ゼロの奇妙な使い魔 まとめ

ゼロいぬっ!-8

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深夜、寝苦しさに目を覚ます。
虚ろな頭で首を起こす。
視線の先には自分の脚に乗る黒い塊。
『それ』は生暖かい息を吐き掛けて自分を見下ろす。
あまりの気色の悪さに全身に鳥肌が立つ。
そして暗闇に慣れた眼がその生物を認識した。

薄暗い室内でありながら、ハッキリと浮かぶ蒼いシルエット。
月光の下、狂気に満ちた金の双眸が爛々と輝く。

ベッドから飛び出そうとしても足が動かない。
上に掛けた毛布の端から自分の爪先が微かに見えた。
夜の黒と対照的に白く映るそれは骨だけになった自分の足。

ひたり、ひたりと獣が体の上を歩む。
胴や胸、歩く度に焼き付くような痛みが走る。
通り過ぎた箇所の肉が溶け、骨格が無残な姿を晒す。

そして獣は終着点へと辿り着いた。
自分の顔の目前、振り上げられた足が額へと近づいてくる。


「や、止めろ…」

聞き遂げられる筈がない。
相手は自分達とは違う、文字通り『怪物』なのだ。
そこに感情や情けなどはない。
ただ殺す為だけに『怪物』は存在するのだ。

足が届く直前、机に置いてあった杖へと必死に手を伸ばす。
がむしゃらに掴んだそれを振り回し、ひたすらに魔法を放つ。
それでも怪物は死なない。
まるで自分の抵抗など無意味だと言わんばかりに見下ろす。

「ウワァァーーーー!!」
「どうした!?」

悲鳴を聞きつけた取り巻きの一人が男のエア・ハンマーで弾き飛ばされる。
叩きつけられた頭部からの出血が壁を赤く染める。
ようやく事態の深刻さに気付いた生徒の一部が教師を呼びに向かう。
その間も男は気が違ったように周囲の物や人間を壊し続けた。

彼が杖から手を離したのはそれから一時間後。
教師数人に取り押さえられ、強引に取り上げられての事だった。
唯一の武器を失った彼は怯えきっていた。
誰もいない部屋の隅を見つめ、まるで悪魔でも見たかのように、
顔面を蒼白にしたまま震えていた。


「むう…」

重軽傷者6名、寮塔の部屋は半壊、本人の物を含む使い魔が3匹死亡。
知らされた被害状況に、皺だらけのオールド・オスマンの額に更に深い皺が寄る。
事件を軽視したのが最大の原因なのだが後悔してももう遅い。

彼が思っていた以上に決闘を行った生徒はトラウマを負っていた。
無傷で済んだ事が逆に発見を遅らせてしまった。
となると他の決闘を目撃した生徒達にも悪影響が及ぶかもしれない。
今回の件がきっかけで余計に心理状況が酷くなった恐れもある。

事件を受けて問題の生徒は放校処分となった。
両親の方からも反対は無かった。
平民や使い魔ならまだしも貴族の子息に怪我を負わせたのだ。
方々手を回して大問題に発展しないようにするのが精一杯という所。
どうせ学院にいても針の筵。
それなら実家で静養がてら謹慎させるのが得策と判断したのだろう。

「残念じゃな…」
「学院内で怪我人が出た事ですか?」
「それもある。だがワシが言っているのは彼を正しく導けなかった事じゃ」

貴族にとって魔法は身近にある存在だ。
日常の些細な事にまで当然のように魔法を使っている。
だが魔法は決して便利なだけの代物ではない。
それを人に向ければ容易く命さえも奪い取ってしまう脅威なのだ。
だからこそ自分の力を自覚し、それに対して責任感を持ってもらいたかった。
決して安易に振るわず、自分の力に負けぬ強い心を持って欲しかった。


「『魔法を学ぶ』とは本来そういう事であるべきなのじゃが…」

やれやれと背もたれに体を預ける。
この齢になってもまだ自分の未熟を痛感させられる。
人に教えを説く事のなんと難しき事よ。
そしてなんと皮肉な事か。
オールド・オスマンが体現する魔法使いの在り様。
それに最も近い者が魔法を使えぬ少女だというのだから。

「それにしてもミス・ヴァリエールは良き使い魔、良き友に恵まれた」

関係者からの事情聴取や目撃者の話を総合し、明らかにされた事件の顛末。
その中で浮かび上がった幾つかの事実。
彼女の使い魔は己の命を奪おうとした相手さえも許し、
彼女の親友はミス・ヴァリエールを助けようと複数のメイジ相手に敢然と立ち向かった。
他の者たちも彼女に心配を掛けまいと決闘の事は伏せているようだ。
事件の首謀者達が救いがたい者達だっただけに、彼等の姿がオールド・オスマンには眩しく映った。

「良き出会いは幾万の財宝にも勝るもの……あいたたたた」
「ええ。でも良き師に巡り合えなかったのが彼女の不幸ですわね」

たまには良い事を言うと思いながら自身へと伸ばされた腕を捻り上げる。
少しは見直しても良いか知れないと思った矢先にこれである。
彼女内のオールド・オスマン株は急落を続け、既に原価割れを起こしている。
腕が折れるか折れないかギリギリまで極めた後、彼女は手を離し入り口へと向かう。


「いつつ……およ? どこに行くんじゃミス・ロングビル」
「ええ。生徒達の相談を受けようかと思いまして。
この事件で動揺が広がっているようですので、少しでも緩和になればと」
「なるほど。…どうやらワシは良き秘書に巡り合えたらしい」
「ありがとうございます」

恭しく一礼をして出て行くミス・ロングビル。
それと入れ替わりにコルベールが入ってくる。
その顔付きは真剣というよりも、どこか危機感さえ漂わせている。
合わせるかのように弛みきったオールド・オスマンの顔が引き締まっていく。

「…やはり彼はガンダールヴなのでしょうか?」
「判らん。だが伝説によればガンダールヴはあらゆる武器を使いこなし戦ったと聞く。
対して彼が使ったのは自分の能力だけ。それを考えるとどこか違う気がするのじゃが…」

そもそも武器が持てるかどうかさえ危うい。
だが、ルーンは間違いなくガンダールヴの物。
伝説自体に間違いがあるのか、それとも全く別のルーンなのか。
いくら考えようとも答えは出ない。

「とりあえず、この件は内密にしておこう。
彼がガンダールヴであろうとなかろうと比類なき戦闘力を持っているのは確か。
アカデミーの連中に嗅ぎ付けられれば事じゃからな」
「はい…」

沈痛な面持ちでコルベールが視線を落とす。
彼はアカデミーがどういう所か痛いほど理解していた。
もしミス・ヴァリエールの使い魔の事を知れば平気で解剖しかねないだろう。


「ところで、そろそろ品評会も近いが『例の物』の解析は終わったかね?」
「『光の杖』の事ですね。それが言いにくいのですが一向に進んでおりません」
「何じゃと…?」
「どうも『光の杖』と共に発見された書物全てが『光の杖』とは無関係の物のようです」
「むう…止むを得まい。元々、王宮から押し付けられた物じゃからな。
この短期間で解析しろなど最初から無理があったか」
「一応、書物に書かれている内容についてはまとめ次第ご報告します」
「うむ、任せたぞ」

ミス・ロングビル同様一礼し、部屋を後にするコルベール。
そして一人残されたオールド・オスマンがパイプを吹かしながら思考を巡らせる。

数ヶ月前に発見された『光の杖』。
発見当初、近くに大量の書物があった事から解析も容易いと判断されたのだが、
それも無関係の物と判った以上、誰にもアレは扱えまい。
いや、それで良かったのかもしれない。
過ぎた力は身を滅ぼす。
ましてや自分達の理解を超えた物は尚更だ。
そんな物騒な物は『破壊の杖』同様に宝物庫の片隅で、
永遠に眠りについてもらうのが正しい在り様というもの。

しかしオールド・オスマンにはある懸念があった。
『光の杖』がもし武器の類だとしたら威力が強すぎる。
ましてや周囲に落ちていた残骸から、これは室内に取り付けてあった事が予想されている。
戦場ならまだしも、どうして建物内にそんな物があったのか。
全くの仮説なのだが、彼はその疑惑を拭い去る事が出来なかった。

“そこには『光の杖』などより遥かに『恐ろしい物』があったのではないか…?”


故郷へと帰る馬車の中で男は爪を噛んでいた。
幼少の折に咎められて以来、無くなった筈の悪癖。
それが耐え切れぬストレスによって再発したのだ。

何故、自分が学院を追い出されなければならないのか?
こっちは被害者であるにもかかわらず!
処罰を受けるべきはあんな怪物を呼び出した『ゼロ』の方だろうが!
きっと裏から親が手を回したに違いない!
そうだ! そうに決まっている!

理不尽な憎悪を燃やしながら男はそれでも諦めない。
魔法学院を放校されるなど一生ものの恥だ。
その悪評を延々と付きまとい、自分の出世の障害となるだろう。
それをどうにか取り消させ、主従共に葬り去る方法を考える。

男の口元に嫌らしい笑みが浮かぶ。
事は思った以上に単純だった。

アカデミーに密告すればいい。
学院長と親父の間では守秘の約定が交わされたが、俺の知った事じゃない。
そうすればすぐに怪物は捕獲され、眼球に至るまで解剖されるだろう。
もちろん主である『ゼロ』も黙って隠そうとした学院長も終わりだ。
王室への反抗と見なされ、処分は免れないだろう。
俺を罰した報いを受けさせてやる。


都合のいい妄想に浸っていた瞬間、大きく馬車が揺れた。
せっかくの良い気分を阻害され、杖を手に御者を怒鳴りつけに出ようとした。

しかし馬車の扉が開かない。
いくら押してもビクともしない。
様子を覗こうと窓から顔を出し、男は“それ”を目撃した。

自身のゴーレムの三倍は超えようかという土塊の巨人。
それが自分の馬車を掴み押さえつけている姿を。

「こんばんわ。貴族のお坊ちゃん」
「っ……!」
「御者はもうとっくに逃げたよ。随分と人望が無いんだねアンタ」

巨人の足元、フードを被った何者かが自分に語りかける。
何者かなどと聞ける筈がなかった。
みしりみしりと天井から響く音が、相手の機嫌を損ねた瞬間に死を迎える事を知らせる。

「ちょっと聞きたい事があってさ。
アンタが決闘したっていう使い魔について話してもらおうか」

フードから覗く口元が冷たく釣り上がる。
“お前のような小物などに興味は無い”
そうハッキリと断言されたかのようで癇に障る。
だが、それは助かるかもしれないという彼の僅かな望みでもあった。


「ゴーレムを溶かした…それは魔法でかい?」
「魔法じゃない。そんなのとは違う。
まるで食べ物を消化するみたいに、あの怪物は全部溶かしちまう」

フードを被ったそいつは『決闘そのもの』にだけ興味を示した。
より正確には、怪物の性能だけを聞いていたのだ。
大体の事を話し終わると、そいつは背を向けて離れていった。

命拾いした安堵に肩の力が抜ける。
瞬間、天井がより激しい悲鳴を上げて鳴き始めた。
木材に走る雷のような切れ目。

「ま……、待て! 俺は全部話したぞ!」
「ああ。だけど話したら助けるなんて一言も口にした覚えは無いね」

再び浮かぶ残酷な冷笑。
こいつは怪物とは違う。
命乞いの意味も言葉も理解している。
そして、その上で取るに足りない俺の命を気まぐれで奪おうとする。
人の心を理解しながら平然と踏みにじる、それは往々にしてこう呼ばれる。


「あ…悪魔め!!」

それが彼の最期の言葉だった。
天井という支えを失った馬車は中の人間もろとも平面に潰された。
なんと喚こうとも彼女の耳には残らない。
どうせ名前さえろくに覚えていない相手だ、明日には顔さえも忘れてるだろう。

「……悪魔ね。そんな御大層なものじゃないさ」

それでも彼女なりの礼儀だったのか、物言わぬ死体を背に彼女は答える。
見上げるのは月。思い浮かべるのは宝物庫に眠る秘宝。
僅かな時間、本来の自分へと戻った喜ぶを詠うように彼女は告げた。

「アタシはただの盗賊さ」


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