ゼロの奇妙な使い魔 まとめ

使い魔ファイト-14

最終更新:

匿名ユーザー

- view
だれでも歓迎! 編集
 朝起きて、まず一番にすべきことがある。
 顔を洗う? 伸びをする? あくびをかみ殺す? 水差しの水を飲む? 用足し? 違う違う。
 髪を梳く? 頬をはたく? ランニング? 意地汚くまどろむ? そうじゃないんだよね。
 着替える? それはちょっと近いかも。でも正確には違うかな。
 正解はまっさらなパンツを穿くこと。
 睡眠という束の間の快楽を髄の髄までむさぼるために、わたしは就寝時パンツ穿かない派を通している。標榜はしていない。こっそりと続けている。
 本来ならば、パンツを穿かないという行為は、メイジが杖を持たず戦場へ出るに等しい。
 手荷物が一つ減るわずかなメリットに対し、自分の命を実質捨てているという高すぎるリスクを伴うんだけど、寝る時ばっかりは別。
 どんな格好で寝てたって文句言われる筋合いは無いし、同衾するような相手がいたとしても、パンツが無くて恥ずかしいなんてことにはならない。
 すでに臥所を共にしている時点で見るべきものは全部見られてるだろうしねえへへへへへ。
 パンツという最強の防具かつ人間が持つ業の結晶ともいえる拘束具から解放されることにより、わたしはどこまでも深く深く潜っていく。
 現実では本来の自分を見せることができないわたしに唯一許された箱庭――夢――の中、わたしは楽しむ。
 時に○○○○○を×××××し、ほほほ、また時には□□□□□が△△△△で、むふっ、わたしとしては☆★☆★☆★☆★☆★……うっひっひっひ。
 そう、夢は楽しい。寝る前につらつらと妄想に浸ることはもっと楽しい。だからといって現実を疎かにしていい理由にはならないけどね。
 朝、目が覚めればパンツを穿く。その行為こそが現実への帰還、戻ってくる意思をあらわす。
 パンツ一枚隔てた先にはファンタジーがある。それでもわたしは現実へ帰る。強く雄雄しく生きるために。

 夢の世界を後にし、わたしは現実で戦う。走っても、風が吹いても、脚を上げても、見苦しいものが見える心配は無い。
 あ、パンツ自体が見苦しいとかそういうことはないからね。わたしに似合う可愛らしさと金糸一本一本に丁寧な仕上げがなされた装飾性、家常茶飯邪魔にならない機能性、これらパンツに要求される全てを備えたクィーンオブパンツ。
 キュルケ辺りに言わせればお子様パンツと言われるかもしれないけど、わたしに似合うという点で考えればやはりこれに落ち着くと思う。ちょっと悔しいけど、パンツの名誉のためにもわたしはそう思うんだったら。
 しっかりと洗濯され染みの一つもないそのパンツを……別に洗濯しなくたって染みはないけど、穿く。
 見事にジャストフィット。わたしのためだけに作られた芸術品ともいえるオーダー品を見て、パンツなんてただの布と言える人間がいるかしら。いるわけがないわよね。美しい物は美しい者にこそ相応しいってこと。
 自分の容姿を鏡で確認し、自信をつける。明晰な頭脳を抜きにすれば、数少ないわたしの自慢できるものだもんね。これなら現実とだって戦える。
 ちょっとポーズをつける。親指を噛んでみたり。四つんばいになって後ろを振り向く。両の腕で挟むようにして無い胸を強調。
「……何やってんのルイチュ」
 鏡の向こうにわたしを見つめる一組二つの眼があった。振り向けばそこには一人の女。
「……誰?」
「誰ってねェ。昨日の今日でもう忘れたっての。あんたの使い魔だってば」
「あ、グェスか。……あんた今の見てたの?」
「大丈夫大丈夫、ご主人様の恥になるようなことは誰にも言わないって」
 恥になるってことは理解してるのね。へえ。ふーん。ほお。くそっ。
 昨日寝た時はサイズが合わないにもほどがある寝巻きを着ていたはずだ。そりゃグェスは細身だし、ネグリジェはゆったりした作りになってるけど、いくらなんでもわたしのは無理がある。
 それでも本人は満足だったようで、サイズはギッチギチで膝小僧が隠れなくてもぐっすり寝ていた。
 でも今は昨日もらった古着を着ている。ってことは……わたしはいつから見られてたんだろう。
 問題ないよね? わたしの頭の中まで読まれたわけじゃないもんね? ね?

「ねえ、なんかアクセサリー的なモンない? できたらヘアバンド。この服じゃちょっとアレでさー」
 昨日と同様に、グェスは許可も無く引き出しやクローゼットを漁っている。
 この女は本当にもう余計なことばっかりで。こいつのせいで寝る前のおっぱい体操もできなかったし。背中と同じ胸になったらどう責任とってくれるのよ。
「あのねグェス。他人の部屋を勝手に探し回るってどういうことかしら?」
「気にしないでいいよ。昨日言ってたじゃん、使い魔とご主人様は一心同体って」
 ああ言えばこう言う。たしかに言ったけど。何か釈然としない。ま、別に見つかって困るようなものはないからいいけどね。
 男子達が楽しそうに語る失敗談でもっとも多く見られるものが「隠していた破廉恥な本を親ないしそれに近い誰かに見つかってしまった」というもの。
 だけどそれは自業自得。何のために、首の上にご大層な頭が乗っかっていると思っているんだか。
 わたしは違う。性的なものに興味を持ちながら、人に倍する、三倍、四倍、十倍もの煩悩を持ちながら、そのようなものを隠したりはしない。
 絵を見れば、脳裏に焼き付けた後で燃やす。本を読めば、一語残らず暗記してから燃やす。一流の犯罪者は証拠を残す愚を犯さない。頭脳という書庫があれば、いつでも引き出すことができるもの。
 バタフライ伯爵夫人の優雅な一日八十五頁では何が行われていたかと問われれば、主人公が夫の股間に顔を埋めながら昼間見た騎士のことを思っている場面だと即答できる。
 メイドの午後二百二十七頁では何が行われていたかと問われれば、主人のお仕置きと称する陵辱が最高潮に達し、ついにメイドの……。
「ねえルイチュ、これ何?」
 チェストの奥から取り出されたそれは、
「首輪よ。見て分からない?」

 朝の支度をしながらわたしは答えた。グェスは親指と人差し指でつまみ上げ、胡乱なものを見る目で首輪を眺めている。失礼な。
「何で首輪なんてあるのさ。ひょっとして」
「勘違いしないでよね。使い魔を召喚したらつけてみようかなって思ってただけ」
 これは本当。何か惹かれるものがあったのよね、使い魔に首輪って。
「ねえグェス。あんたアクセサリー探してたんでしょ。それ、どう?」
「それ……って首輪ァ?」
「ペット扱いするとかそういうのじゃないの。単なる装飾品としてどうかってこと」
 けっこう値段のはる品物だったのよね。革は綺麗になめされてるし、艶を殺した金属部分も格好いい。箪笥の肥しじゃもったいない。
「首輪ねえ」
 鏡の前で色々と試しているみたい。付属のチェーンをじゃらつかせたり、首輪をゆるゆるにしてつけてみたり。
 けっこう似合うように思えるけど、グェスはご不満なようだ。
 全身から立ち昇る、隠しきれないアウトローっぽさが強調されていいと思うんだけどな。
「これってさ。あたしよりもルイチュに似合うんじゃないかな」
「はあ?」
 何を言ってるのこいつは。

「わたしに似合うわけがないでしょ。そんなものをつけてる貴族なんて一人もいないわ」
「違う違う、そのギャップがいいんじゃない。清楚で可憐な貴族の美少女にゴツイ首輪って組み合わせがさ」
 うっ。そ、それは……イイ……かも。
「でもでも、お品が無いわよ」
「首輪なんてかわいいもんじゃない。あたしの頃は顔面にタトゥ入れたりインプラント埋めたりなんてのが当たり前。学生なんだからそれくらいやらなきゃ」
「そんな話聞いたことない」
 グェスはわたしの肩に手を回し、耳元で囁いた。
「ちょっとでいいからさ。試しにつけてみようよ。似合わなかったらやめればいいじゃん。ね」
「でも」
「ルイチュが首輪してるとこ見たいなー。かわいいだろうなー。キレイだろうなー」
「……ちょっとね。ちょっとだけだからね」
 強引に押し切られたふうを装いながら、わたしはちょっとだけ期待していた。
 期待と言い表せるほどはっきりしたものではなくて、露天で買った安っぽい宝石を指につける時みたいな、そんな感じ。
 えっと、ここをこうして、こう、かな。

 きっちり締めると鉄の感触が気持ち悪いし、圧迫感がある。かといって、緩く留めたらだらしなく見えそう。
 でも首輪にだらしないも何も無いか。鎖骨にかかるかかからないかくらいに垂らしてみた。ふむ。
 鏡の前でくるっと一周。ちょっと不敵な表情で決め。ふむふむ。
「か……カッワイイイイイイイイイ! とってもとっても! 予想以上にいいじゃないルイチュ!」
「そ、そう?」
「すごいわこの倒錯感! 小宇宙的な背徳性! 食べちゃいたいくらい! まさに一枚絵って感じ! ドジスン先生が涙流すわ! ネズミの着ぐるみ必要なし! アニメ化決定! お人形にして遊びたいィィィッ!」
 鳴り止まない拍手とよく分からない褒め言葉で讃えられて、正直ちょっといい気分。
 わたしの目から見ても似合っているように見えた。
 ブラウスの襟やマントで隠れるんじゃないかと思ってたけど、そんなものじゃ隠せない暴力的な存在感がある。
 でもそれがきちんと全体に溶け込んでいるのよね。わたしという素材のおかげってとこかしら。ふふん。

「さて、それじゃ朝ごはんね。お腹ぺこちゃん。行きましょルイチュ」
「えっ、こ、このまま行くの」
「ごはんの前に何かすることでもあるの?」
「そりゃ……その……あの」
 左見右見、戸惑うわたしに脱ぎ散らかされた衣類が目に入る。
「そうだ、洗濯はあんたがやってね」
「……ねえルイチュ」
 グェスの声が優しさを帯びた。この声、昨晩も聞いたような……。
「今まではあなたが洗濯物をしていたのよね」
「ええ」
「他の連中は使い魔にやらせているの?」
「してないけど……でも、でも、わたしは人間召喚したんだからそれくらいいいじゃない。下僕がいればそれくらいさせたっていいの。着替えの手伝いさせなかっただけ感謝してほしいくらいよ」
 グェスは微笑んだ。この微笑、昨晩も見たような……。
「あなたは貴族だけどまだ学生。洗濯一つにだって先生が込めた意味があるの」
「いや、でも」

「たしかに貴族はそんなことしないでしょう。平民がするべきことで、召使にやらせること。でも、だからこそ今やっておく意味があると思わない?」
 グェスはわたしを抱きしめた。この胸の感触、昨晩も味わったような……。
「この世の全てに敬意を持つこと。平民や貴族だけじゃない。豚肉の一切れ、小麦の一粒にも感謝を捧げること。自分のために失われた命があったことを忘れないこと。豚や小麦を育てた人を思うこと。これって大切だけどとても難しいことなのね」
「……」
「貴族だって平民がいなくては生きていけない。平民の苦労を知れば、自然と感謝の気持ちも湧いてくるわ。それでこそ筋を通すことができる。先生達もそれを学んでほしいの」
 ……そうよね。わたし達が面倒くさいと思ってやってることにも意味はあるのよね。
 筋を通す、か。なんか懐かしいな。昔誰かが言ってたような……まさか使い魔に教えられるとは思わなかったわ。
「ふん。何よ偉そうに。わたしだってそのくらい分かってるわよ。ちょっと言ってみただけじゃない」
「ありがとう、ルイチュ」
「御礼言われる筋合いなんかないって言ってんの! ほら、いつまでも抱き締めてないでさっさと行くわよ。あんた暑苦しいのよ」
 グェスを従えて部屋を出る。廊下に続く窓の一つ一つから、同じ形に朝日がこぼれていて、光の中では小さな埃がふわふわと踊っていた。
 いつもと同じく安っぽいだけの風景なんだけど、なんとなく神々しく見えるのはなんでだろ。これが感謝の心ってやつ?
 わたしは静謐な気持ちで廊下を歩いていたんだけれども、おかまいなしに首の飾りは揺れていて、その重量がわたしの心を現実に呼び戻した。

「そうだ。これ、外さなきゃ」
「大丈夫だって、似合ってるもん。おどおどしてるとかえっておかしく見えるよ。堂々としてれば大丈夫」
 そういうもんかな。いいのかな、これで。
「ほら、あの子こっち見てるよ。かわいいから驚いてるのね、きっと」
 そう言われるとそんな気もしてくるなあ。洗濯の負い目も無いわけじゃないし、グェスの顔を立ててやりますかね。
 背中で鎖をじゃらつかせ、わたしは歩く。
「ねえルイチュ。この鎖の端、持っててもいい?」
「は? なんで?」
「もしはぐれたりしたら困るじゃない。昨日来たばかりのとこで一人なんて考えたくもない」
「仕方の無い使い魔ね。本当頼りにならないんだから」
 後ろの鎖をグェスに持たせ、わたし達は食堂へと入る。
 みんな注目してるみたいね。平民の使い魔が珍しいってわけでもないみたい。わたし見てるし。
 アクセサリー一つでここまでわたしを見る目が変わるとはねぇ。しょせんは見た目なのかしら。
 マリコルヌうつむいてる。こっち見なさいよこっち。
 キュルケもびっくりしてる。眼鏡の顔は変わってないけど、内心ではきっと驚いてるに違いない。
 くふふふふふ、皆わたしにあてられちゃったみたいね。今年のルイズちゃんは一味違うのよ。

「なあ」
「なんだよ」
「ゼロのルイズがあの女を召喚したんだよな? あの女がゼロのルイズ召喚したわけじゃないんだよな?」
「たぶん」
「じゃあ、あれ何だ。あの犬の散歩みたいなのは」
「さあ。そういう趣味なんじゃないの」


タグ:

+ タグ編集
  • タグ:

このサイトはreCAPTCHAによって保護されており、Googleの プライバシーポリシー利用規約 が適用されます。

記事メニュー
目安箱バナー