ゼロの奇妙な使い魔 まとめ

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匿名ユーザー

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最後の一手。
それは彼女が少年を篭絡させるための一手に他ならない。
既に彼は顔を真っ赤に染めながら、荒い鼻息を繰り返していた。
彼女は巣に捕らわれた羽虫を食おうとする蜘蛛のような気分で、ブラウスの最後のボタンを外そうと指を伸ばす。
まずはこの少年を墜とし、その後でゆっくりと、あの猛々しい青年も陥落させるのだ。
場合によってはこれから調教し、忠犬と化した少年にも協力してもらって。
方法はいくらでもある。美貌と体、自身を存分に使い尽くして、誘惑できない男はいない。それだけの自信が彼女にはある。経験がある。
そして妖しい目つきを、罠に乗った餌にむしゃぶりつこうとする獲物に向けて、最後の晩餐を与えようと。
そんなキュルケの仕草を、食い入るように見ていたのは、才人だけではなかった。
彼女の後ろに座っていたヴェリエも、その隣の男子も。数列離れていたマリコルヌさえも……、あられもないキュルケの姿を、食い入るように見ていた。
ぷつ。
最後の、ボタンが外された。興奮しすぎて涎すら流していた才人は喜び勇んでその御姿を……拝見できなかった。
机の中に屈んで顛末を見届けようとしていた才人の顔面に、隣のルイズの足が、めり込んでいたから。
「……い、犬ゥッ!」
げしっ。眉間に一発蹴りこまれる。
「何やってんのよ犬ッ!」
げしっ。さらに顎に一発。
「サカッてんじゃないの犬ッ!」
げしっ。喉に一撃。全く容赦が無い。
「駄犬ッ!」
げすっ。鳩尾に一発。距離が遠くて届かないから椅子から腰を浮かしてまで蹴りつける。そこまでするか。
「種犬ッ!」
げすげすっ。右頬に一発。左頬に一発。
「性獣ッ!」
げすげすげすっ。うずくまってさらけだした後頭部に三発。
「ケダモノッ!」
どげしっ! 止めに下腹部に一発。
「騒がしいですよミス・ヴァリエール。一体どうしたのです?」
ミセス・シュヴルーズが、なにやら騒々しいルイズに尋ねると、何でもありません、とルイズが答え、椅子に座り直した。

「……そうですか? それでは、次のページですが……」
首をかしげながらも納得したシュヴルーズが黒板に向き直ると、ルイズはペンを持って授業に戻り。
作戦が途中で邪魔されたキュルケはブラウスのボタンを戻しながら、ちっ、と小さく舌打ちし。
「ごめんなさい。ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい……」
体罰に震えながら、机の下で、才人は小さく謝罪の言葉を繰り返し呟いていた。
「まったく……。ニョホは相変わらず、犬はよりにもよってツェルプストーの色香に迷うなんて……」
ブツブツと、なにやらイライラしながらルイズが授業の終わった学院の渡り廊下をずんずんと進む。
才人のことをさっきからずっと犬よばわりである。よっぽど、キュルケの誘惑に乗った才人が許せないらしい。
「だからルイズ、あれはあいつが勝手にやってきたことで、俺は無実なんだって」
自分の潔白を才人は主張する。むしろ被害者なんだと。
「あ、ああ、あんたは私の使い魔なの! キュルケのやつが色目を使ったって言うのなら、無視するのが使い魔の努めでしょ!」
いや、健全な男子なら無視できねぇって、あれは。
そう、心に思った才人だったが、口には出さない。
「……ったく。なあジャイロ。お前のところからは、見えたのか」
男二人で、主人から距離をとって話す。こういう話題は、男同士のほうが盛り上がるものだ。
「あー? ああ。アチーアチー言いながら脱いでたのは見えたな。ま、おチビが邪魔で完全には見えなかったがな」
「そっか。いやー、俺はもー、バッチリ見えちゃった。眼福眼福」
言いながら、さっきの光景を思い出し、鼻の下が伸びる才人であった。
「ニョホホ、そりゃいーモン拝めたなァ」
「ああ。もうそりゃすごかったさ。なんたって普段は見れない大型プリンのダブルマウンテンのっけ盛りだもんなー。もーちゃっちい小山なんか目じゃねーっつーか」
「ほほう」
キュピン、とジャイロの目が光る。

「白いブラウスの隙間から覗く褐色の柔肌……。その隙間が一つ、また一つと捲れていくカルタシス……、いやーあいつ、男が好きなチラリズムわかってるね」
顎に手を当て、サイトがキュルケの一挙一動を批評する。
「そんなものが目の前にあって、見るなだの無視しろだの、できると思うか、なあジャイロ」
「そりゃ見ちまうわな。向こうからやってくれるんだから、拒むこたーねーだろ」
「そうだよな。そのとおりだよ。なんたって普段絶対見れないものがプルンプルンしながら目の前で踊ってるわけですよ。そりゃ見るでしょ。見るよな、なあ見るだろ!?」
「あーそりゃ見る、間違いなく見るね。普段見る機会なんかねーもんだからなおさら見る」
「そーだよ。俺達、男だもんな。あんなのついてねーんだから見るって、絶対」
道が、遮られる。
ルイズが、二人の目の前、廊下の中央で、立ち尽くしていた。
「……て、」
向こうを向いたまま、ルイズが何か言った。その両手は硬く握られ、肌の色が変わっていた。
「はあ?」
よく聞き取れない。
「あ、ああ、あんた達、わ、わたしのう、後ろで、堂々と、あるだの、ないだのって……」
肩の震えが、怒りからのものだということに二人が気付いたのは、このあとのことである。
ルイズが振り返って、二人を睨む。
「わ、わたしを目の前にして、あるだの! ないだの! 好き勝手言ってくれるじゃないの!」
「落ち着けおチビ。オメー何怒ってんだ? 理解できねーぞ」
「うるさい! 私の使い魔のくせに! よりにもよってツェルプストーの大女と比較しようなんて、い、いいい、いい度胸じゃない!」
「比較? おいおいオメー、いよいよもって訳ワカンネーこと言ってるな。一体オレ達が、オメーのナニを見て、あのネーちゃんのナニと比較するってーんだ?」
その説明をしてくれ、と言われ、ルイズは、黙った。
俯いたその顔が、何故か赤い。

「オメー、熱でもあんじゃねーのか? 顔真っ赤だぞ」
「うるさい!」
ムキになって反抗するルイズの態度に、才人はピン、と来た。
「胸?」
ピシ。
真っ赤になっていたルイズの顔が、凍る。
「そーかそーか。やっぱ胸か。ルイズになくてキュルケにある。だったら胸しかねーよ。さすがゼロの魔法使い。魔法もゼロだが胸もゼロ!」
云い得てるね。まさにピッタンコ! そう調子よく吹き出す才人を眺める視線と、睨む視線。
ジャイロは、どーすんだこのタコ。このあとはよォー。つーかオレまで巻きこまれんだろーがという半ば諦めにも似たものだったが。
睨む視線を直視した才人は、伝説の怪物に睨まれたかのように、凍り付いてしまった。
……人は極度の怒りのとき、表情は返って穏やかなものになるらしい。
少女の視線が、それに該当していた。
才人とジャイロ。才人は現行犯。ジャイロは幇助の罪にて。最低一週間の食事の権利の剥奪と、主の部屋での就寝を禁止された。

夜になった。
二つの月が今宵も爛々と輝き、夜風が冷たさを増す。
夕食と寝床を失ったジャイロと才人の二人は、この寒空の中、震えながら寄り添っているのだろうかとルイズは考え、少しばかり可哀想に思った。
そのまま部屋のドアを開けて外にいる二人の様子を見に行こうとも思ったが、やめる。
「悪いのは、あいつらなんだから」
自身のコンプレックスともいえる部分を馬鹿にされ、さすがにその怒りはまだ燻っていた。
明日以降はともかくとして、今日は徹底的にお仕置きしなければならないと、決め込んだ。
勉強する気も、起きている理由も無いので、そのままルイズはベッドに潜り込み、部屋の明かりを消し、眠りについたのであった。

一方その頃、例の二人は、寒空の中、お互いに体を暖めあって一夜を過ごしている……わけもなく。
アルヴィーズの食堂、普段ルイズ達貴族が食事をする場所の裏手にある、厨房の中にいた。
そこで働いているシエスタから、目の前に出された山盛りの暖かいシチューと、太い骨がついた、これまた大きくよくローストされた肉料理に齧り付いていたのである。
「余りモンですまねえが、味は保障するぜ、『我らの剣』! それに『我らの銃』!」
そう豪快に笑って二人に話しかける、この厨房のコック長、マルトーの傍らで、コック達が賄いの食事を取るテーブルの一席に座り、一心不乱にシチューを貪る才人がいた。
彼らの座っている椅子は、今ではもう二人の特等席と化している。
「美味い! 美味いよマルトーの親父さん! 今日のシチューは格別だ!」
「そりゃそうさ! そいつは貴族連中に出しているシチューだ! いつも俺たちが食っているものとは、材料から調理法、かかる手間まで桁違いだからな!」
「全くだぜ。つくづく貴族ってのはいい身分だな。シチューにこんな贅沢してやがるんだからよォ。……シエスタ、もう一杯おかわりくれよ」
マルトーの言葉に、ジャイロが同意しながら、飲み干したシチューの皿をシエスタに手渡す。
「ふふ、いいですよ。ちょっと待ってくださいねジャイロさん」
皿を受け取ったシエスタが、シチュー鍋に向かって奥に引っ込む。
「あいつらは確かに、俺たち平民にゃあ使えねえ魔法を使う。魔法は便利さ。魔法がなきゃこの国は、……いやこの世界はどこだって不便になっちまう。
だがな……、あいつらの中に、俺が作ったシチューの味をどれほど理解できるヤツがいると思う? 一握りもいやしねえ!」
学院の生徒に、マルトーがせっかく作ったシチューにソースを足して食っていた小太りの話を聞かされ、才人は笑い、ジャイロは吹き出す。
「ひどいヤツだな。親父さんのせっかくのシチューが台無しだ。親父さんの魔法を無駄にしてるよ」

「魔法? 冗談ゆうなよ! 俺は自分の腕だけで料理を作っているんだ! 魔法なんて反則技、使えたって誰が使うもんかよ!」
「いや、親父さんの料理そのものが魔法ってことさ。この絶妙な味付け、野菜の火の通し加減。誰にもできるもんじゃないよ。これだって一種の魔法さ」
才人が、マルトーの料理の感想を素直に言った。これだけの美味しさを引き出すマルトーの料理は、間違いなく魔法だと。
「ほんとうに、そう思ってくれるのか?『我らの剣』よ」
「ああ」
「『我らの銃』 ……お前もそう思うか?」
「料理のことについちゃあ素人だから難しいことは言えんが……オレが食ったこのシチューは、オレの生涯で一番美味いシチューだ。それはハッキリ言えるぜ」
マルトーは目頭が熱くなるのを感じ、思わず、二人の間に立って、二人の肩を抱きかかえる。
「ありがとう! お前らはいいやつだ! まったくいいやつらだ!」
そして二人の首を抱き寄せると。
「俺はお前らに感謝の気持ちでいっぱいだ! この気持ちをお前らに返そうと思う!」
そういうなり、才人の口にマルトーの太い唇が寄っていく。
「ま、まって。まってまってまてまてまて! 親父さん! 感謝されるのは嬉しいけど接吻は止めてくれ! あと『我らの剣』ってのも」
「どうして?」
「気持ちだけで十分さ」
「まったく謙虚なやつだな。奥ゆかしいところが、ますます気に入ったぜ!」

そう言って、マルトーは才人を手放した。
そして今度は、両手で捕まえたジャイロに寄っていく。
「オレにもまてまて。マルトーの親父さん。オレも気持ちだけで十分だぜ。ニョッホッホッホ」
「『我らの銃』よ。それじゃ俺の気持ちが収まらねえ。お前だけでも俺の気持ちを受け取ってくれ」
万力のような力を込めて、マルトーの口がジャイロに接近していく。
それを腕力で押さえようとジャイロが足掻く。
「サ、サイトさん……。なんか、ドキドキしますね、こういう場面」
シエスタがお盆から両目だけを覗かせて、しっかりと見ていた。
「シエスタ……トラウマになるから、見ないほうがいいと思うよ」
「おい才人! 見てねーで助けろ! おい! 聞いてんのか! おい! オメー!」
いや、いま邪魔すると、俺も巻き込まれるって。
才人は、せっかく助かった命を無駄にすまいと固く心に誓う。
そして後ろを向き、シエスタの前に立ってジャイロの姿を隠す。
すぐにその後ろで、断末魔が響いた。


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