ゼロの奇妙な使い魔 まとめ

『Do or Die ―4R―』

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『Do or Die―4R―』

 部屋の中を緊張が満たしているのがその場の誰にも感じ取れる。
 それほど切迫した事態だと言うことではあるが、少年たちにしてみれば事態がいきなり大きくなりすぎていて未だに現実を受け入れられないものも数名いるようだった。
「外はどうだい?」
「まだ見張りが多いな。あれじゃあすぐ援軍を呼ばれるだろうよ」
 フーケの問いに窓から外を覗くウェザーが答えた。
 アニエスが階下に向かってからまだ時間は経っていないのだから当然とも言えるが、同時に外の敵が中に誘導されると言うことはイコールでアニエスのピンチに繋がると言うことでもある。
 そのジレンマを当然ながら理解している二人は落ち着かないのか先ほどからせわしなく体を揺すっていた。
「……あの、オレ達はどうしたら…」
 そんな緊張に耐えかねたのか、口を開いたのは財布をすろうとした少年だった。
「ああ、外に出たらさっさと帰りな。今日は怖い夜になりそうだからママと一緒に寝るんだね」
「母さんはいないよ」
 自嘲する出もなく責めるでもないその言葉は張りつめた空気によく浸透したかのように、部屋中に響いた。
 バツの悪そうな顔をしかけたフーケもその言葉に顔を正す。
「親父もいないし姉もいない。みんな"あいつら"に奪われた…」
 その言葉に他の子たちも苦い表情を浮かべる。同じような境遇なのだろう。
 何があって何をされて何故そうなったのか――詳しいことは聞くまでもなくわかってしまう。
 と、暗い画が脳内に映し出されるのを見計らったかのように、階下から雄叫びが上がってきた。そして同時に窓から外を窺っていたウェザーが口を開く。
「…おい。外の奴らが表に向かってるぞ。いくなら今だ」
「オーケー、行きましょうか」
 勝手に納得している二人に完全に置いていかれている少年たちは首を傾げるばかりだが、二人も二人でそんな彼らのことなどお構いなしにいきなり窓から飛び降りたのだ。
「ちょっ…とッ!」
 慌てて窓に駆け寄ったときには外に残された数人の見張りは完全に伸びているところだった。
 唖然とする彼らにフーケが声をかける。
「ほら、さっさと降りてきなさいな。軽業は得意だろ?」
 特に脅されたわけでもないが、その言葉にこくこくと頷くしかなく、言われたとおりに軽業は得意だ。普段から盗みをして生活しているのだから逃げる隠れるに必要な足腰は出来上がっている。
 そして最後の一人が地面に足を付けたときには、ウェザーとフーケは踵を返して走り出していた。
「ちょ、お、オレ達はどうすれば……」
「さっきも言ったように帰ればいい。親はいずとも寝床くらいはあるんだろう?飯食って歯磨いてグッスリ寝ればまたいつもみたいに変わらない朝が来るさ。それがどんなに最低な毎日でも、だ。
 お前たちは十分俺たちの力になってくれた。大人が撒いたクソは俺たち大人が片付ける」
 そう言い切って再び走り出す。夏の長い日が沈み作り出す夕闇にその背はすぐに溶けていった。


「けど意外だったね」
 裏通りのチクトンネ街の中でもさらに裏にある道を走りながらフーケがそんなふうに口を開いた。
 大きな通りはもしかしたら敵がいる可能性がある。だから二人は裏を走っているのだ。
 と言ったところで、二人が向かっているところは結局は敵の本陣であり危険に代わりはないのだが、それでも無駄な戦闘は控えるべきであろう。
 それにこの街を破壊するのであればそれなりの人数は必要になってくる。それは裏返せば敵の本陣の手薄さを表しているのだ。
「意外?意外な事なんてお前が寝るときはシャツ一枚で寝るってことぐらいしかないぜ?」
「今さら誰も覚えていないようなワンシーンを切り取ってくるんじゃないよ!」
 走りながら器用に蹴りを放ってきた。
「たく……余裕なんだか頼りないんだか。とにかく、意外だってのはあんたがあの子たちを使わなかったってことさ。……ああ、もちろん戦力として期待はしてないけど、それでも助けを呼んでこいだとかあるじゃない。
 やっぱり貧民街の子じゃ信用されないから?それとも、子供にそんな危険なマネはさせられないからって言うロリコン精神からとか?」
「その問いに関して第一に訂正させてもらえるのであればお前は世のロリコンに対して謝罪するべきなんじゃあないのか?」
「犯罪者に謝る必要があるのかい?」
「お前の偏見に対して謝罪する必要があるんだよ!」
「そうかー……今までゴメンなウェザー」
「今まで俺のことロリコンだと思ってたのかテメーは!」
 火急の事態でとんでもない事実が発覚してしまった。
 フーケは基本的にやられたらやり返すタイプのようだ。
「別に暮らしぶりが悪いだとかガキだからなんて言うつもりはない。ガキでも大人よりよっぽどモノを知っているヤツを俺は知ってるしな。
 それに――」
 最後にそう呟き、ウェザーは少し口を歪めた。それが嬉しそうに見えたのはフーケの錯覚ではないだろう。
「あいつらの目は強かったよ」
 まるでルイズたちを見ているようだ。とは言わなかったのは前述のロリコン談義を鑑みてのウェザーなりの保身だった。
「そっちの心配よりもこっちの心配してる方がまだ建設的ってもんだ。そもそもあそこに上手いこと侵入できる方法でもあるのかよ?」
「まあね。以前から行こうとは思ってた所だからさ。あとは仕掛けをご覧じろ…ってなところだね。それに後顧の憂いは取り払ってある……って言っても、"あいつ"って戦闘能力ないんじゃなかったの?」
「そこは腕の見せ所。それこそとくとご覧じろってやつだ」
「そんなもんかなあ」
 それよりも、と足を止めることなくフーケは続ける。
「随分とあのガキたちに肩入れしたじゃないかい。それはもしかして自分の境遇と重なっちゃったから――とか?」
「過去の事を聞いたところで力にはなれないんじゃなかったのか?」
「でも未来のことなら力になれる――でしょ?」
 してやったりという表情のフーケに、ウェザーはよく覚えていたものだと感心半分呆れ半分で肩をすくめた。
「……別に自分の境遇と重ねてたわけじゃない。…が、暇つぶしにもってこいの話ではあるか。この湿っぽい空気と事件にはピッタリのとっておきだ」
 むかーしむかしあるところに……そんな語り口で、お伽を読むように軽い口調でウェザーは話し始めた。できるだけ感情のこもらない声で、あくまで昔話を聞かせるように。

「――そして、今こうしてカビ臭い路地を走っている。ちゃんちゃん」
 と、おどけて見せて話に幕を下ろした。
 明るく振る舞ってはいても、その内容は笑えるものではなく、またイマイチフーケの理解の範疇を越えてもいた。だがそれをウェザーの戯言だなどとは思わなかった。
「まあ、酒の肴にもならねえような与太話だ。信じなくてもべつにいい」
「信じるよ。今度は…興味本位じゃないから」
 呟くようにそう言ってフーケは話し出した。
「あたしの名前はマチルダって言うんだ」
「あ?」
 ウェザーの返事は待たない。
「あたしはアルビオンのサウスゴータ地方の太守の娘だったのさ。両親がいて友達もいて、妹みたいな子もいたわ。温かかった。母様と父様と一緒に毎日始祖様に祈ったわ。贅沢は言わないから、今の生活を壊さないでください……てね。
 でもブリミルはあたしに愛をくれはしなかった。
 いきなりだったわ。父の上司――大公家の母子が必死の形相で家に連れられてきて、父は苦い表情で城の方をずっと見ていた。あたしは幼くて、でもその状況がどれだけ切羽詰まっていたのかはわかったわ。
 その後はもう訳も分からなかった。まるで鉄砲水に押し流されるように転がり続けて……気づけば何にも残っていないんだもの。王党派に…いえ、テューダー家に壊され奪われてね。
 始祖様、どうしてあたしを救っては下さらないのですか?どうして平穏を奪ったのですか?―――そんなことを真面目に考えられたのも、空腹に負けて盗みをしたときまで。その時初めて杖を人に向けたのよ。
 あの子を守らなきゃって必死だったのもあるけど、なんて事無かったわ。ねえ、親も神もない貧弱なガキは何に頼ればよかったの?
 ………それは杖。そして自分自身」
 自分の懐――恐らくは杖を握りしめてそう言った。
「わたしはね、ウェザー。これでもけっこう腐らずにこれた方だと思ってるの。汚れはしたけどね…。それはわたしにはたまたま魔法という力があったから。
 だから、何も持たない者達が踏みにじられていくのが許せない。だから、わたしは薬をばらまいたクソ野郎共をブッ飛ばす!」
 いつぞやのように目をつり上げ、荒い言葉でそう吐き出した。
 盗賊だ何だと言っていても、どこか馴染みを持てるのはそこに起因しているのだろう。そう思ったウェザーはまだ見ぬフーケの妹分に心中で礼を言った。
 そして勢いよくフーケの背中を叩いた。バシンといい音が響く。
「いッ、ぎ!何すんだい!」
「なーに、湿っぽい話もここまでってこった。明日は快晴だぜ?俺が言うんだ間違いない」
「は、なんだい。やっぱり余裕じゃないかい」
「おうよ。こんな湿っぽく沈んでようとも、身軽になればワケないぜ!それでも不安だっつーんなら、お前の頼れるもののトップにウェザーって書きこんどきな」
 その言葉に面食らったような顔をしていたフーケだが、すぐに顔を逸らして呟く。
「……ばーか、あんたなんざ水に浸した紙よりも頼りないってんだよ」
「言ってくれるぜ。おうそうだ、今度お前の家族とやらを見せてくれよな」
「……あんた死亡フラグって知ってる?」


 鈍器と刃物が波のように押し寄せる。十分な殺意を持ったそれらに触れれば命は紙のように容易く引き裂かれてしまうだろう。触れることが文字通り死を意味する。
 だがアニエスはその波を泳ぎ切っていた。自ら飛び込み斬って離れる。隙間を潜り狂気をかいくぐり敵の戦力を奪う。
「……フッ!」
 指を切り落とされた者がまた脱落する。
 すでに幾度目かもわからない作業の繰り返しではあったが、成果もあった。
 床にはすでに十人近くの男が倒れ伏していた。それは当然ながらアニエスの手柄であり、先ほどの作業の結果でもあった。
 だがそれでも――
「キリがない」
 扉の向こうには黒い山が。アリの巣をつついたのかと思うような人数が控えていることをアニエスに教えていた。同時にそれは裏が手薄になったということでもあったが。
 いかに鍛えられた兵士と言えども人である以上疲弊する。それは歯車がすり減るように、わずかであったとしても確実なことであった。
 そしてこの状況。
 多勢に無勢の見本市のような状況である。
 ただでさえ失敗の許されない状況に、一対多のプレッシャーは疲労に拍車をかける。致命傷こそないものの、店の制服は斬り結ぶほどにその形を失っていく。
 敵もそれを理解しているのか必ず複数でかかってくるのだ。ルカたちとは違う組織された戦い。
「個々の力がそこまででもないのが救いか……いや、この場合は生殺しか?」
 どこか自嘲するような言葉ではあったが、それでもアニエスに"諦め"はなかった。
 繰り返しの中でわかったこと。それはこの敵は群れであると言うことだった。
 猿とボス猿。働き蟻と女王蟻。部下と上司。要するに"頭"がいるということだ。繰り返される攻撃にただ耐えていたわけではない。同じく群の"頭"として指揮を執るアニエスにはすでに見えていたのだ。
 再び殺戮の波が押し寄せる。見計らったように深く――まるで水に潜るかのように深く息を吸い込んで、アニエスは力強く床を蹴った。繰り返される攻めに生まれたわずかな隙間に飛び込むかのように。
 まず斬りかかってきた一人の懐に飛び込み当て身の要領でかち上げ倒す。そのまま勢いを殺すことなく敵陣に切り込んだ。
 密集地帯では強く剣を振るう必要はない。適当に振っただけでも確実に敵を斬れて、そして人間の本能が痛みや回避のために体を避けるからだ。
 重要なのはスピード。完全に囲まれる前に敵の頭を潰し、その勢いで外へ抜ける。あとは逃げながら少数を相手にすればいい。敵の狙いが自分である以上、頭の悪いこいつらは必ず自分を追いかけてくるとアニエスは確信していた。
 アニエスの行動が予想外だったのか敵はキレイに道を譲り、あっという間に敵の頭が見えた。驚きに目を見開いているのがわかる。
「しま…!」
「もらった!ハァッ!」
 気合い一閃。上段に振りかぶっていた剣を振り下ろす。

 が――
「なんてな」
「ッ!」
 アニエスが感じたのは肉を切り裂いた感触ではなく、内臓を抉られるような衝撃だった。
 アニエスは歪な放物線を描いて再び店の中央に吹き飛ばされてしまう。
「あ……ぐぅ、く…」
 立ち上がろうとするが鈍い痛みが腹に居座ってしまいどうにも力が入らない。
 状況だけでも整理しようと顔を上げると、頭の脇にはいったいどこに隠れていたのかと言うような大男が、手に巨大な槌を持って立っていたのだ。
 嵌められた。それを見て理解する。
 予想外だから敵が道を譲ったのではなく、予想していたから道を譲ったのだ。一対多の戦闘における定石『頭狙い』を見越していた。アニエスが飛びかかってくるのを待ち、強力な一撃を加えようという算段だったというわけだ。
 そして見事に決まった。
 反射的に剣で防ごうとしたが、元々携帯性を求めた仕込み杖だ。すでに刃としての機能は持ってはいない。
 ぱちぱちぱち。群の中から拍手が聞こえてきた。
「いやいや。大したもんだアンタ。この作戦は俺の前の上司から教わったものなんだが、この作戦でここまでもったのはアンタが初めてだ」
 コートを着た男はアニエスが頭と見ていた男だった。その手には杖が握られメイジであることを教えている。
「貴族崩れの傭兵か……」
「傭兵が悪いみたいに言うなよ。悲しくなってきちまう」
 そう言うといきなりアニエスの腹部を蹴り上げた。鉄球を体の中に放り込まれたような痛みが走り、アニエスの口から赤い液体が零れた。それを見て男は加虐的な笑みを浮かべる。
「あ…っく」
「あ~らら~。肋折れちゃってたんだ。あれは痛いよなあ……苦しいよなあ……」
 男が指を鳴らすとアニエスの肋を砕いた大男がアニエスを跨ぐ。その時いかにもわざとらしくアニエスの腕を踏み砕いていった。そして呻くカモを羽交い締めにして立たせる。
「オレも以前は貴族だったんだ。だから君にも慈悲を上げたい」
 窮地に立たされながらも目の光を消すことなく睨み続けるアニエスによく見えるように、男は人差し指を立てて見せた。
「一つゲームをしよう。ルールは簡単だ。俺たちざっと二十人が今からお前を殴る。お前は耐えるだけでいい」
 ね、簡単でしょ?と、男は笑った。だがそれにもアニエスは笑って返した。
「心優しいな没落貴族。その優しさをもっと別のことに活かせば落ちぶれることもなかったろうに」
「余裕だな。それじゃあその余裕に免じて一ついいことを教えてやろう」
 そう言ってアニエスの耳元に口を近づける。
「今各アジトから増援が向かってる。この街を真っさらにするための、な。そいつらは合流のためにここにくるんだが……ざっと二百はいるかな?」
 最後の数字にアニエスの体がビクリと反応した。
「青ざめたな?どうやらルールは覚えているらしい……。そして、お前がどんなに足掻こうとも結果はかわらねえ!」
 アニエスの歯軋りをオーケストラか何かのように堪能する男の顔は喜色満面だ。
「あと十分もしないで人数は揃い祭が始まる!やっぱり祭は燃やしてなんぼだろ!」


 大きな川をまたぐ橋の上をごとごとと音を立てて荷車は進む。
 と、豪奢な造りの門前でいきなり槍が交差してその進路を妨げた。
「止まれ。この門がどこへ通じているのかわかっているのか?」
 幾分か横柄な態度の門番である。
「ええ、勿論存じていますわ。トリステインの中心部。王宮とそこへお勤めになられる貴族方のお屋敷ですもの」
 そう言って門番の前に進み出たのは暗いフードを被った人物だった。その恰好に門番たちは当然警戒心を強くしたが、フードを外した瞬間に泡の如く弾けて消えてしまった。
 やりすぎなほどに丈の短いスカートの給仕服に身を包み眼鏡をかけた"緑髪"の美女が現れたのだ。手に持った槍も緩くなろうというものだ。
「今晩こちらで行われるパーティーのお酒をお持ちするよう依頼されていましたので」
 門番が女の後を覗き込むと樽を幾つか乗せた荷車を引く下働きふうな男が一人いた。影になってしまって顔を見ることは出来ない。
 通行許可人が書かれた紙束をめくりながら時間と商品を照らし合わせる。が、
「パーティー用の酒の搬入?聞いてないぞ」
「ええ?ちゃんと連絡が行っているはずですわ。よくお確かめになられて?」
 女は慌てたように門番に駆け寄りその手を掴んで紙を覗き込む。手が触れ合い必要以上に覗き込んでくるために、女と門番は密着する形となっていた。しかももぞもぞと動くために女の胸と太股が門番の切ないところを刺激する。
 柔らかさといい香りにほだされかけた門番だったが、それでも仕事人の意地と隣にいるもう一人の門番の存在がギリギリで理性を踏み止めさせた。取り敢えず女と離れなければとその肩を掴んだとき、"たまたま"目が合ってしまった。
 その後は早かった。視線が電撃のように網膜から体内を突き抜け、門番の理性をいとも容易くショートさせてしまったのだ。
 木偶人形のようになってしまった門番はふにゃけた声で仲間に荷を確認するように伝えると、夢遊病者のように自分もそこへ向かっていった。
「では、中の確認をします」
 そう言って樽の蓋を開けると中から拳が飛び出て門番たちの顔面にめり込んだ。声を上げる暇もなく気絶した門番たちを下働きふうの男が集めて縛り上げ、橋の下に隠してしまった。

「仕掛けと言うには些か単純過ぎやしなかったか?フーケ」
 帽子を被り直した下働きふうの男――ウェザーがそう尋ねると、ローブを脱ぎ捨てた美人が眼鏡を捨てていた。
「男に仕掛けと言えば色仕掛け…って、なんか前にも似たようなこと言った気がするんだけど」
「デジャブだろ」
 正確には脱獄した直後である。
 二人は荷車を引きながら無人となった門をくぐる。陽は沈み暗くなっているというのに、やけに灯りが少ない。
「何だか気味が悪いねえ……貴族の間じゃ早寝が流行ってるのかい?」
「どうだかな――」
 瞬間、二人が背中を合わせて身構える。隙のない目で辺りを見渡せば、かすかに人の気配がする。いや、それは徐々に増えていて、ややもしないうちにかなりの数になっていた。
 とうとう飽和を迎えたのか路地からぞろぞろと武器を持った人影が現れ出す。数人だったのが気づけば数十人にまで増えている。
「おい…手薄なんじゃなかったのか?」
「間違えたっていいじゃない。人間だもの」
「ひっぱたいていいか?」
 軽口を叩いているが冷や汗を流しているのも事実だ。作戦が読まれていたこと。そして何よりこの状況、思った以上に貴族が絡んでいるようだった。
 すでに道を塞ぐほどの人数になった敵は当然ながら二人を囲んでいる。そしてスタートの合図を待つ競馬のように息も荒く、些細なことで引き金に鳴りかねない様子だ。
 そして、どこかで地面を擦る音が聞こえた瞬間に、雄叫びと共に雪崩のように襲いかかってきた。
「ウェザー、保険!」
「わかってる!」
 ウェザーは荷車をひっくり返し樽の中身をぶちまけた。中身は大量の土。そしてフーケの肩を掴むと叫んだ。
「『ウェザー・リポート』!」
 貴族たちの屋敷の間を吹き抜けてきた風がウェザーの周りに集まり、小型の竜巻のようになる。風は土を巻き上げ、それを見計らっていたかのようにフーケが『練金』をかけ土は鉄となり、竜巻は鉄の弾丸を発射する凶器に変わった。
 三百六十度に打ち出された弾丸は敵を打ち据え、次々にリタイアさせていく。完全に出鼻を挫かれ崩れる敵の山を見て取った二人は、弾けるようにして左右に分かれた。
 作戦の段階で決めていたことだ。時間が無いとわかった以上、この広い貴族街を二人で探るのは得策ではない、と。ゆえに二人はこの貴族街を半分に分け、それぞれが区分する場所で敵のボスを探し倒す事にしたのだ。
 戦闘を最小限に抑えて敵の頭だけ妥当する。理想であってもやらねばならない。
 与えられた選択肢はわずかに二つ。

 Do or Die だ。


 水たまりの少し目立つような整理されていない道を男たちが闊歩する。不遜な態度で往来のど真ん中を進んでいくのだが、それを咎める者は誰もいず、むしろ皆その集団から逃げるようにそそくさと逃げ出してしまう。
 それが面白いのか男たちは下品な笑い声を上げた。
 男たちは『組織』の構成員である。今日の"祭"のために集まってきた荒くれ共である。これから起こる惨事に気をはやらせ、軽い興奮状態であった。
 そんな危険物の鼻に薫り高い匂いが漂ってきて、思わず足を止めた。そして全員がきれいに首を匂いの発信源に向けた。
 匂いはとある飲食店から流れてきているようだった。近づいてみれば、所狭しと並べられた料理の山があった。店先にまでテーブルを出すほどである。少女が次々に皿を持って来てあっという間にそのテーブルも料理で埋まってしまった。
 ちょうどそのタイミングで店の中からコック丸出しの青年が現れた。男たちに気づいたのか人のいい笑みを浮かべる。気づけば男たちは店先に立っていたのだ。
「おいおい、こりゃ何のパーティーだ?いい匂いじゃねーか」
 粗野な態度の男にも青年は気を悪くした様子もなく、にこやかに笑いながら手を広げた。
「これはサービスデス。新しい食材が手に入ったので色々と作ってみました。皆さんまだお食事もまだのようですし、是非とも食べていってください」
 本来ならここで疑うべき点が多い。が、男たちはバカだった。バカだからこそこんなチンピラをやっており、こんなバカなことに参加しようとしているのだ。男たちにとって食欲>疑いである。雄叫びを上げて飛びついた。
「うんまぁーい!生ハムとメロンがコーラスしているかのような味だッ!」
「こっちもだぜ!野菜なんて緑のぐろいヤツだと思ってたのによぉ……ん?おい兄ちゃんよ、この白いのはなんだ?食ったことも見たこともないぜ」
 フォークの先で持ち上げて見せた食材はどの食材よりもいい匂いを発していた。トニオはその質問を受けると、やはりにこやかな表情で答えた。
「それは『ドリアン』デス。南国で取れる果物で、『果物の王様』と呼ばれていマス」
「気に入ったあーッ!」
 味を気に入ったのか通称が気に入ったのかはわからないが、男たちはさらに勢いを増して腹を満たしていった。
 と、そこへ今度は酒が出された。綺麗な葡萄色をした液体が何なのかは言うまでもなかった。
「おお、気が利いてるじゃねーか!いいね、気に入ったぜお前!これから俺たちのお抱えのシェフをやれよ!もちろん……この子も一緒にな!」
 そう言って酒を運んできた少女の腕を掴む。早くも酔っているのか定かではないが迷惑には変わりない。
 がしっ、と青年は笑顔を崩すことなく男の手を掴んでいた。予想以上に強い握力に男は思わず少女の腕を放してしまったほどだ。
「な、何しやがるッ!」
「手も洗わずに食事はスル……テーブルマナーは守らナイ……」
「あ?何言ってやがががががが?」
 問いただす前に異変がその男を襲った。だけではない。そこかしこで男たちが苦悶の声を上げている。
「お?オオオオォォォォ?」
 一人、また一人と倒れていく男たち。そしてそんな彼らに青年はこう言った。
「果物の王様ドリアンの食後にお酒を飲むと体内で化学反応を起こし、強烈な吐き気と目眩を覚えマス。ヘタをすると死に至りマスヨ」
 まるで死刑宣告だ。が、青年は依然笑顔のままである。
「て、めぇぇえ……」
「王が酒を飲むと暴君となるなんて、有名な話でショウ?」
 最後にそう言って青年は踵を返した。そして同時に男も気を失う。
 そこへおずおずと言った様子で少女が青年を呼び止めた。
「あ、あのトニオさん。ありがとうございました」
「イエイエ、気にする必要はありませんよリュリュさん。まあ、ウェザーさんに頼まれた程度の働きにはなるでショウ」
 トニオと呼ばれた青年はそんな少女に優しく答えた。
「そもそも食事とは人間全員に与えられた共通の娯楽であり、生きる上で書かせない神聖な行為デス。彼らはそれさえも多くの人から奪っていたのですから、これくらいは当然でショウ」
 そして笑った瞬間、リュリュはトニオの背後に黒いオーラを見たという。それを一瞬で引っ込めたトニオはリュリュに医者を呼ぶように手配する。
 そして貴族街の方を見て、真剣な表情を見せた。
「……負けないでクダサイ」


「やっぱり止めようよ!無理だって!」
 スラム街の少年たちに腕を掴まれる形で足止めを食っているのはウェザーからスろうとした少年だった。
 少年たちはウェザーとフーケと別れた後どうしようかと途方に暮れていたのだが、不意にその少年が足を動かし始めたのだ。初めこそ黙って付いていた他の面々だったが、何気なく聞き、帰ってきた言葉に驚きを隠せないでいた。
「貴族に助けてもらうなんて無理だって!」
「無理じゃねーよ!ブルドンネ街には治安維持の駐屯所があるだろ。そこで事情を説明すれば……」
「それが無理だって!オレ達みたいなスラムのガキが何言ったって……。それに、オレ達だって何されるかわかったもんじゃないだろ!」
 これまでしてきた悪行は、生きるためとは言え許されるものではないのは重々承知している。
 だが、
「あの人だって言ってたじゃないか。"変わらない朝が来る"ってさ。だからもうオレ達は帰ろう?」
 だが!
「じゅあお前は一生こんな人生でいいのかよッ!」
 少年の叫びに仲間たちがハッとしたような顔になる。少年はまるで胸のつっかえ棒が取れたかのように言葉を捲し立てた。
「日陰で怯えて、やることといやあ残飯漁りとせこい盗人家業!その日生きるのに必死で明日が来たって何も変わらねえ!そんな朝が来てもお前ら満足かよ!
 大人が撒いたクソは大人が片付ける?っざけんな!こっちはとっくにそのクソひっかぶっちまってんだぞ!そのクソをばら撒いた奴らにビクビクオドオドしてていいのかよ!
 今やらなきゃあホントの明日なんて来ない!」
 そして最後に息を大きく吸い込み吐き出した。
「明日って今だ!」
「ほー…いいこと言うじゃねーの」
 背後から降ってきた言葉に少年が振り返ると――蹴り飛ばされた。仲間たちに支えられて立ってはいるが、鼻血で顔の下半分が真っ赤である。
 現れたのは『組織』の奴らであった。二十人は超えようかという数である。
「おい、どうしたんだよ?」
「あー?いやさー、何かこいつらオレ達の作戦知ってるらしくてさー、しかも何かチクろうとしてんのね。だからお仕置き」
 今度は仲間ごと少年を蹴り飛ばす。壁に叩き付けられて鈍い痛みが走った。
 ほどほどにしとけよー、などと後で言っている奴らも、この嬲りショーを楽しんでいるふうである。
「おーい、その辺にしとけよ。マジ集合時間過ぎるってー」
 そんな声がかかったのは男が少年たちを蹴り続けて何分経ってからだろうか。か細い呼吸音しか上げない子供たちを見下ろしていた男は少年を乱暴に引き起こすと壁に叩き付けて凄んだ。
「お前らマジこのことチクって見ろや。今度はこんなもんじゃすまねーかんな。お?」
 少年がパクパクと口を動かしているのに気づいた。命乞いでもするのかと期待していた男だったが、
「……っせーよ……煮えた鉛を飲ませるくらい言ってみろっつーの……このチキン野郎」
 その言葉に顔を歪ませた。
「そーかよ!そんなに死にたきゃ殺してやらぁッ!」
 思いっ切り握った拳を振りかぶり叩き下ろそうとした瞬間、不意に力が掛かり後方に吹き飛んでいった。そして今度は自分が壁にぶつかり気を失ってしまう番となった。
「その体で大した口上を吐く。その意気やよし」
 霞む視界に映ったのは、逞しい体に翻るマント。そしてそこに刻まれていた模様は――


 店の中に砂を叩くような鈍い音が響く。
「オラッ!」
「ふぅっあッ!」
 十人目の男の拳がアニエスの腹部を捉える。衝撃は折れた肋骨で倍増され内臓をかき回し、口から血となって吐き出されていく。すでに給仕服にあの可愛らしかった面影はない。だが、今のアニエスはほとんど痛みを感じてはいなかった。
「しぶといな……早く楽になっちゃえよ」
「この程度では……ゲホッ、皿洗いの方が過酷と言うものだ…」
「強がるね」
「強がりじゃないさ…。むしろ強がっているのはお前だろう?すでに十分はとうに過ぎているんだ……なのにお前の仲間は一人も来ない。……フフフ、いったいどこで油を売っているんだろうなあ…?」
 力無く笑いながらも、アニエスの言葉には勝ち誇っている節さえある。その言葉にメイジ崩れの男はこめかみをひくつかせた。
 そうやって余裕ぶっているがいい。お前らの企みはウェザーたちが防いでくれる。お前らを個々に釘付けにしておけば我々の勝ちだ。
 と、不意に男が立ち上がった。そして杖をアニエスの鼻先に突きつける。
「もういいわ。元々お前にこだわる必要はねーんだし、先の方から焦げて死ねよ」
 死ぬ?私は死ぬのか?じゃあ私の復讐は誰が遂げる!こんな所で死ねるか!
「お、いいねえ。その生きたいっていう目。強がっててもやっぱり死ぬのは怖いよなあ?未練たらたらって感じの目がたまらねえ……。
 ああ、今ならあの人の丸焼き趣味が解るわ。生きながら焼かれるのは未練が強そうだからなあ……。じゃあ、逝ってらっしゃい」
 目の前で杖に火が着く。
 よりも早くアニエスは床に落ちた。
「…え?」
「…あ?」
 アニエスと男の疑問の声が重なる。どうやらお互いに予想外のことが起きたようだった。
 アニエスが背後に首を回せば、そこで自分を羽交い締めにしていたはずの大男は床に寝ており、代わりに無精ひげの伸びた中年男性が剣を担いで立っていた。
「お、お前は……武器屋の!」
「YES I AM!」
 格好つけてはいるがその顔は赤い。どうやら酔っているらしかった。
 そしてさらにその影から人影が現れた。
「あーあー…店がグチャグチャじゃねえか。グラス割れてねーだろーなあ」
「マスター!」
 いつの間にか消えていたはずのマスターがそこにはいたのだ。
「おうアニエス、生きてるって事は無事みたいだな。さて、お前ら」
 そう言ってマスターは男たちの方を見る。その目に思わず何人かが退いた。
「ウチの従業員に随分とまあ教育してくれたみてえだなあ……この授業料はキッチリ払ってやる」

「…ハッ!援軍が二人来た程度で……」
 その言葉を掻き消すように表が騒がしくなった。何人かが吹き飛んできて店の中に転がる。
「誰が二人っていった?ブルドンネ街とチクトンネ街の腕利きの店長たちを集めてきてやったぜ」
「く……」
 外では再び怒号があがり、時折それに紛れて「トレビア~~~~ン」と言う声が混じって聞こえた。
「テメーらよくもいたいけなオレをイジメやがったなッ!許さんぞッ!この剣に誓ってお前を倒す!」
 しゃっくり上げながらイマイチろれつの回らない舌で武器屋の親父がそう叫ぶ。その間にマスターがアニエスを助け起こした。そして袋を渡してやる。
「これは……武器?」
「この酔っぱらいを酔わせて持ってこさせた奴だ。好きなのを使え。なーに、道具は使われてなんぼだ。酒臭い親父の下で埃被ってるよりかはいいだろう」
 言われるまでもなくアニエスはすでに袋の中を物色していた。そして一本の剣を取り出す。
 装飾は地味だが、鞘から解き放たれた瞬間に刃が空気を吸い込むかのように震えた。
「なるほど。腐っても武器商人と言うワケか。いい仕事をする」
 形勢すでに覆りつつある。内と外からの挟み撃ちは狭い室内も相まって効果が高かった。
 恋しがるように息を深く吸い込み、アニエスは体中に力を戻す。
 自分は生きている。まだ生きている。まだ、戦える。まだやらなければならないことがある。だから――
 "それ"はまるで麻薬のようにアニエスの体から痛みを消し去っていく。
 刃に映る自分の顔はどうなっているだろうか。きっと狂おしいほどに憎悪に燃えているだろう。
 それでいいというようにアニエスは駆け出した。



     To Be Continued…

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