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■聖戦2 -グラスミアの戦い-  ブリタニア暦627年

「邪教の使徒は根絶やしにしろ 眼を背けるなこれが“聖戦”だ」

………………

 
 パーシファル率いるブリタニア軍第四騎士団は、カンタベリー平原で神聖フランドル帝国軍の第一陣を迎撃。
 続いて投入された第二陣も、おそらくは彼ら「薔薇の騎士団」の驍勇に阻まれ、快進撃といえるほどの戦果をあげることなく、足踏み状態であったに違いない。
 そこで、神聖フランドル帝国は、さらにこの年の内に、第三陣をブリタニア戦線へ投入する。
 第三陣の指揮官は、常勝の天才、<ベルガ人の死神> アルヴァレスであった。

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 さて。
 地図を見れば一目瞭然だが、明らかに深入りしすぎである。
 別軍を率いて敵軍の後背を衝く、という戦記物おなじみの作戦だが、アルヴァレスら第三陣が上陸したWhiteheaven(ホワイトへブン)は、イングランド北西部、湖水地方のはしっこにある。
  日本的な距離感で言えば、両軍が関門海峡でにらみ合っている最中、金沢あたりに突如上陸したようなものであり、歩調を合わせての分進合撃とは言い難い。
「敵陣の背後を衝く」という表現がされている以上、ランカスター城塞あたりが敵防衛線の最終拠点なのだろうが、やはり前線からは相当距離があると見た方がよいだろう。
 かつて 五千の兵力で一国を覆滅せしめた実績があるだけに、アルヴァレスには単独でもブリタニア王国を制圧するだけの自信があったのだろうか。念願のベルガ独立を目前に、いささか功を焦っているきらいもある。
 彼にとっては勝算ある進軍であったのだろうが、グラスミア近辺の湖水地方は、大小数百の湖沼が広がる広大な地で、現在は丸ごと国立公園に指定されている風光明媚な観光地だ。
 その光景は美しいが、地理に不案内な異国の軍隊にとって、これほど戦いづらい地形は無かろう。


……


 先ほど言ったように、アルヴァレス軍は南北に長いブリテン島の南端から、北部といってよい地点まで一挙に到達してしまっている。
 第一陣、第二陣の活躍により、フランドルの占領地がどんどん北上しているにしても、ブリテン島の半ばまでを制圧しているとは考えづらく、第三陣は文字通り孤軍となって海路を邁進したに違いない。となると、ブリテンの中部近海の制海権も神聖フランドル帝国が掌握しているはずであり、かれらの陸海両軍の充実ぶりが伺える話だ。 地中海はともかく、北海まで制圧しているというのは意外だが、もともとフランドルは臨海国家であり、海軍力は豊富なのだろう。

 ホワイトヘブンに上陸したアルヴァレス軍は、さっそく進撃を開始。グラスミア地方近在の村落を強掠しつつ、敵の軍事拠点を目指す。
 「グラスミアの戦い」 などと銘打たれているが、軍団同士の戦闘というよりは、狩猟のような虐殺行であったのだろう。

 ――しかし、ここに歴史の奇跡がおこる。
 彼らが最初に襲ったのは、おそらく何ということもない山村であったに違いない。
 驟雨のような火矢が、湖水地方の牧歌的な村落を焼き払い、慌てて飛び出してきた「邪教徒」の女、子供が次々と射殺され、斬り下げられ、犯され、ズタズタに殺されてゆく。
  そんな「聖戦」の見慣れた光景のなか、たまたま指揮官のアルヴァレスが目撃した瞬間が、彼の内に眠る強烈な既視感を呼び起こした。
 それは、逃げ遅れ、火矢を射掛けられた一人の娘が、まさに馬上の騎士によって一刀両断されようという瞬間だった。
 アルヴァレスは咄嗟に飛び出して、その娘を護ってしまう。
 このとき彼を動かしたのは、彼の故国ベルガ滅亡の光景であり、もっと言えば、彼と将来の約束を交わした娘が殺される、その瞬間の光景であったかもしれない。
 
 その娘を庇ったことで、アルヴァレスは軍から遁げねばならなかった。
 気まぐれに娘一人を庇った程度のことで、アルヴァレスほどの武功の士が脱走せねばならぬとは一見不思議な話だが、それほど彼の立場は微妙であったに違いなく、アルヴァレス自身、相当に嫌気がさしていたのだろう。
 そもそもプロイツェンの有力な騎士であるゲーフェンバウアーが、彼の挺身隊とも言える第三陣麾下にいるのがキナ臭い話で、アルヴァレスも薄々身辺の黒い影に気づいていたかも知れない。
 
 さて、奇跡というのはそのことではない。
 彼が「たまたま」襲った村落で、「偶然」目にした光景が昔の感傷を揺り起こし、「咄嗟に」庇ってしまった娘が、実はこのアヴァロン朝ブリタニア王国の女王、“至上の薔薇”ローザ・ギネ・アヴァロンだった、という驚くべき事実。
 まさに偶然がいくつも重なって出現した「奇跡」。
 これが「黒の予言書」の肯定する「運命」なのか。

  今日の日本では、こういう現象をさしてご都合主義と呼ぶ。あるいは書の意思の儘にというところか。

………
……

 ウィンダミアの湖畔で、自らの正体を明かした女王は、ごく軽い調子でアルヴァレスの亡命を受け入れる事を約束し、そればかりでなく自ら名前を与えている。
 あくまでも冗談めかしているが、これは王が騎士に剣を与えるのに似て、一種の儀式ともいえる光景である。事実これから3年あまり、アルベルジュはアーベルジュとなり、「薔薇の騎士団」の一員として若き女王に忠誠を尽くすのである。
 そして二人はアルヴァレスの白馬に乗って、Tristram(トリストラム)騎士団長率いる第六騎士団が衛る地
Lancaster(ランカスター)へと急ぐ…

 ――と、地理をよく観察すると、この女王も逃げすぎである。
 アルヴァレスの突飛ともいえる中入れ作戦のときも触れたが、この地グラスミアは、ほとんどイングランド最北端といってよい地方であり、ここより北はいわゆる「ハドリアヌスの壁」で分かたれた別世界だ。
 むろん、この<ガリア>にそんな線引きがあるかどうかはともかくとして、とにかくアヴァロン朝の勢力圏の北端に近い地点であるには違いない。
 そもそも彼らが目指すランカスター城は、ウィンダミア湖よりさらに南にある。ということは、女王はランカスター城を通過して北上を続けていたということであり、そのまま本気で塞外まで落ち延びるつもりであったのだろうか。


 …ところで、気になるのは、主将を失った帝国軍第三陣だ。
 素直に南下するアルヴァレスと女王を放っておいて、どちら方面へ攻め入っているのだろうか。彼らは友軍と連絡の取りようのない地点にぽつんと上陸しているのだ。ゲーフェンバウアーらにまともな感覚が残っているなら、とっとと引き返した方が無難であろう。
 
 ……
 … 

※余談だが、ウィンダミア湖は湖水地方一の大きな湖で、ポターの「ピーターラビット」の舞台でもある。そして何よりも、アーサー・ランサム全集(絶版。児童書だが一読の価値あり。たいていの図書館に並んでいる)の舞台のモデルと言われている。
 

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