「まぁ、こんなものですかね?」
「意外と…… う、まく……ハァ、ハァ、……できた…… な」
穴を掘って作った竈を見、僕はハンカチで汗をぬぐう。
地面を掘って、穴を固めるだけの作業なのだが、意外に疲れた。
運動不足気味の才人などは、既に肩で息をしている。
……友人として、少しばかり情けない。
さて、それだけ苦労した竈の出来はというと、物置から拝借してきたスコップとテコで作った割には、かなりしっかりした代物になった。
上を塞いでも火が消えないよう、通風口を広く、そして三方向にとりつつ、それなりの形に仕上げたそれは、日本のキャンプ場でも、十分に使えるのではないだろうか?
ここが柔らかい土壌なので、少しばかり強度が心配であるが。
試しに上に鍋をおいて、水を張ってみた。
「おお、くずれねぇ!」
才人が声を弾ませて言う。
しかし、よく見ると、ポロポロ土がはがれ落ちており、まだ地が弱い。
数日に一回は補強する必要があるだろう。
粘土でもあれば、中の石を固定できて良いのだが、流石にそれは贅沢か。
「魔法が使えれば、錬金で楽ができるでしょうが……」
「ルイズに任せたら、鍋ごとドカーンだけどな」
「そうですね」
そういって才人はツボにはまったのか、再び笑い出す。
どうせ聞こえてないだろうから、僕も同意しておいた。
……そういえばメイジを操った時、魔法は使えるものなのだろうか?
それが出来たら、僕らの待遇も大分楽になると云うものなのだが。
今度、ギーシュ辺りで試してみるか。
かなり作業に没頭していたので、かなり時間が経っているのではと思い、僕は腕時計を見る。
作業を初めて1時間も経っていなかった。
相当、集中していたようだ。
多分今頃、貴族達も休憩を終えた頃だろう。
「と、才人。そろそろルイズの授業の時間が近いですが、行かなくて良いんですか?」
「あ~……」
才人は今、気付いた様だ。
異世界に来ても、どこか抜けている部分は変わらないままか。
まぁ、すぐ変わられたら非常に気持ち悪いが。
結局、続きは僕が作るということで、特にやることも無い、もとい、たいして役に立たない才人は、ルイズについていく事となった。
校舎に走っていく才人を見送り、僕はふと、離れて三日しか経っていない家を思い出す。
今頃、家はどうなっているのだろう?
そういえば、僕の部屋のプランターのプチトマトはどうなったのだろうか。
きっと今頃、食べ頃なんだろうな。
もう、食べられてしまったのだろうか?
せっかくここまで一生懸命育ててきたのに……。
僕は目線を才人から、自分の腕時計へと戻し、願をかけた。
せめて、僕のプティトメェトゥが全滅する前に帰ろうと。
暫く感傷に浸っていた僕は、大きく呼吸をしていつもの感覚を取り戻す。
「ダメだな…… すぐ感傷に浸ってしまう」
僕は自分に言い聞かせるように、言葉を口に出した。
そうだ。逆に考えるんだ。
こっちでもプチトマトを栽培すればいいと考えるんだ。
……あるのかどうかは知らないが。
そこでふと、気が付く。
そういえば才人は余り、家のことで感傷に浸っている様子はない。
正直、僕らの様な年であれば、家庭が荒れてでもいない限り、母や父の心配ぐらいはすると思うのだが。
いや、今やるべき事が多くて、干渉している余裕が無いだけかもしれない。
僕は暫く考えて、そう、結論づけた。
ともかく僕も、今はやるべき事をきっちり、やっておかなくてはな。
さしあたって、今、僕のやるべき事はお風呂作りだ。
なら、どうする?
竈は出来ている。
垢擦りや石けんは、おいおい作っていけばいいだろう。
ともかく今は、このお風呂を浸かれる状態にすることだ。
となると、問題は……
「コレ…… ですね」
地面においてあった、この鍋用の大きな木の蓋に視線を向ける。
それほど厚みが無く、人が乗るなんて事は想定していないであろうこの木の蓋に、果たして僕と才人が乗ることが出来るのか?
無理に決まっている。
何とかして、補強しなくてはならないだろう。
幸い、木を切り出す道具は手元にある。
そういえば、近くに森があったな。
そこでいい木片を探そう。
僕は早速、道具を持ち出して、森の方へと出かけていった。
そこは中々に綺麗な森で、材料となる木片は非常に多く存在した。
調度品に使う木材なのだろう。
表面は比較的、綺麗に磨かれて、様々な大きさに切り分けられていた。
その中から、かろうじて持てる木片を頂戴して、僕はそれをハイエロファントを使って背負いながら、元来た道を戻る。
しかし、木片がやや大きかったため、行きと違って学院まで直進することが出来ない。
何度か回り道をしたが、中々、学院には戻れなかった。
「しかたない。一度森から出るか」
とりあえず、僕はハイエロファントで辺りを探索しながら、森を出れる最短ルートを探し出す。
その途上、森が開けた広場に出た。
そこで僕は、日本人にとっては、もう見飽きたよ、という様なぐらい、見慣れた植物を見る。
「これは、ヨモギか……」
ヨモギだ。その香りから見て、ほぼ間違いないだろう。
それにしてもいい香りだ。
丁度いい。いくつか摘んで帰ろう。
僕はかがみ込んで、いくつか足下のそれを摘んでいく。
意外な所で見つけた、その接点に、僕は気持ちが弾むのを抑えられなかった。
制服のポケット一杯にヨモギを詰め、僕はまた、学院への道を歩き出した。
森を出るために、相当大回りした結果、結局森を出る頃には、日が完全にあがってしまっていた。
さっさと作業を終わらして、休憩しよう。
「良しッ!」
持ってきた木片は、鍋に丁度いいサイズであった。
試しに何度か、板の上でジャンプしてみたが、びくともしない。
これで、とりあえずは完成したとみて良いだろう。
さて、一区切りついたことだし……
「この辺りで、お昼ご飯にしましょうか」
僕はご飯をもらいに、厨房の方へと足を向けた。
「お~、来たふぁ、花京院」
「……才人」
厨房には既に才人がいた。
シチューとパンを口いっぱいに頬張り、リスのような顔になっている。
もう少し、上品には食べられないのか?
「あ、ノリアキさん。こちらの席にどうぞ」
呆れ気味に才人の食事風景を見ている僕を、シエスタが席に案内してくれる。
シエスタのこの笑顔には、僕は頭の下がる思いだ。
なんというか、こう、癒される。
人生というものをよく知っている熟女も良いが、こういった感じの素朴な少女もいい。
恋をするなら、こういう、気のいい女性がいいと思います。
もちろん、そんなことは口に出さない。
そもそも今、そんなことを言い出せば引かれるに決まっている。
まだ、僕は彼らと会って二日しか経っていないのだ。
しかし、互いに心が通じ合わなければ、何年付き合っても、知り合ったばかりと同じだ。
白頭まで新の如しとは、よくいったものだな。
そういうことを延々と考えながら、僕がシエスタに案内された席は、他と少々違う造りになっていた。
強いていうなら、目の前の才人の席と似たような造りだ。
「何か、席が豪華に見えるんですが……」
「はい。それはノリアキさん専用の椅子です。厨房のみんなで用意したんです」
ここまで丁寧な接待を受けると、申し訳ない気分になってくる。
というか、こういう雰囲気は僕は苦手だ。
他の人の望みや、勢いに合わせるというのは、どうも……
しかし、流石に雰囲気を壊してしまうほど空気が読めない訳ではない。
僕はいつもの様に、優等生の顔を浮かべて、目の前の前にある、僕のために用意された食事に手をつけた。
―――――――――
さて、食事も終えて、次の作業まで、いささかの休憩を取る。
僕たちの目の前には、気をよくしたマルトーさんが開けた、アルビオンという場所で取れた年代物の葡萄酒が置かれている。
才人はそれを勢いよくのみ、顔を真っ赤にしている。
時折、ぼんやりとした目で何もない所を眺めている所を見ると、完全に酔っぱらっているんだろう。
僕の方はといえば、少しずつ口の中で滑らせて、その味を楽しんでいる。
そんな僕らの様子を、シエスタはうっとりとした面もちで眺めている。
僕らが酒を飲むのはおかしな事だろうか?
確かに、僕らは日本では未成年だが、この文明レベルで、そういう年による区分があるとは思えない。
ましてや、こういう世界ならごくごく飲んでも可笑しくないだろう。
もしかして今、僕は相当、変な顔をしているんじゃないだろうなッ!
身だしなみに気を遣っている僕としては、余り他人にみっともない姿を見られるわけには行かない。
僕は急ぎ、ポケットの中から、手鏡と櫛を探す。
クソッ! 僕も酔っていたみたいだ!
頭がぼんやりして、うまく探せない。
何か訳の分からないものが、大量にポケットに入っているし!
邪魔だ!
僕はポケットをひっくり返して、ポケットの中身を全てぶちまけた。
「あれ?」
それを見たシエスタが、何かに気がついたように声を挙げる。
シエスタは回り込んで僕の席の方へと近づき、僕のポケットから出たそれを拾い上げる。
「これ…… ムラサキヨモギ?」
ああ、そういえばヨモギを大量に摘んだんだったな。
僕は、シエスタの一言で、ようやくそのことを思い出した。
ついでに手鏡と櫛は、内ポケットの中だということも。
みっともない。
シエスタはその葉を一枚持って、僕に話しかけてきた。
「苦いの…… 好きなんですか?」
「……いえ、別にそういうわけでは」
「そうですか。でも珍しいですね。この辺りじゃ、余り取れないのに」
ヨモギって、そんなに苦かっただろうか?
それは、多少苦みはあるだろうが、そんな格別いうほどでは……。
そう思い、一つ、ひょいと口に入れた。
「え、生のまま食べるんですか!?」
口に入れた瞬間。僕はシエスタの制止の理由を理解した。
「ブフォゥ!」
「きゃ!?」
「うわっ!」
「どうしたっ!?」
なんだコレは。
ヨモギというのはこんな味だったか?
もっと草っぽい味だったはずだ。
断じて、こんなに苦い味じゃない。
しかし、この味どこかで……
「な、生ゴーヤ……」
「え、え、え、え!?」
そうだ、子供の頃、両親に騙されて食べさせられた、生のゴーヤと同じ味だ。
苦い。苦すぎる。
その苦さは、アルコールで半分飛んでいた僕の意識を刈り取るには、十二分な破壊力を持っていた。
「ようこそ……『苦みの世界』へ……」
いつぞやの、青い髪のちびっこのそんな声を幻聴し、僕は机を枕に、夢の世界へと旅だったのだった。
To be contenued……
0:51 2007/07/21
「意外と…… う、まく……ハァ、ハァ、……できた…… な」
穴を掘って作った竈を見、僕はハンカチで汗をぬぐう。
地面を掘って、穴を固めるだけの作業なのだが、意外に疲れた。
運動不足気味の才人などは、既に肩で息をしている。
……友人として、少しばかり情けない。
さて、それだけ苦労した竈の出来はというと、物置から拝借してきたスコップとテコで作った割には、かなりしっかりした代物になった。
上を塞いでも火が消えないよう、通風口を広く、そして三方向にとりつつ、それなりの形に仕上げたそれは、日本のキャンプ場でも、十分に使えるのではないだろうか?
ここが柔らかい土壌なので、少しばかり強度が心配であるが。
試しに上に鍋をおいて、水を張ってみた。
「おお、くずれねぇ!」
才人が声を弾ませて言う。
しかし、よく見ると、ポロポロ土がはがれ落ちており、まだ地が弱い。
数日に一回は補強する必要があるだろう。
粘土でもあれば、中の石を固定できて良いのだが、流石にそれは贅沢か。
「魔法が使えれば、錬金で楽ができるでしょうが……」
「ルイズに任せたら、鍋ごとドカーンだけどな」
「そうですね」
そういって才人はツボにはまったのか、再び笑い出す。
どうせ聞こえてないだろうから、僕も同意しておいた。
……そういえばメイジを操った時、魔法は使えるものなのだろうか?
それが出来たら、僕らの待遇も大分楽になると云うものなのだが。
今度、ギーシュ辺りで試してみるか。
かなり作業に没頭していたので、かなり時間が経っているのではと思い、僕は腕時計を見る。
作業を初めて1時間も経っていなかった。
相当、集中していたようだ。
多分今頃、貴族達も休憩を終えた頃だろう。
「と、才人。そろそろルイズの授業の時間が近いですが、行かなくて良いんですか?」
「あ~……」
才人は今、気付いた様だ。
異世界に来ても、どこか抜けている部分は変わらないままか。
まぁ、すぐ変わられたら非常に気持ち悪いが。
結局、続きは僕が作るということで、特にやることも無い、もとい、たいして役に立たない才人は、ルイズについていく事となった。
校舎に走っていく才人を見送り、僕はふと、離れて三日しか経っていない家を思い出す。
今頃、家はどうなっているのだろう?
そういえば、僕の部屋のプランターのプチトマトはどうなったのだろうか。
きっと今頃、食べ頃なんだろうな。
もう、食べられてしまったのだろうか?
せっかくここまで一生懸命育ててきたのに……。
僕は目線を才人から、自分の腕時計へと戻し、願をかけた。
せめて、僕のプティトメェトゥが全滅する前に帰ろうと。
暫く感傷に浸っていた僕は、大きく呼吸をしていつもの感覚を取り戻す。
「ダメだな…… すぐ感傷に浸ってしまう」
僕は自分に言い聞かせるように、言葉を口に出した。
そうだ。逆に考えるんだ。
こっちでもプチトマトを栽培すればいいと考えるんだ。
……あるのかどうかは知らないが。
そこでふと、気が付く。
そういえば才人は余り、家のことで感傷に浸っている様子はない。
正直、僕らの様な年であれば、家庭が荒れてでもいない限り、母や父の心配ぐらいはすると思うのだが。
いや、今やるべき事が多くて、干渉している余裕が無いだけかもしれない。
僕は暫く考えて、そう、結論づけた。
ともかく僕も、今はやるべき事をきっちり、やっておかなくてはな。
さしあたって、今、僕のやるべき事はお風呂作りだ。
なら、どうする?
竈は出来ている。
垢擦りや石けんは、おいおい作っていけばいいだろう。
ともかく今は、このお風呂を浸かれる状態にすることだ。
となると、問題は……
「コレ…… ですね」
地面においてあった、この鍋用の大きな木の蓋に視線を向ける。
それほど厚みが無く、人が乗るなんて事は想定していないであろうこの木の蓋に、果たして僕と才人が乗ることが出来るのか?
無理に決まっている。
何とかして、補強しなくてはならないだろう。
幸い、木を切り出す道具は手元にある。
そういえば、近くに森があったな。
そこでいい木片を探そう。
僕は早速、道具を持ち出して、森の方へと出かけていった。
そこは中々に綺麗な森で、材料となる木片は非常に多く存在した。
調度品に使う木材なのだろう。
表面は比較的、綺麗に磨かれて、様々な大きさに切り分けられていた。
その中から、かろうじて持てる木片を頂戴して、僕はそれをハイエロファントを使って背負いながら、元来た道を戻る。
しかし、木片がやや大きかったため、行きと違って学院まで直進することが出来ない。
何度か回り道をしたが、中々、学院には戻れなかった。
「しかたない。一度森から出るか」
とりあえず、僕はハイエロファントで辺りを探索しながら、森を出れる最短ルートを探し出す。
その途上、森が開けた広場に出た。
そこで僕は、日本人にとっては、もう見飽きたよ、という様なぐらい、見慣れた植物を見る。
「これは、ヨモギか……」
ヨモギだ。その香りから見て、ほぼ間違いないだろう。
それにしてもいい香りだ。
丁度いい。いくつか摘んで帰ろう。
僕はかがみ込んで、いくつか足下のそれを摘んでいく。
意外な所で見つけた、その接点に、僕は気持ちが弾むのを抑えられなかった。
制服のポケット一杯にヨモギを詰め、僕はまた、学院への道を歩き出した。
森を出るために、相当大回りした結果、結局森を出る頃には、日が完全にあがってしまっていた。
さっさと作業を終わらして、休憩しよう。
「良しッ!」
持ってきた木片は、鍋に丁度いいサイズであった。
試しに何度か、板の上でジャンプしてみたが、びくともしない。
これで、とりあえずは完成したとみて良いだろう。
さて、一区切りついたことだし……
「この辺りで、お昼ご飯にしましょうか」
僕はご飯をもらいに、厨房の方へと足を向けた。
「お~、来たふぁ、花京院」
「……才人」
厨房には既に才人がいた。
シチューとパンを口いっぱいに頬張り、リスのような顔になっている。
もう少し、上品には食べられないのか?
「あ、ノリアキさん。こちらの席にどうぞ」
呆れ気味に才人の食事風景を見ている僕を、シエスタが席に案内してくれる。
シエスタのこの笑顔には、僕は頭の下がる思いだ。
なんというか、こう、癒される。
人生というものをよく知っている熟女も良いが、こういった感じの素朴な少女もいい。
恋をするなら、こういう、気のいい女性がいいと思います。
もちろん、そんなことは口に出さない。
そもそも今、そんなことを言い出せば引かれるに決まっている。
まだ、僕は彼らと会って二日しか経っていないのだ。
しかし、互いに心が通じ合わなければ、何年付き合っても、知り合ったばかりと同じだ。
白頭まで新の如しとは、よくいったものだな。
そういうことを延々と考えながら、僕がシエスタに案内された席は、他と少々違う造りになっていた。
強いていうなら、目の前の才人の席と似たような造りだ。
「何か、席が豪華に見えるんですが……」
「はい。それはノリアキさん専用の椅子です。厨房のみんなで用意したんです」
ここまで丁寧な接待を受けると、申し訳ない気分になってくる。
というか、こういう雰囲気は僕は苦手だ。
他の人の望みや、勢いに合わせるというのは、どうも……
しかし、流石に雰囲気を壊してしまうほど空気が読めない訳ではない。
僕はいつもの様に、優等生の顔を浮かべて、目の前の前にある、僕のために用意された食事に手をつけた。
―――――――――
さて、食事も終えて、次の作業まで、いささかの休憩を取る。
僕たちの目の前には、気をよくしたマルトーさんが開けた、アルビオンという場所で取れた年代物の葡萄酒が置かれている。
才人はそれを勢いよくのみ、顔を真っ赤にしている。
時折、ぼんやりとした目で何もない所を眺めている所を見ると、完全に酔っぱらっているんだろう。
僕の方はといえば、少しずつ口の中で滑らせて、その味を楽しんでいる。
そんな僕らの様子を、シエスタはうっとりとした面もちで眺めている。
僕らが酒を飲むのはおかしな事だろうか?
確かに、僕らは日本では未成年だが、この文明レベルで、そういう年による区分があるとは思えない。
ましてや、こういう世界ならごくごく飲んでも可笑しくないだろう。
もしかして今、僕は相当、変な顔をしているんじゃないだろうなッ!
身だしなみに気を遣っている僕としては、余り他人にみっともない姿を見られるわけには行かない。
僕は急ぎ、ポケットの中から、手鏡と櫛を探す。
クソッ! 僕も酔っていたみたいだ!
頭がぼんやりして、うまく探せない。
何か訳の分からないものが、大量にポケットに入っているし!
邪魔だ!
僕はポケットをひっくり返して、ポケットの中身を全てぶちまけた。
「あれ?」
それを見たシエスタが、何かに気がついたように声を挙げる。
シエスタは回り込んで僕の席の方へと近づき、僕のポケットから出たそれを拾い上げる。
「これ…… ムラサキヨモギ?」
ああ、そういえばヨモギを大量に摘んだんだったな。
僕は、シエスタの一言で、ようやくそのことを思い出した。
ついでに手鏡と櫛は、内ポケットの中だということも。
みっともない。
シエスタはその葉を一枚持って、僕に話しかけてきた。
「苦いの…… 好きなんですか?」
「……いえ、別にそういうわけでは」
「そうですか。でも珍しいですね。この辺りじゃ、余り取れないのに」
ヨモギって、そんなに苦かっただろうか?
それは、多少苦みはあるだろうが、そんな格別いうほどでは……。
そう思い、一つ、ひょいと口に入れた。
「え、生のまま食べるんですか!?」
口に入れた瞬間。僕はシエスタの制止の理由を理解した。
「ブフォゥ!」
「きゃ!?」
「うわっ!」
「どうしたっ!?」
なんだコレは。
ヨモギというのはこんな味だったか?
もっと草っぽい味だったはずだ。
断じて、こんなに苦い味じゃない。
しかし、この味どこかで……
「な、生ゴーヤ……」
「え、え、え、え!?」
そうだ、子供の頃、両親に騙されて食べさせられた、生のゴーヤと同じ味だ。
苦い。苦すぎる。
その苦さは、アルコールで半分飛んでいた僕の意識を刈り取るには、十二分な破壊力を持っていた。
「ようこそ……『苦みの世界』へ……」
いつぞやの、青い髪のちびっこのそんな声を幻聴し、僕は机を枕に、夢の世界へと旅だったのだった。
To be contenued……
0:51 2007/07/21