ゼロの奇妙な使い魔 まとめ

第二十五話 『存在の正否、そして迫るハリケーン』前編

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第二十五話 『存在の正否、そして迫るハリケーン』

目の前には黒衣の悪魔。伝説をその左手に宿した――悪魔。
自分は倒れてでもいるのかその悪魔を見上げている。恐怖に体が震える。生存本能が口を開かせ舌を動かす。
(これは・・・僕の都合のいい命乞いなんかではないんだ・・・)
(『世界』は目の前なんだ・・・手に入れるんだ・・・僕は『世界』を・・・『母』を手に入れなければならない・・・やめるんだウェザー君・・・僕を殺そうとするのはやめるんだ・・・)
しかし悪魔は聞き入れない。死刑を宣告するかのように耳元で死を囁く。
(お前は同じだ・・・『天国』を求め、積み上げた犠牲をやむなしと吐き捨てたあいつと・・・プッチと変わらない・・・お前のような奴には・・・『世界』どころか雲すら掴めはしない・・・お前は自分が『悪』だと気付いていない・・・もっともドス黒い『悪』だ・・・)
(や・・・やめろ『ガンダールヴ』!お前は間違っている!平民のくせに・・・)
(ワルドォォォーッ!!)
(あげぎがあぁぁぁあぁあッ!)


決まってここで目が覚める。
「・・・・・・クソッ」
ワルドは小さく吐き捨てるとベッドから立ち上がり着替えを始めた。嫌な汗で上着はべたべたになってしまっている。
しかし上着を脱いだとき鏡に映る自分を見て手が止まった。
やや痩けた頬。二の腕から先が空になってしまった左腕。そして胸に刻まれた生々しい傷痕。
もちろん『ガンダールヴ』につけられたものだ。
あの『悪魔の虹』の混乱の最中、ろくな治療が受けられず残った痕。今なら消せるのだろうがあえて残している。
形はまるで悪魔の手のひらのようで、あの夢を見た後はいつも心臓を握られているかのような感覚に襲われる。
ワルドは自分の手が震え始めていることに気づき、慌てて枕元のロケットを手に取り胸に当てる。
すると不思議と荒かった息は落ち着き震えが止まった。
ワルドはロケットの蓋を開けて中を見る。美しい女性の肖像画。体中に力がみなぎるのが感じられた。
その時部屋の扉が叩かれた。
「ワルド様、クロムウェル閣下がお呼びです」
「すぐに参ると伝えろ」
部下が下がってからワルドは机の上の義手を取り、上着を着込みマントを羽織った。その眼にはもう怯えはない。
「この僕をドス黒い『悪』だと言うか『ガンダールヴ』」
ならば罵るがいい。己が目的のために信頼を裏切った。己が目的のために祖国に牙を剥いた。蔑まされる覚悟はできていた。
だがそれでも自分は歩みを止めはしない。
野望のために命乞いもしよう。クソのような男に頭も下げよう。
黄金の輝きも白金の煌めきも自分にはいらない。ただ刃のように妖しく光る鋭い野望があればいい。立ち塞がるのであれば――――
「我が風で薙ぎ払い進むのみ」
ワルドは扉を開け放ち部屋を出た。その眼に黒く燃える野望を秘めて。


アルビオン空軍工廠の街ロサイスには先の革命戦争以来『レコン・キスタ』の三色旗が風に踊っていた。
巨大な煙突をいくつも持つ製鉄所、船の建造修理に使用する木材が山と積まれた空き地、赤レンガの空軍発令所。
様々な建造物などが大きく目に付くが、その中でも一際目を引くのが、天を仰ぐばかりの巨艦であった。
全長二百メイルにも及ぶ巨大帆走戦艦、アルビオン空軍本国艦隊旗艦『レキシントン』号である。
アルビオン皇帝、オリヴァー・クロムウェルは共の者を引き連れてその突貫工事を視察していた。
「何とも大きく頼もしい艦ではないか。このような艦を与えられたら、世界を自由にできるような、そんな気分にならんかね?艤装主任」
「我が身には余りある光栄ですな」
気のない返事で答えたのはサー・ヘンリー・ボーウッドであった。
革命戦争のおりにレコン・キスタ側の巡洋艦の艦長として戦場の空を駆け、敵艦二隻を撃墜する功績を認められ『レキシントン』号の艤装主任、ひいては艦長に就任するのである。
艤装主任が艤装終了後に艦長になることは王立時代からのアルビオン空軍の伝統であった。
「謙虚だな。だが!見たまえよ、あの大砲を!」
クロムウェルは舷側に突きでた大砲を指さした。
「余の君への信頼を象徴する新兵器だ!アルビオン中の練金魔術師を集めて鋳造した長砲身!設計士の計算ではだな・・・あー・・・・・・」
「トリステイン・ゲルマニアの主力カノン砲のおおよそ一・五倍の射程有しております」
「そう!そうだったな!ミス・シェフィールド!」
ボーウッドはシェフィールドと呼ばれたクロムウェルの傍らに控える女性を見つめた。
冷たい妙な雰囲気のする、長髪の二十代半ばの女性であった。
細く体のラインにぴったりとくっついているかのような黒いコートを身に纏っており、マントは着けていない。
見たことのない妙ななりな上、メイジではないようでもあった。
「彼女は東方の『ロバ・アル・カリイエ』からやってきたのだ。エルフより学んだ技術でこの大砲を設計した。彼女は未知の・・・我々の魔法の体系に沿わない、新しい技術をたくさん知っておる。君もぜひ友達になってみるがいい、艤装主任」


ボーウッドはつまらなそうに頷き、もう一度シェフィールドを見た。
視線に気付いたシェフィールドが妖しく笑い返してきたので、ボーウッドは慌てて視線を逸らした。
彼は女性に笑いかけられて視線を泳がせるほどうぶではない。
その笑顔から発せられた奇妙な違和感がボーウッドの本能を刺激してそらさせたのだった。
だがボーウッドは深く呼吸を一つするだけで心も顔も元に戻して見せた。
彼は生粋の武人であり、クロムウェルが政治的な決定でこの女を侍らせているのであるのならばそこにボーウッドが口を挟むことはない。
政治は政治家が、戦争は軍人が行うことであるという意思を強く持っているからである。
しかしそれでも心はある。心情的に彼は王党派であったが、上官であった艦長司令が反乱軍側についたためにしかたなくレコン・キスタ側の艦長として革命戦争に参加したのである。
アルビオン伝統のノブレッス・オブリージュ――高貴な者の義務を体現するべく努力する彼にとって、未だアルビオンは王国であるのだった。
たとえクロムウェルの口から陛下とウェールズ皇太子の死を聞かされたとてそれが揺らぐことはなく、クロムウェルは依然忌むべき王権の簒奪者である。
「これで『ロイヤル・ソヴリン』号に敵う艦はハルケギニアには存在しますまい」
ボーウッドは間違えた振りをしてこの艦の旧名を口にした。その皮肉に気付いたクロムウェルはそれでも微笑んだ。
「ミスタ・ボーウッド、アルビオンにはもう『王権(ロイヤルソブリン)』は存在しないのだ」
「そうでしたな。しかしながらたかが結婚式の出席に大型の新型大砲なぞ積んでいくのは、下品な示威行為と取られますぞ」
トリステイン王女とゲルマニア皇帝の結婚式に国賓として初代神聖皇帝兼貴族議会議長のクロムウェルや、神聖アルビオン共和国の閣僚は出席する。その際の御召艦がこの『レキシントン』号であった。


親善訪問に新型の武器をつんでいくなど、砲艦外交ここに極まれり、である。しかしクロムウェルは何気ない風に呟いた。
「ああ、きみには『親善訪問』の概要を説明していなかったな」
「概・・・要?」
また陰謀かとボーウッドは頭が痛くなった。クロムウェルはボーウッドの耳元で二言三言囁く。
その瞬間にボーウッドの顔から血の気が引いていった。信じられなかったのだ。
有り得るはずが・・・有り得てはいけないことを聞いてしまった。
「バカな!そのような亀のクソにも劣る破廉恥な行為がッ!許されるはずがありませんッ!トリステインとは不可侵条約を結んだばかりではありませんかッ!このアルビオンの長い歴史において他国との条約を破り捨てたことはないッ!」
激昂してボーウッドはわめいた。しかしクロムウェルは静かにその言葉を切り捨てる。
「ミスタ・ボーウッド。それ以上の政治批判は許可しない。これは議会が決定し、余が承認した事項だ。きみは余と議会の決定に逆らうつもりか?いつからきみは政治家になったのかね?」
そう言われてはボーウッドは何も言えない。軍人である彼は物言わぬ剣であり、盾であり、祖国に忠実な番犬であった。
飼い犬は黙って飼い主の命令を聞くことだけを考えていればいい。それしか、許されない。
「・・・・・・アルビオンは・・・ハルキゲニア中に恥をさらすことになります。卑劣な条約破りの国として、悪名を轟かすことになりますぞ」
「悪名?ははは、きみは存外に心配性だな。我々レコン・キスタの旗の下、ハルキゲニアは一つになるのだ。エルフ共を追い払い聖地奪回の暁には些細な外交上のいきさつなどいかほどのことがあろうか」

クロムウェルは微笑を崩すことなく言ってのけた。
その笑みにボーウッドは激しい怒りを憶え詰め寄ったが、それでも彼の軍人の部分がその怒りを拳を握りしめるまでにとどめてくれた。
もし止められなかったなら自分は今頃死んでいただろう。なぜか?目の前に杖を突き出されているからだ。
フードに隠れてはいたが、ボーウッドはその顔に見覚えがあった。
「パ、パリー殿?」
果たしてそれは討ち死にしたはずのパリーだった。だけではない。その後ろに現れたフードの連中も、全員知った顔だった。それも王党派として散っていったはずの者ばかり。
「あ・・・ああ・・・」
「艦長。きみの活躍に期待しているよ。なに、失敗を怖れることはない。死は最も身近な友人だ。死は零ではないのだよ」
そう言い残してクロムウェルは供の者達を連れて去っていった。その後ろ姿をボーウッドはただ眺めていた。
『水』のトライアングルである自分にはわかった。パリーたちには生気が流れていた。ゴーレムではない。だとすれば未知の魔法に違いない。クロムウェルの最後の言葉が頭の中で響く。
『死は零ではない』
ボーウッドはまことしやかに流れている噂を思い出して身震いした。神聖皇帝クロムウェルは『虚無』を操る、と。ならばアレが『虚無』か?『死』を操る魔法・・・・・・伝説の『零』の系統。
ボーウッドは震える声で呟いた。
「やつは・・・・・・ハルキゲニアをどうしようというのだ」


クロムウェルが歩いていると前方から一人の貴族が現れた。羽帽子を被った長身のメイジ。
ワルドである。そのワルドにクロムウェルは命じた。
「子爵、きみは竜騎兵隊の隊長として『レキシントン』に乗り込みたまえ」
「犬の首輪役というわけですか?」
しかしクロムウェルは首を振って否定した。
「あの男は頑固で融通が利かないが、だからこそ信用できる。餌に尻尾を振らないことは番犬としては重要ではないかね?余はただきみの能力を買っているだけだ。竜に乗ったことは?」
「ありませぬ。しかし、わたしに乗りこなせぬ幻獣はハルキゲニアには存在しないと存じます」
だろうな、と言ってクロムウェルは微笑んだ。それから唐突にワルドに尋ねた。
「子爵、きみはなぜ余に付き従う?」
「わたしの忠誠をお疑いになりますか?」
「そうではない。ただ、きみはあれだけの功績をあげながら、余に何一つ要求しようとはしない」
その言葉にワルドはにこりと笑った。なんとも爽やかな笑みである。
「わたしは閣下が見せてくださるものが見たいだけです」
「『聖地』か?」
「わたしが探し求めるモノはそこにあるかと思いますゆえ」
「信仰か?欲がないな」
元聖職者でありながら信仰心など欠片も持ち合わせていないクロムウェルはつまらなさそうにワルドの横を通り過ぎていった。
後に残されたワルドは首から下げた古ぼけた銀細工のロケットを開いた。その中の小さな肖像画を見てワルドは呟く。
「いえ、閣下。わたしは世界で一番欲深い男です」
つけたばかりの義手が軋んだ。


ノックの音がした。
ルイズはベッドの中でモゾモゾと動きながら「開いてますよ」と緩慢な返事を返す。
「入るぞ」
そう言って扉を開けたのはオスマンだった。ルイズは学院長自らがやってきたことに驚き慌てて跳ね起きガウンを羽織った。
「お、オールド・オスマン!なぜここに?」
「なに、最近君が休みがちと聞いての。勤勉なお前さんが休むなど悪い病気じゃないかと思ったが、見た感じでは大丈夫そうじゃな」
「気分がすぐれないだけですから・・・すぐに良くなります」
オスマンは優しく微笑んだ。それを見てルイズはただサボっていることにヒドイ罪悪感を覚えた。俯いているとオスマンが話しかけてきた。
「ふむ。少しお話をしんか?」
「は?お話・・・ですか?」
ルイズが聞き返すとオスマンはその白鬢を手ですいた。
「そうじゃ。お前さんは外にもロクに出ておらんようじゃからな、人と話さんと後でエラいことになるぞい」
「・・・・・・」
ルイズが黙って椅子に腰かけたのを見てオスマンも椅子を引いて座った。
「王女様から話は聞いとるが、詔はできたかの?」
ルイズは一瞬肩を震わせて、しゅんとしたまま首を振った。
「そうか・・・しかしまだ式までは二週間ほどある。ゆっくりと考えるがいい。そなたの大事な親友の式じゃ。しっかりと想いを伝えられる言葉を選びなさい。何よりも気持ちで祝福してあげるんじゃ」


ルイズは頷いた。自分のことばかり考えていて詔なんて全然考えてもいなかった。
姫殿下は親友である自分を信じて巫女の大役を任せてくださったというのに。
オスマンが部屋を見渡す。
「ところで、使い魔の青年が見あたらんが・・・?」
ルイズは長いまつげを伏せて再び俯いてしまった。それでもオスマンは微笑んだ。
「ケンカでもしたんじゃろう?」
ルイズは答えなかったがそれが強く肯定を表していた。
「若い自分というのは些細なことでケンカしてすれ違ってしまうものじゃ。若い内は自分の過ちを認めたくないものじゃからな」
「・・・だってあいつが・・・」
ルイズは悪態をつきそうになるのをすんでの所で堪える。その様子をオスマンは片目を上げてみて、そして唐突に語りだした。
「昔々の昔話になるんじゃがのう、あるところに一人のメイジがおった。そのメイジは長く生きる術を手に入れ、そのおかげで多くの出会いを得、多くの友を得たんじゃ。しかしまだまだ血気盛んな歳じゃったのだろうな、よく友と些細なことで衝突した。
 大半の友は時間の経過が絆を再び繋いでくれたが、中には二度と繋がらないままの者もおる。激しく罵り合い絶縁し、再びまみえることはなかった・・・・・・生きてはな。長らく絶縁していた友の危篤を聞きつけ駆け付けたときにはすでに旅だっておった。
 その時長寿を得たメイジは心の底から悲しんだ。友の死も悲しかったが、友と楽しく笑い合った記憶がなくなっていたことに大いに悲しみ後悔した。メイジの記憶にある友は自分と醜く争い罵り合ったものしかなくなっていたんじゃ。
 その悲しみと後悔はいかほどのものであろうな。そのメイジは長く生きる術を手に入れ、そのおかげで多くの出会いを得、多くの友を失ったんじゃ」


オスマンはゆっくりと、一言一言噛み締めるかのように紡いでいった。
どこか遠くを見たままの目が潤んでいたのは陽の光のせいだろうか?
「目の前に延びる長き道を全力で走れるのは若い内だけじゃ。だが同時に歩み寄ることを知らないのも若さじゃ。
 一緒に走り出した友は些細なことで遠く離れた道を走るようになってしまい、年老いて一息ついたときに後ろを振り返ってみてかつての友が誰もいなくなっておった事に気づいてももう遅い。
 長く生きる術があろうと過去を取り戻す術はないのじゃから・・・・・・」
そこまで言ってオスマンはため息を一つ漏らし立ち上がった。どこか疲れたような印象をルイズは感じ取っていた。
「一方的に話してしまったのお。こんな老いぼれの長話なんぞ聞いたところでつまらんかったろう」
「い、いえ!すごく参考になりました・・・」
「そうかそうか。まあ、何にせよあまり一人で塞ぎ込むのはよしなさい。わしでよければいつでも相談に乗るでの」
薄く笑うとオスマンは去っていった。しばらく扉を眺めていたが、ここしばらく放っておいた『始祖の祈祷書』を机の上に開いた。今はできることからやろうと思ったわけだ。そして雑念を払うために目を閉じる。
精神を集中させて詔を考える。アンリエッタのためにも最高の詔を考えてやらねばならない。
しばらくしてからルイズは目を開いた。不思議なことに視界がぼやけた。色あせた白紙に一瞬文字が浮かび上がったように見えたが、瞬きの間にそれは消えてしまった。
まるで霞のように、蜃気楼のように。どれだけ目を凝らしてももう見ることは出来なかった。
汗がポタリと机に垂れた。暑さのせいで頭が蒸して変なものを見たのではないだろうかと思い窓を開けた。初夏だというのに例年を遙かに上回る猛暑がここ最近続いている。
そう言えばウェザーといたときはあまり暑さを感じなかった。もしかしてわたしの周りの空調をしてくれていたのだろうかと少しだけ心が浮かれたが、窓から太陽の熱射によって暖められた風が入り込むと不快感が増した。
ウェザーの風はもっと涼しくて優しい。けれど今傍らにその風が吹かないことを改めて認識して、少しだけ泣いた。


ウェザーは目を丸くして『竜の羽衣』を眺めていた。
今ウェザーたち五人がいるのはシエスタの故郷であるタルブ村の近くに建てられた木造の建築物である。
シエスタの曾祖父がそれに乗ってやってきたが、二度と飛ぶことはなかったと言う。
しかし一生懸命働いて稼ぎ貴族に『固定化』をかけてもらたおかげだろう、『竜の羽衣』の濃緑のボディに錆は見あたらなかった。
恐らくは現役のままの形でそこにあった。
ギーシュとキュルケは「どう見たって飛ばない」と言い、かなり気落ちして建物の壁にもたれ掛かっていた。
タバサなんかは興味深げに見上げているが。
そしてウェザーがあまりにも食い入るように『竜の羽衣』を見ているので、シエスタは心配そうに言った。
「ウェザーさん?大丈夫ですか?わたしなにかマズイものでもお見せしてしまったんじゃ・・・・・・」
だがウェザーはその問いには答えずに『竜の羽衣』に触れてみた。すると左手のルーンが光り出し、情報が流れ込んでくる。なるほど、これも『武器』には違いない。ただ、武器というか兵器というかだが、そこら辺は些末な問題でしかないようだ。
周りを回りながら燃料タンクを探し当て、コックを開く。飛ばなかった理由がそこにあった。ガス欠。どれほど原型をとどめていようと燃料がなければ動くはずもなかった。
ウェザーは視線を『竜の羽衣』に向けたままシエスタを呼んだ。
「シエスタ」
「は、はい?」
「お前のひいおじいちゃんが残したモノは他にないのか?」
「えと、えっと・・・・・・お墓と遺品が少しくらいしか・・・」
「それを見せてくれ」
シエスタに連れられて向かった村の共同墓地の一画にそれはあった。白く幅広の石が並ぶ中で、明らかに違う墓が嫌でも目に付いた。黒い石で作られた墓石には、墓碑銘が刻まれていた。
「ひいおじいちゃんが死ぬ前に自分で作ったって聞きました。異国の文字で書かれていて、誰も読めないんです。なんて書いてあるんでしょうね」
ウェザーはしばらくしばらくその文字を見つめていたが、やがて溜め息を吐いて首を振った。

「ダメだな・・・『空条』とか『徐倫』ならまだ読めるんだが・・・」
そう言うとウェザーはその墓の前に膝を突いて両手を合わせて黙祷した。シエスタがどうしたのかとのぞき込んでくる。
「あの・・・」
「だがお前のひいおじいちゃんのいた国はわかったぜ」
「本当ですか?」
「ああ。ジャパンって言う島国だ。シエスタのひいおじいちゃんからすれば日本って言った方がいいのかな。この文字は漢字で、今俺がしたのは日本の死者の供養の仕方・・・のはずだ」
ウェザーはシエスタを見つめた。シエスタは熱っぽく見つめられたので頬を染めた。
「い、いやですわ・・・・・・そんな目で見つめられたらわたし・・・・・・」
黒い髪、黒い瞳・・・・・・徐倫を思い出して少し懐かしく感じた。
「なあシエスタ、その髪と目の色、ひいおじいちゃん似だって言われただろ?」
ウェザーの確信に満ちた言葉にシエスタは驚いた声を上げた。
「は、はい!でもどうしてそれを?」
「俺の知り合いに似たような特徴を持ってるヤツがいるんだ。と言ってもあいつは純日本人じゃないから少し薄いが」
シエスタは感心したように頷いていた。
「じゃあ、ひいおじいいちゃんは本当に竜の羽衣でタルブの村へ飛んできたんですね?」
「これは竜の羽衣って名前じゃない」
ウェザーが生まれる以前の戦争で活躍したという機体。実物を見たことこそなかったが写真や話で聞いたことはある。
翼と胴体に描かれた、赤い丸は祖国の証だろう。機首に白抜きで書かれた『辰』の文字。読みこそわからないが部隊のパーソナルマークだろうか。日本の神風。
「・・・・・・ゼロ戦。日本のかつての戦闘機だ」
「ぜろ・・・せん?せんとうき?」
「空を飛ぶ武器だ」
ウェザーは言った。


夕方、ウェザーは村のそばに広がる草原に立っていた。夕日が山の際に沈んでいき、だだっ広い草原に橙と影のコントラストが出来上がっていくさまは情緒がある。吹き抜ける風は心地よく花を揺らし、綺麗だと言うほかない草原であった。
遠くを見つめていたウェザーのもとへシエスタがやってきた。いつもの給仕服ではなく、茶色いスカートに木の靴、そして草色の木綿のシャツと、ここに広がる草原のような、陽の香りのする格好だった。
「ここにいたんですか。皆さんもうお待ちですよ。でも、貴族様がお泊まりになるって聞いて村中大騒ぎで、村長なんか引きつけ起こしちゃったんですよ?」
それからシエスタは手に持った品物をウェザーに渡した。古ぼけたゴーグルだった。
「ひいおじいちゃんの形見、これだけだそうです。日記も残さなかったみたいです。でも父が言うには遺言を遺したって言ってました」
「遺言?」
「はい。なんでも、あの墓碑銘が読める者が現れたら、その者に『竜の羽衣』を渡すようにって」
「・・・残念ながら俺は読めなかったがな」
「いえ、それでも父はお渡ししてもいいって。ひいおじいちゃんの国を知っていると言うのなら問題ないだろうって。それに管理も面倒で・・・大きいし、拝んでる人もいますけど、今じゃ村のお荷物だそうです」
「・・・・・・そうか。じゃあありがたく貰っておくぜ」
「それと、遺言の続きなんですが・・・『竜の羽衣』を陛下にお返しして欲しいと言ったそうです」
「陛下・・・ね。ところで、竜の羽衣はこの草原に着陸したんだろ?」
「ええ、そうですよ」
そう言うとシエスタはウェザーの前に出て、両手を広げてくるりと回った。スカートが風に舞う。そしてウェザーの方を向くと嬉しそうに笑った。逆光でもその笑顔だけははっきりと見えた。


「この草原、とっても綺麗でしょう?これをいつかウェザーさんに見せたいと思ってたんですけど、こんなに早く見せれるなんて思ってませんでした」
「ああ。良いところだな」
するとシエスタは俯いて、手の指をいじりながら言った。
「父が言ってました。ひいおじいちゃんの国を知る人と出会ったのも何かの運命だろうって。よければ、この村に住んでくれないかって・・・そ、そしたらわたしも・・・その、ご奉公をやめて一緒に帰ってくればいいって」
ウェザーは答えなかった。陽の光の加減か赤く見えるシエスタから視線を外して空を仰いだ。真っ赤な空が草原に負けずに広がっている。
この村の穏やかな雰囲気。この草原の広大さ。シエスタの優しさ。それら全てがウェザーの郷愁を駆り立てた。だからシエスタの申し出は素直に嬉しかった。
だが思い出されるのはアヌビス神の言葉。しばらくしてからウェザーは口を開いた。
「俺は・・・ここにいていい人間じゃない。俺の存在はイレギュラーなんだ。この世界にとって俺は・・・・・・不純物でしかない」
「そんなことありません!」
シエスタが力強く叫んだ。
「ウェザーさんはわたしを二回も助けてくれました!それにミスタ・グラモンやミス・ツェルプストーたちと宝探ししたときはあんなに楽しく笑ってたじゃないですか!不純物なんかじゃない!あなたも誰かに必要とされているんです!」
今にも泣き出しそうな声でシエスタは言った。ウェザーは驚いて目を丸くしたままシエスタを見つめていたが、やがて口元を緩めるとシエスタの頭に手を置いた。
「ありがとなシエスタ・・・」
頭を撫でてやるとシエスタは恥ずかしそうに目をこすった。
「お前のひいおじいちゃん、東から飛んできたんだよな?」
「え?そうですけど・・・」

東からやってきた日本人。オスマンが会ったという男も『破壊の杖』からして同じ世界から来たのだろう。ならばスタンド使いたちは?同じルートを通ってきたと考えるのが自然だろう。
東――ロバ・アル・カリイエに秘密があるのか?放っておけばまた危険なスタンド使いがやってくるだろう。
「・・・やっぱりさっきの、タルブ村で暮らすってのは受けれそうにないな。俺は東に行かなきゃならない」
「それって・・・帰るって事ですか?」
「いや、違う。確かめなきゃならないことがある・・・」
ウェザーの真面目な顔を見てシエスタは固い覚悟を悟った。
「じゃあ・・・帰ってくるんですよね?待っててもいいですよね?わたしには何の取り柄もないですけど、ただの田舎娘ですけど、待つことくらいは出来ます。ウェザーさんがそのやらなきゃいけないことを済ませて、全部終わったら・・・・・・」
そこでシエスタは黙ってしまった。
ウェザーはシエスタを見つめる。シエスタは自分を必要としてくれているのだろう。キュルケやギーシュ、タバサも仲間だ。必要な人間として見てくれる気がする。じゃあ、ルイズは?
ウェザーの考えをよそに、気を取り直すようにシエスタは微笑んだ。
「そう言えば、さっき伝書フクロウが学院から飛んできたんですけど、サボりまくったものですから先生方がカンカンだそうですよ?ミス・ツェルプストーやミスタ・グラモンは顔を真っ青にしてました。
 あ、それとわたしは学院には戻らずそのまま休暇を取っていいって。そろそろ姫様の結婚式ですから。だから休暇が終わるまでわたしはここにいます」
ウェザーは頷いた。
「あの・・・『竜の羽衣』って飛ぶんですか?」
「今のままじゃ無理だが、飛ばせるようにはできるはずだ。心当たりがあるんでな。飛ぶようになったらそれで東に向かおうと思ってる」
「そうですか・・・飛んだら素敵だなあ。あ、あの、ゼロセン・・・でしたよね?もし飛んだら、一度でいいからわたしも乗せてくださいね」
「いいぜ。きっと見る世界が変わるからよ」
草原帰ったウェザーとシエスタはすでに始まっていたもてなしの宴の輪に加わり、酔っぱらって変な踊りをしているギーシュを見ながらシエスタに酌をして貰ってキュルケやタバサと笑い合った。

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