ふわりと優しい風が頬をくすぐる。
その風を喜ぶように葉を震わせるこの樹木が古泉一樹なのだと長門に聞かされたのは昨日のことだ。
最初に聞いたときは一体何を言っているんだと問いかけた。いろいろ宇宙的未来的超能力的事件に巻き込まれまくったが、人間が樹木になるなんぞ俄かには信じられない。
それも古泉が、だ。我がSOS団の副団長でボードゲームが好きな、いつもうさんくさい笑顔を浮かべていたあいつがこんな姿になったなんて実感がわかない。
その樹木の下に座るとまるで明るすぎる日差しから守られているような錯覚を感じる。
見上げた先にあるのは健康的な色をした緑の葉っぱだ。
「……古泉」
どうしてお前はその姿になることを選んだんだ。
お前がいなくなったら誰がハルヒの無茶苦茶合宿の行き先を提案するんだよ。
朝比奈さんだってきっと俺には言えなくてもお前になら相談できることがあったんだろ。
長門は……何も言わなかったが、お前がこの姿になっちまったことを言ったときに悲しそうだった。いつもの無表情だったからきっと俺達以外にはわからないと思うけどな。
なんで俺に何も相談してくれなかったんだ。
こんな姿になったら話すことすらできないだろう。こうやって詰る声もきっと届かない。
「もう一緒にゲーム、できないんだな」
ぽつんと呟いた声に返事はない。俺は苦笑して樹木の太い幹を軽く叩いた。




「違う」




「うぉっ!長門?!」
突然現れたことに驚く俺をよそに長門は腕をあげた。
「それは古泉一樹ではない。彼はあちら」
「………いやあれはちょっと……」
細い指が指し示す方へ視線をやるとどうやら隠れているらしい、大きくも小さくもない樹木が校舎の影からこちらを伺っていた。
どこか陰欝なふいんき(何故か変換でryが付き纏っている。言葉にするならじめじめという感じだ。
長門は自分の仕事は終わったとばかりに背を向け歩いて行ってしまい、代わりにこちらが存在に気付いたせいかその樹木はわさわさと葉を動かしながら近寄ってきたって動けるのかよ。
「ひどいですよキョンくん!」
「樹木が喋るな!」
憤るようにその樹木はばさばさと枝を揺らした。正直人間だったときより感情表現が豊かになってないか。長門よこんなのと二人きりにさせんでくれ。
「なんでですか!喋れないとコミュニケーションとれないじゃないですか!」
「取れないもんだろ、普通」
「お察しの通り、超能力者ですから喋れるんです」
「何にも察してないだろ!それにお前の超能力は区間限定だったんじゃないのか」
「そこはそれ、蛇の道は蛇、魚心あれば水心です」
ご都合主義なんだな結局。
「そんなことよりどういうことですか!こんな樹木と浮気するなんて!」
「浮気って!意味がわからん!いや確かにこっちの木の方が健康そうだし木陰で休むと気持ち良さそうだが」
「そんな……!それなら僕は触手プレイができますよ!」
「そんな使えない特典はさっさと捨ててこい」
「キョンくんをあんあん言わせますよ?」
「言わん。そんな状況になる気もない」
なんたる雄弁な樹木。話していて疲れる。
「もしや樹皮が痛いんじゃないかとお考えですか?大丈夫です、全て僕に任せて下さい」
「人の話を聞け」
「じゃあ何が不満なんですか?」
「それは俺が聞きたい」
ため息をつきながら言う樹木にいらつきながらも俺は問い返した。
「お前、一体なんでそんな姿になったんだ」
「え………」
樹木は戸惑うように葉を震わせ、身を縮こませるように枝を寄せた。
無遠慮な質問だったろうか。こいつにも言えない事情があったのかもしれないのに。
言おうかどうしようか迷っているのか枝を揺らしている。
それにそっと触れ、言いたくないなら言わなくて良いと口を開こうとしたら枝に巻き付かれた。
「キョンくん召し捕ったりぃぃぃ!」
「何だそれは!」
「まんまですけど」
枝がまるで蔦のような柔軟性を見せてぐるぐると身体に巻き付く。
「さぁめくるめく新世界の扉を二人で開けましょう!」
「一人で開けろ!」
「そんな!なんのためにこの姿になったと思ってるんですか」
「このためなのかよ!」
「いえ違いますけど」
「違うよなーさすがにっておい俺をどこに運ぶ気なんだ」
見ているだけで頭が痛くなる樹木が俺を枝でがんじからめにしてかつぎあげた。
「ここではさすがに禁則事項で禁則事項な禁則事項ができませんからね!二人きりになれるところに行きましょう!」
えらく上機嫌な古泉に絡め取られたまま人気のないところに連れて行かれた俺のその後は口にしたくない。

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最終更新:2007年10月11日 13:47