悪魔は往く


 どこまでも続く青空を、黒の悪魔は駆けて行った。
 マシュマー・セロ。ハマーンの死を知り絶望に心囚われた彼は、あれからずっと探し続けていた。
 討ち滅ぼすべき敵の存在と、そしてマシュマーにとっては命よりも重い存在――ハマーン・カーンその人を。
「あの方が……このような場所で、無残に屍を晒していて良いはずがない……。
 見付けなければ……見付け出して、この手で葬って差し上げなければ……」
 強化人間に特有の不安定な精神を抱え込みながらも、たった二つだけ人間的な感情が未だ彼には残っていた。
 ハヤミブンタとミオ・サスガの二人に対する友情と、ハマーン・カーンに捧げた絶対の忠誠心。
 その二つだけは殺意に支配された今であっても、変わる事無く残っていた。
「ハマーン様……」
 戦火無き空の下、悪魔の乗り手は主を求める。
 結果として、それが彼を戦いの中から遠ざける事になっていた……。

 ……そして、どれだけの時が経ったのだろうか。
 数時間に及ぶ捜索の果てに、とうとうマシュマーは見付け出す。
 B-1エリアの市街地において、己が仕える主の亡骸を。

「ハ……ハマーン……様…………」
 無残と言うより他に無い亡骸を前に、マシュマーは愕然とした顔で呟きを洩らす。
 ……どうして、自分は間に合わなかったのか。
 この力が、ディス・アストラナガンの力があれば、ハマーン様を守り抜く事など容易であったはずだ。 
 だが、何故なのか。
 何故、守る事が出来なかったのか。
 ……何故、あの方がこのような無残な死に様を晒さなければならなかったのか。

「……ハマーン様。貴方様の無念は、この私が必ず晴らしてみせます」
 その胸中に燃え盛る憎悪の炎とは裏腹に、ひどく落ち着いた声でマシュマーは言う。
 皆殺しだ。
 このゲームに乗った連中も、このゲームを考え付いた主催者も、この命を引き換えにしても必ず殺し尽くして見せる。
 ……だが、その前に一つだけ。
 たった一つだけ、やらなければならない事がある。
「ですから、今は……ただ安らかにお眠り下さい……」
 ディス・アストラナガンのコクピットにハマーンの亡骸を運びながら、マシュマーは主の魂に祈りを捧げる。
 この方は、このような場所で無残な亡骸を晒していて良い方ではない。
 だから、この私が弔って差し上げなければならないのだ。
 ……弔いの地は決まっていた。
 A-3エリアに存在する、あの海だ。
 ミオと出会い、ブンタと出会い、そして共に過ごした地。あの海を、あの方の墓所としよう。
 ……皆殺しはそれからだ。

「行きましょう……ハマーン様……」
 そして、悪魔は空を駆ける。
 そう……今だけは、敵を討ちぼす為にではなく……。



「あれからずっと誰にも会わないな……」
「……恐らく、俺達のように集団で行動している人間が多いと言う事なんだろう」
 アクセルと別れてから、フォルカとレビはリュウセイの捜索を再び行い始めていた。
 だが、捜索の再開から数時間が経過した今となっても、リュウセイどころか一人の参加者とは出会えていない。
 ……不安に、胸が騒ぐ。
 こうしてもう二度と逢えないまま、お互いに死んでしまうのではないだろうかと。
 フォルカは言う。生きているはずだと、逢えるはずだと。
 だが、それでも心は騒ぐのだ。
 その不安は、自分でも薄々とは気が付いている記憶の矛盾も原因の一つなのかもしれない。
 落ち着いて物事を考える時間もあったからか、なんとなくだが少しずつ気付きかけてはいた。
 自分の記憶には、矛盾がある。
 それが具体的に何であるのかまでは、まだ自分では分からない。
 だが……少しずつ、何かを掴みかけてはいるのだ。
 そう、何かを……。

 ――その時だった。
「っ…………!?」
 遙か彼方の空より湧き上がった、強烈で邪悪なプレッシャー。それを感じて、フォルカとレビは思わず息を呑んでいた。
「フォルカ!」
「ああ……このプレッシャー、只事ではっ……!」
 それは悪魔を思わせる、黒い邪悪なシルエット。
 こちらの存在を気に留める事もなく悠々と空を突き進み、悪魔は彼方に消えて行った。

「……運が良かったな、貴様ら」
 ディス・アストラナガンのコクピットにて、マシュマーは無慈悲な声で呟く。
 ゲームの参加者を皆殺しにする意思には変わり無い。
 だが、今だけはやらなければならない事がある。
 ハマーンの亡骸を腕に抱き、マシュマーは静かに目を閉じた。



【フォルカ・アルバーク 搭乗機体:エスカフローネ(天空のエスカフローネ)  
 パイロット状況:頬、右肩、左足等の傷の応急処置完了(戦闘に支障なし)
 機体状況:剣破損
      全身に無数の傷(戦闘に支障なし)
 現在位置:B-2
 第一行動方針:レビ(マイ)と共にリュウ(リュウセイ)を探す
 最終行動方針:殺し合いを止める
 備考:マイの名前をレビ・トーラーだと思っている
    一度だけ次元の歪み(光の壁)を打ち破る事が可能】

【マイ・コバヤシ 搭乗機体:R-1(超機大戦SRX) 
 現在位置:B-2
 パイロット状況:良好
 機体状況:G-リボルバー紛失
 第一行動方針:リュウセイを探す
 最終行動方針:ゲームを脱出する
 備考:精神的には現在安定しているが、記憶の混乱は回復せず】

【マシュマー・セロ 搭乗機体:ディス・アストラナガン(第3次スーパーロボット大戦α)
 機体状況:Z・Oサイズ紛失 少し損傷
 パイロット状態:激しい憎悪。強化による精神不安定さ再発
 現在位置:B-2
 第一行動方針:ハマーンの亡骸を弔う
 第二行動方針:ハマーンの仇討ちのため、皆殺し(ミオ、ブンタを除く)
 最終行動方針:主催者を殺し、自ら命を絶つ】


【二日目 16:30】





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第177話「集う者たち~宴の準備~ 投下順 第179話「ゲッター線
第165話「三者三様 時系列順 第177話「集う者たち~宴の準備~

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第169話「闘う者達 フォルカ・アルバーグ 第189話「花-algernon-
第169話「闘う者達 マイ・コバヤシ 第189話「花-algernon-
第149話「決意 マシュマー・セロ 第182話「悼みの情景


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最終更新:2008年05月31日 19:01