ゼロの奇妙な使い魔 まとめ

『Do or Die ―2R―』前編

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「本当にそこか?」
「へい。確かに金髪の見慣れない女が入っていきましたよ。ここじゃ余所者は浮きますからね、アニキ」
 話す二人を先頭に、数人の男たちがその後に続く。我が物顔で通りを歩き、周りに睨みを利かせている。
「ああ、お前は『うそをつかない』いい奴だよ。信頼してる。だがなあ、最近の奴らは友情に必要なものがなんなのかわかってねえ・・・・・・そこんとこ、俺が教育してやらなきゃあなぁ。グスッ」
 ズズズ、と何かを引きずるような音とともに、男たちはそこへ向かって足を進める・・・。

『Do or Die ―2R―』

「こいつは・・・・・・なんとも奇遇な・・・」
 客はアニエスだった。ズボンに男物のシャツを着ているために遠目からでは女性に見えなず、胸もサラシでも巻いているのか目立たないし武器も見あたらない。非番なのだろうか平民然とした恰好だった。
 意外な出会いに目を白黒させているウェザーにアニエスが尋ねる。
「何をしているんだこんな所で」
「あー・・・いや、夏休みだからバイトをな。お前は?」
「似たようなものだ」
 その時フーケがウェザーの裾を引き、小声で「誰?」と尋ねてくるので、「お前の天敵」と端折って答えてやった。
「ふうん・・・ご主人様の姿が見あたらないが、やはり貴族はこんなところにはこないか。と、そちらの方には挨拶がまだだったな。アニエス。私のことはそう呼んでくれて構わない」
「ロングビルです。ウェザーさんのお知り合いなんですね」
 見事な猫の被りっぷりであった。ウェザーは吹き出すのを堪えるのに必死で、フーケに足を踏まれてしまった。
 フーケは捕まったとは言え牢に入れられる前に脱走しているために、顔は割れていないのだ。学院側もあまりあの事件に関してぶり返すつもりはないらしい。
 何にせよ穏便に済んでよかった。よかったはずである。なのに何だか嫌な予感がウェザーの背筋を這うように上ってきていた。色々と厄介そうな事が起きそうだ。
 そして、嫌な予感というのは往々にしてよく当たるものなのであった。
 バンッ、と必要以上に勢いよく扉を開いて三度の招かれざる客が現れた。
「ようマスター!景気はどうだい」
 男たちがぞろぞろと店内に入るので、入り口の方は酷く混雑しているように見える。
「クソッタレめ。どいつもこいつも表の看板の営業時間を読んでから来いってんだ」
「つれねえこと言うなよマスター。俺だってこんな朝っぱらから働きたかねーんだ」
「ルカかい・・・・・・これまた大所帯だね」
「よおロングビル、今日も美人だな。それと・・・・・・見ねえ顔だな。まあいい・・・迷惑はかけねえよ。用があるのはそこの金髪だからな」
 いきなりの闖入者に、今度はウェザーは小声でフーケに訪ねた。
「誰だ?」
「『涙目のルカ』だよ。この辺りのチンピラを仕切ってる奴だ。右目の下に傷があるだろう?喧嘩の時にナイフを刺されても闘い続けたってえキレた野郎だよ。その後遺症で常に涙目。
 あのスコップとチューリップ柄の上着は――まあ、少ない個性を精一杯目立たせようと・・・・・・」
「聞こえてるぜ、フーケ」
 ルカが涙を拭いながらフーケに視線を移した。アニエスはその名前に眉を動かし、フーケも素の状態で咎める。
「おい『涙目』。その名前を表で出すなと言ったはずだろう?アンタ御得意の三つの『U』はどうしたんだい」
「友情を続ける三つの『U』のうち、オメーは『嘘をつかない』、『うらまない』は守ってるが三つ目の『敬う』がねえんだよ。ブチ殺されねえだけありがたく思いな」
 吐き捨てるように言って、ルカは再び視線をアニエスに戻す。
「さて、さっきも言ったとおりオレはさっさと仕事をすませてえんだ。簡潔に訊くぜ?
 お前は『組織』の周辺を嗅ぎ回っていた。すでに何人もの人間がお前の姿を見ているんだぜ・・・・・・『組織』がわざわざオレの所にまで聞きに来たくらいだからな。
 『組織』のことを犬に嗅ぎ回られるのをボスは嫌っている。お前がただの野良犬なのか、誰かの飼い犬なのかを調べてくれとオレに言ってきたのさ・・・・・・」
 面倒だと言いながらも説明に熱が入っているようにも聞こえる。だが、その流れをブッた切るようにアニエスが口を挟んだ。
「貴様は『組織』の者か?」
「話を今してんのはこのオレだッ!誰が質問していいと言ったッ!このボゲがッ!」
 雰囲気をガラリと変えたルカがシャベルの柄をアニエスの頬に押し付けた。それをアニエスは冷めた視線で見つめている。その視線に気づいたのかどうか、ルカは急に態度を柔らかいものにして離れた。
「ああ~、すまない。オレって奴は頭に血が昇りやすくっていけねえ・・・・・・なに、オレたちゃアンタとただお友達になりたいだけなんだ。なあ、お前ら?」
 おう、とチンピラ共が笑いながら答えた。
「さっきも言ったが三つの『U』、それさえ守ってもらえればオレたちとアンタは友達だ。ちょうどいい、新たな友達のためにこれからここで飲むってのはどうだ!」
 再びチンピラ共が騒ぎ立てる。だがアニエスはルカを見たまま動かない。それどころか、再び尋ねた。
「三度は言わせるなよ。貴様は『組織』の者か?」
「テメーこのアマッ!アニキが質問してるってのにその態度――――」
 後からアニエスの肩を掴んだチンピラは、その数少ないセリフを言い切る間もなく床に投げ飛ばされた。受身を取る暇もなかったのだろう、白目をむいて伸びている。
 だがそこは荒事に慣れた悪たれ共。仲間の醜態にも動じることなく一斉に獲物を抜いた。
 磨いたグラスを静かに置きながらマスターがルカに言う。
「おい、『涙目』。この店のルールを言ってみろ」
「『店内での揉め事はお断り。喧嘩・刃傷沙汰は裏でやってろクズ共』だろ。だが、先に仕掛けてきたのはそこの余所者だぜ?正当防衛くらい認めろよ」
 グスッと鼻を啜り、スコップで肩を叩きながらルカが迫る。
「女だからと下手に出てりゃあつけ上がりやがってッ!テメーが大人しく従ってりゃあこの店の床を赤く汚すこともなかった・・・開店前にもう一度磨かなくて済んだんだよ!」
 周りをチンピラに囲まれて一触即発。だが、マスターもフーケもウェザーも、見ているだけで動こうとはしない。

「いいのかい?助けなくて」
「ふん。俺はあいつのしごきを直に受けたことがある男だぜ?あいつはな――」
 ウェザーとフーケの小声の会話とは別にアニエスたちの話は進む。

「取り敢えずオレ達を敬ってもらおうか・・・・・・土下座しな」
「成る程。貴様は『組織』の者ではないんだな」
「こ・・・のッ!オレはオメーに話せと言ったんだ!土下座しろと言ったんだ!両方とも逆らうッつーんだな?この『涙目』のルカに『両方』とも『NO』つぅーんだなッ!」
「いちいち教えてやらなければバカにされていることにも気付けないのか、貴様は」
 ルカの何かが切れる音が店内の全員には確かに聞こえた。
「てめーはもう・・・~~~、テメーはもう~~~~~・・・・・・テメーはもうおしまいだぁあ――――っ!」
 シャベルを思いっ切り振りかぶり、フルスイングの一撃が生身のアニエスの首に叩き込まれた。ルカの側の誰もが終わったと確信していた。が、徐々にルカの額に汗が浮き始めていた。
ルカはチンピラとしてはそこそこ強いだろう。今までの喧嘩も勝ちが多いくらいだ。だがそれでもチンピラはチンピラだった。鍛えられたアニエスの動きはその数段上をいく。
スコップはアニエスの首の後から生えている何かによって受けとめられていた。手を首の後に回し服の中から剣を抜いてシャベルを受けとめていたのだ。

 その様子を見ながらウェザーは呟く。
「チンピラごときが束になったって勝てやしねえよ、あの女にはな」

「し、仕込み・・・」
 ルカは、慌てて距離を取ろうとするが、すかさずアニエスの白刃一閃。シャベルごとルカの鼻頭を真っ二つに裂いた。途端に鮮血が吹き出す。
「いいいぃがぁああぁッ!お、オレの鼻がああああッ!」
「ひゅぅ、やるう。マジで涙目にしちまったよ」
 見せ物を見るような感覚でフーケが笑う。それはあながち外れではなかった。頭に血が昇ったチンピラたちは一斉に襲いかかるが、相手にもなっていなかったのだ。
 もともと狭い店内ではさして数の利も活かせず、バカ正直に正面から突っ込んでは一蹴されて終わり。あっけなく全滅である。これにはルカの顔色もさらに悪くなってしまった。
「な・・・なんだお前!この強さはなんなんだッ!」
「オメーがしょっぱいだけだよ『涙目』。ところで、ボスにはどうやって報告するんだい?女一人に遊ばれましたじゃすまねないだろ」
「ぐ・・・・・・」
「この件からは手を引きな。そうすればいい隠れ家を紹介してやる。ほとぼりが冷めるまでは消えてな」
 傷口を押さえながら頭の中で打算しているのだろう。少しすると、舌打ちを一つして立ち上がった。
「命拾いしたな女。今日の所はこれで退いてやる。だが次はこうはいかねえからな・・・二度とあわねえことを祈っとけ!」
 そう吐き捨てて、手下を蹴り起こしながら出ていってしまった。
「うーむ。見事なまでの噛ませ犬。あれほど捨て台詞が似合う奴もそうはいないな」
 逃げ去る後ろ姿をニヤニヤと見ていたフーケだが、その眼前にアニエスの剣が突きつけられた。だが、同時にアニエスに杖の先が向けられてもいる。互いに瞬き一つしない。
「成る程・・・・・・逃げ出した盗賊が未だトリステインに留まっているとは、道理で見つからぬはずだ。度胸があるのかよっぽどの阿呆か・・・、だがもはや逃げおおせるなどとは思うなよ」
「逃げる?そんな心配はする必要がないんだよ。あんたが心配する事は、ここで盗賊を取り逃がしたお仕置きを飼い主のお姫様にされるかどうかだろう?飼い犬が吠えるなよ」
「陛下を愚弄するのは不敬罪だ」
「店内での抜剣はマナー違反だ」
 一転して静寂が店内に蔓延した。お互いの視線が交錯する。
 いきなり火花と物体がぶつかり合う音が響き――次の瞬間にはお互いの武器が床に転がった。互いに徒手空拳となるが、武器を拾いに行くなどという愚は侵さない。
 アニエスは咄嗟に手元の椅子を引き、遠心力を乗せてフーケの頭めがけて振り回した。椅子に座っていたフーケはそれを倒れるようにしてかわすしかなく、それを見越していたアニエスは懐に隠していた拳銃を取りだし狙いを定める。
 武器を隠し持つことが卑怯などという次元ではないのだ。なぜならフーケもまた"隠していた"のだから。椅子から転げるようになりながらも、すでに袖に潜ませていたナイフはアニエスめがけて放たれていた。
 それは偶々突き出されていた拳銃に突き当たり、二つは店の奥へと消えてしまった。だが戦闘は終わらない。
 すかさず立ち上がったフーケの右拳がアニエスを襲うが、それを見切り、カウンターが無防備なフーケの顔に向かう。一気に決着かと思われた瞬間、アニエスの体が不自然に停止した。
 フーケの拳はフェイクで本命はカウンターを狙ってきた相手の踏み込み足を蹴りで抑えてしまうことだった。バランスを崩されたアニエスは、倒れまいと持ちこたえるために足に力を込める。
 だが、フーケはそれも折り込み済みだった。蹴り足をそのままアニエスの踏ん張った膝に乗せ、そこを支点に体を持ち上げ、超至近距離での蹴りが炸裂する。
 鋭い軌跡を描いたそれは、しかしアニエスの首を刈り取ることはなかった。全体中を支える軸足に鞭打って、ほぼ後に倒れるようにして体を反らしたことにより辛うじて直撃だけは避けていたのだ。
 そのまま床に転がり込み距離を取ると、すぐさま跳ね起きる。だが、フーケもまた距離を取っていた。と、そこでアニエスは自分が鼻血を出していることに気がつく。
「・・・どうした、攻めないのか?」
「王宮の剣士相手に接近戦は怖いからねぇ」
「ふっ・・・これだけやっておいてよく言う」
 ニヤリと笑い、鼻血を拭う様は何とも男らしい。
 そして、すぐさまフーケに向けて飛びかかった。小細工無しのストレート。当然フーケが狙うのは交差の瞬間を狙ったカウンター。フーケは拳を受け流そうと掌をかざす。だが、なんとアニエスはそのガードごと押し切って殴り抜けたのだ。
 たたらを踏んで後退したフーケが机に寄りかかって勢いを殺す。仕切なおすためか唾をペッ、と床に吐き捨てたが、それはうっすらと赤みを帯びて見えた。口を拭ってみれば、鉄臭い味が口中に広がる。
「やってくれるわねぇ番犬。これじゃあ酒の味も楽しめないわよ」
「そんな心配をしなくとも、これから貴様が飲むのは冷めたスープと水だけだ」
 拳を解いてぶらつかせながら嘯くアニエス。上等とばかりにフーケは駆け出した。
 休むことなく戦いは続く。武器を失した二人は完全に肉弾戦を繰り広げていた。単純な格闘ならアニエスが押し気味だが、そこは盗賊。裏をかくような動きで攪乱し、攻守が激しく入れ替わり、息を付かせない。
 女同士の戦いをキャットファイとなどと言うが――
「キャットはキャットでもライオンって感じだけどな・・・・・・」
「言ってないで止めたらどうだ。オレの店がサバンナみたいになっちまうよ」
「いやー・・・あそこに入って無事なのはセガールかランボーくらいのもんだろ」
 ここの世界では通じない名前を口走ってしまう程に激しい戦闘だった。だが、このままではどちらかが潰れてしまうのも必至。
 何とかしなければと考えているところに、調停者は扉を開いて現れた。
 その音に手を止めた女二人の間を素通りして、奥の席に腰を下ろす。その背中は随分と煤けて見えた。いや、実際に煤けているのだ。汚れで服がくすんでしまっている。
「マスター、一杯くれ・・・」
「ウチは酒は日が沈んでからだぜ。毎日来てるんだから知ってるだろうが」
 そんな風に文句を言いながらも、マスターはグラスを磨く手を止めてカウンターの棚から酒瓶を取りだし始めた。
 マスターと懇意にしている人物なのかと思い、ウェザーはその顔を覗き込んでみると・・・。
「あれ?あんた・・・・・・どこかで・・・」
 どこかで見たことのある面構えだった。それも、かなり前に。この世界に来てすぐだっただろうか。狭い路地裏、悪臭と汚物、剣の看板、薄暗い部屋に所狭しと並べられた武具たち、店の奥で煙を燻らせるパイプ。
 記憶を辿って見つけてきた断片をつなぎ合わせていくと・・・、
「お前、武器屋の親父か!」
 ヒゲが伸びほうだいではあったが、まず間違いない。現に親父と呼ばれて男は弱々しく視線をこちらに向けてきたのだ。
「おん?俺のことを知ってるのかい・・・そいつは嬉しいねえ。ようし!今日は俺の驕りだ!飲もう!一緒に!」
 だが、向こうはこちらのことを覚えてはいないようである。もしくは酔いのせいで思考が回っていないか。
「オイオイ、そう言うのはキッチリツケを払ってから言うもんだぜ。昔馴染みじゃなけりゃあとっくに追い出してるところだ。商売の方はどうなんだ?」
「へへへ・・・、店がねえのに武器が売れるかよお。俺も刀もとっくに錆びついちまったのさ・・・・・・」
 寂しそうに呟くと、グラスを一気に煽った。
「どうしちまったんだ・・・」
「あの親父、まとまった資金が手に入ったから王都で一稼ぎしようとこっちに店を移転したのよ。で、まあ運の悪いことに『組織』に目を付けられちゃってさ。回護料だなんだと姦しく騒がれたわけ。
 で、その返事に拳を返したわけよ。以来執拗な嫌がらせにあい、あえなく店は閉店。今は貧民街で細々と食いつないでるみたいよ」
 典型的な『組織』の被害者だと、フーケは呆れたようにため息を付いた。
「『組織』・・・だと?」
「そうだ。そしてその事でアニエス、お前が動いてるんだな?ルカの話だとアジトに目星をつけて動いてるようだが・・・・・・何か掴んでいるのか?それも、王宮でしか掴めないような情報が」
 しかしアニエスは閉口してしまう。恐らくは上からの命令で動いているのだろう。単独なのも、大がかりには動かせない事情からか、単に目立つからか。おいそれと他言できる内容ではないことは想像に難くなかった。
「さすがは王宮の番犬だ。主人の命にしっかりと従うなんざ、躾が行き届いてるみたいだねえ。けど、アンタがここで貝みたく押し黙ってたってどうにもならないよ。いや、『組織』にバレてる以上、状況は悪くなったと見るべきだ。
 ルカの野郎は中途半端だ。恐らく、逃げるか報告するかで一日は悩むだろうからね、それだけの猶予はあるだろうけど、その後はもうどうしようもなく最悪さ。
 それに、アンタの素性が割れるのはこっちにもマイナスだ。王宮の動きを警戒した『組織』が裏に隠れちまったらどうするんだい?ようやく掴めるって尻尾が、目の前でスルリと逃げていくなんざあたしはゴメンだね」
「貴様の都合など関係ない。確かに・・・・・・これほど早く手を打ってくるとは思わなかったが、十分対応できる範囲内だ。それに、貴様の都合など大方『組織』の利益をガメようといった所だろう。薄汚い盗人のしそうなことだ」
 不完全燃焼なのか、フーケもアニエスも火花を散らしあっている。このままだと確実に第二ラウンド突入は間違いなさそうなので、結局ウェザーが間に入った。
「待て待て。幸い、俺たちの目的は一致しているんだ。ここで利用しない手はないだろう?お互いにな。アニエスは情報を持っている。そしてフーケも情報を持っている。実力に関しては俺が保証するまでもないだろう?
 "迷える者には手を差し伸べよ"なんてどこの神様が言ったのかは知らないが至言だぜ。俺たちは今まさに迷える子羊だ。狼に立ち向かうには群れる必要がある。スイミーだって他の魚と集合して体を大きく見せたしな」
 アニエスは唇を噛み締めて考え込む。だが、答えは出ているも同然だろう。全員がハッピーエンドを迎えるためにはどうすればいいのか・・・あとはそれを認められるかどうかだ。
 王宮が掴んでいる情報も、敵と同じ世界でいきる者の情報も捨てがたい。結果、アニエスは肩の力を抜くことで返事の代わりとした。
「正しい決断だぜアニエス。さて、鉄は熱い内に打てとも言うし、早速情報交換会と行きたいところだが――」
 ウェザーはちらっ、とマスターの方を見た。
「まあ、一件落着めでたしめでたし――といければよかったんだがな。こっちとしてはそうもいかないんだよ」
 マスターはそう口を開くと店内を指差した。フーケとアニエスはぐるりと見渡して、顔を青くしてしまった。
 ひっくり返った机。足の折れた椅子。傷だらけの床。ざっと見ただけでもヒドイ有様になっていた。『魅惑の妖精』亭の屋根裏とどっこいどっこいの有様である。
 アニエスは申し訳なく頭をかくしかなかった。
「済まない店主。今は手持ちがないが、弁償は必ずする。紙に誓約文を書いてもいいんだが・・・・・・」
「お嬢ちゃん、うちの店じゃツケはきかねえんだよ」
「しかし、それでは返せない・・・・・・」
「何言ってんだ。立派な体があるじゃあないか」
 その言葉にはいくら非があるとは言えアニエスも身構えた。
「店主・・・・・・言えた立場ではないが、もう少し穏便に済ませたい」
「だから『体』で払えって言ってるんだろうが。ロングビル」
 アイアイサーと楽しそうに答えたフーケは、アニエスの腕を掴むと二階へ連れ込んでいってしまった。
「おいおい、大丈夫なのか?」
「何がだ?それよりも、ホレ」
 マスターはウェザーに雑巾を投げてよこしてきたのだ。それを受け取りながら首を傾げるウェザーにマスターは言う。
「お前もさっさと片づけろい」

 二階の一室に連れ込まれたアニエスは掴まれていた腕を乱暴に振り払った。
「貴様・・・・・・ウェザーと知り合いと言っていたな?」
「んー?そうだけどー・・・・・・これはサイズが小さいな・・・・・・」
「い、いったいどういうことなんだ?盗賊と貴族の使い魔に接点があるとは――わぷっ!」
 しかし皆まで言う前に顔に布をぶつけられてしまった。慌てて剥がして見ると、服のようだった。意味が分からず小首を傾げるアニエスにフーケは言い放つ。
「ボサッとしてないでさっさと着替えな。掃除しなおさなきゃ店も開けられないよ」
 意味が分からないまま、その投げつけられた服を広げてみると――
「っ!こ・・・・・・これは・・・・・・」
「なんだい、着方を知らないのかい?しょーがないねえ・・・・・・」
 ため息を付きながらフーケがアニエスの服に手をかける。
「ちょ、ちょっと待て!・・・本当にこれを着るのか?」
「店を壊したのはアンタだろうが」
 その言葉にアニエスも強くは出られず、フーケは再びアニエスの服に手をかけた。

「・・・・・・」
 一階の店ではウェザーが黙々とモップを動かしていた。倒れた机を直し、足の折れた椅子は取り替える。当然ながら、飲食店でのバイトも経験しているので手慣れたものだった。
「しかしここに来てから働いてばかりだぜ・・・昔に戻ったみたいだな。どうせ戻るなら、ペルラみたいに出会いがねえものかな」
「何言ってやがる。上の二人と仲がいいってだけで儲けものじゃないか。欲張るとろくな事がないぞ」
 カウンターでグラスを磨くマスターが独り言に反応を返してきた。というかマスターは最初っからグラスしか磨いていない気がする。いったいこの店にグラスはいくつあるんだ。
「気が強い女も魅力的ではあるが、気が強すぎるのは考え物だぜ。体がもたねえよ」
「まあ、あの二人は気の強い女の筆頭だろうなあ」
「そいつは悪かったねえ」
 二人の会話に割って入ってきた声にビクリと体が反応してしまった。ゆっくりと首を回してみると、案の定フーケが階段に立っていた。が、ウェザーは別のことで驚いてしまった。
 普段着のシャツではなく、黒い服を着ていたのだ。ウェイトレス・・・・・・と言うよりもメイド服に近いもので、夏らしく半袖なのはいいがスカートの丈がやけに短い気がする。フリルの付いたエプロンまで付けている。
 明るい緑の髪と、外用の柔らかい目元に眼鏡という組み合わせが優しい印象を出していた。
「というかマスター、ここってただの『カッフェ』・・・喫茶じゃねえとは聞いてたが、どう見てもあっち系の喫茶店じゃねえか・・・」
 グラスを磨くマスターの代わりにフーケが返事を返してきた。
「落ち着きなって。まだ慌てるような時間じゃないよ。これだけじゃあないんだからさ」
 そう言うと階段の前からどいた。そして、階段の影から姿を現したのは――フーケとお揃いのメイド服を纏ったアニエスだった。
 黒を基調にした衣装はアニエスの金髪がよく映え、その短い髪もフーケとは異なった印象を与える。スカートに慣れないのか恥ずかしいのか、耳まで赤くしながらスカートの裾を握りしめて俯いている。
「・・・・・・・・・」
「せ、せめて何か反応しろッ!」
「お、おおぅ・・・・・・そうだな」
 アニエスの恰好に思考が止まっていたウェザーだったが、アニエスの声に我に返る。
「いや、結構似合ってるじゃん。うーん、かなり、イイ」
 するとフーケが前に出てきた。
「どーよ?まだまだあたしらもイケるだろう?」
 そう言ってくるりと一回転。長い緑髪とスカートが翻り、ふわりと甘い香りがウェザーの鼻をくすぐった。ニーソックスなどルイズで見慣れていると思っていたが、太股が逆に強調されて見える。
「ま、客のニーズに応えるのものも客商売の基本さね。もっとも、厳密なリサーチのもとに作られているとは言っても着る人間が良くなきゃね」
「う・・・む・・・」
「おやおやぁ?その顔を見るに悩殺されちゃったかい?」
 ニヤニヤ笑うフーケは顔を俯けたままのアニエスの背後に素早く回り込むと、腕ごと抱きかかえてスカートの裾をヒラヒラさせ始めた。
「わっ、ちょっ、な、なっ!」
 慌てるアニエスの方に涼しげな表情で顎を乗せるが、手は止めない。見せびらかすように裾を撫でる。女は本当にこういう服の話が好きなのであった。
「最近街で流行の仕立屋『OKKI』の作品で胸元には控えめながらに絹入りだ。ほら、よく見ると肌が透けて見えそうだろ?これで反応しないのは不能か男色の神官くらいのもんだね」
 親切にも裾から太股に手を這わせ、腰から胸に伝わせながら説明してくれる。アニエスの息が荒くなっているのは気にしない方向らしい。
 ふと、グリーンドルフィンの時の事が蘇った。エンポリオの部屋で男衆がたむろしていた時だ。

『なあウェザー』
 アナスイが視線はテレビに向けたまま呼びかけてきた。画面では"世界の面白い場所百選"という番組が流れ、ちょうど日本の都市部が映し出されているところだ。
『オレはな、徐倫を愛している』
『知ってる』
 アナスイがこういったことを言うのは今に始まったことではないので、ウェザーもエンポリオも適当に相づちを打つことを覚えていた。ウェザーは開いたテレビガイドから視線を動かさずに答えた。
『いいか、オレは徐倫はの全てに惚れ込んだんだ。特にあの心ってやつにだが、全部だ。内面も美しいが、容姿だって美しい。それにあの服のセンスにはシビレるね!蜘蛛の巣に蝶だぜ?あれが"エロカッコイイ"ってやつかな?』
『俺はお前のセンスに脱帽だがね。"エロ卑猥"ってやつだ』
 その言葉にパソコンをいじっていたエンポリオが吹きだした。アナスイの服装は肌の露出が多すぎるのだ。だが、アナスイも今さらその程度では動じない。
『そう言ってお前いつも帽子脱がねーじゃねーか。・・・とにかく、徐倫は美しいんだ。だが同時に可愛くもある!そしてその可愛さは着る服で何百倍にも膨れ上がるんだよッ!』
 そして、見ろッ!と豪語してテレビの画面を指差した。ウェザーが視線を上げたそこには、フリフリの給仕服をきた女性が喫茶店で接客をしている姿があった。
『ああ、それは"メイド喫茶"っていう日本特有の喫茶店だよ。ほら、日本にはジャパンアニメーションの聖地があるっていう話で、そこを中心に繁盛してるみたいだよ。確か・・・アラハバキ・・・いや、アキハバラだったかな?』
 訳の分からないウェザーにエンポリオの親切な解説が入る。物知りは伊達ではない。
『そのメイドさんがご奉仕してくれるっていうサービスさ』
『そうッ!そうなんだ!いいか考えても見ろ?もしも徐倫があの恰好でご奉仕してきたらどうする!
 "ご主人様、コーヒーができました"盆を持った徐倫が主人に恭しくそう告げた。それに主人は満足そうに頷く。"うむ、ではもらおうか・・・熱いッ!"なんと徐倫はコーヒーをこぼしてしまったのだ。主人の服が見る間に黒く染まっていく。
 "ああ、すいませんご主人様!こぼしてしまいました!すぐに拭きますから・・・"そう言って徐倫が布巾で拭いていく。そしてその手がある場所に伸ばされる。そこに触れたとき、徐倫の顔が恥辱に染まったのだった。
 "どうしたんだい徐倫?早く拭いてくれたまえ。それと火傷してしまったかも知れないから口で冷ましてくれ"愉悦に顔を歪ませながら主人は無情な言葉を投げかけた。
 だが、仕える身である徐倫に選択の余地はなく、顔を朱に染めながらも震える手でズボンのファスナーを下ろしたのだった。そして一言、"ご、ご奉仕させていただきます・・・"、と・・・・・・』
 アブナイ世界に飛んでしまったアナスイは、まるでそのストーリーの中にいるかのような臨場感で語りだした。
『へえ・・・で、そのご主人様っていうのは、いったい誰なのかしら・・・?』
『それはもちろんこのオレさ!なぜならオレと徐倫は結ばれる運命――"なのかしら"?』
 途端にアナスイの汗腺から嫌な汗が噴き出し始めた。ぎこちない動きで振り向けば、いつの間に来たのかそこにはプッツンした徐倫が引きつった笑顔で立っていた。
『じょ、徐倫・・・』
『んー?』
『愛してる』
 その言葉も全て言う前にオラオララッシュの前に塵と化したわけだが。
『哀れすぎて何も言えねえ・・・・・・』

 ああ、やっぱり思い出すんじゃなかったと後悔しながら現在に意識を戻すと、とんでもない光景が目に飛び込んできた。

「あんた・・・意外と胸あるわね・・・」
「や、やめろぉ・・・はっ、はあ・・・ぁ」
 後に回り込んだままの姿勢でフーケがアニエスの胸を揉みしだいていたのだ。揉みしだいていたのだ。
 思わず二回繰り返してしまうくらいにデッカイ衝撃だった。
「まあ、こんな調子で店の売り上げに貢献してくれればいいからさ。笑顔で接客すりゃあ、このウェザーみたいに悩殺されちゃうんだから。男なんてこんな服着るだけでど真ん中なんだからチョロいわねー」
「いや、俺ってどっちかっていうと女教師とかお天気お姉さんとかの方が好みかな。あのタイトスカートから覗くストッキングに包まれた太股がな、香り立つ大人の色香を――よし、まて、引くな、落ち着け、引きすぎだお前ら」
 嫌悪感丸出しの表情で二人が距離を取っている。半分冗談だというのにそこまで引かれるとさすがに傷つくと言うものだ。
 と、見かねたのかマスターが重い口を開いた。
「こんな所で性癖の暴露大会なんかしてないで、開店の準備を始めてくれ」

 その後、成り行きから働かされることになったウェザーもいつもの黒服ではなく、店員用の白いシャツに着替えさせられていた。
「そもそも、四人も人が働くほど広くはないだろ・・・・・・」
 襟を直しながら愚痴って店内を見渡す。事実店自体は広くなく狭くなくと言った感じで、お茶や酒はマスターが担当し、軽食やらつまみをウェザーが担当することになりそうだった。そしてフロアは――――
「接客は笑顔。腰を曲げて上目遣いを意識してな。はいやって」
「い、いらっしゃいませ・・・」
 顔面神経痛みたいに頬をひきつらせている。どう贔屓目に見ても笑顔とは言えそうにない。
「ガンつけてどうすんだよ!普通にビビるわ!もっとリラックスして、眉を寄せるな!」
「む、むう・・・」
「声が小さい!胸ついてんのかッ!口でクソ垂れる前と後にサーを付けろッ!」
「さ、サーイェッサー!」
 一巡した世界でだってそんな闘魂溢れる接客はしねーよ、とつっこみたくなるような二人が担当するわけだ。・・・・・・この店は今日潰れるかも知れない。
 そんな一抹の不安を抱えながら、フーケのレッスンを必死に受けるアニエスを見ていると、ウェザーはルイズのことを思い出した。
 あれからどうしただろうか。上手くやれているのか。
「・・・・・・いや」
 問題はないだろう。あれで結構マジメだ。それに何より、自分のご主人様だからな、というのは少々親バカが過ぎるだろうか。
 しかも、タイミング良くフーケがルイズの話題を口に出す。
「そう言えばさあ、ヴァリエールの嬢ちゃんは本当にどうしたわけ?」
「あいつは今修行中だ。今のルイズをこの件に絡ますのはヤバそうだからな」
「で、置いてきたと。はっ、保護者は大変だねえ」
「でもないさ。可愛い娘ができたと思えばな」
「反抗期真っ盛りじゃないかい」
「いやあ、ありゃあ猫が爪を立てる感じだな。それくらいの方がいいんだよ」
 雑談に耽っていると、いよいよ店の扉が開かれた。開店である。
「いらっしゃいませ」
 この分では会議は夜中になりそうではあるが、仕事は仕事だ。アルバイターの意地に懸けて、究極にして至高の働きをするまでである。そう思いながら、ウェザーは骨を鳴らした。

 燭台の明かりに頼らなければならなくなってからどれほどの時間が過ぎただろうか。時刻は夜中となる時間だ。昼はお茶と軽食を求めてやってきた客も、今やその目当ては酒に変わってきている。
「しかし、情報と一括りに言っても、いったいどういった内容のやり取りをしているんだ、ここは?」
 客も少なくなり、手の空いた三人はカウンターに集まって話していた。
「表立って頼めない依頼やヤバい情報を扱うのさ。こっちで持ってる情報を欲しがる奴が買う。やってることは普通の商いと変わらないよ。まあ、自分達で持ち込んだ情報の交換のための場所でもあるかな」
 そこを見てみな、とフーケが指した席を見る。
 商人風の男とマントを羽織った男がテーブルを挟んで取引をしていた。マントが金貨を十枚置くが、商人は首を横に振る。もう五枚足した所で商人は立ち上がり店を出ようとしたが、マントがもう五枚叩きつけると振り返った。
 席に戻ると先ずは金貨を数え、確認が済んでから客相手の愛想笑いをし、商品を渡す。商談が成立したようだ。
「あれは希少価値の高い宝石の取引だね。火竜山脈見たいな危険地域か、どこかの貴族が所有してる鉱山辺りから持ってきたんでしょ。ウチで情報を買っていったんだ。ここじゃ珍しくもないけど。
 表だって頼めない。地元の領主はあてにならない。依頼者の理由は十人十色ながらも受ける方はいたってシンプル。報酬の桁だけだ。そしてここではその情報を扱う際の手数料をいただくわけ」
 他にも『七つの龍玉探してます』や『王家の墓の七つのアイテムを集める勇者求む』と言った収集系から、『国境付近の鉱山に住み着いたミノタウロスを退治してくれ』だの、『エアーマンが倒せない』といった討伐系まで様々だ。
「村で待ってれば勇者が来るなんて、ファンタジーやメルヘンじゃあないんだから。時代はアクティブ。自ら動かぬ者に得るモノはないわ」
「いいのか捕まえなくて?あれって非合法だろ?」
 ウェザーは茶化すように言う。堅物であるアニエスはまたぞろ憤慨するだろうと踏んだのだ。だが、予想に反してアニエスは静かだった。
「特殊任務にあたっていると言ったろう。身分を公にはできない以上、今の私に拘束力はない。それに、こういったものを一つ一つ取り締まるのは得策ではない。私なら泳がせておいて元を締める」
 スカートの裾を気にしながらそう言った。そんなに引っ張ったっところで裾は伸びないのだが。
「へえ、堅物だと思ってたけど、わりと柔軟な頭してんじゃないかい」
「貴様はふやけているがな」
 威嚇しあう二人にウェザーはため息をついた。追う者追われる者だから仕方ないとは言え、先が思いやられる。どことなくこの二人には似た者同士というか、親近感が持てるのだが。
 ウェザーが仲介に入ろうとしたとき、店の一角が騒がしくなった。
「やったー、念願のアイスソードを手にいれたぞ!」
「殺してでも奪い取る」
「な、なにをするきさまらー!」
 どうやら強盗騒ぎらしい。ウェザーがマスターにそのことを告げる前に、フーケとアニエスが駆け出していた。そして騒ぎを治めにかかる。
 機敏な動きで即座に争いを収めるのを見る限りはとても息のあった熟年のパートナーといった風なのだが、本人たちは犬猿の仲だと言うだろう。つっぱった感じは似ていると思うのだが。
「水と油っつーか磁石の同極って感じだな。SとSは反発するしな。似た者同士は好意と同時に嫌悪し合う・・・ってやつか」
「好きな子ほど虐めたいんだって」
「ツンの反対はデレってことさ」
「お前ら・・・・・・」
 グラスを磨きながらそう言ったマスターと、グラスを傾けた武器屋の親父は大人の風格を醸していたが、言ってることが月までブッ飛んでいるせいで色々と台無しだった。


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