ゼロの奇妙な使い魔 まとめ

ゼロいぬっ!-64

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匿名ユーザー

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次々と炎に包まれ、地に落ちていく仲間の竜騎士達の姿を、
代理指揮していた男が呆然と見上げる。

アルビオン最強と謳われた彼等は特別な事など何もしなかった。
突撃によって撹乱し、分断された竜騎士を包囲、各個撃破した…ただそれだけだ。
たったそれだけの事で並み居る竜騎士達は零れ落ちる砂時計のようにその数を減らしていく。

状況に合わせて各自が最適の判断を下して行動する。
一人一人の神経が繋がってるのではないかと思わせる王直属竜騎士隊の連携に、
男はまるで巨大な手に握り潰されるのにも似た錯覚に陥っていた。

彼は初めて理解した。
自分が国王直属の竜騎士隊に選ばれなかったのは機会に恵まれなかったからではない。
純粋に自分の実力がその域に到達していなかっただけだと。

「ヒィ……!」

目の前を通過していく炎の塊に凝視されて男は我に立ち返った。
如何に歴戦の竜騎士達も急な代理指揮の下で実力など発揮できる筈もない。
このままでは全滅を待つばかりじゃあないか。
彼はすぐさま撤退を指示し、火竜の尻尾を巻いて逃げ出した。

増援を求めるだけなら抗命罪で処罰される事はないだろう。
本陣には彼等の数十倍の竜騎士隊が待機している。
どんな英雄だろうと圧倒的な数の前では無力に過ぎない。
そう自分に言い聞かせながら自身の火竜を全力で駆る。


退却していく竜騎士の姿を見て緊張の糸が切れたのだろうか。
キュルケの腰がどさりとシルフィードの上に落ちた。

「ごくろうさま。送り狼どもはこちらで引き受けよう」
「ええ。そうしてくれると助かるわ」

それを眺めていた隊長の冗談にキュルケも応じる。
しかし両者の心中は互いへの感嘆に満ちていた。
たった二人で竜騎士隊に果敢にも挑んだ勇気ある二人の少女。
あれほど苦戦を強いられた敵を事も無げに追い払った竜騎士。
瞳に映る者こそ違えど、そこには英雄の姿があったに違いない。

「その代わり、城門へ向かってくれ。
誰かは判らないがそこで交戦しているらしい。
もしかしたらまだ生存者がいるのかもしれない。
そいつ等の救出に当たってくれ。
風竜単騎なら敵の追撃からも逃げ切れるだろう」

半ば曖昧な言葉で彼は頼み事を告げた。
何しろ彼自身でさえ確信が持てないのだ。
城内に舞い戻った彼が目にしたのは多数の敵兵の屍骸。
否。それは屍骸と呼んでいいのかさえ定かではない。
原形さえも留めぬそれは肉塊以外の何者でもなかった。
そして警戒しつつも無事に火竜の厩舎に辿り着いた彼は、
城門の向こう側から響く銃声と悲鳴じみた敵兵の雄叫びを耳にした。
誰かが城門で交戦しているのだろうか。
しかし手助けに行く余裕はなく、彼は部下を率い『マリー・ガラント』号の救援へと赴いた。

冷静に考えれば、それだけの兵力が王党派にある筈がない。
だが幻聴というには鮮明で、足元に転がっていた物は幻覚ではない。
もしも生き残りがいるというのなら一人でも助けたい。
それが本音だったが恐らくは理解されまい。
いるかどうかも判らない生き残りの為に、
彼女達は動いたりはしないだろうとそう思っていた。
しかし、彼の言葉に彼女達は互いの顔を見合わせ頷いた。

「…タバサ」
「間違いない。彼しか考えられない」

心当たりがあるのか、即座に応じた彼女達が空を駆ける。
そこに誰かの声がかけられた。
あまりにも弱々しく、か細い声。
なのに鮮烈に彼女達の心に響き渡った。

振り返れば未だに燻り続ける甲板の上に、一人の少女が立っていた。
整ったいた桃色の髪を振り乱し、胸元を裂かれた服の上にコートを羽織りながら
ルイズ・ド・ラ・ヴァリエールは必死に叫び続けていた。

「ルイズ!?」
「お願い! 私も一緒に連れて行って!」

壮絶な姿を晒す彼女にキュルケも言葉が詰まった。
ルイズの傷は決して浅い物ではなかった筈だ。
それは身体だけではなく心も同様だ。
必ず連れて変えると約束して安静にさせるべきだと判っている。
だけど彼女の眼を前にすると言葉が出なくなった。
既に覚悟を決めている彼女に何を言えば説得できるというのか。
思い悩むキュルケを余所にルイズの体が宙へと引き上げられる。

「ちょっと! タバサ!」
「……乗って」

一時とはいえ彼と共に過ごしたタバサには彼女の気持ちが理解できた。
しかしルイズを連れて行く理由はそれだけではない。
幾度も死線を潜り抜けた彼女の脳裏には最悪の事態が想定されていた。
ルイズの制御から解放された彼の暴走。
それは考えたくないもない想像でありながら限りなく現実味を帯びていた。
もし、そうなっていれば自分達の説得など無意味に終わる。
その時こそルイズの力が必要となるのだ。

「痛ぅ…!」
ルイズの手を取ってシルフィードの背に引き寄せようとした瞬間、
彼女が苦悶の表情を浮かべた。
心配するタバサを手で制し、ルイズは気分を落ち着かせる。
胸の傷が痛んだんじゃない。
私には判る、これは自分の痛みじゃない。
見えない絆にも似た繋がりの向こうから伝わってくる、この痛みは…。

「急いで!」

ぎゅっと胸元を握り締める仕草を見せながらルイズは叫んだ。
彼女の尋常ではない様子にタバサも不安を抱いた。
それは彼の戦友でもあるシルフィードも同様だった。
疲弊しきった筈の身体で尚も力強い羽ばたきを見せる。

飛び去っていくその姿を見送りながら彼は手綱を握り締めた。
追い掛けようとした自分を強く自制する。
別れが惜しいと思ったのは、これが初めての体験だった。
後数年もすれば彼女達はきっと“いい女”になるだろう。
彼の目蓋に浮かぶのは幼き日に憧れた女性の姿。
トリステイン魔法衛士隊マンティコア隊隊長。
アルビオンの王都を行進する彼女の姿を一目見た瞬間から心奪われた。
それは絵本の中から飛び出したような英雄に恋焦がれた。
その日から彼はその背中を追い続け、直属の竜騎士隊まで任されるようになった。

色褪せていた光景が彩を取り戻していく。
その記憶を呼び起こしたのは他ならぬ彼女達だ。
あの日、群衆に紛れて横から見る事しか出来なかった自分が今度は肩を並べて戦えるかもしれない。
その歓喜が、衝動が、どれほど彼を突き動かそうとしたか。
だけど一緒に行く事は出来ない。
忠誠を誓った国は滅び、剣を預けた先王は死に、共に戦場を駆けた若き王も散った。
自分の進むべき道はここで途絶えたのだ。

なればこそ未来に望みを託そう。
アルビオンの遺志を継ぐ者達に、トリステインの少女達に、そしてこの世界に。

騎竜が静かに唸り声を上げる。
敵を察知した事を表す警戒の声。
相棒に静かに頷き、腰に差した杖を抜き高々と掲げる。
厳粛な空気の中、男は高らかに命を下した。

「全騎突撃、こちらから討って出るぞ! この船に決して近づけるな!」

次々と上がる鬨の声。
圧倒的な戦力差を前に怯む者は誰もいなかった。
負けると判った戦に開き直ったのではない。
『マリー・ガラント』号には彼等にとって掛け替えの無い者達が乗っている。
それは親であったり、恋人でありり、友であったのかもしれない。
だからこそ自分達の手で守り切ろうとする、強い意思がそこにはあった。
『マリー・ガラント』号が空を往く限り、これは負け戦などではない…!

「おい! しっかりしろ! 意識を強く持て!」

肩を貸した相手を引き摺りながら貴族派の兵士が叫ぶ。
その言葉に反応は無く、俯いた顔色は青白いまま。
彼の目の前で止血した包帯が赤黒く染まっていく。
無理もない。男の腕は獣を突いた槍ごと肉も骨も砕かれていたのだ。
それをこんな布如きで出血を止められる筈もない。
戦場での常識は助かる人間から助ける事だ。
重傷者一人を助けるよりは軽傷者三人を助けた方が効率がいい。
しかし兵士は男を助けようと必死に運び出す。
そいつは彼の友人でもなければ知り合いでもないし、ましてや上官でもない。
彼は戦場での常識に従ったに過ぎない。
一面に広がる地獄の中で、まだしも彼が一番助かる可能性があったからだ。

足元を埋め尽くす屍が彼等の進路を妨げる。
原形さえも失ったそれを死体と呼ぶ事さえ間違っているのかもしれない。
“これはもう…戦争ですらない”
心の中で呟きながら兵士は中庭まで怪我人を運び込む。
そこには同様の惨状を晒す重傷者達が並べられていた。
呻き声さえ上げず、ただ荒い呼吸を漏らすばかりの半死人達。
たとえ、ここに野戦病院があろうとも結果は同じだろう。
担いで連れて来た男の傍に衛生兵が駆け寄る。
そして一頻り確認した後、その衛生兵は静かに首を振った。
『助からない』と彼は無言で判定を下した。
他の怪我人を収容するスペースを作る為に男が余所に運び出されていく。
僅かに取り留めた意識の中で本人がそれをどのように感じたか、
考えるだけで彼は居た堪れない気持ちで押し潰されそうになった。

刹那。夜の静寂に獣の彷徨が響き渡った。
死の淵にいる怪我人も、忙しなく動き回る衛生兵も、怪我人を運んでくる兵士達も
その声を聞いた全員が心臓を鷲掴みにされたように動けなくなった。
彼等を束縛したのは脳裏に焼き付いた恐怖。
槍で貫こうと銃で撃とうとも風で切り刻もうとも襲い来る怪物。
咆哮が止み、しばらく経って獣が現れない事を知って彼等は治療を再開した。

「化け物め…! これだけ殺してまだ殺し足りないってのか…!」

獣の声が響く度に中断される治療。
その所為でどれだけの助かる命が失われたのか。
男はこの場にいない怪物に毒づいた。

城壁に上ったバオーが咆える。
だが決して雄叫びではない。
それは胸の内にある悲しみを吐き出し続ける慟哭。
彼は戦いの中で“バオー”の本質を理解した。
破壊衝動に身を委ね自ら怪物へと成り果てる、そう確信していた。
しかし違った。“バオー”は怪物などではなかった。
“バオー”は何も知らぬ赤子のような存在だった。
ただ自分の身を守る事しか知らずに力を振るう“バオー”に悪意は無い。
どれほど力があろうとも戦いなど求めていないのだ。
自分と同じ様に必死に生きているだけに過ぎない。

向かってくる敵意が薄れた今、彼の意識は限りなく鮮明な物になっていく。
その度に“バオー”の力を戦争に使った事を彼は嘆き叫ぶ。
何の罪も無い命を自分が化け物へと変えてしまった後悔。
幾重に罰を受けようとも決して許される事ではない。

なのに…。
それなのに…。
彼女は許すと言ってくれた。
例え自分を許せなくとも彼女が許すと言ってくれた。
身を引き裂かれそうな想いをその温かな胸で受け止めてくれた。
離れているのに前脚に刻まれた証から彼女の心が伝わってくる。

引かれ合うように空を見上げる。
重なり合う二つの月の境に浮かぶ一つの影。
その背から桃色の髪を風に靡かせた少女がこちらを窺っている。
姿が見えなくともお互いの事が認識できる。
それはルーンの力なのか、それとも彼女の血に交じった分泌液の力か、
理由は不明だが確かに二人の心は見えない何かで繋がっていた。

シルフィードが彼の目前へと近付き、タバサがレビテーションで彼を背へと持ち運ぶ。
目の前へと舞い降りる、余す所なく返り血で薄汚れた彼の身体。
それを何の躊躇もなくルイズは抱きしめた。
そして、寄り添うようにしてただ黙って二人で泣いた。
悲しくて、辛くて、悔しくて、泣く事しか出来なかった。


二人の邪魔をしないようにキュルケとタバサは押し黙る。
キュルケは自分ならルイズを慰める事が出来ると思っていた。
でもそれは違う。彼女に必要なのは一緒に泣いてくれる相手だった。
自分の思い違いに苦笑いを浮かべながらタバサの方へと視線を向ける。
しかし彼の無事に安堵した筈のタバサの表情は浮かない物だった。
タバサの視線の先には城門前に散らばる無数の敵兵の屍。
理由があろうとも彼は自分の意思で人間を手に掛けた。
それも一人や二人ではない、その総数は百を下らないだろう。
もし彼が人類の脅威となったなら、その時は……。

(きゅいきゅい! 誰かが近付いてくるのね!)

思い詰める彼女の耳にシルフィードの鳴き声が届く。
咄嗟にタバサは彼女に退却を指示する。
如何に疲労が溜まっているとはいえ風を切って飛ぶ風竜の速度ならば逃げ切れる。
しかしその距離は離れるどころか簡単に追いつかれた。
追跡しているのが火竜ではなく風竜だと気付いた瞬間、彼女達の背後から声が掛けられた。

「ルイズ!!」

必死に手を伸ばしながらワルドは叫ぶ。
それは断崖に落ち掛けた人間へと伸ばされる手に等しい。
この機を逃せばルイズは無事ではいられない。
ワルドにとっては彼女を救う最後の機会だった。

「僕と一緒に来るんだ! このままでは君は…」

その続きは視界を覆う炎の塊に遮られた。
それを旋風の守りで背後に逸らしながらもワルドは前を見据える。
ワルドの視線からルイズを遮るようにして、
眼の奥に激情をともしたキュルケが再び杖を振りかざす。

「遺言はそこまで? 色男さん!」
「貴様ッ…! そこをどけ! 僕はルイズに話があるんだ!」
「あの子を傷付けておいて…よくもそんな事が!」

残り滓のような精神力を振り絞り、彼女の杖が再び火球を放つ。
それを肩の傷から響く痛みに耐えながら風竜を駆って寸前で避ける。
その攻防からタバサはワルドに余力が残されていない事を確信した。
精神力が残されているなら先程の様にすればいい。
余分な回避行動を取れば相手に距離を開かせる事になる。
そうしなければならなかった理由は唯一つ、ワルドにその力が残されていないから。
だがキュルケもタバサもルイズも限界が近付いている。
そして…出来る事なら彼に力を使わせたくはない。
それでも延々と追いかけっこを続ける訳にはいかない。

「このままでは君もその使い魔も助からない!
今ならまだ間に合う! 『レコンキスタ』に来るんだ!」
「そして、また薬を飲ませて狂わせようって言うの!?」

その、たった一言。
自分の親友が言った言葉がタバサの胸を深々と抉った。
それは彼女が知る由もない自分の忌まわしい因縁。
まるで古傷が疼くかのような痛みに彼女は蹲った。
タバサは気付いてしまった。
母親の心を壊され、彼等に従うしかなかった自分。
彼女が置かれようとした状況が自分達と酷似している事に。

「ルイズを人質にして使い魔も手駒にしようって言うの!?
どうなのよ! 反論があるなら答えなさい!!」
「貴様如きに語る必要は無いッ!」

ワルドの怒号と共に風竜がその速度を増す。
一瞬にして真横に付けたワルドがルイズへと腕を伸ばした。
瞬間。その手を掠めて風の刃が飛ぶ。
不意に風竜を離脱させ、攻撃の来た方向へと視線を向ける。
そこにいたのは杖を掲げるタバサだった。

有り得ないと、目に映る光景をワルドは否定した。
彼女は既に竜騎士隊との戦いで精神力を使い果たした筈だった。
しかし現実に彼女はエア・カッターを放って見せた。

「……彼女は渡さない」

杖を握るタバサの手にはまだ柔らかな感触が残っている。
魔法薬で心の平静を奪われた時、ルイズに握り締められた両の手。
あの時に告げられた言葉がどれほど私の心を救ってくれたか。
キュルケと同じ……私の大切な親友。
その親友を傷付け、今度は心さえも奪おうというのか。
彼に、私と同じ苦痛を植え付けようというのか。

「貴方達には…二度と渡さない」

許さない。
決して許さない。
今度こそ私が守ってみせる。
あの頃の無力な少女、シャルロットはもういない。
私はタバサ、トリステイン魔法学院二年生『雪風』のタバサ。

沸き上がる怒りを精神力に変えてタバサは立つ。
彼女の眼に映るワルドは憎き仇の姿をしていた。
あるいは彼女は察知していたのかも知れない。
この背後で陰謀を巡らせる“あの男”の存在を…!

「チィ……!」

ワルドは己の慢心を呪った。
魔法学院の生徒風情に後れを取る事はない。
心の奥で彼女達を完全に見下していた、その結果がこれだ。
二人の少女が放つ気配は自分の執念に迫るものがある。
敗れる事は無いにしても最悪、相討ちさえも覚悟せねばなるまい。
だが、それでは無意味なのだ。

「ルイズ……!」

再びワルドは声を上げた。
自分の声は届く、必ず届くと信じて彼は叫ぶ。
それに応えるように二人の間から細い腕が伸ばされた。
突然のルイズの行動をタバサ達が唖然と見つめる。

「おお…!」
ワルドが歓喜に沸いたのも一瞬。
ルイズと眼を合わせた瞬間、彼はその手の意味を理解した。
自分を哀れむような悲しげな瞳。
彼女は自分に“手を差し伸べた”のだ。
誘いを受けたのではなく、こっちに来るように告げている。
ルイズが理想とするワルド、ワルドが理想とするルイズ。
互いの理想像を求めて手を差し伸べあう二人。
両者の溝は断崖のように深く、決して交わる事は無い。
それをワルドはこの時、初めて理解した。

見る間に風竜の速度が落ちていく。
あれほど近くにあった彼女の背中が果てしなく遠ざかる。
彼自身がもう引き返せない事を自覚していた。
幾重にも重ねた罪は処刑でさえも生温い。
もはや懐かしきトリステインの地を踏み締めるには、かの国を滅ぼす他ない。
そして虚無の力を手に入れるにはそれしか残されていない。

気が付けば手に入れるべきはルイズから虚無の力へと変わっていた。
肩の痛みが失われ、身体を駆け巡る血液も熱を失い、心臓の脈動さえも聞こえない。
まるで自分が死んだかのような錯覚にワルドは陥っていた。
否。錯覚ではない、ジャン・ジャック・フランシス・ド・ワルドは今日死んだ。
ここにいるのは、その亡骸を突き動かす妄念の塊に過ぎない。
この身の飢えと渇きを癒す為に世界を焼き尽くす“怪物”と彼は成ったのだ。

ルイズの手が宙に揺れる。
その手を掴むべき相手は遥か後方。
行き場を失った腕をそのまま漂わせながらルイズは自問する。
“一体私は何をやりたかったのか?”と。

あのままワルドが戻ってきてくれたとしても彼に待っているのは処刑だ。
せめて最期は貴族らしく誇りある姿で逝って欲しかったのか。
理由は判らない…判らないけれどワルドの目はとても寂しく感じられた。
まるで迷子が道往く誰かに助けを求めるような、そんな眼差しだった。
だからこそ手を伸ばしたのかもしれない。
しかし拒絶された今、残されているのは戦いの道しかない。
それもトリステインとアルビオンの国家間の大戦争。
どれほど多くの血が流されるのか想像さえも付かない。
そして、それを止める事は誰にも出来はしない。
運命という奔流の前では彼女達の存在は流されていく小枝のように無力。
その渦の中心にあるのは、私が持つという“虚無”の力。

“偉大なる我等の始祖ブリミル…”

ルイズは始祖に祈った。
毎晩のように捧げられた祈りは叶った。
だけど、こんな事を彼女は望んでなどいなかった。

“もう二度と魔法が使えなくて構いません。
 ゼロと呼ばれ蔑まれようとも他人を恨んだりはしません”

それは分不相応な願いを持ったが故の罰か。
彼女は心の底から始祖に祈り願う。

“ですから私達に昨日までの日々を返してください。
 ただ普通に暮らしていた日常へと私達を戻してください”

キュルケがいつもみたいに私の事を小馬鹿にして、
それを少し離れた所から本を読みながらタバサが見ていて、
首を突っ込んだギーシュが巻き添えを食って、
慌てて止めに入るコルベール先生が、可笑しそうに笑うシエスタがいて、
そして私の傍にアイツがいる、そんな退屈なのに楽しく笑い合える日常を、どうか。

失って初めて私は知った。
そんな事に気付けないほど私は幼稚だった。
あの日々こそが“虚無の魔法”にさえ勝る掛け替えの無い財産。
もう取り戻す事も出来ない、本当の“宝”だったのに。

零れ落ちた涙が風に融けて消えていく。
それは過ぎ去りし日を惜しむ惜別の涙だった。


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