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涼宮ハルヒの経営Ⅱメイキング

最終更新:

hiroki2008

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涼宮ハルヒの経営Ⅱメイキング


執筆など概要

着想について

 イギリス人にはあらかじめお詫びしておきたい。テーマとして取り上げたイングランド王家と貴族の歴史だが、実際の歴史をいいとこ取りして切り貼りしたのが今回の話になっている。12世紀を舞台にしているが、街の大きさ、建材、住民の生活の様子などは1世紀違えば全く別ものであり、正しい史実に基づいていない。ギャグキャラに転用したリチャード1世は、現代では英雄として親しまれている。西洋史をこれから勉強する学生諸君は、これは都合よく改ざんされたフィクションなので改変前の正しい歴史を学習するように。

 プロットの書き始めは2007年10月になっている。約11年の年月を経て日の目を見たわけだが、きっかけは経営Ⅰのエピローグで長門さんが言っているとおり、仮説2でジョンスミスのところへ必ず戻ってくるというみくるの約束を果たすために、設定をやりなおして仔細を書き直したのが本作である。

 聞きかじりではリアリティに欠けるので、史実を元に資料を作成するところからはじめた。中世ヨーロッパの農村、城の様子、裁判制度、ジョン欠地王史。そのほか妊娠と出産など。

時系列について

 プロローグの語り手と本編のキョンは別人である。なんでこういうややこしい構成になったかというとだな、元々この話は経営Ⅰの仮説29“涼宮ハルヒの伝承”としてプロットを書き始めたもので、経営Ⅱの書名は現在プロット進行中の経営Ⅲが当てられるはずだった。つまりネトゲ開発のネタは経営Ⅲの伏線である。経営ⅠからⅢ、長門有希の憂鬱Ⅳは同じ時期になっている。時間軸的にありえない重複が発生しており、著者二人とももう時間の重複世界ってことでいいやみたいな諦めの境地だ。

 様々な背景を背負った人物がそれぞれ語るという設定は小説ハイペリオンでも用いられているが、カンタベリー物語の始まり方である。

文章量について

 当初は各80キロバイト程度の三部構成を予定していた。第一部が200キロバイトを超えた時点で、ああやっぱり前と同じパターンになんのかと諦めて、持てるネタをすべて突っ込んでしまえということになり、UTF8で1.8Mバイトまで膨れ上がった。SHIFT-JIS換算だと1.5M程度になる。
 章立ては本文執筆が終わってから行い、1章あたり平均40Kバイトで区切った。テーマとあまり関係ないネタ、入れるのを忘れていたネタやどこに突っ込めばいいのか分からくて使わなかったネタなどもあって、もはや加筆すらできない状態である。

 各部の見出しは最初なかったが、カクヨムに掲載したとき数字が並んでいるだけではなんとなく寂しかったので途中で割り当てた。

  1. 長門有希の転生 291Kbytes
  2. 涼宮ハルヒの伝承 347Kbytes
  3. 朝比奈みくるの策謀 433Kbytes
  4. 朝比奈みくるの覚醒 438Kbytes
  5. 朝比奈みくるの逆説 311Kbytes

共著について

 どうやって二人で書いているのかとたまに聞かれるのだが、今回は経営Ⅰ仮説2のリメイクと最初から決まっていたので方向性を決めるのは楽だった。
 過去のSSではハルヒに絡んだ難題を解決するラストシーンやゴールから着想をはじめ、互いにアイデアを持ち寄るようにしていた。プロットは骨組みを作るというより小さな断片を積み重ねていくのに近い。原稿執筆は部ごとに担当し、推敲はそれぞれ二人でやり、nomadが文字校正をやっている。キャラクタのアイデンテティなど常に共有しておかなければいけない情報が必要なので、最初に資料を作るところからはじめている。

日付について

 本編には特定の日付については何も書いてないが、史実に従って固定されている日付は1191月7月12日アッコン陥落と、10月1日ヘンリー3世の誕生日である。ジャンとみくるの結婚式は4月頃のはずだったが、ヘンリーが生まれるまでの10ヶ月を確保するために前年11月に前倒しした。実際は氷雨が降る季節である。

リチャード一世の正しい歴史:
1190年6月 メッシーナに到着
1191年 リチャードとフィリップ2世が海路でパレスチナに到着。途中でキプロスと戦う
1191年4月 フィリップがアッコンを包囲、6月にリチャード軍が参加
1191年7月 アッコン陥落、レオポルトが離脱
1191年7月末 フィリップが離脱
1191年8月20日 リチャード、捕虜2700人を処刑
1191年9月7日 アルスーフの戦い
1191年9月15日 アスカロン、ヤッフォ港が陥落
1192年1月 エルサレムへ進軍
1192年7月 ヤッフォ港でサラハディーン反撃
1192年7月31日 サラハディーン敗退
1192年9月2日 休戦協定
1192年9月末 リチャード帰国開始
1193年1月 リチャード監禁される
1194年3月 レオポルトから解放される

 ハルヒ達が落ちてきたのがキョンより半年遅れているのは、最初のプロットでは三年間の遅れで書いていた。第二部古泉の一人語りの冒頭で「事の発端は三年前」というセリフを言わせたかったのだが、キョンなしでハルヒ達の行動を3年分編み出すのは無理があるのと、時系列が領主裁判と決闘裁判のスケジュールに従っているために半年間にしかならなかった。すべての時系列が確定したのは五部を書き終えた後で、「事の発端は八百年後」に修正された。


プロットについて

第一部 銀河系シミュレータの製作~長門有希の召喚


 長門さんが作っているアナログ銀河時計は、アイス・アイジングというオランダにあるアナログのリアル太陽系時計が元ネタになっている。英文の資料がないので、実物を見たい人は「Eise Eisinga」「Koninklijk Eise Eisinga」「Planetorium Franeker」この辺を検索してほしい。ハルヒが唱えているラテン語の祈祷は“天にまします我らが父よ、父と子と聖霊の聖名において”のみ。

Koninklijk Planetarium Eise Eisinga
https://www.youtube.com/watch?v=WJomaZsveNU

 幻冬舎の「ミステリーの書き方」という本を読んでいて、主人公には冒頭からコンフリクトを与えてそれを解決する過程を構成するといいと書いてあったので、キョンが災難に遭うシーンから書いている。たぶん今後もこのパターンが出てくると思う。

 翻訳こんにゃくを飲むまでは、キョンとほかのキャラの会話が成立しないというのがまずもっての難問だった。映画やテレビドラマなどで異星人とのコンタクトになぜか英語しゃべってるのがどうも安易すぎると常々思っていて、それを無理矢理に解決させるためにこういう設定になっている。日本語の文章中でどうやって英文を表現するかという点はかなり無理があったかもしれない。

 キョンのコスプレは一部を修道士にして二部では吟遊詩人にしようかとも考えていたのだが、用意した資料が修道士のほうが多くて、結局リュートだけ持たせて詩人はやめた。

 修道院の様子は映画「薔薇の名前」を参考にし、一日のスケジュールについては現代のシトー会系女子修道院の資料を参考にした。見習い修道士(修練士)になるための儀式は、ラテン語による実際の映像がYoutubeにある。イギリスの修道院は15世紀ごろ起こった宗教改革で解散させられていて現在はないらしい。ルーテル派の一部で残っているとかいう話だ。

第二部 ハルヒとの再会~決闘裁判

 古泉視点のキョン一人称語り手というトリッキーな構成になっている。ところどころで意図的にぶっ壊している。

 最初、ハルヒ達が降ってきた地点は秋吉台のようなカルスト地形として表現していた。イングランドでカルストというと北部地方を指し、距離的に離れすぎているため牧草地を取り囲む森で書き直している。シンフォレストの「イギリス湖水地方」の風景を参考にした。ストーンヘンジはグロースターからは遠すぎるので、コッツウォルズにあるストーンサークルを使った。

 農村での暮らしぶりについては「中世ヨーロッパ農村の生活」に詳しく解説されている。この村にはじいさんの家とは別にマナーハウスがあって差配人がいるが、一般にじいさんのような土地の管理人が住んでいる家をマナーハウスと呼ぶらしい。地主の場合もあるし雇われの場合もあるが、誰がどの地所をどれくらい所有しているかをまとめて管理している。生活の様子は映画「プライドと偏見」を参考にした。

 日本ではあぜ道で田畑の境界を作っているが、開放耕地制度では一つの畑につき何人もの所有者がいて、権利配分に従って畝ごとに収穫を割り当てられるようになっている。資料によると:

  • 半バーケード(12エーカー:4.9ヘクタール)で5人家族を養える
  • 半バーケードで280リットル(8ブッシェル)を収穫できる
  • 1バーケードからの年間収入は6シリング10ペンス(グロースター1221年)
  • ラムジー修道院の1297年収穫量が小麦7万リットル

現在の換算では小麦100リットルが75キロ~83キロ相等である。

 裁判制度については、荘園裁判から決闘裁判までを日本の学者がまとめた優秀な論文がある。当時の判例は印刷されたものも流通しているが、公文書として保存されているので www.nationalarchives.gov.uk で“manor court”などで検索すると手に入る。古い英語の綴りが混じっていることもあるが、軽犯罪の細々した罪状や判事や被告のセリフが情景豊かに書かれていて分かりやすい。

 二部書き始めの頃はおばあちゃんもいたのだが、ハルヒがじいさんの土地を相続するためにご退場いただきメイドさんその2になった。

第三部 ハルヒの骨粉~みくるの告白

 三部のテーマはみくるの禁則破りである。時間移動にかかわる規定をいかにしてぶっ壊していくか、その源になるエネルギーがテーマになっている。

 城の生活については映画ロビンフッド(1991年)の考証が最も近いはずだが、生活空間の環境を十二世紀に限定するのが困難になり、情景描写がなんとなく中世仕立てでだいぶ曖昧になっている。騎士叙任の手順については西洋騎士道大全を参考にした。映画でもよく使われている。長門さんの逸話で出てくる騎士と貴婦人の話は、ルノー・ド・クーシーの「Coucy enchange des coeuns」が元ネタになっている。

 ジャンのモデルになっているジョン欠地王は、映画では悪役として描かれることが多く、歴史家には酷評されている。実在する英雄としてはチェプストー城主ウィリアムマーシャルが知られているが今回は取り上げなかった。

 遠征のときキョンの言っている“地縛猫みたいな名前のエルサレム王”とはギー・ド・リュジニャンのことである。映画「キングダムオブヘブン」を参照。

第四部 みくるの失恋~みくるの出産

 四部は2017年の5月までにはあらかた書けていたはずなのだが、キョンが司祭にスカウトされる24章以降を再構成した。出産をテーマにした映画では9ヶ月間を4つくらいに切ってエピソード集として構成するのが定石なようなので、今回もみくるのマタニティ期間を進行させつつ、地方行政ネタとハルヒの醸造と妹男爵の婿探しネタで埋める形にやり直した。みくるの産む産む詐欺とかマタニティブルーネタはもっと引っ張ってもよかったのだが、ネタを埋める場所がなくてこの構成になってしまっている。

 スコットランドのパンツ王子は最初は子爵設定だったが、子爵という称号は15世紀になってはじめて制定されたものらしい。あと誤解していたことは、公爵や伯爵の息子が子爵を名乗ることがあるが、あれは親が過去に受けた称号で使われていないものを名乗っている場合もあり公式のものとは限らないらしい。なので貴族の子供が必ずしも子爵を受け継ぐわけではない。

 リチャード1世が監禁された話、ジョンの領地が没収された話は史実による。陰謀の主は以下の通り:

  • レオポルト5世 リチャードを監禁したオーストリア公
  • ハインリヒ6世 身代金を受け取った神聖ローマ皇帝、フリードリヒ1世の息子
  • フィリップ2世 フランスの王様
  • ユーグドリュジニャン9世 フランス・マルシュ伯
  • ユーグドリュジニャン10世 イザベラの後の旦那

 リチャードが監禁された城は「Kuenringerburg」というドナウ川沿いの小さな城らしい。Durnstein Ruineで検索すると城の面影を見ることができる。

 史実によれば、ジョン欠地王と結婚したときイザベラオブアングレームは12歳だったらしい。ジョンは弱冠の25歳である。ジョンが病死してユーグ10世と再婚したときのイザベラは32歳、ユーグ10世は25歳である。貴族の結婚というもんはあなおそろしや。

第五部 ヘンリーの洗礼式~未来への帰還

 五部の構成については致命的な論理矛盾が発生してしまい、筆者二人がああだこうだと議論していていて執筆が途中で止まっていた。

  • 負傷したジャンを見捨ててハルヒが未来に帰るはずがない
  • ながるんワールドの世界観では人死は出してはならない
  • ジョンスミスに関する目的は達したが未来に帰る妥当な理由がない

ながるんワールドにおける死の概念については、敢えて意味のある形で死のシーンを用意し、それをテーマの一部とした。ハルヒを二度も凍らせることになった理由もこれらの矛盾を解決するためで、当初のプロットでは時間移動空間で帰還途中にみくるがダダをこねて一人だけイングランドに戻り、キョンと三人がそれを見送り、未来に帰ってからその後の様子をイギリス史で知るという話になっていた。どういう理由付けをするにせよ、助けられるものを助けないということを納得させるのは実に難しい。
 五人が未来に帰るためにもみくるがイングランドに残るためにも理由付けが必要で、以下の3つのパターンを検討した:

  1. 負傷したジャンを置いて強制的に未来に帰るが、みくるだけイングランドに戻る
  2. ジャンを助けるためにすべてを巻き戻し、みくるはジャンとハリーを失う
  3. みくるがフィリップ2世と密約し戦争を回避する

これを仮説29-1、29-2、29-3と並列する案もあったが、みくるがユーグ10世と密約することを既定にして3パターンをすべて混合した話にしようということに落ち着き、ハルヒを2度凍結し、時間移動空間を2度歩かせるという流れになった。新しい構成ではヘイスティングス会戦、ウェールズ侵攻、ジャンの負傷のあたりは全く別の文章になっている。トップページにリンクしているnami2000データには四部と五部の旧構成部分を残しておいたので、興味のある読者はダウンロードして読み比べてみてほしい。

 ヘンリーと長門さんの会話にあるジレンマとは、5人を帰還させる理由とアプローチが決まらない筆者自身のジレンマをそのまま書いている。

 セバーン川の海嘯(かいしょう)の映像。
https://www.youtube.com/watch?v=L1t8NTinSH4
https://youtu.be/njY2oOCATR8?t=872

参考文献


観光ガイドDVD/BD

  • 世界ふれあい街歩き イギリス コッツウォルズ NHKエンタープライズ
  • 感動の世界遺産 イギリス2 キープ株式会社
  • イギリス湖水地方 シンフォレスト

映画

  • いつか晴れた日に ソニーピクチャーズ
  • キングダム・オブ・ヘブン 20世紀フォックス
  • ブラザー・サン・シスター・ムーン パラマウント
  • 薔薇の名前 ワーナー
  • ダウントン・アビー NBCユニバーサル
  • ロビン・フッド(ケビンコスナー) ジェネオン・ユニバーサル
  • ロビン・フッド(ラッセルクロウ) ポニーキャニオン
  • プライドと偏見 ジェネオン・ユニバーサル
  • エマ ワーナー
  • ウェイトレス おいしい人生のつくりかた 20世紀フォックス
  • JUNO/ジュノ 20世紀フォックス
  • スリーメン & ベビー ブエナ・ビスタ
  • スリーメン & リトルレディ ブエナ・ビスタ

書籍

  • カンタベリー物語 角川
  • チューダー王朝弁護士シャードレイクシリーズ 集英社
  • 修道士カドフェルシリーズ 光文社
  • 恋愛論 新潮社
  • 中世ヨーロッパの農村の生活 講談社
  • 中世ヨーロッパの城の生活 講談社
  • 西洋騎士道大全 東洋書林
  • The Court Baron (判事のための領主裁判の手引き・英仏対訳)
  • Court Rolls of the Manor of Acomb(アコン荘園裁判判例集・英文)
  • はじめてママ&パパの妊娠・出産 主婦の友社
  • 大丈夫やで 〜ばあちゃん助産師のお産と育児のはなし〜 産業編集センター

論文

  • Trial by Battle(ハーバード法科ライブラリ・決闘裁判)

  • 中世イングランドにおける決闘裁判 光安徹(成城大学法学部ライブラリ)

  • 中世イングランドにおける雪冤宣誓 一~四 (鹿児島大学ライブラリ)

  • 中世イングランドの村落共同体と村法 (早稲田大学ライブラリ)

Webページ

  • 中世ヨーロッパの荘園制

  • 自家製エールのレシピ

  • 中世の物価

  • グロースターシャー観光ガイド

  • グロースター城付近の中世の地図

  • セバーン川付近の風景
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