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長門有希の暴走:長門編

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hiroki2008

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長門有希の暴走

長門編:


最近デートしてないと気が付いたのは、部長氏が久しぶりに電話をかけてきてからだった。
部長氏は国立に進学することになったので塾通いをはじめたらしい。
僕はそんなに学力高くないからたいへんなんだよ、と苦笑した。
さらに部活の機材調達のためにアルバイトもしており、週末でもなかなか時間がとれないことが続いていた。
二人とも野暮用で忙しく、なかなかタイミングが合わない。

「有希、クリスマスにはうちに来ないか。家族に会わせたいんだ」
部長氏は突然家族に会わせるという。なにが目的なのか。
「・・・その日はSOS団の予定がある」すでにSOS団主催のキリスト生誕を祝う催しが決まっていた。
「そうなのか。残念だな。じゃあ年が明けるまでに、時間作って会おう」
「・・・分かった」

わたしには家族の絆というものがない。朝倉涼子と喜緑江美里は、友人であり、肩書きは同僚でしかない。
家族とはいったいどういう付き合いをするのか、わたしには分からなかった。

その週末にも、少しでもいいから会おうと誘われていたのだが、
SOS団の食料及び催し用資材の仕入れに呼ばれてしまった。

ところが買い物しているところを部長氏と遭遇してしまったのだ。

ちょうどクリスマスグッズ売り場で飾り付けの品定めをしていた。
「長門、あれコンピ研の部長氏じゃないか?」振り向くと彼の向こうに部長氏がいた。
「・・・」
部長氏はわたしと彼とを交互に見て、プイと顔をそらして歩み去ってしまった。
「なんだあれ・・・愛想悪いな」
実は彼はわたしと部長氏の関係を知らない。

これは悪いことが起きる予感がする。

その日の夜、部長氏から電話がかかってきた。
「昼間のあれ、どういうことなのかな?」
「・・・何を指して質問しているのか分からない」
「昼間、彼といたことだよ」
「あれはSOS団の買出しに出かけていた」
「へえ。なんで彼なんだ?涼宮ハルヒとか朝比奈さんとかでもよかったじゃないか」
「彼と同行したのは涼宮ハルヒの命令。特別な意味はない」
「僕よりそっちのほうが大事なんだ」
「・・・そうではない」
「僕がクリスマスに誘っても断ったじゃないか」
「あれはしょうがない。先に予定が決まっていた」
「僕との時間は取れないってわけかい?」
「・・・」
わたしはつい、ため息を漏らしてしまった。
「なんだいそのため息は。僕が悪いのか?」
「少しうんざりしている。わたしにはわたしの都合もある」
「そうかい、じゃあこれまでだね!」
部長氏は怒って電話を切った。鼓膜がツンとした。
「・・・」
かけなおしたが、電源を切っているか電波が届かないか、らしい。

遠隔操作で強制的に電源を入れさせてかけてみた。
「電源切ってたはずなのに!キミとは今話したくないんだよ!」
逆効果だった。こんなことで情報操作をするとは、わたしもどうかしている。

わたしには優先しなければならない任務がある。
観察対象である涼宮ハルヒにあらぬ情緒不安定を引き起こしてはならない。
部長氏にそれを打ち明けられたらどんなにか楽だろう。

一度正体を明かしてしまったため情報操作をやむなくされた。
部長氏の記憶すら改竄せざるをえない結果となった。
なるべくなら、それは避けたい。

あの一件以来、禁則事項の厳守を徹底させられている。
不必要な情報操作は控えるよう、情報統合思念体により釘を刺された。

部長氏も疲れていて機嫌が悪いだけだろう。しばらくそっとしておくのがいいかもしれない。
そう思っていたのだが、考えが甘かった。すぐにでも出かけていって和解するべきだったのだが。

それから数日間、部長氏から連絡はなかった。
わたしも彼が落ち着くのをしばらく待とうと考え、コンピ研部室には行かなかった。
壁一枚向こうで、彼はいったいどんな気持ちでいるのだろう。

週末、図書館に本を返しに行った。
部長氏に見られると関係悪化につながると考え、最近はひとりで行動している。

その帰り、図書館の隣の棟にある百貨店に入った。
ここの4階にある書店はかなり広い。新刊はいつもここで買っている。

2階の駅通路に向かおうと、下りのエスカレータに乗ったところで知った顔に遭遇した。部長氏だった。
後ろに知らない女がいる。これはいったい、誰。

そのときわたしは不可解な行動を取った。
なにか見てはいけないものを見てしまったような気がして、うつむいてしまった。
部長氏は気が付いたようだった。声をかけられなかった。
昇りと下りのエスカレータがすれ違う時間を不思議と長く感じた。

エスカレータを降りた後、部長氏の行方を調べた。いちばん上にある喫茶店に入ったようだった。
そこでなにを話しているのか気になっている自分に気が付いた。

わたしはいったい、なにをコソコソしているのだろう。



その夜、わたしはこたつに座ってじっと電話を待った。ちょうど9時を過ぎたところで鳴った。
わたしの活性化指数が急速に上昇する。
「・・・長門有希の携帯」
「僕だけど、ちょっと話したいことがあるんだけど。今、いいかな」
「いい」
「言い出しにくくてずいぶん迷った。しばらく距離を置きたいんだ」
「あなたの家とは5キロメートルほど離れているが、その距離のことか」
「いやそうじゃなくて、僕らの精神的な距離」
「・・・曖昧でよく分からない。具体的に言ってほしい」
「つまり、」部長氏は言いあぐねている様子だった。

「付き合っている関係をしばらく休みたい」
一瞬だけ、思考が停止した。「そう・・・」

「あなたがそう言うなら、それでいい」
「ほんとに?僕はてっきり泣いて責めたてられるとばかり思っていた」
「・・・ひとつだけ、教えて」
「何?」部長氏は焦っている。
「・・・今日、後ろにいた人は誰」
「あ、あれは・・・同じクラスの子で、前からいろいろ相談に載ってもらってた人で、
 ただの友達というか。なんでもないんだ」
そういうことか。わたしがいくら恋愛に疎くてもそれくらいは分かる。

「分かった。関係を解消する」
「あっさりしているね・・・」
「あなたが望まないなら関係は継続できない」

それから何を話したか、エラーの蓄積に追われて覚えていない。



「・・・問題ない。なにも問題ない」
それが最近のわたしの口癖になった。まるでマントラを唱えるように。

その日、英語の授業の時間、途中で思考停止に陥った。
わたしは英語の小論文を読んでいるはずだった。
「長門さん?どうしたの?」教師の声がした。
「・・・」わたしは今なにをしているのか、どこにいるのか。確認のため記憶を数秒まき戻した。
「・・・問題ない。なにも問題ない」
「じゃあ続きを読んでもらえる?」
どこまで読んだのかまったく覚えていない。こんなことが・・・。

体育の時間、障害走でハードルを飛んでいた。
視角の端、グラウンドの水飲み場に部長氏の姿が目に入った。
わたしは顔から転んでしまった。男子生徒が笑っている。
なにもおかしいことはない。着地時の摩擦係数を計算ミスしただけだ。
再計算にミスはないはず。わたしは起き直り、被った土も払わずに走った。

次の授業の前にわたしは具合が悪いと言って保健室に行った。校医がいた。
頭痛がするのでしばらく休ませてほしいと言うと、頭痛薬あげようかと言った。
わたしは薬物反応が出るから処方薬しか飲めないと断った。人間の薬はわたしにはまず、効かない。
ここでしばらく寝ていよう。

わたしは記憶を再チェックした。チェックサムエラーが多く発生している。
ここ数ヶ月のうち特定の個所だけにエラー源が集中している。部長氏との記憶が著しく損傷していた。

これはいったい、なぜ。

関係は解消した。ただそれだけのはずだった。メモリに支障を来たすはずはない。
エラーを消去できない。蓄積が幾何級数的に増えつづけた。

喜緑江美里に連絡した。
「大丈夫?」
「・・・問題ない。綿密なセルフテストを行いたいだけ」
「そう・・・できることがあったら何でも言ってね」
喜緑江美里にわたしのシンボリックコピーを用意してもらい、SOS団にはそっちを出頭させた。
リモートで監視してもらうことにした。

体が重い。わたしはそのまま帰宅した。エラーがエラーを生み、動作に影響が出ている。



部長氏との関係を再考した。いったい何が原因だったのか。

わたしは人間のように複雑な感情を出力することができない。それがわたしの仕様。
部長氏はときどき感情を吐露することがあった。「キミが僕と付き合っていて楽しいのかどうか不安になるよ」
確かに一般の人間の男女のような関係ではなかった。でもうまくいっていると思っていた。少なくともわたしは。

情報生命体時代にはすべてが計算するだけで解決できた。
すべての情報は共有され、誰かが犯した同じ過ちを二度目に繰り返す者はいなかった。
しかしこの状況は、過去の記憶をたどっても前例がない。参考にする資料もない。

朝倉涼子がいたら、きっと朝倉涼子なら、彼女ならアドバイスをくれただろう。

「長門さん、大丈夫?」朝倉涼子の声がした。
ありえない。振り返っても誰もいない。
これはいったい、何。ヒューマノイドインターフェイスには妄想など存在しない。

わたしは、朝倉涼子に会いたかった。



その夜、わたしは夢を見た。

「ほんとはキョン君のこと好きなんでしょ。分かってるんだから」

朝倉涼子が言った、この言葉が何度もエコーを繰り返す。
彼女は正しい。わたしは彼に特別な感情を持っていた。だがそれは任務を遂行する上で障害となる。
彼に感情を寄せることは涼宮ハルヒの情緒不安定を誘発しかねない。それは許されないこと。

わたしは自我を消し、コンピ研部長と特別な関係になることを望んだ。
部長氏はそれに応えてくれた。やさしかった。支えになってくれた。

それを失った今、わたしの何かが崩壊しはじめる。

部長氏に会って謝りたい。いや、謝ってももう許してくれはしまい。
許してくれなくても気持ちは通じるはず。いや、壊れてしまったものは修復できない。
朝倉涼子に会いたい。いや、もうこの地球には存在しない。
死んだわけじゃない、会えるはず。いや、わたしの手によって消滅した。

この中途半端な願望の奔流はわたしを翻弄した。
わたしには、この大量の感情を情報として処理する能力がない。
それならばいっそ、わたしは人間として存在するほうが楽なのではないか。
人の脳のほうが苦しみに耐える造りになっているのではないか。

この苦しみから開放されるなら、なんでもする。たとえ情報統合思念体を消し去ろうとも。
宇宙を作り変えてしまおうとも。

わたしがもし、人間だったなら。コンマ2秒、わたしはシナリオを書いてシミュレーションした。
この宇宙を改変した結果起こりうる事変を、10年先まで計算しはじめた。
もう、止められなかった。

そしてわたしは、今、やっと理解した。3年前の7月7日、あの日にあったことを。
今日この日のわたしがなぜエラーの蓄積を止められなかったのかを。



午前4時18分。北高正門前。ここで閉鎖空間が発生する。
彼と朝比奈みくるから情報を得ていたわたしは、この時間と場所を知っていた。

軽い衝撃とともに異空間が広がった。わたしには空間内部が見える。

青く光る神人が周辺の建物を破壊していた。
「・・・美しい」
わたしはそう呟いていた。

わたしは閉鎖空間に向かって呪文を唱えた。
情報統合思念体が消えた。涼宮ハルヒの属性情報を書き換えた。
SOS団、北高の生徒全員、それから周辺の歴史を書き換えた。

世界のすべてを変えてしまおう。それで楽になる。結果がどうなろうとわたしの知ったことではない。
そのとき、わたしは怒りという感情を知った。なにもかもが嫌いだった。
この宇宙も、情報統合思念体も、SOS団も、涼宮ハルヒも。
暴れ狂う神人は、まるでわたしの感情を表しているようだ。

この詠唱を終えたとき、向こう側が通常空間になり、こちら側は存在しなくなる。
わたしは、涼宮ハルヒの思念エネルギーを利用して宇宙を入れ替えた。

ついに宇宙は裏返った。ただひとり、彼の記憶を除いて。



ここから先に起こったことは、わたしの記憶にはない。
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