ゼロの奇妙な使い魔 まとめ

ゼロの奇妙な白蛇 第六話

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 開け放たれた窓からの緩やかな風と暖かい陽射しに、清潔な白のカーテンが揺れる医務室で、一人の少女がベッドの上で眠っている。
 少女の名はルイズ。
 目を瞑り、規則正しい寝息を立てるその姿は、ピスクドール人形を思わせる程に可憐で、両手両足に巻かれた痛々しい包帯も、その可憐さを引き立てるアクセントにしかならない。
 欠けたモノ程、美しい。
 誰が言ったかその言葉は、心底、美しさと言う概念を理解したモノの言葉であろう。
 万人が納得する美しさなど存在しない。
 一人一人が己が内に秘めた美しさこそが、何よりも自身の心を揺さぶる衝撃となる。
 その衝撃を与える為にはどうすれば良いのか?
 簡単な事である。非常に簡単で尚且つ、誰にでも行う事が出来るその方法とは、完成させないことだ。
 一つの終着点に辿り着いてしまえば、それ以上の上を想像しない人間と言う生き物を満足させるには、完成させずに、己が頭の内で先を想像させるのが、一番、誰もが納得できる美しさを作り出す事が出来るであろう。
 そして、その例で言うならば、このベッドで寝ている可憐さと包帯による痛々しさを併せ持つ、この少女は、現在、意識が無いと言う未完成さを持ち、故に、誰もが息を呑む程の美しさを手に入れているのだ。
 それは、泡沫の夢に似た幻影の美。
 目覚めてしまえば、意識を取り戻してしまえば崩れてしまう、時間制限付きの絵画。
 その、およそ美術品としては向かないが、瞬間の美としては合格点をブッチギリで越えたこの少女に、目を奪われてしまった少年が居た。
 平賀才人。
 異世界に来てから一週間と少しで、ルイズの付きの使用人にされてしまった、薄幸少年である。


 ごくり、と生唾を嚥下しながら、使用人としての仕事である、少女の包帯を取り替える。
 すでに、少女が意識を失ってから丸一日が経っている。
 治療の際に使われた包帯は、外からは見えないが、内は傷口から滲み出た血でどす黒く変色している。
 それを、ゆっくりと解いて、まずは傷口に貼られているどす黒いの布切れを剥がす。
 乾いた血のペリペリとした剥脱音が耳に痛い中、少女の顔が痛みの所為か曇ってしまう。
 その事を残念に思いながら、才人は新しい布をまだ血が滲んでいる傷口に宛がう。
 治療してくれた長い髭の爺さんが言うには、完全に治療するには学園にある秘薬だけでは足らず、
 自分の時のように完全に怪我が完治している訳では無いらしい。
 そんな訳で、完全に皮膚が再構築されていない箇所も、少女の足や腕にちらほらある。
 流石に胴体の怪我は、優先的に治療された所為か、少女の胴体には傷一つ無い……らしい。
 少なくとも、この娘の友達であると言う、赤髪の少女はそう言っていた。
 つらつらとそんな事を考えている内に、包帯の取替え作業が終わる。
 はふぅ、と一息吐く才人は、備え付けの椅子に座って、ベッドの上に横たわる少女を、じっと眺める。
 どうにも……おかしい。
 確かに自分は、元の世界で出会い系に手を出す程に、その……そっち系に飢えていたが、こんなロリ系の少女に、しかも、二回しか見た事の無い(その内、会話をしたのは一回のみ)と言うのに、何故?
 微妙に高鳴る鼓動に、疑問を憶えつつ、才人は開けていた窓を閉めようとして――――――その手を止めた。
 いや、止めざるをえなかった。
 才人が閉めようとしていた窓の縁に、奇妙な姿をした者が何時の間にか座っているだから。
 姿形を抜きにして、才人はその突然現れた存在に好意的な感情を抱けなかった。
 同じ主を持つ中だと言うのに。
「どうしたんすか、ホワイトスネイクさん。そんな所に座って」

 現れたのは、ルイズの使い魔にして彼女のスタンド、ホワイトスネイク。
 本体が再起不能に近い怪我を負いながら、消すのを忘れた為に、現実空間にそのまま居座り続ける破目に陥っているのだ。
 まぁ……ルイズが本体となってからは、あまり消えてはいないのだが。
 ともあれ、それはこの数日間の話であり、元本体の時は、消えている時間が長かった彼にとって、この状況は困惑ものである。
 まだ、指示をする本体が居れば良いのだが、本体も居なく、自分の自由意志を元に動ける状況で、ホワイトスネイクは心底困っていた。
 何せ、今まで命令され続けて培われた自由意志だ。いきなり、ほっぽりだされては、“何をすれば良いのか分からない”
 結局、やる事を考えつかなかったホワイトスネイクは、眠っている主の近くで、いつでも不慮の事態に動けるように待機していた。
 基本的にルイズが眠っている医務室付近に居るのだが、この時は、何故か閉めようとしていた窓の縁に、唐突に現れたのだ。


 ビビる才人、平然とするホワイトスネイク。
 ホワイトスネイクは才人の質問に答えず、ただ窓の外を眺めている。
 やっぱりこいつ苦手だと、才人は思いながら窓を閉めるのを諦め、椅子に座り、シエスタから貸して貰った本を片手にペンを走らせる。
 シエスタ曰く、貴族の使用人になるのであれば、文字ぐらい読めないと話にならないらしい。
 そんな訳で、この世界の文字を勉強している才人だが、何故だか、もの凄く勉強が捗っている。
 自分の世界での言葉すら、まともに覚えられなかった自分がだ。
 その事に対して違和感を覚える才人であったが、まぁいいやの一言でその問題を忘れ、せっせかと文字の習得をしていく。
 ホワイトネスイクは窓の外を見ながら、そんな才人をチラリと流し見ていた。



 才人が勉強を始めて、一時間と少し、医務室へと向かう足音に、ホワイトスネイクは気がついた。
 こつこつと石造りの床と皮製の靴が鳴らす音の持ち主は、医務室の扉を三回ノックしてから、返事を待たずに扉を開けた。
 才人は、ノックしても返事を待たないなら、別にする意味無いんじゃないのかなぁとか思いながら、挨拶をする。
「おはよう、キュルケ」
「おはよう、ルイズの使用人さん。ルイズは…………まだ目が覚めてないみたいね」
 才人の挨拶に丁寧に返答した赤髪の少女は、丸一日経ったと言うのに目覚めぬルイズへの心配で、何時もより元気が無く見えた。

「それにしても、君は心配性だねぇ」
「何が?」
 備え付けの椅子に座り、テーブルを挟んで向かい合う才人とキュルケは、手持ち無沙汰も手伝って、軽い雑談を交わしていた。
 内容は、昨日も怪我の治療の時から付きっ切りで、先生が止めていなかったら、医務室に泊まる勢いだったキュルケについてである。
 上で記したように、すでにルイズには命の危機は無い。だと言うのに、キュルケはまるで余命幾許の無い者に接するように、出来る限りの時間をルイズと一緒に居ようとしていた。
 才人にとって、幾ら心配だとしても、それは聊かやり過ぎのように思えたのだ。
 そんな疑問に対して、キュルケは物憂いな表情で、ルイズを見ながら口を開く。
「別に……ルイズの体が心配って言う訳じゃないわ」
「じゃあ、なんで?」
「自覚は無かったけど……私、この娘に相当酷い事を言ってきたみたいでね……」
 ルイズ見つめるキュルケの目は、焦点が合っていなく、少なくとも、今のルイズを見ているのでは無い事が分かる。
「私自身、この娘とは友達だったと思っていたわ。
 だけど、知らず知らずの内に、この娘を傷つけていた私に、友達で居る資格なんてあるのかしら?
 少なくとも……私は、無いと思うわ」
 独白のようなキュルケの言葉に、才人は口を挟まなかった。
 否、挟めるような口も言葉も、今の才人は持ち合わせていない。
「だけどね……私は、この娘と友達で居たい。
 この娘と笑って、この娘と遊んで、ハシャいで、楽しみたい……」
 キュルケの目が、過去を見ているように、この言葉も才人に宛てた言葉では無いのだろう。
「私は、そうしたいと思ってる。思ってるから……ルイズが目覚めたら、いの一番に言ってやるの。
 今まで、ごめんなさい。貴方が許してくれるなら、私はこれからも貴方と友達で居たいと思ってるってね」
 全てを語り終えたか、椅子から立ち上がったキュルケは、ベッドに近づき、そっと、ルイズの頬を撫でる。
 暖かく、滑らかで瑞々しい肌。
 傷一つ負っていない無垢なるモノ。
 本当であるならば、彼女の心も、こうなるべきだったと言うのに。
 自分だけでは無い。
 しかし、彼女の心の、傷の内の一つ……いいや、幾つかは自分がしてしまった行為によるものだ。
「…………ルイズ…………」
 慈しみの響きを持たせ、ルイズの名を呼ぶキュルケの姿は、なんというか、子を守る母のような雰囲気をしており、見ているだけで周囲のモノに慈愛の心を植えつける。


「……んっ……」
 果たして、それは奇蹟なのか、それとも、単なる条件反射だったのか。
 キュルケがルイズの名を呼んで、彼女の頬を撫でていると、ルイズの傷だらけの手が、キュルケの手を掴む。
「………………」
 瞼を開き、焦点のぼやけた目でキュルケを見るルイズは、無言で握った手の力を段々と強くしていく。
 まるで、これだけは放したくは無いと言わんが如く。
「ルイズっ! 貴方、意識が!?」
「………………・・・」
 キュルケの問い掛けにルイズは答えず、ただ、ぼんやりと中空へと視線を巡らす。
「…………キュルケ……何で……」
 ぽつりと、小さな声で漏れた言葉と同時に、ルイズの目が一気に開かれる。
「いっ!!!」
 そして、凄まじい勢いで身体を起き上がらせようとして、腕と足の痛みに、瞬間的に動きが止まる。
 痛みに耐えるように両腕を抱くようにして、腕同士が触れて、また痛みを訴える連鎖に、ルイズは我慢できなくなり、自分の使い魔へと声を掛ける。
「ホワイトスネイク!」
 その声に反応するように、ホワイトスネイクは何時の間にかルイズのすぐ傍にまで歩み寄り、彼女の頭から気絶している時に戻しておいた『痛覚』のDISCをまた抜き取る。
 痛みから解放されたルイズは、ようやく、思考を今の状況へと割り当て始めた。
 目の前には、自分が才能を返却した少女と雇ったはずの使用人。
 どんな状況なんだと疑問が彼女の頭に湧いたが、すぐに、自分の腕と足に巻かれた包帯と、今居る部屋が医務室なのを理解して、現状を把握した。
 どうやら、自分は医務室で眠っていたらしい。
 何故と言う言葉は要らない。そんな言葉など無くても、頭には、自分が重症を負った光景が浮かんでいた。
(私は……『一手』遅かった……キュルケが庇ってくれていなかったら、今頃……)
 あの時、風竜の事を完全に忘れていた自分と、そこまで必死になるように追い込んだ少女の事を思い出し、ルイズは一人、唇を噛み締める。
「……ルイズ?」
 そんな不審な行動に訝しげな顔で、キュルケが言葉を掛けると、ルイズは、とりあえず、あの女の事を忘れて、赤髪の少女へと向き直った。
「あのね……キュルケ、私―――」
「ストップ! その前に、私、貴方に言わなきゃならない事があるのよ」
 キュルケはルイズの言葉を遮り、自分の今の気持ちをそのままに口にしようとした。
 ちなみに、才人は普段読めないはずの空気を、敏感に察知して、すでに部屋の外に出ていたりする。
 二人だけの部屋。
 そこでキュルケは、あの時は一言で済ませてしまった言葉を、もう一度、今度は、要約せずに丸ごと、言おうとして、口元に一本指を立てられた。

「もう良いのよ……もう…………」
 ルイズは、静かにそう呟き、そっと立ち上がり、キュルケを抱きしめる。
「私を庇ってくれた事で、貴方の気持ちは、もう十分伝わったわ。
 だから、もう止めましょう。ねっ?」
「…………ごめん……なさい……ごめんなさい、ルイズ―――っ!!」
 感極まり涙を流すキュルケの身体抱きながら、背伸びをして(キュルケの方が身長が高い為)彼女の髪を撫でる。
 まるで、先程自分の頬を撫でてくれたように、優しく、慈しみを持った手で髪を梳いていき

――――――ぞぶり、と自らの指を彼女の頭へと突き刺した。


 ジュルジュルと生理的嫌悪を感じる音を部屋に響かせながら頭部に進入したルイズの手は、
 キュルケの今の思考をDISC化したものを彼女の頭から、ルイズが確認できるように、引っ張る。
 DISCした記憶の表面には、泣いて謝るキュルケと謝る対象である自分の姿が見て取れた。
(キュルケは……嘘をついていない……本当に、私に済まないと思っている……)
 人の言葉など、どれほど信用なら無いか、僅かな時しか生きていないルイズですら知っている。
 あまりに不確かで、不鮮明な言葉で、全てを信用するのは愚かでしかない。


 では、確固たる鮮明さを持ち、不変的な『真実』とはなんなのか。


 ホワイトスネイクを従えるルイズは、それを『記憶』だと思っている。
『記憶』は何時までも変わらない。
 薄れ、忘却こそされるが、内容が変わる訳では無い。
 故に、そこには偽りは存在しなく、真実だけが在る。


 ルイズは、キュルケの頭から少しだけ出ているDISCを戻し、もっと強く、彼女の身体を抱きしめる。
 この子は、もう私を侮辱なんかしない。
 心の底から、私に謝るこの子は、私の味方だ。


――――――友と競い、学びあい、談笑しろ――――――


 何処かで聞いた言葉が頭を過ぎる。
 この言葉を始めて聞いた時、私は……どんな返答を返したのか……


―――――――私に……そんな相手なんか――――――


 忘れてしまった『記憶』の底に貼りつく言葉に首を振る。
 居た。
 私にも居た。
 一緒に笑って、一緒に遊んで、一緒に泣いて、一緒に学んで、一緒に歩ける友人が。
「――――――私にも……居たのよ……」
 それが、こんなにも嬉しいのが、可笑しかった。
 それが、こんなにも暖かい気持ちになるのが、心地良かった。
 それが、こんなにも大切な事だと言うのが、気付かされた。


――――――離さない
――――――離したく無い
――――――離れたくない
「絶対……離さない……」
 願うならば、この誇るべき友人と、ずっと共に歩いて行きたい。
 それだけが、自分を本当に気遣ってくれる相手に気付けたルイズの、思いだった。



 場面は変わり、部屋の外へと出た才人は、あまりにも空気を読めた自分の行動に疑問を感じていた。
「おかしいな……俺、あんなに敏感なやつだったっけ?」
 唐変木と言うよりは空気が読めないはずの自分が、あんなベストなタイミングで部屋から出れたなど、自分の行動だと言うのに信じられない。
 ん~、と首を傾げながら歩く才人に一人の女の子がぶつかった。
「きゃっ!」
「うわっち!?」
 少女が尻餅をつく前に、伸びきった手を掴み、傾いたままで姿勢を維持させる。
「君、大丈夫?」
 そのまま腕を引っ張り、きちんと重力に垂直に立たせて、才人は少女を見る。
 金色が目に痛いぐらい輝く髪を、幾つにもロールしているその少女は、才人の中の、もしも中世のお嬢様が居たらこんな髪型でこんな感じだろうなぁと言うイメージにピッタリと重なっていた。
「……っ~! 平民の癖に貴族にぶつかるなんて!」
 いや、マジでピッタリだよ。色々と
「あっ、ごめん。ちょっと考え事しててさ。
 でも、君の方も前を見てなかったみたいだし、おあいこじゃないかな?」
 ここの通路は、ひたすらに真っ直ぐだ。そんな場所で二人してぶつかるのは、どちらも前を見ていなかったに違いない。
 そのような推測の元、才人の口から出た言葉に金髪の少女は、顔を真っ赤して怒鳴る。
「おあいこだなんて、そんな訳無いじゃない!
 平民が貴族にぶつかったのよ!?
 どう考えても悪いのは平民の方じゃない!!」
 シエスタから、貴族は――――――特に、このトリステインの貴族は、傲慢と自尊心の塊であるから、決して機嫌を損ねていけないと言う言葉を、才人は今更ながら思い出す。
 まずったなぁ、とか呟きながら、どうにかして目の前の、貴族様の怒りを静めなければならない。
「はぁ、どうも申し訳ありませんでした。これ以降は気をつけますので、どうか許してください」
 とりあえず適当に謝れば良いんじゃね? な思考から、謝罪の言葉を口にすると、向こうも分かれば良いのよ、とか言って、そのままスタスタと歩いていってしまった。
 なんだあれ? とか才人は思ったが、まぁ仕方ないかと諦めた。
 少し考えれば、まだ授業を行っている時間帯だと言うのに、歩いている少女が、何処に向かっているのか。
 其処から出てきたなら気付きそうなものだが、結局、才人は気がつかないで、そのまま適当にぶらつくかと、ふらふらと何処かへ行ってしまったのだった。



 報いと言うものは必ず受けなければならない行為である。
 しかし、報いに報いた行動にさえ、それを要求されるのであれば、それはまるでメビウスの輪のように堂々巡りとなるのでは無いか。
 少なくとも、ホワイトスネイクは言い争う本体と金髪の少女を見て、そう考えていた。


 医務室に訊ねてきたモンモラシーは、最初にルイズが意識を取り戻した事を知ると、さっさとギーシュに才能を返すように言ったが、ルイズはそれを承諾しなかった。
 何故なら、ギーシュとは真っ当な勝負の結果で奪った才能であるし、自分の事をあそこまで虚仮にした奴に、どうしてこの力を返さなければならないのか。
 彼女には不思議だった。
 しかし、横に居たキュルケもギーシュに才能を返した方が良いとモンモラシーの援護しだし、旗色が悪くなると、ルイズは、自分を負かした少女が、ギーシュは壊れていたと言っていたのを思い出し、壊れている人間に才能を返却した所で使う事が出来ない。
 なら、私が有効活用してあげるわ。と言った所、モンモラシーが、もの凄い形相で怒り出したのだ。


「ルイズ!!」
 顔を真っ赤にして怒鳴るモンモラシーに、ルイズは、面倒ね、と顔を顰めた。
「私も……今の言葉はどうだったかなぁ、と思うわ」
 キュルケにも言われると、流石に顰めた顔を、今度は思考の顔にしなければならない。
 適材適所。
 その言葉の通りならば、今の彼が、この才能を持っているよりは、自分が才能を持っていた方が良いに決まっている。
 だが、キュルケとモンモラシーは持ち主に返すべきであると言う意見を決して曲げないであろう。
 モンモラシーの事は別に良いが、キュルケに対して別の意見を持つのは拙い。
 せっかく見つけた、信頼できる友人を、たかだか『土』のドットクラスの魔法で失うのは嫌だ。
「分かったわよ……返すわ、返せば良いんでしょう」
 ここで下手に話を拗れさせては、どうしようもない。
 そういう結論に至ったルイズは、才能を返却する事にした。
 別に、ドットくらいなら構わない。
 これがスクウェアとかトライアングルクラスならば、ルイズも少しぐらい粘っただろうが、たかが青銅しか『錬金』出来ない才能に、そこまで労力を割く必要も無いだろう。
 元々、この才能を奪ったのは、ギーシュが自分の事を侮辱してきた報いであった。
 彼女の“本来”の計画では、ギーシュの才能になど触れてすらいない。
「そうよ! それが貴方に出来る償いなんだからね!」
 償いと言う言葉に、ピクリと眉が動いたが、ルイズはなんとかそれを押さえ込む。
 彼女しては珍しく、無いに等しい自制心が働いたお陰であった。
「……まぁいいわ。返しに行くのなら、さっさと行きましょう。
 面倒事は、早めは片付けた方が良いに決まってるわ」
 今度はモンモラシーが耐える番であった。
 ルイズの一言にグッと耐え、震える握り拳をそっと背後に隠す。
 その様子に気付いたキュルケが、何か言おうとするが止めた。
 どちらが悪いと問われれば、ギーシュとルイズの問題は少々込み入り過ぎている。
 一概にどちらが悪く、どちらが正しいと言える事柄では無いからだ。
 ともあれ、ルイズはまだまともに歩けず、ホワイトスネイクにおんぶをして貰ってギーシュの自室へと移動を始める。
 基本的に、スタンドの負傷が本体に伝わるように、本体の負傷もスタンドに伝わっているのだが、ホワイトスネイクは、ルイズを運ぶ痛みに顔色一つ変えずに、彼女をギーシュの部屋へと運びきるのであった。



「ここよ」
 男子寮の一角。比較的入り口に近い場所に、ギーシュの部屋はあった。
 モンモラシーは、ギーシュの部屋の前で一度深呼吸をして、こんこん、と扉をノックする。
 返事は――――――なかった。
「入りましょう」
 辛そうな顔で言うモンモラシーは、アンロックの呪文を掛け、鍵の掛けられた扉を開いた。
 中は、昼間だと言うのに何処か薄暗く、少し土の匂いがした。
「ギーシュ、戻ってきたわ。返事をして」
「あぅあ……」
 悲痛な声で、モンモラシーは、ベッドの上に座っている自身と同じ髪色の少年へと呼びかける。
 しかし、少年の口から漏れるのは、自我が放棄された発音。
 ルイズとキュルケは、眉を顰めた。
 ここまで酷いとは、想像していなかった。
 目の焦点が合わず、口からは意味不明の単音が漏れるしかない少年は、まるで痴呆患者そのものだ。
「………………」
 ルイズは無言で、モンモラシーに髪型を整えられているギーシュへと歩み寄る。
 すでにホワイトスネイクの背中からは降りている。
 そうして、自分の頭に手を入れ、中からDISCを取り出し、それをギーシュの頭へと挿入する。
「これで良いでしょ?」
 自分のやるべき事は終わったと言わんばかりのルイズは、備え付けの椅子をホワイトスネイクに持ってこさせ、どかりと座り込む。
 モンモラシーとキュルケは、あっさりと終わった才能の返却に、しばし呆然としていたが、
「あぅ?」
 才能が戻った感触に不思議そうな声を出したギーシュによって、現実へと戻ってきた。
「これで……ギーシュは、また魔法が使えるようになったの?」
 確認するように紡ぐモンモラシーの言葉にルイズは、そうよ、と返答する。
「………………」
 一抹の望みがモンモラシーにはあった。
 この壊れてしまったギーシュも、才能を戻しさえすれば、なんとか元通りになってくれるのでは無いかと言う望みが。
「ギーシュ、ねぇ、戻ってきたのよ。貴方の才能が。
 ほら、これでまた貴方のワルキューレが作れるわよ。
 それに、固定化とか錬金も、また出来るのよ」
 才能は戻った――――――だが、彼は戻らなかった。
 ただ、それだけだと言うのに、モンモラシーの目からは涙が溢れ出ていた。
 先生方が言っていた。
 これだけ見事に壊れていると、どんな秘薬があろうとメイジには、もう治せないと。
 だからこそ、この才能が返ってくる時に、ギーシュの精神が治ってくれると、どれだけ願っていた事か。
「私ね……首飾りが欲しいのよ。
 貴方の錬金してくれたものがね。
 青銅しか錬金できなくても、別に構わない。
 貴方が作ってくれたのなら、それで良いの。
 だから、お願い、お願いだから、私に首飾りを作ってよ!!」
 悲しい結末となった恋人達の末路に、キュルケの胸は苦しくなっていた。
 これが双方共に、自分に面識の無い人間であるならば、そういうこともあると納得できるだろうが、残念ながら、二人共、自分と同じ学生で、特にモンモラシーとは、割りと話す仲でもある。

「ねぇ……ルイズ」
 同情と言えば、それで終わりであるが、キュルケはそれでも言葉の続きを口にした。
「ギーシュなんだけど……もうあのままなのかしらね?」
「あんた……あいつに元に戻って欲しいの?」
 疑問文に疑問文で返したルイズの言葉に、キュルケは頷く。
 それはそうだろう。
 目の前に悲惨な事態に陥っている恋人達が居たら、自分に助けられる事が助けたくなるのは人情だ。
 ルイズは、そんなキュルケに目を僅かに細め、分かったわ。と静かに立ち上がり―――
「ホワイトスネイク!
 ギーシュの壊れた原因を抜き取りなさい!!」
 自らの使い魔へと命令を下した。



 モンモラシーが撫でていたギーシュの頭に、ホワイトスネイクの右手が突き刺さる。
 あまりの驚愕の光景に、モンモラシーは声を上げる事さえ忘れて、ただ口を金魚のようにパクパクと動かす事しか出来ない。
 キュルケも同様に驚きで目を丸くし、ただ一人、ルイズだけが、満足げにホワイトスネイクの行動に見入っている。
「『記憶』ト言ウモノハ、ソノ人間ノ生キタ証、マタハ歩ンデキタ道ダ。
 ナラバ、壊レタ瞬間カラ、今ニ至ルマデノ壊レタ『記憶』ヲ抜キ取レバ、壊レル前の正常ナ人間ニ戻ル。
 理屈ハ、忘却ト、ホボ同ジダ。ドレダケ辛イ事ガアロウト時ハ、辛サヲ忘レサセル。
 マァ、完全ニ物事ヲ忘却デキル人間ナド居ナイノダカラ、僅カニ残滓ハ残ルガナ」
 饒舌に語り始めた使い魔の言葉に、キュルケとモンモラシーは、どうやらルイズがギーシュの精神を治そうとしている考えに至った。
「お願い…………お願い……お願い!!」
 藁にも縋るような思いで、ホワイトスネイクの行動を見守る事にしたモンモラシーの口から出るのは、懇願の言葉のみ。
 キュルケも同様に、ただギーシュが治る事を願っていた。
「サァ、忘レルガイイ、壊レタ者ヨ。
 オマエガ壊レテシマッタ……ソノ瞬間ヲナ!!」
 二人の願いが通じたのか、ホワイトスネイクが右手を引き抜いた時、一枚のDISCが握られていた。
 どす黒く変色している、そのDISCは誰が見ても危険物と分かる程の禍々しいオーラを纏っており、通常のDISCと違うのは、一目で見て取れる。
「う……うぅん……」
 先程と違い、理知的な声を口から漏らしたギーシュは、ベッドへと倒れこんだ。
 慌てて、ギーシュの頭を確認するモンモラシーだったが、外傷も無く、ただ単に気絶しているだけのようだ。
「これで元通り、こいつの『記憶』は壊れる前に戻ったわ」
 そう言うと、ルイズは自分の身体が一気に重たくなるのを感じた。
(流石に起きたばかりで無茶はするもんじゃないわね……)
 なんとか、ホワイトスネイクの背中に乗ると、ルイズは、じゃあねと言い、モンモラシーとキュルケをギーシュの部屋へと残し、自分は退室した。



「シカシ……良カッタノカ」
「何がよ?」
 自分の部屋へと帰る途中、ホワイトスネイクの主語を抜いた言葉に、ルイズは疑問符を頭の上に浮かべる。
「折角、奪ッタ才能ヲ、簡単ニ返却シテシマッタ事ダ。
 君ハ、確カニ魔法ヲ使イタイと心カラ願イ、使エルヨウニナッタノダロウ」
「…………そうね」
「ナラバ、何故、返シタノダ?
 マタ、元ノ使エナイ人間ニ戻ルト言ウノニ」
 ホワイトスネイクの疑問は最もだ。
 折角、苦労して奪った才能を、あんなに簡単に持ち主へと返し、自分はまた『ゼロ』へと逆戻り。
 とてもじゃないが、あそこまで魔法を使える事に執着した人間と同じには思えない。
「モシモ、君ガ、センチナ感情ニ動カサレテイルト言ウノデアレバ、ソレハマッタクノ無意味ダ」
「…………別に、あいつが可哀想だから才能を返した訳じゃないわよ」
「デハ、何故?
 何故、君ハ自ラヲ犠牲ニシテマデ、アノヨウナ事ヲシタノダ?」
 蛇のように粘着質なホワイトスネイクの質問にルイズは、暫く無言を徹す。
 まるで、自分の内に秘めた思いをどう言葉にすれば良いのか、迷っているかの如く。
「私は自分が犠牲になったつもりは、さらさら無いわ
 あいつに才能を返す事が、私にとって、プラスになると思って返しただけよ」
 考えが纏まったのか、それとも、ただ気分が向いたのか。
 ルイズは、ホワイトスネイクに自らの思いを吐露していく。
「あそこで、あの場で返すのを渋ったら、それこそ私は、キュルケと道を違えてたでしょうね」
「アノ女ノ為ニ、君ハ拘ッテイタモノヲ諦メタノカ?」
「それだけの価値が、キュルケには……うぅん、友達にはあるのよ」
 力強い、ルイズの肯定にホワイトスネイクは足を止めた。
(友……カ……)
 元本体にも友と呼べる人――――――いや、化け物が居た。
 そいつと居る間、本体の心は安らぎ有り得ない程の安定に包まれる。
 ルイズも……現在の本体も、そんな安らぎの場所を求めたのだろうか。
「でもね、ホワイトスネイク。
 私は別に魔法を奪うのを止めた訳じゃあ無いわよ」
「君ハ、アノ女ニハ嫌ワレタクナイノダロウ?」
「えぇ、だから、今後は“此処”で才能を奪うのを止めるし、侮辱された報復なら、貴方を嗾けるわ。
 私が才能を奪うのは、悪い奴からだけ。
 世間一般が悪と言う奴から才能を奪うなら、キュルケも文句は無いでしょう?」
 奪うのは変わらない。
 ただ、その理由が、報復から、罰に変わっただけ。
 しかし、その変わった事がけっこう重要だったりする。
 どれだけ強い武力があろうと、大義名分が無ければ、ただの暴力と片付けられるように。
 自分の才能を奪う事も、悪人に対する罰と言う大義名分が付けば、少なくとも、報復の為に奪うよりは、周りに受け入れられるだろう。
「さっそく奪いに行きたい所だけど……足が無いわね」
 謹慎期間の為に、この一週間は休みのルイズであるが、
 生徒達が遠出をする為の馬が用意されるのは虚無の曜日だけなのだ。
 つまり、遠出をするならば、どうしても虚無の曜日まで待たなければならない。
「虚無の曜日は明後日か……怪我の具合もあるし……丁度良いかしらね?」
 遠足に行くのが楽しみで仕方ない小学生のように尋ねるルイズの言葉に、
 ホワイトスネイクは返答をせずに、止めていた足を、また動かし始める。
「あぁ、今度は『土』や『火』じゃなくて『水』が良いわね。
 やっぱり、自分で怪我の治療が出来た方が便利だし……」
 自分の背中で、ぶつぶつと呟かれているホワイトスネイクは、才能云々の話で一枚のDISCについて思い出した。

「ルイズ」
「やっぱり、最低でもトライアン――――――んっ? 何よ?」
「一応言ッテオク、君ノ、スカートノ中ニ、一枚ノDISCガ入ッテイル」
 ホワイトスネイクに言われ、自分のスカートに手を伸ばすルイズは、その中にあるDISCを手に取った。
『記憶』DISCとも、『魔法』DISCとも違う輝きを持つ、そのDISCの表面には、右半身が砕けた屈強な肉体を持つ何者かが写りこんでいる。
「ソレハ……『世界』ト呼バレル『最強』ノスタンドダ。
 最モ、『無敵』ニ対シテ敗北ヲ喫シタ『最強』ダガナ」
「何それ? 負けたら『最強』じゃあないじゃない
 と言うか、スタンドって、あんたの種族みたいなもんでしょ?
 それがどうしてDISCになるのよ」
「原理ハ、才能ヲ奪ッタ時ト、ホボ同ジダ」
「ふ~ん」
 感心したようにルイズは、DISCを繁々と観察してから、それを自分の頭部へと、そっと差し入れる――――――が


『無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄
無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄
無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄
無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄
無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄ァァァ!!!』

「あひゃあっ!!」
 唐突に脳に響いた怒声と身体の芯に叩き込まれた衝撃に、ルイズの身体はホワイトスネイクの背中から吹っ飛ぶ。
 痛覚を抜いてままで良かった。
 もし、痛覚が残ったままだったら、この衝撃による両手両足の痛みで気絶しただろうなぁ、とかルイズは考えていた。
「っ~!……何よ、これ!? なんで差し込んだら吹っ飛ぶのよ!?
 あんた、私の事を騙したんじゃないでしょうね!?」
「騙シタ訳デハ無イガ……ナルホド、ドウヤラ、君ノ今ノ精神力ト体力デハ、『世界』ヲ扱ウ事ガ出来ナイヨウダ」
「どういう事よ?」
 じと目で睨んでくるルイズを尻目に、悠々とDISCを拾うホワイトスネイクは、DISCの表面の人型をなぞりながら、言葉を続ける。
「コノ『世界』ハ、スタンドノ中デモ、格ガ違ウ存在ダ。
 例エ、弱体化シテイタ所デ、君ガ扱ウニハ、マダマダ成長シナケレバナラナイト言ウ事ダ」
 最も、あの時のように感情を高ぶらせれば別だろうがな、と言う言葉を飲み込み、ホワイトスネイクは、倒れているルイズをおぶり、DISCを渡す。
 ルイズは、渡されたDISCを、暫く見つめていたが、はぁ、と溜め息を吐いてから仕舞う。
「まったく…………今、使えないんじゃ意味無いわよ」
 ホワイトスネイクと出逢った日に呟いた言葉に酷似した台詞を言うと、ルイズはゆっくりとホワイトスネイクの背中へと寄り掛かる。
 頭をくっつけ、ホワイトスネイクの心音を後ろから聞くような体勢のルイズは、部屋に着く前に、深い眠りへと落ちるのであった。




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