この拳に誓いて


 身を切る風の鋭さは、さながら刃のようだった。
 吹き付ける風の勢いに逆らいながら、白き飛竜は翼を広げる。
 高く、高く、どこまでも高く。
 だが、哀しいかな。天翔ける竜の主は、体力の限界を迎えようとしていた。
「レビッ……!」
 突如として北の方に翔け出したR-ウイングを追いながら、フォルカは必死に叫び声を上げる。
 今の彼女は、酷く危うい。もはや周囲の様子など全く目に入らないとばかりに、追い詰められた人間の様相を見せている。
 今の彼女を独りにさせてはおけなかった。この様子では敵に襲われたとしても、自分の身を守る事すら出来ないだろう。
 どうにかして連れ戻し、落ち着きを取り戻させてやらなければ、どのような事態に陥るか予想も付かない。
「もっとだ……もっと速度を上げろ、エスカフローネ! やれるはずだ、お前なら!」
 フォルカの意思に応える形で、エスカフローネは速度を上げる。
 さらに早く、さらに高く、白き飛竜は天空を翔ける。
 もっとも、それは諸刃の剣。体力の限界を迎えようとしているフォルカにとって、現在の状況は決して楽なものではない。
 指先の感覚など、半ば失われているようなものだ。エスカフローネの手綱を握り締めた拳は、いつ握力を失ってもおかしくはなかった。
 このままでは強風に身体を吹き飛ばされて、地面に落下する可能性も無くはない。
 そうなれば長高々度からの落下により、まず命は助からないだろう。
 死の恐怖を微塵でも感じているのならば、どれだけ無謀な事をしているのか理解出来ているはずだった。
 だが、それがどうした。
 修羅界の戦士は死を怖れない。
 そうでなければ、乗り手の生命力を喰らう事で戦闘力を発揮する“修羅神”を操る事など出来るものか!
「お……おおおおおッ…………!」
 ゆっくりと、ゆっくりと、エスカフローネとR-ウイングの距離が狭まっていく。
 もう少し……もう少しで追い付ける……!

 だが……。

「っ…………」
 虚脱感。やおら身体の自由が利かなくなり、フォルカの視界は暗転する。
 酷使し過ぎた肉体が、体力の限界を迎えたのだ。
 エスカフローネはゆっくりと、地面に向けて堕ちて行った……。



 ……戦った。
 戦って、戦って、戦い抜いた。
 自分が信じる未来の為に、友や兄弟とも敵対する道を選んだ。
 そして……。

『そうだ、お前は何も守れなかった』
(……ミザル)
『哀れだな、フォルカ。理想を為した代償は、兄や友の命だったのだから』
『所詮、貴様も修羅に過ぎん。血塗られた道を歩く事でしか、生きる事は出来んのだからな』
『ぐははははっ! お前が俺様達を殺したんだ! 戦う事を拒んでおきながら、その手でなぁ!』
(アルコ……マグナス…………)
『そうだ、お前は修羅だよ、フォルカ。戦う事でしか生きる事が出来ん、血塗られた宿命を背負いし者……』
(違う! 俺は……)
『何が違う? 貴様の行く道は屍だらけではないか!』
『修羅王は死んだ! アルティスも、メイシスも、アリオンも、そしてフェルナンドもなぁ!』
『そして貴様が守ろうとした、あの小娘も今頃は……』
(っ…………!)
『……認めてしまえ、フォルカ。貴様は修羅だ。そして修羅は戦い無くしては生きられんのだ』
『そうだ、フォルカ。殺せ……戦え……!』
『そうだ……俺達を殺したように……!』
(俺……は…………)

『おいおい軍師さんよ、ふざけた事を言うんじゃねえよ』
『なにっ……!?』
(その声……アリオン…………?)
『確かに我等は命を落とした。だが、それは我等が自分で選んだ道。後悔など微塵も無い』
『……フォルカと幾度も拳を交わす事で、俺達は知った。修羅であろうと、血塗られた道から外れて生きる事は出来るのだと』
(メイシス……フェルナンド……)
『そうだ。誇りを持て、フォルカ。お前は戦う事しか知らない修羅に、新たな生き方を示したのだ』
(アルティス……兄さん……)
『我等の命は、新たな時代の礎となったのだ。亡者の戯言に耳を貸すな……わしが認めた新たな修羅王よ!』
(修羅……王…………!)
『さあ……起き上がれ、フォルカ。殺し合う事しか許されんこのバトルロワイアルとやらを、お前の拳で変えてみせろ!』
『そうだ……かつてお前が修羅界を変えてみせたように……!』
『戦い抜け、フォルカ。お前ならきっと……』
『あのユーゼスとやらに、お前の拳を叩きこんでやれ』
『こういう台詞は柄じゃねえが……期待してるぜ、フォルカ』
(…………俺は…………)




「っ…………」
 ……覚醒する。
 今のは……夢、か。
 身体が軽い。
 ずっと気を失っていたおかげで、身体が休まされていたからだろう。目覚める以前までの激しい疲労は、すっかり影を潜めていた。
 周囲を見渡すと、一面の砂地。それがクッション代わりとなって、エスカフローネを受け止めていたらしい。
 不時着同然の着地を行ったにしては、エスカフローネに損傷は無いようだった。
 意識を失ってから、かなりの時間が経過しているのだろう。身体の疲労が消えている事と、なによりも明るみを増した東の空。
 あれから相当の時間が経っている事は、ずっと気を失っていた今の状況でも容易に知れた。
 ……当然、レビの姿は無い。
「レビ……」
 呟き、拳を握り締める。
 歯痒かった。自分の無力が、どうしようもなく。
 また、救えなかったのか?
 かつて友や兄を死なせてしまった時のように、自分は何も出来なかったのか?
 ……いや、違う。まだ、彼女が死んだと決まった訳ではない。
 誓ったのだ。託されたのだ。
 戦いの無い世界を作ると、哀しみの連鎖を断ち切ってみせると、握り締めた両の拳に。
「行くぞ……エスカフローネ……!」
 白の竜は再び飛び立つ。その力強い羽ばたきを、阻める物など何も無かった。



【フォルカ・アルバーク 搭乗機体:エスカフローネ(天空のエスカフローネ)  
 パイロット状況:頬、右肩、左足等の傷の応急処置完了(戦闘に支障なし)
 機体状況:剣破損。全身に無数の傷(戦闘に支障なし)
      腹部の外部装甲にヒビ(戦闘に支障なし)
 現在位置:B-2砂地
 第一行動方針:レビ、リュウセイの捜索
 第二行動方針:プレッシャーの主(マシュマー)を止める
 最終行動方針:殺し合いを止める
 備考1:マイの名前をレビ・トーラーだと思っている
 備考2:一度だけ次元の歪み(光の壁)を打ち破る事が可能】

【三日目 4:45】





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最終更新:2008年06月02日 17:05