第一話 始まるのは他が為に

 荒れ果てた荒野、曇天の空の下に叫び声が聞こえる。
 光り輝く白い鎧を着た男女たちが荒野を走り抜けていく。そしてその正面には、大量の怪物たちが武器を構え待ち受けている。
「うぉぉぉぉー!!」
「キシャァァァァー!!」
 白い鎧を来た人間たちが魔族の軍団を激突し、戦争が始まった。
「行くのだ聖騎士パラディンたちよ!!魔界の化け物どもに我らの力を見せてやるのだ!!」
『おおー!!』
 人間たちの叫び声が響き、どんどん魔族の軍勢を押し返していく。
 その戦いの中、荒野から離れた場所をパラディンの一団が歩いていた。
「始まったようだな」
 パラディンの一人が戦闘が始まったのを双眼鏡で確認している。
「しかし、なぜ我々がこんなことをしなければならないんだ?」
「仕方ないだろう、私たちは戦闘に参加するよりも敵の大将を倒すことを命じられたのだから」
 愚痴を零しながら二人のパラディンが襲撃用の荷物を積んだ荷車を押して歩いている。その後ろを白い鎧を来た銀髪の赤い目の少女が荷車の後ろを歩いている。
 私は前の二人の会話を聞き少し不快な気分になる。
「しっかし、上層部はなんでこんなことするかねー。俺も戦闘に参加したかったんだけどなー」
「全くだよな、俺らにこんな雑用押しつけて高見の見物だぜ?」
「いい加減にしてください。先輩方……」
 私は耐えられず、二人に少し苛立ちの声で言った。でも、その言葉を聞いて二人のパラディンが私を睨む。
「ああん!? んだよ? ヴァルキリーがパラディン様に文句でもあんのかよ!?」
「第一なんで俺らの部隊にお前みたいなヴァルキリーがいるんだよ? 人選ミスじゃねーのか?」
「止せ二人とも、彼女も女神ディーナ・カジャル様に選ばれし戦乙女だぞ。私たちと何も変わらん」
「お言葉ですが隊長、いくら女神様に選ばれたとはいえ、こんな子供が聖戦争に参加するのはおかしいですよ」
「子供だからと言って、戦乙女に選ばれた彼女を侮辱することは、女神様を侮辱するのと同じことだぞ」
「…………わかりました」
 二人のパラディンは部隊隊長であるパラディンの言葉に不服そうに頷き、また荷車を押し始める。すると、部隊隊長が私の元へ歩み寄ってくる。
「すまなかったな。私の部下がとんだ失礼を……」
「いえ、私が子供なのは事実ですから」
「そうか、あの二人と違って大人だな君は……」
 そう言って、部隊隊長が再び歩き出す。私もその後ろを歩こうとすると、叫び声が聞こえた。
「隊長ー!!」
 私たちはすぐに二人の元に向かい走っていく。すると、二人の目の前に栗色の髪の女の子が泣きじゃくって座りこんでいた。
「子供です。逃げ遅れたのでしょうか?」
 隊員の一人が言うと、隊長はしゃがんで女の子に話しかける。
「どうしたんだい? お母さんとはぐれてしまったのかい?」
「ううっ……ひぐっ……」
「怖かったね。もう大丈夫だよ、ここは危ないから、お姉さんと一緒に行きなさい」
 隊長はそう言って私を見る。私はそれに無言で頷いて女の子の手を取る。
「さ、おいで。お姉ちゃんと一緒にいこ?」
「う、うん……」
 女の子は泣きながら頷くと、私の手をぎゅっと握りしめる。
「それじゃあ、私はひとまずこの子を安全な場所に連れて行きます」
「ああ、気を付けてな」
「はい、隊長たちも気を付け……」
 私はその先を言おうとした。だがその瞬間、隊長の背中がどこからか現れた魔族の剣で切り裂かれた!!
「シャー!!」
「た、隊長!!」
 私の叫び声に気づき、二人のパラディンが隊長を見るが、隊長は背中から血を流し地面に倒れてしまった。
「隊長!!」
「しっかりして下さい隊長!! おのれ魔族め!! 一体どこから現れたのだ!!」
 パラディンは背中に携えていた鞘から太刀を引き抜き、ワニの姿をした魔族に構え、私は女の子を背中に隠した。
「チッ! ここまで人間どもが来てるなんて、おめーら! ここにも人間がいるぞ!!」
 魔族の声に応えるかのように、次々と魔族が現れる。
「くっ! こんなに魔族が、どうする? これでは逃げられないぞ?」
 一人がそう言いながら太刀を構えていると、その後ろからパラディンとヴァルキリーの一団がこちらにやってくる。
「おい! 援軍だぞ!! 助かった!!」
「魔族がいたぞー!! 一匹残らず打ちとれー!!」
 パラディンの一人がそう言い、ここも混戦状態となる。だが、数では圧倒的に多いパラディンたちの一団が、徐々に魔族たちを追い込んでいく。
「よし、追い込んだぞ! 全員殺せ!!」
 そう言って全員が魔族に歩み寄ると、どこからか悲鳴が聞こえた。
「うわぁぁぁぁー!!」
 全員がその悲鳴の聞こえた方を見ると、パラディンの一人が、黒い剣で背中から腹を貫かれていた。
「あ、ああ……」
 パラディンの体が宙に浮くと右に放り投げられ、パラディンが地面に転がる。
 そして、そこに立っていたのは黒いローブに身を包む、黒髪に黒い瞳の青年だった。
「誰だ貴様! パラディンを殺めることがどれだけの罪になるか分かっているのか!?」
 青年は冷たい表情で私たちを見ている。すると、魔族から歓喜に声が沸いた。
「おお、騎士様だ! 騎士様が来て下さったぞ!!」
「お願いです騎士様! 我々をお助け下さい!!」
 青年はチラッと魔族を見ると、倒れている魔族を見て悲しそうな表情をする。
「お前たちか、こいつらをやったのは……」
「だったらなんだと言うのだ? 魔族は我々の土地を奪いに来た、ならば倒すしかあるまい!!」
「そうか……なら、俺はお前たちを許すことはできない!! はぁぁぁぁー!!」
 青年が叫び声を上げると、彼の周りを黒いオーラが包み、彼の体を黒い鎧が包み込んでいく。そしてオーラが消えるとそこには、パラディンの光り輝く白い鎧とは対照的な、黒い鎧を着たパラディンが立っていた。
「ま、まさか貴様……ダークパラディンか!?」
 パラディンの問いに答えることなく、ダークパラディンはゆっくりとこちらに歩み寄ってくる。
「う、うろたえるな!! ダークパラディンは魔族の攻撃の要、やつを倒せば我々が勝ったのと同じことだ! 全員で切りかかれー!!」
 そう言って、パラディンとヴァルキリーたちが一斉にダークパラディンに切りかかる。だが、ダークパラディンは大勢のパラディンたちを圧倒的な強さで薙ぎ払っていく。
「どうした、それがパラディンの力か?」
「く、くそ!! 堕落した騎士如きに!!」
 ダークパラディンは掌に黒い炎を出現させると、それをパラディンたち目がけて放り投げた。すると、黒い炎が爆発しパラディンたちが吹き飛んでいく。
「うわぁぁぁぁー!!」
「きゃぁぁぁー!!」
 爆風が収まり、私が目を開くと、目の前にはもう立っているパラディンとヴァルキリーは誰もいなかった。
「そ、そんな……パラディン一個小隊でも……全然歯が立たないなんて…………」
 圧倒的な強さを見せつけられ、私はその場に座り込んでしまう。
 ダークパラディンは魔族に近づくと手を差し伸べる。
「大丈夫か?」
「へ、へい! ありがとうございます。このご恩は一生忘れません!」
「部隊から離れすぎるな、一度拠点に戻って体制を立て直して来い」
「わかりました! あの女と子供はどうしますか?」
「俺がやる。お前らはあの荷車を持ってけ、まぁこの戦争はもう俺たちの勝利だ。あってもなくても変わらないかもな」
「へい! 一応運んどいて魔王様に届けておきます! では、騎士様もお気をつけて!」
 魔族たちは荷車と倒れた仲間の魔族たちを連れて、自軍の拠点へと戻っていく。
「お、お姉ちゃん……」
 ゆっくりと歩みよってくるダークパラディンを見て、女の子が私を揺する。だが、私は目の前の恐怖に凍りつき、動くことができない。
「あ、ああ………こ、こないで……」
 あまりの恐怖に私はそんなことを呟くが、ダークパラディンは歩みを止めず、私たちの目の前までくる。
「お前、ヴァルキリーか?」
「………」
 私を見下ろすダークパラディンは突然そんなことを聞いてくるが、私は恐怖で答えることができない。
「恐怖で固まってるのか、しかし、人間側はこんな子供まで駆り出してるのか、世も末だな」
「わ、私たちを……殺すの?」
「それはお前たち次第だ」
「え?」
「このまま逆らって死ぬか。それとも……新しい世界に生きるために順応するかだ」
「新しい……世界?」
 ダークパラディンの言葉に私が聞き返すと、戦場の方から魔族たちの歓声が聞こえていた。

「……以上が、十年前私たちと魔族の間で起こった戦争。聖魔戦争の歴史です。この戦争では、ダークパラディンと呼ばれる闇に属した聖騎士一人に、多くのパラディンとヴァルキリーたちが破れて行ったのです」
 教団に立つ女性教師が、教科書に書かれていることを話し終えると、一人の男子生徒が手を上げた。
「先生! 質問!!」
「はい、どうぞ」
「どうしてダークパラディンは、パラディンよりも強かったんですか?」
「いい質問ですね。パラディンとは、女神ディーナ・カジャルに選ばれし聖なる光の力を受け継ぎし者。ですが、ダークパラディンはパラディン同様、その女神ディーナ・カジャルに選ばれし聖なる光の力を受け継ぐ者の一人だったのです」
「じゃあ、ダークパラディンは人間でありながら女神を裏切ったってことですか?」
「いえ、それは違います。以前にも話したと思いますが、聖魔戦争では当時の有力者たちが自らの土地や軍事力を広めるために、魔族の持つ土地や技術を奪うために起こした戦争なのです。そのことに気付いたダークパラディンは、それを阻止するために聖なる騎士の称号を捨て弱きものを守るために立ち上がったのです」
 女性教師の言葉に、今度は別の女子生徒が手を上げる。
「ですが先生、闇の力を使うものはその力に溺れ、自我を失うと言われています。パラディンである者が闇の力を手にしたら……」
「その通り、闇の力は強大であるが故に、手にした者には悲惨な末路が待つと言われています。ですが彼は、女神と魔王の祝福を受け、自らの闇の力をコントロールして見せたのです。その姿は、パラディンであった頃の心を失わず、弱きものを守る為に剣となったと言われています。それが、彼の強さの秘密だったのでしょう」
「それじゃあ、女神も人間を見放したと言うことですか?」
「『見放した』と言うより、『気づいてほしかった』と言った所でしょうか? 女神ディーナ・カジャルは、戦争が終わった時、人間たちに『自らの愚行を恥じ、もう一度彼らと話し合うのです』と言う言葉を残し、天界に帰ったと言われています。その後、人間たちと魔族の間で契約が結ばれ、この新世界が誕生したのです」
 教師の話が終わると、ちょうどチャイムが鳴り響き授業終了の合図となる。
「では、今日はこれで授業は終わります。明日までに聖魔戦争のことをレポートに書いて提出してくださいね」
『え~!!』
 女性教師の言葉に教室中が抗議の声を上げるが、女性教師は笑いながら教室を出て行った。
「レポートだってミナ、明日までに終わるかな?」
「大丈夫だよ。先生、レポートの内容はいつも自由に書かせてくれるもん」
 ミナと呼ばれた栗色の髪をした少女は、話しかけてきた赤髪の少女に答えると鞄に教科書を詰め立ち上がる。
「リィナはこの後授業あるの?」
「ううん、今日はこの後クエストを見て帰ろうと思ってる」
「そう、じゃあ一緒に行きましょ」
「オッケー」
 リィナと呼ばれた赤髪の少女は、鞄をひょいと持つとミナと二人で教室を出た。廊下には人間や魔族たちが行き来しており、お互いに話したり、意見交換をしたりしている。
 聖魔戦争、それは世界を大きく変える戦争だった。魔族は人間たちに無条件降伏を要請し、人間側はこれを承諾。人魔契約と言う契約により、人間と魔族はお互いに共存することを約束した。以来、人間と魔族の共存生活が始まった。
 だが、最初はお互いに警戒心を剥き出しにしていたが、当時の人間と魔族との友好な関係を持った二人をきっかけに、人間と魔族との亀裂は一気に解消された。そして現在では、この光景が当たり前なのである。
 ここは聖エディナ学園、パラディンやヴァルキリー、そして魔族の精鋭たちを育てるための学園である。戦争を終結に導いた英雄ダークパラディンと一人のヴァルキリーの提案によって建てられた。
 この学園では、世界の歴史や他の授業とは別に、クエストと言う授業がある。クエストの難易度によって単位が決まっており、生徒はその中から好きなクエストを受け、必要習得単位に加算することができる。
「さーて、今日は何があるかな~」
 リィナはクエスト依頼が張り出されている掲示板を見て、今日受けるクエストを探していると、カウンターから男が顔を出す。
「あら、ミナちゃんとリィナちゃんじゃない」
「あ、ロウさんこんにちわ」
「こんにちわー」
 ミナとリィナはロウと言う女っぽく喋る男に挨拶をする。
「今日は何かいいクエストないの?」
「なら、これなんてどう? 魔界の森の調査よ。難易度はF。習得単位は0.3単位よ」
「お! いいのがあるじゃん!!」
「依頼内容は何なんですか?」
「簡単に言うと、森の調査ね。いつも定期的に研究者たちがおこなってる調査なんだけど、今回は人手が少ないからこっちに依頼が回ってきたみたい。魔界の森に咲いてる『ゲラゲラの花』を採取して科学省に渡せばいいみたいよ?」
「ねえミナ! これ受けようよ! こんなにおいしいクエスト他にないって!!」
「でも、魔界の森でしょ? 危険なモンスターとか出たりしないんですか?」
「大丈夫よ! ちゃんと魔界省からの護衛もちゃんと来るし、モンスターはパラディン隊が定期的に討伐してるから心配ないわ」
 モンスターとは、魔族とは違う別の生き物で、よく生息地から出て町や村を襲うことがある。パラディン隊はそれを討伐したり、管理したりしている。もちろん、この学園にも依頼としてモンスターの討伐が来ることも多いが、高ランクな上、下手をすると命を落としかねないので受ける生徒はあまりいない。
「武器や装備は、学園から支給されるから安全は保障するわ」
「だってさ! ねぇ、いいじゃんミナこれにしようよ? Fランクで0.3単位はお得だって~」
「しょうがないな~、今回だけだよ?」
「やったー!」
 駄々をこねるリィナを見てミナは渋々承諾し、リィナは大喜びする。
「それじゃ、二人とも更衣室で着替えてらっしゃい。その間に私は装備を揃えておくわね」
「は~い」
 10分後、ミナは青いヴァルキリーの鎧、リィナは赤いヴァルキリーの鎧を身に纏いクエストカウンターに戻ってきた。
「はい、これが今回の装備よ。ミナちゃんは短剣二本にロングソード一本、盾一個に応急鞄一つね。リィナちゃんは弓と矢300本セットにフレイムワンドと応急鞄一つ。それと二人に地図とコンパスね」
「ありがとうございます」
「おお、今回もいい武器だね~」
「武器がよくても、使う人の腕がイマイチじゃ、武器も泣いちゃうわよ~?」
「大丈夫、もう弓矢の扱いには慣れたもん!」
 ロウの言葉にリィナは大見得を切って見せる。
 二人が武器を装備すると、ロウが嬉しそうな顔をする。
「う~ん、二人ともこの学園に入ってまだ三か月だけど、だいぶ見習い装備が様になってきたじゃない」
「当然だよ! 私たちはこれまで幾多ものクエストをこなしてきたんだから」
「全部薬草とかの採取クエストだけどね」
「ミナ~、それ言っちゃダメだよ~」
「ごめん、ごめん」
「危なくなったら、閃光弾を使うのよ。一つずつしか入ってないから、ちゃんと考えて使うのよ~?」
「はい、ありがとうございます」
「それじゃ、私からあなたたち二人に無事を祈って……」
「え、もしかしていつものあれやるの?」
 ロウの言葉にリィナとミナがちょっと引きつった顔をすると、ロウが不満そうな顔でリィナに顔を近づける。
「何よ、私からの応援が嫌なの?」
「いや、応援事態は嫌じゃないよ? むしろ嬉しいぐらいだけど、応援のやり方にちょっと……」
「何ですって?」
「いえ! なんでもないです!!」
「そう、それでいいのよ」
 ロウに迫られ、リィナが諦めて肩を落とす。ミナはそれを苦笑いしながら見ていると、ロウが応援の準備に入る。
「それじゃあ……今回のクエストの二人の無事と成功を祈って…………」
 すると周りの照明が落ち、突然ロウの上にだけついているスポットライトが点く。それと同時にロウが上着を脱ぎ上半身裸になり、見事な筋肉美を見せる。
「頑張ってらっしゃい!!」
「…………」
「…………」
 無駄に美しい筋肉を見せつけられ、二人とも言葉を失う。
 これこそ聖エディナ学園の名物、筋肉美の応援である。ロウは毎回クエストに出る生徒に、こうして応援するのだが、あまりにもインパクトが大きすぎるので、初めて見る女子生徒はクエストに出る前に倒れたり、吐き気を訴えたりすることが多い。二人も初めてロウの筋肉美の応援を見た時はドン引きしたが、今はもう慣れたのでドン引きはしないが引きはする。
「…………あ、ありがとうございます」
「が、頑張ってくるね…………」
「いってらっしゃい……道中気を付けるのよ、ちゃんと護衛の人が来てから採取に向かってね」
「「…………は、はい」」
 ずっと筋肉を見せたままの姿勢でいるロウに二人は返事すると、魔方陣の書いてある床に乗る。すると魔方陣が光、二人は光に包まれ魔方陣の上から消えた。
「いってらっしゃ~い」
 ロウは二人を見送ると上着を着直し、再び仕事に戻る。
「さてと、今日中にこの書類を片づけないと……」
 だが、ロウが仕事に入ろうとすると、電話が鳴り響いた。
「もぉ、誰よこんな時に。はい、こちら聖エルディナ学園クエスト管理局……あら、科学省の方ですか。え? クエスト依頼を取り止めたい? ええ、ええ…………なんですってー!!」

 一方、魔界の森についたミナとリィナは地図を確認しながら方角を確かめている。
「こっちが北で、この方角に行けば『ゲラゲラの花』が咲いてるんだよね?」
 魔界の森は明るい場所で、見通しもよく、道に迷いそうな森ではない。
「うん。でも、護衛の人が来ないと行っちゃだめだよ?」
「……私思うんだけどさ、護衛の人が来る前に先に『ゲラゲラの花』取ってくれば、すぐクエスト完了じゃん?」
「駄目だよ、何が出てくるか分からないんだから。護衛の人が来るまで待とうよ」
「えー、いいじゃん。待ってるのつまんないし、それに地図だとすぐそこじゃん。行こうよー」
「駄目ったらダメ。もう、リィナはすぐそうやってなんでも…………」
 と、ミナがリィナを怒ろうとすると、森がガサガサと音を立てて揺れる。
 二人はビックリして、森を見回すが何もいない。
「や、やっぱりここで待ってようか」
「う、うん……」
 リィナが怯えながら言うと、ミナもそれに頷いた。
 すると、二人の持っている武器から突然小さな赤い光が発せられる。
「う、嘘……!?」
 リィナは驚き、二人は武器を構え辺りを警戒する。
 二人の持ってる見習い装備の武器は、モンスターの攻撃的な気を感知すると赤く光を発する宝石が埋め込まれており、危険を知らせるようにできている。その宝石が光るということはどこかにモンスターがいて二人を襲おうとしてると言うことだ。
 だが、二人がどんなに見回してもモンスターはどこにもいない。
「ど、どこに敵がいるの!?」
「わ、わかんないけど、とりあえず警戒しておかないと……」
 と、二人がお互いに背中合わせにしてると、上から木と同じ色に同化した巨大なカメレオンが二人の真上に落ちていく。
「伏せて!!」
 どこからか少女の声がして二人が伏せると、二人の上にカメレオンが落ちる直前で巨大な鎌が回転しながら飛んできて、カメレオンを貫いて木に突き刺さる。カメレオンはしばらく暴れていたが、やがて力尽きて動かなくなった。
 二人は頭を上げると、木に突き刺さったカメレオンを見た後、後ろを振り返る。そこには黒いローブを着た青い髪に青い瞳の少女が立っていた。
 少女は二人に近づくと手を伸ばした。
「大丈夫?」
「あ、ありがとうございます」
 ミナとリィナは少女の幼いながらも何か決意に満ちた目を見て美しいと思った。『美少女』という言葉がしっくりくる少女だった。
「あなたたち、どこから来たの?」
「え、わ、私たちは聖エルディナ学園の生徒で、今回は『ゲラゲラの花』を採集して科学省に届けに行くクエストを受けたんですけど……」
「聖エルディナ学園の生徒? てことはあなたたち、ヴァルキリーの卵?」
「は、はい。と言っても、見習いの卵みたいなものですけど」
 リィナとミナの言葉に青髪の少女は何か考え込んでいる。
「ここはつい数時間前に、立ち入り禁止区域に指定されたんだけど知ってる?」
「え? そうなんですか!?」
「やっぱり知らないのね、学園の方にクエストの依頼キャンセルの連絡もいってるはずなんだけど、もしかしたら数秒の差だったのかもね」
「そ、そんな~」
「一体、何があったんですか?」
「突然、この森にいた生物たちが突如としていなくなったの。その代りに、そこのカメレオンが大量発生しててここに来た人たちを襲い始めたの。おかげで上の方はてんやわんやで、緊急の臨時会議が開かれて、ここは一般人は立ち入り禁止になったの」
「じゃあ、あなたはパラディン討伐隊の人か何か?」
「私はアリスよ。パラディンの……」
 アリスと名乗った少女が話していると、突然アリスは二人を抱えて前に飛びこんだ。すると三人のいた所に、また巨大なカメレオンが落ちてきた。
 しかし、今度のはさっきのカメレオンより三倍近くでかい。
「ま、また出た!!」
「でも、さっきのより大きいよ!」
「女王だよ……!」
「女王?」
「こういうタイプのモンスターには女王がいて、その女王がさっきの大きさのカメレオンを産んだ親なのよ」
「で、でも大きさが違いすぎるよ!?」
「このタイプの女王には知能があって、普通の攻撃や小細工、騙しは一切効かないの」
「じゃ、じゃあどうすれば……」
「逃げるの!!」
「「え!?」」
「ほら、早くたって走って!!」
「「は、はい!!」」
 二人はアリスに言われた通り走り出す。だが、女王カメレオンは三人を追って走り出した。
「お、追いかけてきますよー!?」
「振り返らずに走って! 捕まったら食べられるよ!」
「ひぃ~!!」
「アリスさん、さっきの鎌でなんとかならないんですか!?」
「無理だよ、さっきも言ったけど、女王タイプには知性があるから簡単な攻撃じゃ避けられちゃうの! 攻撃するにも、走りながらじゃ無理だよ! とにかくここは走って!!」
 二人はアリスの言うとおりに走り続け、女王カメレオンから逃げ続ける。
 そしてしばらく走り続けていると、見通しのいい場所に出る。そして正面に、アリスと同じ黒いローブを着て、フードを深く被った人が立っている。それを見たアリスは嬉しそうな顔をし、二人が走るを止める。
「二人ともストップ!!」
「え!? なんでですか!? もうすぐそこまでモンスターが来てるんですよ!?」
「大丈夫、見てて。彼がモンスターを倒してくれるわ」
「彼?」
 アリスの言葉にミナとリィナが黒いローブを被った青年の背中を見る。
「おいアリス、そこの二人はなんだ?」
「聖エルディナ学園の生徒さんだよ。見習いの卵だって」
「見習いの卵?それって新入生ってことか?」
 ミナはその声を聴いて懐かしさを感じる。昔どこかで、この声を聴いたことがある。
「ほら、お客さんが来たよ」
「全く、余計な仕事が一つ増えたな。そいつら連れてどっかに隠れてろ」
「わかった。さ、二人ともこっちへ」
 ミナとリィナはアリスに連れられ、木の陰に隠れる。
「だ、大丈夫なんですかあの人?」
「大丈夫大丈夫、それにきっと2人にはいい刺激になるよ」
 そう言ってアリスはフードを被ったままの青年を見る。
 そして、森の中から女王カメレオンが青年目がけて突進してくる。
 だが、青年は丸腰のままで何も武器を持っていない、それを見てミナが声を上げる。
「あ、アリスさん!! あの人武器持ってないですよ!! 」
「大丈夫だよ。まぁ、見てなって」
 青年は女王カメレオンが迫ってくるのを見ると、腰をかがめ居合の姿勢をする。
「あ、危ない!!」
 青年の目の前まで女王カメレオンが迫り、ミナが叫ぶと、青年はたった一言呟いた。
「舞え……闇蝶」

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最終更新:2011年05月12日 04:37