辿り着けばすでにそこは終わりの始まり


 巨大な隔壁が閉じて、ドームは再び閉ざされた空間となる。
 その空間に存在するものの中で人間と呼べるものは――その定義には諸説あるだろうが――二つだけ。
 青き魔神グランゾンを駆る木原マサキと、それとは対照的な赤いボディの究極ロボ、ヴァルシオンに乗るユーゼス・ゴッツォ。

「貴様がここまでやるとは意外だったぞ……木原マサキ」
「……いいたいことはそれだけか。ならばさっさと死んでもらおうか!」

 グランゾンがその力で虚空に穴を開け、そこから青白く輝く大剣を掴み出す。
 その切っ先をヴァルシオンへとかざし、マサキは鋭い殺気と共に言葉を叩きつけた。
 だがユーゼスはそれに対して、尊大な態度をまったく崩すことなく応じる。

「お前がシュウ・シラカワを倒した時には、正直少なからず驚いたものだが…….
 まさか貴様のようなクローン如きがここまでの性能を見せ付けてくれるとはな。
 造物主として鼻が高いよ……ククククク」

 挑発のための意図的な嘲りの笑い。
 動きを止めていた無人機たちがざわざわと蠢き始めた。
 グランゾンを取り囲むODEシステムの尖兵たるバルトール、そしてミロンガ。
 それらが規則正しい編隊を組んで、隙のない包囲網を完成させた。
 だがそれだけだ。仕掛けてくる様子はない。
 ユーゼスにとっては、このアースクレイドルの中核にあたるこの場所で戦闘を行うのは本意ではない。
 いまだに「卵」とって必要なエネルギーは、わずかではあるが不足している。
 そのエネルギー収集のためにも、ここでダイダルゲートを含む重要施設に損傷を受けることは、できる限り避けたいのだ。

「秋津マサトに吸収された貴様の人格を、わざわざ蘇らせた甲斐があったというものだ。
 貴様は実によく働いてくれたよ、木原マサキ。私の人形としてな」

 ゆえにここでユーゼスは真実を暴露した。
 木原マサキという名の哀れな人形のアイデンティティを突き崩し、絶望を与え、歯向かう気力を奪いつくす。
 そしてあわよくば自分の新たな手駒として、フォルカ達にぶつけてやろうと考えていた。
 ラミアを人形と見下し、すべての人間をクズだと断じた男が、結局はユーゼスの操り人形に過ぎなかったという、残酷な現実。
 己の全てを否定され、それを突きつけられて、まだ己を保っていられるものか。
 ユーゼスの中に、心ならずも下卑た優越感が湧き上がる。
 さあ、どんな反応を見せてくれるのか。

「な――ん、だと?」

 呆けたように問い返すマサキの声を聞いて、ユーゼスは仮面の奥、その両眼を細める。
 そうだ、驚いたか?貴様は私の手のひらから飛び出すことなどできないのだ。
 絶望したか?お前の命は誕生したときから、私の為のみに存在していたのだ。
 だが、マサキのその声はユーゼスに向けて発せられたものではなかった。
 それはユーゼスのあずかり知らぬことではあったが、シュウによってすでにマサキの正体は知らされていたのだ。
 その上でユーゼスを、造物主を殺すと決めた。
 理不尽で不可避な己の運命に、己の手で決着をつけるために。
 奇しくも同じ運命を背負ったラミア・ラヴレスとは真逆の方法で。
 全世界すら己の下に位置づけるほどの圧倒的なエゴイズムは、元から人形と呼べるようなものではなかったのだ。
 そしてマサキにはそのとき、全く別の声が聞こえていた。
 心の中に響くのは、悲しげで儚く、そしてどこか哀れみが混じった女の声だ。


 ――聞こえますか、木原マサキ……この……声が…………


 遠いような近いような、鐘のように海鳴りのように、誰かの声が感覚全体に染み渡るような不思議な感覚がマサキを包む。
 その声に対し、心の中でマサキは問い返した。

 お前は何だ、と。


 答えはない。
 代わりに返ってきた膨大な情報の奔流がマサキの感覚を支配、いや埋め尽くした。
 ダイダルゲート。
 マサキの次元連結システムすら、その一角に過ぎないほどの、膨大なオーバーテクノロジーの集合体である。
 そしてそれはユーゼスの悲願でもある「ゼスト」へ送り込む「魂」を収集するための装置であり、このフィールドを閉鎖し、外部から隔絶された空間を作り出すためのものでもあった。
 だがその莫大なエネルギーは、ほんの僅かに制御を誤るだけで、あっさりと星をも砕くほどの暴走を生み出す諸刃の剣だ。
 それをを制御するためにユーゼスが目をつけたのが、Omni Dendro Encephalon System ――通称、ODEシステム。
 この世界において最も優秀なCPUは何か?と問われれば、それは人間の脳であると言えるだろう。
 銀河の半分を席巻する科学力を誇るバルマー帝国ですら人間を兵士として、いまだに戦争の兵器として用いている。
 つまりそのスペックは、最先端の高性能AIと比べても見るべきものがあるということなのだ。
 木原マサキにも理解不可能なテクノロジーを持つ者たちも認める性能を誇る演算ユニット。
 それを生体ユニットとして組み込んだODEシステム。
 そしてこのシステムを考案した地球よりも、はるかに進んだ異星人の技術で組み上げられたのが、このアースクレイドルそのものなのだ。
 その最高のCPUが、それぞれにエネルギー出力調整のための演算を行い、その結果及びデータをコアユニットを通じてそれぞれの端末、イコール生体ユニット更新。
 そのデータを各自でさらにリロードしていく。
 その際におけるコアユニットの負担はほかのユニットとは段違いだ。
 全てのデータを統括、チェック、リロード、そのデータを端末へと送信。その繰り返し。
 その負担に耐えるには、並みの「サンプル」ではお話にならない。
 そこでユーゼスが目をつけたのが「ウィスパード」。
 理解不能なまでのオーバーテクノロジーを理屈抜きにして実現させる。
 その原理はユーゼスにも不明だが利用価値は十分だ。
 計算するまでもなく解はそこにある。
 これはユーゼスの仮説だが、アカシックレコードにつながることができる、ある種のサイコドライバー。
 それがウィスパードなのかもしれない。


 その名を千鳥かなめ。


「ぐ……あぁ……!」
 マサキの中を無機質な情報が暴れまわる。

 ラムダ・ドライバ。トロニウム・エンジン。カルケリア・パルス・ティルゲム。
 次元連結システム。AI1.死海文書。ターミナスエンジン。
 ダイダルゲート。クロスゲート・パラダイム・システム。オーラ力。ビムラー。
 ゲッター線。マジンパワー。ディス・レヴ。T-LINKシステム。エトセトラ、エトセトラ。

 たとえば脆弱なビニール袋に許容以上のものを詰め込めばどうなるか。
 いわずもがな、歪む。限界を超えれば破れ、元の形に戻ることはない。
 眼前のユーゼスが何か言っている。
 だがわからない。何もわからない。
 自分に何が起こっているのか。
 自分が何なのか。
 自分が誰なのか。
 自分とは、一体何を、どこまでを自分というのか。
 まるで深海の淵へと腐り落ちていく水死体のようだ。
 圧倒的質量の情報の海水に押し潰され、その中へ中へと埋没していく。
 肉が解け、剥がれ落ち、ゆっくりとさらに深く沈む。
 とても、とても息が苦しい。


 あらゆる方向から自分が侵食され、自分の中が「それ」でいっぱいになる。


 ――何かいる。


 見えはしない。だが得体の知れない何かを感じる。
 何だ!手をかざし、足を振っても、振ろうとしても意のままに体は動かず、結局何も回答は得られない。
 水よりもさらに粘質の何かが自分の全てを溶かしていく。
 それで身軽になった体はそれでもまだ沈み続ける。
 木原マサキは沈み続ける。動けぬままに。


 急に浮上する。
 あれだけゆっくりと沈んできたのにそれは一瞬だった。
 目の前が開けた。
 水面?の上に顔を出したマサキを、あの柱の中の女が見下ろしている。
 その目には、先程見たような奈落の如き虚ろは存在せず、確固たる意思を込めた人としての輝きがあった。


 ――あんたに……託すわ。


 なんだと?


 ――あんたの「罪」は許されることじゃない。でもね……それでもあんたはユーゼスの……


 ああ、そうか。
 情報の海から、秩序なき濁流ではない「解」が組みあがっていき、それが思考の中に伝わっていく。
 ダイダルゲートの内部構造が頭の中で確かな立体となってイメージされていく。
 ユーゼス以外でそれを知るものなど、まさしくシステム自身である彼女だけしかいないだろう。
 ドームの壁面の奥の、いくつかの重要なエネルギーバイバスの座標……そしてコアユニット。
 理解した。つまりはそういうことか。
 いいだろう、やってやる。お前の望みのとおりに。
 だが、何だ。その目は。
 その目が何故か――気に食わない。


  ◆  ◆  ◆


 このバトルロワイアルが始まってから、ずっと戦ってきた。
 この柱の中で誰の助けも得られず、デビルガンダムに取り込まれたミオ・サスガのように。
 ミオよりも長い時間、自身が救われる可能性などゼロに等しい地獄の中で。
 バトルロワイアルは進行し、次々と人間が死ぬ。
 負の思い、または気高き意思を抱いて、それでも次々と人が死ぬ。
 その思念を「卵」へ送り続ける中で、データの海に、負の意思に、かき消されそうになる自我をさらに削りとられる。
 やがてもう駄目かと諦めかけた時、わずかな反撃の機会が訪れる。
 ゲッター線だ。
 ダイダルゲートはフィールドにばら撒かれたゲッター線の意思をも吸収していた。
 だからそれを通じてアカシックレコードが、魂の力が、自分に力を与えてくれた。
 ほんの少し、わずかだけ。
 ミオを守るためにその力を使った。


 自分と同じくゲッター線を浴びた、まつろわぬ魂を彼女の元へと。
 それはミオの解放、ゼストの卵を半壊させるという予想以上の戦果を産む。
 だがそれによって解放された魂が、闘鬼転生をユーゼスに利用されるという形で今ふたたび囚われてしまった。
 ユーゼスの目的の成就。それだけは絶対に許してはならない。
 だからシュウ・シラカワが手繰り寄せてくれた最後のチャンスをここで生かす。
 ゲッター線、つまりアカシックレコードとは、ビムラーやイデもそうだが、とどのつまりは意志の力だ。
 だから強く願う。この力が後押ししてくれたあたしたちの思いが通じてくれと、強く強く強く――――。
 そしてそれは何とか成功した。
 シュウの魂を通じて、このゲートを破壊するために必要な情報を彼の心に送り込むことができた。
 この木原マサキという人もユーゼスの犠牲者なんだ。
 だからきっとやってくれると信じる。
 ミオも、フォルカだっている。
 きっと、きっと大丈夫。
 そして自分はここで終わり。
 もう元の世界に戻ることはできない。
 もう生きてると言えるのかさえわからない。。
 一人で歩くことすら、体を動かすことすらもうできない。
 悲しい。寂しい。辛い。もう会えない。


 だけど。


 やっぱり。


 あいつはこのままにはしておいちゃいけないから。


  ◆  ◆  ◆


 女が泣いている。
 だがそんなことは知ったことではない。
 俺は俺の為にしか動かない。
 利用価値があるのなら、それに乗ってやる。
 ただそれだけのこと。
 だが、気に食わないことがひとつだけある。


 お前は――何故、そんな目で俺を見る?


 その目だ。その目をやめろ。
 シュウ・シラカワ。
 ホシノ・ルリ。
 イサム・ダイソン。
 プレシア・ゼノサキス。
 ガルド・ゴア・ボーマン。
 何故、お前たちがここにいる。
 何故、いつのまにそこにいたんだ?
 女、貴様の仕業か?
 何のつもりだ!
 お前たちは俺に殺されたんだぞ?
 なのに何だ、その目は!
 消えろ!


 クズどもの分際で、俺を、この木原マサキを……!




「哀れみの目で、俺を、見るなあああああああああああああああああああああああああ!!!!」




  ◆  ◆  ◆


 景色が切り替わった。
 意識はいつもどおり。
 妙な感覚に支配されることもなく、これは自分の体。
 それを確かめるために拳を強く握り締めた。
 強く、強く、強く、怒りのままに。
 目の前に奴がいる。
 その間に立ちふさがる人形など物の数ではない。

「…………木原マサキ。私に従え。今なら悪いようにはせん。お前の性格は熟知しているぞ。
 私に忠誠を尽くせなどとは言わん。お前は自分に利があれば、そこに傾く……それでいい」

 ユーゼスが滔滔と繰言を吐き出している。
 そんなものははじめからどうでもいい。
 消してやる。何もかも。
 女。
 望みどおりだ。
 貴様も、その後ろのクズどもも、人形も、ユーゼスも――――消えてなくなれ。
 カバラシステム起動。
 データ入力。
 ワームホールを指定したポイント17ヶ所に同時展開。
 計算終了。
 ブラックホールエンジン、オーバードライブ。
 胸部装甲解放。
 重力操作、開始。

「愚かな……」

 グランゾンが戦闘体制をとったのを見て、ヴァルシオンも動く。
 その腕ををかざし、同時に無人機が陣形を組みなおす。
 ヴァルシオンの腕が振り下ろされれば、周りのミロンガやバルトールが襲い掛かるだろう。
 だが今のマサキには脅しにすらなりはしない。
 ユーゼスの侮蔑の言葉にも、もはや何も感じない。


 怒りだけがマサキの心を占めていた。


「撃て」


 ユーゼスの号令とともに360°からミサイルの一斉射撃が襲い掛かった。
 それを重力フィールド全開で防御する。

「どうした?そのまま亀のように固まっているだけか?」

 今のうちに好きにほざけ。
 もうすでに手は打った。
 あの女がよこした、このダイダルゲートのデータ。
 内部構造を把握し膨大なエネルギーを通すバイパスの重要な部分。
 ここを攻撃すれば、このドーム全体を丸ごと破壊、いやこのエネルギー量ならフィールド全てを跡形もなく破壊するだろう。
 もちろん普通の攻撃では頑丈な壁に阻まれ、攻撃は届かない。
 だがこのグランゾンならば話は別だ。
 空間の座標さえ判明すれば、そこにワームホールを展開するだけでいい。
 次元孔が開き、そしてそこにあらかじめあった質量は、穴に吸い込まれて消え失せる。
 つまりそこに大穴が開く。
 ひとつの世界を閉鎖し、魂のエネルギーを収集する、その膨大なエネルギーの流れにだ。
 施設の規模からすれば、小さな穴をいくつか開けたに過ぎない。
 だが巨大なダムは、ほんの僅かな穴から決壊する。
 だから――、


  ◆  ◆  ◆


 爆発。


 ドームの天井から、壁から、ありとあらゆるところから次々と爆風が噴出した。
 その爆風に巻き込まれて無人機の陣形が崩れていく。
 さらに崩落した壁や天井の瓦礫が追い討ちをかける。

「なんだ!一体――――何をしたぁッ!!」

 もはやさっきまでの余裕はどこかに吹き飛んだ。
 ユーゼスはヴァルシオンの腕部にある高出力のビーム砲、クロスマッシャーをマサキの駆るグランゾンへ向ける。
 だが、遅い。

「――死ねぇぇぇぇぇぇええええぇぇぇぇえええええ!!」

 マサキとグランゾンはすでに先手を取っていた。
 乱れた無人機の陣形をフルブーストで駆け抜けていく。


 そして青白い大剣――グランワームソードを振り上げ、ヴァルシオンに迫る。

「うおおおぉぉぉぉぉぉぉぉおおおおおおぉぉおおお!!?」

 ギィンッ!という甲高い衝撃音が空間を引き裂くように響く。
 とっさに防いだヴァルシオンの左腕が、クロスマッシャーの砲身ごと切り取られる。
 だが、CPSによって処置を施されたこの機体は、そこにある、という歪められた因果律によって瞬く間に再生を果たす。

「この程度でぇぇぇぇえええ!!」

 そのままヴァルシオンの後方に駆け抜けたグランゾンを追って、ユーゼスは機体を旋回させる。
 だがそこに間髪入れずの第二撃。


「グラビトロンカノンッ!発射ッ!!」


 グランゾンの解放された胸部装甲から放たれた、超重力の黒い光が真上に上昇していく。
 そしてそれはドームの頂点で分裂、拡散。
 あとは破壊の雨が降り注ぐだけだ。
 容赦なく、慈悲なく、満遍なく、破壊を生む重力弾の雨が。


「ハハハハハハハハハハ!!アーッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハ!!!!」


 連続する爆発音の嵐の中で、マサキの哄笑が響きわたった。
 ミロンガが、バルトールが、まるで蚊トンボのように叩き潰されていく。
 その間もドームは崩れ、ヴァルシオンの周囲は瓦礫と無人機の残骸、爆風がミックスされた煙幕に包まれる。
 そしてグランゾンの姿は見えぬまま、マサキの哄笑だけがユーゼスの耳に、やけに響く。

「おのれ!おのれッ!……メェガ・グラビトン・ウェーブッ!!」

 もはやヴァルシオンの視界と共に、ユーゼスの心から余裕は失われていた。
 味方であるはずの無人機を巻き添えにするのもいとわず、全方位に向けて重力波の竜巻を解き放った。
 凄まじいまでの重力の暴風に吹き飛ばされる。圧壊、そして爆発。
 次々と巻き込まれ、重力の嵐にひき潰されていく無人機たち。

「どうだ!この力!死ね!私にたてついた報いを受けろ!…………何ッ!?」

 やがてその圧倒的なパワーに酔っていたユーゼスも気付くことになる。
 すでにマサキとグランゾンは、先程のグラビトロンカノンで、ユーゼスや無人機と一緒に、外へ通じる隔壁をすでに破壊していたことを。
 そしてもうこの場はユーゼスしかいないということを。
 この場にはすでにいないマサキの嘲笑が聞こえてくる気がして、ユーゼスは怒りに身を震わせた。

「木原マサキ……人形如きがやってくれたなぁ……!だが……まだだっ!まだ手はある!」

 ディス・アストラナガン。
 このバトルロワイアルにおいて、撃破されても再生するという、明らかに規格外の機体。
 この機体には今のユーゼスにとって、二つの利用法がある。

 ひとつはディス・レヴそのものが「魂」を集め、動力源とするシステムだということ。
 それをとりこめば、残りわずかのゼストに注ぎ込むためのエネルギーも補える。
 そして、もうひとつ。
 平行世界の番人たる者の乗機として、次元転移が可能だということだ。
 脱出の術だったはずのCPSが破損し、ダイダルゲートもまもなく崩壊するだろう。
 このままではこの世界とともに、全てが次元の狭間に飲み込まれて終わってしまう。
 今はユーゼスにとっても猶予はほとんどないのだ。
 ディス・レヴを取り込み、ゼストを復活させ、そして新たなる世界へ転移する。

「その世界で私は忌まわしい因果より解き放たれ、新たなる銀河の調停者となる!誰にも阻ませはせん……誰にもな……!」

 ユーゼスの声は怒りに震えていた。
 ゲートを開き、空間転移で崩壊が進むドームよりヴァルシオンは姿を消す。
 爆発はさらに激しくなり、無人機は瓦礫に、爆風に吹き飛ばされて消えていく。
 そしてODEシステムもそれらと同じ運命をたどる。
 運命を弄んだ者が作り出した、魂の牢獄の崩壊だ。
 そこに囚われた者たちは、その牢獄の崩壊、つまり自らの死を持ってそこから開放される。
 やがて最後に残されたもの、千鳥かなめ。
 彼女が囚われた中心部の柱にひびが入った。
 大きな爆発がさらにそれを拡大していく。
 崩れ落ちる。
 炎が全てを埋め尽くす。
 そして、最後の大きな爆発がとどめとなった。


 これで終わり、あたしの本当の終わり。
 やれることは全てやった。
 託すべきものは全て託した。
 最後まで見守ることはできないけど、きっと勝てると信じている。
 ……あいつの魂は今、あの卵の中にいるのだろうか。
 ごめんね。
 いつも守ってくれたのにごめんね。
 死なせてしまってごめんね。
 助けられなくてごめんね。
 待ってるから。
 きっと勝って、みんなが解放されて、全部がハッピーエンドとはいかないけれど、やっぱり最後には勝つんだって。
 信じて待つよ。
 ずっと待ってる。
 ずっとずっと待ってるからね…………ソースケ。



【ユーゼス・ゴッツォ 搭乗機体:ヴァルシオン(CPS強化)
 パイロット状況:激しい怒り
 機体状況:良好
 現在位置:??? CPSにより転移中
 第一行動方針:ディス・アストラナガンをゼストに取り込み、この世界より脱出
 最終行動方針:ゼストの完成】


※アースクレイドルはダイダルゲートごと崩壊中です。
※まもなく閉鎖空間が解除され、エネルギーの暴走によってフィールドは崩壊します。


  ◆  ◆  ◆


 断続的に爆発が続くアースクレイドルを振り返ることなく、暗い通路を地上へ向けて進むグランゾン。
 そのコックピットの中で、ロボットの操縦をこなしながらマサキは思考する。


 この殺し合いに参加させられてから、もはや数えることも馬鹿らしいほどに繰り返された行為だ。
 マサキがあそこでユーゼスと決着をつける事を避けたのには理由があった。
 奴は自分に似ている。
 首輪を解析したときに出た、ユーゼスのメッセージに端を発したその思いは、今になってますます強くなっている。
 ユーゼスの計画したバトルロワイアル。
 これは――そう、木原マサキ自身が計画した『冥王計画』に、実によく似ている。
 自分の用意した舞台で、様々な仕掛けを用意し、その中でもがくクズどもの運命を弄ぶ。

「ならば……まだカードを隠し持っているんだよなあ……?ユーゼス……」

 木原マサキが作り上げた究極兵器ゼオライマー。
 凄まじいほどのその力に誰もが目を奪われた。
 誰もがそれを最後の切り札、全ての鍵を握る存在だと思い込んだ。
 だが違った。
 ゼオライマーの他にも保険はいくつもあった。
 だからユーゼス自身が何の策も無くのこのこ出てくるなど、何か保険がなければ考えられないと木原マサキは思ったのだ。

「さて……結末はどうなるか。面白いゲームになってきたな……」


  ◆  ◆  ◆


 探し物が見つからない。
 どんなに探しても見つからない。
 大事なものなのに、失くしてはいけないものなのに、どこを探しても見つからない。
 もう、どこにもなくて、跡形もなく消えて失せて、探すだけ無駄なのではないか。
 そんな考えを少しでも抱くのが怖くて、無理やりに押さえ込む。
 だって失くしたものがもう戻らないとわかったら、自分の全てがそこで終わってしまうのだ。


 狭い通路だと思ったのはそこだけで、一旦抜けてしまえば広々とした人工の通路が奈落に向かって伸びていく。
 銀河旋風の名を冠した巨大なロボットが、底のない闇に向かって落ちていく。
 その機体を操るクォヴレー・ゴードンは無言。
 時折、何かの反応がないかとレーダーに目をやる他は、ただ永遠に続くかと思われる底なしの闇を睨みつけている。
 結局、どんなにクレーターの周囲を探しても無駄だった。
 だからといって、クレーターの中心を探すことは躊躇われた。
 そこにイキマの、最後の仲間の死を証明するものが存在していたら?
 そうなれば最早、自分の心は耐え切れない。
 それが無意識のうちにわかっていた。


 クォヴレーの記憶は、このバトルロワイアルの記憶だけが全て。
 ゆえにそこで出会った仲間は、彼の記憶の全て、精神の全てとも言えるほどの容量を占めている。


 例えば、自分にとって大事な隣人が死んだ時、心にぽっかり穴が開いたように感じるという話がある。
 大切な人間との出会い、思い出。
 それらが自分の心の中で大きなウェートを占めているならば、そうであるほどにその人間が亡くなった時に生じる喪失感は大きい。
 そしてこのバトルロワイアルが始まってから、ずっと行動を共にしてきた男、トウマが死んだ。
 クォヴレーにとっては、まさに半身をもぎ取られたに等しい喪失感だった。
 一般論ならば、その喪失感を埋めるために様々な方法があるだろう。
 ゆっくりと少しずつ、時間をかけて、様々な方法でその喪失感を埋めればいい。
 だがここはバトルロワイアルの舞台。そんな猶予をクォヴレーに与えてはくれなかった。
 だから激しい怒りと狂気で心の穴を埋めた。
 そうしなければ前へ進めなかったから。
 そこにとどまって悲しみに浸ることを状況が許してくれなかったから。
 軋む心を怒りで無理矢理繋ぎとめ、悲鳴をあげる本能を狂気で押さえ込む。
 だがそれはいつまでも続くものではない。そんな無茶に耐えられなくなるときがやってくる。
 トウマに続きイキマを失えば、それは決定的となる。
 だからクォヴレーは無意味とも思える捜索を今まで続けていたのだ。
 しかしこのままでは結局のところ堂々巡りだ。
 理性が働きかける。前へ進めと。
 本能が拒否する。進みたくないと。


 その葛藤の果てに――――クォヴレーは前へ進むことを選んだ。


 轟音。
 ブライガーが目指す先の闇から、大きな振動と共にそれはやってきた。

「――――ッ!?」

 何かの爆発か。
 一旦、そこで止まって様子を見る。
 さらに爆発。また連続で爆発。
 その音が暗闇から聞こえてくる。
 揺れも心なしか大きくなってきている。

「何が起こっている……!イキマに何かあったのか!?」

 焦りが狂気と怯えを増幅する。
 ぎしぎしと頭の中で嫌な音がする。
 視界が狭くなる。
 心臓の鼓動が大きくなり、それがうるさくてたまらず、さらに神経を磨耗させる。


 その時、ブライガーのレーダーが反応した。

「……熱源1?近づいてくる……イキマ……か……それとも……?」

 クォヴレーは気づくはずもないが、それはこの爆発を起こした張本人。
 そしてその爆発から逃れるべく地上へ向かってグランゾンを進ませる木原マサキの反応だった。


 二機の接触まで、あとわずか。




【木原マサキ 搭乗機体:グランゾン(スーパーロボット大戦OG)
 機体状況:内部機器類、(レーダーやバリアなど)に加え通信機も異常。照準のズレ修正済み(精密射撃に僅かな支障)。
      右腕に損傷、左足の動きが悪い。EN2/3ほど消費(徐々に回復中)。グラビトロンカノン残弾0/2
      シュウの魂とカバラシステムを併用することで一度だけネオグランゾンの力を使うことができます。
 パイロット状態:激しい怒り、疲労、睡眠不足 、胸部と左腕打撲 、右腕出血(操縦には支障なし)
 現在位置:D-6 アースクレイドルと地上を結ぶ通路を上昇中
 第一行動方針:ユーゼスを殺す。そのために奴の保険を全て暴く手段を考える。
 最終行動方針:ユーゼスを殺す
 備考:グランゾンのブラックボックスを解析(特異点についてはまだ把握していません)。
    首輪を取り外しました。
    首輪3つ保有。首輪100%解析済み。 クォヴレーの失われた記憶に興味を抱いています。
    機体と首輪のGPS機能が念動力によって作動していると知りました。ダイダルゲートの仕組みを知りました。
    ユーゼスの目的を知りました。】



【クォヴレー・ゴードン 搭乗機体:ブライガー(銀河旋風ブライガー)
 パイロット状態:錯乱状態。極度の疑心暗鬼。精神崩壊寸前。全てに対する重度の迷い。
         これ以上の仲間喪失に対する恐怖。不安、焦燥。正常な判断能力の喪失?
         記憶に混乱が。更に、記憶を取り戻すことに対し恐怖。
 機体状況:右手首損失。ブライカノン装着。コズモワインダー損失。オイルで血塗れ。EN中消費。
 現在位置: D―6地下。アースクレイドルに通じる通路を下降中。
 第一行動方針:イキマを見付ける。彼を絶対に死なせない(けど、もしかしたら……)
 第二行動指針:デビルガンダム(ディス・アストラナガン)の抹殺
 第三行動方針:マサキ、ラミアの抹殺
 第四行動方針:マーダーの全滅(イキマ以外、全員がマーダーに見えている?)
 第五行動方針:なんとか記憶を……しかし……?
 最終行動方針:ユーゼス、及び生存中のマーダーの全滅。これ以上、仲間を絶対に失わせない。
 備考:本来4人乗りのブライガーを単独で操縦するため、性能を100%引き出すのは困難。
   主に攻撃面に支障。ブライシンクロンのタイムリミット、あと7時間前後
   トロニウムエンジン所持。
   ディス・アストラナガンと接触することにより、失われた記憶に影響が……?
   マサキ、ラミアを敵視。シロッコは死亡したと誤認。
   ディス・アストラナガンをデビルガンダム(または同質の存在)だと思い込んでいる
   空間操作装置の存在を認識。D-3、E-7の地下に設置されていると推測
   C-4、C-7の地下通路、及び蒼い渦を認識。空間操作装置と関係があると推測
   ラミア・ラヴレスがジョーカーであることを認識】



  ◆  ◆  ◆


 燃えている。
 この閉ざされた空間から見える空には、いつも巨大戦艦ヘルモーズの姿があった。
 それが燃えている。
 落ちるか。
 ついにユーゼスの牙城が。

「……見ているか、お前たち」

 その光景を見てイキマは呟く。
 この戦いの中で散っていった仲間たち。
 この戦いが無ければ手を握ることは無かったであろう、人間たちに向かって。
 あと少し。
 かならずやユーゼスを倒し、お前たちの無念を晴らす。
 急ぐ身ではあるが、ほんのわずかな時間だけ。
 仲間たちの顔を思い浮かべ、目を閉じた。

「……む?」

 そしてやがて異変に気付く。
 このフィールドの周囲を囲む光の壁がわずかずつ色を失っていく。
 それはダイダルゲートが閉鎖空間を形成する機能を失い始めた証だ。
 もちろんそれをイキマが知る術は無い。
 そしてディス・アストラナガンで空を飛んでいるから気付かない。
 大地が震えていることに。
 世界が終わりを告げていることに。

「……急ぐか。嫌な予感がする」

 だが虫の知らせとでも言おうか。
 例えようもないおぼろげな感覚がイキマの心にさざ波を立てていた。
 加速するディス・アストラナガン。
 グランゾンとラーゼフォンが生み出した巨大なクレーターが、みるみるうちに大きくなっていた。


【イキマ 搭乗機体: ディス・アストラナガン(第3次スーパーロボット大戦α)
 パイロット状況:戦闘でのダメージあり(応急手当済み)
         マサキを警戒。ゲームが終わっていないと判断
 機体状況:両腕、および左足大腿部以下消滅 少しずつ再生中。
故障した推進機器も、移動に支障が無い程度に回復。
      イングラムの魂が融合。現在は休眠状態。
 現在位置:D-6
 第一行動方針:クォヴレーを説得し、ディス・アストラナガンに乗せる
 最終行動方針:ゲームをどうにかして終わらせる
 備考:デビルガンダム関係の意識はミオとの遭遇で一新されました。
    空間操作装置の存在を認識。D-3、E-7の地下に設置されていると推測
    C-4、C-7の地下通路、及び蒼い渦を認識。空間操作装置と関係があると推測 】



【三日目 9:50】





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第254話「それぞれの『意思』 投下順 第256話「悪魔転生
第252話「命あるもの、命なきもの 時系列順 第254話「それぞれの『意思』

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第253話「冥宮のプリズナー ユーゼス・ゴッツォ 第256話「悪魔転生
第253話「冥宮のプリズナー 木原マサキ 第256話「悪魔転生
第251話「闘鬼が呼んだか、蛇神が呼んだか クォヴレー・ゴードン 第256話「悪魔転生
第252話「命あるもの、命なきもの イキマ 第256話「悪魔転生


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最終更新:2008年06月02日 20:40