバサを指さす。
学院長室の壁際に立たされた三人に視線が集中した。

「ふむ、君たちか。詳しく説明したまえ」
ルイズが進み出て、緊張した面持ちで答える。
「えっと…夜に魔法の練習をしていたんです。疲れたのでそろそろ終わりにしようと思って、学院に戻ろうとしたところで大きなゴーレムを目撃しました。ゴーレムは魔法学院の壁をまたいで出ようとするところで……危うく踏みつぶされるところでした」
「あら、30メイルはありそうなゴーレムの肩を切り裂いてたじゃない」
「ぐ、偶然よ」
キュルケがルイズを褒めようとするが、それは困る、正直なとろ偶然に過ぎないからだ。
「それで、盗み出した瞬間は目撃できなかったんですけど、その時は既に魔法学院の本塔に大きな穴が空いていました。キュルケはゴーレムの肩に、黒いローブを着たメイジを見たそうなんですけど」
そこまで言ってルイズはキュルケを見た、キュルケはウインクをすると一歩前に出て、自分の見たことを話した。
タバサからも、キュルケとほぼ同じ説明がなされると、説明を静かに聞いていた教師達はにわかにざわめきだした。

「ふーむ。後を遣おうにも、手がかりは無しか……ところでコルベールくん、ミス・ロングビルはどうしたのかね」
「それがその……、朝から姿が見えませんで」
「この非常時に、どこに行ったのじゃ」
「どこなんでしょう?」
と、噂をしていると、学院長室の扉がノックされ、ミス・ロングビルが入室した。

「ミス・ロングビル! この大変な時にどこに行っていたのですか!」
多少興奮した調子のコルベールに、申し訳ありませんと呟くと、こほんと咳をしてオスマンに向き直った。
「申し訳ありません。今朝方の騒ぎで土くれのフーケが宝物を盗んだと聞きまして、何か手がかりはないかと探しておりましたの」
「調査か、うむ。仕事が早いのぅ。ミス・ロングビル」
「それで私は、近隣の農民に聞き込んでみたのですが、朝早く、近くの森に黒いローブを着た男が入っていくのを目撃したというのです、おそらくそれがフーケではないかと思いまして…」
「な、なんですと!」
コルベールが驚くと、周囲の教師達も顔を見合わせて驚いたように何かを呟いていた。
キュルケも記憶と照らし合わせたが、なにぶん暗闇なので情報量が少ない。
「黒づくめのローブ…確かに特徴は似てるけど、タバサ、どう思う?」
「ゴーレムの肩に乗っていたのは確かにローブを着ていた。けど…」
まだ何か言いたげなタバサの台詞を遮って、キュルケが拳を握りしめた。
「…ルイズの玉の肌に傷をつけようとした罰よ…焼き尽くしてやるわ」

ギョッとした顔で教師達がルイズを見る、ルイズは恥ずかしさと緊張で萎縮し、肩を縮こまらせた。
まさかこんな所でキュルケを殴り飛ばすわけにもいかないので、無視することにしたが、誤解はますます広がるばかりであった。

だがオスマン氏は一人、目を鋭くしてミス・ロングビルに尋ねた。
「その場所を調査するか。これは魔法学院全体の責任じゃ。我々の手で事件を解決せねばならん。ミス・ロングビル、その森はどこかね?」
「はい。火の塔から西に徒歩で半日。馬で四時間の場所にあるといったところでしょうか。森の奥には使われていない廃屋と、獣道がいくつかあるそうですが…」

「しかし、我々で行くのは危険です。すぐに王室に報告しましょう、王室の衛士隊に頼んで、兵隊を差し向けてもらわなくては!」
「ならん!王室なんぞに知らせている間にフーケは逃げてしまうじゃろう、その上身にかかる火の粉も払えんで何が貴族じゃ、これは魔法学院の問題。我らで解決するのが当然じゃ」
コルベールの言葉を聞いたオスマンが、怒鳴り声でその意見を払いのけると、ミス・ロングビルはその時確かに微笑んだ。
ルイズはその微笑みを見て、何かが変だという気がした、そしてもう一つ…今まで思考の隅に追いやっていた、ある考えが頭に浮かんできた。

オスマンが咳払いをし、有志を募るため皆の顔を見渡す。
「では捜索隊を編成する。我と思う者は、杖を掲げよ」

しかし、誰も杖を掲げないどころか、教師達は困ったように顔を見合わしている。
そしてルイズも違う意味で困っていた。
「フーケを捕まえて、名をあげようと思う貴族はおらんのか!」
オールド・オスマンの声が響く、それまで俯いていたルイズが杖を抜くと、すっと顔の前に掲げた。
「ミス・ヴァリエール!あなたは生徒ではありませんか。ここ教師に任せ…」
シュヴルーズがルイズを見て驚きの声を上げたが、キュルケがそれを制した。

「お言葉ですがミセス・シュヴルーズ。勇敢なる教師の方々は誰も杖を掲げておりませんわ」
そう言って自身も杖を掲げる。
「ルイズが行くなら、私も行くわよ」

そして更にもう一人、タバサ一言呟いて杖を掲げた。
「心配」

三人が杖を掲げたのを見て、コルベールが驚き声を上げる。
「君たちは生徒じゃないか! ……オールド・オスマン、ここは私が…」
「ほっほっほ!そうか、そうか。では三人に頼むとしようか」
生徒だけでは危険だと主張するはずだったコルベールは、オールド・オスマンの発言に心底驚いていた。

「三名ともよく聞いてくれたまえ。魔法学院は、諸君らの努力と貴族の義務に期待する」
三人は、真顔になって姿勢を正し、「杖にかけて!」と唱和した。
キュルケはルイズのために。
タバサはキュルケのために。
そしてルイズは、『フーケに爆発の瞬間を見られているかもしれない』と思い、フーケの口を封じるため杖を掲げた。

   *

さて、三人と、案内役のミス・ロングビルは、準備された馬車に乗って森の中を駆けていた。
馬車は幌の取り払われた、荷車のような馬車で、申し訳程度の座席が設置されている。
襲われた時すぐ飛び出せるようにと、わざわざこの馬車を選んで貰ったのだ。
ルイズは念のためにデルフリンガーを背負ってきている。

案内役のミス・ロングビルが御者を買って出ると、キュルケがそれを不思議に思ったらしく、手綱を引くロングビルに話しかけた。
「ミス・ロングビル。手綱なんて、付き人にやらせればいいじゃないですか」
ロングビルは、にっこりと笑って答える。
「いいのです。わたくしは、貴族の名をなくした者ですから」
その答えに驚いたのか、キュルケは御者席に身を傾け、話を続けた。
「でも、貴女はオールド・オスマンの秘書なのでしょ?」
「オスマン氏は、貴族や平民だということに、あまりこだわらないお方ですから」
更にずい、と身を乗り出し、顔をロングビルに近づけたキュルケは、好奇心を隠さない口調で呟いた。
「差しつかえなかったら、事情をお聞かせ願いたいわ」
ミス・ロングビルは優しい微笑みを浮かべた、遠回しな拒絶の表れであったが、ルイズはその様子に別のものを感じていた。
「キュルケ、やめなさいよ。そんなこと聞くものじゃないわ」
「もう。いいじゃないの。でもルイズに言われたらしょうがないわね」
「ええと…昔のことは根掘り葉掘り聞くものじゃないわ。誰だって言いたくないことぐらい、あるわよ」

ルイズは、以前覗き見したタバサの過去を思い出していた。
それに比べて自分は、宝物庫の壁を破壊したのが自分だとバレたくないがために、フーケの捜索隊に志願している。
自分の矮小さが情けなくなり、ため息をついた。

しかし一つ、気になることがある。
なぜ捜索隊が組まれることになった時、ロングビルが笑ったのか、それがどうしても頭に引っかかる。
ルイズがハーミット・パープルをデルフリンガーに這わすと、デルフリンガーに思考が流れ、デルフリンガーの思考はルイズに流れる、いわゆる『念話』である。

『ねえ…ロングビルって、どう思う?』
『怪しい、怪しいぜ。そもそも朝方偶然フーケを発見したってのが怪しいぜ。あと俺の見立てじゃ、男は女に変身できねえ。女は簡単に男に偽装できる』
『!』

「……まさか」
ルイズは小声で呟くと、頭の中で響いた声に従うように、ハーミット・パープルをロングビルの頭に這わせた。
『まったく土くれのフーケともあろうものが、魔法学院の秘書だなんて、我ながら笑ってしまうねえ』

「おブッ!」
尋常でない咳き込み方をしたルイズ。
それを見て、向かい側に座っていたキュルケが、ルイズの肩を抱きしめた。
「ルイズッ!ちょっと、気持ちが悪くなったの?……まさか、昨日、身体を打ち付けていたんじゃ…だとしたら大変よ!」
「だ、大丈夫、ごほっ、そんなんじゃないから、ちょっと咳き込んだだけ」
「でも…ルイズ、貴方に何かあったら私…私…」

とても以前のキュルケからは考えられない、キュルケはうっすらと目に涙すら浮かべている。
そんなに自分を心配してくれるのかー、あー流されちゃってもいいかなーと考えそうになる頭を振って、キュルケを手を振りほどいた。
「大丈夫よ、大丈夫。緊張してるのよ、わたし」
「本当に?」
「ええ」

ルイズはキュルケを席に着かせると、再度ハーミット・パープルをロングビルの頭に這わせた。
『まったく度胸のない嬢ちゃんだねえ。これじゃ『破壊の杖』の使い方も知らないんじゃ…まあその時は別の生徒を連れ込んで、使い方を聞けばいいさ』
『教師でもいいかねえ、あの頼りなさそうなコルベールとか…でも危険な気もするんだよね。とにかく『破壊の杖』を売る前に使い方ぐらいは知っておかないと……』

ルイズは別の意味で驚いた。
もし、頭に流れ込んでくるロングビルの思考が本物なら、彼女こそが土くれのフーケであり、マジックアイテム『破壊の杖』の使い方を知るためだけに、自分たちを誘い込み、そして殺そうとしているのだ。

『ああ、それにしても……何で壁に穴なんて開いてたんだろうね、私を誘い出す罠?いや、そんなはずは無いさ、魔法学院の教師は無能揃いだし…』

今度は逆に、ほっと胸をなで下ろした。
自分があの穴を開けたのだとバレていない、しかし命の危険が迫っていることに違いはなかった。
ルイズは何とか情報を集めるべく、更にロングビルの思考を読み続けた。

『ティファニア…あんたが私のしていることを知ったら、軽蔑するんだろうね。人間の私が人を殺して金を奪って…ティファニアはハーフエルフなのに誰かが傷つくのを嫌って……』
『孤児院には金が必要なんだ、貴族の粛正で家を失った元貴族や、口減らしで捨てられた子供を育てるには金が必要なんだ』
『だから私は横暴な貴族どもから金を奪ってやるんだ。魔法学院の教師どもはどいつもこいつも屑ばかり、宝物なんて本当に宝の持ち腐れさ!』


「なによ。ルイズ、やっぱり調子悪いんじゃないの」
いつの間にか顔を青くしていたルイズの隣に、キュルケが座る。
「あ…大丈夫。大丈夫よ。平気だから」

かろうじて絞り出した言葉は、いつになく弱々しかった。
ルイズは迷っていた、見たくもない現実を知ってしまった、自分が家族を思うように、タバサが家族を思うように、フーケ…いや、マチルダ・オブ・サウスゴータも家族を思っている。
貴族としてやるべきことは決まっている、フーケを捕らえ、衛兵に引き渡せば良いのだ。
でも、それをしていいのか解らない、なぜ自分が迷っているのかすらわからない。
「どうすればいいの」
ルイズの呟きに、左手の甲に浮かんだルーンが反応した。
『…なるほど、その手があったか』
ルーンが明滅を繰り返した後、唐突にデルフリンガーの思考が流れ込んできた、まるで誰かと会話しているようだった。『デルフ、どうしたの?』
『ああ、ちょっと一芝居思いついたんだ』
『一芝居って、何よ、インテリジェンスソードのくせに』
『まあそう言うなって、嬢ちゃんには悪くない選択肢だぜ。まあ聞いてくれよ。…で嬢ちゃん、悪役になってくれねぇか?』
『は?』


    *


その後、結局の所四人は無事に『破壊の杖』を取り戻し、魔法学院に帰ってくることができた。
その上『破壊の杖』が使い捨てであるという事実をオマケにして戻ってきたが、オールド・オスマンにとって思い出の品であることに違いはないので、オスマンは満足したらしい。
フーケを倒すことはできなかったが、四人はトリステイン国家が認める勲章が授与されるよう、オールド・オスマンの推薦付きで申請が出されることになったが、一同はそれを辞退。
その代わり、報償を貰うことで話が付いた。

四人は英雄のような扱いを受け、今夜開かれるフリッグの舞踏会で主役になるであろうと言われたが、ルイズは披露を理由に出席を辞退。
キュルケもルイズを看病するという名目で、舞踏会を辞退した。

タバサは主役の一人であるが、ハシバミ草と格闘中のためダンスには誘われない。
ロングビルは、舞踏会が始まる前に何処かへ行ってしまった。

結局、主役不在のまま行われた舞踏会であったが、生徒達は思い思いに踊りを楽しみ、一夜の夢を味わったようだ。


   *

「ふぅ」
魔法学院の大浴場で、ため息をついたのはミス・ロングビル。
彼女は昼間の出来事を思い返して、何度目か解らぬため息をついていた。

複数存在する隠れ家のうち、魔法学院に最も近い隠れ家に『破壊の杖』を隠し、生徒達を連れて行くところまで成功した。

しかし、馬車を降り、フーケの隠れ家を遠目で確認した後から記憶がない。
三人の生徒が隠れ家の中を確認している間に、自分は別行動を取り、ゴーレムを作り出して襲うつもりだった。
しかし、突然何者かに首を絞められ、あっけなく気を失ってしまったのだ。
……そして目が覚めた時、ロングビルは馬車に寝かされていた。

傍らには、ガラクタになった『破壊の杖』が置かれていた。


魔法学院に到着するまでの間、自分が気絶している間に何が起こったのかを聞いた。
小屋の中に突入した三人は、あっけなく破壊の杖を発見。
そして小屋の外に出たところで、ローブ姿の男を発見し、ルイズが『破壊の杖』を向けたところ…ぽん!という音と共に何かが飛び出た。
後は大爆発、破壊の杖に相応しい破壊力だったようだが、それ以降ウンともスンとも言わない、よく見ると半分は詰まっていた中身が、綺麗になくなっており、『杖』は『筒』になっていた。

それから数時間フーケを捜索していると、倒れているロングビルを発見、捜索を切り上げて魔法学院に帰った…

ということらしい。


「あー…いまいましいねえ」
報償としてかなりの大金を貰ったが、どこか釈然としない。
また宝物庫を漁る機会ができたと思えば、ラッキーかもしれないが、二度も三度も同じ手が通じるとは思えない。
「頃合いを見計らって、辞めようかねえ…」
魔法学院の本塔を偶然破壊できたことで、セクハラオスマンの鼻をあかせた分、ロングビルの気分は晴れていた。
そして、故郷に残してきた血の繋がらない妹…ティファニアへの仕送りも、恩賞でめどが立った。
「ほんと、忌々しいよ…」
ロングビルの顔は、少しだけ笑っていた。
「ミス・ロングビル?一人ですか?」
浴場の扉が開かれ、中に入ってきたのはルイズだった。
「ミス・ヴァリエール。もうお体の調子はよろしいんですか?」
ロングビルは、先ほどまで殺そうとしていた相手に対し、すぐに猫を被れる自分が恨めしいと思った。
「ええ、もう大丈夫です。それよりもミス・ロングビルに話したいことが…」
「え?」
「その、気絶している間。『ティファニア、ごめんなさい』って…」

「……それは、皆さん、聞いていたんですか」
「いえ、私がミス・ロングビルを見つけた時、そんな寝言を言っていたんです」
「私、他にも何か寝言を言っていませんでしたか?」
そう言いながらロングビルは、浴槽腰掛けたルイズに近寄った、今この浴場は二人きり、他の人は居ない…必要ならこの場でルイズを殺すつもりで近寄った。
「ええと、他には、その……」



昼間、ルイズはデルフリンガーの提示した作戦を実行した。
ロングビルの思考を読んだルイズは、破壊の杖の置き場所から、ロングビルの行動まですべて解っていた。
身を隠そうとしたロングビルを左手のハーミット・パープルで気絶させ、廃屋に侵入し破壊の杖を見つける。
そこにはフーケが使ったローブがあると解っていたので、ハーミット・パープルを使ってさりげなくそれを隠した。
外に出たと同時に、ハーミット・パープルを森の中に這わせて、ローブを揺らす。まるでそこに人がいるかのように…
そこでルイズがいつものように魔法を失敗させ、爆発を起こす手はずだったが、なんとルイズには破壊の杖の使い方が解ってしまった。

デルフリンガーが言うには、それが『使い手』の力らしい、ハーミット・パープルの力なのかルーンの力なのか解らないが、面白そうなので破壊の杖を使ってみることにした。
想像を絶する爆発の後、フーケのローブが落ちてきた。
血はどこにも付着していないので、フーケは咄嗟に逃げたと判断して捜索し、頃合いを見亜計らってロングビルを発見する。

後はロングビルを連れ帰り、ティファニア、孤児院などの情報を元に、脅しをかけるつもりだった。
デルフリンガーの言った『悪役』とはこの事だったのだが……

ルイズは怖がっていた。



「それで。私…何か言ってませんでしたか?」
「そのー、えーと…あうー…」

ルイズに、脅迫などできるはずがなかった。
このままだと怪しまれて、ここで殺されてしまうかも知れない、そんなことを考え不安になっていたルイズの脳裏に、ある言葉が浮かんできた。
(………)
「あ!その、『愛していた、寂しい』…って言ってましたわ」

脳裏に浮かんだ言葉の通りに喋ると、ロングビルの態度は一変した。

「……そうですか、私、そんなことを…」
ロングビルの脳裏に、子供の頃から遊んでいた友達や、初恋の人、そして家族の姿が思い浮かぶ。
『なんてこった、あたしは寂しがってたのかい…ごめんねティファニア。私、ずっとあんたを裏切ってるわ。他人を傷つけちゃいけない、そんなことを言っておきながら、私は、私は…』

「ミス・ロングビル…」
そのばで涙を流し崩れ落ちたロングビルを、ルイズはそっと抱きしめた。

「あの、私にはよく分かりませんけど…あの…」

ルイズはこの後「元気になって下さい」とか「頑張ってください」と言うつもりだったが、ルイズが口を開くよりも早くルーンが輝き、ルイズの思考に何かが混ざった。


「あの… 涙なんて流したら美人が台無しよ」
「へ?」
口調が強くなったルイズを、ロングビルが呆れたような顔で見上げる。
「ロングビル…貴方の太もも!うなじ! もうグンパツじゃない!」
「あの、ミス・ヴァリエール?」
「ねえ、ロングビル。ヴァリエール家は悲しい時、代々伝わる方法で慰めるのが常なの………それは」
「それは?」

呆れていたロングビルの身体に、何かが絡みつく。
「!」
不可視の触手に驚いたロングビルは、そのまま体中をがんじがらめにされて湯船に放り込まれた。

「身体で解らせてあげるわーッ!」
「ちょ、やああああああーッ!?  あっ」


     *



翌日、妙にやつれたルイズが、キュルケを右手に、ロングビルを左手にして食事の席に座っていた。

ルイズの二つ名に『ゼロ』だけでなく『女殺し』が加えられた記念すべき日であった。

「もういやああああああ!」

尚、本人は納得してない。


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