ゼロの奇妙な使い魔 まとめ

ゼロいぬっ!-47

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匿名ユーザー

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『イーグル』号の入港は万雷の喝采で迎えられた。
皇太子から積荷が硫黄と聞くと一斉に歓声が上がる。
港の周りにいるのはアルビオンの屈強な騎士やその家族達だ。
絶望的な状況下にありながら尚も彼等の目は輝いていた。
その場をバリーという老メイジに任せるとウェールズは挨拶もそこそこにルイズを連れて自室に向かった。
「皆の者よく聞け! 決戦を前に火の秘薬が手に入ったのは天の采配である!
これこそ始祖が我等に最期まで己が名誉を守り抜けと……」
港から遠ざかっていくウェールズの背中。
背後から聞こえてくるバリーの演説もそれに同意する兵士の声も彼には届かない。
彼の心中は一人の女性への想いで満たされていた。

アニエスは船上から居並ぶ兵達を見下ろす。
それは城外で包囲する貴族派に比べあまりにも脆弱な軍隊だった。
他にも城門や内部の警備についている者もいるだろうが、それにしても兵が少なすぎる。
多くても3、400人程度、向こうは何万という大軍だ。
とてもではないが勝ち目などない。
いつ物量に押し潰されてもおかしくない状況。
ギシギシと軋む倒壊寸前の建物に入った気分というべきか。
早急に用を済ませて退散しようとする彼女がふとワルドがいない事に気付いた。
もう船から下りてどこかに行ったのか。
これだけの人がいれば紛れてしまうのも仕方ない。
一人で暇を持て余す彼女にバリーは声を掛けた。
「さあトリステインの客人殿、宴の席を用意しております。
ぜひとも城内にてお寛ぎくださいませ」
「宴? 毎回、船が帰港する度にやっているのか?」
トリステインから大使が来たからという訳ではないだろう。
城とは連絡も取らずついさっき戻ってきたばかりだ。
事前に準備が出来ていたとは思えない。
だとしたらウェールズ皇太子が無事で帰還した祝いか。
補給を絶たれたも同然なのに大した余裕だと鼻で笑うアニエスに、
バリーは平然とした態度で答える。
「いえ、決戦を前に皆の士気を高める晩餐会です」
「なっ…!」
「お察しの通り補給も儘ならず食糧や風石を後僅かに残すばかり。
このまま徒に時が過ぎれば戦う事さえ出来なくなるでしょう。
それならば貴族らしく名誉を守って死のうと王は御決断なされたのです」
愕然とする彼女にバリーは表情を変えぬまま続けた。
そこには間近に迫った死に対する恐怖はない。
むしろ名誉を守って死ねる事への安堵すら感じる。
王の決断ならば貴族がそれに従うのもいいだろう。
だが非戦闘員はどうする? 彼等も巻き添えにするというのか。
それを察したようにバリーは笑みを浮かべる。
「ご安心を。家族や下働きの者達は『イーグル』号にて脱出する手筈が付いております。
その際に貴方がたもトリステインに戻られるのが宜しいでしょう」
“あくまでも死ぬのは貴族だけ”そう告げるように老メイジは告げた。
アニエスには言うべき言葉など見当たらなかった。
もう彼等の覚悟は決まっている。
脱出できるなら全員で脱出しろなどとは言えない。
遺された家族がどれほど悲しい想いをするか判っていてもだ。
心に癒せない傷を持つ自分と軍人である自分。
さながら揺れる天秤のように答えは出せない。
その両方の気持ちを理解した所で何も出来はしないのだ。

「ではウェールズ皇太子もその船で?」
王が死ぬ覚悟をしたなら仕方ない。
だが連綿と続いた王家の血を途絶えさせる訳にはいかない。
どこかに落ち延び再興の機を図るつもりだろう。
たとえ軍事上で強力であろうとも政治方面は不明だ。
敵を失った瞬間、たちどころに崩壊してもおかしくはない。
その時点で国民の人気も篤い皇太子が残っていれば可能性はある。
しかしバリーは静かに首を振った。
「ウェールズ皇太子殿下はここで果てる覚悟でございます」
「そんなバカな…!」
王家というのは単に国の最高権力者達ではない。
始祖ブリミルの直系に連なる者、失われた伝説の『虚無』の手掛かりとも言われている。
それが失われる事はハルケギニアにとって大きな損失となるだろう。
「誰かが責を負わねば戦争は終わりませぬ。
王家の者達が死なねば生き残った者達に累を及ぼすでしょう。
皇太子殿下はそれを危惧しておられる。
“一人助かるぐらいならば、より多くの者を”
ウェールズ様はそのような御方なのです」
理由はそれだけではない。
アンリエッタ姫殿下のいるトリステイン王国以外は、
亡命した皇太子を受け入れてくれる国などないだろう。
だが、それはかの国に戦争の火種を持ち込む結果となる。
バリーもまたウェールズの想いに気付いていた。
愛する者を守る為にも彼は死を決意したのだ。
たとえそれが彼女の想いを裏切る事になろうとも……。


簡素な机にベッド、必要最低限の物しか置かれていない粗末な部屋。
それがウェールズ皇太子の私室だった。
この国の窮乏の縮図というべき部屋を見渡すルイズを余所に、
ウェールズは机の引き出しから小さな箱を取り出した。
宝石や装飾であしらわれて輝くそれはこの場にはあまりにも似つかわしくない。
そこから出てきたのは擦り切れ褪せた何通もの手紙。
恐らく幾度と無く読み返したのだろう。
愛おしそうに眺めた後で彼はそれを差し出した。
ルイズは手紙を破かないように細心の注意を払って丁重に受け取る。
確かめるまでもない。
彼はアンリエッタ姫殿下を愛している。
宝物のように扱われている手紙から姫殿下への想いが伝わってくる。
「これで君達の任務もお終いだ。
明日の朝、拿捕した『マリー・ガラント』号を解放するのと同時に『イーグル』号を避難船として出航させる。
それに乗ってトリステインに帰るといい」
「…殿下はどうなさるおつもりで?」
「私は残るよ。そうでなければ他の者に示しが付かない」
「…勝ち目なんて無いのにですか?」
「それでも…いや、だからこそだ」
ルイズには軍事的な事など何一つ分からない。
アルビオンの情勢だって伝聞ぐらいでしか知らない。
それでも山のように巨大な戦艦と津波のように襲い来る艦隊に対して、
貝のように城に閉じ篭る事しか出来ない軍隊。
どちらが勝っているかなど一目瞭然だった。


「トリステインへの亡命は受け入れてくださらないのですね?
姫様の手紙にもそれを勧める内容が書かれていると思いますが」
「……………」
ルイズの問いにウェールズは黙って首を振った。
確かに手紙にも亡命してほしい、生き延びてくださいと書かれていた。
だが、それを承諾する訳にはいかない。
仮に私の亡命を受け入れ、それがアルビオンとの戦争の火種となれば、
彼女は恋人の命惜しさに自国を危機に晒した恥知らずとして誹りを受けるだろう。
『レコンキスタ』の手は各国の中枢にまで伸びていると聞く。
彼等にとってみれば信頼を失った王家から貴族を引き離す事など容易い。
そうなればトリステインは内部から崩壊しアルビオンと同じ運命を辿る事になる。
彼女が私を愛するように、私も彼女を愛している。
だからこそ生きて幸せになって欲しいと思えるのだ。

「おい、どうした相棒?」
低く唸り声を上げる彼にデルフが尋ねる。
その視線の先にいるのはウェールズ皇太子。
ウェールズがやろうとしているのは生き残る為の戦いではない。
自分達の死を決意しての自殺行為だ。
何故、生き残る努力を放棄するのか彼には理解できない。
その姿が彼には命への冒涜に思えて仕方なかったのだ。
降伏すればいい、皆殺しにされるよりはまだ望みはある。
逃げればいい、もはや力を失った敵を追い回す事もないだろう。
名誉が大事なのは知っている。
だけど命に代えられる物なんてどこにもない。
「こら! 皇太子殿下に失礼じゃないの!」
その彼の思いを知ってか知らずにかルイズが注意する。
主の怒号にしゅんと静まり返った彼はその場を後にした。
(もし、同じような状況に迫られたらルイズも死を選択するのだろうか…)
そんな恐ろしい想像に胸を掻き立てられながら彼は静かな場所を探し彷徨い始めた。


ニューカッスルに臨む小さな森の中でワルドは夜空を見上げた。
満天というべきか、山の頂上よりも鮮明に浮かぶ星々の輝き。
そして一際大きく映るのは重なり合う二つの月。
『スヴェル』の月夜も過ぎ、今は一つに見える月も離れていくばかり。
それはまるでルイズと僕の関係のようだ。
近づこうとも逆に遠ざかるような錯覚。
不意にワルドは月へと手を伸ばした。
あらゆる山の頂よりもアルビオンは天に近い場所。
さりとて月を掴む事など到底叶わない。

「“聖地”ばかりか月までもとは随分と欲深い事で」
「矮小な我が身で途方もない願いばかり持ってしまう物でね」
「いえ。貴方の欲深さも私は評価していますのよ。
より強く、より豊かに、より楽を、人は求めるが故に発展するもの」
「だが身の程を弁えぬ人間は道を誤るものだ」
背後から響く声に返答しながら振り返る。
そこにはコートを纏った長髪の女性がいた。
その姿は髪も衣類も黒一色で、完全に闇に溶け込んでいる。
だが警戒を示す事無くワルドは本題を切り出した。

「予定通り城には潜入できた…余計な客も一緒だがな」
「存じてますわ。それにしてもよく城から抜け出せましたわね」
こちらに包囲されている彼等の警戒網は厳重だ。
容易く出入りが出来るならワルドを潜り込ませずとも任務は達成できた。
その問いにイタズラめいた顔でワルドは答えた。
「風の流れる場所、意の及ぶ場所は我が領域という訳さ」
「なるほど。風の偏在ですか」
本体がどこにいるかは分からないが距離は相当に離れている。
それを意にも介さないとは、さすがはスクエアのメイジ。
感心したように見つめる彼女にワルドは表情を変えずに続ける。

「奴を葬るのに力を借りたい。
今のままでも勝ち目はあるが危ない橋は避けたいのでな」
「葬る? おかしな事を仰らないで下さい」
キョトンとした声で女はワルドの発言を笑い飛ばした。
突然の態度の豹変に彼の顔が驚愕に歪む。
“彼女が何を言っているのか理解できない”そう言わんばかりに。
困惑する生徒に解答を教える教師のように彼女はワルドに諭す。

「彼は生かしたまま捕らえなさい、これは主からの命令です」
「バカな…! 奴は生きていても害悪にしかならない!」
「何を言っているのです? 彼の体は異世界の技術の結晶。
究極の英知が詰まっている宝箱と言ってもいい。
この世界では再現できない奇跡をそう簡単に諦めろとでも?」
「その結果、世界に混乱が訪れようと構わない言うのか!?」
「ええ、勿論よ。アルビオン一つぐらい犠牲になったとしてもね。
それに見合うだけの価値が彼にはある、そう評価しているわ」
「……………」
ワルドの表情が苦々しいものに変貌していく。
恐らくは彼女は自分よりもあの使い魔を評価している。
確かに“聖地”奪還を目標に掲げる我等にとってもあの力は魅力的だ。
だが自分達さえも滅ぼしかねない悪魔を招きいれようとする彼女に、
ワルドは空恐ろしいものを感じていた。
それに今更、自分に言えた事ではない。
世界中を巻き込んで戦争を引き起こそうとしている自分と、
知らぬ間に大災厄を導こうとする使い魔に何の違いがある。

「…分かった。だが捕らえるなら外からの助力は不可欠だ」
「そう、物分りが良くて助かるわ。
こちらも協力は惜しまないつもりよ」
ワルドからの要請に微笑みで女は返した。
まるで恋人に気に入った宝石をねだる少女のようだ。
“全員捨石にするから兵を三万用意しろ”と言っても今の彼女なら従うだろう。
無論、そんな事をするつもりはない。
自分の考えた策を彼女に簡潔に説明する。
それを聞いた彼女はしきりに感心し唸り声を上げる。
「…なるほど。だけどタイミングをどう合わせるかが問題ね」
「ここに指定した時間で頼む。調整はこちらでする」
「分かったわ。御武運を祈っています」
差し出された紙を受け取りながら彼女は形のいい唇で囁く。

それに何の関心も示さずに立ち去ろうとするワルド。
しかし、それを彼女は呼び止めた。
そして彼女が渡したのは香水を入れるような小瓶。
その中は見た事もない不思議な液体で満たされていた。
「万が一の保険ですわ。
愛しの婚約者の心が手に入らなかった時、
せめて虚無の力だけでも手に入れなくては」
「…惚れ薬か。下らんな」
「まさか。そんな安っぽい玩具じゃありませんわ」
突き返そうとしたワルドの目に女の嘲笑がくっきりと浮かぶ。
それは喜悦が混じった残虐な笑み。
人が堕ちゆく瞬間を愉しむかのような目。
言葉に詰まったワルドに彼女は告げる。
「それはクロムウェル司教の力を込めた薬ですのよ」
「……! では“虚無”の魔法か!?」
「飲んだ人間の心は永遠に失われ貴方に従属する。
ある意味では婚約者を殺す事になるのかしら」
「………!!」
瓶を持つワルドの手が震えた。
小石程度のサイズなのに今では岩に匹敵する重みを感じる。
僕がルイズを殺せるかどうか試すような彼女の視線。
それに背を向けて彼は立ち去った。
“バカらしい”と笑い飛ばして薬を投げ返せば良かったのだ。
ルイズを自分の物にするつもりなら必要ない。
それなのに使わない物を何故持っていくのか。
いや、別にどちらでも構わない筈だ。
持っていようが持っていまいが使わないのだから、
そんな事を気にする方がおかしい。
いくら考えようともワルドの答えは出ない。
ニューカッスル城へと踵を返す彼の手には、
心を殺す“毒薬”がしっかりと握られていた…。


バルコニーから彼は空を臨む。
これほど暗くなったら目標に当たらないからか、
昼間に見た砲弾の雨はすっかりと形を潜めていた。
戦場だというのに穏やかに流れる風。
それに身を任せて彼は床に転がり不貞寝を決め込む。
そして星空という宝石をあしらった天蓋を見上げようとして、
ふと自分を見下ろすウェールズ皇太子と視線が合った。
ウェールズの事を忘れようとしていた彼にとって衝撃的な再会に慌てふためく。
敵意に満ちている所為か、他の事に関する鼻の利きがどうにも鈍い。

「ああ、驚かせて悪かったね」
「いやいや。相棒が不意を突かれるなんて珍しいもん見れたしな」
笑いながらデルフはウェールズに応える。
二人の楽しげな会話を余所に、
少し恥ずかしい所を見られた彼は身の置き場も無く縮こまった。
それでも皇太子にはどこか敬遠するような雰囲気を残している。
そんな彼にウェールズは友人に接するように語り掛ける。
「分かっているよ。命を粗末にするなって言いたいんだろう?」
彼の気持ちは皇太子に伝わっていた。
それもデルフを介した言葉ではなく文字通り『心』で通じたのだ。
しかし、それが分かっていて尚も死を選ぶ皇太子の考えが判らない。
それを察した上でウェールズは続ける。

「だけど私がトリステインに亡命すればアルビオンとの戦争になる。
それは連中に降伏して人質になったとしても変わらない
そうなれば君の主人が危険に晒される事になるんだ」
「……!」
ウェールズの言葉が深く胸に突き刺さる。
ルイズは皇太子を助けたいと思っている。
だけどそれは彼女を危機へと追いやる事になる。
フーケの時のように自分の身を盾にすればいいという話ではない。
何万もの敵を相手にルイズを守りきれる自信などありはしない。
いや、守るのはルイズだけじゃない。
キュルケにタバサ、そしてギーシュ、それに戦友の使い魔たち。
他にもマルトーさんにシエスタやコルベール先生、アニエスと…。
今まで出会った多くの大切な人達が脳裏に浮かぶ。
彼の世界はいつのまにか掛け替えのない者で溢れていた。

「人には限界がある。
大切な物があっても全ては守れない。
だから選ばなくちゃいけないんだ、本当に守りたい物だけを」
そして、ウェールズが選択した物に自分の命は含まれなかった、ただそれだけだ。
「こんな選択をしなくてもいい、そんな世界ならば良かった。
そうすれば彼女に私の本当の気持ちを伝える事が出来たのにな」
語りながら空を見上げるウェールズの眼は穏やかで…悲しかった。
それにつられて彼も同じように夜空を見上げた。

瞬間。彼は敵意の臭いの中に“ある違和感”を感じた。
それはフーケのゴーレムや仮面の男の偏在と同じ感覚。
まるで艦隊の大半が“物”を介した悪意のよう。
その源流をフーケの時のように彼は辿る。
そして行き当たったのは空に浮かぶ巨大な船、そこに真の悪意は存在した。
「連中は操られてるってのか? そんなの無理に…いや、待てよ」
彼の言葉を否定したデルフ自身、思い当たる節があった。
以前、湖の精霊が盗難にあったという『アンドバリの指輪』。
あれならば何万もの人間を洗脳する事も不可能ではない。
何が起きたのか困惑するウェールズにデルフを介し、彼は皇太子に告げた。
“あの人達は誰かに操られているのかもしれない”と。

「……!!」
最初は戸惑うしかなかったウェールズが俯きつつも考える。
そう言われてみれば思い当たる事は幾つもある。
例えば王宮で起こった不自然な裏切りの数々。
国王の信頼の厚い者達も反旗を翻すなど考えられない事態もあった。
それは高度に隠蔽された事前工作の所為だろうと一応の決着はつけられていた。
だがウェールズは一人納得できずにいた。
名誉を重んずる者達が容易く甘言に乗るだろうかと。
しかし彼の言葉が真実ならば頷ける。
それはまるで頭の中の霧が晴れていくかのような感覚。

「頼む! 詳しく話を聞かせてくれ!」

藁にも縋る思いでウェールズが彼をがっしりと掴んだ。
霧の晴れた先に彼が見たのは暗雲を切り裂く一筋の光明だった…!


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