ゼロの奇妙な使い魔 まとめ

第二十五話 『存在の正否、そして迫るハリケーン』後編

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匿名ユーザー

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翌朝、ウェザーたちはゼロ戦をギーシュの父のコネで呼んだ竜騎士たちに学院まで運ばせた。それに同伴して学院に帰ったのだが、問題が起きた。金だ。竜騎士たちは運搬賃を要求してきたのだ。
「貴族なら貴族らしく太っ腹なところをみせろっつーの」
「残念だがウェザー、軍人は貧乏なのさ」
どこか哀愁を漂わせるようにギーシュは言った。ウェザーがアンリエッタから報酬として貰った金貨の詰まった袋はルイズの部屋だ。けれどまだルイズと顔を合わせる心の準備が出来ていないので行きたくはなかった。
「ダーリンどうするの?あいつらいい加減うっとおしいんだけど」
「いや、金なんだがな・・・」
「なんらわわたしが立て替えようか?」
いきなり背後から声がかけられて全員飛び上がった。振り返ってみればそこにいたのは・・・
「ミスタ・コルベール!」
コルベールは久しぶりだね、と手を上げると竜騎士たちに袋を手渡した。竜騎士たちは中身を確認すると下卑た笑いを見せて飛び立っていった。
「いいのか?」
「いいさ。知的好奇心の前ではお金などどうと言うほどのこともない。で、ウェザー君、これが一体何なのか僕に説明してくれると嬉しいのだが」
「そのつもりだよ。こっちもあんたの力が必要なんでな。色々と言うことはあるんで立ち話じゃなんだ。どっかないか?」
「ならばわたしの研究室に来たまえ」
コルベールが先頭に歩き出し、ウェザーたちが続くとコルベールはピタリと足を止めた。背を向けたたままウェザー以外の三人に言う。
「ところで君たち。ずいぶん長いこと顔を見なかったが、一体何をやっていたのかな?」
「あ・・・ちょと冒険を・・・」
「君たち」

コルベールは首だけで後ろを見てにっこりと笑った。普段だったら震えていただろう。しかし三人の顔に『怖れ』はなかった。
(初めて罰をくらうのにずっと昔からわかっていたかのような罰・・・そう・・・あたしは・・・ずっと知っていた・・・あたしはこの罰のことを産まれたときから知っていた・・・・・・タバサも、ギーシュも・・・)
(後悔はない・・・今までの旅に・・・これから起こる罰に・・・わたしは後悔はない)
(今・・・感じる感覚は・・・僕は『黒』の中にいると言うことだ。コルベール先生は『白』!キュルケたちが『黒』。『白』と『黒』がはっきり別れて感じられる!二日酔いの体でも勇気が湧いてくる。『ダメなことの黒』の中に僕はいるッ!)
ギーシュは一歩前に出て、
「確かに今回のことは僕たちが勝手にやったことだ・・・だから僕たちに同情なんぞを感じる必要はありません。だが一つだけ偉そうなことを言わせてもらう」
コルベールを正面から見据えた。
「僕は『楽しい』と思ったからサボったんだ。後悔はない・・・こんな世界とはいえ僕は自分の『楽しめる道』を歩いていたい!」
「あ、先生!あたしとタバサはギーシュ君が今みたいに楽しいからって無理矢理連れて行かれたんで罰はギーシュ君に与えてください」
「お前何言ってるんだキュルケーーッ!タバサはともかく理由を言えーーーッ!」
「ではミスタ・グラモン、君には学院の窓拭きをお願いしましょうか。無論、魔法はダメです」
そう言い残してコルベールはウェザーと共に歩いていってしまった。
「待ってくれェ―――ミスタ・コルベールッ!」
「ギーシュ、止めたって無駄よ」
追いかけようとしたギーシュの腕をキュルケが掴んだ。ギーシュは恨めしそうにキュルケを見る。
「君は本当にひどい女性だ」
「あら、あたしだって悪魔じゃないわ」
「なに?ならばキュルケッ!君の意見を聞こうッ!」
「・・・・・・『ギーシュはあたしたちの応援を受けて掃除をする』・・・・・・『あたしたちはギーシュの掃除を見ながら時間を潰す』。つまりハサミ討ちの形になるわね・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・あれ?」

コルベールの研究室は、本当と火の塔に挟まれた一画にあった。見るもボロい掘っ建て小屋である。
「初めは自分の居室で研究をしておったのだが、なに、研究に騒音と異臭はつきものでな。すぐに隣室の連中から苦情が入った」
木製の机の上には、怪しげな薬品の入ったビンやら試験管やらが散乱しており、本棚にはこれでもかとギッシリの本が詰め込まれていた。天体儀や地図もあるし実験用なのか爬虫類などが檻に入れられて置いてもある。
一歩歩くごとに埃が舞い上がり、すえた異臭が鼻を刺激してきた。ウェザーは思わず鼻をつまんだ。
「なに、臭いはすぐになれる。しかしご婦人方には慣れるということはないらしくてね、この通り、いい年をして独り身だ」
コルベールはぼやきながらゼロ戦の燃料タンクから削り取ったわずかなガソリンを入れたた壺の臭いを嗅いだ。『固定化』の副産物かどうやら中に入っていたガソリンも化学変化は起こしてはいないようだった。
コルベールはなにかブツブツと呟きながら羊皮紙にメモを取り始めた。
「これと同じ油を作ればあの『ひこうき』は飛ぶのだね?」
「壊れてなけりゃあな」
「おもしろい!調合は大変そうだがやってみよう!」
コルベールは再びブツブツ呟きながら秘薬を引っ張り出したりアルコールランプに火をつけたりと慌ただしく動き出した。
「君の故郷ではあれが普通に飛んでいるのだろう?エルフの治める東方の地は、なるほどすべての技術がハルケギニアのそれを上回っているようだね」


コルベールが声を弾ませてそう言うのでウェザーは少し考えてから話し出した。
「コルベール、実は俺は・・・・・・この世界の人間じゃあないんだ。俺も『ひこうき』も『破壊の杖』も・・・ここじゃない別の世界から来たものだ」
コルベールの手がピタリと止まった。そしてまじまじとウェザーを眺めた。
「なるほど」
「?驚かないのか?」
「そりゃあ驚いたさ。ジャイアントモールも月までブッ飛ぶような衝撃の事実だ。だが、君はどうにも我々とはかけ離れている。それに君のルーンを調べさせてもらっているんでね。君が普通とは違うことは知っていたと言うべきかな?ふむ、ますますおもしろい」
「・・・変わってるな」
「かもしれない。私は変人だとよく言われる。おかげで嫁も来ない。しかしそれでも、このコルベールには信念があるのだよ」
コルベールは顔を輝かせた。
「ハルキゲニアの貴族は魔法をただの道具程度にしか考えておらん。だが魔法とは威を振りかざすための武器ではないのだ。魔法はもっと万人の役にたてることができるはずだ。君を見ているとますますその信念が固くなる。強くなる。
 ハルキゲニアの理だけが世界の理ではないのだ!おもしろい!なんとも興味深いじゃないか!君は我々の知らない知識を持っている!だからウェザー君!困ったことがあったらなんでも私に相談したまえ。この炎蛇コルベール、いつでも力になるぞ」
子供のように無邪気にはしゃぐコルベールはウェザーの手を握ると、研究に入った。邪魔になるだろうからとウェザーはゼロ戦に向かうことにした。

アウストリの広場に置かれたゼロ戦の操縦席に座ってウェザーは各部の点検をしていた。操縦桿やスイッチにもルーンは反応するので扱い方や状態はすぐに把握できる。翼にも尾翼にも異常はない。計器板もどれも動く。
「これなら飛ぶな」
ウェザーが操縦席から立ち上がると、眼下に懐かしい桃色がいた。その桃色はウェザーとゼロ戦を交互に睨むと、憮然とした様子で指を突きだしゼロ戦を指さした。
「なにこれ?」
「飛行機だ」
ウェザーもなんだかわからないがそっぽを向いて答えてしまった。
「じゃあ、そのひこーきとやらから降りてきなさい」
ルイズが手を腰に当てて偉そうに言うがウェザーは無視を決め込んだ。するといきなりゼロ戦が揺れだした。
「降りてきなさいって言ってるでしょーッ!」
なんとルイズはゼロ戦の翼に飛びついて体を振っているのだ。おかげでゼロ戦も揺れる。
「わかった!わかったから止めろ!」
ウェザーは慌てて飛び降りてルイズの前に立った。ルイズは翼から飛び降りると服装を正してから唇を尖らせた。
「どこ行ってたのよ」
「宝探し」
「ご主人様に無断で行くなんて、どういうつもり?」
「クビにされたんだ。もうお前はご主人様じゃないだろうが」
ウェザーがつれなくそう言うと、ルイズは涙目になりながら睨んできた。しばらく唸っているが限界だったのか、とうとう目から水滴がこぼれ始める。

「ごめん、な、さいぃ、ひっく・・・ウェザーだって、えぐ、辛かったのに、わたし、ぜんぜん、考えないで怒ってぇ・・・」
「お、おい泣くなよ」
ウェザーもこれにはさすがに焦った。泣きじゃくるルイズをなだめようとするがとまるどころかますます強く泣き出す始末である。
「泣くなって。あの時は俺も悪かったよ。カリカリしててお前にあたっちまったんだから・・・だから、すいませんでした」
ウェザーが頭を下げるとルイズもようやく落ち着いてきたのか、しゃくりあげながらもウェザーを見た。それから冷静になっていくにつけて自分が泣いてしまったことを思い出して一瞬で顔を真っ赤に染めた。
「あ、わ、わかればいいのよ!そう、うん。だから今回はおとがめ無しにしてあげる。クビはナシよ。このわたしが折れてあげるんだから感謝しなさいよね!」
「あれだけ泣いといて折れてあげたもないわよねえ。ルイズ?」
「キュ、キュルケ!」
いつの間にかやってきていたキュルケがルイズをからかうように笑っている。その傍らにはタバサと、モップと雑巾を持ってぐったりしているギーシュがいた。
「泣いてないわよ!」
「あれだけ派手に泣いて置いてしらばっくれようなんて、あなた無茶よ」
「うううるさーい!」
例の如くおっぱじめた二人をウェザーは笑ってみていた。タバサがぽつりと呟いた。
「めでたしめでたし」



それから三日がたった。
鶏の鳴き声でコルベールは目を覚ました。彼の目の前にはアルコールランプの上にフラスコがあった。ガラス管が伸びて左のビーカーに熱せられた触媒が冷えて凝固している。
コルベールは最後の仕上げに入った。ガソリンの臭いを嗅ぎ、慎重に『練金』を唱えた。臭いを強くイメージする。するとぼんっ、と煙を上げてビーカーの中身が茶褐色の液体に変わる。ツンと鼻を突く刺激臭。まぎれもなくガソリンである。
コルベールはドアを開け放って外に飛び出していった。汗が垂れるのも気にせずに、広場でゼロ戦を視ていたウェザーに駆け寄る。
「ウェザー君!ウェザー君!できたぞ!やった!調合できたぞ!」
燃料コックの蓋を『アンロック』で開けて中にワインビンから茶褐色の液体を二本分注ぎ込む。ウェザーが操縦席に上がって機動準備に入っている間コルベールは得意げに話していた。
「まずこれは微生物の化石から作られているようだったのでね、それに最も近いものを探した。それが木の化石、石炭だ。それを特別な触媒に浸して近い成分を抽出、何日も駆けて『練金』の呪文をかけた。そしてできあがったのが――」
「ガソリンか」
コルベールは頷いてウェザーを促した。
「さ、早くその風車が回るところを見せてくれ。わくわくで眠気が吹っ飛んでしまったよ」
「ちょいと待ってな・・・風がいるな」
流れ込んできた情報によるとエンジンの始動にはプロペラを回さなければならないらしい。
「魔法が必要かね?」
「いや、問題ない」
燃料コックをメインタンクに切り替え、各種レバーを合わせる。カウル・フラップを開き滑油冷却器の蓋を閉じる。ウェザーがそれらの動作を終えるのと同時に風が吹き始め、プロペラが重そうに回りだした。
そしてタイミングを見計らい点火スイッチを押す。スロットルレバーを倒すと、エンジンが起動してプロペラが勢いよく回り始めた。機体の振動が伝わってくる。各種計器を確認したあとに点火スイッチを切った。
ウェザーは操縦席から飛び降りると感動した面もちで眺めていたコルベールの肩を叩いた。



「やったぜ、おい!エンジンがかかった!」
「おおお!やったなあ!しかしなぜ飛ばんのかね?」
「飛ばすならガソリンが樽で五本は欲しいところだな」
「そんなにかね?しかしまあ飛ぶというのならばやってみせるさ!希望とやる気がむんむん湧いてきたよ!」
コルベールが研究室に向かったあともウェザーはゼロ戦に付きっきりだった。なんだかんだで男は飛行機に憧れるものなのかも知れない。コルベールほどではないが心が弾んでいるのがわかった。夢中になっているとルイズがやってきて声をかけてきた。
「もう、こんな時間まで何やってるのよ?」
「エンジンがかかったんだ!」
しかしウェザーとは対照的にルイズはつまらなそうだ。
「そう、よかったわね。で?そのえんじんがかかったらどうなるの?」
「飛べるんだよ!空を!」
「飛べたらどうするの?」
ルイズは寂しそうに尋ねた。
「帰ったりしないわよね・・・?」
「前にも言ったろ?俺にはもう帰る理由がないんだよ・・・」
かと言ってここにいていい理由はない。
「・・・・・・なあルイズ、お前俺が必要か?」
「はあ?いや、それは・・・その・・・必要よ・・・・・・い、いなきゃいないでわたしの世話する人がいなくなるから困るってだけなんだからね!」


それを聞いてウェザーは微笑んだ。
「ま、今はそれで十分か」
「?なにが?」
「いやいや、何でもありませんよゴシュジンサマ」
「わけわかんない・・・まあいいわ。ご飯までまだ時間あるからちょっとつき合いなさい」
ルイズに引っ張られてウェザーは部屋に向かった。そしてついてから自分はベッドに腰掛け、ウェザーを椅子に座らせた。何かの本を開いている。
「なんだかんだで、今あたしに出来る事って国のために体張る姫様のために詔考えるくらいだって思ったの。辛いけど・・・姫様たちはもっと辛いはずだもの」
「・・・とりあえず読んでみろよ」
ルイズは小さく咳払いすると、朗々と詔を読み始めた。
「この麗しき日に、始祖の調べの光臨を願いつつ、ルイズ・フランソワーズ・ル・ブランド・ド・ラ・ヴァリエール。畏れ多くも祝福の詔を詠みあげ奉る・・・・・・」
と、それっきり黙ってしまった。
「どうした、続けろよ」
「これから四大系統に対する感謝の気持ちを詩的で韻を踏んだ言葉で詠みあげなきゃいけないんだけど・・・」
「そりゃまた抽象的っつーか、レベルの高い要求だな」
「でしょ?」
「とりあえず思いついたのを言ってみろよ。そこから昇華させよう。まずは『火』」
ルイズは首を捻って唸っていたが、ゆっくりと口を開いて精一杯考えたのだろう『詩的』な文句を呟いた。


「えっと・・・火は草や氷や鋼に強くて、追加効果にやけどを伴う技が多い・・・」
「待て、なんの話だそれは」
「え?いや、なんとなくなイメージを言ってみただけなんだけど・・・」
「却下。次、『土』」
「そうねえ・・・ヘタレでナンパで強がるくせに強くない」
「完璧ギーシュのイメージ先行だな。最早感謝じゃねーしボツ!あー、もう『風』と『水』!」
「風が吹いたら遅刻して雨が降ったらお休みかしら?」
「お前はどこの南の島の大王だッ!」
「うるさいわねーわたしだって一生懸命やってるの!」
その後夕食の時間までぎゃいぎゃい騒いでいたがルイズに不快感はなかった。生まれ故郷に戻った鮭の気持ちはきっとこんなものだろうと思う。ようするに元鞘なのだが、ルイズはそれを認めたりはしないのだろう。


それからさらに時間が経ち、ゲルマニア皇帝アルブレヒト三世とトリステイン王女アンリエッタの結婚式はゲルマニアの首府ヴィンドボナで来月、三日後のニューイの月の一日に行われることになった。
そして本日、トリステイン艦隊旗艦『メルカトール』号は新生アルビオン号政府の客を迎えるためにラ・ロシェールの上空に待機していた。後甲板では艦隊司令長官のラ・ラメー伯爵が国賓の出迎えに正装し居住まいを正していた。
隣に控える艦長のフェヴィスは口ひげをいじっている。アルビオン艦隊は約束の刻限を過ぎたのに影も現さないのだ。
「やつらは遅いではないか艦長」
「自らの王を手にかけんとした犬畜生どもです。犬は犬なりに着飾っておることでしょうな」
「ふん、やつらまだ自国の王が生きておるというのによくものうのうと新政府を樹立し、あまつさえでかい顔をして他国に顔を見せようなどと考えたものだ。不忠も不忠、大不忠者だな」
「王と言えば、ウェールズ皇太子はこの度の結婚に出席なさるので?」
フェヴィスの疑問にラ・ラメーは顎をさすった。
「どうかな。穏健派のやつらの中にはウェールズを出してはアルビオンの機嫌を損ねるとか言っておる奴らもいるからな。ウェールズ殿もお辛い立場だな」
「では現在ウェールズ皇太子は?」
「ラ・ロシェール付近で部隊を率いて待機してるんじゃないか?近く遠く・・・なんとも歯痒い距離だ」
その時鐘楼に登った見張りの水平が大声で艦隊の接近を告げた。

「左上方より艦隊!」
なるほどそちらを向けば雲と見まごうばかりの巨艦を先頭に、アルビオン艦隊が静かに降下してくるところであった。
「あれが『ロイヤル・ソヴリン』級か・・・巨大ですな。後続艦が小さなスループ船に見えます」
「ふむ、戦場では会いたくないものだな」
艦長が鼻を鳴らして言うと、併走するアルビオン艦隊から旗流信号が掲げられた。
「貴艦隊ノ歓迎ヲ謝ス。アルビオン艦隊旗艦『レキシントン』号艦長」
「こちらは提督を乗せているというのに艦長名義での発信とは舐められたものですな」
「あのような艦を与えられては、世界を我がものなどと勘違いしてしまうのだろう。よい。返信だ。『貴艦隊ノ来訪ヲ心ヨリ歓迎ス。トリステイン艦隊司令長官』、以上」
ラ・ラメーの言葉が士官から伝わってゆきマストに命令通りの旗流信号がのぼる。すると程なくしてアルビオン艦隊から礼砲が放たれた。
弾は込められていないとはいえ、それでも巨艦『レキシントン』号の空砲はそれだけで辺りの空気を震わせる。
ここまでは届かないと尻ながらラ・ラメーは思わず後退ってしまった。実戦経験のある提督を怯ませるだけの禍々しい迫力を秘めた空砲であった。
「よし、答砲だ」
「何発撃ちますか?相手が最上級の貴族なら十一発でもてなすのが決まりですが」
「七発でよい」
子供のような意地を張るラ・ラメーを視てニヤリと笑うと、艦長は命令した。
「答砲準備!順に七発!準備でき次第撃ち方始め!」


ラ・ロシェールにほど近い場所でウェールズは隊を率いていた。平民や傭兵が多く混じるものの、今日までの練兵でかなりの練度に仕上げた。
副官のアニエスの協力も大きかったが、やはり平民にも力があるのだと改めて感心せざるを得なかった。その時、大気を震わすような音が響いた。
「・・・『ロイヤル・ソヴリン』号・・・いや、『レキシントン』号か」
馬上のウェールズはかつて自軍でその威容を誇っていた艦を遠くに見上げ呟いた。するとアニエスが横に並ぶ。
「ウェールズ様、そろそろ出発すべきかと」
「ああ、そうだな・・・」
しかしその瞬間に、先ほどとは違う、何かが爆ぜるような音が耳をつんざいた。全員が空を見上げると、アルビオン艦隊最後尾の小型艦が炎上して墜落しているではないか。
「な、何が起きたんだ?火薬庫でも爆発したのか?」
「いきなり爆発したぞ!」
ウェールズは体中に鳥肌が立つような感覚を憶え、空にクロムウェルの陰謀が渦巻いていることを察知した。
その直後にトリステイン艦隊が『レキシントン』の砲撃を受けて燃え上がる。明らかに射程外だと思っていたのに届いた。新型の大砲まで積んでいるらしい。
隊の者達にも動揺が走るがウェールズは一喝して止めた。
「わめくなッ!これはアルビオンの策略だ!奴らの狙いはトリステインだ!これより隊後列は近隣の領主にこのことを伝え兵を募れ!」
咄嗟の命令ではあるがこの日のために訓練された兵たちはすぐさま馬を駆っていった。それからウェールズはアニエスに向き直る。
「アニエス、ラ・ロシェール付近で最も広い場所は?」
「は、タルブ村のそばの草原ならばあの巨艦も降りてこれるかと!」
「村か・・・まずいな。急ぐぞ!」
ウェールズを先頭に蹄が続いた。


「やつらはやっと気付いたようですな。すでにここが戦場だったと言うことに・・・」
もはや艦隊としての体裁を取れていないトリステイン艦隊を見つめてボーウッドの傍らでワルドが呟いた。ワルドは上陸作戦全般の指揮を行うことになっていた。
「のようだな、子爵。しかしすでに勝敗は決した」
艦数で二倍のアルビオン艦隊はトリステイン艦隊の頭を押さえ、反撃をくらわないように冷静に撃沈していく。十数分たらずですでにトリステイン艦隊は壊滅間近であった。
『レキシントン』号の艦上のあちこちから「アルビオン万歳!神聖皇帝クロムウェル万歳!」の叫びが届く。ボーウッドは眉をひそめた。
かつて空軍が王立だったころは、戦闘行動中に『万歳』を唱えるド低脳はいなかった。見ると司令長官のサー・ジョンストンまでが万歳の連呼に加わっているのだ。
「ここが戦場だと気付けていないのは我らも同じか・・・」
ボーウッドの呟きを知って知らずか、ワルドは言った。
「艦長、新たな歴史の一ページが始まりましたな」
ボーウッドは一瞬だけ目を伏せ卑劣なる手段で墜ちていった敵に黙祷を捧げたあと、すぐに軍人の顔に戻って言った。
「なに、戦争が始まっただけさ」

平和、友情、愛情、存在、野望、陰謀、葛藤――――それぞれの思いを運んだ風が今、戦場で交わろうとしていた。

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