ゼロの奇妙な使い魔 まとめ

仮面のルイズ-27

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匿名ユーザー

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「魔法って、難しいなあ…」
 一日の授業を終えたシエスタが、ため息をつきながら廊下を歩く。

 シエスタは学ぶことが好きだった。
 貴族の生徒達は、元平民のシエスタには魔法学院の授業についてこられるはずがないと侮っていたが、それは大きな間違いだった。


 皆はシエスタを『ろくな教育も受けていない奴』だと思いこんでいたが、実際は違う。
 タルブ村出身の者は、シエスタの曾祖父母が伝えた「学問」を受けていた。
 シエスタの曾祖父は昔軍人だったらしく、ハルケギニアの一般的な常識には疎かったが、それを補ってあまりあるほどの教育をタルブ村の人々に施し、死んでいった。
 また、シエスタは曾祖父の残した日記を解読する事で、遠い異国の知識を得ている。
 その知識が理論となり、魔法学院の教師たちをも驚かせる事もあるのだ。



 しかし、トリステイン魔法学院の授業には、魔法の実践や活用法、貴族の礼儀作法や心得などの課目もある。

 シエスタはメイジではなく、波紋の使い手。
 魔法の実技は大の苦手なのだが、辛うじて操ることのできる『水』『治癒』『生物の活性化』のおかげで、シエスタは一応メイジとしても認められていた。


 シエスタが認められているのは『ゼロのルイズ』という前例のおかげでもある。
 ある生徒は「爆発より治癒のほうがずっとマシだ」と言って、シエスタの実力を認めていた。
 もちろん、その言葉を聞いてシエスタが喜べるはずがない。

 まるでルイズの失敗をダシにして、自分の立場を固めているようではないか。
 そう考える度に、シエスタの心に罪悪感が起こる。

「もっと早く波紋が使えていれば、ルイズ様を助けることもできたのかな…」

 シエスタの心には、ありし日のルイズの姿が色あせることなく残っているのだった。

 今日も一日の授業が終了し、シエスタは自分の部屋に戻ろうと廊下を歩いていた。
 途中で何人かの生徒とすれ違い、軽く会釈をする。
 以前のシエスタのような、事務的な礼儀正しい挨拶ではなく、ほんの気軽な挨拶だった。
 貴族に対して気軽な会釈が出来るほど、彼女は吸血鬼を倒したあの日から『自信』を手に入れていたのだ。

「鞭も持ったし、水桶も持ったし…うん、これでいいかな」

 いくつかの『装備』をチェックして、今は使われていない教室へと向かう。
 トリステイン魔法学院には、いくつか使用されていない部屋があった。
 オールド・オスマンは、そのうち一つの教室を使って波紋の練習をするように指示していた。
 この教室は40人が授業を受けられる広さがあるが、飾りが全く存在しない。
 壁や床、天井は煉瓦が剥き出しになっており、所々に傷痕すら見える。
 オールド・オスマンの話では、屋内での魔法実習に使われていた部屋らしいが、何年も前に『トライアングル』の実力を持った生徒が教室を破壊してしまい、それ以後使われなくなったそうだ。

 今はこの教室で一人、シエスタが波紋の鍛錬と研究をしていた。
 編みかけのマフラーもその一つで、彼女の曾祖母『リサリサ』も、マフラーを自由自在に操って吸血鬼と戦っていたらしい。

「ふっ、はっ」
 ピシュン、ピシュンと空を切る音が鳴響く、シエスタの鞭の音だ。
 伸縮硬軟自在の鞭を天井に向けて放つ。
 鞭の先端が天井にふれると同時に波紋を流す、するとシエスタの身体は50サント程鞭に引き上げられ、宙に浮く。
「1……30……よんじゅうご、きゃっ!」

 45秒経過したところで、尻から教室の床に落下してしまい、小さく悲鳴を上げる。
「いたた……」

 シエスタは曾祖父の残した日記を読むたび、リサリサの桁外れな能力に驚いていた。
『水面に立つ』『水を粘土のように練る』『水を爆発させる』
 そこまではシエスタにも可能だ、だがリサリサは更に上を行く。
『水を鉄棒のように練り上げて自分の身体を持ち上げる』『マフラーを使って宙に浮く』『落ち葉を集めて空を飛ぶ』

 シエスタの目標は、曾祖母を超えることであり、この『波紋』を平民に伝えることだった。

 シエスタは吸血鬼との戦い以来、『波紋』と『魔法』を比較し、メイジとの戦闘をシミュレーションし続けている。

 吸血鬼に勝ったという事実がシエスタに自信を持たせていたが、それもメイジとの戦いを想定すると消えてしまう。
 吸血鬼に勝つことはできたが、それは波紋がたまたま『吸血鬼の天敵』だったからだ。

 オールド・オスマンが『皆と一緒に授業を受けろ』と支持した理由が、今なら分かる。
 授業を受ければ受けるほど、吸血鬼を倒した自信が揺らいでいく。
 もし、ギトーが『エア・カッター』だけでなく『ライトニング・クラウド』を放ったとしたら、自分は確実に負けていたはずだ。
『風の遍在』により、二人以上に分身されたとしても、シエスタに勝ち目はなかっただろう。


 波紋の汎用性の高さは素晴らしい、だが決定打に欠ける。
 現時点では、波紋だけではメイジに勝てない。
 メイジに勝つためには、波紋を活用するための『道具』と『戦い方』が必要なのだ。

 シエスタは曾祖父母の日記を思い出す。

 曾祖父の日記には、リサリサが曾祖父に教えた『戦いの思考』も書かれており、今のシエスタがもっとも注目している部分でもある。
 シエスタは連日、エア・カッターにはどう対処するか、メイジ二人を相手するにはどうしたらいいのか、高低差の激しい戦いにはどうすれば良いか……等の、シミュレーションを繰り返していた。


 そこに突然、ノックの音が響く。
 そして『アンロック』の呪文で鍵が開かれ、疾風のギトーと、ミス・ロングビルが部屋に入ってきた。
「シエスタ君、精が出るね」
「こんばんは、ミス・シエスタ」

「ミスタ・ギトーに、ミス・ロングビル」


 訓練を中断し、二人に向き直る。
「例の物ができましたわ」
 ロングビルが、一辺の長さが40サント、深さが20サントはあろうかという箱を差し出す。
「出来上がったんですか?」
「ええ、早速使ってみて下さい」
 シエスタはロングビルから受け取った箱を開け、中身を取り出す。
 入っていたのは魔法学院のマントより、少し厚みのあるマントだった。
 裏地につけられら何本もの線が通っており、襟元には魔法学院の紋章も入っている。
「じゃあ……いきます」
 シエスタが呼吸を整え、波紋をマントの襟に流していく。
 するとマントの中に仕組まれた繊維が堅く硬直し、マントがまるでコウモリの翼のように横に広がった。
「とりあえず成功ね」
 ロングビルが感心したように呟く。
 広がったマントの質感を確かめているシエスタに、ギトーが近づき、わざとらしくコホンと咳払いをした。
「落下傘といったか、そのようなものを考案するとは、君の先祖はかなりの発明家らしいね。強度実験に協力してくれたコルベール先生がとても驚いていたよ」
「いえ、曾祖父が発明したものではありません、東方では船から飛び降りるときにこれを使っているそうです」
 ロングビルもマントに触れ、質感を確かめてみる。
「ロバ・アル・カリイエには独特の技術が発達していると聞いたけど、こんな物もあるなんて驚きね」

 このマントは、波紋を使って落ち葉を集め、波紋グライダーを作ったという記録が生かされている。
 シエスタの曾祖父は、それを一種の落下傘だと思い、知る限りの知識を日記に書き残していた。

 蔓草と樹液を使い、非常に特殊な構造をしているこのマントは、シエスタどころかマルトーの給料でも払えないほど高額なものだった。
 だが、日記を解読した結果、いくつかの技術や知識がオールド・オスマンを通じてトリステインのアカデミーへと『売られて』いる。
 それを資金にして、波紋を生かすための道具が開発されているのだ。

 その晩、早速マントの出来を試そうとしたシエスタは、本塔の屋上で佇んでいた。
 心地の良いそよ風が舞う中、一人の協力者がシエスタに近づく。
「きゅい、きゅい!」(こんばんは!太陽の香りがするからすぐ解るのね!)
 シルフィードがシエスタに近づき、頬を寄せる。
 シエスタはシルフィードの鼻と頬を撫でつつ、意識を乗せた微弱な波紋を流していく。
「こんばんは、シルフィードさん、今日は試したいことがあるの、手伝って欲しいんですけど……」
「きゅいきゅい!」(喜んで手伝うの!)
 シエスタは使い魔を持てない、だが、波紋は生物の意識を狂わせたり、操ることが出来る。
 ごく微弱な波紋であれば、考えていることを使い魔達に伝えることができるのだ。
 タバサの使い魔であるシルフィードは、なぜかその中でも抜群に意識が伝わりやすい。
「喜んでくれているのが解るわ、協力してくれるの?ありがとう」
「きゅい!」

 屋上に着地したシルフィードの背に跨ると、シルフィードは翼をはためかせ宙へと舞った。
 十分に高度を上げると、シエスタはマントを広げて波紋を伝える。
 バサッ、と音がしてマントが広がると同時に、シエスタの身体はシルフィードから離れていった。

「あわわわあわわわ!わっ、と、飛んでる、私、飛んでる!」
「きゅいー!」(わー!浮いてるのね!すごいのね!)

 シエスタは右手でマントの襟を持ち、左手でマントの中央に設けられた取っ手を握っている。
 その状態のまま風を受けて、空を滑空していた。
 シルフィードはシエスタの周囲を流れる風に注意し、滑空を邪魔しないように少し離れて飛んでいた。
 時折シルフィードが背中を貸し、シエスタを再度高い場所へと運んで、二人して空の散歩を楽しんでいた。

 空を飛んでいる、その事実がシエスタは嬉しく感じられた。
『フライ』や『レビテーション』とは違い、自由自在に空を飛んでいる訳ではない。
 だが、ある程度のコントロールできるだけでも、平民が空を飛ぶための第一歩として偉大な功績には違いなかった。
 いずれは風石などを仕込み、より自由度を高めることができれば、空を自由に飛ぶことが出来るかもしれない。


 シエスタとシルフィードはしばらく空を楽しんだ後、中庭に着地すべくマントの形状を調節した。
 中庭の上空を旋回し、ゆっくりと地面に近づいていく。

 およそ4階部分と同じ高さになったとき、風が不自然に流れた。
「きゅい!」(あぶない!)
「!?」
 シエスタはシルフィードの声がいつもと違う調子なのに気づき、咄嗟に体中に波紋を流した。
 硬直した身体に突如として空気の固まりが接触し、シエスタの手がマントから離れてしまう。

 シルフィードは勢いよく身を翻し、逆さまに落下するシエスタを受け止めようとしたが、ほんの一秒か二秒、間に合わない距離にいた。
 地面に激突する!と思われたその時、シエスタの落下速度が不自然に減速し、空中で体制を整え、足から地面に着地し、膝をつく。
 それを見たシルフィードが安堵しつつも、ばさっ、と音を立ててシエスタの隣に着地した。
「きゅい!きゅい!」(大丈夫?怪我してないのね?)
「……ありがとう、シルフィードさん、心配してくれてるのね?私は大丈夫よ」

 よく見るとシエスタの足下には、蔓草がらせんを描いて置かれていた。
 置かれていたと言うよりは、シエスタの腕に巻かれた蔓草がほどけたといった感じだ。

 落下の瞬間、蔓草を螺旋状に伸ばしてクッションにし、地面に着地したまでは良かったが……シエスタの両腕は突然の摩擦熱に耐えられず、みみず腫れが出来てしまっていた。


 シエスタは考える。
 先ほどの衝撃は、おそらく『エア・ハンマー』だろう。
『エア・カッター』や『エア・ストーム』または『ウインディ・アイシクル』なら死んでいたかもしれない。

「(今のは、私への嫌がらせ?それとも……)」

 突然の事態に対処すべく思考を巡らすシエスタ。
 彼女の表情は、いつの間にか『戦士の顔』になっていた。



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