Niðhoggr(前編)


「お前がやったんじゃあないのか? なぁ、マサキ?」
周囲をむき出しのコンクリートに囲まれた通路の中で、白銀の流星が蒼き流星へと銃を突きつけて対峙する。
「フォッカーさん…何を…!」
「そのままの意味だ。お前が、司馬先生を殺したんじゃないのか?」
通信機越しに向けられた言葉を跳ね除けて、フォッカーはGアクセルドライバーを僅かにレイズナーへと近づける。
向けられたGアクセルドライバーを見詰めながら、木原マサキは歯噛みした。
この男が自分を警戒しているのは、向けられる言動から薄々は感付いていた。
だが、奴は遷次郎を慕っている。事実、遷次郎が自分に同情の念を抱き、同行を許したときもさしたる反対はなかった。
遷次郎が自分との同行を望む限り、明確な敵対行動を起こさなければ害を加えてくる事は無いと踏んでいたが、
その遷次郎の庇護が失われた今、こんなにも早く自分に牙を剥いてくるとは。
「ふざけないで下さい。何で僕が司馬さんを…」
言いながら、冥王はその頭脳をフルに回転させてこの状況を打破する術を考える。
ベストなのは、誤解を解いてこの男をこちらの手駒とすること。
イサムの信用は既に得ているし、奴と行動を共にしていたヒイロという少年もイサムを信頼していたようだ。
その上でこの男を手駒に出来れば、自分を含めて頭数は四人になる。
参加者も30人を切った今、その戦力は恐らくこのゲーム内で随一のものになるだろう。
だが、それは難しい。
証拠もなく、ただ胸中に渦巻く不信感だけで銃を向けてきたのだ。抱いていた警戒は思っていたよりも根が深かったらしい。
遷次郎の仲介でもあれば話は違っていただろうが、既に奴はいない。それに、例えこの場を言い包めたとしても、その後が問題だ。
これだけの不信感をそう簡単に拭い切れるとも思えない。
仮に誤解が解けたとしても、一度巣食った不信感はこの男の中に根深く息づく。
となれば―――。
(―――いっそ、切り捨てるべきか?)
この男と白銀の機体が有する戦闘力は高い。切り捨てるには、少々惜しい。
だが、それだけの力を持つからこそ、それが再びこちらに向けられるよりも早く切り捨てるべきだろう。
獅子身中の虫を飼うつもりはない。思い通りにならぬ駒など、必要ないのだ。
冥王の頭脳が冷酷な結論を出すと同時、再びアルテリオンから通信が入る。
「証拠はあるのか?お前が先生を手にかけなかったという、証拠が」
「…ヒイロさんは音の確認に向かっていて、二人きりでした。残念だけど…証拠はないとしかいえません」
こちらに向けられた銃口は下がる気配を見せない。
「司馬さんが亡くなった今、首輪を解析できるのは…僕だけです。僕を信用できないのはわかります。
…僕だって、正直に言えば貴方達を信頼しきっていたわけじゃありませんから。だけど、今だけは信用して銃を下ろして下さい。
まずは首輪を解析すること。それが…司馬さんの望みでもあるはずです」
突きつけられた、何時火を噴くともわからない銃口を見詰めながら言葉を続ける。
自分でも歯の浮く台詞だとは思ったが、こういう手合いにはこういった言い方が最も効果が高いはず。
フォッカーを切り捨てるにせよ、この場で戦うのは絶対に避けたい。もし施設にダメージが加われば解析を続ける事が出来なくなる。
ともかく、まずはこの男をここから引き離すのが先決だ。
しかし、それでもアルテリオンのGアクセルドライバーはレイズナーのコクピットをポイントしたまま動かない。
引き金に指をかけたまま、ロイ・フォッカーは静かに考える。
先生は、このゲームを終わらせる事を願っていた。
このゲームの中で息子を失ったにも関わらず、それでも先生は息子を殺した相手でさえこの殺し合いの被害者なのだと言い切った。
出来る事ではない。少なくとも、目の前で部下を殺され、その仇討ちのことばかり考えていた俺には出来なかった事だ。
そのような人だからこそ、共に行こうと決めた。共にあの主催者を打ち倒し、この殺し合いを止めようと命を預けた。
悔恨が、胸を締め付ける。やはり、あの人から離れるべきではなかったのだ。
しかし、嘆いている時間は無い。司馬先生亡き今、あの人の遺志を継ぐのは、俺しかいない。
視線だけを動かし、レイズナーのコクピットに座すマサキへと目を向ける。

あの主催者を倒すためには首輪の解析、解除が不可欠。ならば、マサキの言う事に間違いはない。
だが、それはこいつが司馬先生を殺していなければの話だ。
残った参加者の中には首輪を解析できるだけの知識を持った人間もいるだろうが、
少なくともこの基地にいる人間の中でそれが出来るのはマサキ一人。
ここでこの少年を殺したとて、首輪の解析が遅れるだけ。それどころか、イサムやヒイロを敵に回す事にもなりかねない。
しかし、それでもレイズナーのコクピットに狙いを定めたGアクセルドライバーの照準が動く事は無かった。
「…どうにも、解せなくてな」
ぽつりと口をついた言葉に、マサキが身構えるのがキャノピー越しに見て取れた。
「合流したとき、お前はチーフとかいう軍人に襲われたのを隙を見つけて首輪を奪ったといったな。
 俺も軍人だからわかるが、軍人というものは様々な訓練を受けているもんだ。
 その軍人が、いくら不意を突かれたといっても中学生くらいのガキに後れを取るとは思えん」
「それは…」
「まだある。そのように訓練を受けた筈の軍人が、
 いくら意識の無い民間人が相手とはいえ何の拘束もせずに放置しておくモンだろうか?
事実、イサム達はあのヤザンとかいう奴を鎖で縛り上げていた。
それに、わざわざレイズナーの近くにお前を置いておいた事にも疑問が残る」
マサキの言葉を遮り、フォッカーは抱いていた疑念の数々をぶつける。一度解き放たれた疑念は、堰を切った様に溢れ出した。
「そもそも、何故イサムの事を話さなかった?仲間とはぐれていたのなら、まずその事を俺たちに聞いてくるはずだ。
それに、その知識。一般人が有するには、ちぃと度が過ぎてる。まして、お前くらいの年齢なら尚更だ」
心に積もった全ての疑問を叩きつけ、フォッカーは漸く息をつく。
「…そういわれても、僕の話したことは全て真実です。そんなことは、あのチーフとかいう奴に聞いてください。
 ただ…もしかしたら、後頭部への一撃で僕を殺したと思ったのかもしれません。
 それに、レイズナーには音声認識による遠隔操作システムが組み込まれています。
 あの時生き延びられたのも、これに因る所が大きかった。
 それと、イサムさんに関しては…もう、死んでしまったと思っていましたから。
 僕の知識に関しても、僕の居た世界は貴方達の世界と比べて文明が進んでいたようです。
 加えて、将来は科学者を目指していたので…それで」
フォッカーの言葉に臍を噛みながら、マサキは間をおかずにそれらの疑問の答えを告げる。
出来るならもう少しマシな答えを用意したかったが、この状況での沈黙は嘘だと告白するようなものだ。
だが、この言い分でも筋は通る。
 逆に言えば、この言い分でも信用されないようならばもうフォッカーと協力関係を築くのは不可能と思って良い。
緊張を保ったまま、銃を向け続けるアルテリオンの様子を観察する。
―――筋は通っている。
マサキの語った言葉を咀嚼し、フォッカーはそう考えた。
だからこそ、解せない。それは、この少年と出会ったときも感じた違和感。
出来すぎているのだ。まるで、全てがこの少年の掌の上で行われる舞台のような印象さえ受ける。
自分達は、この少年のシナリオ通りに役割を演じ、そして切り捨てられる役者に過ぎないのではないか。
本当にこの少年が司馬先生を殺したのか。確証はない。
だが、これまで生き抜いてきたパイロットとしての勘と経験が叫んでいるのだ。
この少年は危うい―――と。
ここでマサキを殺せば、首輪の解析は大きく遅れる。
場合によっては、不可能になるかもしれない。イサムとヒイロを敵に回す事にもなるだろう。
「悪いが―――」
しかし、この少年は得体が知れない。これ以上共に居て、後ろから撃たれない保障は何処にも、無い。
俺には、先生の遺志を継ぎ、あの主催者を打ち倒す義務がある。例え何があっても死ぬわけにはいかない。
ならば、信用の出来ない相手は―――消すしかない。
「―――やはり、信用できん」
そうして、フォッカーは決別の言葉を叩きつける。
―――それが、自らの止めようとする殺し合いの理に取り込まれた証であるということに気付かぬままに。

「そう…ですか」
フォッカーの明確な決別にも、マサキは大きな動揺は見せなかった。銃を突きつけられたときから半ば予想できた事だ。
こうなれば、フォッカーを手駒にするのはもう出来ない。
となれば、なすべきは施設に被害を与えずにフォッカーをここから引き離す事。
レイズナーの左手を、ナックルカバーが覆う。コクピットに視線を注ぐフォッカーは、その事に気付かない。
「だけど…僕もこんなところで死ぬつもりはない!」
叫びと共に、レイズナーの左拳が突きつけられていたGアクセルドライバーを跳ね上げる。
「何―――ッ!?」
咄嗟に引き金を引き絞ったGアクセルドライバーから放たれた弾丸は、
レイズナーのコクピットを掠めるようにして背後の天井に穴を穿った。
「マサキ!貴様…ッ!」
銃身を弾かれたフォッカーが機体の体制を整えさせた頃、レイズナーは既に背中を向けて離脱を開始していた。
体制を整えたアルテリオンのGアクセルドライバーが再びレイズナーを捉えるより早く、マサキはレイへと指示を飛ばす。
「レイ!閃光弾を放て!解析室の反対側にだ!」
「レディ」
放たれたカーフミサイルは、すぐに壁へと激突し、凄まじい発光となって二人のいる通路を包み込んだ。
至近距離で放たれた閃光弾に目が眩み、フォッカーは追撃の手を緩めざるを得なくなる。
闇雲に撃ったとて、命中させられるとは思えない。それに、この施設は首輪の解析に必要だ。
彼もまた首輪を解析し、主催者の打倒を掲げる一人である。施設にダメージを与えるような真似はしなかった。
網膜に焼きついた閃光から漸く視界が回復した頃、やはりその場にレイズナーの姿は無い。
未だ違和感の拭えない瞼を擦りながら舌打ちをし、レーダーに目を向ける。
D-3のジャミングの影響か、レーダーは何の反応も示さない。
(マズいな。イサム達と合流されると厄介だ)
若干の焦りを抱えてフォッカーはマサキを追うために機体を発進させようとし―――。
―――通信が入ったことを示すランプに光が灯っている事に、気がついた。



高速で通路を駆け抜けていたレイズナーがその速度を緩め、着地する。
「…追っては来ない、か」
当面の目的であった格納庫近くまで来たところで機体を振り返らせ、
アルテリオンが追ってこない事を確認すると、マサキは一人ごちた。
もしかしたら、遷次郎の死に目でも見ようと解析室にでも行っているのかも知れない。
尤も、遷次郎のボディはレイズナーのコクピットに積んであるのだが。
ともかく、この基地は今D-3のジャミングに覆われている。一度離れれば、そう簡単に見付かる事はないだろう。
これだけ離れれば、仮に戦闘したとしても解析室にダメージが行くことも無い。
まずはイサムと合流し、然る後、新たに反応のあった機体を確認に行ったヒイロと合流してフォッカーを迎撃する態勢を整えよう。
ついでに、ヒイロがその新しい参加者を仲間にしていれば有難いのだが。
そうしてレイズナーの歩を進めてしばらく、イサムから通信が入る。
「マサキか!?漸く繋がりやがった、今まで何してやがったんだ!?」
スイッチを入れるなり、通信機からイサムの怒声が鳴り響く。
「すいません…こっちも、色々あって。外の様子はどうでした?」
「どうもこうもあるか!ヒイロがやられた!」
イサムから語られた内容に、マサキは思わず舌打ちしそうなる。
「そんな…ヒイロさんが?」
言いながら、冥王は被り続ける仮面の下で冷静に状況を整理する。
ヒイロがやられた、ということは、新しく反応のあった参加者というのはゲームに乗っているということだ。
遷次郎が死に、フォッカーが離反した今、こちらの戦力はレイズナーとイサムのD-3だけということになる。
戦力的に厳しいと言わざるを得ない。
「相手は、シンジとアスカとかいうガキの二人組だ!どっちも機体はボロボロだが、図体がでけぇ!D-3の武装じゃどうにもならん!」
「二人組…?相手は、二人いるんですか!?」
「基地に反応があった機体のほかに、外から近づいてくる機体もあったんだ!
 どうやら知り合いだったらしい!くそ、そうと知ってりゃ同情なんかしなかったってのに…!」
通信機越しに、鈍い音が聞こえてくる。恐らく、コクピットを殴りつけているのだろう。
そんなイサムの様子を捨て置いて、マサキの表情が憎々しげに歪んでいく。
厄介な事になった。まさか、この期に及んでゲームに乗った参加者が二人も現れるとは。
新たな参加者がどれだけの戦力を持つかはわからないが、フォッカーを含めて全部を相手にするのは無謀としか言い様が無い。

…一度、基地から離脱して体制を立て直すか?
いや、仮にフォッカーとその参加者達が戦闘になれば、解析室に被害が及ばないとも限らない。
となれば、上手くそいつらを解析室から引き離した上でフォッカーと戦わせて、消耗させるのが最良か。
自分の不利に流れ続ける状況の中で出来るベストの選択を導き出し、マサキはこちらの状況をイサムへ知らせるべく呼びかける。
「…実は、こっちも少し厄介なことになって。司馬さんが…亡くなりました。
 ある程度解析が進むと、首輪が爆発するようにトラップが仕掛けられていて…」
「何!?それじゃ、首輪の解析は…!?」
「司馬さんのボディを解体して調べれば、解析は続けられます。
 だけど…フォッカーさんが、僕が司馬先生を殺したんじゃないかと疑ってきて…さっき、襲われました」
「何だって!?くそ、あの野郎…!今はそんなことしてる場合じゃねぇってのに…!」
再び、通信機から鈍い音が響いた。恐らくは、怒りを湛えて歯を食い縛っているのであろう。
「とにかく、合流しましょう。そちらの座標をレイズナーに送ってください。
 フォッカーさんをどうにかするにしても、ゲームに乗った参加者に備えるにしても、まずは合流しないと…」
イサムと合流すべく、D-3の座標をレイズナーに送るよう要請する。だが、返事は無かった。D-3の座標が送られてくる様子も無い。
「…イサムさん?」
「…お前、フォッカーに襲われたって言ったな?」
いぶかしんだマサキが探るような声色で問いかけると、今度はちゃんと通信機からイサムの声が返ってきた。
問いかけとなんら関係のない答えが帰ってきたことに眉を潜めるも、マサキは頷いて口を開く。
「はい…今のフォッカーさんは僕が司馬さんを殺したと思っています。残念ですけど、とても説得できるような雰囲気じゃ―――」
「マズい!マサキ!!すぐにそこから逃げろッ!!」
通信機からイサムの叫びが張りあがると同時。背後に続いていた通路の壁をぶち破り、アルテリオンが姿を現す。
「な―――!?」
咄嗟に振り返ったときには、もう遅かった。
振り返ったマサキは、先ほどと同じように自分へと向けられたGアクセルドライバーから弾丸が発射されるのを、
ただ呆然と見詰めていた。



「マサキ!?おい、マサキ!!ええい、くっそォォッ!!」
音声の途絶えた通信機を苛立ちの任せるままに殴り付け、イサムはレーダーに目を向ける。
レイズナーを示す光点は、未だ健在だった。尤も、だからといってマサキの生存が保証されたわけではない。
機体は無事でも、パイロットは負傷、あるいは死亡している可能性もある。
「ふざけやがって…ッ!そういうことかよ、ロイ・フォッカァーッ!!」
隠そうともしない怒りを孕んだ叫びを上げ、D-3は主の憤怒を糧にするかのようにその速度を早める。
フォッカーとは、つい先ほど通信したばかりだった。
こちらの状況を伝えると、奴はさも驚いた風に振舞って、マサキと合流するからレイズナーの座標を寄越せと言ってきたのだ。
今思えば、疑うべきだった。
ほんの少し前まで、フォッカーとマサキは一緒にいたはずなのだ。それはこちらのレーダーからも確認できた。
なのに俺は、何の疑いも無くアルテリオンにレイズナーの座標を送信してしまった。
「チクショウ…!待ってろよ、マサキ…!!」
悔恨は燃え盛る怒りに更なる薪をくべ、それでも収まらずに焦りとなってイサムの胸を締め付ける。
その焦りは、彼の心の中に最悪のケースを投影させた。
もし、間に合わなかったら。
もし、俺が着いたときに全てが終わってしまっていたら。
もし、これで―――マサキが死んでしまったら。
それは―――俺の責任なのだ。
「くそ…くそ…!くっそォォォォ!!」
D-3が、漸く基地の入り口へと辿り着く。
閉じていた扉にそのまま足から突っ込んで蹴破ると、スピードを落とすどころか更に加速してD-3は通路の中を疾走する。
目指すは、アルテリオンとレイズナーを示す光点が共に存在する場所―――格納庫。
「これ以上、仲間を殺されてたまるかってんだ……ッ!!!」
猛る激情は抑える事が叶わずに、言葉となって表へと発露した。
その想いに呼応するかのように、ハンドレールガンを握り締めるD-3の手に力がこもる。
レーダーに映る光点は、まだ遠い。



「く…。レイ、被害状況を報告しろ」
いくつも積みあがったコンテナに背を預けるレイズナーの中で、マサキが苛立った声をあげる。
「左腕伝達システムニ損傷。二次回路作動セズ」
「…つまりは、左腕が動かなくなったというわけか」
試しに左腕を上げようと試みるが、装甲が砕け、
中の回路や配線の剥きだしになった左腕はバチバチと耳障りな火花を立てるだけだった。
あの時、マサキはGアクセルドライバーを咄嗟に左腕を犠牲にして防ぐと同時、
右腕のナックルで扉を体ごとぶち抜くように格納庫へと飛び込んで難を逃れた。
積み上げられたコンテナの影へと隠れれば、D-3のジャミングが掛かっている以上、目視以外に相手を捕捉する術はない。
コンテナの隙間からそっと格納庫の様子を伺ってみると、
油断無くGアクセルドライバーとライフルを構えたまま、自分を探すアルテリオンの姿が映る。
―――状況は、果てしなく不利だ。
左腕を封じられたのに加え、格納庫に飛び込む際にレーザード・ライフルも取り落とした。
しかも、その落としたレーザード・ライフルは今アルテリオンの手の中にある。
抜け目の無い事に、こちらを追って格納庫に入ってきた際に回収されたのだ。
これでこちらの武装はカーフミサイルと右腕のナックルのみ。V-MAXも出来るなら使用したくは無い。
あの赤い一つ目の機体に襲われたときも使用しなかった切り札だ。これの存在はイサムにもまだ知られていない。
万が一の時の隠し球として取っておきたいところだが―――。
(―――そうも言っていられんか)
最悪の場合は、V-MAXの使用も止むを得ない。
こちらの手中にあるカードを確認すると、次いでマサキは相手のカードへと意識を向ける。
見た限り、アルテリオンに損傷らしき損傷は見られない。
基地についてから補給も済ませているし、事実上の完全状態といって差し支えないだろう。
それどころか、レーザード・ライフルが向こうの手中にある以上、その火力はむしろ上がっているとさえ言える。
考えれば考えるほど、こちらの不利を思い知らされる。ともかく、今はこのまま身を潜めよう。
恐らくは今イサムがこちらへ向かっているはずだ。奴が来れば、多少なりとも状況は好転するかもしれない。
そうして、マサキは息を潜めることにした。
アルテリオンが近づいてくる度にコンテナの死角を利用して隠れ場所を変え、やり過ごす。
しばしの間静かないたちごっこを繰り返していると、不意にアルテリオンの動きが止まった。
「聞こえているだろう、マサキ!下らん鬼ごっこは終わりにしようぜ!出て来い!」
姿を見せないこちらに痺れを切らしたのか、オープン回線でフォッカーが叫ぶ。
それを聞き、マサキは唇を歪めほくそ笑んだ。
四方を壁に囲まれたこの格納庫では、声を発したとしても壁に反響してその出所はわからない。
向こうが会話を望むというなら、丁度良い。話を合わせて、イサムが来るまでの時間を稼がせてもらおう。
「もうやめてください、フォッカーさん!僕は司馬さんを殺していない!あれは事故だったんだ!」
同じようにオープン回線を開き、マサキが叫ぶ。
声の出所を探そうとフォッカーは辺りを見渡すが、マサキの居場所は特定できない。
「信用できないと言ったはずだ!いいから姿を見せろと言っている!」
「そんなことを言う人の前に姿を現せられるもんか!とにかく落ち着いてください、今は首輪の解析を何よりも優先するべきです!」
「黙れッ!」
フォッカーの一喝と同時、天井へとGアクセルドライバーが撃ち込まれる。
「フォッカーさん…!」
回線を開いたまま、フォッカーの名を呼ぶ。だが、返事は無い。
やがてゆっくりとGアクセルドライバーの銃身が下げられ、辺りに再びフォッカーの声が響いた。

「わかったよ…そこまで言うなら、こっちにも考えがある」
そう言うと、アルテリオンはバーニアを吹かして上昇し、たった今自らの開けた穴から基地の外へと出て行った。
「…なんだ?何をするつもりだ?」
アルテリオンの出て行った穴を見上げながら、マサキは一人呟く。そしてその答えは、予想だにせずレイによってもたらされた。
「警告、敵機ヨリ、大量ノミサイル発射ヲ確認」
「何…!?」
「出てこないなら…いぶり出すまでだッ!」
オープンになったままの回線から、フォッカーの叫びが響き渡ると同時、凄まじい衝撃が格納庫を襲う。
「バカな―――!?」
崩れ落ちる天井から咄嗟にコクピットを庇いつつ、マサキは吐き捨てた。
遮るものの無くなった空に、無数のミサイルをバラ撒くアルテリオンの姿が見える。
「く…無茶苦茶な…!?何を考えている…ッ!」
もうもうと煙の舞い上がる瓦礫の隙間からアルテリオンを睨み付け、機体の状況をチェックする。
幸い、コンテナに寄りかかっていたお陰で多少の瓦礫を浴びた以外に大した被害はないようだ。
落ちてきた天井が、丁度こちらを覆い隠す形になってくれたのも僥倖だった。
だが、アルテリオンの爆撃で格納庫は無残な廃墟と化した。相手に上空から見下ろされている以上、場所を移動するのも難しい。
何より、もう一度絨毯爆撃に晒されれば逃れる術は無い―――。
「…ち」
状況は益々不利。これ以上身を潜めるのも限界か。
だが、まだ終わりではない。操縦桿を握るマサキの腕に力がこもる。
元より、逃げ隠れする事など性には合わないのだ。歯向かうものには力で持って捻じ伏せる。それが、冥府の王たる者の戦い方だ。
「レイ、カーフミサイルを使うぞ」
「レディ」
電子の侍従の紡ぐ機会音声を聞きながら、冥王はもう一度空を仰ぐ。
いい気になるなよ、クズめ。この冥王に逆らった罪、その身で償ってもらうぞ。
怒りを孕んだ冥府の王の視線は、宙に佇む白銀の流星を真っ直ぐに貫いた。



吹き荒ぶ風が、立ち込める煙を晴らしていく。
それまで格納庫だった廃墟の上空に浮かぶアルテリオンの中で、フォッカーは油断無くその隅々に目を凝らした。
動くものは無い。
だが、逃げ込んだマサキを追って格納庫に入った後も出入り口だけは常に警戒していた。既に逃げられた、という事はありえない。
あいつはまだここにいるはずなのだ。この、崩れ落ちた瓦礫の下に。
―――あくまで、姿を見せないつもりか。
フォッカーの無言の問いかけに、廃墟はただ静寂を保つのみだ。そしてその静寂は、肯定であるということの証である。
ならばそれも構わん。もう一度ブチ込むまでだ。
潜み続けるマサキを今度こそいぶり出す為に、再び先の小型ミサイル―――CTM-02スピキュールを放とうとして―――。
「…ッ!?」
―――突如として瓦礫の中から放たれたいくつものカーフミサイルに、阻止される。
「ちぃ…ッ!」
素早くバーニアを吹かして後退しながら、90mmGGキャノンを乱射して迎撃する。
バラ撒かれる弾丸が飛来するミサイルを捉え、宙を滑るアルテリオンの軌跡を追う様に爆炎が続く。
「そこか、マサキ!」
弾幕を擦り抜けて来たミサイルをギリギリまで引き付けてからの急制動で避け、
カーフミサイルの放たれた場所へとGアクセルドライバーを放とうとした、その瞬間。
コクピット内に鳴り響いた警告音に、フォッカーは機体を振り返らせた。
避けたはずのカーフミサイルが、その牙を剥きだしにアルテリオンに襲い掛かってきたのだ。
否、それは先ほどのミサイルではない。瓦礫の中を大きく迂回し、背後から放たれた物だ。
「く…!」
回避は間に合わない。咄嗟にGGキャノンで迎撃する。
唸るような音と共に吐き出された弾丸がミサイルを捉える。着弾の直前で、ミサイルは爆散した。
だが、いかな直撃ではなかったとしても爆風までは防げない。白銀に輝くアルテリオンの体が紅蓮に燃える炎の中に飲み込まれる。
燃え盛る炎に覆われたモニターを忌々しそうに睨み付けながら、フォッカーはもう一度機体を振り返らせた。
彼のこれまで培ったパイロットの勘が告げたのだ。今のは本命ではないと。
「甘いぞ、マサキ…!」
視界の利かない中、フォッカーはソニックセイバーを発生させると勘だけを頼りにアルテリオンの腕を振りぬいた。
振り向きざまに振るわれたソニックセイバーが、背後に迫っていたレイズナーを正確に捉え、切り裂く。
―――しかし、それさえもフェイク。
「何ぃッ!?」
振り向きざまに振るわれたソニックセイバーは、確かにレイズナーを切り裂いた。
乱暴に肩先からちぎり取られた、レイズナーの左腕を。
「残念だったな、ロイ・フォッカー!」
漸く爆炎の晴れたモニターに、そのすぐ後ろから冥王の駆る隻腕となったレイズナーが弾丸のように迫り来る姿が映し出された。
接触する直前でくるりと旋廻したレイズナーの放った蹴りは、
ソニックセイバーを振りぬいたまま体制の整っていないアルテリオンの胴体を正確に打ち抜く。
その衝撃で、アルテリオンの手からレーザード・ライフルが零れ落ちる。
キックの反動をそのまま利用してのとんぼ返りを繰り返しながら、レイズナーは宙に投げ出されたレーザード・ライフルを掴み取った。
「俺の勝ちだ!」
機体各所のバーニアで姿勢を正し、逆さになったままレイズナーはレーザード・ライフルを体制の崩れたアルテリオンへと照準する。
距離は僅か10数M。この至近距離ならば、レーザード・ライフルでもアルテリオンの装甲を撃ち抜くことは可能だ。
勝利を確信した冥王が唇を吊り上げ、その引き金を引き絞る。
「ぐぅう…ッ!」
揺れるコクピットの中、フォッカーはモニター越しにレイズナーを歯を食い縛って睨み付ける。
その鋭い眼光に、諦めの色は無い。

「舐めるな…ひよっこォォォォッ!!!」
奪い返されたレーザード・ライフルから幾条ものレーザーが放たれるのを見ながら、
フォッカーは体制を整える事もせずに強引にアルテリオンを変形させる。
すぐさまバーニアを全開にし、降りかかる強烈なGを物ともせずに旋廻を繰り返して辛くもレーザーを避け切ると、
アルテリオンはレイズナーへと突っ込んでいく。
「ぐぁ…!?」
機体を貫く衝撃に、マサキが思わず顔をしかめて声を漏らす。だが、それでも白銀の流星は止まらない。
「オオオオオオオオオオオオオオオオォォォォォッッツ!!」
アルテリオンのバーニアから噴き出す炎は肥大を続け、その速度はレイズナーもろともどんどん上昇していく。
「く…!?おのれ、クズの分際で…ッ!」
マサキはレイズナーをアルテリオンから引き離そうと操縦桿を動かすが、
そうしている間にも増していく加速が生み出すGがそれを許さない。
機体の先端にレイズナーを捕らえたまま、アルテリオンは大きく弧を描いて宙返りをした。
その勢いのままに、まっ逆さまに地面へと向かって加速を続ける。
「貴様ッ!何をするつもりだ!?」
マサキがそう叫んでいる間にも、コンテナや残骸の散らばるさっきまで格納庫だった地面との距離は凄まじい勢いで縮まっていく。
(まさか―――このまま地面に突っ込むつもりか!?)
頭をよぎったその考えにマサキが戦慄を覚えた瞬間、アルテリオンの下半身だけが変形し、足のバーニアを噴射して急停止する。
アルテリオンの先端に捕らえられていたレイズナーだけが、今までの加速のままに大地へと激突した。
「く…ぅ…」
機体が半ば地面に食い込むほどの衝撃に、マサキの意識が霞む。
「残念だったな、木原マサキ!!」
その様子を悠々と見下しながら、アルテリオンが今度こそ全身を変形させた。地面に倒れ伏すレイズナーに右腕を突きつける。
「勝つのは、俺だッ!」
フォッカーの勝利の叫びと共に、
突きつけられた腕からアルテリオンの主力兵装である中型ミサイル――CTM-07プロミネンスが放たれた。
白煙を靡かせて飛来する二対のミサイルを歪む視界で睨み付けながら、マサキは霞がかった頭でこの危機を脱する方法を模索する。
(レーザード・ライフルで迎撃…くそ、体が動かん…!チャフもECMも手遅れ、ならばV-MAX…間に合わん!!)
冥王の頭脳を持ってして、この状況を切り抜ける方法は見つからない。既に状況は王手。冥王の中を戦慄と憤怒が駆け巡る。
成す術無く大地に伏せるレイズナーへ、
プロミネンスは吸い込まれるように突き進み―――そして標的たる蒼き流星を大きく逸れて地面へと突き刺さり、爆散した。
「何だとッ!?」
驚愕に声を荒げるフォッカーに、横合いから無数の弾丸が襲い掛かった。
飛来する弾丸を避けながら、フォッカーが弾丸の発射された方向へ目を向ける。
モニターに映ったのは、格納庫の出入り口からハンドレールガンを乱射するD-3の姿だった。
「貴様、余計な事を…!」
右へ左へとバーニアを吹かし、時折旋廻を加えながらハンドレールガンを避け、
アルテリオンはD-3へとGアクセルドライバーを発射する。
ハンドレールガンの斉射を止めぬままGアクセルドライバーを回避し、イサムはマサキへと呼びかける。
「マサキ!無事か!?早くこっちに!!」
イサムの声を受けて、マサキは頭を振って意識をはっきりさせると、すぐさまレイへと指示を飛ばす。
「く…レイ、いけるか?D-3と合流するぞ!」
「レディ」
レイの機械音声が変わらぬ返事を告げると同時、レイズナーのバーニアが火を噴いて、瓦礫を押しのけて瓦礫の中を滑空する。
「逃がすか!」
地面を削るようにD-3へと向かうレイズナーへ、フォッカーがGアクセルドライバーを放とうとする。
だが、再び襲い来るD-3のハンドレールガンがそれを許さない。
「くそ…ッ!」
的確にこちらの動きを封じようと発射されるハンドレールガンを避けるフォッカーの見ている前で、
D-3の元へと辿り着いたレイズナーはD-3と共に基地の中へと消えていった。

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最終更新:2007年06月17日 06:09