nomad

長門有希の日記Ⅰ

最終更新:

hiroki2008

- view
管理者のみ編集可
長門有希の日記Ⅰ



学校から帰った。涼宮ハルヒおよびSOS団の動向に特に異常は認められなかった。今日も安泰。

マンションに入る。エレベータには誰も乗っていない。
わたしの部屋の様子がいつもと違う。
赤外線で見る。わずかながらドアから放熱している。
壁の向こうの熱光学反応を見る。台所付近に通常は存在しない粒子が漂っているのを確認。

用心深くドアを開ける。先ほどの粒子がわたしを包む。
誰も潜んでいる様子はないが、可視光と赤外線を切り替えながら廊下を進む。

台所を中心に室温が三度上昇している。
空気振動から察するに排気ダクトは機能しているようだ。

台所の壁を透視する。誰もいない。
意を決して中に入る。

「・・・」
IHクッキングヒーターに鍋が置かれてあった。まだ熱い。フタを取る。中身は・・・カレー。
これは・・・いったい誰が作成したのか。貝杓子を取って味をみる。

「ひとつひとつの具の切り方があまい」
わたしは分析を続けた。
「肉の炒め具合も香辛料の量もあまい。だからわたしに気づかれる」

気配を感じて振り向くと後ろで朝倉涼子が絶句していた。「・・・」

喜緑江美里が応える「な・・長門さん、そのカレー朝倉さんが作ったのよ」
朝倉涼子は目頭を押さえて走り出した。「あんまりだわっ」

うかつ。

「長門さん、あんな言い方よくありませんわ。追いかけて謝ってらっしゃい」
喜緑江美里が言う。言われなくてもそうする。

マンションを出た。
GPSで朝倉涼子の現在地を確認。衛星がひとつ軌道位置からずれている。NASAに連絡しなくては。

朝倉涼子は駅前の公園にいた。まるで探してくれと言わんばかり。

朝倉涼子は公園のベンチに座ってうつむいていた。近寄っても顔をあげようとしない。
「・・・すまない」わたしは謝った。
「いいわよ。どうせわたしの作るカレーなんてその程度のものよ」
「・・・すまない」わたしはもう一度謝った。
「わたしはここ数日カレーのレシピの研究に多大な時間を割いていた。
 その結果他人の作る料理を分析するという悪い習慣を身に付けてしまった。
 先ほどの言動は、不本意」
「そんなことはどうでもいいわ。わたしだって料理してみたいのよ。
 誰かに食べてもらって、おいしいって言われたいのよ」

「・・・」要点が分からないので待つ。

「あなたは知らないでしょうけど、急進派ではね、いつもトップでないとだめなのよ。
 ミスをしないかといつも見張られていて、誰かに足を引っ張られないかとビクビクしてる。
 だからわたしは他人を思いやる気持ちをなかなか持てなかった。
 地球に来て、それが大切なんだと知った」

わたしは朝倉涼子の隣に座った。

「わたしはね、誰かが喜ぶ顔が見たいだけなのよ。それがどう?
 教室ではいつも優等生でいなくちゃならない。
 涼宮ハルヒは目を合わそうともしない。SOS団には妙な結束が出来て中に入りこめない」

朝倉涼子は、人間で言うところの、いわゆる長女なのだ。
皆から尊敬されうらやましがられる存在でなければならない。
間違いを犯してはいけない。そんな暗黙の空気が彼女の生活圏を包んでいる。

「泣いても・・・いい」
わたしは朝倉涼子の肩を抱いた。
「ありがとう」
でも朝倉涼子は泣かなかった。強がりはオリジナルの個性のようだ。
「あなたの作ったカレーが食べたい」わたしは言った。

朝倉涼子はまだ離れない。気温が下がってきた。わたしは少しだけ体温を上げた。

                                     END
記事メニュー
目安箱バナー