ゼロの奇妙な使い魔 まとめ

第二章 乱心の『ゼロ』

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第二章 乱心の『ゼロ』

朝、リゾットは日の出と共に眼を覚ました。
普段は3時間も眠れば十分なはずだが、やはり疲れていたらしい。
(毎日同じ服を着ているわけにもいかない…。服を調達しなければな…)
そう考えつつ鏡の前で自前の櫛と小さな手鏡を取り出し、身だしなみを整え、細かいチェックをする。
暗殺者というと身なりにかまわないイメージがあるかもしれないが、リゾットは違う。
暗殺者だからこそ常に自分の状態に気を配る必要があると考えていた。
ボスとの戦いで受けた傷は傷跡すら残さず消えていた。
ルイズに召喚された影響なのだろう。他に理由として考えられることがない。
リゾットが身支度する間、ルイズはずっと平和そうに寝ていた。
前夜、朝になったら起こせと言われたことを思い出し、リゾットは声をかける。
ルイズは寝ぼけていたらしく、一瞬リゾットを思い出せなかったらしいが、何とか思い出した。
「服と下着…」
要求に従って下着と制服を出してやる。
「着替えを手伝いなさい」
「……」
返事がないのでルイズがリゾットを見返すと……不審そうな顔をしていた。
具体的に言えば、「何を言ってるんだ、コイツは?」と顔に書いてあった。
「着替えを手伝いなさいったら。早くしなさい、愚図ね!」

「イカレてるのか…? こんな朝から」
「口の利き方に気をつけなさいといってるでしょう!」
聞くなりルイズはリゾットを殴ろうとしたが、上体をわずかにそらしてかわされた。
「着替えくらい、一人で出来るだろう」
「貴族は従者がいるときは一人で着替えたりはしないのよ!」
「自分の面倒も見れないのが貴族なのか」
ルイズがまた怒りで顔を赤くした。これ以上ないほど表情の読みやすいタイプだ。
「いいから手伝いなさい! さもないと食事抜くわよ!」
無一文のリゾットが雇い主のルイズに食事を抜かれるとなると金か食事を盗むしかなくなる。
なるべく波風立てずに恩を返して自由になりたいリゾットとしては、それは困った。
「分かった。手伝ってやる…。しかし……恥ずかしくないのか?」
「はぁ? なんで使い魔に恥ずかしがらなきゃいけないのよ。…ほら、さっさとしなさい」
「他人に服を着せるのは慣れてないんだ。少し待て……。まったく…手がかかる」
(元々人権には縁遠そうな世界のようだが、この分だと人間扱いされないのだろうな)
リゾットの推測はこの後、すぐに実証された。

『アルヴィーズの食堂』に到着すると、三列の食卓には富豪もかくやという豪華な飾りつけがされており、その上には豪勢な食事が並んでいた。
「毎朝こんなところで、こんな豪華な食事をしているのか?」
「毎食よ。それに、礼儀作法の勉強でもあるの。この学院は魔法だけじゃなく、貴族たるべき教育全般をするのよ」
支配階級の贅沢振りに呆れながらも椅子を引き、ルイズを座らせてやる。

隣の席に着こうとしたリゾットは、ルイズに押しとどめられた。
「あんたはあっち」
ルイズの指し示す方を見ると、床の上に粗末なスープと硬そうなパンが置いてあった。
「……あれが…俺の食事か?」
「当然でしょ。使い魔が主人と同じものを食べられるとでも思ったの?
使い魔は外で食事をするところを『私が』、『特別に』中で食べさせてあげるんだから、感謝しなさい」
ルイズが恩着せがましく言う。どうやらこれも使い魔に対する教育の一環らしい。
仮にも暗殺チームのリーダーという管理職に就いていた以上、リゾットとて人を動かす機微は知っているつもりだ。
その中でも『働きに見合った報酬を渡す』というのは最重要といってもいい。
リゾットのチームが反逆した原因の一つもそれなのだから。
だが、昨日からの扱いを見る限り、この世界の貴族たちはそんな思考はないらしい。
「……この世界の封建制が革命で崩壊する日も近いな……」
腹立ちを恩義で抑えつつ、リゾットは床に座るのだった。

朝食後、ルイズとリゾットは教室に入った。
大学の講堂のような教室には、たくさんの生徒が様々な使い魔を引き連れていた。
だが、使い魔が人間というのはルイズだけのようで、ルイズはそれをネタに散々揶揄されていた。
ルイズはいちいちそれに言い返す。リゾットに対する嘲笑も含まれているのだが、リゾットは無視していた。
いちいちアホに構っていられないからであるが、それでも貴族の差別意識はうんざりした。

気を紛らわすために雇い主の観察をする。
同じ侮辱でも言われた内容と相手によって怒りの度合いが違うのが実に面白い。
特にルイズは自分の(主に胸の)発育不良と『ゼロ』というあだ名について気にしているようで、
キュルケという赤毛の女にそれについて馬鹿にされた時は怒りの頂点に達したようだった。
「もう許さない…。ツェルプストー、今日こそ決着をつけてあげる!」
「これ以上恥を上塗りするのはよしたほうがいいんじゃない? ただでさえ、貴方は魔法も色気も『ゼロ』なのに」
お互い火花を散らしているところで、リゾットはルイズの袖を引いた。
「何よ! 邪魔しないで!」
「教員が来た。……座ったほうがいい」
入ってきた女性教員が咳払いをする。
ルイズはまだ腹に据えかねるようで、キュルケと最後に視線の火花を散らせるとしぶしぶ座った。
リゾットも席に座ろうとするとルイズが睨み付けてきたので、黙って階段に腰を下ろす。
「皆さん、春の使い魔召還は大成功のようですね。このシュヴルーズ、みなさんの使い魔を見るのを毎年、楽しみにしているのですよ」
そして教室を見渡すと、リゾットに眼をとめた。
「おやおや、また変わった使い魔を召喚したようですね、ミス・ヴァリエール」
シュヴルーズのとぼけた声に、教室中から忍び笑いがもれる。
「だって『ゼロ』だし。召喚が成功したのか怪しいもんだ。その辺の平民引っ張ってきたんじゃないか?」
誰かがそういうと、忍び笑いは大笑いに変わった。
「いい加減なことをいわないで、かぜっぴきのマリコルヌ!」

「誰がかぜっぴきだ! 俺は風上のマリコルヌだ!」
シュヴルーズが頭を押さえながら杖を振ると、二人がすとん、と座った。
(便利なものだな…)
二人に説教をし、さらに笑う生徒の口を赤土で塞ぐシュヴルーズを見ながら、リゾットは感心していた。

そして授業が始まった。
リゾットは静かに講義を聞いていた。聞いているだけでも色々なことがわかる。
魔法には土、水、火、風、虚無の五つの属性があり、メイジはそのうち一つは必ず使えること。
虚無の属性の使い手は失われていること。いくつ属性を使えるかによって四階級が存在するらしいこと。
メイジにはみな、それぞれ二つ名のようなものがついていること。
スタンドとは違い、一つの属性でも様々なことができるらしいこと。
講義が進むと、いよいよ実践になり、シュヴルーズという女教師がただの石を真鍮に変化させていた。
リゾットがあまりに真剣に見ているので、ルイズが話しかけてきた。
「そんなに面白いの?」
「興味はある……。魔法がどういうものかという好奇心はな……」
答えてから、ふと浮かんだ疑問を口にする。
「メイジの二つ名はやはり使う属性から決まるのか?」
「そうよ。ミセス・シュヴルーズは『赤土』で土、マリコルヌは『風上』で風」
「なるほど…。聞けば分かるってわけか……。ではルイズ、お前の『ゼロ』は?」
「それは……」
「ミス・ヴァリエール! 使い魔と語らうのもいいですが、今は授業中です!」
シュヴルーズからの叱責がとぶ。

「は、はい。すいません…」
「授業を聞いていましたか? お喋りするほど余裕があるのなら、この『錬金』は貴方にやってもらいましょう」
そういった途端、教室中の生徒がびくっと反応した。そして続々と反対意見が挙がる。
「先生、やめといた方がいいと思いますけど」
「そうです。無茶です、先生!」
「『ゼロ』に魔法を使わせるなんて!」
「ルイズの魔法の失敗率は世界一ィィィィッ! できるはずがないィィィィィッ!」
シュヴルーズは何をそんなに反対するのか分からない。
「失敗を恐れていては進歩はありません。さあ、ミス・ヴァリエール。やってごらんなさい」
ルイズが意を決したように教壇へ向かっていくと、ある者は机の下に隠れ、ある者は教室から逃げるように出て行く。
わけが分からず、リゾットが観察していると、ルイズは一心に杖を掲げ、呪文を唱えた。
次の瞬間、ただの石が爆発を起こした。

結局、ルイズは爆発によって吹き飛んだものを魔法を使わずに片付けられることを命じられた。
「つまり……お前は魔法成功率『ゼロ』のルイズ……ということか」
「黙りなさい!」
石の破片を投げてくる。リゾットが石を掴んで塵取りに捨てると、また石が飛んできたので、これも掴む。
「気落ちするな。俺の召喚には成功したじゃないか。……仮に爆発しかできないとしても、要は頭の使い様だ」
くだらねー能力と仲間に言われ続けても自信を持ち続けたホルマジオを思い出す。

「うるさいわね! 元々魔法が使えない平民のあんたなんかに私の気持ちは分からないわよ!」
「じゃあ、いつまでもそうやって不貞腐れてるわけか? 失敗したことは仕方ないだろう。……不貞腐れる暇があったらお前も掃除をしろ」
「何で私が掃除するのよ。主人の罪は使い魔の罪。貴方がやりなさい」
リゾットはそのスタンド能力(持続力:A)に反映されているように我慢強い。
何しろあの癖の強い暗殺チームのリーダーだったのだ。ギアッチョなどはキレやすいため、普通に会話するのもかなりの根気を要した。
どんな性格や思想だろうとやるべきことをやって成果を出せば評価するし、それなりにうまく付き合う。
だが、反面、責任を果たさず、成果も出さないくせに威張り散らす人間は我慢ならなかった。
そういった意味で、今、ルイズはリゾットの地雷を踏んだ。
「つまり……自分に罪はあるが、俺に押し付けるからいい……。そういうことだな?」
リゾットの視線が強く、鋭くなっていく。
「お前は俺の恩人だ…。だから命令されれば従う……。部屋の掃除もしよう。洗濯もしよう。食事が貧しくても耐えよう。だがな…」
ルイズの右腕を掴む。その意外な力強さにルイズは思わず一歩引こうとしたが、動けない。リゾットの暗黒を映したような眼が近づく。
「な、何よ…? 使い魔の癖に」
「自分のやったことくらい、自分の手も汚せ! どこまで甘ったれるつもりだ!」
「わ、分かった…。やるわ…。そんなに怒らなくたって……」
途端に、リゾットは離れた。そのまま無言で片付けを再開する。
ルイズは思わず座り込んだ。大人しい使い魔の恐ろしい一面を目の当たりにして、立っていられなかったのだ。
放心していたが、しばらくすると屈辱が沸いてきた。
「な、何よ。何よ……。平民の癖に……! 使い魔の癖に……!」
ブツブツいいながらも、机を拭き始めた。その後、昼食が終わるまで、二人は一言も口を利かなかった。

昼食後、リゾットは部屋の掃除を済ませ、洗濯をしようとしていた。しかし、一つの問題に気づく。
(どうやって洗濯したものかな…)
洗濯や掃除はできる。ただし、それは洗濯機や掃除機といった文明の利器があってこそだ。
掃除はごみを拾って捨てたり、箒で掃いたり、雑巾がけをしたりすればいいのは分かるが、
洗濯の方は洗濯板を使うといっても洗剤の分量や気をつけるべき生地まではとても知らない。
第一、洗濯板も洗剤もここにはない。洗剤に至ってはこの世界にあるのかどうかも分からない。
(ルイズに聞いてみるか…)
先の件など忘れたように、リゾットは自分の雇い主を探しにいくのだった。

一方、ルイズは中庭で気落ちしていた。
リゾットは最初、自分を慰めようとしてくれていたのだ。それを八つ当たりしてしまった。
それに、リゾットがルイズに信頼も忠誠も抱いていないのが気にかかった。
そぶりを見ていれば分かる。命令に従ってはいるが、それは「仕方なく」やっているだけで、本心から仕えているのではないことが。
使い魔に信頼されない主人など笑い話にもならない。メイジ失格だ。
(うん、決めた。とりあえずさっきの件は水に流そう)
まだくすぶり続けるリゾットに対する理不尽な怒りはぐっと抑え、そう決める。
謝るということも考えたが、それは貴族たることに拘るルイズにはどうしてもできなかった。
そこにリゾットがやってきた。
(冷静に、冷静に)
言い聞かせながら使い魔の到着を待つ。やってきたリゾットは開口一番、こう言った。

「ルイズ、洗濯板はどこだ?」
その一言を聞いた途端、ルイズの全身が硬直した。
「……な、なんですって!?」
しばらくして聞き返してくる。気のせいか声が震えていた。
「だから、洗濯板はどこにある?」
リゾットは再度同じ問いをし、硬直しているルイズを見て原因に気づき、一言付け加えた。
「誤解してるなら言っておくが、お前の胸の話じゃあない」
プッツーーーン!!
元々怒りがくすぶっていた時でもある。『洗濯板』、そして『胸』。
自分のコンプレックスを想起させるそれら『単語』を聞いた瞬間、ルイズの自制心は月まで吹っ飛んだ。
「こ…ここここ、この…馬鹿使い魔ーーー!!」
叫びとともに最短・最小の詠唱・動作で杖を振り…リゾットとルイズの間の空間が爆発した!
爆発によって自らも地面に投げ出されたルイズだが、すぐさま跳ね起きる。
「どこに逃げたの!? 出てきなさい! 馬鹿使い魔!」
続けざまに魔法を唱え、次々爆発が起きる。逆上の余り、目は開いていても見えていない。
それを見ながら、ルイズと逆方向の茂みに投げ出されたリゾットが呟く。
「破壊力B…くらいはあるか………。これだけやれれば十分じゃないか…」
「どこよ! どこに隠れたのよ、このイカ墨!!」
ルイズが理性を取り戻すのはこの十分後である。


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