ゼロの奇妙な使い魔 まとめ

仮面のルイズ-20

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コンコン、と学院長室の扉が叩かれる。
「オールド・オスマン、ご注文の品物が届きました」
オールド・オスマンが目配せすると、秘書のロングビルが扉を開け、使用人から品物を受け取った。
受け取った箱には『猛獣調教用』と書かれており、それを見たロングビルが訝しげに呟く。
「猛獣…調教用?」
「おお、やっと届いたか」
オスマンは手招きをして、箱を机の上に置くよう指示する。
「ミス・ロングビル、昼休みになったらミス・シエスタを呼んでくれんか」
「分かりました……あの、その箱の中身は?」
「知りたいかね?」
にこやかな笑顔のオールド・オスマンだが、その箱の中身を想像すると、どうも下卑た笑みにしか見えない。
「猛獣調教用…まさか、電撃の流れるベルトですか」
「そうじゃ、これは特注品でのぉ、シエスタに…………」

1・猛獣調教用
2・特注品
3・シエスタに
オールド・オスマンの言葉から抽出された三つのキーワードが、ロングビルの脳内で重なり、ある結論を導き出す。
『オールド・オスマンは、猛獣調教用のベルトでシエスタを調教するつもりだ』

「…呼吸が乱れに反応して、微弱なショックを与えるんじゃ、寝ていても波紋の呼吸が出来るように身体で覚えないといかんからのう」
「…この」
「ん?何じゃね?」
「このクソジジイイーーーー!!」
「ヒャーー!?ま、待て、何を誤解しとるのかしらんが、ロングビル、待ちたまえって!何を詠唱しとるんじゃ、何を」




その日の昼。
教師達は、昼食の時間なのに食堂に来ないオールド・オスマンを心配したが、すぐに忘れた。
同時刻、学院長室の掃除をしに来た使用人が、鉄の十字架で磔(はりつけ)にされているオールド・オスマンを発見したそうな。


アルビオンの誇る宮殿、ニューカッスル城。
決戦前の宴も終わり、しんと静まりかえった城内は、嵐の前の静けさといった感じだ。
あれほど飲み食いしていた兵達は皆、元通りの配置についていた。
地下の隠し港では脱出の準備が始まっており、船員達が慌ただしく動いている。

そんな中、あてがわれた部屋で待機していたルイズの耳に、誰かの声が聞こえてきた。
「何だろ…喧嘩?」
ルイズはその声の雰囲気が妙だと気づき、声の聞こえる裏庭へと足を運んだ。
裏庭に近づくと、裏庭が見える物陰にブルリンが隠れているのが見える、その視線の先には一組の男女。
「私も、私も戦います!」
「馬鹿を言うな!」

ルイズは男女から見えぬよう、細心の注意を払い、植え込みの影にいるブルリンへと接近した。
「…姉御?」
「あの二人、どうしたの?」
「あのメイドさんは、城に残るとか言ってるんだよ、もう一人の貴族はそれを咎めてるみたいだ」
「ふぅん…」
ルイズが植え込みの隙間から二人を見る。
その瞬間、貴族の男が、メイドの頬を叩いた。
「薄汚い平民が、貴族と共に戦うなどと、二度と言うな!」
「あうっ…あ、ああ…っ」
メイドの少女は、顔を両手で覆い、泣きながらどこかへ走っていった。
貴族の男は少女を叩いた方の手をじっと見つめると、しばらく立ちつくし、そして重たい足取りで城内へと入っていった。

二人が居なくなったのを確認すると、ブルリンはルイズに言った。
「あのメイド、妊娠してるそうですぜ」
「もしかして、あの貴族の子供を妊娠してるの?」
「途中から聞いたから、そうだとは言えないけど、たぶん」

しばらくの沈黙の後、ルイズが呟く。

「…ホント、男って馬鹿ね」

しばらく後、ルイズはいつものように見張り台へと歩いていた。
つい先ほどまで続いていた宴の喧噪を思い返すと、薄暗い廊下が、いっそう暗く見える。
ふと、顔を上げると、廊下の奥にワルドの姿が見えた気がした。
彼は非戦闘員と共に脱出するのだろうか?
それとも、魔法衛士隊の駆るグリフォンか何かで、ラ・ロシェールまで滑空していくのだろうか。
どちらにしろ、今の自分には関係ない。
彼とはもう二度と会うこともないだろう。
…いや、かりに自分が、傭兵としてではなく吸血鬼として名を馳せたならどうだろうか?
私を討伐しに来るだろうか…


想像の中で、ルイズはワルドに胸を突き刺された。
鮮血が飛び散る…が、それだけでは自分は死なない。
そこに、ルイズの母が得意としている魔法『カッター・トルネード』が放たれ、ルイズの身体は切り刻まれ、それこそ粉微塵に切断され、炎で燃やされ…

ルイズは頭を振って、思考を中断させた。
こんな事を考えていても仕方がない、今は5万の兵を相手にどう戦うかを考えるべきだ。

「姉御ー!」
どたばた、ガチャガチャと足音を立てて、誰かが近づいてくる。
自分のことを姉御と呼ぶのはブルリンしか居ないが、声のする方にはブルリンは居ない。
ずんぐりとした銀色の甲冑が、ガチャガチャと走って近づいて来ている。
まさかアレがブルリンか?
「姉御、そろそろ船の準備が終わるぜ、メイド達はもう乗り込む準備をしてらあ」
「……ちょっと待って、その甲冑、何?」
「これ?へへ、いいだろ、あの食器は俺が貰うより、避難する連中に持たせた方が良いと思ってさ、代わりにこの鎧を貰ってきたんだ」
「どこから貰ってきたのよ、こんなの」
「いや、あのパリーってメイジに相談したらさ、あの食器の代わりになる報酬は、この鎧ぐらいしかないって言うからよ、こっちの方が気に入ったんで交換して貰ったんだ」

「あんたねぇ……でも、価値があるって言えばあるかもね、私は専門家じゃないから分からないけど、これは金…グローブの紋章はルビーかしら?肩当てのこれはエメラルドね」
「ホントかよ!これ、あの食器よりいいもの貰っちまったかな」
「そうでもないわ、あの食器は銀と金の”むく”で、相当な重さがあるもの、その鎧と同じぐらい重かったでしょう?」
「そういや、そんな気もしたな」
「それより、これから戦いが始まるのに、ずんぐりむっくりした鎧なんか着てたら、動きづらくていい的よ、着替えなさい」
「えぇ~、でも、強そうに見えるだろ? これなら爆弾魔と戦ったってへっちゃらだと思わねえか?」
「バクダンマ? 何それ」
「え?…何だろ」
ルイズはハァ、とため息をつく。
たまにブルリンは訳の分からない単語を持ち出してくる、それがどんな意味なのか、本人ですらよく分かっていない。
「あ、そう言えば」
「何よ、また下らないこと?」
「違うよ、トリステインから来たメイジが、一足先に隠し港から飛んでいったんだよ、どうせなら手伝ってくれても良いのによぉ」
「………なんですって」

ルイズは、廊下の奥に向かって走り出した。
さっき見かけたのは、たぶんワルド…いや、間違いなくワルドだ。
なぜ足音がしなかった?
この綺麗に磨かれた石の廊下で、足音がしないのはサイレントの魔法意外考えられない。
こんな所でサイレントの魔法を使う必要があるか?

しかも、しかもだ。
日が昇り始め、空が青みがかかってはいるが、何故かこの廊下には一つも明かりが付けられていない。
メイジは杖に明かりを灯すことが出来るが、ワルドの周囲には明かりはなかったはずだ。
人間よりはるかに夜目が利く自分だからこそ、ワルドの姿が見えた…。

ワルドは、人目を忍んで『何か』をしようとしている。

ルイズが廊下の角を一つ曲がる、この廊下の奥は武器庫があるはずだ、そこには火の秘薬も貯蔵されているはず。
歩みを薦めようとしたルイズの目に、胸から血を流し倒れている衛士の姿が映る。

ルイズの疑念は、確信に変わった。

「ワルド!」
ルイズが走る、40メイルはある廊下の奥には、重い鋼鉄製の扉があった。
扉を開け、ワルドの名を叫んだその時、爆発が起こった。

ドォン…という、爆発の音が、ロンディニウムに響き渡る。
この音は、空を飛ぶ『レキシントン』まで聞こえたとしてもおかしくない。
それぐらいの大爆発だった。

「あねごおおおおおおおおおおお!」
ブルリンはルイズを追いかけたが、足の遅さが幸いし、廊下の角を曲がるには至らなかった。
廊下の角を曲がっていたら、倉庫の扉と、城の一部を破壊する爆風に巻き込まれ、鎧ごと身体をバラバラにされていただろう。
ブルリンは叫んだ。
「あねご!あねごお!」
『こっちだ!おい!こっちだって!』
「デルフ、デルフか!姉御はどこだ、煙で見えねえ!」
『とりあえず俺を拾えよ、ルイ…石仮面は瓦礫の中だ』
「何だって、すぐ助けなきゃ!姉御!しっかりしてくだせえ!」
『落ち着けって、それより後ろ、誰か来るぞ!』
「なに?」
デルフリンガーの言うとおり、ブルリンが後ろを向くと、ブルリンが走ってきた廊下から一人の男が姿を見せた。
「あ、あんた、グリフォンに乗って帰ったんじゃ…」
『馬鹿ヤロウ!俺を構えろ!そいつがこの爆発の犯人だよ!』
「………! てめえ、本当か!てめぇ、てめえ!姉御を、よくも姉御を!」
ブルリンは慌ててデルフリンガーを拾い、ワルドに向かって構えた。
「石仮面君には、伝えたはずだがね…死に急ぐなと」
「何を言ってやがる、てめえええええええ!」
ブルリンが叫び、デルフリンガーを振り下ろすが避けられてしまう。

追撃しようとしたブルリンに向けて、ワルドはバックステップをしつつ、ひとつの呪文を唱えた。
『「ライトニング・クラウド!』
ワルドの持つ杖の先端から、青い白い電撃が放たれる。
ブルリンの身体は、無数の蛇が絡みつくかのような青白い光に包まれた。
「ギャアッ!?」
電撃は、ブルリンの着ている鎧に当たり、ブルリンの身体にダメージを与える。
「あ…………」
電撃に撃たれながらも、ブルリンはデルフリンガーを振り上げ。
「あね ご」
そのまま、倒れた。

ワルドはブルリンが倒れたのを確認してから、武器倉庫とは反対側の廊下を見る。
武器庫の扉さえもバラバラに砕け、廊下を覆い尽くしている。

そして、今度は城の各所から爆音と火の手が上がった。
ずしん、ずしんと、何度か城が揺れ、兵士達の叫び声が聞こえてくる。
ワルドは懐に手を当て、ウェールズから渡された手紙の存在を確認した。
「もう一つの目的を果たさねばな」

ワルドがウェールズの居室に向けて歩き出す。
廊下を進むと、あわてふためく衛士が何名かこちらに気づき、驚きの声を上げた。
「ワルド子爵!?…ま、まさか!」
「裏切り者は貴様か!」
「おのれ!」

ワルドが杖を構えるよりも早く、衛士が呪文を詠唱しようとしたが、別方向からの突風が栄士を巻き込み、凄まじい勢いで壁へと叩きつけた。
受け身もとれずに壁に叩きつけられ、皆死んだかのように見えたが、衛士の一人はまだ意識を保っていた。
乱れた呼吸で呪文を詠唱し、ワルドに向けて『エア・ハンマー』を詠唱しようと、杖を振り上げる。
しかし、彼らの背後からやってきたもう一人のワルドが、その衛士の胸を『エア・ニードル』で貫いた。

「ワルド…貴様…」
かろうじて絞り出した声に、ワルドが答えた。
「風は遍在する…訓練では習わなかったか?」

衛士が絶命したのを確認すると、ワルドはウェールズ王太子の部屋へと向かい、もう一人のワルドは玉座へと向かう。

それからの城内は、悲惨なものだった。
突如起こった爆発により、城内は未曾有の大混乱となった。

「戦力を礼拝堂に集中させよ!港への入り口は封鎖するのだ!」
礼拝堂にウェールズの声が響いた。
玉座の間と、礼拝堂、そして城壁へと戦力を分断され、ウェールズを守る親衛隊はごく僅かとなってしまった。
ウェールズは礼拝堂での礼拝中だったため、礼拝堂から指揮を飛ばしていたが、そこに一人の兵士が現れ、報告をした。
「殿下!ワルド子爵が殿下の私室から」
ドン!と大きな音と共に、兵士は風に吹き飛ばされる。
それを見た親衛隊がウェールズの周囲を囲んだ。

そして、礼拝堂の入り口に姿を見せた男を見て、ウェールズだけでなく親衛隊までもが、息を呑んだ。
「ウェールズ・テューダー殿下…いや、王はもう討ち死にされた。ここは陛下とお呼びすべきかな」
カツン、カツンと、堅く威圧感のある足音が響き、ワルドがウェールズへと近づく。
「ワルド子爵…君は裏切り者だったか!」
「裏切りではない、元から、私の目的は三つあった」
「一つはアンリエッタの手紙、一つはジェームズ一世の命、もう一つは…」
親衛隊はワルドに杖を向け、呪文を詠唱した。
しかし、風の魔法が放たれようとした瞬間、ワルドの背後からもう一人のワルドが飛び込み、『ウインド・ブレイク』を放つ。
慌ててそれを相殺した親衛隊の目に、更にもう一人のワルドが現れる。
「風の遍在か!」
ウェールズの声がワルドの魔法を見破る。
「もう一つの目的は、ウェールズ・テューダー殿下の死体だ」
ワルドの声と共に、更に二人のワルドが礼拝堂に現れた。
親衛隊が「遍在が五つ!?」と、驚きの声を上げる。
それと同時に遍在のワルドから、『ウインド・ブレイク』や『ライトニング・クラウド』が放たれ、瞬く間に親衛隊は吹き飛ばされ、倒されてしまった。

「観念して頂けますかな」
「おのれ…」
ウェールズはワルドを睨み付けるが、ワルドは偏在を含めて七つ、ウェールズは一人。
ワルドが魔法衛士隊の隊長だとは聞かされていたが、こうやって目の当たりにするまで、これほどの実力者だとは思っていなかった。

「…むっ」
突然、ワルドが顔をしかめる。
ワルドは遍在を二人、礼拝堂の外に向かわせた。
「一筋縄ではいかんか…あの老メイジも相当な者だな」
「我が国きっての智恵者だ、そうそう遅れはとらんよ」
「でしょうな。…では、私は役目を果たすとしよう」
ワルドがウェールズに杖を向け呪文を詠唱すると、杖が青白く発光し始めた。
杖が魔力を帯び、剣となってウェールズを襲う。
ウェールズはそれを避け、呪文を詠唱して反撃しようとした。
しかし、遍在の放つウインド・カッターがウェールズの身体を切り刻み、続いてエア・ハンマーがウェールズの腕を砕いた。
「ぐあっ!」
衝撃と風圧で杖を手放したウェールズは、あえなく地面に倒れてしまう。
ワルドがエア・ニードルの切っ先をウェールズの胸元に向け、最後の宣告をした。
「終わりだ」

「まだ よ」
だが、その宣告を邪魔する物が現れる。

ワルドの遍在二人が後ろを振り向くと、そこには裸の『石仮面』が、全身を血に染めて、ワルドを見ていたのだ。

遍在の伝える情報がワルドを驚かせ、ワルドの本体までもが思わず後ろを振り向いた。
「……君は石かめ…ん?」

ルイズの頭髪は、爆発に巻き込まれ燃え尽きたため、ピンク色に再生していた。
胴体に比べて少し不自然なぐらい手足が長いように見えたが、ワルドはそこまで気にする余裕が無かった。

『石仮面』の顔が、記憶の中のルイズに似すぎているのだ。

「…………!」
ルイズ!と叫びそうになったワルドは、一瞬動きが止まる。
その隙にウェールズは己の杖を拾い上げ、『エア・ハンマー』を詠唱した。
「エア・ハンマー!」
「往生際が悪いですぞ、殿下!」
しかし、ワルドの遍在に阻まれてしまう。
エア・ハンマーを相殺した遍在の背後から、もう一人の遍在が調薬してウェールズの胸にエア・ニードルを向けた。

だが、それがウェールズの胸を貫くことはなかった。
眼前に迫ったエア・ニードルを見て、もう駄目かと思ったその時、本体のワルドが「うぐっ」っとくぐもった声を上げたのだ。

見ると、ワルドの右腕には骨らしきものが突き刺さっていた。
礼拝堂の入り口に立った『石仮面』が、腕の中に仕込んだ骨を射出したのだ。
ワルドにはそれが何なのか分からなかったが、すぐに骨だと分かり、慌ててそれを引き抜こうとした。
「こんな小細工を…な、なんだ、これは!」
ワルドが驚く、ウェールズも、それを見て動きが止まる。

ワルドに突き刺さった骨が、びくんびくんと独りでに動いたかと思うと、ボコボコと泡を立てて、その骨がワルドから血を吸っているのだ。
「うわああああああああああああああああ!」
みるみるうちに掌が作られ、指が形作られていくのを見て、ワルドが叫んだ。
スクエアのメイジと戦うより、はるかにおぞましく不気味なその光景に、ウェールズは息を呑んだ。
「ヒイィィィィィイイイッ!!」
今までに体験したことのない恐怖、それがワルドを混乱させていた。

ハッと我を取り戻したワルドは、エア・ニードルで自身の腕を切断し『ライトニング・クラウド』をウェールズに向けようとする。


だが、一瞬早くルイズが間に入り、ワルドの放つ電撃を受けた。
バリバリバリ、と音を立て、ルイズの身体がスパークする。
「ぬおおおおおおおおおおおおおおっ!燃えろ!燃え尽きろ!」
不快な音と臭い、ルイズの身体が焦げていく。
ワルドは必死だった、容姿に惑わされたが、これは化け物だ、このまま焼け死んでしまえと思っていた。
だが驚くべき事に、ルイズの手は電撃をものともせずワルドの杖を握る。
「燃え尽きろなんて、酷いわね!」
ワルドは驚く間も与えられず、ルイズの平手打ちを脇腹に食らった。

バン!と音がして、なすすべもなく吹き飛んだワルドは、そのまま壁に叩きつけられ、地面に倒れた。
ルイズはワルドに近づくと、ワルドの懐をまさぐり、ウェールズとアンリエッタの手紙を取り出した。

「…これ、あんたが、直接、アンリエッタに渡しなさい」
そう言って二通の手紙をウェールズに渡した。
ルイズの身体は、ボロボロに焼けこげていたはずなのに、いつのまにかほとんど元通りになっている。
ウェールズはそれを見て呆気にとられていた。

目の前にいるこの女性は何だ?
いや、そもそも人間なのか?
人間じゃないとすれば、これはいったい何だ?

「姉御ー!」
ウェールズの思考を中断したのはブルリンの声。
非戦闘員と一緒に脱出しろと言ったはずなのに、なぜ残っているのだろうかと考える余裕もなかった。
あの男もこの女と同類なのだろうか?
今のウェールズは、恐怖にも近い感情で、ブルリンとルイズを見ていた。

「ブルリン、無事だったの!」
「うわああ姉御!裸で何やってるんだよ!」
「アタシのことはいいでしょ! それより、怪我は?」
「ああ、何とか、ちょっと火傷したけど大丈夫さ、へへっ」
「良かった…そうだ、城内の状況は?」
「武器庫と城壁の一部をやられたぐらいで、あとワルドが四人、パリーっていうメイジが倒したんだってよ!」
「四人…敵はワルドだけ?」
「ああ、ワルドだけだけど、すげえなあ、俺五つ子なんて初めて見たよ」
「五つ子じゃ無いわよ…他に敵はいないなら、ウェールズと親衛隊が怪我をしてるって伝えてきて」
「わかった!」

どたどた、がちゃがちゃがちゃと、足音と鎧の音を立ててブルリンが走っていく。
それを確認すると、ルイズは床に落ちているワルドの腕を拾った。
ワルドの腕はまるでミイラのようになっていたが、ワルドの腕から生えたもう一本の腕は、まるで生きている人間から切断したばかりのようなみずみずしさを保っていた。
ルイズは自分の左腕に、切り込みを入れ、再生した腕を無理矢理押し込んだ。

メリメリメリ…と音を立ててルイズの腕に吸収され、左右非対称になっていたルイズの腕は、瞬く間に均等になっていった。

「き、君は、一体、何者、なんだ」

ウェールズは震えながらルイズに質問した。
「吸血鬼よ」
「そんな、なぜだ、なぜ吸血鬼が、私を助けた?私を使役するつもりか」
「興味ないわ」

一瞬の沈黙が、何時間にも感じられた。
ウェールズは考える、この傭兵…いや『石仮面』と名乗る吸血鬼に、おそらく敵意はない。
だが、その意図が掴めない。
ウェールズは知らぬうちに、蛇に睨まれたカエルのように萎縮していた。

「なぜだ、なぜだ?」
かろうじて絞り出せた言葉だった。
「私は貴族派は下品だと言ったわ、あいつらは、友達のフリをして、人を裏切る、それが私には許せない」
「馬鹿な、そんな、吸血鬼がそう思うのか」
「吸血鬼だからよ…私は、吸血鬼だから」
「ブルリンとか言ったな、じゃあ、彼は人間なのか」
「仲間が欲しいなら、血を吸って食屍鬼(グール)を作るんじゃないのか?」
ルイズの目が、少し寂しそうに伏せられ、ウェールズを見つめる。
じっと見据えられたウェールズは、ルイズの迫力に完全に飲み込まれていた。
朝焼けの空から、紅い光が窓に差し込む。
光がルイズを照らすと、髪の毛は黄金色に輝いて見えた。
「……食屍鬼は『奴隷』よ、私の意のままに動く道具。道具なんかいらないわよ。私は喧嘩したり、一緒にご飯を食べたり、お互いにからかって遊べるような友達が欲しいの」
「…なんという事だ、私は夢でも見ているのか?吸血鬼からそんな台詞を聞けるなんて」「失礼ね、まあ私が変わり者なのは認めるわよ」
ゼロのルイズと呼ばれていたからね、と言おうとして、ルイズは口をつぐむ。

「ところで、君に、怪我はないか…と聞いても無駄なのかな」
「まあね、でもお気遣いは嬉しいわよ?」
実際はかなり疲れているが、余裕の表情を見せる。
自分に『余裕だ』と言い聞かせ、血を吸いたくなるのを我慢しているのだ。
「しかし…凄いな生命力だな…」
「骨だけになっても再生できるわよ、試してみる?」
「いや、いいよ、そんな余力はない」
「フフ」
「はは」
「「ハハハハハハハ」」

二人は笑い合った。
奇妙なことだが、極度の緊張から介抱されたウェールズは、なぜか無性に笑いたくなったのだ

だが、そこにガラスの割れる音が響いた。


二人が笑い合ったところで、突然、礼拝堂の窓が割れた。
ガシャン、と音を立てて何者かが侵入してくる、朝焼けの光をバックに飛び込んできたそれは、ワルドが使役していたグリフォンだった。
「グリフォンだと!?」
ウェールズが杖を手にして呪文を唱えようとしたが、ルイズは一足早ウェールズに飛びついた。
次の瞬間、ウェールズのいた場所を風の刃が襲う。
ルイズはすぐに立ち上がり、ワルドの倒れている方を睨んだ、しかしそこにワルドはいない。
クエーーーッ、とグリフォンが叫ぶ。
いつの間にかグリフォンの背にはワルドが乗っており、こちらに杖を向けていた。
「失礼!」
ルイズがウェールズを抱えて飛び上がる。
一瞬遅れて、二人のいた場所に『エア・ハンマー』が打ち込まれた。

ルイズが着地した頃には、既にワルドの姿は無く…
後には、アンリエッタの手紙二枚だけが、礼拝堂の床に残されていた。





そして時は進み、決戦まで残り一時間。

現在の状況を確認したウェールズは、玉座で瞑想をしている。
その周囲には、戦力として残った者達が、決戦を前に散っていった者達へ黙祷を捧げていた。

ジェームズ一世はワルドの手で殺されている。
老メイジパリーは、決戦前にワルドと戦ったため、すでに魔力はほとんど残っていない。
戦力として数えられるのは、せいぜい80人。
火の秘薬も半分以下に減ってしまい、勝ち目どころか、貴族派に打撃を与えることすら難しい状況だった。

だが、ここに居る人間は誰も諦めていない。
一人として絶望に捕らわれては居なかった。
決戦の時刻に向け、静かに、ひたすら静かに、心を落ち着けていたのだ。

ルイズとブルリンは、地下の隠し港を見ていた。
ブルリンはあの甲冑に身を包み、ルイズはアルビオン魔法衛士の服に身を包み、背中にデルフリンガーを背負っている。
隠し港を一通り見て回ったが、ここを利用した案など、とても思いつかなかった。

戻ろうとしたところで、ブルリンが呟いた。
「ひぇー、姉御、これすげえな、下は雲しか見えねえ」
「ちょっと、落ちたら私だって助けられないわよ」
「わかってるよ…って、そうだ、姉御ってメイジだったんだよな」
がちゃがちゃと音を立てながら、階段を上ろうとしていたルイズに近づく。
「元メイジよ、今はただの傭兵」
「こんなの見つけてきたんだ」
ルイズの言葉を気にせず、ブルリンは腰からぶら下げていたバッグに手を入れ、杖を差し出した。
「…何、これ」
「風のタクトって書いてあったぜ」
『風のタクト?珍しいもん持ってきたなー』
「デルフ、あんた知ってるの?」
『武器屋で何度か見たぜ、風石を使ったマジックアイテムよ、それがあれば平民でも空を飛べらあ』
それは長さ30サンチ程の杖で、中に風石の仕組まれているマジックアイテムだった。
レビテーションもフライも使えないルイズは、依然そのアイテムを家庭教師から勧められたことがある。
だが、父と、母と、大姉が「がそんな道具に頼るな」と怒ったため、使う機会もなかったのだ。
まさか実物を手にする日が来るとは思っても見なかった。
「…杖としても使えそうね」
『使えるんじゃねーの、まあちゃんと自分になじませないと魔法は行使できないと思うけどな』
デルフの言葉に、ルイズは安心してしまった。
どうせこれを使っても魔法なんて起きない、と思ったのだ。

気分の良くなったルイズは、杖を虚空に向かって振り上げ、こう唱えた。

「宇宙の果てのどこかにいる、私の下僕よ…」

(どこかにいる、私の求める使い魔…)

「神聖で、美しく、そして強力な使い魔よ」

(私をどんな所にも連れて行ってくれる、私と友達になってくれる使い魔よ)

「私は心より求め、訴える…我が導きに応えなさい」

驚いたことに、階段の中段あたりに、直径2メイルほどの鏡のようなもの…使い魔を召喚するためのゲートが出現した。

デルフリンガーが呟く。
『おでれーた、今持ったばかりの杖で、サモン・サーヴァントが成功しちまうなんざ、いやー、おでれーたよ!』
「あ、え、あ、そうね、うん、そうね」
ルイズも驚いているのか、言葉がたどたどしい。

しかし、一人だけその驚きの内容が違っていた。

「おおお…」
ブルリンがゲートに近づく。
「ブルリン、そんなに近づいたら危な…」
「うおおおおおおお~~~~~~ッ!!!!!」
「ちょ、ちょっと、どうしたのよ!」

「ニューヨークだあァ~~~~~~~ッ!これが!これが俺の街だあーーーッ!」

ブルリンは光り輝くゲートに入ろうとした、それをルイズが引き留める。
「待ちなさいっ、この先はどうなってるか、私にも分からないのよ!何があるのか分からないじゃない、行っては駄目よ!」
「そうだっ、俺は、俺はこれを潜ってここに着たんだ!姉御!見てくれ、これが俺の街なんだよ!」
そう言ってブルリンはルイズを引き込もうと、逆にルイズの手を掴む。

その時、ルイズは一つのことを思い出した。
ブルリン、自分は記憶喪失だと言っていたし、時折不思議なことを言い出す。
私の知らない単語を使うことから、とても辺鄙な田舎から来たのかと思っていた。
しかし、もしかして、ゲートを潜ってやって来たとしたら…どうする?

このまま、ブルリンをゲートの向こうに帰した方が、ブルリンにとっては幸せなのではないだろうか。

力の緩んだルイズを、ブルリンは強引に引っ張った。
そしてルイズの手がゲートを潜った瞬間、ルイズの手に灼熱の衝撃が走った。
「GYAAAAAAAAAAAAAアアアアッ!あああああ…ああああ…」
慌てて引き抜いた手は、まるで石膏細工をハンマーで砕いたかのように粉々になり、風化していく。
「姉御っ!どうしたんだ、どうしたんだよ姉御!」
ルイズは手を押さえながら、今の衝撃が何だったのかを考えた。
吸血鬼の身体は痛みを殆ど感じない、触覚はあるし痛覚もあるが、それを何とも思わない。
だが今のは違う、明らかに『生命の危機を感じる痛み』が走った。

そして、自分はゲートの向こうには行けないのだと、確信する。

「…っ、ブルリン、そこ、そこがあんたの故郷なのね」
「それより、姉御の手が」
「これぐらいすぐ治るわ…」
「そうだ…そうだ!銃だ、あと爆弾だ、それさえあれば勝てるかもしれねえ!」
ブルリンは興奮気味に喋る、だが、その言葉はだんだんと別の言葉に変わっていった。
「パラシュートだ!パr■○◎があれば、+○ズだって、こここから逃□●=〇Z▼る!」
「ブルリン、あんた何言ってるのか分からないわよ、分からないわ」

意味不明な発音が、やがて小さくなり、ゲートの狭間にいるブルリンの声が聞こえなくなっていった。
「………!……!…!!」

ブルリンが、必死に何かを訴えかけるが、ルイズには届かない。
ルイズには分かっていた、彼は自分の世界から、こちらに何かを持ち込もうとしているのだろう、それでウェールズを助けようと言うのだ。
ブルリンはらちが開かないと悟ったのか、再度こちらに身体を乗り出した。
「姉御!すぐ戻るから待っ」
だが、ブルリンの口を押さえると、ルイズはブルリンを殺さぬ程度に手加減して、ゲートへと突き飛ばした。
足下に落ちたブルリンのバッグを拾い上げると、それをゲートの向こう側に向かって投げる。

「アンタは優しすぎるわよ!保身も考えなさいって言ったでしょう、いい機会よ、あんたの役目は終わったの!」
「帰る場所があるなら、帰りなさいよ!」

そして、ゲートの向こうに見えたブルリンの姿が、陽炎のように揺らめき、消えた。





「……………………デルフ」
『ああ』
「見た?召喚魔法ならぬ、召還魔法、始祖ブリミルだって、こんな魔法知らないわよ」
『嬢ちゃん……』
「ははは…私は、きっと特別なの、こんな魔法が使えるの私だけ、私だけよ」
『嬢ちゃん』
「ねえ!驚いたでしょう?足手まといがいなくなって清々したわ、これで思う存分戦えるわよ」
『もう止せやい、笑おうとしないで、泣いちまえ』
「泣く?誰が泣くのよ」
『おめーだよ、もう、おめえ泣いてるじゃねーか』
「え…」

いつの間にか涙が流れていた。 おおおお、と、絞り出すように泣いた。

デルフリンガーは昨日のことを思い出した、貴族の男と、メイドの少女のやりとりを思い出していた。
『薄汚い平民が、貴族と共に戦うなどと、二度と言うな!』
あのメイドは、貴族の男と一緒に戦って、死ぬつもりだったのだろう。
貴族の男は、メイドに生きて欲しかったからこそ、酷い言葉を使ったのだ。
『なあ、嬢ちゃん、嬢ちゃんはやっぱり人間だよ』
「何よ…何よ何よ何よ…わかったような口をきかないでよ…」

この日、本当の意味で、ルイズはデルフリンガーを友人だと思えたのだ。
デルフリンガーも、ルイズを自分の主人として認めた。

二人だけの優しい時間が流れ……唐突に、それは終わる。

『おい、嬢ちゃん』
「何?」
『ゲートが閉じてねえ、なんか来るぞ、嫌な予感がする』
デルフリンガーの忠告を受け、ルイズはデルフリンガーを抜いて、構える。
泣いていて気づかなかったが、ゲートの奥から何かが近づいてくるのが、はっきりと分かる。
嫌な気配、嫌な臭い。
その気配の主は、ゲートから顔をのぞかせた途端ルイズに襲いかかってきた。


私は、私はこれを知っている。
黒い毛並み、強靱すぎる肉体。
見た目は馬でも、それは馬と言うにはあまりにもおぞましい。

自分と同じ臭いのする馬…吸血馬だ。


To Be Continued →

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