ゼロの奇妙な使い魔 まとめ

外伝-4 コロネの中身3つ目?

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外伝4 コロネの中身3つ目?


トリスティン王国の外れ、鍾乳石と石英の結晶で出来た洞窟の奥深く。
光も届かぬ場所で何かがぶつかり合い砕け散った。
音だけが外まで届き、突然巻き起こった風が洞窟に鳴き声をあげさせる。
魔法による戦闘の音を響かせながら暗闘が行われる傍らで若い女性がそれに負けぬくらいの大声を出した。

い、今見ていることをありのまま話すのね!
シルフィはお姉さまと子供をさらう犯人を捕まえることになったの!
全くお姉さまったら人がいいんだから!
きゅいきゅい、最初はミノタウロスが犯人だって話だった。
そしたら実は人間の人買いだったの!
ミノタウロスも実は中身は人間で…しかもミノタウロスはいい人だったの!
でも、それも間違い。お姉さまはミノタウロスの住んでいる洞窟で人骨を見つけたの!

な、何を言ってるかわからないと思うのね!
でも古い骨とか別の生き物の骨じゃないのね!
ミノタウロスの中身は人、だけど恐ろしいミノタウロスの本性を隠していたのね!
きゅい!そして、今目の前ではお姉さまとミノタウロスが戦ってるのね!

「…なるほど」

ミノタウロスはとても強い亜人、力も生命力も強いし、皮膚は鋼みたい!
つまり風や氷の刄で敵を攻撃するのが得意なお姉さまとは相性が最悪なのね!
しかもこのミノタウロスはお姉さまが使うのと同じ魔法をもっと強く使ってるのね!

「スクエアクラスなんですか?」
「そうなのね!だから助けて欲しいのね!」

シルフィがお願いしたのは何故か現れたジョルノっていう人間。
このミノタウロスが住む洞窟は街道から外れているし、見た目も不気味で偶然入ってきたとは思えなかった。
任務中に会うのはこれが二回目なのね…はっ!まさか…

「ジョルノはお姉さまのストーカーだったのね!」

シルフィの鋭い指摘にコロネが微かに揺れた。
微かな動きだが、シルフィードは見逃さなかった。
風韻竜であるシルフィードは人間よりもずっと夜目が効くのだ。

「…馬鹿なんですか?」
「シルフィは馬鹿じゃないのね!馬鹿って言った方が「ストレートすぎるぜ。何も知らないとしかたないだろ」
「…ナランチャを思い出しますね。いいですよ、一度だけ教えてあげます」

ジョルノが言うには、ジョルノ達は騒動の解決をテコにして村社会に近づくきっかけの一つにしているらしい。

そしてお姉さまもあの意地悪女から厄介事を押し付けられている…だから顔を会わす機会が多いのね!

こんなことを話すのはシルフィードやその主人であるタバサをある程度信用しているからだとも言ったが、ジョルノの表情からはそれが本心かどうかは読めなかった。

「まだまだ人手不足ってわけです。今の職場に飽きたらうちにきません?」

少なくとも毎日おいしいものお腹いっぱいは保証はしますよとジョルノは言った…ジョルノの誘惑にさすがのシルフィも揺さ振られたのね。

「ボ…ジョルノ。7号をほっといていいのか?」
「そ、そうだったのね!そんなことよりお姉さまを助けて欲しいのね!」

話し込んでいる間にお姉さまはもっと劣勢になってしまったのね!
同じ魔法を正面から打ち合うという条件でタバサが押し負ける所など、シルフィードは初めて見た。
それがシルフィードの余裕を一瞬で奪い去っている。

「勝てますか?」
「俺が勝つには7号を使うしかないな」
「ほら、ブツブツ言ってないで早くするのね!」
姿が見えない誰かもう一人が先ほどから会話に参加していることさえ気付かないほどにシルフィードは焦っていた。
だがそれに引き換え、ジョルノはいたって冷静だった。
ジョルノにはそれは見えていない。ただ「エアハンマー」をお互い唱え、それが衝突して巻き起こる爆発的な風は感じ、埃を多く含んだ風に辟易していた。
シルフィードには悪いが、ジョルノにはそんな程度の話だった。

「そうなんですか?すみませんよく見えないものですから「きゅい!早く!早く!」

シルフィの苛立ちを隠さない声にジョルノは手に持ったワイングラスを覗き込む。
埃を被ったワインを口にする為ではない。
ジョルノの呼吸が生み出す波紋の輝きを頼りに、ワインに広がる波紋を読み取るのだ。
生命エネルギーにだけ反応を示すレーダーはしっかりと機能していた。

「その辺りですね」

グラスに注がれたワインに広がる波紋を眺めていたジョルノは唐突に顔をあげ、懐から拳銃を取り出して…
シルフィが耳を塞ぐより先に轟音が響いた。ミノタウロスが倒れた。

「す、すごいのね」

余りに大きな音にシルフィードは耳が痛む程だったが…耳を押さえながら見つめる先ではミノタウロスはまだ動いていた。
ジョルノはそれに気付いているようだが、全く気にせずタバサの方へと歩き出す。

「昨日送られてきたばかりのピストルズNo.2は、下手をすると体を傷めるオーク鬼用ですからね。彼には無駄なようですが」

言いながらジョルノは、起き上がろうとしているミノタウロスの顎に銃弾を叩き込んだ。
見えていないわりにお姉さまの位置は掴んでるみたい、と両手で耳を押さえたシルフィードは思った。
足取りに危なげな所は全く見られない。
それどころか、突き出した鍾乳石や尖った石英を避けてタバサへと確実に近づいている。
だが立ち上がったタバサはジョルノに背を向けていた。

「感謝を…でも逃げて」

タバサは言うとウインディアイシクルの魔法を唱え、氷の矢を作っていく。
既に、ジョルノが来る前に一度試した魔法だ。
効かないことはわかっているにも関わらずあえて唱えるのは何故かシルフィードにはわからなかった。

起き上がろうとしているミノタウロスが作る氷の矢を防ぐ為か?
いや違うと、シルフィードは思った。ミノタウロスの作る矢の方が、数は多い。
シルフィードがザッとだが数を数えたのと同時に、二人の氷の矢は発射された。

それらは暗闇の中で衝突しあい砕けていく。
シルフィードははらはらしながら矢がぶつかり合い、氷の破片をばら撒いていく様を眺めるしかなかった。
今の姿は人間に変化したものだったし、洞窟の中はシルフィードが元の姿に戻るには狭すぎた。

数に劣るせいでどうしても防ぎきれない矢が…
言うことを聞かずにぼーっとしてる(ようにシルフィードには見えた)お姉さまの足を引っ張るジョルノをカバーするようにお姉さまは動く。

それをジョルノが横から抱き上げて下がる。

…壁や天井を歩いて?
シルフィの見間違えかと思ったけで何度目を擦っても天井を歩いてるのね!

ミノタウロスも驚いているのか目があい…シルフィードは慌てて目を逸らした。
するとミノタウロスの犠牲者である子供の骨が、氷の矢に貫かれる場面に出くわしまたあわてて逸らす。

「優しい心遣いだな。ぼーっとしてるように見えた僕を守ろうとしたのか? だが、僕を守ろうとしてあんたが危険になるのはたまらないってのもわかって欲しいな…」

そう言いながらシルフィードの側に来たジョルノの背中に、追撃はなかった。

「ふお…、うぉ…ぐぅお」

ミノタウロスはうめき声を上げていたのね。
ジョルノが何かしたようにはシルフィードには見えなかった。
だがミノタウロスは三人の目の前で頭を抱え、洞窟内に無数に突き出る鍾乳石や石英の塊を物ともせずにのた打ち回っていた。

こんな時、自然とシルフィードの視線はタバサの姿を探す。
シルフィードが時々苛立つタバサの冷静さとシルフィードの不満の種である読書などで培った知識がシルフィードの不安に繋がる疑問を解消してくれるからだ。

…お姉さまには、何が起きているのかわかってる?

タバサの様子を見たシルフィードはちょっとだけ安堵した。
戦う時に見せるタバサの冷たい青い目に戸惑いは見られなかった。
一緒に視界に入ったジョルノの顔に一瞬不愉快そうなものが現れたのは見逃していた。

獣の唸り声のような声がミノタウロスから漏れはじめた。タバサは動き出す。
ミノタウロスの赤く輝きだした目や口から垂れ流し始めた涎を見て、少しは納まっていたシルフィードの不安は徐々に高まっていく。

「お姉さま! 逃げて! なんか様子がヘンなのね!」

その時、目を真っ赤にしたミノタウロスが立ち上がった。
先程までとは別人みたいな発音で人を食べるとかなんとか…危ないのね!
シルフィードの静止を聞かずミノタウロスへとタバサは向かっていく。
その前に、ジョルノが立ち塞がった。

「…、タバサ…少し僕にまかせて欲しい」

既にミノタウロスが動き出しているというのにジョルノはそれに背を向けてタバサにお願いした。
冷たい目でタバサは見上げたが、ジョルノは相変わらず笑みさえ浮かべていた。

「危険…」
「お願いします」

タバサは頷いた。
魔法を使わずに斧を振り上げて突撃してくるミノタウロスに向かって、ジョルノは走り出す。タバサへ礼を言って、先ほどの銃を構える事も無しにだった。
ミノタウロスは涎を垂らしながら斧を振り回す。
先ほどまでタバサに勝るメイジだったことなど感じられない獰猛な臭いがする動き。
先ほどまでのミノタウロスは、どこかで訓練を受けていたのかくせのない動きだったが、それは抜け落ちていた。
巨大なゴーレムと比肩すると言われる程の筋力で振るわれる斧は、振り下ろす途中に存在する鍾乳石などを砕きながらジョルノに迫る。
シルフィードがあたったと思った瞬間、ジョルノは天井へと逃れていた。

…こっちの方が人間じゃないみたいなのね。

珍しくタバサも唖然としている。
硬い洞窟の床へと斧を深く突き刺したミノタウロスのパワーも驚くべきものだが、まさか天井に手を引っ付かせてかわすとは思わなかったのだ。
これで二度目…どうやらマジにジョルノは壁にへばりつく能力を持っているらしい。
タバサは微かに天井に触れた指先が輝いているのを見逃さなかった。
ミノタウロスが獲物を捕まえようと伸ばす手をすり抜けて、ジョルノは背後へと降りていく。
落ちる途中で自身の銅周りより一回り以上太く熱を帯びた硬い首へと手を回し、ジョルノは言った。

「山吹色の波紋疾走…!」

その言葉と共に、一瞬だけミノタウロスの肉体が輝く。そしてミノタウロスの動きが止まった。
タバサとシルフィードは息を呑んで様子を見守る。

まず赤く輝いていた目も輝きを失っていく。
次にずっと開いたまま粘性の高い涎を垂らしていた口が閉じられた。
シルフィードの目には徐々に元の、どこか理性を感じさせる雰囲気が戻ったように見えた…ミノタウロスがうめき声を上げる。
獣染みた声とは似ても似つかないはっきりとした発音。魔法を唱えていた時のどこか優雅さを感じさせるイントネーションが戻っていた。

「う…む…?」
「気がつきましたか?」

かけられた声にミノタウロスは驚いたように目を見開き、首を振る。
だが体は全く動かない。まるで彫刻にでもなったかのように止まっている…シルフィードはそれを見て警戒を解いた。
タバサはまだ杖を向け、いつでも戦闘を再開できる体勢を保ちジョルノとミノタウロスのやり取りを観察する。

「何をした? 私の意識が戻ったり、動けないことなどありえぬ」
「人間の技術には貴方が知らないものもあるってことです。それより、観念して事情を話してもらえませんか?」

言いながら、ずっと淡く輝く手をミノタウロスの体に触れさせていたジョルノはミノタウロスをしゃがませ、右目の前に先ほどの銃口を突きつけた。
身動きが取れず、銃を突きつけられミノタウロスはため息を一つついて、事情を語り始めた。

…………3年ほど前だ。子供を襲う夢を見た。獣のように、私は子供に食らいついていた。
それから何度もそんな夢を見るようになった。ああ、はじめは夢だと思っていたよ。
目が覚めて…ああ意識が戻って傍に転がった子供の骨を見てもそれが現実のことだとは思えなかった。

起伏を廃した語調で吐露していくミノタウロスから銃口を外し、ジョルノは少し首を傾げる。
何か考えているようだった。

「だんだんと、自分の精神がミノタウロスに近づいていくのがわかった。とても空腹の時など、不意に人間が食べたくなる。
 理性が否定しても、感情が言う事をきかんのだ」

淡々と語るミノタウロスの姿を見て、タバサも杖を下げた。
最低限の警戒は解かなかったがもうミノタウロスに抵抗するつもりはないと判断した…感情を交えず他人事のようにミノタウロスは続けていく。

「必死に押さえつけても、すぐにその欲求は首を持ち上げてくる。
体の中にミノタウロスの意識が残っていたのか、それとも私の心が体に近づいていったのか…恐らく両方なのだろうな」

ミノタウロスの話に同情したのか、シルフィードの表情に影が差したがそれはミノタウロスにしかわからなかった。

「死のうとも考えた。しかし、私には己の命を絶つ勇気が無かった。己の中の獣を殺そうとして、色んな薬を調合したが無駄だった。
日に日に、”わたし”でいられる時間は減っていった…だから、これでいい。さあ止めを刺してくれ」

ミノタウロスは神妙な顔つきで目を瞑った。
ジョルノは動かない。それを見たタバサが杖をあげるのを見て、ジョルノは凄く爽やかな笑みを見せた。

「嫌です。タバサも杖を直してください。こんな男の為に貴方が手を汚す必要はありません」
「駄目…彼はまた人を襲う」

うっすらと光り輝きながら爽やかな笑顔を浮かべるジョルノに、タバサは少しだけ険のある顔を見せた。
お父様には似てない!
やっぱりジョゼフに似ていると思った。

タバサはミノタウロスが何故ミノタウロスの体に移ることになったか、そのわけを本人から聞かされていた。
ミノタウロスを倒したが、不治の病で死期が迫っていた…もっと生きたい一心で禁忌の術まで使い、ミノタウロスの体に移ったという話を、昨日の内に聞いていた。
そこまでして生きようとしたのに今は死を望む彼に対して意地の悪い事しか言えないのか。

無表情な顔にジョルノを責めるような色が加わっていた。
ジョルノはそれを見てもピザ・モッツアレーラと口ずさみそうな明るい表情をしていた。
シルフィードなんてちょっと嫌悪したような顔を見せる段になって、ジョルノは聞く者が心地よい気分になってしまうような声音で話し始めた。

「確かに持って生まれた性は抗いがたいものです。ですが、僕は一つの可能性を知っている。一つの可能性だが、それに賭ける覚悟は持てるか?」

ミノタウロスの前にジョルノは手を翳す。
繊細な指先。形の良い爪が、山吹色の輝きを放ち始める。

「アンタを押さえ込んだこの能力なら…ミノタウロスの本能にも打ち勝てるかもしれません。そう思いませんか?」

タバサはどちらに似ているのかまた迷う羽目になった。



少しして、シルフィ達四人は洞窟を出たのね。
四人…洞窟内の荷物をもてるだけ風呂敷に包んでレビテーションで浮かせているミノタウロスもなのね。

ジョルノの手がミノタウロスの体に触れ、淡い光を放つとすぐにミノタウロスの本能に引きずり込まれそうになっていたメイジの意識が戻った。
意識を取り戻したミノタウロスはどんな手を使われたのかはわからなかったが、動かない体と目玉の前に突きつけられた銃口を見て観念した。
観念したミノタウロスはジョルノに問われるままに自分の状態を話したのね。

3年前から子供を襲う夢を見始めたこと。
そしてそれは夢ではなく、だんだんと自分の精神がミノタウロスに近づいていく事がわかったこと…
薬も効かず、不意に人間が食べたくなるまでになり、どんどん自分でいられる時間が減っていき…死ぬ勇気はもてなかったこと。
とても可哀想な話だったのね。

全て聞き終えた後、ジョルノはミノタウロスメイジを預かると言い出したのね。
ジョルノが今ミノタウロスを止めた技術を学び、(とても習得が難しいらしいが)修得できれば自力でミノタウロスの本能という呪縛からも解き放たれる、かもしれないと言ったのね。

「彼が修得できずミノタウロスになってしまうと判断したら僕が責任を持って殺します」

そういったジョルノの顔は怖かったのね。
お姉さまがそれを承諾したのは多分…
理由ゆえ口には出さなかったが、シルフィードにはタバサが先ほどジョルノが見せた不思議な力に関心を示す理由は分かっていた。
今も盛られた毒の効力が消えず心を病んだままの母親へも効果があるような能力なのか…タバサはそれを知りたがっているのだろうと。

「ジョナサン。これは貸し」
「はい、僕の能力が必要なら遠慮なく言ってください」

二度目に出会った時の名前、タバサがイザベラに化け、ジョルノがゲルマニア貴族に化けていた時の名前でジョルノを呼んだタバサの表情はとても真剣だった。
ジョルノもそれをわかっているのか、そう返した。
タバサを乗せて、シルフィードは空へと舞い上がる。

残されたジョルノは隣に立つミノタウロスを促し、自分の馬へと向かう。
ミノタウロス…中の人はラルカスという名の元貴族は、タバサがいる時はどうしても言い出せなかったことを尋ねた。

「どうして私にこんな事を申し出たのだ? こう言ってはなんだが、殺してしまった方が手っ取り早いはずだ」
「今は寿命かアンタが完全にミノタウロスになるまで生きていてもらうつもりだが。僕にもそこのところはよくわからない」

ジョルノは少し可笑しそうに言う。

「ああ、それはいいが、私がまた暴走したらどうするんだ?」
「アンタの相棒が止めてくれる」
「相棒?」

怪訝そうにするラルカスにジョルノは一本の短剣を投げ渡す。
それは2.5メートル程でマッチョなラルカスには聊か小さいナイフだったが、ナイフが喋りだした。

「マジかよボス!?」
「はい、暴走しかけたら容赦なく乗っ取ってください」
「インテリジェンスナイフか…まさかコイツに」
「人を乗っ取る能力があります。かなり強力ですから貴方相手でも大丈夫でしょう」

一瞬驚いたようだが、そこは貴族出身、マジックアイテムに関する知識などにも精通していたお陰で意図がわかった。
ジョルノは頷いて馬に跨る。ラルカスの分の馬はないが(ミノタウロスが乗れるような馬は早々無い)体力はあるし飛べばいいので問題は無い。

「二人で話し合って体を使う日とか決めても構いませんが、ラルカス。鎖を通して首から提げるなり布で縛りつけるなりして肌身離さず持っていてくださいね?」
「俺の意見は無視ですか…わーったよ。ボス」

ナイフはかなり損な役回りだろうに不承不承ではあるが承諾し、ラルカスは…複雑な感情が不意に湧き上がり体が震えていた。

「感謝する。これで、技術の習得如何に関わらず、もう子供を食うことはなくなる…意識を失う事を恐れなくて済むのだな」
「…ですが、僕はギャングだ。汚い仕事もしてもらう事になるだろうし、波紋は万人に一人しか習得できない技術。しかも本能を抑えられるかはわかりません」

水を差すような言葉を聞いてもラルカスは牛の頭で笑みを浮かべた。
ギャングが何かは分からなかったが、それでもただ自分が無くなっていく恐怖に怯えるだけの日々ではなくなるのだ。
それがとても嬉しかった。

ジョルノの示した可能性は、この世界を照らす太陽よりも力強くラルカスの暗闇を照らしている。
何年かけても習得できないかもしれない事だったとしても、絶対に止める事ができる相棒がいる。
子供を食うようなことがなくなるだけでラルカスには十分だった。

「その時はずっとこのナイフに操ってもらっても構わん。面倒なら殺してくれ」
「…アンタに一つ言っておく」
それを聞いたジョルノは馬に乗ってやっと同じ位の高さになったラルカスを冷たく見下ろした。
ナイフがラルカスの手の中でガクブルしだしたが、ラルカスは表情だけでなく声にも含まれた冷たさに驚いていて気付かなかった。
その声の中に含まれた熱さにも。

「暗闇に道を切り開くのは覚悟のある者だけだ。アンタは、もっと希望していい。そう、僕らは本能になんか負けはしないとな」

最後はどこかかみ締めるように言い、ジョルノは馬を走らせる。
それに少し遅れて空を飛びながらラルカスは先を行くジョルノの後姿を目に焼き付ける。

「ナイフ。彼の事はなんて呼べばいい?」
「裏の仕事までやる奴だからな。アンタの覚悟によるぜ」
「私はこんな体だ」
「ならボスだな。おっと、一般人の前では言うんじゃねーぜ? それと俺は地下水だ。よろしくな相棒」
「よろしく。私はラルカス…元貴族だ」

ナイフはぁん?怪訝そうな声を出した。

「今はボスの言うギャングを目指している」


ジョルノ達が牛を連れて戻る頃…テファは追われていた。
きっかけは些細な事だった。
それに、誰が悪いでもない事だった。
テファは危険を理由にジョルノに街に残され、暇を持て余していた。
一緒に旅をするうちに良くも悪くも馴れてしまったことで警戒心をちょっぴり緩ませたという程度の事だ。
テファを指差した子供も、突然の強風に飛ばされかけた帽子をテファが押さえる…ほんの一瞬を見て無邪気さを発揮しただけだった。

「ママ、あのおねえちゃんの耳長いよ! まるでエルフみたい!」

ジョルノがいれば、あるいはもう少しテファが上手に機転を利かせられれば良かったのだが、数分と待たずテファは街を悲鳴で溢れかえらせながら住人達に追われることになった。
そうなってしまえば、記憶を消す魔法を使うことも間に合わず、帽子が飛んでいってしまうことさえ気にする余裕も無く、必死にテファは走った。
殆どの人は伝え聞くエルフの伝承を思い出して道をあける。
その伝え聞いた情報ががどんなに事実と異なっているかは関係がなかった。
既にパニックが伝染し、恐慌に陥った彼らにはテファが本当にエルフかさえ見分けることができなくなっていた。
目の前にいるテファから攻撃的なものが感じられなかろうと、彼らには長い耳はそれだけで恐怖の対象だったし、聞こえてくるエルフという単語から思い浮かぶのは自分が殺されるという事だけだった。
テファも、宿に戻る事さえ思いつかずただ逃げていた。
少しずつ追いかけてくる人間が増えている事にも気付かず、頭に思い浮かんでいたのは母が殺された時の事だけだった。
無抵抗で助命を請うても、あの夜の兵士達は母を殺した。
一緒にいた自分も魔法がなければ殺されていた。
その時の光景を思い出し、血に染まる母親の姿が脳裏に浮かぶのと同じくして誰かが唱えた魔法が風を起こし、テファの肌を掠めた。
巻き添えにあって町の人にも風は吹きつけ傷つけていた。
微かな痛みと共に、怪我をして喚く人を見てテファの頭も真っ白に染まった。
今度は火がテファを追いかける。
幸い足は止まっていなかったから、火の弾はテファには当たらず屋台を燃え上がらせる。
騒ぎは、もっともっと大きくなっていた。
周りから手が伸びる…これ以上壊されては敵わないと判断した商人の一人が、勇気を振り絞りテファを捕まえようとしていた。
テファが悲鳴をあげる。腕が捕まれ引きずり倒されるという所で、上空から突如白く輝く竜巻が出現し全て吹き飛ばす。


「大丈夫?」

悲鳴を上げていたテファは、何が起きたのか理解できなかった。
傷口に何かが触れ、テファは痛みに呻いた。
だがそのお陰で少し正気に戻ることもできた。
そこは空の上だった。アルビオンとはまた違った空…下は何か知らない、大きな生き物の背中だった。
隣を見ると、何故か自分がいる。それに、前に出あったタバサも。
強い風が吹きつける感覚、大きくなった太陽と雲を見てテファは今自分がどこにいるか理解した。
以前出会ったメイジのタバサ、その使い魔だかガーゴイルだかのシルフィードの背中だ。

「貴方が、助けてくれたの?」
「ジョルノ………彼から、貴方の事を頼まれた」

言うなりタバサはシルフィードの背中からテファそっくりの誰かを突き落とす。
竜の背中から、それは地上へとまっ逆さまに落下していく。
身動き一つとらずに…「ええっ!?」

「問題ない……あれは、人形」
「きゅい! そうなのね! あれはスキルニルっていう人形なのね!」

自分そっくりの誰かが先ほどまで自分が追いかけられていた場所へと落下していく。
テファは驚愕も露に身を乗り出し、タバサのタバサ自身よりもよほど長い杖が行き過ぎないようテファの胸を抑えて、杖が幾らか胸に沈んだ。

「……本物?」
「う、うん…お、おかしいかしら?」

顔を真っ赤にしてテファが答えると、二人の間に奇妙な沈黙が訪れた。
おしゃべりな竜が空気を読まずにスキルニルに関する説明をしていく。
スキルニルは過去の魔法使いが作ったアルヴィー(小型魔法人形)!
人間の血を与えるとその人間そっくりになる。
外見のみならず記憶やしぐさ、身につけた技術まで再現出来る。
古代の王達はこれを用いて戦争ごっこに興じたらしい…なんてことまでだ。

「…た、助けてくれてありがとう」
「彼のところに…連れて行く」

タバサがそう言うと、シルフィードはすぐに体を反転させた。
シルフィードの視界には、道を走る立派な、とてもおいしそうな駿馬とその横を走る顔をマントに付いたフードで隠したミノタウルスの姿を捉えていた。
グングンとスピードをあげ、心地よい風を受けながら二人の傍へと行く。
接近に気付いたミノタウルスが杖を構え、ジョルノに止められる。

「きゅいきゅい! ジョルノ! この娘を連れてきたのね!」
急停止する動きが起こした突風がジョルノの髪やミノタウルスのマントを靡かせる。
馬はよく制御されていた。微かに手綱が光っているようにタバサには見えたが、何も言わない…今はテファのことを説明する方が先立った。
テファとシルフィードの背をおりる。ジョルノもテファがいることを見て既に馬から降りていた。

「エルフだと!?」

驚くラルカスを他所に、ジョルノは駆け寄ってきたテファを抱きしめて安心させるように後ろに回した手でテファの長い耳の後ろ、耳たぶからゆっくり首筋にかけて撫でていく。
視線はすぐにタバサに向けられた。

「…ジョルノ。彼女は」
「概ねわかりました。テファの耳を見られてしまったんですね?」
「ごめんなさい…」

謝るテファにジョルノは首を振り、タバサとシルフィードにグラッツェと礼を言う。

「追われる心配は?」
「スキルニルを使ったから…大丈夫」
「ベネ。借り二つ、ですね。このお礼は必ず」

頷くとタバサは背を向け、シルフィードの首根っこまで登っていく。
特にいつ返せだとか、どこにいるとかはお互い言わなかった。
本当に困っていたり何か返す気になれば、ジョルノはタバサを見つけるだろうという気が、なんとなくしていた。
シルフィードが羽ばたき、一瞬の後にはもう空へと舞い上がっていた。
その段になって、ジョルノはやっと杖を構えるミノタウルスに気がついた。
少し、慌てていたようだと思ったが、それを二人には気付かれないよう装い、ラルカスに目を向ける。
テファの体に付いた傷はゴールドエクスペリエンスを使って治していく。

「どうしたんです?」
「ジョルノ。それともボスか? そいつはエルフだ。貴方がエルフを知らぬわけではないだろう?」

ケガを治療し終え、体の震えもなくなったのを確認したジョルノは体を放した。
テファが残念そうに声を出したが、聞いちゃいなかった。

「あ…「テファは安全です」
「危険だ。貴男に死なれると私が困る」

ラルカスは勤めて厳しい声を出したが、ジョルノは全く気にしていないようだった。

「アンタはミノタウロスの体を持ち、本能に負けて子供を食っても自分を貴族だと主張していたな。この娘もそういうことです」

そっけなくジョルノは言い、テファの体に付いた傷をゴールドエクスペリエンスを使って治していく。
それでもミノタウルスは杖を下げなかった。

「しかし…ボス、エルフ一人を相手するのに腕利きのメイジが何人必要だと思っている…!」
「アンタがいる。逃げることくらいはできるだろう」

取りつく島もないジョルノの態度にミノタウルスは牛の頭ではわかりづらいが困ったような顔をした。
少し攻撃を受けて傷ついた服を見てジョルノはテファに上着を着せる。

「少し二人で待っていてください」

ジョルノはそれ以上話し合うことも無く、街に泊めてある馬車へ連絡を取りに行く。
残された三人には気まずい雰囲気が漂う。
普段は明るいテファも今は表情を曇らせて黙りこくっている…程なくしてジョルノを乗せた馬車が3人を迎えに来た。
亜人二人、インテリジェンスナイフ1、ギャング一人を乗せた馬車はそのままトリスティン魔法学院に向かって走りだす。

「ねぇジョルノ。その人?は…」

乗り込んだ馬車の中で、出立前に着替えも済ませて少し表情を明るくしたテファが尋ねた。
ジョルノは微かに揺れる馬車の中、軽食を取り出しながら返事を返す。

「僕の新しい仲間です」
「えっと…ミノタウロスに見えるわ」

あっけらかんとしたジョルノの様子にテファは戸惑いわ隠せないようだ。
まあ当然の質問にミノタウルスは頷いた。だがジョルノは首を傾げた。

「良く知っていましたね。ミノタウロスですが、それがなんです?」
「え? うん…、わかったわ」

テファはジョルノの物言いには困ったが、気にしない事にした。
今のところ何も無いし、ジョルノが言うのだから大丈夫だろうとテファは思う。
その位にはジョルノを信頼していた。

「気になるなら使い魔ということにしてください」

ミノタウルスはそう申し出たが、ジョルノはどーでもよさそうだった。
二人は自己紹介などを始めたがそれにも我関せずと鳥が運んできた報告書を受け取り、それに返事を書いている。
その途中で、ジョルノは少し表情を和らげる。それはロマリアからの報告だった。

「テファ、今度孤児院の子供達から手紙が来るそうですよ」
「本当!?」

テファが身を乗り出し、大きく揺れた胸にミノタウロスの目が行く。地下水に目があれば生暖かい眼差しを向けたことだろう。
ジョルノの手にある報告書には短い文章で孤児達の様子を少しだけ見に行ったが、健康状態には問題が無いようだし問題行動も起きていないようだ、と書かれていた。
その部分を見せられたテファが自然と微笑んだ。

「はい。皆元気にしていることは間違いないそうです」
「よかった…! 何時来るの?」

そう尋ねるテファは嬉しそうだった。
先ほどの街での騒動など、もう忘れたかのようなそんな態度だった。

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