ゼロの奇妙な使い魔 まとめ

仮面のルイズ-49

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匿名ユーザー

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少し時間はさかのぼる。

ワルドは母の眠る廟の前に跪き、祈りを捧げていた。

母に再会することはできたが、完全には蘇ることなく、リッシュモンへの怨嗟を上げながら土に還ってしまった。

本人に生き返ろうとする意志がなければ、生命への強い渇望が無ければ蘇ることはできないとルイズに言われたが、それを信用するなら「母は生き返ることを望まなかった」のだろう。

ワルドは母が安らかに眠れるように祈り、そして、リッシュモンへ必ず復讐すると誓った。

ゆっくりと立ち上がり後ろを振り向くと、手ぬぐい程度の布きれを腰と胸に巻き付けたルイズが、濡れた髪の毛をかき上げているところだった。

「行こうか、ルイズ」
「ええ」
ルイズは返事をしつつ塀に近寄り、両手を使ってよじのぼると、周囲を見渡した。
人気がないのを確認すると、塀から降りてワルドを背中に乗せて呟く。

「ガリア寄りの森を通ってトリスタニアに行くわ。ヴァリエール家に見つかりたくないから……しっかり掴まってなさいよ」
ルイズがそう呟くと、ワルドは片腕に強い力を入れてルイズにしがみつく。

「ふっ!」
腹に力を入れ、地面を強く蹴るのではなく、体の関節を順番に動かして地面との反発力を生む。
いくつもの関節の反動が繋がり、体が一本のバネのようになる。
墓所の石畳を砕くことなく、ルイズは高く跳躍した。

何十基も並ぶ墓石を飛び越えたルイズは、そのまま風のように走り、森の中へと入っていった。

まさに風のようだと、ワルドは思った。
ルイズの背中は小さい、本当にか細くて、今にも折れてしまいそう。
しかしそれは大きな間違いだ、濃密な蜂蜜のごとく、ほんの少しの体積に例えようのない甘露が詰まっている。

ルイズの小さな体には、巨体を誇った吸血馬の力が宿っているのだ。

黒毛と栗毛とも表現できぬ不思議な色つやを持った吸血馬、その骨がルイズの意識に反応して、色素を失った毛を触手のように伸ばしていく。

足に埋め込んだ吸血馬の骨は、鋼の糸のような毛をルイズの足に張り巡らしていく。

それは皮下脂肪にまで伸び、複雑に絡み、ルイズの筋力を増幅させていく。

足の裏に伸びた毛はルイズの神経と繋がり、地面の感触を微細に伝えつつ、皮膚に蹄のような強度を与えていく。

ルイズの下半身は細く、シルエットは少女のものであった。

しかし間近で見れば、皮下脂肪が極限まで減らされた筋肉質がくっきりと浮き出て見えただろう。

吸血馬は、死して尚ルイズの力となっていた。

しばらくの間森の中を駆けていると、ふと足下の感触が変化していることに気づいた。
獣道か、それとも猟師の通る山道なのか、地面の感触が他と異なっている。

ルイズは速度を落とし、周囲の匂いを確かめつつ歩く。

「は…ぶはっ」

背負われていたワルドが、首を横に向けてクシャミをした。
ルイズはその場で止まると、ワルドを背中から降ろす。

「大丈夫?…あ、濡れた体で風を受けていたんだから当然よね…ごめんなさい」
「気にしないでくれ、僕の鍛え方が足りないだけだ」
「だからといって放っておけないでしょ」

空を見上げると既に雲は引いており、木々の切れ目から夕焼けの明かりが差し込んでいる。
間もなく夜になってしまうだろう。

「人の通った跡があるわ…この先に街は無いと思うから、たぶん猟師の使う小屋でもあるんでしょう。そこで休めたら休みましょう」
「人がいるんじゃないか?」
「…その時はまた考えるわよ」
やれやれ、と肩をすくめるワルドを見て、ルイズは少しだけ恥ずかしそうに頬を染めた。
そそくさと足を進めるルイズを、嬉しそうに後を追うワルド。
ふと自分とワルドの関係を考えると、これはこれで悪くないのではないか、という気がした。


しばらく歩みを進めるうちに空は暗くなっていた、まだ雲が残っているのか月明かりが届かず、森の中は泳ぐような暗闇に包まれていた。
「ルイズ」
ワルドがついに歩みを止め、ルイズに声をかけた。
振り返ると、ワルドは定まらぬ視線のまま、手を前に出して何かを掴もうとしているようだった。

ふと、ワルドと自分の身体能力差を考える。
「…ごめんなさい、この闇じゃ何も見えないわよね」
ルイズはワルドの手を取って、ゆっくりと暗い闇の中を歩き出した。

「杖があれば」
ワルドの呟きは、杖のないメイジの弱さを現している気がした。
しかしワルドは風のスクエア、魔法を行使できなくとも、風の流れ、音、匂いには人一倍敏感だった。
杖を使って光を出さずとも、夜の森を通り抜けることはできるが、ルイズのようにすいすいと歩けるほどではない。
その証拠に、暗闇の中にある木の枝を避けて歩けるのだ、何かかがここにある…という違和感が風の乱れを伴うらしい。

しばらくして、不意にルイズが立ち止まった。
がたがたと戸板の動く音が聞こえてきたので、目の前に小屋があるのだろう。
「足下と頭に気をつけて」
ルイズはワルドから手を離して、小屋の中へと入っていく、ワルドは慎重に足を進め、敷居をまたいで小屋の中に入り込んだ。
「今、火をおこすわ…何コレ、湿ってるじゃない」
カラン、カランと音がする。ワルドは薪か何かのぶつかる音だと判断したが、次に聞こえてきたシュウウウウウという音は何の音なのか解らなかった。

ルイズの手に持った薪は、少し湿っていたが、吸血と同じ要領で水分を抜き取ることでカラカラに乾燥した。
薪を両方の手に一本ずつ持ち、圧力をかけて胸の前でゴシゴシとこすり合わせる。
二分ほど勢いよくこすり合わせていると、ついには摩擦熱で焦げる匂いが立ちこめてきた。
手に持った薪を広げると、所々が赤くくすぶっており、夜目に慣れたワルドの眼にハッキリと映った。
片方の薪を地面に置くと、もう一個の薪を両手で挟み込み、今度は渾身の力を込めて握り、すり潰す。
粉状になった木片が燻った木の上に落ちると、じわりじわりと火が燃え移り、ついには火種となって燃え始めた。

「凄いな」
「猟師の知恵らしいわよ。昔本で見たの。実際にやったのは初めてだけど」
ようやく、ルイズの表情が見えるようになった。
ルイズの表情は、子供の頃と変わらぬ無邪気な笑みだった。

「ワルド、あなたって火は起こせる?」
「ああ、杖を持ち、ウル・カーノと唱えれば」
「でも杖が無ければ何もできないでしょう、私には杖が無くても火を起こせるわ、先住魔法じゃないわよ」
「…確かに、杖がなければメイジは非力だ」

「貴族が君臨を許されるのは、魔法を使えるからじゃないと思うの……杖はメイジの誇りであり弱点よ。杖に頼りすぎて、杖に甘えて…いつか大事なことを忘れる気がするの」
「大事なことか。僕はそれを間違えていたのかな」
「私には解らないわ。……私自身、吸血鬼の力と虚無の魔法、これをどう使えばいいのかよく解らないもの」

少しの間、ルイズとワルドの間に沈黙が流れた。
猟師が仮の宿に使う小屋なのか、雨風をしのぐだけに機能を限定された小屋に、火の匂いが充満している。
火のついた薪からパチパチと弾ける音が聞こえ、それが不思議と心地よかった。

「ねえ、ワルド」
「うん?」
「お母様に、酷いことしちゃった…」
ルイズが何を言いたいのか、よく解らない。ワルドは首をかしげた。
「…もっと沢山血を注げば、体全部、生き返ったかも…」
「ルイズ…」

ワルドは椅子から立ち上がると、足で椅子を押してルイズの隣に座った。
「いいんだ。僕は、もっと穏やかな母に再会できると思っていたが、それは大きな間違いだと気づいたんだ…リッシュモンに辱められて命を絶ったというのなら、僕にはそれを止めることはできない」
「どうして?だって、お母様に生きていて欲しいと思ったから、生命の神秘を、虚無を、『聖地』を目指そうとしたんでしょう?」
ルイズがワルドの顔をのぞき込む。
ワルドの表情は、憑き物が落ちたかのように穏やかで、寂しそうな笑みだった。

「母は生前、苦しんでいる姿なんて僕に見せなかったよ、いや、気づいていなかったんだ。
僕は…母の胸中に気づかず、ただ甘えていたんだよ。
母さんが生き返ったとして、その後どうしたものか、辱めは消えることはないんだ、復讐をしても意味はない」

ルイズは、ワルドの言葉に驚き、目を大きく見開いた。
復讐を自ら否定したのだ、ならば、なぜルイズと行動を共にしているのか、疑問がわき起こる。
「けじめだ。これは男としてのけじめなんだ。父を殺し、母を自殺に追いやったリッシュモンを決して許しはしない。けれども殺したところで、優しかった母は、辱めを受ける前の母は帰ってこない」
「ワルド、あなた」
「聞いてくれルイズ、僕は救われた気がしたんだ、君がリッシュモンを殺すと誘ってくれたときに、僕はもう母の無念を忘れてしまった!」
「!」
「僕が死罪を免れないのは理解している、だがそんなことはどうでもいい。僕はただ、リッシュモンと自分にケジメをつけたい。……それを決心させてくれたのは、君のおかげだよ、ルイズ」

ルイズは、たまらなくなってワルドから目をそらした。
「やめてよ」
心なしかルイズの声は震えていた、二人を照らす炎のゆらめきか、肩が小刻みに震えて見えた。
「馬鹿じゃないの、死にたがっているだけじゃない…私はあなたを利用したいだけよ、だからお母様を生き返らせようとしたのよ。私は…そんな女よ」

そっと、ルイズの肩を抱いて、ワルドが呟く。
「なあ、ルイズ、僕はクロムウェルが死者を蘇らせたのを目の当たりにした。
生前と変わらぬ姿で蘇った彼らは、生前の誇りも忠誠心もどこかに置き忘れて来たのか、クロムウェルに忠実に従っていたよ。
始祖ブリミルのお導きが僕らの運命なら、我々は皆運命の奴隷じゃないか。
もしクロムウェルに母を蘇らせてくれと頼んでいたら、僕は母を運命とクロムウェルの奴隷にしてしまうところだった………。
母の本音を聞かせてくれたのは、僕を大人にしてくれたのは、君だよ、ルイズ」

ルイズは、膝の上で強く自分の手を握った。
怖くて怖くて、体が震えた。
人から信頼されることが、人から礼を言われることが、人の人生に関わることがこれほどまでに責任感の伴う恐ろしいことだとは思ってもいなかった。
ワルドの心境の変化は、多くの貴族が顧みることのない『立場に伴う責任』の重さを、ルイズに十分過ぎる程感じさせていた。
アンリエッタはこの重圧に耐えているのだろうか?
そんな疑問が頭をよぎったが、それを考えると深みにはまってしまいそうで、ルイズはただ静かに震えていた。

「!」
不意に、何かが割れるような音が聞こえ、ルイズは顔を上げた。
「ルイズ?」
「あ…何かが割れる音がしたわ…足音も…こっちに近づいてくる」

ワルドも耳を澄ましていると、しばらくして誰かがこちらに向かって走ってくるような足音が聞こえてきた。
ドン!と音を立てて扉が勢いよく開かれ、無精髭を生やした30代半ばの男性が小屋に飛び込んできた。
警戒しようとするワルドをルイズが手で制し、焚き火に倒れ込みそうになる男をもう片方の手で押さえた。
「はぁつ、ひい!ああ」
「ちょっと、どうしたの?」
パニックに陥っている男をルイズがなだめつつ、ワルドが扉から外の様子をうかがう。
流れる風に違和感はないはずだが、男の様子も相まって何か嫌な予感がした。

男を椅子に座らせてなだめていたルイズは、男がある程度落ち着いたと判断して、ワルドに外の様子を聞いた。
「外の様子はどう?」
「特に何も見えない、風にも違和感を感じない…」
「何も見えない…ですって?」
ルイズはワルドを押しのけて外の様子を見た、小刻みに鼻をふるわせ、空気の臭いをかぐ。

ルイズの目つきが変わった。
「さっき私が聞いた音はガラスの割れる音よ、たぶんカンテラの音。あの男には油の臭がしたから間違いはないと思うわ。でも…外の空気に油の臭いは感じられない…火が燃え移った様子もないわよ」
「何者かに追われていたと?」
「メイジに追われるような風体には見えないわよ、傭兵、物取りにしては人間の臭いがしないわ…臭いがなさ過ぎる」
「風下に回ったか」
「おそらくね。……もう、厄介ごとばかり増える、やんなっちゃうわよ」

ずしん、と、地響きにも似た振動が足に伝わってきた。
「今の音は」
ワルドが呟く、どうやらワルドにも聞こえていたようだ。

「あ、ああ、ばけものが!ばけものが、追ってきたんだ!ああ!」
男は顔中から噴出する汗を押さえ込むかのように、頭を抱えがたがたと震えだした。
「落ち着いて、化け物って何?貴方は何に追われていたの、教えてちょうだい」
「半分、半分の牛の頭が!」

ルイズとワルドは、牛と聞いてギョッとした。
牛のような化け物といえば、一つしか思い当たらない。

ここから逃げようと考えたルイズはワルドを見る、ワルドも同じ気持ちだったのか、視線を交差させただけで二人は頷いた。

次の瞬間、ずしん、と大きな振動が伝わった。
同時に、ルイズは男とワルドを掴んで小屋の外に飛び出し、地面に転がった。

「ブゴオオオオオオオ!」
ルイズの失敗魔法のような爆音と共に、小屋は木片となって吹き飛んだ。
一瞬早く飛び出していたルイズとワルドは体勢を立て直していたが、男は腰が抜けてしまったのか、立ち上がることも出来ずに地面にへたり込んだまま動かなくなってしまった。
一撃の下に小屋を吹き飛ばした存在を、二人は冷や汗を流しつつ見上げていた。
身の丈4メイル近い赤黒い巨体と、牛のような頭を持った亜人、ミノタウロスがルイズを見下ろしていた。
「グフゥーーーッ!グフッ!」
涎や鼻水をだらだらと垂らしながら、荒い呼吸を繰り返しているミノタウロス、頭の右半分は抉られたかのように欠けており、右目も潰れているようだった。

「なるほど。あの傷では凶暴にもなるな」
ワルドが髭を撫でながら呟く、メイジの生命線たる杖を所持していないのに、余裕すら感じられる笑みを浮かべている。
「囮になろう」
そう言ってミノタウロスの前に出ようとするワルドを、ルイズが制した。
ミノタウロスの左目は、はっきりとルイズの姿を写していた。
「逃がしてくれそうにもないわね」
ルイズが呟くと、ミノタウロスは確かにその唇をゆがめて、笑った。

ぶふっ、と鼻息を鳴らした次の瞬間、ミノタウロスの左腕がルイズを殴った。
「フンッ!」
ルイズは右腕を縦にしてミノタウロスの腕を防ごうとしたが、ミノタウロスに殴られた瞬間、ルイズの体は軽々と宙を舞った。
バキバキバキバキと音を立てて、ルイズの衝突した幾本もの木々が倒れていく。
大人の胴よりも太い木の幹を、八本ほど倒したところでルイズの体が止まる。
全身を叩きつけられつつ、ルイズは空中で体勢を変え、木を蹴ってより高い空を舞った。
「WRYYYYYYYYYYYYYYY!」
ルイズの手刀がミノタウロスの頭部を狙うが、ミノタウロスは素早く身をかがめると腕を頭の前でクロスさせてルイズの手刀を防いだ。

べろん、とミノタウロスの皮が裂けて肉が露出するが、圧倒的な体格の違いのせいか、ルイズの一撃は致命傷を与えるには至らない。
ルイズはミノタウロスの攻撃を避けつつ、反撃の機会を伺うが、ほとんど理性を失っているミノタウロスの攻撃はがむしゃらで隙がない。
ルイズの力を持ってしても、ダメージを与えることはできるが致命傷を与えられないのだ。
「くうううっ」
ミノタウロスの巨大な腕と、鋭い爪を防ぐので精一杯。
その間にも焚き火の火が小屋の破片に燃え移り、森は少しずつ火に包まれていった。

「KUAAAAAAAA!」
じりじりと、ルイズが押されていく。
ミノタウロスの爪がルイズの首を狙い、避け損ねたルイズは、髪の毛を切られてしまう。
ピンク色の髪の毛が宙を舞うのを見て、ワルドが思わず叫んだ。
「ルイズ!」
「離れてなさい!」
「違う!火に包まれるぞ!」
ワルドの叫びを聞いて、ルイズははじめて周囲が燃えているのに気づいた。
夜目が利きすぎるから気づかなかったのか、戦いに集中していて気づかなかったのか、そのどちらかと問われたら間違いなく後者と答えるだろう。

ミノタウロスは強敵だ、再生能力が強く、皮膚は硬く筋肉も強い、そして何よりそのスピードとパワーが吸血馬を思わせるほど強い。
これでは血を吸う暇も、肉腫を埋め込む暇もない。
それなのに心のどこかが喜んでいる、強敵に出会えて、自分の全力を出し切って戦える相手がいて、嬉しい、嬉しいと喜んでいる。

ルイズの体と心が、震えた。

「おああああああアアアアァァァアああああアァアああ!!」

ルイズの叫びは、吸血馬に届いた。

柔らかい女性の体つきが、鍛え抜かれた女戦士と見まがう程の体つきに変わっていく。
体の細さはそのままだが、体内の筋肉繊維と皮下脂肪に、吸血馬の毛が絡みつき、筋肉が浮き上がる。
腕と足に埋め込んだ吸血馬の骨は、ルイズの体に吸血馬の力と、鋼のような硬度を生み出す。

ミノタウロスの腕から血が弾ける。

ルイズの腕、吸血馬の骨を埋め込んだ手首から、銀色のタテガミが生えていた。
毛は剣を形作り、ルイズの腕から剣が横に伸びた形になる。
ルイズは踊るようにミノタウロスの強靱な皮膚を切り裂き、筋肉を断ち切り、骨を粉砕していく。

燃えさかる炎に照らされたルイズ。
両腕から生えた剣が、光を反射して銀色に輝く。
ワルドは逃げることも忘れて、ルイズに見とれていた。
「!」
はっと気を取り直したワルドが、近くに落ちている木片を手に取り、先端を火であぶる。
槍のように細長く砕けた木片に火をつけると、ミノタウロスの視線がルイズに集中しているのを確認してから、その左目に向けて槍のように投げつけた。
残った目を攻撃されるのは嫌なのか、ミノタウロスは身を反らせば避けられそうな木片を過剰に怖がり、手で顔を隠しつつワルドに向き直った。
「ガアアッ!!」
人間を軽くミンチにする豪腕と爪がワルドを襲う、だが、ワルドは『閃光』の二つ名の通り、紙一重でその攻撃を避けると、炎の渦巻く火の中に飛び込んだ。

ミノタウロスは燃えさかる木々を薙ぎ倒すと、怒りにまかせて鼻息を荒げ、グオオオオと雄叫びを上げた。
その隙を見逃すルイズではない、ルイズは両腕を高く掲げ、手首から生えた剣を腕と平行に伸ばした。
後ろを向いたミノタウロス、その心臓めがけて、腕を向けると、全身の筋肉をバネのようにしならせて地面を蹴った。
ルイズの脚力を吸収しきれなかった地面が、クレーターのようにへこむ。
「AAAAAAAーーーーーッ!!」
ルイズの体はまるで大砲の砲弾のような勢いでミノタウロスの胸にぶち当たり、腕から生えた剣はミノタウロスの心臓を貫通し、先端が背中へと飛び出ていた。
ズキュンッ、ズキュンッ、ズキュンッ と音を立てて一気にミノタウロスの血を吸い取る。
ミノタウロスは背中に張り付いた何者かを払おうとして、自分から火の中に倒れ込んだが、ミノタウロスの血を吸い続けるルイズは体を焼かれても瞬時に再生してしまう。
ミノタウロスは乾いていく体を火の中に投げ込んだことで、炎に焼かれながら寒さに震え、もがいた。

炎の中から、ワルドが飛び出す。
風系統のスクエアである彼は、風の流れから温度の低い場所を探してそこを通り抜け、炎に身を隠しつつ移動していたのだ。
服の所々は焦げていたが、髪の毛にも髭にも焦げた後が見あたらないのは彼のダンディズムか、ポリシーだろうか。

「ルイズ!」
ワルドが叫ぶ、炎の中に落ちたルイズを探そうと辺りを見回す。
すると、炎の中で何かがゆらりと動くのが見えた。
炎の揺らめきではなく、明らかに人間の形がゆらめいている。

腕から生えた剣を、ミノタウロスの体に突き立てたルイズが、空に向けて吼えていた。

「WRYYYYYYYYYYYYYYーーーーーーーー!!」

血を吸い尽くしたルイズは、ミノタウロスの体を、挽肉にするかのようにずたずたに切断し、火の中に投げ込む。
ミノタウロスの再生能力は非常に強く、火で焼いただけでは蘇る可能性があるのだと、昔教わった覚えがあるのだ。
五体を32分割した後、ルイズは地面を蹴って高く跳躍し、ワルドの眼前へと着地した。
「ふっ、ふぅう…ワルド、逃げるわよ」
「ああ」
布きれが焼け落ち、全裸になったルイズと、ワルドの二人が森の奥に向けて駆け出そうとする。
が、その前にルイズは、地面に倒れ気絶している男を背中に乗せた。
「どうするんだ、その男を」
「放っておく訳にはいかないでしょう」
「そうかい?」
「そうよ」
「そうかな」
「そうよ」

二人は大火事を背にして、その場から走り去った。







翌朝、ルイズは森から出て、街道沿いの村にたどり着いていた。
地理的にはガリア寄りの、この村では、大火事を確認しに行った男達が帰ってくるところだった。

ルイズは村に入る前に、背負っていた男の記憶を確かめることにした。
茂みの中で、ルイズは男の頭に肉腫を埋め込む。
びくんと体を硬直させ、男は目を覚ました…が、目は虚ろであり、意識は覚醒していない。
「あなたの村はどこ」
「げるまにあの こっきょうぞいの」
ルイズは男にいくつかの質問をした、どこの出身か、どこの村の出か、なぜミノタウロスに追われていたのか……
森の中で頭に傷を負ったミノタウロスに仲間が殺され、必死で逃げてきたらしい。
逃げている最中に、明かりのついた小屋を見つけたので、助けを求めて駆け込んだのだとか。


ルイズは暗示をかけるように、肉腫を操りながら男に言い聞かせた。
自分の顔に大きく傷を付けると、中途半端に皮膚を再生し、火傷痕を再現する。
「あなたが見たのは、顔に火傷を負った短髪の女。名前は知らない、そうね?」
「ああ、うん、やけど、かみのけ、みじかい」
「ミノタウロスに小屋を襲われた後、貴方は一人でここまで逃げてきた…」
「お、おれは、ひとりで、ここまで、にげてきた」

男がルイズの言葉をたどたどしく復唱する。
それを確認してから、ルイズは肉腫を男の頭から抜き取った。
ふっ、と男の意識が無くなると、ルイズとワルドの二人は村から盗んだボロ布を身にまとって、街道へと歩き出した。
傷跡を治してしまえば、もう別人。ルイズはそう考えていた。

しばらくしてから男は村人に発見された、服の焦げ後から火事に巻き込まれた男だと判断し、事情を聞くためにも手厚く介抱された。

街道は、意外にも人の通りが少なかった。
二人は昨晩の話をしつつ、街道を歩く。
「それにしても…綺麗だった」
「あら、何が?」
「君の戦いぶりさ、腕の剣と、一糸まとわぬ体が炎に照らされて輝いていた……あんなのは初めて見たよ」
「やめてよ、恥ずかしいわ」
思い返してみると、ワルドに全裸を見られたのは一度や二度ではない。
今だってボロ布のマントの下には、申し訳程度の腰布しか巻かれていないのだ。
急に顔から火が出るような気がした。

「あの剣は何だい?突然、腕から生えたような気がしたが」
「あの子が…吸血馬が力を貸してくれたのよ。色が抜けて銀色になったけど、たぶんあの子のタテガミね」
「死して尚、主人のためにか…僕とは大違いだな」
「本当に大違いよ。でも……」

ルイズは、何かを言いかけたが、結局口をつぐんだ。
肉腫の力で吸血馬を洗脳していたことに、後悔しているが、だからといって今更何を言えば良いのか解らなかった。

「ルイズ、折角だから、名前を付けたらどうだ」
「名前?」
「ああ、東方から伝わった書物によれば、腕から剣を出す術に名前があったんだ…確か、リスキニハーデンとか……」
「私のこの”剣”にも、名前を付けろって?ふふ…デルフが拗ねるわね」
「そうだ……”光のモード”というのはどうかな。炎にきらめいて、美しかったから思いついたんだが」
「名前なんてどうでも良いわよ。でも、ワルドって意外と子供っぽいのね。名前一つ決めるのがそんなに楽しい?」
「何を言ってるんだ、僕を大人にしてくれたのが君なら、僕を子供扱いしてくれるのも君だけだよ、ルイズ」

ワルドの笑みに、ルイズははにかみで答えた。

ふと思う…人間は死を覚悟できるからこそ輝かしい。
ウェールズを守ろうとしたアルビオンの衛士達がそうだったように。
人間は、もしかしたら、いずれ死んでしまうからこそ美しいのではないだろうか。

焼けこげた森の中では、近隣から派遣された部隊が消火活動を続けていた。
火の勢いは強く、簡単には消すことは出来ない。
地方のメイジ達だけでは簡単には対処できぬほどの大火だった。
だが、たまたま近隣貴族の領地を視察していた一人のメイジが、この火事を消し止めた。
十人を超えるメイジでも消せなかった火事を、いとも簡単に消した女性の名を、カリーヌ・デジレという。

ラ・ヴァリエール家に帰ろうとする馬車の窓から、鎮火した森を見つめていたカリーヌは、従者の一人が扉をノックしているのに気づいた。

「奥様、お耳に入れたいことがございます」

「申しなさい」

「火事は、怪我を負い正気を失ったミノタウロスが山小屋を襲撃したことで起こったようです。生き残った者は、ミノタウロスと戦った人物が二人いたと話しております」

「……」

「ピンク色の頭髪、年の頃は20、顔立ちは幼さを残し、顔に大きな火傷のある女性。それと元貴族らしき20代後半の男性の二人だったと……」

そこで従者の言葉が止まる。
カリーヌは、何か言いにくいことがあるのかと察した。

「……続けなさい、言いにくいことでもかまいません」

「はっ! …元貴族らしき男は、その女性を『ルイズ』と呼んでいたそうです…」

「下がりなさい」

「はっ」


がたごとと揺れる馬車の中で、カリーヌは、無意識のうちに杖を握りしめていた。






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