ゼロの奇妙な使い魔 まとめ

アンリエッタ+康一-28

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匿名ユーザー

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広間に姿を現した姫を見て、来賓達は皆息を飲んだ。
衣装は今夜の為にあつらえた最高級の生地を使った一品で、しかしそんな衣装も彼女の引き立て役でしかない。
アンリエッタの体は奉公人達の手によって磨きぬかれ一点の曇りも無い、透くような美しさがある。
一国の姫として、清廉で潔白を体現したかのような姿を皆が見つめた。

視線が自身を貫くのを感じながら、アンリエッタは堂々と口上を述べる。
「お集まりの紳士淑女の皆様。まず今宵の舞踏会の誘いへのご参加に深く感謝いたします。
わたくしも皆様のお顔を拝見でき、とても嬉しく思っておりますわ」
ニコリとほころぶようにアンリエッタが笑った。

そんな彼女を聴衆となり静まり返った来賓達が見つめている。
「今宵は貴き者として始祖に感謝を捧げながら、歌い、踊り、語り合いましょう。
皆様方……ごゆるりと存分にお楽しみくださいまし」

そう口上を締めくくると同時に響き渡るファンファーレ。
高々と響く金管楽器の音色に加え、更に繊細な音色の弦楽器やリズムの心地良い打楽器が音を奏でる。
来賓からは惜しみない拍手が送られ、それさえもが音に深みを与える。
かくして今宵の舞踏会は合奏曲を合図として幕が上がった。


「おおォーーー」
感心したような、驚いたような声で康一が唸った。
今康一はACT1を広間に向かわせ、上空からアンリエッタの口上を眺めていた。
康一は公式的な行事に出席するアンリエッタは初めて見る。

十日と少々前にアンリエッタの暗殺未遂事件が起きたので、そのような公務は安全の為に極力組まれていなかったからだ。
人の多いところへ出向くなど狙ってくれと言っているも同然。
そのため事件からずっとアンリエッタは城に篭りっぱなしだったのである。

だが今回は城の中、更に毎年行う舞踏会という事で公務に組み込まれたのだった。
当然ながら普段以上に警備は厳重であるし、各所に魔法衛士隊の隊員や平民の衛士が眼光を向けている。
そして康一も多分に漏れず隣のアニエスと警備に回っているのであった。
しかし康一はエコーズの射程距離と、アンリエッタの使い魔である故に微妙に自由な立場にある。

基本的には射程距離50mを保ちつつ、広間の周辺を自分の判断で回る。
しかしこんな仕事は基本的に素人の康一にできるはずもなく、回る場所などはアニエスに任せっぱなしだ。
そもそも見回る箇所も衛士が見張っているので効果は定かではない。
だが康一に求められているのは、アンリエッタの身の安全という唯一点なので特に問題は無いらしい(とアニエスが言った)。
「しっかし豪華ですよねー。幾ら掛かってるんだろう」
少し呆れが混じりながら康一は言った
「わたしには縁の無い世界の話だな。そんな事を考えるより明日の生活だぞ」
全くもって健全で、庶民的感覚な物言いのアニエス。

現在地は広間から25m程離れた廊下。
康一とアニエスは二人並んで見回りをしていた。
アニエスは一つ一つ空き部屋や死角になりそうな物陰をその目でチェックしている。
一応適当に康一はACT1をそこらに飛ばして、視覚や超音波での探査などもしてみてはいるが怪しいモノはまるでない。

「何か本当に何事もないですね。いえ、別にその方がいいんですけど」
「おいコーイチ。完全に気を張っていろと言うつもりはないが、一応最低限は気を抜くなよ」
「そーですよね。気を抜くと酷い目に合いますよねェ…」
康一は自分のせいで、人を酷い目に「合わせてしまった」恐ろしき殺人鬼の爆弾戦車との戦いを思い出して言った。

完全に気を抜いてしまうと予想もしない出来事に対応できない事は間々ある。
兵士や戦いに生きる者は避けようのない出来事で、死ぬ時は死ぬだろう。
だが死ななくて済む時に死んでしまうのはバカのする事だ。
康一はアンリエッタからの、いわば預かり者であるので任務中に死ねばアニエスの責任にもなる。

もちろん責任がどうとかより、目の前で人に死なれるのは気分の良い事ではないという理由もあるが、
微妙に実感が篭った康一の言葉に、アニエスはこの分なら問題は無いかと思った。
そんな事を考えながらアニエスがまた一つ部屋のドアノブを引いて開く。

「これは…」
そこは窓も無く薄暗く殺風景で、前面がガラス張りのとても大きな棚が一つ置いてあるだけの部屋であった。
部屋の入り口から棚に向かいやすいようにしているからなのか、棚は入り口の真正面に置いてある
それ故に入り口からでも、棚の中に何かが収められているのが見えた。

アニエスと康一は見回りの任についているので、当然ながら入室して棚の中を覗いてみる。
「何でしょう、結構たくさん大きなビンがありますけど?」
康一が不思議そうに、棚の中のラベルの付いたビンを見つめて言った。
「…ああ、これはワインだな」
ラベルの文字を読み取ったアニエスがそう呟いた。
「恐らく今夜の舞踏会用のワインを、この広間から近いワインセラーに一時的に置いてあるんだろう。
ワインの貯蔵庫は城の地下室にあるから、一々取りに行くのは面倒だしな。
それに以前姫さまから聞いた話だが、ワインセラー自体も色々と魔法の掛かった最高級の一品で、
ワインを入れておけば飲むのに最適な状態にしてくれるらしい。使わん手はないのだろう」

それ、とアニエスが指差すその先に、康一が数日前に飲んだシャンパンが保管されていた。
「あー、そーいえばこのワイン。今夜の舞踏会に出すって言ってましたっけ。
皆で二本飲みましたけど、二本目をマザリーニさんが開けるのちょっと失敗して大変でしたよね」
「そんな事もあったな。それにもう何本かは広間にも出されているだろう。この部屋も問題なさそうだ。さっさと別の場所へ行くぞ」

踵を返して本当に置いていこうとするアニエスを、康一はバタバタと慌てて追いかけた。
そしてドアをガチャリと開け、アニエスが廊下に出て康一も続く。
更に当然ながらドアを開けたなら、今度は閉めなければならない。
それをアニエスは行おうと腕に少し力を込めたところで声がした。

「ちょっと、そこのあなた達」
少々キーの高い声。一声聞いただけでも女性の声と分かる。
反射的にアニエスと康一は声のした方へ顔を向けた。

まず康一の目に入ったのは金の輝きだった。
正確には金のブロンド髪が、揺らめくランプの明かりを受けた幻の如き輝き。
金色が髪の毛だと気付いたと同時に相手の顔も見えた。
まず眼鏡。そして眼鏡の奥にある少々キツイ印象を与える吊り目。

顔立ちは可愛らしいと言うより、凛々しく美しいと言わしめんばかりの気品が漂う。
服飾も美しいベージュ色のパーティードレス。
その全身から溢れるような威圧感ともいえる雰囲気は、彼女がまさしく貴族であることを物語っていた。
「あなた達、わたくしが問いかけているのです。返事ぐらいすぐに返しなさい」

鋭い眼光が康一とアニエスを容赦なく貫いた。
表情には出ていないようだが、彼女の眼光は秒を重ねるごとに研ぎ澄まされていく。
アニエスはこれ以上相手を刺激するのは不味いと考え、すぐさま貴族への言葉遣いで話し始める。
「失礼いたしましたっ。何でしょうか?」
「まぁ…いいでしょう。あなた達に聞きたい事があるわ。舞踏会はもう始まっているの?」
頭を下げて問いかけたアニエスにつられて、康一も頭を下げてみる。
そんな二人を本当に心からどうでもよさそうに見つめ、彼女は高圧的な口調で聞いた。

舞踏会。康一はそういえばこの人ドレスを着ているな、と思った。
つまり彼女は舞踏会に出席する為に城へ来た者だと考えられる。
しかし会場となる広間から少し離れた廊下を舞踏会が始まったのに歩いているという事は、開始に間に合わなかったという事だろう。
そんな事を指摘されればこの怖そうな彼女は烈火の如く怒るであろうが。

アニエスはその辺りを加味して、慎重に言葉を選び答える。
「はっ。十数分前に姫さまが口上を述べられて始まっております」
アニエスは面をあげてキビキビと答えを述べた。ついでに康一も顔を上げた。

彼女はその言葉を聞くと一つ小さく、ふぅと溜息を漏らす。
「そう、分かったわ。もう用は無いから何処へとでも行きなさい」
そう言い放って、彼女は康一達が来た広間の方へ向かって去って行った。

彼女が廊下の角を曲がり視界から消えるまで、アニエスと康一は硬直したままであった。
そして視界から金色の髪の毛が消えると同時に、一気に体から力が抜ける。
「はぁーーー…かなりキツかったな」
先ほどの彼女とは比較にならない溜息をついてアニエスが呟く。

「えぇ……フツーに反則ですよね」
かなり強烈な彼女に康一は結構精神的に疲れた。貴族という人達にはああいう人もいるのか、と改めて思う。
さすがに山岸由花子に誘拐された時に比べれば、直接的な危険が無かった分大丈夫だったが、やはり怖いものは怖い。
何となく康一とアニエスは友情を育んでしまったような気がした。

身長差がある二人が、見上げ見下ろして、見つめ合う。
「……行くか」
「…そうですね」
微妙に煤けた背中の二人は廊下を歩き出し仕事に戻った。

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