ゼロの奇妙な使い魔 まとめ

ゼロいぬっ!-48

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匿名ユーザー

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ニューカッスル城のホールでは既にパーティの準備を終え、
主賓である皇太子を今か今かと待ち侘びていた。
貴族達は皆一様に着飾り、その顔から笑顔が尽きる事はない。
出された料理もこの日の為に取っておかれたのだろう、最高級の食材とワインが振舞われていた。
明日の死を覚悟し、彼等は今を精一杯楽しもうとしているのだ。
彼の目にはそれが“生きる事の放棄”に見えたのかもしれない。
彼等だって生きたい、生きたいはず。
だけど、それが叶わないからこうして覚悟を決めたのだ。
それは決して諦めじゃないと思う。
でも彼等を見ていると辛くなるのはどうしてなんだろうか…?

「あ…え…う、ウェールズ皇太子殿下のおなぁぁりぃぃーー!!」
ホールの入り口に立っていた人が上擦りながら声を上げる。
遅れて来た皇太子の登場にホール中が歓声に湧き上がった。
だが彼を目にした瞬間。その声はどよめきへと変わっていった。

彼が身に纏っているのは貴族の礼服ではなく軍服。
手には丸めた地図を持ち、その後ろには犬を引き連れている。
宴にはそぐわぬ異様な姿に貴族達も困惑を示し、
これは皇太子による新手の冗談かと周りに問いかける者までいた。
ウェールズの父である国王ジェームズ一世も目を剥き、杖を持つ手を震わせる。
当然ルイズにも何が起きたのかなど分からない。
しかしウェールズの目からは先程までの“死の覚悟”とは別の意思、より一層強い覚悟を感じ取れる。

「皆の者、すまないがパーティは中止……いや、延期してもらいたい!
しばしの間、我等がこの手に勝利を収めるまで!」

誰もが死を受け入れて明日の決戦に備えて英気を養おうとする中、
突然の皇太子の発言は貴族達を混乱させるばかりだった。
それにも構わずウェールズは説明を始めた。

まずはクロムウェルが率いる貴族派の多くは彼に操られているという事実。
それにジェームズ一世の眉が顰められる。
忠臣の反逆が信じられないのも仕方がない。
だが既に解決した事柄を掘り返してどうなるというのか?
それにそれだけの人間を操る事など如何なるメイジでも不可能。
息子の演説を止めさせようとした直後、彼の耳に驚くべき名が届いた。
『アンドバリの指輪』湖の精霊から奪われクロムウェルの手にあるという秘宝。
彼はその名を知っていた、そしてその力も…。
なんという因縁だろう、かつて冒した過ちの報いが来たというのか。
頭を抱えるように俯く王の肩にバリーがそっと手を添える。
彼だけが国王の苦悩を理解していた。
王は全てに平等たる天秤などではない、心を持った人間なのだ。
己の感情を殺し厳正なる裁きを下す、
それがどれほどジェームズ一世の心を苦しめたか。
だが、今は過去を悔やむ時ではない。
ウェールズ皇太子が言う様に勝利の可能性があるのなら一歩でも前へ進むべきなのだ…!

貴族派はクロムウェルの意のままに動く操り人形。
ここに連中の弱点が存在する。
操り手がいなくなれば人形はただの木偶と化す。
五万の軍など相手にする必要はない、ただ一人クロムウェルを討てば終わるのだ!
術者が死ぬ事で洗脳が解けるかどうかは定かではない。
だが、命令を下す者がいなくなれば兵は動けない。
例え何も起きずとも敵の総大将を討てば戦局は必ず変わる!
後はどうやってクロムウェルの下に辿り着くか、
その為の策を示す為に料理を除けてテーブルに地図を広げる。

「まずは夜影に紛れて『イーグル』号を出航させ迂回しつつ敵の警戒網を縫って接近させる」
その時には海賊船の偽装が役に立つ。
黒く塗り潰した船体は夜の闇に上手く溶け込んでくれるだろう。
しかし、それでも普通なら敵に気付かれずに近づくなど至難の業。
…だが今の私達には心強い助っ人がいる。
そう。人の悪意、敵意を感じ取れるミス・ヴァリエールの使い魔だ。
ウェールズは彼をレーダー代わりにして敵の目の隙間を探そうというのだ。
この段階ではクロムウェルのいる『レキシントン』には向かわない。
隙を突いたとしても艦隊の一斉砲撃を浴びれば『イーグル』号とて助からない。
そこで連中の目を引きつける囮が必要となるのだ。

「続けてニューカッスルから砲撃を行う…いかにも決戦を仕掛けてきたように見せてね」
地図の上に置かれた駒を動かしながらウェールズは説明を続ける。
それを見る限り城内は完全にもぬけの殻。
兵力は『イーグル』号が大半、残りが城門といった感じだ。
とてもではないが、その人数で城を守りきれるとは思えない。

「どの道、防ぎきれないだろうから…ある程度撃ち合ったら連中を中に誘い込むんだ」
「恐れながら殿下。それでは残された者が皆殺しにあってしまいますが…」
「いや、そうはさせない。連中が突破してきた所で城門を爆破して敵を中と外に分断する。
そこで反撃に転じ、取り残されて混乱する城内の敵を一掃する!」
ダンッと地図上の城門を拳で叩き、ウェールズは部下の心配を一蹴する。
普段の彼では考えられない熱の篭った言葉に部下は驚きを隠せない。
いつの間にかウェールズの周りには貴族達が集まっていた。
それも口々にこの作戦が上手くいくかどうかを話し合う。
可能性は低い、だが勝ち目があるとすればウェールズの言う策だけだ。

「その混乱に乗じ、非戦闘員を乗せた『マリー・ガラント』号を脱出させ、
『イーグル』号は一気に敵艦隊の中を突っ切り『レキシントン』に接舷し乗り込む!
その後は敵の妨害に一切構わずクロムウェルの首級を上げる!」

『イーグル』号による急襲作戦。
それを提案するウェールズの声がホールに響き渡る。
死を受け入れた者には悪足掻きに見えるかもしれない。
だが見っとも無くとも情けなくともいい。
どんなに不恰好だろうと勝たなくてはならない。
ウェールズは討ち死にさえも覚悟していた。
だが自分達が戦おうとしているのは敵ではない。
操られた人間と金で雇われた傭兵、使い捨ての駒なのだ。
それと傷付けあった所で『本当の敵』には痛くも痒くもない。
互いに潰しあうその姿を愉しげに空から見下ろすだろう。

決して許してはならない!
連中の思い通りになどさせてたまるか!
この戦い、必ず勝たなければならないのだ!

「……………」
皇太子の熱弁が終わりホールに沈黙が訪れる。
恐らくは死を決意するのにも相当の覚悟が要った筈だ。
今度はそれを捨てて戦えという。
一様に俯いて答えを出せずにいる中、一人の若者がウェールズに歩み寄る。
そして彼は周囲の面前で賛同の意を表明した。

「私は殿下に賛成致します。
戦う前から勝機を捨てるなどアルビオン騎士の名折れ!
この身命、喜んで皇太子殿下に捧げましょう!」
若さ故か血気に逸る男が一番に名乗りを上げた。
恐らくは彼の部下だろうか、彼の背後からも口々に同意の声が上がる。
それに遅れじと次々と貴族達が男の後に続く。

しかし、それも半分まで。
残りの者達、特に年配者達は王の動向を気にして動けずにいた。
篭城しての決戦を指示したのはジェームズ一世だ。
ウェールズの策に乗るという事は王命に背く事になる。
ましてや一度出した命令を早々に変える事など王の沽券に関わる。
ちらちらと自分の顔を窺う貴族達に応える様に王は不自由な足で立ち上がった。

「王命は絶対である…!」
そして口にしたのは完全な否定を意味する言葉。
説得も不可能、決して曲がる事はない。
その一言に参加を決意した者達が沈痛に俯く。
ウェールズも自らの唇を口惜しさに噛み締めた。
彼等を見下ろしながらジェームズ一世は続ける。

「だが新たに王が立つならば、それに従うが道理」
「え?」
不意にウェールズの口より唖然とした声が漏れる。
他の貴族達も意を掴めずに戸惑うばかり。
だが、それを気に留めず国王は更に言葉を重ねる。

「今より我ジェームズ一世は王の座より退位し、その後継は我が息子ウェールズとする!
これは最後の王命である! 以後はウェールズの命に従いアルビオンを守る礎となれ!」

言い終えて全身の力が抜けたジェームズ一世をバリーが支える。
古き時代が終わった、国王であった彼はそう確信した。
今、アルビオンには新しい風が吹いている。
彼等の妨げにならないように自分達は静かに道を空けるのだ。
それは傍に立つ老メイジも同じだった。
かつて若かりし頃の自分と陛下が駆け抜けた日々。
それを今度は離れた場所から見ている。
若き王の前に集う勇敢な騎士達。
なんという輝かしいばかりの生命の息吹か。
それで確信した。アルビオンは滅びたりはしない。
たとえ一人だろうと生き残った者達へと受け継がれる。

「ウェールズ国王陛下万歳!」
突然のウェールズの即位にざわめく貴族達の中、誰かが声を上げた。
それで気付いたのか、次々と皆が祝辞を述べる。
興奮に沸き返る貴族達に返礼をしながらウェールズは父へと向き直る。

「国…いえ、父上」
思わず口走りそうになった言葉を飲み込みながら、
ウェールズは父に感謝を示そうとした。
彼が身を引かなければ皆は二つに分かれていただろう。
だが、それを察してウェールズの言葉を遮った。
内部崩壊を恐れたのではない。
ましてや息子の事を考えてした事ではない。
これが正しいと信じて彼は国王の座を譲ったのだ。
その判断は間違っていない。
決して後悔しない選択だったと今こそ胸を張って言える。

「ニューカッスルの守りは任せて貰おう。
罠と分かったとしても余が居れば食いつかずにおれんだろう。
なに、バリーも傍にいる。それにおまえの足手纏いになりたくはない。
老いたりといえどまだまだ倅の世話にはならんよ」
ニカリと笑う父親にウェールズも笑みを返す。
それは彼が初めて見た父の笑顔だった。
ずっと重責を負い『国王』として振舞い続けた、父親の本当の姿だった。
意固地な人だ、最後の最後になってやっと素直になるなんて…。
いや、最後にはならない。絶対にさせない。
彼が振り返った先には頼れる仲間の姿。

一人の貴族がワインクーラーを引っ手繰る。
そして氷水の入った中身を頭から浴びる。
ぶっかけられた冷水が痛いぐらいに頭を冷やす。
「っぷあ! いい感じだ、酔いが一気に吹き飛んだぜ!」
「お、俺にも頼む!」
「ああ、心臓が止まらねえように気をつけろよ!」
「水だ! 水が足りんぞ! ジャンジャン持って来い!」
体に残った酒を抜こうとする者達の横で、老メイジは指示を飛ばす。
「よいか! 今から指定する場所に火の秘薬を仕掛けるのだ!
竜騎士隊は乗船の前に自分の竜の翼を暖めておけ!」
先程までの静けさとは打って変わった熱狂振りにルイズの目が丸くなる。
粗野で下品で貴族としての振る舞いが全然感じられない。
でも彼女の眼には、彼等がずっと人間らしく映った。

例え僅かな可能性だったとして生き残る事を放棄しない。
その生き足掻く姿こそが生命の有り様なのだ。

ウェールズを中心に慌しく動き回る人々。
その眼に込められた力を見回しながらデルフは彼に語り掛けた。

「風向きが変わったな。知ってるか相棒?
番狂わせってのはな、こういう時に起きるもんなんだぜ」

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