ゼロの奇妙な使い魔 まとめ

13 青い少女、蒼い妖精

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13 青い少女、蒼い妖精

壁に開く焼け焦げた穴から、朝の光が差込む。室内をゆっくりと舐める。昼近くにキュルケは目を覚ました。窓のないことに気づき、思い出す。
「そうだわ、ふぁ、色んな連中が顔を出すから、ふっ飛ばしたんだっけ」起き上がり、 あくび交じりに伸びをする。寝台から降り、顔を洗う。
化粧を始めながら、記憶を反芻する。あのルイズの使い魔、デーボ。顔貌からは想像もつかないほどの、奔放な創作能力。彼の語る「元の世界」の話は、キュルケを大いに惹きつけた。
これは恋?まさか。自分が恋多き女であることは自覚している。それでもこれは違う。男の話は面白かったが、付き合うかと言われれば……。
だが、それでも、強い興味を引かれる。学院の男どもとは何もかもが違っている。恋などではないにしろ、話の続きは聞いておいて損はない。今日は幸いにも虚無の曜日、時間はたっぷりあるだろう。

化粧を終え、足取り軽く部屋を出る。くるりと半回転ののち、隣の部屋のドアをノックする。返事はない。アンロックの魔法。鍵の開く音。
扉を開け、中を見回す。相も変わらず色気のない部屋。無断で中に入る。色気だけでなく、人の気配もルイズの鞄もない。どこかへ出ているのか?
ふと窓の外を見る。荷馬車が一台、ゆっくりと正面門に入ってくる。すれ違うように二頭の馬。目をこらす。先を行く馬には桃色がかった金髪の子供。後ろの馬にはボロ布。
「なによー、出かけるの?」 呟く。少し考え、部屋を後にする。恋ではない、情熱は燃え上がってなどいない。ただ焦燥が燻っているだけだ。



様様なものを愛し、ほとんどに裏切られ、多くを憎んだ。愛する女性をも失いかけ、彼女は孤独だった。心の支えは決して多くない。
タバサは寮の自分の部屋で、読書を楽しんでいた。海のように青い瞳と、空のように青い髪を持つ。彼女にとってそれらは何の意味も持たない。
己と本のみの世界を、ドアを叩く音が破壊する。タバサは面倒そうにルーンを呟き、杖を振る。サイレントの魔法。静寂が部屋に満ちる。再び本へ視線を落とす。
視界の端でドアが勢いよく開かれる。赤毛の友人が飛び込んでくる。大げさな身振りを交えて、何事か喚いている。タバサは本から視線を外さない。
友人――なにやら興奮しているキュルケ――はタバサの手から本を取り上げる。肩を掴んで、強引に顔をつきあわせる。友人の突然な行動はいつものこと。感情のままに動くかのようだ。

タバサは仕方なく、サイレントの魔法を解く。
「タバサ。今から出かけるわよ!早く支度をしてちょうだい!」 キュルケの口から言葉が飛び出す。タバサは無表情。
「虚無の曜日だ」 ぼそりと言う。それで全てが伝わるほどに、二人は仲が良い。本を取り返そうと手を伸ばす。キュルケは高く本を掲げる。二人の身長差は大きい。そのままのポーズで、キュルケは切々と訴える。
たった今、男がにっくきヴァリエールの娘と出かけた事。自分は彼にどうしても用事がある事。馬に乗って出かけた二人に追いつくには、タバサの使い魔でないと追いつけない事。

「それがどうした。関係ない」 タバサは言い放つ。キュルケは頭を抱える。そうだ。この年齢不相応な、利己的の塊のように見える性格。協調性とはほど遠い。
それでもキュルケは諦めない。泣きつくこと十数分、タバサは不承不承ながら頷く。窓を開け、短く鋭い口笛を吹く。窓枠によじ登り、そして飛び降りる。キュルケもそれに続く。

蒼い竜鱗が陽光に反射し、白く輝く。落下する二人を大きい背が受け止める。両の翼を力強く羽ばたかせ、ウインドドラゴン、その幼生体――タバサの使い魔――が飛び上がる。
気流に乗り、学院を遥かに見下ろすまでに上昇。風が二人のマントをはためかす。
「いつ見ても、あなたのシルフィードは惚れ惚れするわね」 竜の背びれにつかまったまま、キュルケは感嘆の声をあげる。
「どっち?」 それには答えず、タバサは短く尋ねる。キュルケは あ、と声にならない声。
「わかんない……慌ててたから」 もうしわけなさそうに言う。タバサは意に介したようすもなく、シルフィードに命令。
「探せ。馬二頭」 ウインドドラゴンは短く鳴いて了解の意を伝える。さらなる高空へ舞い上がる。その眼で標的を見つけるつもりである。


馬上の二人は互いに押し黙っていた。
デーボは昨晩の記憶を辿っている。外で眠るように言ったかと思えば、部屋に連れ戻して鞭打ち。妙な優しさを見せつけて、今に至る。
大体の見当はついていた。使い魔として呼び出された、自分が人間なのが癇に障るのだろう。もし使い魔が猫か何かだったなら、ここまで扱いが不安定にはなるまい。
使用人と他人の他に、平民と接したことが無いのだろう。躾の下手な飼い主だ。もちろん口には出しはしない。
街に行くことに反対する理由はない。服もそうだが、もっと大きなわけがある。
隣の部屋で下着姿の女を見て、気づいたこと。もう七日も経とうというのに、酒も女も絶っている。朝早く起き、一日の労働。質素な食事、難解な学問。
チベット僧にでもなったかのような暮らし。憂さ晴らしの一つも必要だろう。金はないが、なんとかなるさ。「向こう」でだって、最初は色々やったもんだ。安酒場ぐらいはあるだろう。

ルイズは話の端緒を掴みかねていた。名前さえ自分より先に、あのキュルケに教えるとは。今さら、何を聞けばいい?キュルケに何を話して、何を話さなかったのだ?
面と向かって訊くとする。どうなる?みじめな敗北にさらされるだけだ。他の話題は?例えば、これから行く街の――意味がない。
使い魔を知るためのコミュニケーションだ。知り、使いこなすための。
ええい、ままよ――ルイズは振り向く。「ねえ」
デーボは視線をこちらに向ける。無言。そこで無言だから話が弾まないのよ。歯軋りする思いを抑えて、ルイズは言葉を重ねる。
「あんた、どこから来たの?あんたがいた所ってどんな所だった?」 思えば、今まで聞かなかったのが不思議な話だ。当然の疑問なのに。初対面がアレだったから、状況に流されていたのかもしれない。
デーボは無表情のまま、一言だけ返す。「地球だ」
「ちきゅー?」 オウム返しで尋ねる。聞かない地名だ。どんなところなんだろう。

面食らう話の連続だった。ここではない、どこか別の世界。
魔法を使えるものはいない。空に月は一つ。地には煙吹く車が走り、空には轟音とどろかせる鉄の鳥。世界を滅ぼすほどの力を持つ大国。デーボはそこの出身だという。
ホラ話とも思ったが、男の顔にふざけたような表情は見えない。思いを馳せるように顎をあげ、上空を見る。遠い所を見る目つき。空の「向こう」を思い出しているのか。
「魔法もなしに、どうやって世界を滅ぼすってのよ?」 ルイズは話に乗った。使い魔は少し考え込む。説明し難いものなのか、物語を急いで組み立てているのか。
デーボは言う。科学だ。ものが何から成り立ち、何故動き、変化するのか。全てを理解し、応用する。ルイズにはピンとこない。
「あんたのその…、人形を動かす力も、かがくなの?」 デーボは首を振る。これはスタンドだ。

スタンド。精神と生命力の結晶。数少ない人間が持つ、異能の力。それ以上のことを話すつもりはなかった。
弱点をさらけ出すつもりは無い。自分の柄でもない。街が地平の手前に見えてくる。二人は馬を急がせた。


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