ゼロの奇妙な使い魔 まとめ

仮面のルイズ-41

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匿名ユーザー

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ラ・ロシェール付近の森の中、うっそうとした木々の生い茂る一角で、アニエスから渡された甲冑をルイズが装着していた。

アニエスが、ルイズの隣でぽかーんと口を開けて、呆けたように何かを見上げている。
その様子がおかしかったので、ルイズはクスリと笑みをこぼした。

「そんなに驚くことないじゃない」
アニエスは今まで見上げていたモノから目を離し、ルイズに顔を向ける。
「あ…。 いや、でも、これは、驚くさ」
冷や汗を垂らしながらアニエスが呟くと、アニエスの見上げていた吸血竜が、べろんとアニエスの頬を舐めた。
「 !! 」
「大丈夫よ、食べようなんて思ってないわ。お友達への挨拶よ」
「そ、それならいいんだが、心臓に悪い」

アニエスが見上げていたのは、十匹以上の竜を食べ、巨大化した吸血竜の姿だった。

『結局、一晩眠っちまったなあ。開戦になっても目を覚まさなかったらどうしようか、ヒヤヒヤしたぜ』
「居眠りして戦争に遅れました、なんて格好悪いまねしないわよ」
デルフリンガーの言うとおり、ルイズは精神的な疲労のため丸一日近く眠っていた。
昨日、大規模な『イリュージョン』を使ったせいで、ルイズの精神力が限界を迎えていたのだ。

タルブ村を覆うように『森』の幻影を造り、森の中には『タルブ村と草原』の幻影を作る。
これによって、アルビオンの軍勢に一時的な混乱を招き、タルブ村の住民が避難するまでの時間稼ぎをしたのだ。

「アニエス、アルビオン艦隊はラ・ロシェールに近づいきてる?」
「ああ、少しずつだがこちらに接近しているようだ。地上部隊の行進に合わせて移動しているのだろう」
「厄介ね。あの大砲はトリステインの所有するものより性能がいいそうよ。射程距離だって1.2倍…いや、1.4倍は見積もらないと危険ね」
「そこまで高性能な大砲だとは思いたくないな。仮に1.4倍の射程距離があるとすれば、あと一時間でラ・ロシェールが射程距離に入る」
「その前にあいつらを混乱させるわよ」
ルイズが全身を包み込む甲冑を着込み終わると、デルフリンガーを鞘から抜き放ち、その鞘をアニエスに渡した。
「これは?」
「甲冑を着けてると鞘を背負えないのよ、預かってて」
「わかった」
鞘を受け取ったアニエスが、ルイズに敬礼する。
ルイズは目礼でそれに応じてから、吸血竜に飛び乗った。
今のルイズは、ニューカッスルの城から巨馬に乗って脱出したという、銀色の甲冑に身を包んだ騎士の姿そのもの。

「あ、そうだ。ねえアニエス、その……ヴァリエール家は参戦していないの?」
アニエスはすかさず答える。
「ゲルマニアは援軍を二週間後によこすと言ってきたそうだ。遅すぎると思わないか?」
それを聞いて、ルイズはなるほどと頷いた。
「ゲルマニアが裏切る可能性があるから、国境警備を兼ねてるヴァリエール家はここに来られないって訳ね」
「そうらしいな」
「…よかった」
「?」
「何でもないわ、じゃ、早速行ってくるわね」

ルイズは、吸血竜の背から伸びた骨を掴む。
吸血竜はそれを合図にして、力強く翼をはためかせた。


「…頼む」
アニエスは飛び立った吸血竜を見上げながら、まるで祈るように呟いた。

『なあ、嬢ちゃん』
「なに?」
『ヴァリエール家っておめえの生まれた所だろ』
「そうだけど、急に何の話よ」
『おめえ、自分が生きてるってバレるのが怖いだけじゃねえ、何か別の物も怖がってねえか?』
「…わかる?」
『少しは』
「そうねえ……例えばね。『レキシントン』と同じぐらいの戦力を持ったメイジがいるとしたら、どう思う?」
『そりゃ驚きだ、何だ、もしかしてヴァリエール家にはそんな実力を持った騎士団が居るのかい』
「騎士団じゃないわ、個人よ」
『へっ?』
「ある一人のメイジがこの戦場にいれば、戦況は大きくトリステイン側に傾いてたことでしょうね」
ルイズはどこか楽しそうに、そして懐かしそうに笑った。

「なに、竜が?」

『レキシントン』の後甲板で、トリステイン侵攻軍総司令官であるサー・ジョンストンが伝令からの報告を受けていた。
「はっ、未確認の竜が一騎、ラ・ロシェール付近の森から飛び立ち、レキシントンへとまっすぐ向かっております」
ジョンストンはふむ、と自分の顎を撫でた。
「トリステインの竜か、一騎で来るとは妙な奴だ。もしや我等の仲間か、はたまた亡命目的か……まあよい、落としてしまえ」
「既に小隊長命令で竜騎兵が向かっております」
「ふむ、我が部隊は実に優秀だ」

ジョンストンは満足そうに笑みを浮かべた。
「伝令!」
だが、別の伝令が血相を変えて後甲板に足を踏み入れたのを見て、ジョンストンと艦長のボーウッドは顔をしかめた。
「わ、我が軍の竜騎兵二十騎中、五騎が未確認の竜に落とされました!」
「何だと!」
ボーウッドが血相を変えて叫ぶ、アルビオンの竜騎兵は天下無双と唄われるほど訓練されており、航空戦力の要でもあった。
一騎の竜に五騎も落とされるなど、絶対にあってはならないのだ。
「竜は七枚の翼と、異常に長く伸びた尾を使って竜騎兵を絡め取っております!成体に満たぬ風竜のような大きさですが、鱗や角や翼など、誰も見たことのない異様な姿をしており……」
ジョンストンは頭に被った帽子を握りしめ、伝令に向けて叫んだ。
「ワルドはどうした! 竜騎士隊を預けたワルドは! あのトリステイン人はおののいて逃げたか!」
「子爵殿の風竜は、姿が見えぬとか……」
「裏切りおったな! ええい、何としてもその竜を落とせ! ワルドは見つけ次第処刑してもかまわ…」
顔を真っ赤にして怒るジョンストンの前に、ボーウッドがすっと手を出した。
「兵の前で取り乱しては、士気にかかわりますぞ」

ジョンストンは、ボーウッドにもバカにされているのかと思いこみ、怒りの矛先をボーウッドに向けた。

「何を! 貴様の稚拙な指揮が貴重な竜騎士隊に損害を与えたのだぞ!」
叫ぶようにわめきながら、ボーウッドの胸ぐらを掴もうとジョンストンが手を伸ばす。
ボーウッドは杖を握りしめてこぶしを造り、でジョンストンの腹を殴った。
うっ、とうめき声を上げ、ジョンストンは倒れた。
白目をむいたジョンストンを、傍らで待機していた従兵が乱暴に抱きかかえ、艦長室へと放り込む。


ジョンストンは総司令官という立場を与えられてはいるが、戦争の経験に乏しかった。
軍人としての優秀さで今の立場を掴んだボーウッドとは対照的で、落ち着きに欠けているのだ。

ボーウッドは将兵に向かって、落ち着き払った声で言った。
「本艦『レキシントン』号を筆頭に、艦隊は未だ無傷。そしてワルド子爵には何か策があるのだろう。諸君らは安心して、勤務に励むがよい」

将兵達の表情に少しの安堵が戻る。
何も問題はない、何も心配はないと思わせるような威厳こそが、ボーウッドが長年積み重ねてきた研鑽の成果なのだ。

「艦隊全速前進。左砲戦準備」
ボーウッドは艦隊に指令を下す、このまま進めば、ラ・ロシェールに陣を敷くトリステイン軍を射程に入れるまで五分もかからない。
ラ・ロシェールは周りを岩山で囲まれた天然の要塞だ。
だが、制空権を奪ったアルビオン艦隊にとって、トリステイン軍はアリ地獄の底に押し込められたアリのようなものに見えた。

しばらくすると、トリステイン軍の陣容がはっきりと見えて来る、ボーウッドはそれを確認し、指示を飛ばした。。
「艦隊微速。面舵」
レキシントンをはじめとするアルビオン艦隊が、トリステイン軍を左下に眺めるかたちで回頭する。
「上方、下方、右砲戦準備。弾種散弾を込めよ。左砲戦開始。以後は別命あるまで射撃を続けよ」

空高くから、重力の助けを借りて弾丸が飛ぶ。
一発一発の威力は凄まじく、風のスクエアでも対処に苦労するその勢いに、ボーウッドは勝利を確信していた。
だが、まだ何かイレギュラーがあるかもしれないと考えていると、そこに伝令が駆け込んできた。
「竜騎兵、全滅!」
それとは別の伝令も、後甲板へ報告を伝える。
「地上部隊、ニューカッスル城から脱出したと思われる『騎士』と交戦中!」

ボーウッドは眉をひそめた。
ニューカッスル城から脱出した『騎士』と『鉄仮面』。
旧アルビオン王家にとってはまさしく『英雄』であろう。
たった一人の英雄が戦局を変えられるなどとは思っていない、だが、そこに付き従う兵がいたとすれば、それが大きなうねりとなって戦局を覆す恐れがある。
油断はできないからこそ、彼は躊躇いなくどのような作戦をも指示できるのだ。

「”例の船”を準備をしておけ」
ボーウッドの呟きを聞いた一人の従兵が、敬礼をした。





閃光が走る。
アルビオン艦隊からの艦砲射撃がトリステイン軍を襲った。
雨のように降り注ぐ砲弾が、ラ・ロシェールごとトリステイン軍を破壊するような勢いで襲いかかってくる。
「所定の位置につけ!後退しつつ砲弾を反らす!」
ウェールズがアンリエッタの前に立ち、魔法衛士隊をはじめとするメイジ達へと檄を飛ばす。
いくつもの弾が、大地を抉り、岩も人も馬もすべてを吹き飛ばし、舞い上げた。

爆音がトリステイン軍を包んでいるが、トリステイン軍は壊滅的な打撃を受けることなく、砲弾を逸らすことに成功していた。
マザリーニは近くの将軍たちと打ち合わせをしていたが、砲弾を防ぐウェールズの手腕に目を見張った。

トリステインは小国だが、始祖ブリミルから続く歴史と由緒のある国であった。
アルビオン、ゲルマニア、ガリアなどと比べれば国力は弱いと思われがちだが、戦力となるメイジの数は各国の中で最も多いぐらいなのだ。

ウェールズはこの短期間でトリステインの戦力を把握し、ラ・ロシェールの地形を考慮した上で最適の陣を考案した。
風の魔法で作られた空気の壁も、アルビオンの戦力をよく知るウェールズだからこそ効率よく配置できるのだ。
マザリーニは思わず、ううむ、とうなっていた。

しかし、何割かの砲弾は逸らしきれずに飛び込んでくる。
いくつかの砕けた岩と血が舞うのを見て マザリーニは呟いた。
「この砲撃が終わり次第、敵は一斉に突撃してくるでしょう」
それを聞いたウェールズがマザリーニに答えた。
「砲撃に勢いがない! こちらが後退戦を仕掛けているのを見抜かれている!」
続けて、アンリエッタもユニコーンの上に乗ったまま、周囲の轟音にかき消されぬようにと大声で言った。
「『石仮面』からの連絡がありしだい『ヘクサゴン・スペル』を使います!」
「御意に」

ドオン、と地震のような地響きが伝う。
敵は空からの絶大な支援を受けた三千、トリステインは、砲撃で崩壊しつつある二千。
マザリーニは、勝ち目がないこの戦をどう覆すのかと、『石仮面』に問いただしたい気持ちだった。

「すごいじゃないの! 天下無双と謳われたわれたアルビオンの竜騎士が、全滅よ!」
白銀の甲冑を着込んだルイズが、アルビオンの地上部隊のまっただ中で叫んだ。
吸血竜が竜騎兵の炎にも、魔法にもひるまずに戦っているのが見えたのだ。
二十騎もいた竜騎兵は、九枚の翼と大蛇のような躰を器用に動かして空を飛ぶ吸血馬に、跡形もなく食われ、吸収されていった。

戦場の雄叫びに包まれ、ルイズの声はデルフリンガーしか聞こえていない。
『五時の方向に指揮官が居るぞ!』
「見えてるわ!」

デルフリンガーはルイズの無駄口には答えず、淡々と敵の指揮官の位置を図っていた。

「オオオオオオオオオオオッ!!」
両手を開き、居並ぶ兵士に向けて猛烈なタックルをぶつける。
その一撃で30人ほどの兵士が浮き足立つ、ルイズはその隙間に入り込んで敵兵を盾にしつつ、指揮官へと接近する。
右手に持ったデルフリンガーで邪魔者を吹き飛ばし、指揮官へと指先を向けた。

甲冑の隙間から伸びた髪の毛が、腕を伝って、指先から勢いよく押し出される。
それはまるで吹き矢のように指揮官の躰へと突き刺さった。
髪の毛は指揮官の身体の中へと潜り込み、脳へと突き刺さる。
「これで20人!」
ルイズは地面にデルフリンガーを突き刺し、勢いよく跳ね上げた。
地面から跳ね上げられた土しぶきと石のつぶてが、勢いよく兵士達に突き刺さっていく。
弓矢と魔法を受けてボロボロになった鎧が、血に染まって赤くきらめいた。

「WRYYYYYYYYYYY!!」
ルイズが叫ぶ、空高くを飛ぶ竜に向けて、叫ぶ。

「GOAAAAAAAAAAA!!」
叫び声を受けた吸血竜が雄叫びを上げ、ルイズを迎えるため地上へと首を向けた。
羽を縮め、鷹が空気抵抗を殺して落下するのと同じように、勢いよく高度を下げる吸血竜。
地上すれすれで大きく翼を開くと、その異様さがどれほど際だっているのかよく解った。
「うああああああああああああああ!」
吸血竜に踏みつぶされ、誰かが叫ぶ。
ルイズはかまわず飛び乗ると、たてがみを握りしめた。
風竜よりも大きな翼をはためかせると、風圧で兵士達が何人も吹き飛ばされる。
長く伸びた尾を無造作に振り回しただけで、兵士達はまるで箒に掃かれる枯れ葉のように宙を舞った。

竜騎士隊を全滅させた吸血竜と、地上で戦っていたルイズは、草原の遙か上空に浮かぶ『レキシントン』へと向かった。
船の下には、ブルリンと再会するきっかけとなった、ラ・ロシェールの港町がある。
デルフリンガーが周囲を確認して呟く。
『嬢ちゃん、雑魚をいくらやっても、親玉をやっつけなきゃどうしょもねえ』
「わかってるわよ」
『策はあるのかい』
ルイズはデルフリンガーを左手に持ち直すと、自分の力を確かめるようにデルフリンガーを強く握りしめた。
右手を高く掲げ、腕の中に仕込んだ杖を少しだけ掌から露出させる。

「風石の効果を少しの間だけ止めるわ、少しでもあの戦艦を地上に近づける。そうすれば勝機はあるはずよ」
『死ぬ気かよ』
ルイズは、答えなかった。

ラ・ロシェールに向けて放たれる艦砲射撃は凄まじい。
見上げた先にある『レキシントン』からは、いくつもの砲門がトリステイン軍勢に向けられている。
その砲撃の中で、一つだけ違和感を感じる発光が見えた。
「!」
ルイズの躰が硬直したのを感じて、吸血竜は勢いよく身を180度翻した。
次の瞬間、吸血竜の躰に無数の鉛玉がぶち当たり、翼や尾の一部を砕いた。
「きゃあっ!?」
『散弾だ! 射線から離れろ!』
デルフリンガーが叫ぶと、吸血竜はうめき声を上げながら翼を翻した、それによって二撃目を避けることはできたが、吸血竜の躰には明らかなダメージが与えられていた。
『嬢ちゃんしっかりしろ!おい!』
「だ だいじょうぶよ!」
デルフリンガーはルイズの心の変化を敏感に感じ取れる。
ルイズの心には、戦争に対する恐怖があった。

吸血鬼となったルイズは、自分が死ぬことなど怖いと思えなくなっていた。
しかしアンリエッタや、ウェールズ達を思い出すと、ルイズの心に恐れが浮かんでくるのだ。

吸血鬼となった自分を、お友達だと言ってくれたアンリエッタ、ウェールズ。
彼らを勝利に導けるのは自分しかいない、いま自分が死んだら戦争に負け、二人は処刑されてしまうだろう。

それを考えると、ルイズの心にも恐怖が浮かぶ。
死にたくないという思いが、ルイズの心を『吸血鬼』から『年相応の少女』へと引き戻すのだ。

『嬢ちゃん、落ち着け!』
デルフリンガーの声が聞こえたのか、ルイズはハッと目を見開いた。
そして、震える躰を押さえようと、強く、強くデルフリンガーを握りしめる。
「わ、わたしは、わたしは、敵に後ろなんか見せられないのよ!」
体勢を立て直した吸血竜の上で、右手を高く、レキシントンへと向けた。
「敵に後ろを見せぬ者をっ… 貴 族 と 呼 ぶ の よ !」

相変わらずルイズの体は恐怖に震えている、だが、その心は信念に支えられ、力強く肉体を動かした。

『嬢ちゃん』
「デルフ! 最期までつきあって貰うわよ」
『俺は武器だぜ、最初からそのつもりよ。それよりなんとかして船の真上に行くんだ、そこに大砲を向けられねえ死角がある』
「死角…敵もバカじゃないわ、その死角をカバーする手を持ってるでしょうね。けど……」
ルイズは吸血竜のたてがみを右手で握りしめ、足を踏ん張った。
「行くわよ!死ぬ気で飛びなさい!」
「GURUOOOOOOOOO!!」
吸血竜がそれに呼応し、人間にはとても耐えられぬ勢いで体をくねらせ、翼を動かす。

雲に突入し、高く、ひたすら高く空へと昇っていくと、ルイズの視界が急ににじんだ。
仮面の中で流す涙を拭うこともできず、ルイズはそのまま杖を構え尚した。

「………」
ルイズは強靱な握力で吸血竜の背にしがみつきながら、ルーンを詠唱していた。
吸血竜が雲を突き破り、レキシントンよりも高く舞い上がったのを確認すると、ルイズは吸血竜が、レキシントンを見下ろした。
雲の中から飛び出たルイズは、眼下に広がる草原に杖を向け、『イリュージョン』を放った。


「おお!あれは……アルビオンの国旗ではないか!」
草原の上に描かれたのは、巨大な旧アルビオンの国旗だった。
それを合図にして、ゆっくりと後退していたトリステインの軍勢が敵の地上部隊へと進軍を開始した。

アルビオンの地上部隊では、混乱が起こっていた。
突如空中に現れた国旗に刺激されたのか、20人ほどの指揮官が地上部隊の司令官へと杖を向けたのだ。
「なんだ!?何が起こっている!」
地上部隊の司令官は、突然の反乱に困惑を隠せなかった。
『従順な』はずの部隊長達が、一斉にアルビオン軍に杖を向けたのだ。
それに従う者、逆らう者、かまわずトリステインへと突撃しようとする者が入りみだれ、アルビオン軍の地上部隊は戦列を崩し、烏合の衆になっていった。

ルイズが最初にアルビオンの地上部隊に切り込んだのは、忠誠心を呼び覚ます仕掛けのためだった。
ルイズの髪の毛は肉腫となって人間の脳に寄生し、ルイズへの忠誠心を植え付けることができる。
今回はそれを利用して、『旧アルビオンの国旗』への忠誠心を呼び覚ますトリガーを作ったのだ。
それは、アンドバリの指輪によって指揮官が操られている場合でも変わらない。
何よりも優先して『旧アルビオンの国旗』への忠誠心を呼び起こされた指揮官達は、レコン・キスタへ反旗を翻したのだ。



「『石仮面』からの合図だ!」
「ええ。行きましょう、ウェールズ様」
トリステインの陣では、突如空中に現れた国旗を見て、アンリエッタとウェールズを中心とする即席の部隊が移動を開始した。

「アンリエッタ」
「ウェールズ様」
ウェールズはユニコーンに近づき、ユニコーンに乗るアンリエッタを抱き上げた。
自身の乗るグリフォンへ乗せると、魔法衛士隊が円陣を造り二人を囲む。

そしてアンリエッタとウェールズは杖を掲げて、詠唱を開始した。




「…」
『嬢ちゃん!おい!嬢ちゃん!』
「! あ、デルフ、私、何秒気絶してた?」
『五秒ぐらいだ、それより後ろを見ろ、ワルドが来てるぜ!』
ルイズは頭を振って、今の状態を確認した。
レキシントンよりも高い位置で旋回していた吸血竜が、距離を取ろうと翼をはためかせているが、後ろから接近してくるワルドの風竜はそれよりも早い。

ワルドは風竜の上でルイズを睨んだ。
彼はこのときをずっと待っていたのだ、『レキシントン』号の上空の雲に隠れ、静かに時を待っていた。
アルビオンの竜騎兵を撃墜した謎の竜、ワルドの乗る風竜でまともにぶつかっても勝ち目は薄い。

勝つためには虚を突くしかない、そう考えて上空に隠れていたのだが、竜の背に乗る騎士の姿を見てワルドの心は怒りに震えた。
「石仮面…!」
仮面で顔は隠されているが、あのような戦い方ができる人間など他には居ない。
それどころかあの竜は、他の竜を食べて吸収し、大きくなっているのだ、それに気づいたワルドはニューカッスルの城で切断した腕を思い出していた。

義手がギシギシときしむ音が、まるで歯ぎしりのように耳に付く。

「そこにいるのは『石仮面』、貴様だろう…なぜ貴様はその顔をしているのだ……! 消えろ亡霊ーーーッ!」

ワルドは風竜の手綱を、強く握りしめた。

ルイズは焦った、ワルドが乗る風竜は、吸血竜よりも遙かに早い。
瞬く間に追いつかれたと思ったら、次の瞬間には『エア・スピアー』が吸血竜の体を抉ったのだ。
「まずい……レキシントンをなんとかしなきゃいけないのにっ」
ルイズの焦りを感じ取ったのか、吸血竜が心配そうに鳴き声を上げた。
「グルルルルル……」
『おい、俺に構うなって言ってるぜ』
「嘘じゃないでしょうね」
『こんな時に嘘を言うかよ!』
「ワルドは強敵よ!ニューカッスルで遍在をいくつも使われたでしょ、九人分のメイジが命を省みず特攻してくるのと同じよ!」
「グアアアアアアアアアアアアアアアッ!」
「きゃっ」

突如、ルイズの体に何かが巻き付いた、吸血竜が長く伸びた尾でルイズを掴んだのだ。

吸血竜は、レキシントンの後甲板に向けて、ルイズをぽいっと投げた。
『俺を信用しないのかって怒ってるみてーだ』
「ちょっ、うわっ…」

ルイズの体は宙を舞い、レキシントンの甲板へと落下する。
だが甲板では幾人かのメイジがルイズに向けて杖を向けていた。
「まずいっ、魔法で壁を作られたら…」
『俺をあいつらに向けて構えろ!』
「!」
ルイズはとっさにデルフに従い、空中でくるりと回転して体勢を立て直し、デルフリンガーを甲板に向けた。
そして、デルフリンガーの刀身が輝いた。

「っ!」
ルイズの体に衝撃が走る、空気で作られた壁にぶつかったのだが、その壁は霧散して消えてしまった。
他にも風の刃や、炎の固まりがルイズに向けて放たれたが、デルフリンガーがそれを吸収してしまう。

「馬鹿なッ!魔法が通じ…」
甲板でルイズに杖を向けていたメイジが、何かを言いかけたところで、ドオンと大きな音を立ててレキシントンに振動が走った。

「…あんた、意外とやるじゃない」
『へへっ、これが俺のホントの姿よ、魔法ならいくらでも俺が吸い取ってやるさ』
「頼もしいわね!」
ルイズは、折れたままの足で甲板を蹴り、に渾身の力を込めて、竜騎兵を搭載するほど丈夫な甲板を踏み抜いた。






「サー!『騎士』が甲板に降り立ちました!甲板の中から船内に侵入した模様です!」
「…馬鹿な!」
ボーウッドは珍しく語尾を強めた。
異形の竜といい、『騎士』といい、すべてが規格外だ。
「まさか、烈風カリンではあるまいな」
ボーウッドの背に冷や汗が流れるのを感じた。

「何としてでも殺せ!」
いつも冷静なボーウッドが声を荒げたので、幾人かの兵が身震いをした。
ボーウッドは敵の戦力を侮っていたと、今更ながら考えていた、ふとある事を思いついたが、恐怖を煽ってはならないと考えて、決して口には出さなかった。

(あの騎士は、まさかエルフではないだろうな…)




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