ゼロの奇妙な使い魔 まとめ

19 静かな猛り、静かな滾り

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19 静かな猛り、静かな滾り

今日も抜けるような快晴だ。夜の残り香を含む春風が吹き込んでくる。まぶしい朝日が入ってくる。壁に空いた大穴から、この宝物庫の中に。
他の建物と同じ石造りの室内を、オールド・オスマンが一人歩く。後ろでは学院の主だった教職員が、一様に緊張感を浮かべた表情で見守っている。付き従おうとした一人が手振りで制され、全員が入り口に固まっている。
無言のまま検分を進める。盗まれた物は他にはないようだ。
壁以外の被害は少ない。足跡の土と、杖が一本。壁に彫られた短い文章。内心の憤りを胸のうちに隠す。

『破壊の杖、確かに領収しました。土くれのフーケ』 選りによってそれを盗むか。無意味に二度繰り返し読み、嘆くように大きく息を吐く。

宝物庫に収められた杖にも、様々な種類がある。
一振りで一面を凍らせるほどの冷気を放つものや、差し向けられた相手を石に変えるもの、一回叩くと七つのコブができるようなものまでそれぞれが異なる魔法がこめられてある。
ほとんどのものはオスマンにとって無用の長物であり、学院の名前に付く箔の一枚としか認識していない。だが、あれは別だ。
入り口に向き直る。ほぼ真後ろの穴からの逆光で、教師達はオスマンの表情を読み取れない。
「ま、」軽い声を出す。気負いを見せずに続ける。「たまには虫干しもいいもんじゃて」 泣き笑いのような顔で安堵する教師陣。
倉庫内に入ることを許し、経緯を聞く。別室に待機させているという生徒を手近な衛兵に呼びにやらせる。その間中、穏やかな態度を保ち続けることは意外なことに難しかった。
教師達のつるし上げにも似た議論に背を向け、衛兵の駆けていった廊下を眺める。
眉間の皺が深くなる。眼窩が窪み、影の中に落ちこみ見えなくなる。詳しい話を聴かねばならない。そして対策だ。取り返さねば。絶対に。なんとしても。


朝日が窓から入り込み、廊下を照らしだしてもデーボの目は覚めなかった。依然壁に背をかけうずくまり、規則正しい寝息を繰り返す。
小さな人影が男に歩み寄る。片手に長剣を持ち、怒りに身を戦慄かせている。

「あんたはぁっ!」 弛緩してなお堅い腹に、可憐な脚が獰猛な速度で襲い掛かる。
「ご主人様をっ! ほっ、ぽっ、てるとっ! 思ったらっ!」 台詞に合わせ、リズミカルに爪先をゲシゲシとぶつける。
「なんでっ! 人形に囲まれてっ! スヤスヤ眠ってんのよおおっ!?」 トドメとばかりに振り上げた右足首を掴まれる。崩しかけたバランスを片足で取りつつ、使い魔を睨みつけるルイズ。
「なんだ、どうした」 足を掴んだまま周りを見回す。明るい。朝か。おれは部屋の前で寝ていた。つまり
「朝帰りか」 色気のありそうな話だが、昨夜の轟音がそれをかき消す。どこでどんな暴虐を繰り広げたのか、ルイズの服は土埃で薄汚れている。
「そうよ! 徹夜よ! 一睡もしてないわよ! なのになんであんたはグッスリ寝てるわけ!?」 別行動を取ったからだろう。それを咎める気か。四六時中、後ろに張り付けというのか? 他の使い魔だってそんなことはしていない。
「うるっさいわね! ここに来いと呼んだら飛んで来るのが使い魔でしょ! 罰として昼ご飯抜き!」 正々堂々と理不尽な要求を突きつけるルイズ。判断基準が狂っている、昼飯抜きで済むのは僥倖なのか。
昼食?
ルイズの足を放し、頭を掻き掻き立ち上がる。振り返って窓の外を見る。やはり朝だが、正確な時間はわからない。腹時計は電池切れだ。針が12時で止まっている。
「朝飯は終わったか」 ルイズに聞く。目の前の膨れっ面が嫌な笑いに変わる。
「これからよ、行きましょう。これ持ってね」 剣を投げて寄こされる。嫌な予感。いや、確信。
くるりと背を向け歩き出すルイズ。一度立ち止まり、振り返る。
「詳しい話はそれに聞きなさい。早くしなさいよ」 詳しいどころか、何の話もない。剣を鞘から抜く。
「ま、話せばけっこう長い話になるんだが――。とりあえず行こうぜ。道すがら話してやるよ」 気楽に言い放つ剣。なんの道すがらだ。
「お前が入り用なのか」 それでも逆らわず、重い足取りで主人の後を追う使い魔。
「場合によっちゃな。――それより」 声の調子を帰る剣。なんだと答える男。
「デルフリンガーさまだ。覚えときな」 男は無言で剣をしまう。

向かった先はやはり食堂などではなく、幌なしの荷馬車が用意された中庭であった。


森に向かって平原を進む馬車の中。岩塊だかパンだか判らないものにかじりつく使い魔を尻目に、ルイズはサンドイッチを口に運ぶ。徹夜明けの体はだるく、意志と食欲を鈍らせる。ゆっくりと咀嚼しながら、院長の言葉を思い出す。
メイジたる自分よりも、その使い魔に期待を寄せるかのような言い草。居並ぶ教師の一人が、くすりと笑いを漏らしたのが聴こえた。盗賊を追いかけることも出来ない教師が。
よし。怒りが闘志を呼び、体に活力をもたらす。もちろん精神力にもだ。軽んじられたままではいられない。土くれのフーケ。捕縛し、真の実力を満天下に示すのだ。
使い魔を見れば、食事を済ませて剣と何やら話している。キュルケはミス・ロングビルにしきりにちょっかいを出している。もうひとりの青髪の少女――タバサと呼ばれていた。そして、信じられないことにシュヴァリエの称号持ちとも――も本を読んでいる。
ボヤボヤしているのは自分だけだ。あわてて残りのサンドイッチを詰め込み、革袋に入った水を呷る。馬車は森へと入ってゆく。


学院から目と鼻の先にある森が、こんなに深いとは意外だ。元の世界の常識に、未だに捕らわれている。
ルイズとキュルケは何やら言い合っている。それを仲裁している御者。女性だ。もう一人の小さい少女は本を読んでいる。
デーボは剣――デルフリンガー。剣の名だと気付いたのはあれから少し後だ――と会話しながら、周囲の植生を見回す。鬱蒼と茂って陽光もろくに通さずにはいるが、異形のものは見当たらない。
「そん時、中庭に地響きが――。なにキョロキョロしてんだよ。暗くてビビッたか?」 手元の剣が言う。デーボは首を振る。
「いや。もっとろくでもない草木が生えてるかと思ったが、そうでもない」 人食い草の一つでも生えてるかと思っていた。流石に空想が過ぎたか。
「なんだ、ろくでもないって。人食い草でも生えてると思ったか?」 まったくの図星。男は嫌そうな顔をする。それを見た剣は軽く笑う。
「なんだよ、当たりかよ。 そりゃ昔はいたけどよ」 剣は語る。人を喰らうだけでなく、火球を吐き出すヤツ、飛び跳ねるヤツ。鉄みてーに硬いやつ。いろんなのがいたさ。
「もう何千年も前の話よ。そんなアブねーもんを人間が野放しにするか?」 全部焼き払ったよ。少なくともここいらのはな。種は西風に乗って飛んでってるけどよ。
「そういうのは絶滅寸前だ。まあ差っぴいてもここは陰気だけどな」 そう言って剣は話を締めくくる。で、どこまで話したっけ。
「中庭に地響きだ」 デーボが接ぎ穂を足す。そうそう、ゴーレムが出たんだよ。三十メイルはあったぜ。それがパンチ一発で壁をぶち抜いてさ――。
森を進む荷馬車。さらに暗く、さらに深くなってゆく。道が雑草にまみれだす。一行は徒歩で目的地へ向かう。
森が急に開けた。無軌道に広がる枝葉も空を隠し切れず、日差しが差し込んでいる。静謐な雰囲気を湛えてはいるが、その中心にあるのは廃屋となった炭焼き小屋だ。
一行は茂みに身を隠し、遠巻きに小屋を見守っている。人の潜んでいる気配はない。中庭ほどもある空き地のはずれからもそれは伺える。完全に打ち捨てられているように見える。
「わたくしの聞いた情報だと、あの中にいるという話です」 だが、御者――ロングビルというらしい――は自信をもって小屋を指差す。
五人は作戦会議を開く。といっても一人は眺めるだけ。一人は突撃を提案して却下された。キュルケとタバサが意見を出し、ロングビルがそれを修正する形で進む。
役立たずの主従を置き去りに、奇襲を加えることが決まる。一人が囮になりフーケをおびき寄せる。小屋から出たところを集中砲火で仕留める。
確信の持てない情報では、この程度が限界だろう。策を練りすぎれば柔軟性が失われる。少人数の作戦など単純なほうが良い。
偵察と囮を兼ねて、デーボが小屋に向かう。剣を持ち直し、背を丸めて歩き出す。無音。草を踏む音もしない。滑るように近づいてゆく。
「なんだか楽しそうじゃねーか、え?」 剣が小さく囁く。黙ってろ。更に小さな、軽い舌打ちのような返答。
だが、確かにそうだ。掃除洗濯に比べれば遥かにましというもの。習い性とはいえ、こういうことは好きだ。
小屋に辿り着き、破れた窓から中を覗く。

小屋は一部屋しかないようだった。真ん中に埃の積もったテーブル。上に横倒しの酒瓶。転がった椅子。暖炉は崩れて用を成さない。部屋の隅に積みあがった薪。その隣に木のチェスト。
床にも埃が積もっている。人の足跡。少ない。一、二往復程度。仮の宿ですらない。だが、ここには確かに誰かがいた。
今もいるのか?魔法を使って隠れているか?デーボには判別できない。残りの人間を呼ぶ。隠れていた全員が近寄ってくる。
タバサが扉に杖を振る。なにか呟き、無造作に扉を開け中に入る。キュルケが続く。
「私が外を見張ってるから、あんた中に入んなさいよ」 言い捨て、小屋に背を向けるルイズ。デーボも小屋の中へ背を曲げて入る。

中にはやはり誰もいない。痕跡を探す三人。狭い小屋だ。それはすぐに見つかった。タバサがチェストを開け、取り出す。
「破壊の杖」 持ち上げて皆に見せる。あっけないわね! キュルケが呆れたように叫ぶ。
このあっけなさ。今度こそ嫌な予感だ。罠だ。餌だ。そしてそれはなんだ。破壊の杖?なぜここにこんなものがある。
外で悲鳴が上がる。轟音と共に小屋の屋根が吹き飛ぶ。青空を背景に、巨大な土くれが立っていた。

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