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■登場する国々・地名

Flandre(フランドル)王国(神聖フランドル帝国)

 フランドルという地名は、無論実在するフランドルから採られているのだろう。現ベルギーとフランスの国境付近の地方名で、日本人にはフランダースと言った方が通りがよい。皮肉にも、ジャンヌ=ダルク以前からイギリスの影響が色濃く、英仏が百年も戦争を続ける火種になる土地であった。

 単に地名だけで国家勢力を考えるなら、フランドル王国は現ベルギーか北部フランス程度の小国家になるが、東のプロイツェン、南のLonbardo(ロンバルド)、西のCastilla(カスティリヤ)を次々と攻略したところを見ると、まず最初の段階で現フランス程度の国土を保有していたと見るべきである。

 フランドル王国がカスティリヤ王国に攻め入ったとき、フランドル暦は182年だ(既にプロイツェン、ロンバルドは滅ぼされている)。
  その後、神聖フランドル帝国を号して、ブリタニアへの渡海攻撃を開始。このときの旧フランドル暦が不明なので、何年周期での戦争かは解らない。とにかく、皇帝・聖キルデベルト6世一代の事業なので、何十年とは考えづらい。
 我々の知る歴史上の覇王を見ていると、ヨーロッパは一度英雄が攻略を始めると、わりとサクサク領土が広がっているようだから、十年以内の話かも知れない。かなりのハイペースである。

 ところで、何故キルデベルト6世は、自ら皇帝を名乗ったのだろうか。
 ひとつは、無論その勢力の急速な拡大が挙げられる。
 この大成功も、アルヴァレスという戦争の天才を麾下に収めたというタナボタ僥倖なのだが、王はそれを自らの才腕と錯覚し、誇大妄想にでもとりつかれたのかも知れない。
 余こそは神! 聖キルデベルトである! ――とばかりに舞い上がっている暴君の姿が目に浮かぶ。
 
 もうひとつは、地理的な問題である。
 もしこの<ガリア>の前史、地理が、我々の世界のそれと似通っているのならば、ローマ半島が存在し、そこには世界的な宗教の総本山がある。緩衝地であるロンバルドを征服したことで、フランドル王国は、その宗教の庇護者たる地位を手に入れ、神聖権と融合できる機会を得たのかもしれない。
  つまり彼は神聖帝国を自号したのではなく、教皇によって神聖皇帝に戴冠された、という宗教的な儀式を経ている可能性もあるわけだ。現実のヨーロッパ史においても、教会を保護した王者が神聖帝国の号を赦される例は多い。

  神聖フランドル帝国は、しかしそう名乗って早々に、覇道の最終階段から一挙に転げ落ちる。
 たった一つの切り札を敵国に奪われ、たちまちに急ごしらえの支国に叛され、おそらく旧領土の防衛さえもおぼつかなくなったのだろう。アルヴァレスを失った4年後には、屈辱的な講話会談を行わねばならなかった。
 その席上、この世で最も恐るべき敵将アルヴァレスが暗殺され、ふたたび状況は変わる。
 この暗殺劇のあと、ブリタニアの女王は無事に 脱出できたのだろうか。戦乱の世は、この後五年も続き、多くの血と涙を贄に求めたというのだから。

 最終的に、神聖フランドル帝国の版図がどの程度のラインで落ち着いたかは、定かではない。



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