ゼロの奇妙な使い魔 まとめ

ゼロいぬっ!-63

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匿名ユーザー

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『ロイヤル・ソヴリン』号はアルビオン空軍の技術の粋を尽くした名艦だ。
巨体とそれに搭載した火砲の威力を誇るだけの船ではない。
並の砲撃では揺るぎさえしない強度と、船体に見合わぬ最高速度さえも併せ持つ。
恐らくはあと十年経とうとも、この最高傑作を超える船は建造されないだろう。

しかし、その『ロイヤル・ソヴリン』号とて不沈艦ではない。
その巨体ゆえに、唯一旋回性だけは克服し切れなかったのだ。
そして急所とも呼ぶべきその横腹に向けて『イーグル』号は特攻した。
『ロイヤル・ソヴリン』号に劣るも『イーグル』号とて優秀な軍艦だ。
火力では足元に及ばないが、機動力ならば他の艦も圧倒できる。

確かに砲撃では破壊できないだろう。
だが、密接した状態で満載した火の秘薬を爆裂させればどうか?
『ロイヤル・ソヴリン』号の火薬庫に誘爆すれば即座に轟沈。
そうならなくとも充分過ぎるほどの損害を与えられるだろう。
肉食獣が獲物の脇腹に牙を突き立てるように、
船首が『ロイヤル・ソヴリン』号へと近付いていく。

瞬間。彼等の行く手を風竜に跨った一騎の竜騎士が遮った。

その男の顔を見た直後、副長の全身を激流にも似た熱い血が巡る。
忘れられようも無い。かつての主、そして今の主の命を奪った怨敵の顔を…。
今すぐにでも斬り殺したい衝動を堪え、副長は告げた。
内に秘めた憎悪は、それでも声色に滲み出る。

「一足遅かったな…もう貴様であろうと止められはせんぞ」
「いや、止めはしないさ。死にたいのなら好きにすればいい」

しかし、それさえもワルドは軽く受け流す。
高々と掲げられた彼の杖に迸る雷。
網膜を焼かんばかりの閃光に副長の背筋に悪寒が走った。
『ライトニング・クラウド』…!
風系統の中でも凶悪な殺傷力を誇る魔法。
だが満身創痍とはいえ軍艦である『イーグル』号を一撃で沈める事は出来ない。
そんな事はワルド自身が一番理解している筈だ。
それなのに彼の顔には一切の揺らぎが感じ取れなかった。

「…ただし、死ぬのはお前達だけだ。
敗者の道連れなどにされてたまるものかよ」

雷鳴が轟くと同時に、稲妻が船体を貫いた。
艦を揺さぶる衝撃も無く、一筋の雷光が瞬く。
突風が通り過ぎた後にも似た刹那の静寂。
それを打ち破ったのは『イーグル号』を引き裂く光と熱の奔流だった。
船内から吹き上がった炎が舐め尽くすかの如く『イーグル』号を飲み込んでいく。
爆風を避けて生き延びた者も生きながら焼かれ朽ち果てる。
船体の中央を吹き飛ばされ、二つに分かたれた船首と船尾がのたうつ様に浮き上がる。

何が起きたのか、瞬時に副長は理解した。
艦に積み込んだ大量の火の秘薬、それが落雷で引火したのだろう。
だが、船内を見通すかのように的確に狙い打てるものなのか。
困惑する副長を見下ろしながらワルドは呆れるように呟いた。

「城内に入るまで僕が何もしなかったとでも思ってたか?」
「ワルド…!」

何かを口にしようとした瞬間、副長の背後より炎が上がった。
それは振り向く間さえ与えずに一瞬にして彼を包み込んだ。
ゆらゆらと揺れる陽炎の向こう側に僅かに映る蠢く人影。
何もかも焼き尽くす炎を眺めるワルドに罪悪感など微塵も無かった。

時折響く絶叫さえも何も感じさせてはくれない。
ルイズを傷付けてしまった罪苦に比べれば見える物全てが無価値に思えてくる。
いや、元より価値など無かった。
そこに価値を見出そうと人は足掻いているに過ぎない。
だけど母上を失ってから僕の世界は刻一刻と色彩を失っていった。

しかし彼女ならそれさえも変えられる。
虚無の力ならば、この下らない世界を塗り替えられるのだ。
僕達は始祖の時代へと大いなる回帰を果たす。

ルイズの進むべき道には栄光の光が差している。
後は、彼女の手を引いて歩み出すだけなのだ。
今は安っぽい使命感や使い魔との親愛の情に揺れているが、
彼女だって自分の力の価値にいずれは気付く。
共に歩むと言ってさえくれれば、それを教える事が出来るというのに…。

「ご苦労様です。それでこそ貴方に竜騎士隊を任せた甲斐があったというもの」
見下ろした『レキシントン』号の甲板の上にはシェフィールドの姿があった。
目の前であれほどの惨事があったにも関わらず平然と立ち尽くす。
至近ではないにしても、あれだけの炎と爆風が襲ったのだ。
並の船なら間違いなく轟沈、たとえ軍艦だろうと損傷は免れない。
なのに、船体に傷どころか彼女の髪にさえも焦げ跡一つ付いてはいない。

「何を驚かれているのですか?
他の艦とは比べ物にならない数のメイジが、
この『レキシントン』に乗り込んでいる事をお忘れですか?」
「…なるほど。そういう事か」

風系統のメイジならば旋風の守りで矢や弾丸程度なら軌道を曲げられる。
それが集団ともなれば砲弾さえも食い止める事は可能だろう。
ならば『レキシントン』にいる全メイジが結集すれば爆風を遮るなど造作も無い。

「ちょうど良い。貴方に作戦の変更を伝えます」
「変更? その心配はない。もうすぐルイズの乗った船を止められる。
艦隊が間に合わなくとも作戦はこのまま続行可能だ」

相手は風竜一騎のみ。
交易船の火力など高が知れている。
ルイズが倒れた今、虚無の魔法を使われる恐れも無い。
濃霧の中では発揮されなかったが、歴戦の竜騎士隊の実力を以ってすれば容易い。
しかし満面に自信を浮かべるワルドに対し、
シェフィールドは明らかに悲観的な反応しか示さない。
これがただの指揮官ならばワルドもただ不安がっているだけだと思っただろう。
しかし彼女の智謀は自分を遥かに凌駕した位置にある。
反論を喉の奥に押し込み彼女の言葉に耳を傾ける。

「貴方には今からガンダールヴの所に行ってもらいます」
「…! 地上部隊を率いて奴と戦えと言うのか?」
「いえ、交戦中の制圧部隊は総崩れ、壊走を始めたそうです。
誰が行こうとも、もう立て直す事は出来ないでしょう」
「連中の代わりに足止めをしろとでも?」
「まさか。その余力が残っていない事は貴方が一番ご存知でしょう?」

自嘲気味に笑うワルドに、シェフィールドも笑みで返す。
どこか嘲笑の入り混じった表情に彼は不快感を露にする。
それも、目の前の疑問の前では取るに足りない事だった。
では何故、今更あの怪物の待つ城門に向かわなければならないのか。
その疑問を口にする前に、シェフィールドが解答を告げた。

「間違いなく彼女はそこに来ます、彼を迎えに」
「………!!?」
「これが最後の機会ですワルド子爵。
彼女を説得して我々『レコンキスタ』に引き込んでください。
それが出来ない場合、彼女にはもう一度壊れて貰う事になりますわ。
今度は決して元に戻せないようにしてね」

ワルドの視界が大きく歪む。
聞かされたそれは命令ではなく脅迫だった。
ルイズに薬を飲ませた時の後悔を彼は決して忘れない。
それを繰り返す恐怖はどれほどの物だろうか。
罪の悔恨に今度は自分が壊れてしまうかもしれない。

否。そうなると決まった訳じゃない。
今度こそルイズを連れ戻せばいい。
そうすれば全ては誤解だったと分かって貰える。
今ならまだ取り返しが付くのだ…!

「ハッ…!」
ワルドが騎竜を駆って空を舞う。
決意に満ちたその雄姿を見上げながら彼女は呟いた。

「我が主、全ては順調です。
これで虚無の少女が手に入るなら良し。
そうならなくとも…」

彼女達はワルドを高く評価している。
それこそ“バオー”に勝るとも劣らぬ程に。
腹心として抱えるには危険すぎる大きな野心。
そしてひたすらに力を渇望する貪欲さ。
更には自分達と同様、彼も世界を激しく憎悪している。
その心中に潜む魔獣こそワルドの本質。

それでも彼女の主には遥かに及ばない。
全てが狂気で満たされた主に対して、
彼の心には僅かな聖域が残されているからだ。
それがミス・ヴァリエールへの想い。
最後まで守り通した唯一の人間の部分。
彼女の目的は、それを完膚なきまでに破壊する事だった。

傭兵達を使った挑発で“バオー”を本来の姿にした様に、
ワルドには彼女の目の前で裏切らせ、心を壊す薬さえも使わせた。
そして殺しこそしなかったが、遂にワルドは自身の手で彼女を傷付けた。
あと一押し。それでワルドは完全に生まれ変わる。
本当の意味で“我々の同志”となるのだ…!

口元が吊り上がった酷薄な笑み。
ワルドを見上げる視線にはどこか憐憫を漂わせていた。

船体各部から吹き上がる黒煙。
かろうじてタバサが延焼こそ防いでるものの、
次々と上がる火の手を消して回る事は叶わない。
消火の指示を飛ばしながらアニエスは数門の大砲で反撃する。
弾が尽きた砲には釘を詰め込んで撃たせた。
足を引き摺りながらも懸命に戦う姿に避難民でさえも勇気付けられた。
しかし、それも恐怖に抗う為に自分を奮い立たせているに過ぎない。
水系統のメイジも居らず積載した水も尽きた今、手作業で消火するには限界があった。

窮地に立たされているのは『マリー・ガラント』号だけではない。

四方八方から仕掛けてくる竜騎士隊の急襲は、
彼女達の抵抗を嘲笑うかのように精妙で狡猾だった。
前方から迫ってきたと思えば反転し、
別の竜騎士が真横からシルフィードに襲い掛かる。
背後を取ったと思えば、追撃する彼女達を複数の竜騎士が襲撃する。
それは空戦を初めて体験する彼女達にとって手痛い洗礼だった。

キュルケの肩は弾むように上下し、詠唱する合間にも荒い呼吸が漏れる。
燃え盛る炎とて永遠に続く訳ではない。
一時的な感情の爆発で力を引き上げたとしても、彼女の精神力はトライアングルの域を出る事は無かった。
ペース配分も考えずに全力で飛ばし続けた代償が重く圧し掛かる。
心配そうに見つめるタバサに彼女は黙って首を振る。
シルフィードを降りる訳にはいかない。
今戦えるのは私とタバサだけ。
彼女一人に全てを任せて舞台を降りれる筈が無い。

「こんな事になるんだったらフレイムも連れて来るんだったわ…」

シルフィードの負担にならないように学園で留守番させた自分の使い魔の事を思い浮かべる。
私が戻るまで、きっと彼は一人でずっと待ち続けるだろう。
なら何としてでも戻らなくちゃ…!
私の友達も、彼の友達も連れて皆で一緒にあの学園へと帰る。
だから…!
だから……!!

「邪魔するなって言ってるでしょうが!!」

杖の先から放たれた火球が火竜を爆発四散させる。
例え火勢が衰えようとも、彼女の内で燃える炎はまだ輝きを放ち続けていた。


『マリー・ガラント』号の舵を握る船長の汗ばんだ手が震える。
出航してから延々と続けられる襲撃に彼の精神は限界を迎えた。
この船に待っている運命は撃沈のみ。
ならば、せめて無関係な船員だけでも助けようと彼は思った。
降伏して避難民を引き渡せば少なくとも自分達だけは助かる。
それに、捕まった方がまだアルビオンの避難民だって助かる可能性はある。
自己弁護を繰り返しながら彼は恐怖心に負けて舵を切る。
だが、その手は喉元に突き付けられた刃に止められた。
何が起こったのか判らず、振り返ろうとする船長の耳に声が響く。

「止めときな。安物だが人間に首掻っ切るぐらい出来らあ」

そこにいたのは剣を抜いた武器屋の親父。
覗き込んだ彼の目が脅しではない事を明言していた。
何故、このような暴挙に出るのか理解出来ず船長は硬直した。
その彼に親父は諭すのにも雰囲気で語り掛ける。

「人を殺す武器を売ってる俺が言うのもなんだがな、
人の命を取引しちゃあいけねえ、それは商人の範疇を超えちまってる」
「しかし…このままでは遅かれ早かれ…」
「だけどまだ生きてるだろ。嬢ちゃん達も姐さんも諦めちゃいねえ。
ここにいる連中だって全員そうさ」

親父が親指で背後の乗客達を指差す。
まだ幼さを残す少年が船室に開けられた穴に板を打ち込む。
誰のか分からぬ子供達を老婆が怯えぬように優しく抱き締める。
燃え移ろうとする火を身を挺して消そうとする船員達。
誰もが生き残ろうと必死に抗っていた。

「あいつらの可能性を摘み取っちゃいけねえ。
もしかしたら奇跡だって起きるかも知れねえのによ」

船長の呼吸に嗚咽が入り交じる。
思えば今この船に乗るアルビオンの避難民にとって、
火の秘薬を売り捌いた自分達は親族や友人達の仇かもしれないのだ。
それなのに責める事さえせず自らの運命を託した。
ウェールズ陛下がくれた最後の贖罪の機会。
自分はその意味を理解せずに放棄しようとしていた。

舵を握る手に力が篭る。
ただ一度、夜が明けるまででいい。
あうかどうかも分からぬ勇気を振り絞り恐怖に立ち向かう。
そうしなければ二度と自分の心に陽は差し込まない。
未来永劫、罪に苛まれて生きるだろう。
それを打ち払う為に、彼は勇気と共に踏み切った。

「…さてと」

剣を鞘に収め、親父が辺りを見回す。
怪我人と子供や老人、それと船を動かすのに必要な船員達。
どう考えても戦える人間は自分以外にいない。
渡そうと思っていた小銃を背負って彼は船室を出て甲板へと向かう。
火薬も弾もないがアニエスならば持っているだろう。
ああ言った手前、自分だけ蚊帳の外にいる訳にはいかなくなった。
(こういうのは俺のキャラじゃねえんだけどなあ…)

心の中で愚痴を零しながら甲板へと駆け上がる。
開けたそこには見渡す限りの星空がある筈だった。
しかし、彼の目の前に広がるのは赤一色。
視界に立ち塞がったのは防衛線を突破した火竜の巨体だった。

火竜の喉下で燻る炎の吐息。
それを見て親父は自分の終焉を確信した。
やっぱりこういう事をやって上手くいくのは物語の英雄だけと相場は決まっている。
それを身の程を弁えずに飛び出すと三下はこういう目に合うのだ。
世間の世知辛さを痛感しながら目前の死を刮目する。

刹那。火竜の喉元には深々突き刺さる剣があった。

体勢を崩した巨体が自身の炎に巻かれながら地上へと落下していく。
何が起きたのか分からぬ親父の耳に再び竜の羽ばたきが響く。
再度襲来してきたと思い頭を低くして蹲る親父に親しげな声が掛けられた。

「悪いな親父! どうやら返品し損ねたみたいだ!」

視線を向ければ、隠し港で若い騎士がそこにいた。
雄々しき火竜に跨り、背後には竜騎士達が付き従う。
『マリー・ガラント』号の真上で旋回する彼等を目撃した貴族派の竜騎士達の動きが止まる。
突然の増援に面を食らった事もあるだろう。
だが、彼等の手を止めたのは驚愕ではなく恐怖だった。

まるで淀みなく連携する竜騎士の技量。
そして、その騎竜に掲げられた紋章。
それはアルビオン王国全ての人間にとって畏怖と敬意の象徴。

「明日を生きる同胞達の為!
トリステインの友人達の恩義に報いる為!
亡きウェールズ陛下の命によりアルビオン王直属竜騎士隊が貴艦の護衛に当たる!」


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