ゼロの奇妙な使い魔 まとめ

見えない使い魔-17

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匿名ユーザー

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じゃり、と、音がした。
カツン、と、音がした。
「なんとな」
歩みを止め、ワルドが少なからず驚嘆を含んだ声を出した。ウェールズが彼の視線の先を見ると、盲目の
使い魔が立ち上がっていた。いや、いまは盲目 と聾の使い魔だ。鼓膜は破られており、音は聴こえないは
ずだ。三半規管も破壊されているのだろう。その証拠に杖を突いているもののふらふらといまにも倒れてし
まいそうだ。
「大した男だ」
ワルドが言う。素直に賞賛しているのだった。
使い魔、ンドゥールはそんな言葉が聞こえていなかった。だが笑った。
ワルドはその笑みがひどく鼻についた。感覚が遮断された状態で、なぜそんな余裕に満ちた顔をしていら
れるのか。
ンドゥールが口を開く。
「ウェールズがお前たちをひきつけた」
「なに?」
「ルイズが身体を張った」
そのまま続ける。
「ギーシュがフーケを足止めした。キュルケとタバサが全力を出し、デルフ リンガーがなにかをした。
それはわからないがな」
なにをいっているのか。ワルドにはわからなかった。ウェールズにもわから なかった。誰にもわからなかった。
ただ、その力強さだけをその場にいた全員が共通して感じていた
「全員が時間を稼いでくれた。おかげでお前を倒す準備が完了した」
「なんだと?」
ワルドがンドゥールに尋ねる。もちろんそれは聞こえていない。
ンドゥールが忠告する。
「一歩、動いてみろ。途端、攻撃する」
「……虚勢だな。くだらん」
ワルドはそう決め付けた。当たり前だ。見えぬ、聞こえぬ、そんな子供にも劣る男の勝利の言葉なんざ
どんな紙より薄っぺらい。死を恐れて口にしているに過ぎない。そう、そのはず。そのはずなのにワルドの
身体は動かなかった。

手のひらと背中に汗を掻いているが、ワルドはそれに気づかない。ンドゥールの雰囲気に気圧され、
冷静になれていない。彼はまるで竜に飲み込まれているかのような気分を味わっていた。だがそん
なものを彼は認めない。この決定的な状況、己の優位を覆すことなど認められるはずがない。
なぜならこれまでの経験があるからだ。邪魔するものを蹴落とし、勝ち、魔法衛士隊の隊長という
位置にまで上り詰めてきた経験がささやくのだ。

あんな弱者に負けるはずがない。
お前は強い。勝てるさ。
あとほんの一押しするだけだ。

そう、その通りだ。本能がどんなに恐怖を感じ、制止を叫ぼうとも、それに打ち勝ってこその人間、
それに打ち勝つための理性を備えている。
ワルドはつばを飲む。そうして、恐怖も得体のしれない空気も全て飲み込んだ。
両眼を大きく見開き、ンドゥールを睨む。敵でありながら最後の最後でハッタリをかますその度胸に
天晴れと言ってやりたくもあった。
嗜虐的な笑みを浮かべ、ワルドは足を踏み出した。
止めを刺す。戦いを終わらせる。
しかし、それはできなかった。
彼は歩みを再開してようやく、ンドゥールの言葉が虚ではないと知る。

「うおおあああ!」
水がワルドの爪先を食い破った。僅かに遅れ血が噴出す。それは床下から突き上がってきたものだった。
ワルドは激痛と肉体の喪失感に呻きながら床に倒れかけた、が、彼はそれがとてつもなく危険なこと
であると直感で悟り、反射的に杖で身体を支えた。と、今度はその腕が切り落とされた。
驚愕、恐怖、それが彼に食らいつく。どうにか痛みに堪えながら、急ぎ遍在に指示を出した。ンドゥールを倒せと。
しかし、それは浅はかだった。どうやって位置を掴んでいるのかが不明であるというのに。
遍在が地を蹴った瞬間、全員が床下から突き上がってきた水に体を切り裂かれ貫かれた。四肢はバラバラ、
胴体に多くの風穴を開けられ、消滅。
「――馬鹿な! 馬鹿な馬鹿な馬鹿な!」
状況が一転、絶体絶命になってしまっていた。ワルドの驚愕は大きく、精神は恐怖一色に染まった。
死が、大口を開けて迫ってきていた。
詠唱を唱え、すぐさま宙に飛んだ。恥も外聞もない。生を渇望する。
死にたくない!
「無駄だ! お前は、チェックメイトに掛かったのだ!」
ンドゥールの叫びと同時、床下から水槍が突きあがった。その数は無数、狙いは精密でなくとも苦痛
で動きがのろいワルドには避けきれない。
爪先、ふくらはぎ、ふともも、脇腹、肩、腕、頬、眼球、全身を切られ貫かれ、それでも悪運かワルドは
死ななかった。脳と心臓、重要な内臓と動脈は無事だった。
しかし、ほんの少し、数秒伸びただけにすぎない。
最後の一刺し、一際密度の濃い水槍が突き上げられた。それが向かうはワルドの頭。
死が迫る。
だが、またしても彼は生き残った。もう一人が冷静に対処したのだ。
ゴーレムの大きな腕がワルドを掻っ攫った。水はその腕に突き刺さり穴を開けるが、すぐにそれはふさがれる。
そのままゴーレムはもう片方の腕で壁を壊し、ワルドを外に放り出した。これでどうにか死なずにすんだ。
そしてゴーレムに命令を下した当人、フーケはンドゥールを静かに見下ろしていた。
彼女は彼が憎たらしかった。恨みを持っているはずだった。だが、その表情は憎悪に、歪んでいなかった。
それどころか誇らしげにンドゥールを見下ろしていた。まるで、よくやった、と、言わんばかりに。

フーケにはンドゥールがなにをやったか予想はついていた。火を避けて土の中に水をもぐらせ、
網のように張り巡らせたのだ。こうすることで音は聞こえなくとも水自体で振動を感知する。
あとは足音に区別をつけるだけでよかった。
(ギーシュたちを抱えてなかったら私もやられてたわね。さすがよ。それでこそ、だわ)
彼女は杖を向けているウェールズたちに向かって言った。
「あんたたち、もう逃げたほうがいいわよ」
「……え?」
キュルケが間抜けな声を上げた。
「ここはもう戦場になるんだよ。ここにいて殺されたいのかい? さっさとあたしが開けた穴から
逃げていきな。ただし、ンドゥールは置いていくんだね」
「な、なにいってるのあんた」
キュルケが狼狽した様子で尋ねるも、フーケはため息をついて返した。
「……だから、そいつを置いていけっていってるの。これ以上しつこくしたら、あんたたちもまとめて
殺すわよ」
キュルケはその言葉に動揺していた。戦場から逃れるためには彼女の言葉に従うしかない。
とはいえその交換条件を飲めるわけがない。ンドゥールを置いていくなど、許せるわけがない。
そんなふうに困っているキュルケの肩を、ウェールズが叩いた。
「かまわないから逃げるんだ。彼は、大丈夫だ」
「……わかりましたわ。信用いたします。ウェールズ皇太子」

キュルケたちはギーシュのヴェルダンデに乗り、穴から逃げていった。燃え盛る礼拝堂には
フーケ、ウェールズ、ンドゥールが残っていた。
「さて、あたしの声は聞こえてるかい?」
ンドゥールは何も言わなかった。フーケはため息をついた。
「だろうね。そうじゃなきゃ、とっくにあたしを攻撃してきてるもの」
「彼になんのようだ。マチルダ嬢」
ウェールズがンドゥールを守るように立ちはだかった。
「何の用だってね、皇太子。あたしはそいつにこの指を奪われちゃったのよ。ま、自業自得って
いったらそうなんだけど、どうにもそのときからそいつのことが頭から離れなくなっちまったんだよ。
だから、ちょっと戦いに来たのさ」
「彼をやらせるわけにはいかない」
ウェールズは杖先をフーケに向けた。
「貴公が僕の命を奪おうというのなら、それはかまわない。事情はどうあれそれだけのことをした
のだ。我がアルビオン王家は」
「わかってるじゃないか。あたしもびっくりだったよ。まさかエルフを匿っていただけで追放される
なんてね。幼かったからよくわかってなかったけど」
「……すまない。それだけしか言えん」
「いいさ。もう、それも消えるんだ。どうでもいいことだよ」
フーケはそういい、ゴーレムを歩ませた。
大きな足音が響き、巨体がウェー ルズたちに近づいてくる。

ゴーレムが大きな腕を回してきた。ウェールズは魔法で破壊。だが、肝心のフーケを捕らえる
ことはなかった。彼女は空を舞い、ウェールズを飛び越えてンドゥールに切迫し、顔面をぶん殴った。
それだけであっさりンドゥールは地面に転んだ。あまりの手ごたえのなさに、フーケは試しに床に
降り立ってみた。
何も起きなかった。
「大したタマだね。とっくに気絶してたんじゃないか。ま、こっちは借りを返すことができたからいいけどさ」
とんとん、と、彼女は自分の肩を叩いた。
「それで、貴公はこれからどうするのだ?」
ウェールズが彼女の背中に問いかけた。それだけで、攻撃を仕掛けはしない。
「さあねえ。また適当に日銭を稼ぐさ。目立たないように、ね」
「僕の命を狙わないのか?」
「だから、どうでもいいさ。あんたの命なんて。あたしはワルドに従わせられていたんだ。
レコン・キスタなんかに与したわけじゃないんだよ」
「そうか」
ウェールズは安心したようにそういい、地面に倒れたままでいるンドゥールに視線を向けた。
フーケもそうした。
「このままここにいたら、殺されるわね。こいつ」
「ああ。それは避けたい。約束した手前な。しかし、僕はこれから戦争に行かなければならない。そこで、だ」
「……」
「恥を忍んで頼む。マチルダ嬢、彼を逃がしてくれ」
マチルダはため息をついた。
やっぱりそうか、と、小さく呟いて手を出した。
「代金」
「なに?」
「だから、代金。こいつの命に見合う代物、渡しな。それで了承してあげるよ」
ウェールズは指輪を渡した。それは風のルビーがついた指輪だった。
「これでよろしいかな?」
「ま、いいでしょ。じゃあね、アルビオン」

キュルケたちはタバサのシルフィードに乗り、自分たちが出てきた穴を見つめていた。
いまだに数十分しか経っていないが、もう一日ほど待った気分だった。いつやってくるのか、
気が気でならなかった。
「出てきた」
タバサが言った。が、キュルケがその穴を見ると、一人ではなく二人であった。
「出迎えご苦労」
「フーケ!」
「それ偽名なんだけどね。まあいいや。ちょいとあんたたち、もっと端によりな。
あたしが乗れないじゃないか」
キュルケは杖を向けて唸った。
「なんであんたを乗せる必要があるのよ」
「いいのかい? こいつをここで殺っちまうよ?」
キュルケは黙った。抵抗したらそのとおりにされてしまうと思った。
「いい。キュルケ、寄って」
タバサにも促され、キュルケは渋々場所を開けた。そこにフーケはンドゥー ルを担いで飛んできた。
「あんた、レコン・キスタじゃないの?」
キュルケが尋ねると、首を横に振った。
「違うさ。あたしは単にワルドに協力を命じられてただけ。脱獄の恩と命を盾にね。恩はもう返したし、
このどさくさにまぎれて隠れさせてもらうよ」
「……皇太子は?」
「戦場にいったさ。やれやれ、馬鹿だよね。どいつもこいつも」
フーケはため息をつき、徐々に遠くなっていく大陸、アルビオンを見つめていた。
キュルケも口を閉じて同じ方向を見つめた。
この日、国が消えた。

男は夢を見た。ただひたすら落ちていく夢。そして自分自身が緩やかに消えていく夢。世界からいなくなる夢。
男はそのことに、なんとも思わなかった。こうなったことに対する後悔も、自分の未来に対する恐怖もなにもな
かった。漫然とその運命を受け入れていた。
考えることは一つだけ、己が敬愛する主人のことだった。その人物は誰よりも深く、大きく、美しい。自分を必要
だといってくれた人。大いなる『安心』を与えてくれた人。『恐怖』を教えてくれた人。男にとって彼が全て。だから
彼の損になるようなことをせず消えることができたのはよかった。
男は人生に『満足』し、耳を閉じた。そのとき、ぐい、と、腕を引っ張られた。まさか『あの方』とも思ったが即座に
否定した。なにしろその人物にとって自分など大勢いる部下の一人に過ぎない。では、この手を握るものは誰

なのか。
答えは、ゆっくりと『見え』だした。
少女だった。自分の胸ほどの背しかない、長髪の少女だった。
彼女は強く男の手を握っていた。
男は一体何が起こったのかわからなかった。ただ、自分が救われたのだということを理解した。肉体だけの話
ではなく、消えかけていた『忠誠心』をも救われたのだ。
男は感謝した。だが、少女は何も答えずに、ゆっくりと歩き出した。その先は安全など一つもない茨の道。
苦難と困難が待ち構え、隙あらば命を奪おうとしている。されど少女は、その道を突き進もうとした。その顔には
『恐怖』が滲んでいた。
男は救われた恩を返すため、少女を守った。苦難にも困難にも立ち向かっていった。しばらくして、男はあることに
気づいた。少女の顔からは『恐怖』が消えて『安心』があったのだ。
少女は手を強く握り、男を引っ張っていった。言葉はなにもなかったが、感謝は伝わった。
少女から必要とされていることを男は理解した。
男は少女に特別な感情は抱いていない。だが『安心』を与えられたことは、嬉しかった。


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